さっぱり美味しいキャベツのかぼす醤油和え。


「うーん、サラダとかなら食べられる気がするんだけどなー。あ、甘味は別」

「ヘルミーネの場合、甘味だけはいつでもお腹に入るよね……」

「えー?甘い物は別腹でしょー?」


 何当たり前なこと言ってるの?と言いたげなヘルミーネを前にして、悠利ゆうりは呆れたように息を吐いた。黙っていれば天使のように愛らしい美少女は、今日も自由だった。可愛い笑顔はプライスレスだが、その中身は割と我が儘マイペースなお嬢さんである。

 お茶を飲んだコップを洗いながら喋っている悠利の手元を見ながら、ヘルミーネは可愛らしく小首を傾げている。カウンターに座りながら悠利を見ているので、目線がいつもより上からになっている。

 二人が話しているのは、昼食のメニューに関してだ。暑い日が続いているので、全体的に皆の食欲が落ちてきている。元々大食漢な面々や大人組はそうでもないのだが、食が細い少女組(と体力が一般人以下と思われる学者先生)は、目に見えて解るほどに食欲が落ちている。

 ヘルミーネも食欲が落ちているメンバーの一人なのだが、彼女の場合、どれだけ食欲が落ちていようとも甘味だけは気にせず食べている。普通に考えたら、カロリーの高さが目に付くようなスイーツの数々の方が胃袋を圧迫しそうなのだが、そうではないらしい。甘い物は別腹を地で行くのだった。


「まぁ、冗談はさておき」

「別に冗談じゃないんだけど」

「その話は横に置いといてー」

「はーい」

「メインディッシュは肉を焼く予定なんだけど、副菜はさっぱりしたものがある方が良いってことだよね?」

「うん、お肉食べるのは大丈夫だけど、野菜までしっかりした味付けなのはちょっと止めてほしいかも」


 ふざけたやりとりをしているように見えて、一応ちゃんと真面目に会話をしている二人だった。二人で相談した結果、メインディッシュが肉なので、野菜のおかずはさっぱりした味付けにすることで落ち着いた。サラダでも良いのだが、今日は朝食にサラダが出たので昼食は別のメニューにしようということになったのだ。

 それじゃあ何にしようかなーと冷蔵庫の中を確認しながら考える悠利と、面白そうにその背中を見ているヘルミーネ。食事当番のヤックが来る前に献立を決めてしまおうと思っているのだが、なかなか決まらないのだった。

 足音が聞こえたのはそのときだった。悠利とヘルミーネが視線を向けると、早足でヤックが駆け込んできた。


「あ、ヤックお帰りー。買い出し頼んでごめんねー?」

「ただいまー。ちょっと遅くなってごめん、ユーリ。色々呼び止められちゃって」

「ヤック、商店街で大人気だもんねー」

「親戚の子供みたいに可愛がられてるわよねー」

「どの店の人も優しくてオイラ好きだよ!」


 二人の言葉に、ヤックはにぱっと笑った。無邪気で晴れやかな笑顔だった。真面目で働き者で人懐っこいヤックは、商店街の店主の皆さんに大変愛されているのだ。一生懸命頑張っている子供というのも大きいのだろう。何かとオマケをして貰ったり、割引をして貰ったりと可愛がられているのだ。

 いそいそと買い出してきた食材を片付けていたヤックが、ハッとしたように何かの入った袋を作業台の上に置いた。


「それ何?」

「オマケで貰ったかぼす。結構いっぱいあるんだけど、何かに使えるかな?」

「かぼす?わー、本当にかぼすだ。たくさん貰ってきたねー」

「売り物にするには形が不揃いだからって貰ったんだけど、どうしよう?」


 袋の中に入っていたのは、緑色をした小さな柑橘類だ。かぼすである。すだちと良く似ているが別物だ。使い方はレモンに似ている。絞って果汁を香り付けや味付けに使う。後味や酸味がそれほど強くはないので、さっぱりとした味に仕上がる。

 夏場であれば、輪切りにしてうどんやそばの上に並べられることもある。出汁の優しい味わいとすっきりとした酸味が合わさって、食欲がなくても美味しく食べられるのだ。まぁ、基本的にはレモンやすだちと同じような使い方になるだろう。

 絞って蜂蜜などで味を調えたジュースも美味しいのだが、それはとりあえず横に置いておこう。ころころしたかぼすを手にして、悠利はぱっと顔を輝かせた。


「お昼に使うよ。かぼすを使うとさっぱりするから、食欲なくても食べやすいと思うし」

「使うのは良いけど、何にする?」

「んー、キャベツがいっぱいあるから、千切りキャベツを和えるのに使おうかな。かぼすと醤油で味付けして」

「……それってポン酢と何が違うの?」


 悠利の説明に、ヤックは首を傾げた。柑橘類の絞り汁と醤油を混ぜて自家製ポン酢を作っているので、ヤックの疑問ももっともだ。それに対して、悠利は笑顔で答えた。


「いつものポン酢だと醤油の割合が多いでしょ?今から作るのは、かぼすの果汁の割合を多くして、醤油は味付け程度にしようかと思って」

「それ、酸っぱくない?」

「かぼすはそんなに酸っぱくならないと思うよ。味見しながら調整したら大丈夫だと思う」

「そっか。それじゃ、オイラ何をしたら良い?」


 納得したヤックは、笑顔で悠利の指示を待つ。悠利は少し考えて、にこにこ笑顔で問いかけた。


「キャベツの千切りとかぼすを絞るのどっちが良い?」

「かぼす絞る!」

「りょーかい。じゃあ、よろしくね」


 食い気味での即答だった。人数分のキャベツの千切りを作るのは結構な重労働だし、そもそもどう考えてもそっちの作業は悠利の方が圧倒的に早いのが解っている。

 と、いうわけで分担作業に入る悠利とヤック。悠利は冷蔵庫から取りだしたキャベツを洗って大量の千切りを作っていく。ヤックは、かぼすを丁寧に洗った後に半分に切ってボウルに絞っていく。ぎゅーぎゅーと絞っていると、ふわりとかぼすの香りが漂う。


「へー、かぼすって良い匂いするのねー」

「レモンとかすだち、柚子と同じでね。皮を削って香り付けに使ったりもするんだよ」

「皮を削る?」

「うん。ナイフとかおろし金とかで皮の部分を削って、汁物に浮かべたり盛りつけた煮物の上に載せたりするんだよ。彩りにもなるし、香りもするからちょっと贅沢な気分だよね」

「うーん。お料理って、そういうところ奥が深いわよねー」

「あはは。何でも考え始めたら奥が深いと思うよ」

「それもそうね」


 トトトトトと軽快な音をさせながら千切りを作りつつ、ヘルミーネとの雑談に興じる悠利。楽しそうな二人の姿を見つつ、ヤックは心の中で思った。相変わらず悠利の包丁さばきが異次元すぎる、と。

 何しろ、手元を見ていないのに次々とキャベツの千切りが出来上がっていくのだ。料理技能スキルが高いとこういう風になるのかなぁと思うヤックだった。熟練の業みたいである。


「ユーリ、かぼす絞り終わったけどどうしたら良い?」

「タネが入ってたら、茶こしとか使って絞り汁だけにしておいてくれる?」

「解った!」


 ボウルに入ったかぼすの絞り汁を見せてきたヤックに、悠利は次の手順を頼む。かぼすを半分に切ってそのまま絞ったので、絞り汁の中にタネが入っているのだ。大きなタネならば手や箸で取り除くのも簡単だが、細かい物になるとちょっと不便だ。なので、目の細かいボウルや茶こしなどを使って濾過するのだ。

 ヤックがかぼすの絞り汁からタネを取り除いている間に、悠利は完成したキャベツの千切りを大きなザルに入れる。そうして、鍋にお湯を沸かす。


「ユーリ、キャベツ茹でるの?」

「ううん。茹でないで湯通しするだけだよ。茹でると食感がなくなっちゃうし」

「湯通し?」

「お湯をかけて軽く火を通すことだよ。半生みたいになるの」

「へー。色んな調理方法があるのねー」

「今度ヘルミーネも一緒に料理する?」

「……気が向いたら!」


 悠利の提案に、ヘルミーネは可愛い笑顔で答えた。料理を作ることと、出来たてを食べられることを天秤にかけ、メニューによっては悪くないかもしれないと判断したのだった。食べたいものなら作っても良いかもしれないという感じで。

 ヘルミーネと話している間にお湯が沸いたので、悠利はザルに入れたキャベツの千切りの上にお湯を注ぐ。全体にお湯が行き渡るように回しかけ、途中で菜箸を使って上下を入れ替えながら全てのキャベツにお湯をかける。かけ終わったら即座にザルを持ち上げて水を切る。

 ほんのりと火が通ったキャベツはそれまでと少し色を変えていた。少しばかり柔らかくなっているが、完全に茹でたわけではないので食感は残っている。


「茹でるんじゃなくて湯通しなんだ」

「その方がたくさん食べられるしね」

「へー」

「それじゃ、キャベツをボウルに入れるから、ヤックが作ってくれたかぼすの絞り汁と醤油で味付けしようね」

「おー」


 水気をしっかり切ったキャベツの千切りを大きなボウルに入れ、そこにタネを取り除いたかぼすの絞り汁を回しかける。入れては混ぜてを繰り返し、全体に混ざり合ったらそこに醤油を少量入れる。


「これ、醤油あんまり入れないんだよね?」

「うん。醤油は味付けにちょっと使うぐらい。そうしたら、箸休めに食べやすい薄味になるでしょ」

「なるほど」


 ポン酢で味付けをしても良いのだが、そうすると醤油が勝ってしまうので味が濃くなるのだ。悠利の目当ては食欲のない面々でも簡単に食べられるようにという配慮なので、あまり味付けを濃くするのは本意ではない。なので、かぼすの絞り汁と醤油という別々の二つを使うことで味を調えようとしているのだ。

 全体に行き渡るように混ぜた後に、少量を小皿にとって食べる。シャキシャキとしたキャベツの食感は残っているし、かぼすのさっぱりとした酸味と醤油が良いバランスだ。


「うん、美味しい。ヤックは?」

「オイラも平気」

「それじゃ、ヘルミーネも味見して」

「え?良いの?」

「うん。酸っぱすぎたら困るから」

「いただきまーす」


 悠利に促されて、ヘルミーネも試食をする。あーんと美味しそうに口にキャベツを運んだヘルミーネは、もぐもぐと口を動かしてしっかりと咀嚼した。キャベツの食感、かぼすと醤油の風味。まったく別の三種がきっちり混ざっていて、心地好い。


「どうかな?」

「美味しい!酸っぱくないわ」

「良かった。それじゃ、今日の副菜はこれでー」

「わーい」

「じゃ、他の料理を準備しようか、ヤック」

「了解!」


 一品完成してご機嫌の悠利は、ヤックと共に他の料理を作る準備を進めるのだった。二人の邪魔をしてはいけないと思ったヘルミーネは、「頑張ってー」と声援を残して立ち去っていった。昼食を楽しみにしながら。




 そして、全ての料理が完成した昼食。いつものように唱和して食事を始めた一同は、本日の新作であるキャベツのかぼす醤油和えを喜んで食べていた。かぼすを使うことがあまりないのだが、柑橘系を苦手としている者はいなかったので好意的に受け入れられている。

 かぼすだけでは酸っぱくなるだろうが、そこに醤油が加わっているのでまろやかになっているのも理由だろう。また、そうでありながらメインをかぼすにしているのでさっぱりしており、食欲が落ちている面々にも食べやすいあっさりとした味付けになっている。

 何となく、浅漬けめいたイメージだなぁと食べながら思う悠利だった。切り漬けや浅漬けを刻んで醤油と混ぜたらこんな風になりそう、と。もっとも、そのイメージの原因は湯通ししたキャベツの食感かもしれない。半生っぽいがしっかりと食感が残っているので食べている感じがするのだ。


「ユーリ、これ、結構いっぱい食べられるわねー」

「そう?それなら良かった」

「サラダとはまた違う感じよねー。どうしてこっちだとたくさん食べられる気がするのかしら?」

「湯通ししてあるからじゃないかな。生野菜って、いっぱい食べるの大変だし」

「なるほど。それはあるかも」


 悠利の説明に、ヘルミーネは納得したように笑った。確かに悠利の言うとおり、生野菜は消化するのにパワーが必要になるのか、そこまで大量には食べられない。湯通ししてある分少し柔らかくなっているのも、食が進む理由の一つなのだろう。

 それに、やはり味付けのかぼすが効いているようだ。メインディッシュが肉なので、箸休めに食べるのに丁度良い。


「これもヤックがかぼすをいっぱい貰ってきてくれたおかげだね?」

「オイラとしては、ユーリが上手に使ってくれて助かってるよ。大量に貰ったけど、オイラじゃ使い道は考えつかなかったし」

「残ってる分はまた別の使い方を考えようね」

「おー」


 顔を見合わせて楽しそうに笑う悠利とヤック。その姿を見ながら、大量にあったあのかぼすが、今度はどんな美味しい料理になって出てくるのだろうかと、一人わくわくするヘルミーネだった。




 なお、大量のかぼすの一部は、大人組の晩酌の際にちょいちょい使われて、順調に数を減らしていくのでした。かぼすの絞り汁を入れると美味しいと誰かが言い出した結果です。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る