カリッと美味しいタラのムニエル

「今日のお昼はタラのムニエルだよー」


 ご機嫌笑顔で悠利ゆうりが取り出したのは、綺麗に捌かれたタラの切り身だった。ただの切り身ではない。皮を剥ぎ、小骨を取り除くというところまで処置が施されている切り身だ。もはや、ムニエルや揚げ物にするためにあると言っても過言ではない。

 ちなみにこのタラの切り身は、港町ロカで手に入れた品である。ツノフグの毒化部位を検品する作業のお礼に頂いたものだ。悠利への報酬として用意された切り身で、その場で捌いて下処理をしてもらったのである。皮や小骨の処置までしてもらえたので、悠利は大喜びだ。


「ムニエルって、粉付けてオリーブ油で焼くやつだっけ?」

「うん、それ。皮も骨も取り除いてあるから、食べるのも楽ちんだよー」

「お、それは食べやすくてよさそう。むしろパンに挟みたい」

「確かにそれ美味しそうだね」


 悠利の説明に、ウルグスは籠の中のパンを示して呟いた。その提案はとても魅力的だったので、悠利も同意した。表面をカリカリに焼き上げたムニエルと、キャベツやレタスと一緒にパンに挟めば、実に美味しいサンドイッチが出来る気がした。

 とはいえ、今はサンドイッチは横に置いておく。人数分のムニエルを作るのが彼等の仕事である。


「今回は皮や小骨はもう処理してあるから、味付けをして焼くだけだよ」

「味付けは、塩胡椒だっけ」

「うん。お好みでハーブ塩とか粉末ガーリックとか加える感じ」

「今日は?」

「お魚が美味しいから、今日はシンプルに塩胡椒だけでー」

「おー」


 味付けを少し変えるだけで味わいが変わるのだが、今日はあえてシンプルな塩胡椒のみにしておく。まな板の上に並べてたタラの切り身に、塩胡椒を振る。

 味付けが出来たら、次は小麦粉をまぶす。全体にきっちりとまぶすのだが、振りかけるタイプの粉入れがあるので、まな板の上に並べたタラの上へと振りかける。片面が終わったらもう片面も同じように小麦粉をまぶす。まぶし終わったら、軽く叩いて余分な粉を落としておく。粉が多すぎては美味しくないので。

 下準備が終わったら、次はフライパンに油を引いて温める。ムニエルは仕上げにバターを使うのだ、相性の良いオリーブ油をしっかりと全体に行き渡るように入れる。フライパンを動かして油が簡単に移動するようになったら良い具合だ。


「それじゃ、タラを並べて焼いていきます」

「おー」

「火は中火ぐらいで。強火にすると焦げちゃうからね」

「解った」


 温めた油の入ったフライパンへ小麦粉をまぶしたタラの切り身を入れると、途端にジュージューと音が鳴る。音だけではなく、食欲をそそる香ばしい匂いも漂ってくる。……昼食前のお腹が減っている時間帯には、ちょっと拷問である。


「……めっちゃ腹が減る」

「そこは諦めて、ウルグス。料理当番の宿命」

「くっ……」

「あ、ちゃんと焼けるまでは触っちゃダメだからね。壊れるし」

「おう」

「その間に他の準備しちゃおう」

「了解」


 フライパンに入れたタラの切り身は片面が焼けるまで少し時間がかかるので、つきっきりではなくその間に他の準備をする悠利とウルグスだ。サラダを器に入れたり、スープを温めたり、皆が食べるパンを切り分けたりという感じだ。

 勿論、あまり長くフライパンから離れるとうっかり焦がしてしまうこともあるので、注意が必要だ。中火なので、油断すると焦げるので気を付けよう。

 しばらくして、身の半分ぐらいまで火が通ってきたら、フライ返しでそっと切り身を持ち上げてみる。きつね色に焼き目が付いているのを確認したら、そのままひっくり返す。ひっくり返すと、先ほどと同じようにまたジュージューと良い音がし始める。


「こっちも同じように中火で焼くのか?」

「うん」

「……見てると腹減るから、盛りつけやってくる」

「はいはい」


 香ばしい匂いはするし、目の前にあるのは食べ頃と言わんばかりにきつね色になった面なのである。腹ぺこなのに加えて元々大食漢のウルグスとしては、かなり辛いのだ。

 二人で盛り付けなどをしている間に、ひっくり返した面も焼き上がった。これで終わりかと皿を持ってきたウルグスを制して、悠利はバターを取りだした。


「ユーリ?」

「焼き上がったら、仕上げにバターだよ」

「あぁ、そっか。忘れてた」


 熱々のフライパンにバターを入れて溶かすと、焼き上がったタラのムニエルに絡めるようにしてフライパンを回す。とろりと溶けたバターの芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。そして、溶けたバターはタラのムニエルに絡みつき、その風味をしっかり付けていく。

 きつね色にこんがりと焼き上がったタラのムニエルに、バターの風味が追加されてとても美味しそうだ。出来上がったムニエルは、レタスを敷いた皿の上へと並べていく。


「ムニエルって割と手順は簡単だよな」

「そうだねー。火加減と焼き具合の確認をちゃんとしたら、味付けとかも難しくないしね。あ、皮付きの場合は、皮の部分を念入りに油に浸してきっちり焼くと、パリパリになって美味しいよ」


 悠利の説明に、ふむふむと頷くウルグス。実際、使う調味料も少ないし、こまめに火加減を調整しなければいけないわけでもない。そういう意味では、ある程度料理になれてきていれば簡単に作れる料理に分類されるかもしれない。


「それも美味そう。てか、皮の部分だけきっちり焼くって、皮が側面に付いてたらどうやるんだ?」

「フライパンの端っこにもたれさせるみたいにして立てるとか?」

「……なるほど」


 ウルグスの質問に、悠利はフライパンに残っていた一切れを使って説明した。鮭のムニエルなどの場合、皮が側面に付いているのでこういう風に焼くのだ。両面を焼いた後、仕上げに皮だけを下にして焼くと、パリパリ食感が楽しめてとても美味しい。今回は皮が存在しないので、そういう手間は存在しないが。


「それじゃ、盛りつけ完了したし皆を呼んでこないとね」

「そうだ、……あん?」

「どうかした、ウルグス?」

「いや、あそこ……」

「え?」


 ウルグスに促された悠利は、彼の指差す先へと視線を向けた。そこには、そろーっとこちらを覗き込んでいるルークスの姿があった。料理中は調理場に入らないというのを徹底しているルークスなので、食堂スペースから伺っているのだろう。

 どうやら日課の掃除を終えたらしいということまでは把握できたが、何をしているのかはよく解らない。解らないので、ルークスに聞くことにした悠利だった。


「ルーちゃん、何か用事でもあった?」

「キュイ、キュイ!」

「えーっと……?」

「キュキュー!」


 何かをジェスチャーで訴えてくるルークス。しかし、残念ながら悠利にはルークスの言葉は解らない。ウルグスも首を傾げている。それでも、何かを必死に訴えていることは解る。

 ルークスは、その場からぴょこぴょこと移動したと思ったら、素早く戻ってくるという動作を繰り返している。二人でそれを見ていた悠利とウルグスは、ハッと気付いた。


「もしかしてルーちゃん、皆を呼びに行ってくれるってこと?」

「お前、手伝いしたかったのか?」

「キュピー!」


 二人がやっと気付いてくれたと嬉しそうに飛び跳ねるルークス。何でそんなに働きたがるんだろうと思いつつ、ルークスの好意は嬉しいのでお任せすることに決めた。


「それじゃルーちゃん、皆を呼んできてね。僕達はその間にご飯食べる準備をしておくから」

「キュイ!」


 悠利にお願いされたルークスは、ご機嫌で食堂を出て行った。そんなルークスを見送って、二人はテキパキと配膳に取りかかるのだった。




 そして、ルークスに呼ばれた仲間達が食堂へとやって来た。それぞれ席に着き、いつものように唱和して食事に取りかかる。なお、ルークスは調理場スペースで生ゴミを食していた。彼にとってはそれも立派な食事である。

 本日の昼食はパン、サラダ、スープにタラのムニエルというメニューだ。きつね色に美味しそうに焼き上がったムニエルは、見るだけでも食欲をそそる。その上、バターの芳醇な香りが漂うので、余計に美味しそうなのだ。


「いっただきまーっす」


 皮も骨も存在しないので、箸でも楽に食べられるタラのムニエル。こんがり焼けてはいるが、そこまで固くはないのですんなりと箸が入る。食べやすい大きさにして口に運ぶ。

 噛んだ瞬間は、こんがりと焼いたおかげかカリカリとした食感だ。小麦粉が良い感じに衣の役割を果たしている。けれど、すぐに歯は柔らかな身の感触を知ることになる。ふんわりとした食感でありながら、しっかりとした食べ応えが存在しているのは、それだけ魚が良い証拠だろう。

 味付けはシンプルに塩胡椒だけにしておいたが、そのおかげでタラの旨味がぎゅぎゅっと濃縮されている。また、仕上げにバターを使ったことでバターの旨味も浸透している。口の中がちょっと贅沢な感じになる。


「んー、美味しいー。魚が良いとどんな料理にしても美味しいなー」


 幸せ、と言いたげな表情で悠利が満足そうにタラのムニエルを食べている。自分で作ったのだから自分好みの味付けになるのは当然なのだが、素材の善し悪しで美味しさが変わることがある。なので、美味しい魚で作った美味しい料理に感動しているのだ。

 基本的に、港町ロカで手に入れた魚介類は抜群の鮮度と質の良さだったので、何にしても美味しい。ついでに、時間停止機能が付いた魔法鞄マジックバッグになっている悠利の学生鞄に片付けられているので、賞味期限なども存在しない。チート装備をきっちり使いこなしている悠利だった。

 そんな風に楽しそうな悠利の隣で、それまで静かに食事を続けていたヤクモが口を開いた。


「うむ。まさにその通りであるな。これも凝った味付けではないのに実に美味である」

「あ、今更ですけど、ヤクモさんのお口に合いました?塩焼きにしようか悩んだんですけど」

「む?我は基本的にお主の作る料理で口に合わぬことはないが?」

「それなら良かったです」


 ヤクモは和食に似た食文化の国出身なので、ちょっと気になった悠利なのだった。とはいえ、旅から旅を重ね、その土地の食べ物を忌避することなく食べているヤクモなので、杞憂と言えた。そもそも、普段から悠利が作る料理は和食っぽくないものだろうと気にせず食べているので。

 故郷の食文化が魚が多かったからから、ヤクモは魚料理を特に好むところがある。勿論肉料理でも文句一つ言わずに食べてくれる。それでも、より美味しそうに食べるのは魚である。それは間違いなかった。


「そうそう、ロカで美味しそうなお刺身用の魚を買ってきたんで、今度イレイスと三人で食べましょうね」

「おや、我の分も買い求めてくれたのか?」

「えぇ。多分、生魚を食べるのは僕達だけだと思うので、他の人がいないときか、別メニューということで」

「確かに、それはそうであろうな」


 悠利の話を聞いて、ヤクモは肩をすくめた。魚の生食文化の存在しないこの街で、好き好んで生魚を食べる人は少ない。港町ロカでは生で食べる人もいたが、それでもどちらかというと火を通して食べる料理の方が多かった。

 まぁ、生で食べるには鮮度の良い魚を手に入れなければならないので、内陸の王都ドラヘルンで馴染みがないのは仕方ない。また、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の面々は出身地が内陸部の者が多いので、生魚を食べることに慣れていないのだ。

 食事は好きなものを食べてこそなので、別に他の誰かを巻き込んでお刺身を食べようとは思っていない悠利だ。その代わり、美味しく食べる面々で一緒に食べれば良いと思っている。機会があればイレイシアとヤクモと三人でお刺身や海鮮丼を食べるのだ。


「鮮度の良いお魚でさっと火を入れるだけでも美味しいとは思うんですけどね」

「あぁ、炙って食べるなども美味しいであろうな」

「良いですねー。個人的にはしゃぶしゃぶも好きです」

「うん?」

「湧かしたお湯とか、スープとかでさっと茹でる調理方法ですね。お刺身で大丈夫な魚だと、半生ぐらいで食べられて美味しいです」

「それはまた、美味の予感がする料理だ。イレイスも気に入るのではないか?」

「それじゃあ、今度三人で試してみましょうか」

「うむ」


 まるで悪戯を思いついた子供のように悠利が笑うと、ヤクモも口元に笑みを浮かべた。しゃぶしゃぶを目にしたイレイシアが顔を輝かせる姿が目に浮かんだからだ。魚介類大好きな彼女がどれだけ喜ぶだろうかと考えると、ちょっと楽しいのだった。

 そんな風に悠利とヤクモは穏やかに食事をしているが、別のテーブルではちょっと賑やかなことが起こっていた。賑やかとはいえ、別に咎められるほどの騒動ではない。その中心にいるのはウルグスだった。


「これでよし」

「ウルグス、何やってんだ?」

「それ何?」

「いや、パンに挟んだら美味そうだと思って」

「「その手があった……!」」


 食パンと食パンの間にサラダから抜き出したレタスとタラのムニエルを挟んでいるウルグス。ちなみに、ちゃっかりマヨネーズも使っているので、どう見てもただのサンドイッチだった。

 そのウルグスの行動を不思議そうに見ていたカミールとヤックが、ハッとしたように叫ぶと同じことを始めた。それ絶対美味しいやつじゃん!と思ったらしい。確かに、ちょっと豪華なサンドイッチになりそうだ。

 マグは特に興味はないのか、そのまま食べている。タラのムニエルは出汁を使った料理ではないので、マグにはそこまでこだわる料理ではないらしい。とはいえ、美味しくないと思っているわけではなく、マヨネーズをつけながら黙々と食べている。


「ウルグス、マヨネーズ貸して」

「ほい」

「まさかウルグスがマヨネーズ使うことまで考えるとは……」

「あ、それ発案はユーリ。パンに挟むならマヨネーズ使うと美味しいと思うって言われた」

「何だ、ユーリの考えか。それなら納得した」


 ウルグスが自分でアレンジを思いついたのかと思ったらしいカミールだが、発案者が悠利だと解ったら納得したようだ。ウルグスはそこまで料理が得意なわけではないので、アレンジはまだそこまで出来ないのだ。

 カミールにマヨネーズを渡すと、ウルグスは自分が作ったサンドイッチにかぶりつく。食パンのふわふわした食感に、レタスのシャキシャキっとした食感。そして最後に、ふんわりとしていながら弾力のちゃんとあるタラのムニエル。口の中でその三つが合わさって、絶妙なハーモニーを奏でていた。

 悠利に言われたようにマヨネーズを追加したおかげで、パンと一緒に食べても物足りなくはない。ムニエルだけで食べるなら調理したときの味付けだけで問題なかったが、サンドイッチにするとパンが増える分薄味に感じてしまう可能性があったのだ。


「これ普通に美味いな」

「サンドイッチに新作追加だな、これは」

「ムニエルが美味しいなら、フライも美味しいと思うのはオイラだけかな……?」

「あ、確かにフライも美味そう」

「後でユーリに言ってみようぜ。フライならマヨネーズじゃなくてタルタルソースだよな」

「タルタルソース?」

「「何でそこに食いつくんだ!?」」


 それまで我関せずという顔で食事をしていたマグが、突然反応したことに三人は驚いた。とはいえ、マグはマヨネーズやタルタルソースは気に入っているので、当然の反応かもしれない。

 ちなみに、白身魚のフライにはタルタルソースというのは、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の不文律みたいになっている。最初に悠利がそうしたので、何となくそうなっているのだ。

 そんな風に賑やかなウルグス達を眺めながら、悠利は楽しそうに笑って口を開いた。


「相変わらず皆、仲良しですよねー」

「仲が良いのは良いことだ」

「そうですね」


 騒いでいる見習い組とは裏腹な、のんびりとした雰囲気である。それでも、その場に居合わせた面々に共通しているのは、今日も美味しいご飯を堪能しているということだった。




 なお、ムニエルに適した切り身はたくさん手に入れているので、今後も定期的にメニューに並び、皆を喜ばせるのでした。美味しいは正義!


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