お土産に新鮮な魚介類を手に入れました。
「お土産、何を買おうかなー」
るんるんとご機嫌な
ちなみに、ハローズとレオポルドとは、彼等が仕事を終えた後にこの区画で合流することになっている。悠利達はこの区画から出ないだけで良いのだ。のんびりと二人と一匹で買い物を楽しんでいれば、仕事を終えた大人二人がこちらを見つけてくれるという寸法である。合流時間を指定出来なかったので、苦肉の策なのだ。
「ユーリ、皆へのお土産の前に食材を探しましょうね」
「そうだね!とりあえず貝は買って帰ろう」
「えぇ」
「……キュ?」
ぐっと拳を握って真剣な顔で頷き合う悠利とイレイシア。そんな二人を見上げて、ルークスは不思議そうに身体をこてんと傾けていた。人間でいうところの首を傾げるような仕草である。何をそんな風に一生懸命になってるんだろう?と思っているのだ。
しかし、悠利とイレイシアにとっては死活問題である。昼食に食べた二枚貝の酒蒸しが大変美味しかったので、是非とも貝を購入したいと思っているのだ。鮮度の良い貝は貴重だし、それだけでなく身が大ぶりなのだ。食べ応えのある貝をゲットして、アジトでも酒蒸しが食べたいのである。
……普段ならばこのモードに入るのは悠利だけなのだが、久しぶりに美味しい魚介類に巡り会ったことでイレイシアも同じようなモードだった。そしてこの場にはハローズもレオポルドもいない。つまるところ、ツッコミ役が不在だった。なんてこったい。
今彼等がいるこの区画は、魚介類の販売を主にしている区画だ。お土産というよりは、日々の食材の方が多そうなイメージである。むしろ悠利にしてみればそちらの方がありがたいと言える。求めているのは日々のご飯に使える魚介類なのだから。
鮮魚だけかと思いきや、加工品も取り扱われている。燻製や干物、オイル漬けや塩漬けなどの瓶詰めから、乾物まで多種多様だ。思わず悠利が目移りしてしまうほどに、見事な品揃えだった。流石、港町である。
「とりあえず貝を探すとして、イレイスは他に何か欲しいものある?」
「出来れば、生で食べられるお魚が欲しいですわ」
「それは解る。生食用は僕とイレイシアの分だけで良いかなぁ?」
「ヤクモさんも召しあがると思いますわ。先日、そういうお話をしましたもの」
「そっか。じゃあ、三人前だね」
「はい」
顔を見合わせて楽しそうに笑う悠利とイレイシア。昼食にも美味しいお刺身を食べられたので、彼等の機嫌は大変良かった。そのご機嫌気分のまま、持ち帰りできるお刺身用の魚を探す決意を新たにしているのだ。
《
ただ、悠利はお刺身も喜んで食べる日本人だし、人魚のイレイシアはそもそも魚介類は生で美味しくいただくのが普通だ。火を入れたものも美味しく食べるが、時折生のまま食べたくなるのである。なので、二人だけのお昼ご飯のときなどは、海鮮丼などを作って堪能している仲間だ。
今一人、和食に似た食文化の国の出身であるヤクモも、魚介類の生食を喜んで食べるタイプだった。悠利は彼とその話をしたことはなかったけれど、イレイシアは何度かそういう会話をしている。生憎とタイミングが合うことがなく、ヤクモが悠利お手製の海鮮丼を食べたことはまだない。
なので、今回は三人分の生食用の魚介類を購入し、ヤクモも交えて食べようというのが悠利とイレイシアの考えである。美味しいものは、それを美味しいと思う同士と一緒に楽しく食べると更に美味しくなると思っているので。
「酒蒸しにするなら二枚貝の方が良いのでしょうか?」
「んー、別に二枚貝じゃなくても大丈夫だと思うよ。ただ、二枚貝の方がこう、ぱかって開くので火が通ったのが解りやすいっていうのはあるかも。貝柱とか海老とかで酒蒸ししても美味しいんだけど、うっかりやり過ぎると火が入り過ぎちゃうから」
「そうですのね。それでは、お店の方に良い二枚貝を選んでいただきましょう?」
「そうだね」
当座の方針を固めた二人は、視線を周囲へ向けながら、お目当てのお店を探した。幸いなことに、歩いてすぐに彼等は目当てのお店、すなわち美味しそうな貝を売っているお店を発見した。張りのある声で女性が客を呼び込んでいる。
その、下町のおっかさんという雰囲気に悠利は和み、イレイシアはちょっと圧倒されている。ぴたりと店の前で足を止めた悠利達に気付いたのか、女性が人懐っこい笑顔を浮かべて声をかけてきた。
「いらっしゃい、坊ちゃん、嬢ちゃん。何かお探しかい?」
「はい。貝を探しているんですが、見せていただいてもよろしいですか?」
「あぁ、好きなだけ見ておくれ。ただし、触るのはあたしらに声をかけてからにしておくれよ?」
「解りました」
女性の言葉に悠利は素直に頷いた。売り物に勝手に触るのは良くない。ましてや、この店は水を張った入れ物の中にたくさんの貝を入れている。これらの貝はまだ生きているのだ。迂闊に触って弱らせてしまっては大変だ。
ずらりと並ぶのは貝ばかり。悠利達が探している二枚貝もたくさんある。それ以外にも色々な種類の貝があり、魚介類が主食の生活で育ったイレイシアは顔を輝かせていた。懐かしの故郷の味がたくさん、というところだろうか。
ルークスは特に貝には興味がないらしく、悠利の足下で大人しくしている。というか、きょろりきょろりと視線を動かして、周囲を警戒していた。側を離れるときにレオポルドに二人の護衛役を仰せつかったので、やる気満々なのだ。愛らしい見た目に反して戦闘能力は高めのルークスなので、怒らせてはいけない。
そんな風に足下で可愛い従魔が物騒な感じにやる気満々だとは気づきもしない悠利は、イレイシアと二人で貝を物色していた。酒蒸しにするための二枚貝をメインに選びつつ、他の貝にも心引かれてしまうのも仕方ないことだった。美味しいは正義である。
「あの、すみません、質問しても良いですか?」
「あいよ。何だい?」
「僕達、お昼に食堂で二枚貝の酒蒸しを食べたんですけれど、酒蒸しに適した貝ってどれですか?美味しかったので、家でも食べたいなぁと思って買いに来たんですけれど」
「酒蒸しにするなら、その辺のが良いと思うよ。身が小さすぎると物足りないけれど、大きいと鍋を用意するのが大変だろう?このぐらいが、一番作りやすくて良いと思うがねぇ」
そういって女性が示したのは、ハマグリサイズの二枚貝だった。見た目はハマグリに良く似ていたが、色が悠利の知っているハマグリとは違うので、恐らくこの辺りの特産品なのだろうなと判断した。
……何しろ、白地に淡い青色の模様が浮かんだ貝など、悠利は見たことがなかったので。
「こいつはアオガイと呼ばれている二枚貝でね。殻の割に身が大きいから食べ応えもあるんだ」
「アオガイ、ですか」
「貝が青いだろう?だからアオガイさ。学者先生達は小難しい名前を付けちゃいるけどね。あたしらにとっては、この辺で大量に獲れる庶民の味方のアオガイだよ」
からからと笑う女性に、悠利とイレイシアはなるほどと感心した。確かに、庶民にとっては正確な学名など割とどうでも良い。それが食べられるのか、美味しいのか、毒があるのか、ないのか。その辺りの方が重要だ。
「それじゃあ、そのアオガイを二杯分ください」
「あいよ。他はどうだい?」
「そうですねー。どれも美味しそうで悩みますー」
「はははは。じっくり見て選んでおくれ。今朝水揚げしてきたばかりだから、鮮度には自信があるよ」
「ありがとうございます」
子供の悠利が真剣に貝を物色する姿が面白かったのか、女性は楽しそうに笑う。なお、悠利もイレイシアも本気だった。どの貝をどうやって食べたら美味しいだろうかと真剣に考えている。彼等は新鮮な魚介類に飢えていたので。
そんなこんなで一通り貝の物色を終えた悠利とイレイシアは、大量購入のお礼にとオマケを幾つか貰い、ほくほくで次の店を目指していた。そう、次の店だ。彼等の買い物はまだ終わってはいない。
なお、軍資金はアリーに渡されている食費であるが、足りなかった場合は二人のポケットマネーから支払われることになる。ちなみに、お刺身用のお魚に関しては、自分達のためだけに購入するので、ポケットマネーで支払うつもりの二人である。自分の食べたいものを自分のお金で買えるのは良いことだ。
「くそっ、どうすりゃ良いんだ……!」
「まさか箱ごと落ちちまうとはなぁ……」
「毒が回っちまった個体は売れねぇからなぁ……」
てくてくと歩いている悠利の耳に、何やら悲痛な声が聞こえてきた。どうしたんだろうと首を傾げながら視線を向けた悠利は、盛大にひっくり返った箱と、そこからこぼれたらしい大量の魚に気付いた。そして、それを取り囲んで男性達が困った困ったと言っているのだ。
山のようになって地面に直接転がっているのは、ぷっくりとした魚だった。どこかころんとした愛嬌のある形は、悠利の知るフグに似ている。それでも、多分普通のフグじゃないんだろうなと思ったのは、フグの頭部に小さな角が見えたからだ。悠利の知る限り、魚に角は付いていないので。
「イレイス、あのお魚知ってる?」
「……いえ、存じ上げませんわ。それよりも、皆様は何を困っていらっしゃるのでしょうか……?」
「何か不測の事態でもあったのかなぁ……?」
外野の悠利達には事情がさっぱり解らない。解らないのだが、目のまでゴミ箱らしき場所に放り込まれようとしている魚を見て、悠利は思わず呟いた。本当に思わず、意図せず漏れた本心である。
「えー、あのお魚捨てちゃうのー?頭の辺りはまだ食べられるのに、勿体ないなぁ」
「あら、ユーリ、どういうことですの?」
「あの魚ね、こう、胴体とか尻尾の方には毒が回ってるみたいだけど、頭に近い場所とかは食べられるから、勿体ないなぁって。煮付けとか出汁取るのに使ったら絶対美味しそうなのに」
「まぁ、そうなのですね。ですけれど、あちらにはあちらの理由があるのかもしれませんわ」
「そうだけどー、勿体ないなー」
イレイシアの質問に、悠利はしれっと答えた。皆様お察しの通り、悠利用にアップデートだのカスタマイズだのされているとしか思えない鑑定系チート
とはいえ、二人はあくまでも外野だ。何か理由があってのことだろうと、渋々自分を納得させる悠利。
……なので、悠利もイレイシアも気付いていなかった。足下にいたルークスが、にゅるんと身体の一部を伸ばして、今まさにゴミ箱に捨てられそうになった魚を確保したことに。
「な、何だ!?」
「ヲイ、何をやってるんだ……!」
「何か変なのが伸びてきたぞ……!」
「「……え?」」
「キュピー!」
驚愕する男性達。彼等がゴミ箱に魚を捨てようとするのを、悠利達の足下からルークスが妨害していた。びゅんびゅんと身体の一部を幾つも伸ばして、魚を救出しては別の場所に避難させている。突然の出来事に、軽いパニックが起こっていた。
目の前の変な光景と、足下から聞こえた何かを張り切っているような鳴き声に、悠利とイレイシアは足下を見た。そこでは、やる気に満ちた表情のルークスがいた。
「る、ルーちゃん、何してるの!?ダメだよ、皆さんの邪魔をしちゃ!」
「キュキュー」
「いや、確かに勿体ないとは思ったけど、お仕事の邪魔はダメだってば!」
「キュイー」
「待って、本当に待ってルーちゃん!確かに毒化してない部分は食べられるって言ったけど、所有権はあの人達にあるから、僕らが邪魔しちゃダメなんだってば……!」
慌ててルークスを抱え込んで、動きを止める悠利。悠利が本気で止めようとしているのが解って、ルークスは渋々伸ばしていた身体の一部を元に戻した。ぽとんぽとんと魚達も落ちていく。
腕の中で拗ねたような声で鳴くルークスをあやしながら、悠利は怖々と視線を男達に向けた。仕事の邪魔をされた彼等が怒っているのではないかと思ったからだ。けれど、怒るより先に呆気に取られているらしい。これは説明と謝罪をするべきだと思って、悠利はルークスを抱えたまま小走りに移動した。
「あ、あの、うちのルーちゃ、従魔が大変失礼をしました……!お仕事の邪魔をして本当に申し訳ありません……!」
深々とお辞儀をする悠利に毒気を抜かれたのか、男性達は顔を見合わせた後に代表者が口を開いた。
「いや、驚いただけだが、いったいそのスライムは何をしたかったんだ……?」
「その、僕が勿体ないって言ったから、捨てられるのを阻止しようと思ったようなんです……。常日頃、食材を無駄にするのは良くないと言っているので……」
「……そ、そうか」
勿体ない精神が根付いている少年を奇妙に思ったのか、それともその主の思想の影響をきっちり受けているスライムに反応に困ったのか、男達は微妙な顔をした。イレイシアはしとやかに優雅に一礼をした。うちの規格外が申し訳ありません、という心境だったので。
少しして気を取り直したのか、男性は悠利に向けて諭すように言葉を口にした。
「勿体なく見えるかもしれないが、このツノフグは毒化してるんだ。食えないんだよ」
「あ、いえ。部位によってはまだ食べられるのになぁという意味です」
「……は?」
「その魚だと、頭の部分は無事ですよね?あっちは下半分は無事みたいですし。そういうのまでまとめて捨てるのは勿体ないなぁと思っただけです」
「「……はぁあああああ!?」」
「え?」
悠利の説明に、男性達は目を点にした。より詳しい説明をした直後、凄まじい叫びが響いた。きょとんとする悠利と、同じくきょとんとしているルークス。イレイシアだけが、何かを察したようにそっと視線を逸らした。
悠利に話しかけていた男性が、がしっと悠利の肩を掴む。かなり強い力だったが、痛みを感じるほどではない。ただ、顔が思いっきり真剣だったので、何がどうなったんだろうと驚いている悠利だった。
「少年、君、毒化している部位が解るのか!?」
「え、あ、はい。僕、鑑定持ちなので」
「それなら、是非、この魚を全て検品してくれないか!勿論、報酬は支払う!」
「はい……?」
まるで藁にも縋るような勢いで言われて、悠利はきょとんとした。お魚の検品?と首を傾げている。そんな悠利に、男性達は口々に事情を説明し始めた。
その話を要約すると、こうなる。
元来、ツノフグは強い刺激を与えると直接毒袋に触らなくても毒化する性質がある。毒袋から毒が盛れるのだが、上手に捌けば毒が回らずプリプリの身が美味しい魚だ。今回も大量で、きちんと捌ける料理人相手に売ろうと思っていたところ、カゴを一つひっくり返してしまったのだ。
その結果、一気に衝撃を与えられたツノフグは毒化してしまい、廃棄せざるをえない状況に困り果てていた。そこへ、悠利が現れて、部位によってはまだ食べられると言い出したので、切り身の状態でも売りに出せるならと藁にも縋る思いで検品を頼んだということだ。
そんな話を聞かされた、お人好し代表と仲間達に称される悠利の返答はと言えば。
「僕で良ければ、お手伝いします」
である。
お仕事するの?と不思議そうな顔で見上げているルークス、穏やかに微笑みながら、微妙に冷や汗を流しているイレイシア。二人の反応に気づきもしないで、悠利は嬉々として毒化したツノフグの検品作業に乗り出した。
「こっちのは胸びれから下は無事ですね。あ、そっちのは尻尾の先だけみたいです」
「ふむふむ。この辺りで切り落とせば大丈夫か?」
「もうちょっと上、あ、そこです。そこでズバーッとやっちゃったら大丈夫だと思います」
「坊ちゃん、こいつは胸びれの下のどの辺りから無事なんだ?」
「付け根ギリギリで落としちゃって大丈夫ですー!」
「了解だ!」
悠利が一つずつツノフグの状態を確認して無事な部分を伝えると、男性達が言われた場所で切り落として無事な部分を売り物として確保していく。作業がしやすいように、箱を積み上げて簡易の机を作り、そこにまな板と包丁をスタンバイさせているのは流石とも言える。
本来ならば生きたまま丸ごと一匹で売る魚であるが、全て捨てるよりは切り身でも売った方が利益になるということで、皆一丸となって作業をしているのだ。悠利も、自分の力が役に立っていると解ると嬉しそうだ。
その光景を、少し離れたところで眺めながらイレイシアがぽつりと呟いた。なお、その腕の中にはルークスが抱えられている。
「わたくし、思うのですけれど、これも散々皆様に言われていた騒動になるのではないでしょうか……?」
「キュー……」
「勿論、ユーリは良いことをしていますのよ。していますけれど、……少し、大事になっているような気が、してしまいますの……」
せっせと検品作業をしている悠利の周りは漁師達で賑わっている。周囲からは、何やってるんだと言いたげな視線を向ける人々もいる。そのただ中にいながら何も感じていないのは流石と言えた。
ご主人様大好きなルークスも、イレイシアのその言い分を認めるようにそっと視線を逸らした。良いか悪いかは別として、騒動にはなってるなと思ったのだろう。そこの部分は否定出来ない程度には、注目の的だった。
それからしばらくして検品作業は全て終わった。本人はけろりとしているが、悠利がやってのけたのはかなりの離れ業だ。なので、皆の危機を救った悠利は漁師達に感謝され、頭を撫で回され、可愛がられている。微笑ましい光景だ。
そう、確かに微笑ましい光景なのだ。子供が大人に可愛がられているというのは、微笑ましい。しかし、である。
「ちょーっと側を離れただけでこれとか、どういうことなのかしらぁ……?」
「いやー、ユーリくんはユーリくんでしたねぇ」
「…………レオーネさん、ハローズさん、お仕事お疲れ様ですわ」
「ありがとう、イレイスちゃん。で、アレは何かしらぁ?」
悠利の姿を眺めていたイレイシアの背後に、いつの間にかレオポルドとハローズがやってきていた。探すのに苦労しませんでしたよと困ったように笑うハローズは暢気だが、レオポルドは低い声でイレイシアに問いかけてくる。にっこりと微笑んでいるオネェの瞳が半分笑っていないのを見て、イレイシアは思わず息を飲んだ。
そこで彼女を威圧してしまったことに気づいたのか、レオポルドはすぐに表情を改めた。
「ごめんなさい、イレイスちゃん。貴方を責めているわけではないのよぉ。ただ、今度はあの子何をやったのか教えてもらえるかしら?場合によっては対処が必要だし、あたくし、報告義務があるのよ」
「いえ、お目付役ですもの、当然のことですわ。その、ツノフグという魚が毒化して売り物にならなくなって困っていらっしゃったので、ユーリが食べられる部位とそうでない部位を鑑定して皆様で仕分けをされていたのです」
「ユーリちゃん、貴方何やってるのよぉ!」
いつもの優しい微笑みで問いかけたレオポルドに、イレイシアは静かに、端的に説明をした。お目付役としてアリーに同行を頼まれたレオポルドには、報告義務があるのだ。なので、とりあえず状況を説明したわけである。
その説明を聞いて、レオポルドは思わず叫んだ。叫びは正しく、漁師達にもみくちゃにされていた悠利の耳に届いた。
「はぇ!?あ、レオーネさんにハローズさん!お仕事終わったんですかー?」
「えぇ、無事に終わらせてきたわよ。というか、貴方はどうして別行動をするとすぐに何かをしでかしちゃうの!」
「え?別にしでかしてないですよ?ちょっと皆さんのお手伝いを……」
「鑑定
「へ?」
「特に貴方の場合は!」
「何か理不尽!」
レオポルドの言葉にそういうものなのかと納得しかけた悠利だが、最後の一言で思わず叫んだ。それほど奇妙なことをしたつもりはないので、何でそこまで怒られているのかが全然解っていない。あと、何故自分の場合はという注釈が付くのかがさっぱりなのだ。
……まぁ、解っていないのは悠利だけである。その証拠に、イレイシアとルークスはそっと視線を逸らしている。ルークスには鑑定
「それで、まさか無償でやってたりはしないわよねぇ、貴方?」
「報酬は支払うと言われましたけど、具体的なことは決めてないです」
「普通はそこを決めてからやるのよ!」
「だって、そんな細々したこと話してたら、魚の鮮度が落ちちゃうじゃないですか!」
「貴方って子は……!」
そうじゃないでしょ、と怒るレオポルドだが、悠利も譲らない。アレは売り物のツノフグだったのである。それならば、少しでも鮮度の良い状態で売れる形にしなければ意味がない。漁師達にとっては死活問題だと悠利にも解っているのだ。
その心意気は見事だが、普通、仕事はちゃんと報酬を確認してからやるものである。悠利がやったことは、鑑定持ちが報酬に見合った労働として行うことだ。正しく対価を貰わなければ釣り合わない。
はぁと盛大にため息をついた後に、レオポルドは背後に立っていたハローズに向けて声をかけた。
「ミスターハローズ。報酬に関しての交渉は貴方にお任せするわ。適正価格でお願いね」
「お任せください。話を聞くに、きっちり対価をいただいた方が良さそうですしね」
「僕お金あんまりいらないんですけどー」
「お黙りなさい」
空気を読まない発言をした悠利の頭を、レオポルドはぺしんと叩いた。大人二人はきっちり報酬を漁師達から貰うつもりである。悠利はそれだけの仕事をしたのだ。当人だけがそれをまったく解っていないが。
こちらの様子を窺っている漁師達の方へと歩いていたハローズが、途中で足を止めて悠利を振り返った。にこにこと人好きのする笑顔で問いかける。
「ユーリくん、現金ではなく現物支給なら良いですか?」
「え?」
「こちらの皆さんは漁師のようですから、魚介類の現物支給なら君も気兼ねなく受け取れますよね?」
「あ、それは嬉しいです!」
「解りました。では、その方向で交渉してきますね」
待っていてくださいねーと笑顔を残して去っていくハローズ。漁師達と顔を突き合わせて何やら相談を始めるが、悠利がその姿を見続けることはなかった。
何故ならば、ぐりんと頭を掴んで動かされ、視線が合うようにレオポルドに固定されたからだ。
「あのー、レオーネさん……?」
「危なくないことだったけれど、こういうことも一人で勝手にやらないでちょうだいね。変なのに目を付けられたら大変なのよ」
「あ」
「アリーにはちゃんと報告するわよ。まったく。迂闊なんだから」
「えーっと、アリーさん、怒ると思います……?」
しみじみとした風情で口元に手を当てて呟くレオポルド。悠利は恐る恐るといった風情で彼を見上げて問いかけた。縋るような視線だったが、それを見たレオポルドは端的に答えた。
「特大の拳骨を落としてくれるんじゃないかしら」
「うえぇぇえ……」
「あんまり鑑定能力の高さをひけらかすようなことをするんじゃないのよ、ユーリちゃん。面倒な人達に捕まっちゃったら大変なんだから」
「はい……」
「そんなことになったら、二次被害が恐ろしすぎてやってられないわ……」
「え」
怖い怖いと言いながら身体を震わせるレオポルド。自分の心配をしてくれていると思っていたのに、何やら流れが違うような気がした悠利が声を上げるが、返事はなかった。
どういう意味かな?と確認するようにイレイシアの方を見た悠利であるが、彼女は慎ましやかに一礼して視線を逸らした。唯一ルークスだけがご機嫌の表情で悠利を見てくれているが、それはいつものことなので何の慰めにもならなかった。
僕の扱いっていったいどういう感じなんだろうと、ちょびっと疑問に思ってしまう悠利。そんな悠利だが、ハローズが大量の海産物を現物支給の報酬として交渉してくれたことを知り、疑問も悩みもあっという間に吹っ飛ぶのでした。手に入れた食材で何を作ろうかと考えるのに忙しかったので。
なお、アジトに戻った悠利は、レオポルドから報告を受けたアリーに小一時間お説教をされた。正座で話を聞いたので、足が痺れて動けないと廊下で倒れる悠利を、ルークスが大切そうに運んで移動する光景が見られるのでした。
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