港町への買い出しに誘われました。


「そうだ。良かったらユーリくんも一緒に行きませんか?」

「え?」


 にこにこ笑顔でハローズが告げた言葉に、悠利ゆうりはきょとんとした。言われた内容がよく解らなかったのだ。

 そんな悠利に対して、ハローズはやはりにこやかな笑顔を崩さなかった。

 ちなみにハローズおじさんは、いつものように自分が仕入れてきた商品の鑑定や使い方のアイデアを聞きに《真紅の山猫スカーレット・リンクス》にやってきている。リビングでアリーと悠利の三人でのんびりと会話をしている姿はほのぼのとしているが、一応仕事で来ていたのである。一応。

 そんなハローズは、いつも通りの笑顔のままで、悠利に重ねて言葉をかけた。自分の発言の意図をきっちり伝えようと思ったのかもしれない。


「港町なら新鮮な魚介類も手に入ると思いますし、たまには遠出するのもどうかと思ったんですが」

「そりゃ、新鮮なお魚が手に入るなら僕も興味はありますけど……」


 好意100パーセントなハローズの言葉に、悠利は困ったように眉を下げた。本音を言うならば、同行したい。ハローズが悠利を誘っているのは、仕入れへの同行だ。その仕入れ先が、港町なのである。

 王都ドラヘルンは豊かな街だ。流石は王都と言うべきか、地方からも食材が届けられるので、大概のものは揃う。

 けれど、それでも手に入らないものはある。鮮度の問題で届けられないものや、収穫量が少ないので流通しにくいものなどは、どうしたって出てくる。そういう意味では、やはり産地へ赴くのが一番だろう。

 だから、ハローズの申し出はとても、とても、魅力的なのだ。

 では、どうして悠利が躊躇っているのかと言えば、隣に座る保護者の視線が気になったからだ。悠利に対しては過保護に過保護を重ねてもまだ足りないと言い出しかねないリーダー様。なお、その判断はあながち間違っていない。当人は普通にしているつもりだが、悠利はちょこちょこ騒動を引き起こすので。

 勿論、騒動を引き起こすだけならばアリーもそれほど過保護にはならないだろう。問題なのは、悠利には戦闘力が皆無であることと、この世界における常識が欠落していことだ。

 一般常識も土地によって変化する。ましてやここは異世界であり、悠利の常識は周囲の非常識になってしまうのだ。その尻ぬぐいを日々行っているのがアリーである。彼が悠利を案じるのは無理からぬことだった。

 そして、悠利もまた、その辺りの事情は正しく把握している。口やかましく過保護なアリーを疎むことなどなく、怒られても恨みに思うこともなく、何かやっちゃったんだろうなぁと思いながらお説教を聞く日々だ。

 なので、悠利はハローズの誘いに心を動かされつつも、傍らのアリーの反応が解らずにその顔色を窺うのだった。


「……何だ」

「あ、いえ、アリーさんどんな顔してるかなーと思って……」

「…………はぁ」


 へらっといつもの笑顔で告げた悠利に、アリーは盛大にため息をついた。ハローズはそんな二人を気にした風もなく、にこにこ笑っている。何しろ、ハローズにしたら実に見慣れた光景だからだ。いや、別にハローズだけではあるまい。彼等と親しい面々にしてみれば、見慣れた光景だ。

 悠利が何かをやらかしたり、やらかす前だったりに、色々とお伺いを立てるようにアリーを見るのも、それを見たアリーが呆れたように大きなため息をつくのも、良くあることだ。なお、もう一つよくあるのは、その後に盛大に雷を落とされる悠利という光景である。保護者のツッコミは優しさ故に厳しいのだ。

 何かを伺うようにちょっとだけ上目遣いで見てくる悠利と、悠利とアリーの姿をいつも通りの笑顔で見ているハローズ。そんな二人を見て、アリーは実に面倒そうに口を開いた。心底そう思っているのだと解る口調で言葉を投げかける。


「ハローズ、コレを連れ歩くのはトラブルの種を持ち歩くようなもんだぞ?」

「アリーさん、言い方!」

「その可能性も考えましたけど、買い出しに出かけるぐらいなら気分転換に良いかなぁと思いまして」

「考えたんですか、ハローズさん!?」


 アリーのあまりにあまりな言い草に思わず叫ぶ悠利。しかし、そんな彼を更に打ちのめしたのがハローズの言葉だった。にこにこ笑顔の商人のおじさんは、さらっと結構ひどいことを口にした。悠利が驚愕してツッコミを入れる程度にはひどい発言である。だがしかし、同時に正しい発言でもあった。

 そんな悠利を見て、ハローズは笑顔のまま答えた。


「いやだなぁ、ユーリくん。私は商人ですよ。どんな状況も想定するに決まっています」

「えぇええ……」


 確かに商人の心得としては正しいけれど、自分の扱いがひどいのはどうにかしてほしいと思う悠利だった。だがしかし、アリーは物凄く深く深く頷いているので、きっとハローズに同意なのだろう。悠利の味方はいなかった。

 ぶちぶちとぼやいている悠利をそっちのけで、ハローズとアリーの会話は続く。大人二人が頭上で話をしているのを全然聞いていない悠利だった。ちょっとふてくされたい気分だったのである。


「確かに俺達は忙しいからこいつをあまり外へ連れて行ってやることは出来ないが、危険を承知で連れ歩く意味はあるのか?」

「しいて言うなら、ユーリくんの視点があれば面白いかと思いまして」

「どういう意味だ?」

「売り物になるものが見つかる可能性があるかなと」

「……こいつの場合は、自分が食べたいものにしか反応しないと思うが」

「それも含めてです」

「含めてなのか……」


 いつも通りの人当たりの良い笑顔で言い切ったハローズに、アリーはがっくりと肩を落とした。ハローズおじさんは基本的には善人であるし、優しいおじさんだ。だがしかし、根っこは行商人なので、時々こういう現象が起こる。優しいだけの人に、王都で大きな店舗を持つ商人は出来ません。

 ハローズが悠利を港町に連れて行こうとしているのは、勿論純粋な好意もある。悠利ならば、港町の様々な食べ物に目を輝かせて楽しむだろうという好意だ。けれどそれと同時に、何か欲しいものを見つけて、ハローズに新たな商売のタネを提供してくれるかもしれないという打算もある。

 それらを察して、アリーは溜息をついた。手綱を握ってくれるつもりはあるようだが、その手綱はどうやらある程度緩めたものらしいと理解して。

 どうしたものかとしばらく考え込んだアリーは、やがて、折れたように息を吐いた。


「アリーさん?」

「ハローズの仕事の邪魔をしないなら、同行させてもらえ」

「良いんですか!?」

「……何でそこまで驚くんだ、お前は」


 アリーの発言に、悠利は衝撃を受けたように叫んだ。まさかそんな、とでも言いたげな顔である。お前は俺を何だと思っているんだと言いたげなアリー。なお、悠利のアリーへの認識は、過保護で頼れる優しい保護者である。うっかりお父さんと呼びそうなぐらいには信頼している。

 そして、信頼しているからこそ、お目付役不在の遠出を許されるとは思わなかったのだ。基本的に、悠利が一人(ただし、従魔のルークスは常に護衛よろしく同行している)で出歩くのは王都の中だけである。歩いていける距離にあり、王都の一般人の皆さんが一人で入るような採取系ダンジョン『収穫の箱庭』でさえ、誰かお目付役の大人が同行しているぐらいだ。

 港町に行けるのは嬉しいが、まさかお許しが出るとは思わなかったので、反応に困る悠利なのだった。行きたいのは事実なのだけれど。


「とりあえず、ルークスは連れて行け。ハローズの言うことには従え」

「勿論です」

「食材を買い込むのは良いが限度は考えろ。路地裏とかには絶対に近付くな」

「解っています」

「迷子になるなよ」

「アリーさん、僕、小さい子じゃないです!」

「興味が湧いたらふらふら移動するのはチビと一緒だろうが」

「うぐぅ……」


 次から次へとテンポ良く告げられた言葉に素直に頷いていた悠利だが、最後の言葉だけは納得がいかなかったので反論した。だがしかし、すぐにぐうの音も出ないレベルで言い負かされた。否定できる材料がどこにもないのだ。

 ましてや、向かうのは新鮮な魚介類に巡り会える港町。美味しそうな料理や食材を前にすると、ついついふらふらと近寄ってしまう癖のある悠利にとっては、目移りするだろう場所である。アリーの忠告も間違ってはいないのだ。悲しいことに。


「では、ユーリくん、一緒に港町に行きましょうか」

「はい、よろしくお願いします」

「色々と世話をかけるが、よろしく頼む」

「いえいえ。いつもユーリくんにはお世話になっていますから」


 ハローズの言葉に悠利は首を傾げる。いつも美味しい食材を購入させてもらっているだけで、別に自分は何もしていないのではと思う悠利である。とはいえ、食材を鑑定したり、使い道を提案したり、何だかんだでちょこちょこお役に立ってはいる悠利だ。当人がそれをまったく自覚していないだけで。

 なので、不思議そうな悠利にハローズは笑うだけだった。伝えても多分通じないだろうと解っているのだ。その程度には悠利との付き合いはあるので。


「その港町はどういう雰囲気のところなんですか?」

「漁に使われている港のあるところなので、地元の人で賑わっている感じですね」

「観光地という感じではないんですね」

「そうですね。海水浴が楽しめる場所もありますが、どちらかと言えば食材を求めて商人がやってくるような感じの場所です」


 ニコニコ笑顔のハローズの説明を悠利は真面目な顔で聞いている。その説明から、悠利の脳裏に浮かんだのは魚市場のような雰囲気だった。何かを見て回るタイプの観光目的の港町ではなく、地元の漁師さんで賑わうタイプの港町だ。

 なので、ひどく真剣な顔をして悠利は問いかけた。


「……それはつまり、美味しい食材があるということですか?」

「……少なくとも、新鮮な食材があるのは間違いないですね」

「なるほど」


 大真面目な顔の悠利に答えるハローズも、大真面目な顔だった。隣で見ているアリーが呆れるほどに二人は真剣な顔をしている。会話内容を考えても、そんな顔をするようなことか?とアリーは思うのだが、当事者二人は大真面目なのである。

 ハローズとしても、新鮮な魚介類やそれらを使った加工品が手に入るというのもあって仕入れ先に選んでいる。悠利はそもそも、最初から新鮮な魚介類が目当てである。二人が意気込むのは無理のないことだった。ただし、その熱意は外野にはよく解らないものとして処理されるのだった。

 しばらくハローズと熱心に語り合っていた悠利が、ふと何かに気付いたようにアリーを見た。何だと言いたげな顔で悠利を見るアリー。そんな彼に、悠利はおずおずと自分の考えを伝えるのだった。


「あの、もしも日程が合うなら、イレイスも一緒に行っても良いですか……?」

「イレイシア?何でまたいきなり」

「港町なら新鮮な魚介類があるし、それに何より、海が見えるじゃないですか」

「……」

「ダメ、ですか……?」


 悠利の提案に、アリーは目を細めた。ハローズはいまいちよく解っていないのか、二人の顔を見比べている。

 無理なことを言っていると多少自覚のある悠利なので、表情は少し硬い。それでも、アリーにお願いを口にする程度には、彼はイレイシアを同行させたかったのだ。人魚族で、悠利と同じく生魚を食す文化を持つ、彼女を。


「イレイシアが何か言っていたのか?」

「いいえ。特に何かを言っていたわけじゃないです。ただ、時々、ロイリスが波の模様を彫り込んだ腕輪をじっと見てることがあるので」


 アリーの問いかけに、悠利は静かに答えた。ほんの少し眉を下げた、ちょっと困ったような表情だ。けれどそれは、どういう顔をして良いのか解らずに、結局困ったみたいな顔になっているだけだった。

 イレイシアの故郷は、ここから遠く離れた場所にある海だ。今回ハローズが悠利を誘ってくれた港町とはまた別の海なので、そこへ行ったところで彼女の故郷に繋がる何かは存在しない。だがしかし、それでも海は海。内陸の王都ドラヘルンよりは、望郷の気持ちを慰められる可能性はあった。

 それに、イレイシアは刺身を忌避せず食べる文化で育った人魚の少女である。鮮度抜群のお魚を一緒に物色して、いつぞやのように海鮮丼を作って二人で食べるのも楽しそうだと思ったのだ。

 悠利の考えが通じたのか、アリーはしばらく考え込んでから口を開いた。


「ハローズ、もう一人追加でも大丈夫か?」

「えぇ、こちらは特に問題はありませんよ」

「では、世話をかけるが、もしも本人が希望したらイレイシアも同行させてやってほしい」

「承知しました」


 アリーの頼みに、ハローズは二つ返事で頷いた。元々、悠利を誘う程度には気楽な仕入れのつもりだったハローズなので、同行者が増えたところで困らないらしい。まして、イレイシアは問題を起こすような性格をしていないので尚更だ。穏やかで気立ての良い清楚なお嬢さんであれば、ハローズおじさんの仕事の邪魔はしないだろう。

 むしろ、何かトラブルが起きるとしたら悠利の方だ。当人は普通のつもりだろうが、何かうっかり騒動を起こす可能性は否定できない。それに比べれば、イレイシアは迷惑になりもしない同行者である。


「ハローズさん、ありがとうございます!」

「いえいえ。もしかしたらあちらでユーリくんの力を借りるかもしれませんが」

「僕に出来ることなら頑張ります」

「よろしくお願いします」


 満面の笑みを浮かべる悠利に、ハローズも穏やかに笑っている。その二人を見ながら、変なことをしでかすなよと言いたげな顔をしているアリーだった。ちなみに、ハローズが想定しているのは鑑定技能スキルの話なのだが、悠利はさっぱり解っていなかった。鑑定技能スキルはとても便利なお役立ち技能スキルなのである。

 初めての港町への期待を膨らませながら、悠利はハローズと色々と話を続けた。どんなものが売っているのか。今はどんな食材が旬なのか。結局話題の大半が食べ物に関連してしまうのは、悠利だからと言うべきだろうか。そういうものです。

 そんな二人を眺めながら、許可を出したものの何事もなく終わるだろうかと考え込んでしまうアリーだった。保護者は色々と考えてしまうのです。




 なお、悠利とアリーから港町行きの話をされたイレイシアは、花が綻ぶような笑顔で同行を希望し、とてもとても喜ぶのでした。美少女の笑顔、プライスレス。




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