あっさり美味しい大根餅の餡かけ。


「うーん……」


 台所の作業台の前で唸っている悠利ゆうり。その目の前には、大量の大根が積み上げられていた。しかも、どれも太くて立派である。美味しそうな大根であることは間違いない。

 ただし、悠利が唸っている通り、無駄に量が多い。どうやってこれを消費しようかと悩んでいるのだ。

 大根は美味しい。煮ても炊いても炒めても美味しいし、汁物料理にも使える。大根おろしのように生でも食べられるのもありがたい。素材そのものの味はそこまで癖がないので、どんな料理にも上手に合わせることが出来るというのも利点だろう。

 とはいえ、大量消費できるレシピとなると、別の話だ。大根は結構かさの高い野菜なので、大量消費をしようとすると困ってしまうのだ。


「あまりに見事だったからあの子から貰っちゃったけど、この量どうしようかなぁ……」


 困ったように悠利がぼやく。悠利が口にする「あの子」というのは、採取系ダンジョン収穫の箱庭のダンジョンマスターのことだ。近隣の人々と仲良くしたい、たくさんの人に遊びに来てほしい、という考え方のダンジョンマスター-の影響を受けた彼のダンジョンは、どっからどう見ても農園みたいなレベルで食材が手に入る不思議スポットだった。

 そのダンジョンマスターと悠利とルークスはお友達である。何でそんなもんと友達になってるんだというツッコミは止めてほしい。気付いたら仲良くなっていたのだ。餌付けした結果かもしれないが、餌付けしなくても興味を引いていたので友達になったのは多分必然である。

 さて、そのダンジョンマスターであるが、お友達認定をした悠利が遊びに行くと、お土産に野菜をくれるようになってしまったのだ。別にくれなくても勝手に採取ゾーンで収穫するのだが、それとは別に食材が用意されているのである。

 どうやら、悠利が手土産としてお菓子やお弁当を持って行くことに対する感謝らしい。相手の好意が解るので無碍には出来ないし、そもそも立派なお野菜を出されて拒絶する理由が悠利にはなかった。美味しそうな食材というのは、悠利ホイホイである。

 そんなわけで、今、悠利は大量の大根を前にレシピを必死に考えているのだ。


「……大量」

「あ、マグ。勉強終わったの?」

「諾。……食材?」

「うん。夕飯にこの大根で何か作ろうと思うんだけど、大量消費出来る料理が思いつかなくてねー」


 いつの間にか近寄ってきていたマグの独り言を聞いて、悠利は慌ててそちらを見る。悠利の問いかけにマグはこくりと頷いて答え、大根を示して端的に問いかけてくる。相変わらず会話に使用される単語が少なすぎるが、まだ意味は通じているので問題ない。

 今日の食事当番はマグなので、勉強を終えて真っ直ぐやって来たのだろう。そのマグは、大量の大根を見詰めながらぼそりと口を開いた。


「大根おろし?」

「いやー、この量を大根おろしで食べるのは大変だと思うよ……?」

「削ると、減る」

「まぁ、確かにね。大根おろしにしたらかさが減る気がするけど」


 マグの提案に、悠利は確かにと納得した。固形のまま煮物や炒め物にするよりは、すり下ろした方が分量が減ったような気がする。というか、すりおろすと消化しやすいからなのか、たくさん食べられる気がするのだ。

 とはいえ、大根おろしを一人辺り丼鉢に山盛りというわけにもいかない。この大根が大根おろしにしても美味しいのは解っているのだが。何しろ、収穫の箱庭の食材は、迷宮食材と呼ばれるダンジョン産の食材の中でも特に美味しいのだ。その上、ダンジョンマスターが厳選した大根である。美味しいに決まっている。


「冬場だったら迷わずみぞれ鍋にするんだけどなー。夏に鍋は熱いから無理だしー」

「みぞれ鍋?」

「鍋に大根おろしを大量に入れて食べる料理だよ」

「……熱い」

「うん。熱いから無理だよね。暑い時期に熱いものを食べるのはちょっとね」


 夏真っ盛りにみぞれ鍋を食べるのはちょっとご遠慮したい。なので、別の料理を考えなければいけない。何かないだろうかとうんうん唸っていた悠利は、ハッとしたように顔を上げた。


「そっか、大根餅にしちゃえば良いんだ!」

「……大根餅?」

「この間、蓮根餅作ったでしょ?アレの大根バージョンだよ」


 悠利の言葉に、マグは記憶を探るようにこてんと首を傾げた。しばらく考えて、思い出したようにポンと手を叩いた。そして、口を開く。


「もちもち」

「そう、もちもち」


 他にイメージがなかったのか、実に端的な感想が戻ってきた。確かに蓮根餅はもっちりもちもちで美味しいので、間違ってはいない。マグに通じたことで一安心した悠利が次の行動に移る前に、マグが言葉を投げかけてきた。

 じぃっと見詰めてくる赤い瞳は真剣だ。その真剣さのまま、マグは口を開く。


「餡かけ?」

「……餡かけが良いの?」

「出汁」

「……まぁ、熱々にしなければ餡かけでも大丈夫かな」


 出汁が大好きなマグである。和風の餡かけならば出汁を堪能できると思ったのだろう。熱意に負ける形になった悠利だが、確かに大根餅の餡かけは美味しいので細かいことは気にしないことにした。考えたら負けである。


「それじゃ、大根餅を作るから、大根をすりおろすよ」

「諾」

「待って。マグ待って。何で回れ右するの」

「適材適所?」


 何を当たり前のことを言っているんだと言いたげな態度のマグに、悠利はがっくりと肩を落とした。腕を掴まれているので動けないマグは、早く話してほしいと言いたげに腕を小さく揺すっている。

 しかし、悠利としてはちょっと待ってと言いたいのだ。今日の食事当番は悠利とマグだ。なので、大根おろしを作るのは彼ら二人の仕事。それなのに、颯爽と別の誰かを連れてこようとするのは勘弁してもらいたかった。


「とりあえず、出来る限りは二人でやろうよ。疲れたら援軍を呼ぶってことで」

「適材適所」

「そうやって、力仕事の度にウルグス引っ張り出してたら可哀想でしょ」

「……?」

「はいそこ、何で?っていう顔しないの!ほら、大根おろし作るから、手を洗って!」

「……諾」


 悠利に急かされながら手洗いに向かうマグは、やはりいまいち解っていなかった。彼にとって、小柄な自分に剥いていない力仕事は全部ウルグスに丸投げするのが当然らしい。適材適所と言っているが、どう考えても甘えとか我が儘とかそういうのだ。

 まったくもうと困ったように呟きながら、悠利は大根おろしを作る準備に取りかかる。まず必要なのは、すりおろした大根を入れる大きなボウルだ。次に、おろし金。そして、最後の手順は大根を使いやすい大きさに切ることだ。

 ヘタと根を落とし、大根一本をまず三等分ぐらいにする。手にしたときに長すぎると作業がしにくいので、持ちやすさを考えて長さを調節する。次に、三等分にした大根を縦に四分割する。そうすると、長方形っぽい形の大根が出来上がる。ちょうど、悠利やマグが簡単に握れるぐらいの太さだ。

 この大きさにすると、皮が剥きやすい。曲線に沿って皮を剥くのも悪くはないが、大根がある程度の長さだと包丁が立てにくいのだ。しかし、縦に四分割しておくと、真っ直ぐに皮が剥ける。しょりしょりと皮を剥く悠利の手つきも軽やかだった。


「皮剥き?切り分け?」

「あ、それじゃあ、僕が皮を剥くから切り分けてくれる?」

「諾」


 自分の担当作業を聞いてくるマグに、悠利は切り分けをお願いした。分担すると効率が良い。何しろ、大量の大根を相手にしなければならないのだ。

 そうして、二人で黙々と準備にとりかかり、悠利が使おうと決めた分の大根は全て切り分けられた。どどーんと積み上がっているので圧迫感が凄い。これを全て大根おろしにするのだと思うと、圧が強烈だった。


「それじゃ、頑張って大根おろし作ろう」

「諾」

「あ、でも、手が疲れたら無理しないで援軍呼ぶから言ってね?」

「諾」


 お互いに無理をしないこと、という約束をして、二人は大根おろしの作成に取りかかる。ひたすら、ひたっすらに大根をすりおろすだけの作業だ。合間合間に雑談をしつつも、なかなかに重労働である。

 立ったままでは疲れてしまうので、椅子を持ってきて座って行うことにした。大根は多少力を入れなければすり下ろせないが、座っているだけでも随分と楽になる。無理は禁物を合い言葉に、二人は頑張った。


「出来たぁ……」

「疲労……」

「そうだね、ちょっと疲れたねー」


 ボウル二つに入った大根おろしを確認して、二人は伸びをした。ずっと腕を使っていたので、筋肉が変な形で固まっているような感じなのだ。ぐーっと伸びをするとちょっと楽になった。


「それじゃ、次の作業だね。この大根おろしを、水気を切って別のボウルに移します」

「全て?」

「別に完全にじゃなくて良いよ。ただ、このままだと水分が多すぎるからね」

「諾」


 すりおろした大根は、このままでは水気が多すぎて大根餅に出来ないので、別のボウルに水分を切って入れる。スプーンやお玉でボウルに押し付けるようにして水気を切って移動させるという地道な作業を終えれば、次の準備だ。

 下味として塩と和風の顆粒出汁をぱらぱらと入れて混ぜる。ほんのり味が付くぐらいにしたら、そこに片栗粉を投入する。この片栗粉でバラバラになってしまう大根おろしを固めるのだ。このとき、水気が足らず上手に混ざらなければ先ほど取り除いた大根おろしの汁を足すことで調整する。緩い場合は片栗粉を足せばオッケーだ。

 全体を混ぜ合わせて良い感じの強度になったなら、一つずつ形を作っていく。今回は揚げ焼きにする予定なので、平べったく作る。形は丸でも四角でも楕円でも構わないのだが、丸や楕円の方が作りやすかったのでその方向で作る。

 形を作ることが出来たら、次は揚げ焼きだ。


「揚げ焼きにするから、フライパンにちょっと多めにごま油を入れてねー」

「諾」


 とぷとぷとフライパンにごま油を入れて、温める。温まったらそうっと大根餅を並べていく。ジュージューという香ばしい音が響き、ごま油の食欲をそそる匂いが鼻腔をくすぐった。

 片面がこんがりと焼けたらひっくり返して、同じようにきつね色になるまで揚げ焼きにする。中身がほぼ大根なので、そこまで真剣に焼く必要はない。どちらかといえば、壊れないように焼いて形を固定する作業に近いだろう。後、きつね色になっていると美味しそうなので。

 焼き上がった大根餅を大皿にぽいぽいと並べ、次の大根餅をフライパンに入れる。その間に、焼き上がった大根餅を小皿に取りだして二人で味見タイムだ。熱々なので気を付けつつ、かぷりと囓る。


「んー、やっぱりごま油で焼くと美味しい」

「もちもち」

「うん、片栗粉を入れたからね。味は大丈夫?」

「出汁、美味」

「お気に召して何よりです」


 片栗粉が入っているのでもっちりとした食感だが、噛み切れないほどに固いわけではない。下味として塩と顆粒だしを入れているので、ごま油で焼いただけだが大根そのものの旨味と合わさってそれだけでも十分に美味しい。揚げ焼きしやすいように平べったく作ったのだが、カリカリともちもちのバランスが絶妙だった。

 黙々と味見用の大根餅を食べ終えた二人は、顔を見合わせた。こくりと頷き、大量の大根餅を揚げ焼きにすることに専念する。美味しかったのでやる気が出た二人だった。




 そして、夕飯の時間である。

 皆の視線は、平べったいきつね色の物体と、それにかけられたとろりとした餡に向いていた。これは何だろう?と言いたげである。初めて見る料理なので仕方ない。


「これは大根餅です。この間作った蓮根餅の大根バージョンだと思ってもらって良いです。一応下味が付けてあるんですけど、餡かけにしたら美味しいかなと思って餡かけにしてます。お代わりの分は、そのまま食べるか餡かけにするか自分で選んでください」


 悠利の説明に、皆はなるほどと頷いた。蓮根餅と形は違うが、似たようなものだと解れば不安もない。まぁ、そもそも《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の面々は、悠利の作る食事に絶対の信頼を置いているのだが。美味しいは正義です。

 マグが希望した餡かけなので、味付けは和風だ。昆布と鰹節で出汁を取り、酒、塩、醤油で味を調えている。少し甘い方が良いかなという判断で、隠し味程度にみりんも入っている。ほんのり甘いすまし汁といった感じの餡に仕上がっている。

 器の中で大根餅を食べやすい大きさにし、とろりとした餡を絡めて口に運ぶ。大根餅のもちもちとした食感と、表面のカリカリと、それらをしっとりと包み込む餡の風味が良いバランスだった。そのまま食べたときほどのカリカリ感はなかったが、餡をかけてそれほど時間が経っていないので、まだふやけてはいない。

 もちもちとした食感と、そうでありながら口の中いっぱいに広がる大根の旨味に、皆は満足そうだ。……特に、出汁が大好きなマグは黙々と食べている。小柄な身体のどこに入るのだろうと思う程度には、延々と食べていた。


「……マグ、相変わらず身体の大きさと食事量が見合ってない気がするんだよねぇ……」

「ん?動いてるからそれで消費してるんじゃないの?」

「食べても食べても太らないレレイと一緒にしちゃダメだと思うんだ、僕」

「あたしは食べた分は動いてるから太らないだけだよ!」

「その食べてる量がえげつないって話だっつーの。お前お代わり何個持ってきてんだよ」

「え?6個」

「「多い」」


 悠利の独り言に、隣で食事をしていたレレイが口を挟む。それに対して、悠利は大真面目な顔で答えた。レレイは本当に、見た目と食べる量が一致しないの見本だ。ブルックもその気があるとはいえ、あちらは体格の良い成人男子。活発な雰囲気の可愛い女性に分類されるレレイの大食漢っぷりは、かなりのギャップである。

 それを示すように、お代わりとして彼女は大根餅を6個持ってきていた。最初に3つずつ用意されていた大根餅は、決して小さくはない。片栗粉が入っているのでもちもちだし、もちもちしているということは腹持ちも良いということだ。なのにお代わりが6個。安定のレレイだった。


「だってこれ、美味しいもん。あたしねー、餡かけじゃなくてこのまま食べる方が良いかもー」

「その辺は好みだからね」

「確かに、餡かけにしなかったら、この表面のカリカリしたの堪能できるしな」

「餡かけじゃない方が食べやすいしね!」

「「そっち!?」」


 食感の違いが理由だろうかと思っていた悠利とクーレッシュは、レレイの無邪気な一言に思わず叫んだ。優先される部分がそこな辺りがレレイだった。安定すぎる。

 確かに、餡かけの場合は汚さないように気を付けなければいけない。それに比べれば、何も付けない状態の大根餅はばくばくと食べることが出来るだろう。だからといって、まさか日常の食事で食べやすさを優先されるとは思わなかった二人だった。


「そういや、これ、別の味でも作れるのか?」

「出来るよ。中に具を入れて作るのもあるし」

「具?」

「ベーコンとか、乾燥した小えびとか、ネギとか、ニラとか?自分の好きな具材入れれば良いと思うよ。大根って割と何とでも合うし」

「なるほどなー。味付けとか具材変えたら、それだけで別の料理みたいになるな」

「そうだねー」


 クーレッシュの質問に、悠利はにこにこ笑顔で説明をした。そう、大根餅は中に具材を入れるのも、味付けも、自由自在だ。悠利は大根おろしで作ったが、大根を千切りにして作る場合もある。多分、共通点は片栗粉などのもちもちさせるための粉を入れることぐらいではないだろうか。

 そんな二人の会話を聞いていたレレイが、口の中に頬張っていた大根餅をごっくんと飲み込んでから叫んだ。


「ベーコン入り食べたい!」

「言うと思ったよ……」

「言うと思った……」


 期待を裏切らないレレイだった。お肉大好き女子なので、ベーコンやウインナー入りというものに憧れるのだろう。キラキラと目を輝かせるレレイに、悠利とクーレッシュは脱力しながら息を吐いた。


「ねーねー、ベーコン入り食べたいー!」

「はいはい。まだ大根あるし、今度は具材入りのを作るよ」

「やったー!」

「ユーリ、あんまりこいつを甘やかすなよ。調子に乗るぞ」

「いやー、大根が余ってるのは事実なんだよね……」

「お前、どんだけ貰ったんだ……」


 レレイを甘やかしているのではなく、単純に大根の処理が追いついていないだけである。皆に大根餅が好評ならば、しばらくしてから違う味付けで作ろうと目論んだだけだ。大量消費にとても向いているレシピなので。

 そんな悠利の返事に、クーレッシュは呆れたようにため息をついた。今日の大根がダンジョンマスターに貰ったものだというのは知っているので、せめて限度を考えて貰えよと釘を刺すクーレッシュ。


「クーレの言いたいことは解るよ?でもさ、感謝の気持ちを込めて、みたいな感じであの子に差し出されたものを断れる?僕は無理なんだけど」

「……あー」

「もじもじしながら、『アノネ、迷惑ジャナカッタラ、貰ッテホシイナ』とか言われてみなよ!断るなんて出来ないよ!こっちが悪人みたいじゃないか!」

「……解った。解ったから叫ぶな。お前がオトモダチに甘いのはよぉく解った」


 力説する悠利に、その情景が目に浮かんだのかぱたぱたと手を振って落ち着けと促すクーレッシュ。ダンジョンマスターというと恐ろしげな存在に思えるが、収穫の箱庭のダンジョンマスターは可愛い幼児みたいな感じなのである。精神年齢も幼く、無邪気で、ひたすらに好意的だ。それを無碍にするのは胸が痛む。


「じゃあ、クーレなら断れるの?」

「良心が痛むから無理」

「でしょー?」


 ジト目の悠利の質問に、クーレッシュは正直に答えた。基本的に面倒見の良い兄ちゃんといった性質のクーレッシュには、無理な話である。よっぽどドライな性格をしていなければ断れないだろう。多分。

 そんな風に会話をしている二人の目の前で、レレイは黙々と大根餅を平らげ、お代わりへと繰り出すのでした。大根餅がお気に召したらしい。




 なお、後日、具入りの大根餅(餡かけにはしていない)を作ったところ大好評で、味付けを変えるだけでしばらく大根が消費できるなと確信する悠利なのでした。美味しいから仕方ないのです。




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