ヴァンパイアとダンピールの違い


「それでは、お勉強を始めますよー。皆さん、解らないことがあったら質問してくださいねー?」

「「はーい!」」

「はい、良いお返事です。では、始めましょうか」


 いつも通りのおっとりとした笑みを浮かべるジェイクの前で、見習い組の四人は元気よく返事をした。お勉強の時間と言いつつ、漂う空気はのんびりとしていた。それもこれも、先生役がジェイクだからに他ならない。

 座学の場合は彼が指導することが多いのだが、いつもこんな風にのほほんとしていた。本人の性質のせいかもしれない。

 とはいえ、のんびりとした雰囲気だからといって、授業の内容がいい加減かというと、全然そうではない。ジェイクは、流石は有名な研究所に所属していただけあって、博識だ。その知識の幅は、ちょっと意味が解らないレベルで多種多様。そして彼は、その知識を解りやすく伝える能力に長けていた。

 早い話が、子供に説明するのが上手い。嚙み砕いて、解りやすく説明することが出来るというのは、なかなか身につかない能力だ。彼はそれを持っているので、そういう意味でも座学の適任者と言えた。

 ……普段は日常生活で行き倒れる感じのダメ大人だが、得意分野におけるジェイクの優秀さは事実だ。そうでなければ、指導係として《真紅の山猫スカーレット・リンクス》に所属してなどいない。

 何も反面教師だけが彼の役目ではないのだ。


「今日の学習内容は、ヴァンパイアとダンピールについてです」

「ジェイクさん」

「はい、何ですか、ウルグス」

「議題がダンピールなのでマリアさんがそこにいるのは解るんですけど、何で俺らの隣にユーリがいるんですか?」


 授業を受ける態度として正しく、挙手をして呼びかけるウルグスに、ジェイクは笑顔で発言を許可した。そしてウルグスは、自分の感じている疑問を口にするのだった。

 なお、他の三人もウルグスに同意見だったのか、こくこくと頷いている。修行中の身である見習い組の横に、どうして修行に一切関わらないはずの悠利がいるのかが解らないのだろう。

 マリアは助手よろしくジェイクの隣で妖艶に微笑んでいるが、そちらは理由が理解できるのでスルーされている。

 そんなウルグスの質問に、ジェイクはぽんと手を叩いて答えた。そういえば説明をしていなかったとでも言いたげに。


「ユーリくんは、一緒に勉強したいと言ったので、今日は特別参加です。ちゃんとアリーの許可も取ってありますよ」

「邪魔はしないから安心してー」

「「……何で?」」


 ジェイクのさらっとした説明と、悠利のほわーっとした一言に、見習い組は首を傾げた。特別参加も、アリーの許可が取ってあることも理解できたが、そもそも何で悠利が参加しているのかさっぱりだ。何が悠利の興味を引いたのか、彼らには解らなかったので。

 そんな一同に、悠利は真面目くさって答えた。なお、彼はいつだって大真面目に生きている。真剣だ。そうは見えない感じでほわほわしているが。


「あのね、ヴァンパイアはともかく、ダンピールの性質についてはしっかり理解しておいた方が良いかなと思ったんだ」

「「……」」

「マリアさん対策に!」

「「納得した!」」


 ぐっと拳を握った悠利の言葉に、四人は腑に落ちたように叫んだ。マリアは悪人ではないがダンピールゆえに面倒臭いことも多々ある。その彼女への対策として、ダンピールという種族について学びたいと言う悠利の考えは、十分理解できるものだったのだ。

 敵を知り己を知れば百戦危うからず、という言葉もある。知っていればそれに応じた対応が出来るのも真理だ。なので、どうして悠利が同席しているのかという謎は解けた。

 なお、そんな扱いをされたマリアはといえば――。


「あらやだぁ~。そんなに警戒しなくても大丈夫よぉ~」


 口元に手を当てて、楽しそうにころころと笑っていた。そんな仕草一つ、口調一つとっても妖艶で、身に纏うちょっと露出気味な服装とあいまって、少年達はそっと目を逸らすのだった。……悠利除く。

 マリアは己の見た目をきちんと理解しているので、それを最大限に生かす装いや振る舞いをしている。それは悪いことではない。ただ、思春期の少年達には少しばかり刺激が強いのだ。セクシーすぎて。

 そして、マリアのその台詞を素直に受け取れない悠利達だった。ダンピールだからなのかマリアは血の気が多い。ついでに身体能力お化けだ。そんな彼女の暴走を警戒するのは、未熟な少年達にとって当然なのである。

 ……そう、悪気なく放った一撃で大怪我をさせられてはたまらないという意味で。


「はい、皆さん納得しましたね?では、勉強を始めますよー」

「「はーい」」


 仕切り直すようにジェイクが宣言し、悠利を含めた少年達が返事をする。実に微笑ましい光景だった。


「まず、ヴァンパイアの特性から勉強しましょうか。ではウルグス、ヴァンパイアの性質として知っていることはありますか?」

「えーっと、細身なのに怪力で、血を吸わないと力が出なくて、日の光に弱い?」

「ふむふむ。では、カミールはどうですか?」

「男も女も色気たっぷりの美形が多いって聞きました。後はー、夜型?」


 ウルグスとカミールは自分が知っている範囲の知識を答える。ジェイクはそれににこにこ笑いながら頷いている。正解か不正解か解らない感じだ。

 顔を見合わせて、そうだよな?とお互いに確認し合うウルグスとカミール。そんな二人の隣で我関せずという顔をしているマグに、ジェイクは視線を向けた。


「マグは、何かありますか?」

「……?」

「ヴァンパイアについてです」

「……長命?」


 これは自分が答えないといけないやつかとやっと理解したマグは、首を傾げながら一言呟いた。寿命が長いと言いたいのだろう。ジェイクはちゃんと答えたマグを褒めるように一つ頷いた。

 マグの隣のヤックは、知らないと言いたげに首を左右に振る。今出た意見以上の知識はヤックにはないのだ。そんなヤックに倣うように、悠利も首を左右に振った。

 そんな二人に笑顔を向けると、ジェイクは解説を始めた。


「今の答えは概ね正解ですが、少し補足しておきますね」


 ジェイクの言葉に、少年達は真剣な顔でこくりと頷いた。すちゃっと全員がペンを構える。聞いた内容をメモすることで役立てるのだ。

 なお、皆が使っているのは悠利が提供したノートの切れ端だった。無限供給出来るようになったノートなので、仲間内で有効活用しようと思ったのだ。実際、罫線と細かいマス目の入ったノートは使いやすいので。

 そんなわけなので、悠利が使う筆記用具は自前のシャーペンだった。万年筆っぽいこの世界のペンはどうにも使いにくいのだ。一同は、悠利が私物を使っていても気にしない。悠利だし、という扱いだった。安定の悠利。


「ヴァンパイアは筋組織が我々人間とは構造が違うようで、見た目の割に力があります。ただし、どれほど鍛えても逞しくはなりません。それもあって、細身の美形が多いということになりますね」

「ムキムキマッチョのヴァンパイアはいないってことですか?」

「いませんねぇ。ヴァンパイアもダンピールも、マッチョにはならないんですよ」

「そう見えないのに力持ちって凄いですねぇ」


 ジェイクの説明に質問をした悠利は、与えられた答えに感心したように呟く。ちらりと一瞬マリアを見るのは、彼女もほっそりとしているのに馬鹿力だからだ。悠利に向かってひらひらと手を振る妖艶美女が、リヒトに腕相撲で勝てるお姉さんだとは思えないので。


「続けますね。血を吸わないと力が出ないというのは、血液に含まれる何らかの成分がヴァンパイアの健康に必要だから、という説があります。ただ、あくまでも補助的なものらしく、ワインやトマト類など、一族によって吸血衝動を抑える手段はあるようです」

「何でワインやトマトなんですか?」

「解りません」

「即答!?」


 カミールの質問に、ジェイクはさっくりと答えた。迷いのない笑顔のお返事だ。打てば響くように返されて、カミールは思わず叫んだ。

 悠利達もえぇーという顔をしている。マリアを見るが、ダンピールである彼女は当事者であるにも関わらず、首を傾げていた。彼女だって、トマトで戦闘本能が抑えられるという性質を持っているのに。


「まだまだ謎が多いんですよ。何しろ、ヴァンパイアは長命種なためか気難しく、なかなか被検体になってくれないので」

「被検体って言った……」

「目の前にいたら嬉々として調べるのかな……」

「……変人」

「「マグ……ッ」」


 ぼそぼそと会話をしていた悠利達だが、マグがストレートに呟いた一言に、咎めるようにその名を呼んだ。見事なハモりだった。

 そんな少年達の反応に、ジェイクは首を傾げた後に、さらっと答えた。


「あ、僕はヴァンパイアにもダンピールにも興味はありませんよ。あったらもっとマリアを質問攻めにしてますからねー」

「「……」」


 にこにこ笑顔の学者先生に、あんまり安心できないと思った一同。興味が向いたら本当にやりかねないところが。

 とはいえ、今は勉強が本題なので、雑念を振り払って悠利達は意識を切り替える。勉強は大事だ。


「夜型と日光に弱いという部分ですが、夜型は少し違います。必要に迫られて夜に活動することが多かっただけで、本来は我々と同じ昼型です」

「へ?そうなんですか?」

「えぇ。そして、日光に弱いのは何もそれで滅ぶとかではありません。単純に彼らは日焼けに弱いんです。肌が弱いと言いますか」

「「肌が弱い」」


 想像していたヴァンパイアの生態からかけ離れた説明を聞いてしまい、思わず反芻する少年達。日光に晒されたら手傷を負うような夜闇の生物を想像していたら、何故かいきなり物凄く庶民的な理由が飛び出した感じだった。

 そこで、悠利がハッとしたように口を開く。今のジェイクの発言で、閃いたのだ。


「もしかして、色が白いからですか?肌の色が白いと、日光を強く受けて必要以上に日焼けをしてしまうと聞いたことがあるんですけど」

「ユーリくん、正解です。よく知ってましたねー」

「日焼けはそもそも火傷の一種だから、程度がすぎると大変なことになるって聞いたことがあるんです」

「それも正解です。つまり、日焼けが重症化しやすい肌の白さゆえに、ヴァンパイア達は日差しの強い時間に外に出なかったわけです。なので、必然的に早朝や夕暮れに行動を起こすため、夜型だと思われたようですね」


 にこにこ笑顔で続けられた説明を、きちんと書き取る見習い組。しかし、その顔には微妙な表情が浮かんでいた。神秘的な生き物がいきなりご近所さんレベルになった感じだった。何だろうこの微妙な感情と彼らは思った。

 ちなみに、悠利が日焼け云々を知っていたのは、色白だと普通よりも日焼けがヒドくなるのを見たことがあるからだ。テレビでも、肌の白い人は真っ赤に日焼けをして大変だと言っていた。

 また、日焼けが火傷であることは親から何度も何度も言い聞かされていたのだ。調子に乗って肌を焼いて黒くなるのを楽しむのは止めなさい、と。日焼けは火傷と同じで、肌を傷めているのだから、と。


「長命も事実です。ヴァンパイアは寿命が長く、また、青年期で外見の成長が止まるという特徴もあります」

「それってどういう意味なんですか?」

「解りやすく言うと、ヴァンパイアには年寄りがいません。少なくとも、我々が想像するような外見の年寄りは、皆無ですね」

「……爺さん婆さんがいないってことですか?」

「ウルグス、正解です」


 不思議ですよねぇとのんびりと告げるジェイクに、少年達は頭の上に疑問符をひたすらに浮かべた。何だそれ、と思ってしまったのだ。年を重ねれば外見が老化するだろうに、それがないとはどんな生物だ、と。

 しかし、それが事実なので致し方ない。細かいことを気にしてはいけない。種族が違えば性質が異なるのは当然なのだから。


「ただし、ヴァンパイアは生まれにくいというのもあります。ヴァンパイア同士では子供が出来にくく、他種族との間に生まれた子は他種族として生まれるか、ダンピールとして生まれます」

「ダンピールはヴァンパイアに近いと思うんですけど、何か明確な違いはあるんですか?」


 悠利の質問に、ジェイクはにこやかに微笑んだ。そして、傍らのマリアを示して告げる。


「マリアはダンピールですが、ヴァンパイアではありません。なので、ヴァンパイアの長命も一定年齢以上で成長が止まる性質も受け継いでいません。後、日光に対する極端な弱さもですね」

「ふむふむ」

「逆を言えば、それらを兼ね備えて生まれた者はヴァンパイアです。吸血衝動も持ち合わせます」

「はいはい!ダンピールは血は吸わないんですか?」


 カミールが手を上げて疑問を口にする。マリアは血の気が多く、戦闘衝動に駆られるとトマトジュースを飲んで落ち着かせているが、その彼女が血を求めたことはない。ダンピールは個別で引き継ぐ性質が違うことは聞いているが、吸血衝動に関してはどうなのかと思ったのだ。

 ジェイクはマリアへと視線を向ける。水を向けられたマリアは、にこにこと微笑みながら口を開いた。


「血が欲しいと思ったことはないわねぇ。血を浴びるほど暴れたいと思ったことはあるけれど」

「「マリアさん、物騒」」

「あら、ごめんなさぁい。吸血衝動はないけど、狩猟本能と戦闘本能は受け継いじゃったみたいなのよ~」


 別のを受け継がなかっただけマシなんだけど~とマリアは軽く言う。軽く言っているが、彼女が受け継いだものでも大概だ。

 怪力と、狩猟本能と戦闘本能。トマトジュースで幾ばくか落ち着くとはいえ、血の気の多さと馬鹿力がタッグを組んでいるとか、普通に恐ろしい。


「吸血衝動がダンピールに受け継がれないのは、彼らが肉体的にはヴァンパイアと異なるからです。吸血は、ヴァンパイアにとって健康を維持するためと言われています。ダンピールは他種族の肉体を持っているので、その必要がないのでしょうね」


 ジェイクの説明に、なるほどと納得する少年達。確かに、必要ないなら受け継ぐこともないのだろう。とりあえず、仲間に血を狙われる危険性は回避できるので一安心だった。

 そこでふと、悠利は気になったことを思い出した。マリアが口に出した、別のというのは何だろう、と。口振りからして、こちらも本能に根ざしたものなのだろうが。


「マリアさん」

「何かしらぁ?」

「受け継がなかった別のって、何ですか?」


 悠利の質問に、マリアは不思議そうに小首を傾げた。そして、にっこりと笑って告げる。


「性衝動よ」


 妖艶美女のお姉さんがお色気たっぷりで呟いた一言に、少年達は全員顔を引きつらせた。ついでに、身体が後ろに下がってしまう。何かこう、聞きたくなかった一言だったので。

 そんな悠利達にお構いなしに、マリアはのんびりと説明を続ける。


「発情期に近いと言えば解るかしらぁ?本能がそういう風になってるのか、相手が欲しくてたまらなくなるらしいのよぉ」

「「……」」

「勿論、ちゃんとした相手以外に何かをするのは犯罪だから、大きな街にはヴァンパイアやダンピール御用達のそういうお店があるんだけれど~」

「そういうお店?」

「えぇ、大人のお店よ」


 悠利が反芻すると、マリアはこくりと頷いた。

 ヴァンパイアやダンピールを相手にする水商売の店があるのだ。務めているのもヴァンパイアやダンピールが多く、また、それ以外の種族でも彼らの性質を理解したスタッフばかりだという。薬で無理に抑制すれば負担が大きいので、合法的にそういう店が設けられているのだ。

 マリアが続けた説明を、悠利は神妙な顔で聞いていた。確かに種族特性が影響しているならば、そういった措置も必要になるのか、と。

 対して、見習い組は顔を真っ赤にして視線をうろうろさせていた。妖艶美女のお姉さんの口から出てくる言葉なので、更に彼らを困惑させるのだろう。マリアは何一つ気にしていないし、むしろ普通の会話をしているつもりなのだろうが。

 圧倒的なお色気というのは、実に罪作りだった。


「色々なお店があるんですねぇ」

「そうよ~。あ、そうだわ。良かったら今度一緒に行ってみる?」

「へ?」

「ユーリなら、お店の姉さん達も可愛がってくれると思うわよ~」


 うきうきと話すマリア。彼女の中で悠利はきっと、愛でる対象としてカテゴリーされているのだろう。お店のお姉さん達の可愛がるも、普通に子供を可愛がる方向の意味で口にしている。

 しかし、である。

 そう、しかし。悠利は未成年だ。未成年を、大人のお店に連れて行こうとするのは教育上よろしくはない。

 なので――。


「マリアー、ダメですよー」

「ふがっ!?」

「鞭!?」


 のんびりとした口調でマリアを咎めるジェイク。変な声を上げるマリア。そして、目の前にいきなり鞭が飛んできてマリアの口をぐるぐる巻きにした光景を見た悠利の、驚愕の声が重なる。

 見習い組はまだ先ほどのマリアの発言の衝撃から立ち直れずに、顔を見合わせてぼそぼそと喋っていたので、気付かなかった。嬉々として話していたマリアの背後に立ったジェイクが、当然のように愛用の鞭を振るってマリアの口を封じたのだ。

 もがもが言いながら、マリアは背後を振り返る。彼女の力ならば、この鞭を引きちぎることは簡単だ。けれど彼女はそれをしない。自分が何か失敗をしたと理解しているからだ。

 マリアが大人しくなったのを確認して、ジェイクは鞭を外す。そして、普段と異なる大真面目な顔で口を開いた。


「マリア、ヴァンパイアやダンピールの性質について説明するのも、そのためにどんな施設があるのかを説明するのも、構いません」

「はい」

「ですが、そこへ未成年を連れて行こうとするのは、いただけません」

「はい。……あ」

「思い出しましたか?ユーリくんは成人も近い少年ですよ?」

「そうでした……」

「……え?」


 うっかりしていました、すみませんとマリアが何度も何度も頭を下げる。ジェイクはそれで彼女に自分が言いたいことが通じたのだと理解して、穏やかに笑っている。

 問題は、悠利だ。

 今のジェイクの発言と、それにハッとしたマリア。二人の反応が、何やら引っかかったのだ。どういう意味だろうと二人を見比べる悠利。

 そんな悠利の肩を、ウルグスとカミールが両サイドからぽんぽんと叩いた。


「ウルグス?カミール?」

「お前、絶対子供だと思われてた」

「それも、アロールより年下枠」

「え?え?」

「アロールより年下ってそれ、幼児じゃん……」

「「ヤック、正解」」

「えぇぇええええ!?」


 楽しげに盛り上がる三人に、悠利は思わず叫んだ。何で、どうして、と理不尽を訴えている。彼は確かに小柄で童顔だが、一応十七歳の男子高校生なのだ。成人年齢が十八歳のこの世界において、もうすぐ大人の仲間入りをするお年頃なのである。

 なのに、扱いが幼児。あまりのことに叫ぶしかない悠利だが、誰もフォローしてくれなかった。ジェイクとマリアは二人で話をしていて聞いてくれない。ウルグス達も三人で盛り上がっているので、悠利を放置だ。ヒドい話である。

 しょんぼりと肩を落とす悠利の背中を、マグがぽんぽんと叩いた。悠利は驚いて振り返る。個人主義のこの少年が、もしや自分を励ましてくれるのだろうかと。

 そんな悠利に向けて、マグはきっぱりと言い切った。


「雰囲気、子供」

「……はい?」

「子供。愛される」

「……ウルグス!ウルグス!!通訳ぅううう!」

「毎度毎度、通訳言うな!今回は割と解りやすかっただろ!」

「どこが!」


 解らないよと叫ぶ悠利と、同意するように頷くカミールとヤック。マグは不思議そうに首を傾げ、ウルグスは面倒そうに頭を掻いていた。

 確かに、いつもより多く喋っているが、それでも悠利には意味が解らないのだ。いや、訂正しよう。ウルグス以外には、意味が解らない。彼は安定の通訳だった。


「ユーリの雰囲気が子供っぽくて、子供にしか見えなくて、でもだから皆に愛されてるんだから、気にするなって」

「毎回思うけど、ウルグスってマジで凄いな……」

「オイラもそう思う……」


 何であの単語でそこまで読み取れるんだろうと感心するウルグスとヤック。当人は普通の顔をしているし、通訳された側のマグがツッコミを入れていないので正しいのだろう。しかし、やはり、どう考えても特殊能力にしか思えない理解力だ。

 そして、悠利は、マグの発言内容を頑張って頑張って咀嚼して、そして、へにゃりと泣きそうな顔になりながら呟いた。


「結局マグも、僕が子供扱いされたことに関して、肯定しかしてない……」

「「それは仕方ない」」

「仕方なくないよ!僕、十七歳だよ!」


 流石に幼児じゃないよ!と叫ぶ悠利。けれど、誰一人としてその言い分には耳を貸さなかった。今更だったので。

 悠利のぽわぽわした雰囲気は、どうにも周囲を和ませる。そして、和まされた側の中で悠利の年齢がどんどん下がってしまうのだ。愛でて可愛がるお子様枠に収まってしまう程度に。

 そんな風に賑やかな悠利達の耳に、パンパンと手を叩く音が響いた。振り返れば、ジェイクがのんびりと笑っている。


「はいはい、少し脱線しましたけど、勉強の続きに入りますよ~」

「「はーい」」

「質問はどんどんしてくださいね」

「「はい!」」


 間違えても大丈夫ですよと笑うジェイクに、元気よく返事をする悠利達。楽しい楽しいお勉強の時間は、まだまだ続くのでした。




 なお、失言をしたマリアはアリーに説教されたが、悠利が労るように用意したトマトジュースですぐに元気になるのだった。割と単純なダンピールのお姉さんです。




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