転移門を使うと移動は一瞬でした。


 そして、ハローズとの約束の日。

 お出かけの準備を整えた悠利は、イレイシアとルークスと一緒に待ち合わせ場所である王都の城門前にいた。おでかけの準備といっても、動きやすいいつもの服装に、愛用の魔法鞄マジックバッグとなっている学生鞄を持っているだけだ。なお、鞄の中には飲み物や食べ物などが入っている。現地で色々買えるとはいえ、持っていると安心するので。

 ちなみに、イレイシアは以前に採取系ダンジョン収穫の箱庭に赴いたときと同じように、いつもの袖無しワンピースの上からケープを身につけている。ポシェット型の魔法鞄マジックバッグの中には愛用武器である鎌も収容されているが、使うことは多分ないだろう。一応持ち歩くようにしているというだけである。ついでに、魔法鞄マジックバッグの中には色々な楽器も入っている。吟遊詩人なので。

 さて、そんな悠利達であるが、待ち合わせ場所に到着してすぐに、目を点にしていた。

 待ち合わせ相手のハローズおじさんは、にこにこ笑顔でそこに立っている。それは良い。悠利達が驚いたのは、その隣でひらひらと手を振っている美人の存在にである。今日も相変わらず麗しい美貌のオネェ、調香師のレオポルドがそこにいた。何故彼がそこにいるのかが、悠利達には全然解らなかったのだ。


「はぁい、ユーリちゃん、イレイスちゃん、おはようございます」

「あ、おはようございます、レオーネさん」

「おはようございます」


 いつも通りの朗らかなテンションで挨拶をよこしたレオポルドに、悠利もイレイシアもとりあえず素直に挨拶をした。何でこの人がいるんだろうという二人の疑問には、まったく答えてくれていないが、とりあえず挨拶は大事である。

 よく見れば、レオポルドも外出準備を整えている。いつもと違い、お洒落なショルダーバッグを身につけ、首元にはスカーフを巻いている。普段からお洒落なオネェさんであるが、やはりお出かけするときにはパワーアップするのだなと思う悠利だった。

 ハローズとも朝の挨拶を終えた悠利は、レオポルドに向き直って率直に問いかけた。解らないことは素直に聞くのが悠利の美点である。多分。


「何でレオーネさんがいるんですか?」

「あたくしも同行するからよ」

「ハローズさん、この間は何も言ってませんでしたけど、最初からレオーネさんも一緒だったんですか?」

「いえいえ、あの後ご一緒することが決まったんですよ」


 悠利の問いかけに、レオポルドはあっさりと答えてくれた。それを聞いて悠利は、ハローズに疑問を投げかけた。悠利とレオポルドが仲良しなのは知人の間では有名だ。最初から決まっていたことなら、教えてくれても良かったのにと思ったのである。

 だがしかし、ハローズの答えは悠利の考えと違った。あの後というのは、ハローズが悠利を誘い、悠利がイレイシアの同行を希望し、二人がハローズと共に港町に出掛けることが決まった後、という意味だ。自分達の同行が決まった後に更に人員を増やしたのは何故だろうと首を傾げる悠利。

 その隣で、イレイシアが小さく「あっ……」と呟いた。もしかして、と言いたげな表情をする美少女。よく解っていない悠利が彼女を見上げれば、イレイシアは少し困ったように眉を下げて、口を開いた。


「もしかしたらですけれど、わたくし達の護衛も兼ねていらっしゃいませんか……?」

「あら、どうしてそう思ったのかしらぁ?」

「わたくし達の同行が決まった後にと仰いましたから。……それに、レオーネさんはリーダーと親しくされていますでしょう?」

「……へ?アリーさん?何で?」


 楽しそうに笑うレオポルドと、いつも通りのにこにこ笑顔なのでまったく感情の読めないハローズ。その二人に対して、イレイシアは少し自信がなさそうになりながらも彼女の意見を述べる。

 その意見に、悠利はきょとんとした。「イレイス、何言ってるの?」とでも言い出しかねない顔だ。今回悠利達が出掛けるのは漁港という感じの港町である。危ない場所へ行くわけでもないのに、どういうことだろう、と。

 なお、悠利の足下では、ルークスが胡乱げな瞳でレオポルドを見上げていた。ご主人の護衛は僕の仕事、とでも思っているのだろうか。自分の存在意義にかけて、護衛のポジションは渡さないと言いたげな雰囲気だ。ルークスは今日も悠利が大好きです。

 そんな三人を見て、レオポルドは楽しそうに笑った。「ユーリちゃんは相変わらずねぇ」と微笑む姿は本当に楽しそうだ。


「レオーネさん?」

「安心してちょうだい、イレイスちゃん。あたくし、ちゃんと自分の仕事の材料を探すために同行をお願いしたのよ」

「まぁ、そうだったのですか。わたくしの早とちりで申し訳ありません」

「貴方の考えも間違ってはいないけれど」

「「え?」」


 美しい所作で頭を下げたイレイシアであるが、レオポルドがあっさりと続けた言葉に、ピタッと動きを止めた。悠利と二人で目をまん丸に見開いてレオポルドを見る。

 レオポルドは口元に手を当てて楽しそうに笑っていた。そして彼は、悠利とイレイシアの二人に種明かしをしてみせた。


「今日のあたくしは、自分の仕事で貴方達に同行するのと同時に、ユーリちゃんのお目付役も兼ねているわ」

「レオーネさん!?」

「仕事のついでという名目なら、あたくしがここにいるのも変ではないものねぇ。あの男も色々と考えたってことかしらぁ」

「……えーっと、つまり、アリーさんから何らかの打診があったってことでしょうか……?」

「よっぽどユーリちゃんを野放しにするのが不安だったみたいよ」

「僕の扱いがひどい!」


 ウインクと共にレオポルドが投げてきた答えに、悠利は思わず叫んだ。別に何もしないのにと憤慨しているが、ハローズもイレイシアもそっと目を逸らしていた。悠利に悪気がないのは解っているが、何だかんだで気がつくと何かを引き起こしているのが常なので。

 重ねて言うが、当人に悪気も自覚もない。そして、引き起こす騒動も一概に悪いことではないのが辛いのだ。……逆に、だからこそアリーがお目付役を送り込んだともいう。


「ユーリちゃん、そうは言っても貴方、行く先々で何か起こしてるでしょう?」

「別に僕が何かやったわけじゃないときだってあります」

「八割は貴方が行動を起こしたせいだってあたくし聞いてるわよぉ?」

「うぐぅ……」


 ぐうの音も出ない正論だった。温泉街とかダンジョンとか、と重ねて言われてしまった悠利は、己の敗北を悟った。確かに、普段と違う場所に行くとか普段と違う行動を取るとかすると、高確率で何かに遭遇してきたのは事実だったので。


「まぁ、そんなわけだから、大人しくお目付されていなさいねぇ?」

「……ふぁい」


 優しい微笑みを浮かべつつ、瞳に真剣な光を浮かべたレオポルドに諭されて、悠利は素直に頷いた。否定材料がない以上、お目付役の同行を拒否することは出来ないのである。

 しかも困ったことに、悠利はレオポルドのことは好きだった。同じ趣味でキャッキャウフフしている大切なお友達である。なので、そちらの意味でも拒絶出来ないという事実に、アリーの本気を感じるのだった。

 これが指導係の面々などであった場合、同行する理由が悠利のお目付役以外に存在しないので、悠利も申し訳なさを理由にやんわりとお断りすることも出来そうな気がするのだ。(実際は出来ないが)しかし、お友達かつ自分もちゃんと出掛ける理由を引っ提げてきたオネェが相手ではその理屈は通用しない。保護者様が一枚上手だったようである。

 そんな風に悠利とレオポルドが愉快なやりとりをしている背後では、イレイシアがハローズに今回の同行許可のお礼を述べていた。故郷とは異なるものの、海を見られるということで彼女はとても楽しみにしていたのである。

 なお、ちゃっかりもののハローズおじさんは、人魚の視点から何か気になることがあったら教えてほしいとお願いをしている。商人は抜け目がないのがお約束です。


「それでは、ユーリくんも折れたところで現地に向かいましょうか」

「ハローズさん、面白がってませんか……?」

「いえいえ。アリーさんから話を聞いた段階で、ユーリくんに勝ち目はないなぁと思っていただけです」

「むぅ……」


 爽やかな笑顔でちょっとひどいハローズだった。とはいえ、話を聞けば誰もが悠利の敗北を確信するような布陣なので仕方ない。それに、ハローズにしてみれば棚ぼたで手綱が降ってきたみたいなものである。本日の仕入れの安全は約束されたも同然だった。

 まぁ、そもそも、運∞というアホみたいな能力値パラメータの悠利を連れ歩く段階で、危険からは遠ざかるだろう。少なくとも、何かトラブルが起こったとしても身の安全は保証されるはずだ。今までの騒動から考えても、悠利の周囲の面々の安全は割と確保されているので。

 現地に向かうと言いながら、ハローズが悠利達を連れて行ったのは城門から少し離れた場所にある建物だった。小さな商店ぐらいのサイズの建物の前には、数人ずつの集団が幾つも集まっていた。その入り口には、武装した見張り番のような人もいた。


「ハローズさん、この建物は何ですか?」

「ここは、商人ギルドが管理する建物ですよ。今日は転移門で港町に向かいますからね」

「……転移門?」


 耳慣れない単語に、悠利は首を傾げた。そんな悠利にハローズはちゃんと説明してくれた。


「転移門というのは、その名前の通りに、通ることで遠く離れた場所に転移できる門のことです。商人ギルドが所有していて、申請すると使わせてもらえるんですよ」

「そんな凄いものがあるんですね……!」

「えぇ。とはいえ、使用料もかかりますし、そうそう頻繁には使えないんですけどね」

「なるほど」


 便利さの代償は結構高いらしいと理解した悠利だった。確かに、誰でも彼でも転移門が使えるならば、流通や行商のスタイルが思いっきり変わるだろう。

 入り口でハローズが身分証明書でもある商人ギルドのギルドカードを見せると、悠利達は彼の同行者ということで身分証の確認だけで中に入ることが許された。ちなみに、悠利が使ったのは鑑定士組合の身分証で、イレイシアとレオポルドは冒険者ギルドのギルドカードだ。

 レオポルドは今は調香師として活躍中だが、有事の際には駆り出される可能性があるので冒険者登録を残したままなのだ。本人は引退したと言っているが、腕の良い薬師(それも前衛で戦える)という段階で登録抹消は不可能だ。有事の際の人員は大いに越したことはない。

 そんなこんなで通された建物内部は、簡素な作りをしていた。受付らしい窓口と待合室らしい椅子がたくさん置かれた場所以外は、これといったものはなかった。唯一あるのは、柵の向こう側に存在する大きな金属の輪っかのような建造物だろう。

 輪っかの大きさは直径3メートルほどだろうか。シンプルな金属の輪っかで、それを支える台座のような場所には幾つもの魔石が埋め込まれているのが見える。少し離れた場所に操作盤らしきものがあり、そこに係員と思しき人物が立っている。

 初めて見る転移門に目を丸くしている悠利の目前で、転移門が起動した。操作盤を係員が操作すると、ぶぉんという鈍い音と共に金属の輪っかの外側部分に光がぐるりと走る。次に、輪っかの内側にも半透明の光が満ちる。ゆらゆらと揺れるもやのような光の中へ、柵の内側で待機していた人々が進んでいく。

 そして、輪っかの内側に足を踏み入れた人々の姿は、半透明の光に包まれるようにして消えていった。何人かが輪っかの向こうへ移動すると、再びぶぉんという鈍い音がして半透明の光は消え失せた。

 ……勿論、輪っかの向こう側には誰もいない。


「うわぁ……。本当に転移しちゃってる……」

「目的地ごとにまとめての転移ですからね。次が目的地の港町ロカに繋がるので、我々も並びましょうか」

「あ、はい。解りました」


 ハローズに促されて、呆然としていた悠利も我に返って後に続く。イレイシアも転移門を見たのは初めてなので、驚いているようだった。その二人と裏腹に、レオポルドはけろりとしている。色々と修羅場を潜ってきたオネェさんは勿論のこと転移門をご存じだった。

 先に並んでいた人々に続くように、悠利達も柵を越えて転移門の側へと移動する。柵を越えるときに係員が名前や人数を確認していたので、決められた人しか使えないんだなぁと思う悠利だった。


「転移門って、使うの大変なんですか?」

「大変というか、起動させるのに大量の魔石が必要になるので、利用者の確認が必要なんですよ」

「そんなに大量の魔石がいるんですか?転移門って魔法道具マジックアイテムの仲間かと思ったんですけど」

魔法道具マジックアイテムと魔導具の合わせ技だと聞いたことがありますねぇ。機能に関しては魔法道具マジックアイテムに分類されるようですが、起動させるのに魔石を必要とするのが魔導具に近いと」

「つまり、謎の凄い技術で作られたものってことですか?」

「そうなりますね」


 ハローズの解説に悠利は感慨深そうに転移門を見詰めた。魔法としか呼びようのない物理法則無視のトンデモアイテムを魔法道具マジックアイテムと呼ぶが、その中で起動させるのに魔石を必要とするものがあるとは知らなかった悠利である。魔導具が魔石を必要として動いているのは、イメージとして電池に近い感じなのでまだ理解できたのだが。

 ちなみに、転移門は対象を転移させるという規格外の能力が魔法道具マジックアイテムとして認定されているのだが、操作盤を利用して目的地を設定して起動するのに魔石が必要になるのだ。なお、転移出来るのは同じように転移門がある場所かつ、設定で同期されている場所のみとなる。割と限定的だ。それでも凄まじい性能であることに間違いはないのだが。


「転移門って、商業ギルドの持ち物なんですか?」

「少なくとも、世界各地に存在する転移門の九割は商業ギルドの所有物だそうですよ」

「凄い……!でも、こんなに凄い性能なら、国の管理下に置かれそうなのに、商業ギルドの管轄なんですね?」

「国の管理下のものもありますが、大半は管理と運営は商業ギルドに委ねられていますね。そうすることで流通をよくするというのもあるのかと。……勿論、だからこそ利用者が限られるのですが」


 ハローズが小さく付け加えた言葉の真意を、悠利はよく解っていなかった。首を傾げる悠利に、手続きが色々あるんですよと笑うハローズ。その顔はもう、悠利が見知っているいつもの優しい商人のおじさんの顔だった。

 なお、商業ギルドに所属していても誰もが転移門を使えるというわけではない。そこそこのお値段がする使用料を払える者である以外にも、商業ギルドの審査に合格することが必要不可欠だ。早い話が、転移門を悪用するような可能性のある者は、いくら金を積んでも利用できない。そこら辺はきっちりしている。

 国の管理下ではなく商業ギルドの管理下にあることを危険視する声もあるが、国の管理下にする方が締め付けが厳しくなって気軽に使えないというのもある。そもそも、商業ギルドは幾つかの国をまたいで連携が取れる組織であるが、国となるとそうはいかない。余所の国にぽーんと転移出来る機能は、一歩間違えると戦争を引き起こす。とても危険だ。

 それもあって、転移門のある施設に勤める者達は指折りの実力者であるし、起動者として設定された者が複数人いないと動かせない。あくまでも商業ギルドに所属する商人が使うという点においてのみ、活用することを許されているのが転移門なのだ。

 勿論、悠利にはそんな大人の事情なんて解らないし、ハローズも細かく説明するつもりはない。彼等にとって重要なのは、転移門を使えば遠方にある港町ロカにさくっと到着出来るという一点のみである。


「そういえば、その港町って遠いんですか?」

「大河を挟んでいるので、陸路で行くとなると片道二週間ぐらいですね」

「二週間!?」

「それもあって、転移門の使用を申請したんですよ」


 笑って告げるハローズに、悠利は目を点にした。先日、温泉都市イエルガに出掛けたときは片道一週間の距離をワイバーンに運んでもらうことで数時間に短縮したが、それ以上の短縮だ。文明の力って凄いと思う悠利だった。


「そうやって考えると転移門って凄いですねぇ……。手紙や荷物が届けてもらえるのもありがたいけど、こういう便利な道具があったら距離がぐっと近付くんだろうなぁ……」

「そうねぇ。でも、民間レベルで使えるようになるにはちょっと高価すぎるわよぉ」

「僕達がこうして転移門を使えるのはハローズさんのおかげなんですよね。ありがとうございます」

「ありがとうございます」

「ははは。ユーリくんもイレイシアさんも、お気になさらずに。事前に人数を申請しておけば問題ありませんからね。使用料も一律ですし」


 ぺこりと頭を下げる悠利とイレイシアに、ハローズはにこにこと笑っている。ちなみに、完全にお子様を引率するという感じの扱いの悠利達は無償で連れてきてもらっているが、大人であるレオポルドは使用料のいくらかを負担している。自分の仕事の買い物が出来るのだからと、そこは譲らなかったオネェである。

 目の前で起動する転移門を見詰めながら、この世界の道具のぶっ飛び具合に驚く悠利だ。現代日本の科学技術に似たような魔導具の数々にも驚かされるが、物理法則を無視した魔法道具マジックアイテムにはもはや度肝を抜かれるしかない。まさか転移出来る装置があるなんて思いもしなかったのだから。

 同時に、こうやって転移が出来る装置があるのに、何で電話のようなものが普及していないんだろうと思った悠利だった。どう考えても転移より通話の方が簡単そうなのに、と。

 思わずその疑問が口をついて出ていた悠利に、レオポルドはあらと楽しそうに笑いながら言葉を投げかけた。


「声を繋げる魔法道具マジックアイテムならあるわよぉ。アレも希少価値が高いけれど、少なくとも各地の冒険者ギルドには設置されてるわ」

「冒険者ギルドに、ですか?」

「えぇ。冒険者ギルドは、ほぼ唯一の国を超えて一つの組織で運営されているギルドですもの。有事の際の連絡用にと、声を繋げる魔法道具マジックアイテムは優先的に設置されているわ。普段はあまり使わないらしいけれど」

「……冒険者ギルドって実は凄かったんですか?」


 レオポルドの説明に、悠利はごくりと生唾を飲み込んで問いかけた。彼にとって冒険者ギルドというのは、仲間達が所属している場所という程度の認識しかない。後、ルークスの従魔登録でお世話になった場所だ。荒事と無縁に生きている悠利なので、そうなってしまうのだ。だって彼は冒険者じゃないのだし。

 冒険者ギルドはその性質上、商人ギルド以上に所属している者達が広範囲に移動する。それもあって、国が違っても問題なく活動が出来るようにと作られた組織なのだ。国同士の諍いには基本的に関与しないが、魔物関連や天災などに関しては国境という柵に捕らわれずに活動している。

 ざっくり簡単に悠利にそういった事情を説明するレオポルドの隣で、イレイシアとハローズは微笑みを浮かべていた。色々なことを知っているようで、時折こうして彼等にとっては当たり前のことを知らない悠利の姿が微笑ましいのだろう。……外見年齢が幼く見えるので、余計にだ。

 そうこうしているうちに再び転移門が起動したのか、ぶぉんという鈍い音が響く。悠利が視線を向けると、先程と同じように半透明の光を内側に満たした輪っかが見える。今からあれを通り抜けるのだと思うと、妙に力んでしまう悠利だった。


「ユーリちゃん、緊張しなくても大丈夫よ」

「あはは……。どうなるのか解らなくて、ドキドキしちゃってるんですよね。イレイスは?」

「わたくしも、緊張していますわ」

「だよねー」


 宥めるようにぽんぽんと肩を叩いてくるレオポルドを見上げて、悠利は困ったように笑った。安全が確保されていると解っていても、やはり生まれて初めての転移というのは緊張してしまう。

 ワープなんて、現代日本で育った悠利にとっては二次元の世界であり、自分が体験することになるなんて考えもしなかったのだから。


「それじゃあ、不安を解消するために手を繋ぎましょうか?」

「いいんですか?」

「お安いご用よ。さ、お手を拝借」

「よろしくお願いします」


 優しい笑顔で告げられた提案に、悠利は即座に飛びついた。差し出されたレオポルドの掌に手を重ねる。子供が親とはぐれないように手を繋ぐような感じになっているが、気にしてはいけない。気にしたら負けである。

 そして悠利は、隣に立つイレイシアに空いている左手を差し出した。


「ユーリ?」

「イレイスも緊張してるなら、手を繋いだら安心出来るかなって」

「そうですわね。では、失礼いたしますわ」

「あらあら、仲良しねぇ」


 悠利が差し出した手を、イレイシアは素直に取った。仲良く手を繋ぐ二人を見て、レオポルドは楽しそうに笑う。実際、彼にしてみれば微笑ましい光景以外の何でもないのだろう。


「キュイ」

「あはは、ルーちゃんも手を繋ぎたいの?」

「キュウ」


 悠利の足下で大人しくしていたルークスが、交ぜてと言いたげに身体の一部をみにょーんと伸ばして、悠利とイレイシアが繋いでいる手へと触れてきた。顔を見合わせて笑った二人は、一度手を解いてからルークスを掌の間に挟んで手を繋ぎ直した。


「キュー」

「ルークスちゃんは仲間外れが嫌だったのかしら」

「そうかもしれません。ルーちゃん、足下気を付けてね」

「キュキュー!」


 楽しそうなレオポルドに、悠利も笑顔で答える。ルークスはぽよんぽよんと跳ねながら、満足そうに目を輝かせていた。今日もルークスはご主人様が大好きなのである。


「皆さん、準備が出来たなら、移動しましょう。転移門を潜れば、ロカの街ですよ」

「「はい」」


 ハローズに促され、三人は手を繋いだまま転移門へと足を勧める。係員達は、そんな彼等を笑いはしなかった。初めて転移門を使用する際に緊張するのはよくあることだからだ。また、悠利の外見が幼く見えるので、違和感を覚えることがなかったのだろう。

 ゆらゆらと揺れる半透明の光。先導するハローズがためらいなく足を踏み入れ、レオポルドがそれに続く。腕を優しく引かれて、悠利とイレイシアは並んで輪っかの中へと足を踏み入れた。

 そして。


「……えーっと、通り抜けた、んですよね?」

「えぇ、そうよ、ユーリちゃん。立ち止まっていると迷惑になるから移動するわよ」

「はい」


 意を決して足を進めた先に広がった景色は、それまで見ていたものとほとんど変化がなかった。思わず立ち止まってきょろきょろしてしまう悠利だが、レオポルドに咎められて足を動かした。悠利の隣のイレイシアも同じような反応をしている。

 手を引かれるままに移動して、他の人の移動の邪魔にならない位置でやっと落ち着くことが出来た。建物の造りは先程までいた場所とほぼ同じ。それでも、よくよく見れば僅かな違いがあるし、何より転移門の側にいる係員が別人だ。


「……こんな一瞬で終わるものなんですか?」

「一瞬で終わっちゃうのよねぇ。オマケに、商人ギルドの方針なのか建物が似た造りなものだから、混乱しちゃうのよぉ」

「……思いっきり混乱しました」

「わたくしもですわ……」

「それでも、ここは間違いなくロカの街の近くだと思うわよ」


 脱力している悠利とイレイシアに、レオポルドは楽しそうにウインクをよこした。きょとんとする二人。先に理由に気付いたのは、イレイシアだ。人魚の少女は、嬉しそうに顔を輝かせて呟いた。


「潮の匂いがしますわ」

「え?」

「ユーリ、海の匂いです。海が近いのですわ……!」


 普段滅多なことでは声を荒げないイレイシアが、興奮を抑えきれないというように声を弾ませている。頬を紅潮させ、輝かんばかりの笑みを浮かべる姿は、とても魅力的だ。美少女の笑顔はプライスレスです。


「えぇ、ここはちゃんとロカの街にある転移門ですよ。さぁ、ここから出て、街に入る手続きをしましょうか」

「了解です」

「手続きと言っても、身分証の確認だけなのですぐ終わりますけどね」

「はーい」


 ハローズの言葉に、悠利は素直に返事をした。まだ転移をしたという実感は湧いていないが、到着したと言われたならばそうなのだろう、と。早く港町を満喫したいなとうきうきするのだった。


「中に入る手続きがいるってことは、ここは王都の建物みたいに街の外にあるんですか?」

「えぇ。転移門を街の中に作ってしまうと、ここでチェックをしないといけないことになるので」

「安全を考えるなら、街の外に作るのが妥当でしょう、ユーリちゃん」

「それもそうですね。街には遠いんですか?」

「いえいえ、すぐそこですよ。なので、お待ちかねの港町は、もうすぐです」


 楽しそうに笑うハローズに連れられて、悠利は建物の外へ出た。目の前に広がるのは、青い空、白い雲、どこまでも広がる海。風に乗って潮の香りが鼻腔をくすぐる。心なしか、空気の味も違うように思えた。


「海だ……!」

「さぁ、行きましょう。あれがロカの街です。色々な海産物がありますよ」


 顔を輝かせる悠利。海から視線をハローズの指差す方向に向ければ、塀に囲まれた街がある。王都のように物凄く高い塀ではないが、それでもそこには見張り台と街を囲む塀と、人々の入場を確認している入り口がある。

 塀があるということは、ここは豊かな街なんだなと悠利は思った。魔物の襲撃を警戒し、塀で街を囲ったり、魔物除けを設置したりと、人々は住処を守るために色々な手段を講じているのだ。その中でも、立派な塀を築けるのは豊かな証拠だと教わった悠利である。


「イレイス、何があるか楽しみだね!」

「えぇ、とても楽しみですわ!」


 初めての港町を前に、悠利とイレイシアはこみ上げるわくわくを抑えきれずに、弾んだ声で言葉を交わすのだった。

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