港町のご当地グルメは美味しいです。
無事に港町ロカへの立ち入りを許された悠利とイレイシアは、目の前に広がる光景に顔を輝かせていた。王都ドラヘルンとも温泉都市イエルガともまた違う雰囲気だ。活気に満ちあふれ、それと同時にどこか雑多で下町の雰囲気を残しているというのが、悠利が抱いた印象である。
だがしかし、決して清潔感がないとか、変な威圧があるとかではない。
往来を人々の声が飛び交い、エネルギッシュな生活感を伝えてくる。身なりの良い恰好の貴人らしき人々もいれば、悠利達のように身軽な恰好で歩いている若者もいる。食材を買い求める主婦や遊びまわる子供達、いかにも海の男と呼ぶべき荒くれめいた雰囲気の人々も闊歩する、何とも生気に満ちあふれた街である。
「それじゃ、お昼は色々と食べ歩きをしましょうか?」
優しい笑顔で告げたレオポルドに、悠利とイレイシアはこくりと頷いた。彼らの足下で、ルークスもこくこくと頷いている。商談があるからと別行動を取ったハローズとは、数時間後に待ち合わせなので、しばらく自由時間なのだ。
「レオーネさん、何がオススメですか?」
「そうねぇ。港町だけあって新鮮な魚介類のお料理が美味しいわよぉ。あたくしのオススメはアヒージョだけれど……」
「アヒージョ美味しいですよねー」
記憶をたどるようにレオポルドが呟けば、悠利は笑顔で応じた。新鮮な魚介類をたっぷり使ったアヒージョなら間違いなく美味しいだろう。油に魚介の旨味が溶け出して、さぞかしバゲットが減るだろう。想像するだけでお腹が減ってしまいそうになる悠利だ。
そんな悠利と、穏やかに微笑んだままのイレイシアを見て、レオポルドは困ったように口元に手を当てる。この美貌のオネェさんを困らせる何かがはたしてあっただろうかと、悠利とイレイシアは顔を見合わせる。
なお、別に二人が何かをしたわけではない。ただ単に、気遣いの鬼であるレオポルドが勝手に困っているだけだ。
「あたくしオススメのお店でも良いのだけれど、あのお店は確か、生魚は取り扱っていなかったと思うのよねぇ」
「へ?」
「レオーネさん?」
「あたくしはそこまで興味はないけれど、ユーリちゃんもイレイスちゃんも、生のお魚が好きなんでしょう?」
「「あ」」
その言葉で、二人はレオポルドが何を悩んでいるのかを理解した。理解すると同時に、その優しさにじんわりと胸が温かくなる。
悠利とイレイシアは、《
新鮮な魚だからこそ生のままで楽しみたいと思うのが悠利達であり、新鮮な魚だからこそ軽く火を通してその鮮度の良さを楽しんでいるのが王都の人々である。そのため、生魚を食べることに慣れていないレオポルドがこの港町ロカで食べるのも、生以外の料理なのだ。
「あの、別に無理に生魚のお店じゃなくても良いですよ?」
「何言ってるの。せっかく来たのよ?食べたいものを、美味しいものを食べてこそでしょ!」
悠利の言葉に、レオポルドは大真面目な顔で叫んだ。確かに、わざわざ普段来ないような土地に来たのだから、満足のいく食事をしたいというのは正しい。そしてレオポルドは、悠利とイレイシアの二人にそういった食事を楽しんでほしいと思っているのだ。
とはいえ、自分の知識では二人を満足させる料理を出す店を探すのは難しいと察したオネェは、少し考えてから行動を起こした。彼等の近く、海鮮の串焼きを売っている屋台へと近付いて二言三言会話を交わす。
残された悠利とイレイシアは、きょとんとしたまま顔を見合わせて首を傾げた。
「レオーネさん、どうしたんだろうね?」
「何か購入されているようですけれど……」
「海鮮串美味しいから食べるのは良いんだけど、いきなりどうしたのかなぁ……?」
「わたくしにも解りませんわ」
そんな二人の元へ、レオポルドが海鮮串を三本持って戻ってきた。いずれも焼きたてなのか、ほかほかと湯気が出ている。
「はい、とりあえず腹ごしらえに一本どうぞ。海老がオススメって言われたから、とりあえず海老にしたわぁ」
「ありがとうございます。あ、お代……」
「はい、イレイスちゃんもどーぞ」
「ありがとうございます。あの、代金は……」
「ほら二人とも、美味しいうちに食べなさい」
「「……いただきます」」
手渡された海老の刺さった串を受け取った悠利とイレイシアは、代金を払おうとしたがレオポルドに全力でスルーされてしまった。とりあえず今は美味しそうな海老を食べることにしようと色々と諦めた二人だった。レオポルドの押しの強さを彼等はよく知っているので。
尻尾も殻も付いたままの海老をどうやって食べれば良いのだろうと考える悠利の目の前で、レオポルドは気にせずそのまま海老を囓っていた。イレイシアも同じくだ。どうやらこの海老は殻が薄いタイプらしいと理解して、悠利もそのままかぶりつく。
イレイシアが囓っている段階で食べやすいのだろうと思っていた悠利だが、思った以上に柔らかい殻に驚いた。殻というより薄皮のようだ。一応殻の食感はあるものの、焼かれてパリッとしているので簡単に噛み切ることが出来る。そして、その瞬間に口の中に広がったのは海老のエキスだった。
殻の柔らかさに反して、身はぷりっぷりだった。弾力が凄い。その身を噛み切った途端に、口の中に海老の味がぶわわっと広がるのだ。甘みと旨味をたっぷり含んだ海老だった。味付けはシンプルに塩胡椒だが、だからこそ海老の味わいが生きている。
「美味しい……」
「えぇ、本当に美味しいですわ」
「流石港町よねぇ。新鮮だわ。この海老、鮮度が落ちると殻が固くなるんですって。今日水揚げされたばかりだから、こんなに柔らかいそうよぉ」
「なるほど……。鮮度は大事ですよね。そして物凄く美味しいです。ところでレオーネさん、これの代金って、」
「そうそう、売り子のお兄さんにアドバイスを貰ってきたわよぉ」
「……レオーネさぁん……」
代金を払おうと話題にした瞬間に、強引に話を逸らされた。これはもう、どう足掻いても払わせてもらえないやつだと悠利は理解した。悠利の隣に立っているイレイシアも理解した。串焼きを買うお金ぐらい持っているのに、と思う二人だった。
なお、レオポルド側の言い分としては「串焼きぐらい大人しく奢られていなさいな。こういうのは大人の役目よ」ということになるのだろう。何となく想像は出来ているのだが、それでも自分の分は自分で払うのが普通じゃないのかと思う悠利だった。お金を持っていない幼児でもあるまいし。
しかし、レオポルド相手に言っても無駄であることも、ちゃんと解っている。このオネェさんは人の話を聞かない。いや、話は聞くし、会話も成立するが、自分がこうと決めたときは綺麗さっぱり聞く耳を持たない。どの程度かと言えば、アリーの言い分を聞き流す程度には強者である。悠利とイレイシア如きでは勝てるわけもない。
「この先の食堂、生魚のお料理も取り扱っているんですって。地元の人がよく行くお店だそうだから、お値段もお手頃で美味しいそうよぉ」
「……えーっと」
「だから、これを食べ終わったらそのお店に向かいましょう?」
「……レオーネさん、前から思ってたんですけど、僕に甘くないですか?」
「今日のあたくしはお目付役とエスコート役を自認しているのよぉ。せっかくだもの、ちゃんと楽しんでほしいのよ?」
ぱちんとウインクをして笑うレオポルドの言葉に、悠利は釣られたように笑った。敵わないなぁと呟いた悠利の言葉を拾ったのか、レオポルドはふふふと楽しそうに笑う。大人ですもの、とでも言いたげな表情だった。
「それじゃあ、そのお店に行ってから何を食べるか考えるということで」
「えぇ、そうしましょう。イレイスちゃんもそれで良いかしら?」
「はい、わたくしは構いませんわ。お心遣いありがとうございます」
「良いのよ。地元の人の行きつけのお店には、あたくしも興味があるもの」
そんな会話をして、悠利達は三人並んで歩きだす。なお、海老を食べ終わった後の串はルークスが処理をしてくれた。屋台に返そうかと思ったのだが、それまで悠利の足下で大人しくしていたルークスが自己主張をしたからだ。生ゴミその他の処理は自分の仕事だと思っているスライムなのである。
なお、ひょいひょいと串を伸ばした身体の一部で絡め取って吸収していくルークスの姿に、周囲の人々が驚いた顔をしていたのだが、悠利達は誰一人として気にしなかった。彼等にとっては見慣れた光景だったので。
レオポルドが屋台の店主に聞いた店は、歩いてすぐのところにあった。庶民派の食堂といった佇まいだ。お昼時に少し早いというのに、既にわーわーと賑やかである。どうやら繁盛しているらしい。流石、地元民オススメの店だけはある。
「いらっしゃいませ!三名様ですね。こちらへどうぞ」
「奥のお席になりますので、気を付けてお進みください」
足を踏み入れた悠利達を迎えてくれたのは、元気いっぱいに挨拶をする給仕係らしい少年少女だった。顔立ちが良く似ているので、兄弟なのかなと悠利は思った。厨房へ視線を向けると、彼らと良く似た雰囲気の男女が慌ただしく料理を作っているので、家族経営のお店なのだろう。
案内された席は建物の奥にあるテーブル席だった。四人がけの席だが、三人+一匹なので丁度良い感じだ。テーブルとイスの高さの関係でルークスにはちょっとイスが低いので、学生鞄から取りだしたクッションや毛布などを積み上げて高さを調節する悠利。
……何でそんなものが入っているんだと言わないでください。趣味で作ったクッション(可愛い刺繍を入れたり、レースを付けたり、パッチワークで遊んだりした産物)や、解れを直して片付けたままうっかり忘れていた毛布などです。何でも入る大容量の
「ルーちゃん、高さこれで大丈夫?」
「キュキュー」
「他の人が驚くかもしれないから、騒いじゃダメだよ」
「キュウ」
「あはは。そうだね。ルーちゃんは騒いだりしないもんね」
「キュイ」
悠利の隣にちょこんと大人しく座っているルークスは、そんなことしないと言いたげに身体をぷるぷる震わせて鳴いた。ちょっぴり不満そうな鳴き声だった。思わず悠利が笑って頭を撫でると、満足そうに頷いている。
……なお、周囲の視線は既に集めている。愛らしいスライムなのでそこまで警戒心を抱かれてはいないだろうが、従魔が人間と同席している段階で色々ツッコミがあるのだろう。しかし、悠利達は何一つ気にしていなかった。何しろアジトでもそんな感じなので。
そして、流石客商売と言うべきか、給仕係の少年少女は何一つ気にせずに、メニューを渡して去っていった。注文があれば呼んでくださいと微笑む姿に、ルークスへの悪感情はなかった。賑わっている港町の食堂なので、色んなお客さんが来るのかもしれない。
「さて、何をいただこうかしらねぇ」
「あ、イレイス、本日のお刺身盛り合わせあるよ」
「カルパッチョも気になりますわ」
「あー、貝の酒蒸しもある……!」
「お魚の燻製もありますのね……!」
レオポルドが優雅にメニューを見詰めている隣で、悠利とイレイシアは顔を喜びに輝かせてわちゃわちゃしていた。魚介類大好きなイレイシアと、外出先で生魚を食べることが出来る喜びに沸いている悠利。同い年コンビは、メニューを見ながらあーでもないこーでもないと唸っていた。
というのも、彼らはどちらもそれほど食べないのだ。イレイシアは小食だし、悠利もそんなに大量には食べられない。となれば、どのメニューを頼むかは死活問題である。
「魚介のパスタも絶対美味しいやつ……!」
「アヒージョも美味しいに決まっていますわ……!」
「うー、決められないよー」
「でも、選ばなければいけませんわ、ユーリ」
「うん、そうだね。選ばないと……」
どれにしようとうんうん唸っている二人を見て、レオポルドはくすりと笑った。とんとんとメニューを指で叩くことで二人の意識を向けさせたオネェは、輝く美貌に相応しい素敵な微笑みを浮かべて口を開いた。
「食べたいものを頼みなさいな。貴方達が食べきれなかった分は、あたくしが食べてあげるから」
「「え?」」
「あたくしは生魚はそれほど得意ではないけれど、このお店のメニューで食べられないものはないわぁ。だから、好きに頼みなさいな」
「でも、あれもこれも頼んだら結構な量になりますし……」
こんなことなら大食い担当の誰かを連れてくるんだったとでも言い出しかねない悠利。レオポルドは視線を周囲のテーブルに向け、運ばれている料理のサイズを確認してから口を開いた。
「問題ないわよ、ユーリちゃん。このお店、そこまで大盛りじゃないみたいだから、あたくしでも食べきれるわ」
「……え?レオーネさんって、まさか大食い……?」
「大食いというほどではないと思うけれど……。……ユーリちゃん、あたくし、胃袋はちゃんと成人男性サイズよ」
「あ」
声を潜めるようにレオポルドが告げた言葉に、悠利はハッとしたように目を見開いた。そういえばそうだった、とでも言いたげな態度である。麗しの美丈夫、天下御免のオネェではあるが、身体は成人男性のレオポルドである。それに相応しい食欲は持ち合わせている。ただ単に、規格外の大食い達ほど食べないというだけで。
そういえば、スイーツを食べるときも僕の倍ぐらい食べてたなぁと思い出す悠利だった。決して太っているわけではないのに、自分よりたくさん食べる姿に驚いた記憶がある。
「えーっと、それじゃあ、メイン以外の料理、3つ4つ頼んでも、大丈夫です、か……?」
「えぇ、大丈夫よ」
「よし、イレイス、選ぼう!」
「はい!」
レオポルドに許可を取ったので、悠利とイレイシアはいそいそとメニューに視線を落とした。とりあえず、メイン料理は美味しそうな魚介のパスタをチョイスする。それ以外の大皿料理をどれにするか、相談する二人を見て、レオポルドは楽しそうに笑っていた。
そんなこんなで注文を済ませ、料理が運ばれてくる。結局悠利達が頼んだのは、それぞれが一品として魚介のパスタ(本日のパスタとされており、海老とアサリのトマトソースだった)に、本日のお刺身盛り合わせ、海老と貝柱のアヒージョ、白身魚のカルパッチョ、二枚貝の酒蒸しだ。
……そこそこの量になってしまったので心配そうに見やる悠利とイレイシアだが、レオポルドはけろりとしている。ついでに、ルークスがちょろりと身体の一部を伸ばして自己主張をしていた。もしも残ったら全部平らげるつもりらしい。そんなルークスには大盛りの魚介入り野菜炒めが用意されている。野菜炒めが大好きなので。
「どれも美味しそう……」
「そうねぇ。良い香りだわ」
「美味しいうちに食べましょう!」
目の前に並ぶ美味しそうな料理の数々に、悠利は笑顔で告げた。レオポルドにもイレイシアにも異論はなかったので、二人ともこくりと頷いて食事に取りかかる。
悠利とイレイシアが最初に手を付けたのは、お刺身だ。シンプルに素材の味を楽しむ料理であるので、真っ先に食べるべきと判断したのである。
本日のお刺身盛り合わせという名前の通り、盛りつけられているのは統一性のない魚ばかりだった。しかし、いずれも艶々としており、鮮度の良さを感じさせる。醤油と塩が用意されており、好きな方で食べるようにということだった。
醤油を少しだけ付けて口に運ぶと、弾力と旨味が一気に広がる。少し分厚く切ってあるので、歯ごたえもばっちりだ。お刺身美味しいと顔を綻ばせながら、悠利もイレイシアも次々口へと運ぶ。魚の下に盛りつけられているのは千切りの大根と人参で、くるりと青じそで巻いて食べるとシャキシャキとした食感が実に美味しかった。
「お魚あまーい」
「こんなに美味しい生魚は久しぶりですわ」
「美味しいね、イレイス」
「はい」
人魚のイレイシアにとっては、お刺身は食べ慣れた故郷の味にも等しかった。ぱくぱくと二人で食べていると、気付けば刺身の盛り合わせは空っぽになっていた。レオポルドは特に刺身に興味がないので、二人で食べてしまっても問題はない。
そんな二人を見ながら、レオポルドは魚介のトマトパスタを食べている。じっくり煮込まれたトマトソースに、海老とアサリがたっぷりと入っている。海老は火を入れすぎずにぷりぷりのままで、魚介の旨味を凝縮したトマトソースがパスタに絡んで絶妙である。
この魚介のパスタは日替わりメニューらしく、その日の水揚げによって具材と味付けが変わるらしい。クリームパスタの日もあれば、オイルパスタの日もあるという。本日のパスタを楽しみにやってくる客もいる、定番メニューだ。
「レオーネさん、カルパッチョは食べます?」
「そこまで欲求はないわぁ。あ、お野菜は食べたいけれど」
「解りましたー」
悠利に声をかけられて、レオポルドは笑顔で答える。生魚にはほとんど興味がないのである。それでも、サラダ部分は美味しそうに見えたのか、野菜だけは要求するレオポルドだった。
白身魚のカルパッチョは、刺身と比べて随分と薄く切ってあった。酸味のきいたドレッシングがたっぷりとかかっている。薄いが一切れが大きな白身魚で、悠利はぐるりとサラダを巻くようにして口に運んだ。カルパッチョは生魚と野菜を一緒に食べるから美味しいのだ。
「んー、これも美味しいー」
薄く切られているが、味は申し分なかった。むしろ、薄いからこそサラダと一緒に簡単に噛み切ることが出来る。淡泊でありながらしっかりとした旨味が口の中に広がり、ドレッシングとの相性も抜群だった。
シャキシャキとした野菜の食感と、柔らかな魚の食感が良いバランスだ。二人してにこにこしながら食べている悠利とイレイシアを、ルークスが不思議そうに見ている。そのお野菜美味しいの?とでも言いたげな瞳である。
「ルーちゃん、どうかした?もう食べちゃった?お代わりいる?」
「キュイー」
「あ、これが気になるの?食べる?」
「キュキュー」
悠利の言葉に、ルークスはぱぁっと瞳を輝かせた。貰って良いの?と言いたげである。悠利はカルパッチョをルークスの皿へと入れてやる。ぺこぺこと何度も頭を下げた後に、ルークスは器用にむにっと皿の上にのしかかるようにしてカルパッチョを食べた。
スライムに味覚があるのかは悠利には解らないが、ルークスは時々こうやって悠利が食べている何かを欲しがることがある。本人の好物となると野菜炒めのようだが、それ以外でもこうやって興味を示すのは、悠利のことが好きだからだろう。同じものを食べたくなるらしい。
「キュウ!」
「美味しい?」
「キュキュー!」
「あぁ、大丈夫だよ、ルーちゃん。まだ食べるものあるから、それはルーちゃんが全部食べて良いんだよ」
「キュ!」
お返しに、と言いたげに野菜炒めを示すルークスに、悠利は笑って告げる。ルークスの気持ちはありがたいが、悠利にはまだ食べなければならないものがあるのだ。具体的にはメイン料理として頼んだ魚介のトマトパスタとか。
そんな悠利とルークスのやりとりを尻目に、イレイシアは二枚貝の酒蒸しに手をつけていた。大小様々な大きさの二枚貝が入っている酒蒸しだ。ぱっくりと口を開けた貝から身を取りだして口に含む。
瞬間、口の中に広がるのは貝の凝縮された旨味と、酒の風味だった。酒蒸しは酒で具材を蒸し、味付けは塩ぐらいというのが多い。火を入れているので酒の風味を感じても酔っ払うほどではない。そして、そのシンプルな味付けだからこそ、新鮮な貝の美味しさがよく解るのだ。
「貝の旨みが本当に素晴らしいですわ……」
「イレイス、貝買って帰ろうね」
「えぇ」
もぐもぐと二枚貝の酒蒸しを食べながら、悠利とイレイシアは決意を新たにした。こんなに美味しいのなら、是非ともアジトでも食べたいと思ったのだ。そもそも、お刺身などの生魚は仲間達が忌避する可能性はあるが、酒蒸しならば問題はない。貝は普通に食べるので。……しいて言うなら、イカやタコ、海老や蟹に関しては好みが割れるかもしれないが。
二枚貝の酒蒸しはほどほどに切り上げて、次に手を付けたのは海老と貝柱のアヒージョだ。熱々出来たてを食べるのが美味しい料理かもしれないが、あまりに熱すぎたので後回しになったのだ。油がぐつぐつしていたら、どう考えても火傷をしそうだったので。
使われているのはオリーブ油らしく、優しい香りが広がっている。海老と貝柱はごろごろと油の海を泳いでおり、彩りに野菜やキノコが添えられている。たっぷりと旨みを吸い込んだ油は後ほどバゲットに付けて食べるとして、最初に口に運ぶのはやはり海老と貝柱である。
噛んだ瞬間に、芳醇な旨みが口の中に広がる。海老はプリプリで、貝柱は弾力がありながらもほろほろと解けていく。オリーブ油以外の味付けは塩胡椒という感じだが、素材の旨みが凝縮されているのでそれだけで十分に美味しい。まだ熱いが、その温かさが口の中を幸せにしてくれる。
「これも美味しいねー」
「えぇ、本当に。海老も貝柱も食感まで素晴らしいですわ」
「この油でオイルパスタ作ったら絶対美味しいやつだ……」
「ユーリちゃん、貴方ねぇ……」
「ユーリ、それはとても素敵ですわ!」
「……イレイスちゃんまで」
アヒージョの美味しさを堪能していた悠利がぼそりと呟いた言葉に、レオポルドは思わず呆れたようにツッコミを入れる。だがしかし、いつもなら困ったような微笑みを浮かべてツッコミ側に回るはずのイレイシアが、賛同していた。どうやら、美味しい魚介類を食べることが出来て、テンションが上がっているらしい。
にこにこ笑顔で食事を続ける悠利とイレイシアの姿に、レオポルドはツッコミを入れるのを諦めた。可愛い少年少女が、美味しそうにご飯を食べているのだ。邪魔をするのも無粋だと思ったのだろう。
それはルークスも同じだったらしく、とっくに自分用の野菜炒めを食べ終えているものの、邪魔をすることなく大人しく悠利達の様子を見詰めていた。途中でレオポルドの視線に気付いて、キュイと小さな声で鳴く賢いスライムだ。解ってるよという意思表示みたいなものを感じて、レオポルドは思わず口元に笑みを浮かべるのだった。
個別に頼んだ大皿料理を堪能し、メインである魚介のトマトパスタも何とか平らげた悠利とイレイシアは、腹八分目をちょっと越えてしまった腹具合に眉をハの字に下げていた。自分の分のパスタは平らげたものの、大皿料理はまだそこそこ残っている。
そんな二人の様子から食べ終えたと判断したらしいレオポルドは、ひょいと大皿を自分の方へと移動させる。
「レオーネさん、結構残ってますけど、大丈夫ですか?」
「あら、大丈夫よぉ。そんなに味付けの濃い料理でもないみたいだし」
「えーっと、それじゃあ、よろしくお願いします」
「はい、任されましょう」
くすくすと楽しそうに笑うと、レオポルドは優雅な仕草で残った大皿料理に手を付ける。ひょいひょいと口へと運ばれていく料理達。所作は美しいのに、大皿の中身がどんどん減っていくことに、悠利とイレイシアは思わず目を点にした。
決して、急いで食べているわけではない。普段、悠利やイレイシアが見ている大食い達は、一口が大きいし、豪快に食べる。その彼等と比べるのが失礼なほどに、ゆったりと、優雅な食べ方である。
……だというのに、まるで吸い込まれるように料理が消えていくのだ。
「……レオーネさんって、結構早食いだったりします……?」
「別に早食いというほどじゃないと思うけれど……?あぁ、今はちょっと急いで食べるわよ。お買い物に行く時間が減っちゃうでしょう?」
「……重ね重ね、お手数をおかけします」
まさかの、食事スピードの速さが自分達のためだったという事実に、悠利はぺこりと頭を下げた。イレイシアも同じくだ。なお、何も関係がないのだが、悠利が頭を下げているので、それに倣うようにルークスも頭をぺこりと下げていた。実に愛くるしい。
「うーん、アヒージョの油が残っちゃってるわねぇ」
「そうですね。でも、もう具材がないです、し……?」
「そこの貴方、ごめんなさいね。バゲットの追加をいただけるかしらぁ?」
「注文承りましたー!」
「二切れお願いね」
「はい!」
困ったように口元に手をやって考え込んだレオポルドは、悠利の発言を遮るように店内を移動している給仕係へと声をかける。少女は晴れやかな笑顔で注文を受け、そのまま厨房へと移動する。その姿を見て、レオポルドは実に満足そうだった。
「……ここでバゲット追加されちゃうんだ……」
「……先程までも、バゲットを食べておられましたのに……」
「……レオーネさんの胃袋、結構大きいよね……」
「わたくし達が小食だというのを差し引いても、健啖家でいらっしゃると思いますわ……」
「だよね……」
バゲットが届くのを微笑みながら待っているレオポルドを見て、思わず小声でぼそぼそと会話をしてしまう悠利とイレイシアだった。なお、多分聞こえているのだろうが、特に何かを言われることはなかった。自分が二人よりよく食べるのは解っているレオポルドなので、聞き流してくれているのだろう。
優雅に微笑むオネェの食欲に圧倒されつつ、悠利はふと思った。こんな風にたっぷりしっかり食べているけれど、甘味を見つけたら気にせず食べるのではないだろうか、と。甘い物は別腹という言葉があるが、彼もそういう人種のように思えたのだ。そんなことを考え、僕はちょっとおやつ入りそうにないなぁと思う悠利だった。
その後、届いたバゲットでアヒージョの油を綺麗に食べきったレオポルドであるが、それでもまだ腹八分目だというのを知って、遠い目になる悠利とイレイシアなのでした。胃袋の大きさは人それぞれなので仕方ないです。
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