書籍10巻部分

蒸し肉のサラダに梅ドレッシング。


 その日も、王都ドラヘルンは随分と暑かった。まぁ、夏なのだから仕方ない。湿度はそれほど高くないのでまだマシだが、それでもやはり気温が上がれば暑さにへばる面々が出てくるのも当然だった。

 なお、悠利ゆうりも暑さに少しばかり音を上げそうになっている。日々の家事を行う動きもややのんびりとしている。

 とはいえこれは、無理をして倒れてはいけないという判断である。家事をするのは彼の仕事であるし、ちゃんとやろうとは思っている。けれど、自分の体力と相談することを忘れてはいけないのだ。……そう、気を抜くと廊下で行き倒れている、どこかの学者先生のようになってはいけないのだから。


「こう気温が高いと、暑さで食欲が減っちゃうんだよねぇ……」

「解る……」

「……アロール、いたの……?」


 昼食のメニューを考えるために食堂スペースでのんびりしていた悠利は、突然聞こえた声に驚いたように振り返る。そこには、相棒の白蛇ナージャを首に巻き付けたアロールが立っていた。いつもより少しばかり元気がない。

 それでも、別に体調を崩しているわけではないらしく、悠利の問いかけにはしっかりと答えてくれる。


「暑いから何か飲もうと思って」

「氷入れ過ぎちゃ駄目だよ。いきなり冷たいものを飲むと身体がびっくりするから」

「はいはい。君は僕のお母さんか」

「お母さんじゃないですー」


 軽口の応酬も慣れたものだ。アロールはちょっぴり口が悪いというか、ズバズバ言い切るところのある僕っ娘だが、悠利はそんな彼女の反応にも慣れているので、のほほんと対応しているのである。また、悠利がお母さん扱いでからかわれるのはよくあることなので、そういう意味でも慣れていると言えた。

 グラスに冷蔵庫の中の冷えた紅茶を入れて戻ってきたアロール。飲んでから部屋に戻るつもりなのか、悠利の向かいに腰を下ろしグラスに口を付ける。


「アレ?オレンジジュース入ってたのに、紅茶にしたの?」

「……何か問題でもある?」

「いや、ないよ。ただ、アロールが飲むかなーと思って冷やしておいたから」


 不思議そうに問いかけた悠利に、アロールはちょっと面倒そうに返事をした。それに対して、悠利はいつも通りのほわほわとした笑顔で答えるのだった。

 悠利が何故こんなことを言ったかというと、オレンジはアロールが好きなものだからだ。果物をそのまま食べるのも好きだが、ジュースも好きなのである。普段、自分の好き嫌いを解りやすく伝えてくることのない僕っ娘だが、オレンジが好きなことは悠利が把握済みなのだ。

 アロールは子供扱いを嫌がるお年頃である。それでも、自分のために悠利がジュースを冷やしてくれていたという事実を知って、邪険にするほどひねくれてもいない。なので彼女は、しばらく沈黙した後に小さな声で答えた。


「…………おやつの時間に飲む」


 ぼそりと呟いた後は、視線をテーブルに落としたまま紅茶を飲んでいる。照れ隠しなのだろうそんな仕草に、悠利は何も言わない。ただ、にこにこといつも通りに笑っているだけだ。


「ところで、アロール食欲はどんな感じ?」

「…………んー、パンとサラダぐらいなら食べられる感じ」

「あんまりお腹減ってない、と」

「こう暑いと、食べる気が失せるんだよ」

「それは解るよ。僕もだもん。でも、食べないわけにもいかないからねぇ」

「……解ってるよ」


 悠利の言葉に、アロールは嘆息した。十歳児のアロールは、元々そんなにたくさん食べないのだ。それは悠利も同じくで、食が細い面々というのは連日の暑さに敗北して食欲が落ちがちである。だがしかし、そこで食べないままだと体力が落ちていくので悪循環に陥ってしまう。多少しんどくても必要量は食べなければいけないのだ。

 アロールと雑談をしながら、悠利は脳裏に今日の昼食メンバーを思い描く。それによって献立が変わってくるので、割とこの確認作業は大事である。

 例えば、大食漢に分類されるレレイやブルックがいる場合は、大皿料理には余裕を持たせるべきだし、肉は必須だ。見習い組が全員揃っている場合などは、争奪戦が繰り広げられるだろう。逆に、食の細いジェイクやイレイシアがいる場合は、彼らの胃袋に合わせた料理や分量を考えることも大切である。料理当番の仕事は地味に頭を使うのだ。

 ちなみに、本日の昼食メンバーは、悠利とアロールの他には、料理当番のカミールに、留守番担当のジェイク、イレイシアにヘルミーネという、食の細い面々だった。多分、一番食べるのがカミールだろう。けれどカミールは、育ち盛りの少年の割には野菜が好きだし、他の男子達に比べるとそこまでバカみたいに食べない。

 なので、献立は食欲が減っているだろう小食組に合わせる方向に決定だ。その方が、悠利も作っていて胃もたれを起こすことがないだろう。カミールは薄味やさっぱり系の食事でも気にしないタイプなので。


「蒸したお肉とかなら食べられる?」

「種類による」

「あっさりさっぱりバイパーの肉で」

「それなら大丈夫」

「じゃあ、それでいこうっと」


 アロールの答えを聞いて、悠利は満足そうに笑った。バイパーの肉は鶏のムネ肉のような感じなので、さっぱりしているのだ。食が細い面々でも食べやすいお肉として重宝している。逆に、肉食メンツにはちょっと物足りないと言われてしまうのだが、今日はいないので問題ない。


「それじゃ、僕は部屋に戻るから」

「うん。お昼ご飯楽しみにしてて~」

「……いつも楽しみにしてるよ」

「え?」


 笑顔で見送る悠利の耳に、ぼそりと呟かれた一言が届く。一瞬ぽかんとしていた悠利が確認しようとしたときには、既にアロールの姿はなかった。……どうやら、照れ隠しもあって小声で伝えた上で、さっさと立ち去ったらしい。アロールらしいなぁと思う悠利だった。

 休憩もしたことだし、昼食の準備に取りかかるかと悠利が立ち上がると、ひょこっと顔を覗かせるカミールの姿が見えた。料理当番なので、時間を計ってやってきたらしい。カミールはこういう風に時間の使い方が上手なところがある。流石、商人の息子というところだろうか。


「アロールが顔険しいのに耳赤くして去ってったけど、お前何かやらかした?」

「何で僕がやらかしたって決めつけるのさー」

「いやー、何となく?……その反応ってことは、あれはただ照れてただけか。相変わらず素直じゃねーなー」

「そういうのも含めてアロールでしょ。からかってないよね?」


 カミールの言い分にちょっとふてくされて答える悠利。何でもかんでも自分が原因だと言われるのは納得がいかないのだ。まぁ、普段のやらかし案件は圧倒的に悠利が多いのだけれど。その辺の自覚はあまりない。

 アロールの状況を把握したカミールの一言に、悠利は心配そうに問いかける。カミールには周囲をからかう癖みたいなところがある。勿論、本当に相手が嫌がることはしないと悠利も解っているのだけれど。それでも思わず確認したのは、アロールをからかう頻度が多いからだ。なお、次点はウルグスである。


「やらない、やらない。事情も知らないのにちょっかいかけたら、ナージャに噛みつかれる」

「あはははは」

「笑いごとじゃねーぞー」


 大真面目に答えたカミールに、悠利は思わず笑った。悠利にとっては恰好良くて優しい存在なナージャであるが、彼女は愛し子であるアロール至上主義である。アロールに危害を加える相手は、全て滅殺ぐらいの勢いだ。小さな白蛇の姿をしているだけで本性は巨大蛇だと解っているので、カミールも迂闊なことはしないのだ。

 ただし、コミュニケーションレベルでのからかいは許されている。それは、人付き合いが少し苦手なアロールにとっての勉強だとでも思っているのだろう。そして、カミールはその辺の見極めがちゃんと出来ているのであった。空気が読めるのは良いことです。


「ところで、昼のメニュー何にするんだ?」

「うん、食欲ない人が多そうだから、さっぱりと蒸し肉のサラダにしようかなって」

「へー、美味そう」

「カミール、割と野菜料理好きだよね」

「おう」


 にかっと笑うカミールに、悠利もにこにこと笑った。育ち盛りの少年の割に、肉だけに傾倒しないカミールはちょっと珍しかったりする。他の見習い組は、何だかんだでお肉大好きなのだ。特にウルグスは大きな身体を維持するためにも物凄く良く食べる。


「他は?」

「パンとスープでどうかな。あと、デザートに果物」

「まぁ、メンバー考えたらそういう奴の方が良さそうだよな」

「分量はお代わりで調整してもらう感じで」

「おー」


 メニューが決まれば、彼らがすることはただ一つである。人数分のご飯を作れば良いだけだ。実に簡単な話だった。

 パンは毎朝パン屋のおじさんが届けてくれるので、今日もたくさんある。メインは食パンだが、他のパンもあるのでそこは各自で選んでもらうことにした。デザートの果物は、丁度完熟のブドウがあったので、それを小鉢に盛り付ければオッケーだ。黒々とした巨峰で種もなく皮ごと食べられるという、大変便利なブドウさんである。

 なので、悠利とカミールがこれから作るのは、スープと蒸し肉のサラダの二品だけだ。暑さで彼らの体力も減っているので、無理せず作れる料理にするのも大事なことである。


「それじゃ、スープ任せて良い?僕はサラダの準備するから」

「任せろー。タマネギとキノコで良いか?」

「彩りに人参追加でー」

「了解ー」


 悠利が来た頃は手付きの怪しかった見習い組も、今では立派に料理当番を務めている。段取りや連携もきっちり出来るようになっているので、今ではこうやってお互いに分担をしてしまえば作業効率が大幅にアップする。特にカミールは見習い組の中でも目端が利くので、一緒に料理をするときもスムーズにことが運ぶのである。

 カミールにスープを任せた悠利は、冷蔵庫からバイパーの肉を取り出す。最初にするのは蒸し肉を作ることだ。サラダは野菜を切って混ぜれば出来上がるので、むしろメインは蒸し肉を作る作業になるだろう。

 今日は蒸し上がってから割いてしまおうと思っているので、バイパーの肉は塊のまま使う。とはいえ、大きすぎても火がなかなか通らないので、掌サイズより少し大きいぐらいに切り分ける。イメージとしては、スーパーで売っている一枚肉を半分にしたぐらいの大きさだ。

 切り分けたバイパーの肉に、塩を振って揉み込む。揉み込みが完了したら、深めのフライパンに肉を並べ、そこにどぱーっと料理酒をかける。酒蒸しにするので、肉の半分以下ぐらいになるように酒を注ぐ。フライパンに蓋を被せて、火にかければ準備は完了だ。


「ユーリ、思いっきり酒入れてたけど、大丈夫なのか?」

「酒蒸しだからね。それに、火を入れたら大丈夫だと思うよ」

「そういうもんか」

「お酒に物凄く弱い人とかなら、水多めで隠し味程度にお酒とかでも良いかもねー」

「なるほど」


 大真面目な顔で頷いたカミールの脳裏に浮かんだ人物と、にこにこ笑っている悠利の脳裏に浮かんだ人物は同じだった。《真紅の山猫スカーレット・リンクス》唯一の下戸、リヒトお兄さんである。大柄な体躯の前衛職ながら、アルコールが大の苦手な下戸なのである。彼がいたら、水を足したバージョンで作っていただろう。

 とはいえ、今日はリヒトは出かけていていないので、何の問題もない。酒蒸しは美味しいので。

 フライパンでバイパーの肉を酒蒸しにしている間に、悠利はテキパキとサラダの準備を始める。今日使うのは、大根と水菜とレタスだ。彩りにトマトも添える予定である。のほほんとした表情で、凄まじい早さで大根の千切りを仕上げていく悠利を横目に、カミールはため息をついた。悠利の料理技能スキルは今日も絶好調だった。

 大根は千切りにし、水菜は食べやすい大きさに切る。レタスも食べやすい大きさに、こちらは手で千切る。レタスは鋼を嫌うので、包丁を入れるとその部分から変色してしまうのだ。なので、手で千切ってしまうのが一番なのである。


「あ、カミール、お肉ひっくり返してもらって良いかな?」

「任せろー」


 スープを作っているカミールに肉を任せる悠利。半分しか浸かっていない状態で火を入れていたので、ひっくり返して反対側にも味を付けるのだ。後は、酒がなくなるまで火にかければ良い。蒸し焼きなのでふっくら仕上がるはずである。

 その間に、悠利は冷蔵庫から取り出した梅干しをまな板の上に並べていた。包丁の腹で梅干しを潰して種を取り除いていく。種は小皿に残しておく。これは夕飯のときにでもお茶漬けにすれば良いのだ。種の周りにも果肉が付いているが、その全てを剥がすのは大変なので。

 種を取り除いた梅干しは、もれなく包丁で叩く。柔らかい果肉をみじん切りにするかのごとく叩き続ける悠利の姿に、カミールは首を傾げた。何故、今梅干しが出てきたのかがさっぱり解らなかったからだ。


「ユーリ、何やってんだ?」

「んー?ドレッシング作ってるー」

「梅干しの?」

「さっぱり梅味のドレッシングで食べたいなーって思って」


 へろんと笑う悠利に、カミールはがっくりと肩を落とした。悠利の料理は基本的にこんな感じだ。食べたかったからと笑顔で告げる悠利に、まぁそうだよなと呟くカミールだった。細かいことを気にしたら負けである。

 カミールの脱力など気にした風もなく、悠利はテキパキと梅ドレッシングを作り続けている。なお、使うのは叩いた梅干しと、ポン酢とごま油のみだ。ボウルに叩いた梅を放り込み、ポン酢を入れて混ぜ合わせる。味見をして分量を確かめたら、風味付けにごま油を混ぜて出来上がりだ。

 梅干しもポン酢もさっぱりしているので、こういった暑い日に食べたくなる悠利なのである。ごま油の風味も食欲をそそるので、これで美味しくサラダを食べようと考えたのだ。勿論、他の味のドレッシングもあるので、各自が好きなものを使えば良い。

 そうこうしている間にバイパーの酒蒸しが出来上がったので、火から下ろして冷ます。冷ましている間に、人数分の器にサラダを盛りつける。


「ユーリ、スープ出来たー」

「ありがとー」

「そっち何か手伝うことあるか?」

「……お肉割くの手伝ってくれると嬉しいかも」

「……それ、熱いやつでは」

「……熱いやつです」


 静かにカミールに問われて、悠利はそっと目を逸らした。そう、いくら冷ましているとはいっても、先程までフライパンでぐつぐつ酒蒸しされていたバイパーの肉は、熱い。どう考えても熱いのである。

 とはいえ、作業をしなければ昼食が準備出来ないので、頑張るしかない。悠利とカミールはそれぞれバイパーの肉に手を伸ばし、未だ残る熱さを感じながらそっと割いていく。

 食べやすい大きさに割いたバイパーの肉は、サラダの上にぽいぽいと載せていく。じっくり酒蒸しをしたバイパーの肉は、しっとりとしていて美味しそうだ。二人で黙々と作業を進めれば、人数分の蒸し肉のサラダの完成である。


「それじゃ、テーブルの準備しようか」

「だな」


 サラダの盛り付けが終わった二人は、皆がやってくる前にと食堂のテーブルセッティングに取りかかるのだった。




 そして、昼食の時間である。

 呼ばれずとも時間通りに食堂にやってきた仲間達は、皆どこか少し疲れた感じだった。暑さに敗北していたのだろう。軽めのメニューにしておいて良かったと思う悠利だ。


「今日のお昼は軽めにしてあるんで、お代わりで調整してください。サラダの上に載ってるのはバイパーの酒蒸しなのでさっぱりしてます」

「ユーリー、この器のなぁにー?」

「あ、それは僕が作った梅ドレッシング。梅干しとポン酢とごま油で作ったの。さっぱりするかなーと思って」

「そうなんだ。他のドレッシングもあるのよね?」

「あるよー。好きなので食べてねー」


 ヘルミーネの質問に、悠利はのほほんと答えた。興味深そうに梅ドレッシングを眺めていたヘルミーネだが、とりあえずは見知った味の方が良いのか他のドレッシングに手を伸ばす。他の面々も、それぞれ自分の好みのドレッシングに手を伸ばすのだった。

 いつものように、いただきますと全員で唱和して、のどかな昼食タイムの始まりである。

 悠利は勿論、作ったばかりの梅ドレッシングだ。くるりと酒蒸し肉の上からサラダの器にかけて、ちょっと混ぜる。何となく、サラダを食べるときはドレッシングを満遍なく混ぜてから食べたくなる悠利なのだった。その方が味が染みこむ気がして。

 肉と野菜を一緒に口の中へと放り込む。しっとりとした肉の食感と、シャキシャキとした野菜の食感が良いバランスだ。酒蒸しにした肉には塩と酒の風味があってそれだけでもあっさりと美味しいが、梅ドレッシングの酸味が良い感じに旨味を引き立てている。

 それに、さっぱりとした味わいなので、食欲が少ない状態の悠利でも美味しく食べられる。梅干し偉大だなーと考えながら食べる悠利だった。

 それに何より、ふわりと香るごま油が良い仕事をしている。香ばしいその香りが、さっぱりとした味わいのサラダに彩りを加えているのだ。


「ユーリー、このお肉美味しいわね!」

「酒蒸しにしたんだよー。味付けは塩とお酒ー」

「さっぱりしてるから食べやすいわ」

「喜んでもらえたら良かったー」


 顔をキラキラと輝かせて美味しそうに食べているヘルミーネ。彼女は小食に分類されるものの、比較的元気そうだった。なので、悠利は視線をイレイシアとジェイクに向ける。ちゃんとご飯が食べられるか心配なのは、この二人である。

 イレイシアは人魚という種族なので、夏の暑さには物凄く弱い。水辺ならまだしも、陸上で生活しているのだから余計にだろう。最近は悠利が備蓄している経口補水液を持ち歩くことで、以前よりも体調を崩すことは減っている。

 ジェイクはといえば、体力がなけなしな上に、暑さに弱い。ついでに寒さにも弱いらしい。どうやら、一般的に快適と判断される以外の気温の場合は、暑さ寒さに関係なく敗北するらしい。どう考えてもトレジャーハンターではないのだが、そもそもが元々が研究所所属の学者先生なので仕方ない。

 そんな二人がちゃんと食べているかが心配になっている悠利だが、どうやら杞憂に終わったらしい。アロールと談笑しながら食事をしているイレイシアは、ゆっくりではあるもののバイパーの酒蒸しもサラダも食べている。スープは既に平らげたらしい。パンは半分ほど残っているが、許容範囲である。

 悠利の視線に気づいたらしいアロールが、小さく頷いた。イレイシアより先に彼女が気付いたのは、やはり冒険者としての能力の差だろう。声に出さずに大丈夫だと伝えてくれるアロールに感謝の意味を込めて会釈をした。気遣われていると知ったら、イレイシアは恐縮するだろうから、言葉にせずに伝えてくれるアロールの心配りはありがたい。

 そして、ジェイクはと言えば――。


「……ジェイクさん、今日はいっぱい食べてますね?」

「これ美味しいですね、ユーリくん」

「梅ドレッシングがお口に合って何よりです」


 悠利お手製の梅ドレッシングがお気に召したのか、もりもりと蒸し肉の載ったサラダを食べていた。気付いたらお代わりをしていたので、ジェイク先生にすればかなり食欲旺盛だ。少なくとも、周囲が暑さでへばっている日にこんなに食べるのは珍しい。

 珍しいのだが、だからこそちょっと心配になる悠利だった。ちゃんと食べてくれるのは嬉しいが、ジェイク先生には困った点が一つある。


「ジェイクさん」

「何かな、ユーリくん?」

「食べ過ぎないでくださいね?」

「やだなぁ、サラダでお腹壊したりしませんよー」

「ジェイクさんの場合、前科があるので……」

「前科っていう言い方しないでほしいですね……」


 悠利の心配を笑い飛ばしたジェイクであるが、前にやらかしたことがあるので悠利は容赦しなかった。美味しい美味しいと言いながら調子に乗って食べ過ぎて、お腹が痛いと唸った前例があるのだ。悠利が釘を刺すのも無理はなかった。


「僕だって、毎回毎回そんな風にはなりませんよ」

「…………何でだろう。ジェイクさんの口から出る言葉だと思うと信じ切れない」

「「解る」」

「何で皆便乗するんですか!?」


 悠利のぼそりとした呟きに、イレイシア以外の全員が同意した。ジェイクは衝撃を受けているが、全員それで普通だと言いたげな顔をしている。なお、イレイシアは口に出さなかっただけで、皆と同じタイミングで深く深く頷いていたので、彼女も同じ意見である。誰一人味方はいなかった。

 そんな風に賑やかな主人達の食事風景を眺めながら、離れた場所で食事をしていたナージャとルークスが、呆れたように顔を見合わせて小さく鳴くのだった。従魔達の方がよほど静かにご飯を食べていました。




 なお、悠利お手製の梅ドレッシングは地味に好評で、梅干しの消費に一役買うのでありました。




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