たまには鍛錬の見学を
「お前が鍛錬を見学したいなんて、珍しいよな」
「んー、手が空いちゃったっていうのもあるんだよねー」
「納得した」
彼らの目の前では、ブルックが訓練生と見習い組に稽古を付けていた。《
また、己に向いている武器が何か解らない状態でも、訓練が出来るという利点がある。武器適正というのは案外難しいのだ。
「クーレは休憩中?」
「いや。俺は今、目を養う訓練」
「目?」
「動きを目で追えって」
「わぁ、大変だぁ」
クーレッシュに課せられた訓練に、悠利は遠い目をした。何故そんなことを言ったかというと、クーレッシュが見ている相手のせいだ。
クーレッシュが一生懸命目をこらして動きを追っているのは、レレイだった。正確には、手合わせをしているレレイとマリアだ。自分達だけで手合わせするのは禁止されているコンビだが、ブルックの監視下ならば話は別だ。いざとなればブルックが力業で止めるので。
そして、そのレレイとマリアの動きだが、……悠利には何一つ見えなかった。いや、一応姿は見えているのだが、拳や足を打ち付け合っている音は聞こえても、どんな動きをしているのかはさっぱりだった。
猫獣人の父親からその身体能力を引き継いでいるレレイと、吸血鬼の怪力と身体能力の高さを受け継いだダンピールのマリア。見た目は闊達な美少女と妖艶美女だというのに、そこにいるのは人間兵器みたいな二人だった。
そんな二人の動きを目で追うというのは、なかなかに至難の業に悠利には思えたのである。
「アレを目で追うの……?」
「そう」
「見えてるの……?」
「……半分ぐらいしか解らん」
「半分解るなら、凄いと思うけど……」
ぼそりとクーレッシュが答えたセリフに、悠利は感心したように呟いた。少なくとも、ほとんど何も解っちゃいない悠利と比べたら、とても凄い。
けれど、訓練生であるクーレッシュにとってはそうはいかない。魔物と戦うこともある彼らは、日々しっかりと修業をしなければならないのだ。怠慢は死に直結するのがトレジャーハンターである。
皆大変だなぁと悠利がぼんやりと考えていると、不意に影が差した。細い影に視線を背後に向ければ、穏やかな笑顔があった。
「おや、ユーリくんがいるなんて、珍しいですねぇ」
「ジェイクさんこそ、こんな昼日中に屋外に出るなんてどうしたんですか?大丈夫ですか?」
「……ユーリくん、その大丈夫ですかは、具体的にどういう意味でしょうか?」
「いきなり倒れたりしませんよね?っていう意味の大丈夫ですか?です」
「……今日は結構元気です」
ひょっこりと姿を現したジェイクだが、悠利の物言いにしょんぼりとした。彼の扱いは相変わらずだが、こういう扱いをされてしまう前科が大量にあるのでクーレッシュもフォロー出来ない。
むしろ、悠利の隣で力一杯頷いているぐらいだ。あと、悠利と二人でジェイクの元気だという主張を訝しげに見ている。本当だろうかと疑ってかかりたくなるぐらいに、この学者先生はしょっちゅうアジトで行き倒れるので。
まぁ、ジェイク自身もそういう扱いが染みついているので、立ち直りは早かった。誰が相手でも、どんな扱いをされても、怒りもせずにひどいなぁとしょげるぐらいで済ませる辺り、何だかんだで器の大きさを感じさせる男である。
……そこ、単純に鈍いだけとか言わない。否定できないので。
「それで、ユーリくんは何をしているんですか?」
「手が空いたので、鍛錬の見学をしてみようかなーと思って」
「珍しいですねぇ」
「皆がどんなことをしてるのかは、ちょっとぐらい興味ありますよ」
「そうなんですか?」
「自分が交ざろうとは思いませんけど」
へらっと笑う悠利に、ジェイクとクーレッシュは揃って頷いた。誰も悠利にそんなことは期待していない。むしろ、戦いの場に悠利を連れて行こうとも思わない。
確かに、護身術に体術を覚えるというのは必要かもしれないが、人間には向き不向きがある。悠利は決して運動が出来ないわけではないが、性根がほんわかしすぎているので、戦闘技術の取得は恐らく向いていない。
また、常に護衛を自認するハイスペックなスライムが側にいるので、よほどでないかぎり危険はない。……そもそも、運∞という謎の
悠利が何故ここにいるかは理解したジェイクが、その隣のクーレッシュへと視線を向ける。他の訓練生や見習い組が鍛錬をしているのに、何故彼だけが座っているのか気になったのだろう。
「クーレは何を?」
「あそこの血の気の多い女子二人の手合わせを見て、目を鍛えろとのお達しでーす」
「あー、それはなかなかに難題ですね。今どれぐらい見えてます?」
「半分ぐらいです」
会話をしながらも、視線をレレイとマリアに固定しているクーレッシュ。その返答に、ジェイクはおやと楽しそうに笑った。
悠利は意味が解らずに首を傾げているが、答えはすぐに与えられた。
「進歩しましたねぇ。前はほとんど見えてなかったのに」
「俺だって努力はしてますよ」
「努力というか、慣れが大きいと思いますよ」
のんびりとした二人の会話に、一人なるほどと納得する悠利だった。半分見えるクーレッシュを凄いと悠利は思っていたが、その彼でも最初はもっと見えていなかったのだ。
毎回必死に二人の動きを目で追い続け、やっと半分ぐらいは理解出来るようになったクーレッシュ。地道に努力を重ねる姿は素晴らしい。頑張ってるんだなぁと思う悠利だった。
「それでは、見学中のユーリくんに、少しばかり解説を添えましょうか?」
「解説?」
「えぇ。ただ見ているだけより面白いと思いますよ」
にこにこと笑うジェイク。悠利は少しだけ考えて、その申し出をありがたく浮けた。
普段はアジトで風物詩のように行き倒れているジェイク。しかし、彼は指導係の座学担当とも言うべき学者先生で、教えるのがとても上手かった。嚙み砕いて解りやすく説明するのがとても上手なので。
なので、そんなジェイクの解説がどんな風に付けられるのかちょっと気になったのだ。
「まず、レレイとマリアですね。あの二人はどちらも見た目の割に力自慢ですが、身体の使い方はまったく違います」
「違うんですか?」
「えぇ。レレイはどちらかというと猪突猛進。考えるより先に、とりあえず力でごり押ししてしまえという感じですね」
「物凄く理解できました」
ジェイクの身も蓋もない説明に、悠利は力一杯頷いた。レレイが戦うところを見たことはないが、「とりあえずぶっ潰せば良いよね!」みたいな会話をしているのを聞いたことがある。つまり、単純思考の脳筋お嬢さんなのは悠利の中でも確定している。
実際今も、悠利にはさっぱり見えていないが、レレイの攻撃はどこか単調なものだ。やや大ぶりとも言える。一撃必殺!みたいなノリで拳や蹴りを繰り出す姿は、いっそ清々しい。
また、持って生まれた反射神経が優れているので、そんな大ぶりの攻撃で反撃をされそうになっても、素早く避けている。元々の身体能力が高いから直情型なのか、身体能力が高いから直情型でもどうにかなっているのか、判断が割れるところだ。
「マリアは怪力の持ち主ですし身体能力も高いですが、彼女は常により最善の手で攻撃することを念頭に置いています」
「つまり、冷静だと?」
「戦闘本能が強い部分はありますが、戦い方は冷静ですよ、彼女。こちらの声が聞こえていなくとも、より確実に攻撃が通るように、トドメがさせるように動いてますし」
「待ってください。それどう考えてもレレイより物騒です」
「マリアですからねぇ」
悠利が思わず真顔でツッコミを入れるが、ジェイクはのほほんと答えた。彼の中では、吸血鬼の戦闘能力を保持したダンピールのマリアは、そういう扱いらしい。物騒を野放しにしないでほしいと思う悠利だった。
とはいえ確かに、目の前で手合わせを繰り広げるマリアとレレイでは、マリアの方が余裕があるように見える。冷静にレレイの動きを読んで次の一手を打っているように見えなくもない。
ただし、あまりにも動きが早すぎるので、悠利には確実なことは言えないのだが。
「あの二人の場合は、それでも持って生まれた身体能力を上手に使いこなしている部類に入りますね。だから、ブルックも二人で手合わせをさせているんだと思いますよ」
「そうなんですか?」
「えぇ。あの二人に基礎は必要ありませんからね。恐らく、一段落したところで本気の手合わせをするぐらいでしょう」
にこにこと笑いながらジェイクが説明を続ける。悠利には鍛錬の趣旨はよく解っていないので、とりあえずなるほどと頷くだけだ。
そんな悠利の隣で、クーレッシュが面倒そうにぼやく。
「あの二人はなぁ……。本当に、強いんだ」
「……うん?」
「強いんだけど、どっちも本当に、本当に、話を聞かない」
「……え?」
遠い目をしたクーレッシュの言葉に、悠利は思わず目を点にした。思いっきり実感がこもっているのだ。哀愁ともいうのかもしれない。
悠利の反応に、クーレッシュは力なく笑った。どこか疲れた表情だった。
「レレイは目の前の敵を倒すことしか考えてないし、マリアさんは相手が強敵だったら嬉々として突撃して味方を忘れるし」
「……わぁ」
「しかもマリアさん、敵が雑魚だった場合は不機嫌オーラばらまくからな」
「ダメじゃん。ダメダメじゃん」
「ダメダメなんだよ」
思わず悠利が口にした言葉を、クーレッシュは否定しなかった。黄昏れながら肯定するクーレッシュに、彼女達と共に任務に赴くこともある訓練生の立場の世知辛さを理解した悠利だった。組む相手を自分で選べないという意味で。
色々と大変なんだなぁと思う悠利。とりあえず、労りの意味を込めてクーレッシュの肩をぽんぽんと叩いておいた。意味が通じたのか、ありがとよと小さな声が返った。
そんな二人のやりとりを見て苦笑していたジェイクが、悠利に別の方向を見るように促した。そこでは、並んで型稽古のようなことをしている見習い組がいた。
「ヤック達は何をしてるんですか?」
「基本練習ですね。身体の動かし方を覚えているんですよ」
「なるほど」
「あの中では、一番上手に身体を使えているのはカミールですね」
「え?そうなんですか!?」
思わず悠利は驚きの声を上げてしまった。見習い組四人の中で、一番上手と言われても違和感があるのだ。
それというのも、カミールは細身の少年だ。黙っていれば良家の子息に見えそうな上品な容姿をしている。当人の得手は情報収集であり、斥候やりたいと言っていたぐらいだ。
その彼が、体術の訓練で一番上手だと言われても、悠利には意味が理解できないのだ。少なくとも、カミールは荒事が得意なわけではない。
困惑している悠利に、ジェイクは解りやすい説明を始めた。
「あくまでも身体の使い方であって、強さではないですよ」
「はい?」
「自分の身体を、今持っている力を、無理なく適切に上手に使えているというのは、恐らくカミールです」
「……どういうことですか?」
ジェイクの説明は基本的に解りやすいものなのだが、悠利にはイマイチ理解できなかった。それというのも、そもそも悠利は体術がさっぱりだからだ。
その証拠に、悠利の隣のクーレッシュは納得したように頷いている。今の説明で解るんだと思う悠利。戦闘員と非戦闘員の壁は大きかった。
「では、他の3人の状態を説明しましょう」
「よろしくお願いします?」
それが何に繋がるのか解らなかったが、ジェイクが意味のないことを言うとは思えなかったので、悠利は素直に拝聴することにした。素直は悠利の美点である。
「まずはウルグスですね。彼は豪腕の
「力で押し負けるのは事実ですね。捕まるとヤバいかも」
「そうなの?」
「距離が取れれば良いけど、一度捕まると逃げるのは難しいんだよなー。俺、そんなに力ないし」
「まぁ、クーレは後方支援タイプだって言ってたもんね」
「おう」
自分が見習いのウルグスに力で負けることを、クーレッシュは特に重く考えていなかった。得手不得手というものがあるので、無い物ねだりをしても仕方がないことを彼は知っている。そもそも、それを言い出すと女子に力で負けている現実があるので。
そんな二人のやりとりを微笑ましそうに見つめていたジェイクが、再び口を開く。その声に導かれるように、悠利は視線を見習い組に戻した。
「確かにウルグスは腕力が高く、実際の戦闘ならばそれなりの強さを発揮すると思います。ただ、それだけに、持ち合わせた力に振り回されていますね」
「そうなんですか?」
「えぇ。見てください。動きが大ぶりなのと、止めるときに止まれていないのは解りますか?」
「……あ」
「力が強すぎて、勢い余っている感じなんですよ。そういう意味で、まだ自分の身体を使いこなせていないということになります」
「なるほど」
よく解るジェイク先生の解説だった。
実際、悠利の目に映るウルグスはジェイクの言うとおりの状態だった。勢いよく腕を振っているが、止めるときに若干ブレる。勢いを殺し切れていないのだ。
ふむふむと感心している悠利に、ジェイクの説明は続く。悠利は大人しくその説明に耳を傾けた。ちょっと楽しくなってきたので。
「次にマグですが、あの子は基本的に逃げの姿勢が染みついています」
「……はい?」
「身体能力は高いですし、それなりにそつなくこなしてますけど、全力ではないんですよ」
「余力を残すのは悪いことじゃないと思うんですけど?」
「意識して残せているなら、そうですね」
悠利の疑問に、ジェイクは穏やかに笑って答える。こういう会話をしていると、頼れる学者先生だなぁと思う悠利。普段のジェイクは全然頼りにならないので。
悠利にそんな感想を抱かれているとは思いもしていないジェイクは、笑顔で解説を続ける。世の中、知らぬが花である。
「ブルックが以前言っていたんですよ。もう少しばかり身体の力を使えるはずだ、と」
「……?」
「つまり、あの子は無意識に自分の力をセーブしてしまっているんです。多分、余力を残しておかないと死ぬと思ってるからでしょうけど」
「……あー」
意識してそれが出来ているなら良いんですけどねぇ、とジェイクがのほほんと告げる。口にした内容は全然のほほんとしていなかった。悠利の顔が微妙な表情になる。
マグはスラム育ちだ。そのため、悠利達とは色々な価値観が異なっていたりする。それが善い場合と悪い場合があって、今回はどちらかというと悪い場合らしい。
「マグは身体能力高いから、ちゃんと使いこなせれば化けるだろうって皆が言ってたぞ」
「そうなんだ?」
「おう。ブルックさんとかリーダーとかリヒトさんとか。後、バルロイさん」
「バルロイさんの言葉って、信憑性あるの?」
「お前なぁ……」
悪気なく呟いた悠利に、クーレッシュはがっくりと肩を落とした。しかし、悠利が悪いわけではないのだ。卒業生のバルロイは、悠利の前では大食らいの陽気なお兄さんでしかないのだから。
「あの人、戦闘のときは本当に頼りになるからな。必然的に、それに関係する部分もめっちゃ頼れる」
「そうなんだ。レレイとは違うんだね?」
「普段のアホさ加減は似てるけどな」
身も蓋もない説明だった。だがしかし、それが正しいので仕方ない。今はここにいない脳筋狼さんを思って、悠利は遠い目をした。やっぱり彼は悠利にとっては大食らいのお兄さんでしかなかった。
「ウルグスやマグが強い割に身体が上手に使えていないってのは解りましたけど、カミールは違うんですか?」
「そうですね、解りやすく言うなら、あの子の型が一番綺麗ですよ」
「ん……?」
言われてカミールの動きを確認した悠利は、あっと小さく呟いた。見習い組は並んで決まった動きをしているので、違いがよく解る。
勢い余って少しばかり重心がブレているようにも見えるウルグス。どことなしに力を抜いているように見えるマグ。まだ色々とおぼつかないヤック。その三人に比べて、カミールはキビキビとしたメリハリのある動きをしていた。
「本当だぁ……」
今まで説明を受けてもよく解らなかったことが、言われた言葉を考えながら見ると理解できた。それが何だかとても嬉しい悠利だった。
そんな悠利の反応を見て、クーレッシュは小さく笑う。楽しそうで何よりと言いたげだ。
「ユーリくんがお望みなら、他も解説しますよ?」
「良いんですか?」
「えぇ」
「それじゃあ、よろしくお願いします」
せっかくの機会だからと、悠利は顔を輝かせてお願いした。そんな悠利に、ジェイクは解りましたと答えて、解説を始める。
暢気な二人の姿をちらりと見て、クーレッシュは再び視線をレレイとマリアへと戻す。俺の鍛錬、地味だけどしんどいと思いながら。
たまにはいつもと違う時間の過ごし方も、楽しくて良いものでした。……なお、ジェイク先生の解説は途中で彼が暑さに敗北するまで続きましたとさ。
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