消臭系香水はあると便利です。


「そう言えば、レオーネさんの香水って匂いを被せるものばかりですよね」

「はい?ユーリちゃん、それってどういう意味かしらぁ?」


 悠利ゆうりの言葉に、レオポルドは不思議そうな顔をしている。美貌のオネェはそんな表情をしていても麗しい。不意を突かれた場合でも印象を裏切るような表情をしないのは流石と言える。オネェは生粋の女優であった。……性別は男ですが。

 なお、本日はレオポルドの方が《真紅の山猫スカーレット・リンクス》のアジトにやって来ているのだった。悠利が店に遊びに行くこともあるが、こうやってレオポルドの方がアジトに顔を出すこともある。

 単純に話をしに、つまりは遊びに来るだけのこともあるが、今日は一応仕事でやって来ている。女性陣から注文を受けたハンドクリームを届けに来てくれたのだ。それと、悠利が頼んでおいた匂い袋の材料に使う香料も届けてくれた。そのついでに、こうやって雑談に興じているのだ。

 雑談というか、ティータイムと言うべきだろうか。レオポルドがやってくると言うことで、お茶とお茶菓子をちゃんと用意している悠利である。お茶は花の香りのする紅茶。お菓子はヘルミーネと二人で選んだルシアのケーキだ。凄腕パティシエのルシアさんのケーキはレオポルドもファンなので、お茶菓子として最高だった。

 そんな風にティータイムを楽しんでいる最中の悠利の発言である。思いも寄らなかったことを言われたレオポルドは、不思議そうに悠利を見ている。そんな彼に、悠利はいつもの口調で続きを口にした。


「いえ、消臭系は無いんだなぁと思っただけです」

「消臭……?香水とは無縁のような気がするのだけれど」

「えーっと、匂いって、重ねるとぶつかって気持ち悪くなることもあるじゃないですか?嫌な匂いを隠すのに良い匂いを被せるのだと失敗することもあるので、そういう場合に対応して、匂いを消す方向の商品とか無いのかなーと」

「なかなか面白い発想ねぇ」


 ぽつりぽつりと口にされた悠利の考えに、レオポルドは面白そうに笑った。何とも言えず楽しそうな笑顔である。

 普段のノリと、オネェというインパクトのある属性のおかげでうっかり忘れられがちなのだが、レオポルドは調香師である。香水屋を営むオネェさんというよりも、自らこだわり抜いた素材で良質な香水を生み出す調香師として顔の方が彼の本質に相応しい。……早い話が、割と根っからの職人なのである。

 なので、悠利の口にした意見は、彼の職人魂を刺激した。より良い商品を生み出すことに情熱を傾けるタイプである。自分が使って心地好いものというのもあるが、何よりお客様に自信を持って勧められる商品を作ることは彼の最重要課題でもあった。


「嫌な匂いを吸収するというか、消してしまうような感じの香水とか消臭スプレーとかあったら、便利だろうなーと思ったんですよね」

「それはどういう場所に使うのかしら?」

「お家の気になる場所とか、あとは自分に?」

「自分に?」


 悠利の言葉に、レオポルドは不思議そうに首を傾げた。香りを付けるならばともかく、消す場合にも自分に使うというのが想像出来なかったらしい。そんなレオポルドに、悠利は記憶をたどりながら説明する。


「体臭を消すっていう感じですね。特に汗の匂いを他の匂いで中和するという感じのものがありました」

「なるほど。汗の匂いが気になる人は多いでしょうし、確かに需要がありそうだわぁ」

「汗を掻いてるときに強い香りを付けると、混ざって変な匂いになるって聞いたことがあるんですよねー」

「そうねぇ。そもそも香水って、個人の体臭に合わせて香りが変わっちゃうものだから、汗と相性が悪い香りもあるでしょうねぇ」

「奥深いですよねー」

「奥深いわねぇ」


 二人揃ってしみじみと呟く姿は、妙にのほほんとしていた。紅茶とケーキでティータイムをしながら、話題は香水や匂いについてという、女子会のような状況である。しかし、悠利とレオポルドの二人にしてみればいつものこと。周囲に誰かがいたとしても「あの二人だしなぁ」で終わるだろう。乙男オトメンとオネェのタッグは色んな意味で強かった。

 とりあえず、悠利とレオポルドは二人で色々とアイデアを出し合った。正確には、悠利は記憶と発想頼りで色々と雑談を繰り返し、レオポルドがその中から使えそうなアイデアを拾い上げるという感じだ。他人の視点を入れると新しい発想が出てくるので、これはこれで有意義な時間らしい。

 消臭効果を持った香水が出来上がれば、便利だろうなと二人揃って思う。世の中には、良い香りを纏いたいと思う人だけでなく、自分の匂いを消したいと思う人もいるはずだ。その層に向けた商品が作れれば、より一層繁盛するに違いない。オネェはロマンだけでは動かない。職人でありながら商売人でもあるので、ただ良さそうと言うだけでは動かないのである。


「汗の匂いを消すとなると、汗そのものをどうにかしないと駄目かしらねぇ?」

「その辺は僕も詳しくないのでー」

「まぁ、普通あんまり詳しくないわよねぇ」

「消臭剤みたいなのを香水に応用出来たら、嫌な匂いを吸収したり出来ないですかねー?」

「面白そうだけれど、何が利用できるかしら」


 額を付き合わせて相談をしている悠利とレオポルドの表情は楽しそうだ。そう、どちらかというとこれは雑談の域を出ていない。工房に戻れば真剣に材料を物色して考えるだろうが、悠利の前ではそんなそぶりは見せないレオポルドだった。今は悠利とお茶を楽しむ方が大事だと思っているのかもしれない。

 そこへ、不意に声が割り込んだ。


「汗の匂いを抑えることの出来る香水があれば、とても便利ですね」

「あぁ。体臭を消せれば、魔物に気づかれにくくなるだろう。襲撃がしやすい」

「どうして貴方はすぐにそっちにばかり話を持って行こうとするんですか、フラウ」

「何か間違ったことでも言ったか、ティファーナ?弓使いにとっては、気づかれないというのはとても重要なんだが」

「それはそうかもしれませんけど……」


 現れたのはティファーナとフラウのお姉様二人組だった。にこにこ笑顔で発言したティファーナであるが、傍らのフラウの発言に困ったように笑う。しかし、フラウは大真面目だった。姐さんは今日も凜々しい。

 そんな二人の登場に驚いていた悠利とレオポルドであるが、すぐに気を取り直して笑顔で二人を歓迎した。


「ティファーナさん、フラウさん、お帰りなさい。お仕事お疲れ様です」

「ありがとう、ユーリ。レオーネが来ているとは思いませんでした」

「邪魔ではないか?」

「あらあら、邪魔扱いするわけないでしょう?ちょうど良かったわ。ご注文のハンドクリームを届けに来たの。確認してちょうだい」

「あら、それはわざわざありがとうございます」

「ありがたい」


 くすくすと楽しげに笑うレオポルドに示されて、テーブルの上に並ぶハンドクリームに手を伸ばすティファーナとフラウ。それぞれ、自分が頼んだ香りのものを確認して満足そうである。手荒れは女性の天敵なので、彼女達もレオポルドのハンドクリームの愛用者なのだ。


「それで、汗の匂いを抑える香水を作るんですか?」

「作れたら楽しいわねっていう話よぉ。まだ何も材料が考えついていないわ」

「香水を匂い消しに使うと凄いことになりそうなので、消臭できる何かがあれば便利ですよねーっていうお話です」

「それが実現したら、とても助かるんですけどねぇ」

「まったくだ」


 空いている席に腰掛けて話をする態勢を作ったティファーナとフラウに、悠利とレオポルドは今までの会話内容をざっくりと説明する。お茶の用意をしようと立ち上がるのを制止されてしまったので、ちょっと手持ち無沙汰になっている悠利だった。自分達だけお茶があるのがちょっと気が引けているのだが、まぁ、必要になったら自分で用意するのだろうと思うことで折り合いをつけた。別にここは喫茶店ではないので。

 やはり女性としては汗の匂いが気になるのか、ティファーナは随分と興味を示していた。フラウも興味はあるようだが、どうにもその方向性がちょっと違う。お洒落や身だしなみの方向で気にしているティファーナと、魔物退治に活用できそうという理由で気にしているフラウである。性格が物凄く出ていた。


「香水そのものに消臭効果をつけるのは難しそうなのよねぇ」

「そうですか……」

「でも、アイデアは悪くないと思うのよ。香水をお洒落として使うのは難しいかもしれないけれど、消臭効果があるとなれば、もっと手軽に楽しんでもらえるかもしれないもの」

「レオーネはいつも熱心ですね」

「あたくし、これが楽しくて調香師をやっているようなものだもの。他にはない、あたくしだけの香りを作り出すのはとても楽しいのよ」


 うふふと楽しそうに笑うレオポルド。その笑みはいつものように麗しいが、ただそれだけではない自信に裏付けされた強さがあった。調香師として香水を作り、自ら店主を務め、貴族相手にも臆せず売り込むしたたかさを持った彼の、自信と誇りがそこにあった。

 消臭香水があれば便利という話題で盛り上がる四人。皆と話をしながら、悠利はぼんやりと記憶にある知識を思い出す。


「僕が知っているのは、汗が匂うのは、嫌な匂いの元になるものを呼び寄せる成分が出てるから、その成分を抑えることで汗を掻いても匂いがしないって感じのだったんですよねー」

「それはつまり、汗を掻く前に使わないとダメってことかしら?」

「汗を掻く前に予防として使うものと、汗を掻いてから使うものとあったんですよね。あと、汗の匂いが染みついた衣服を消臭するものとか」

「ユーリちゃんの故郷って、本当に何でもありね……?」

「まぁ、より良く便利にというのを合い言葉に、あっちこっちで色々と研究をしているような国だったので……」


 呆れたようなレオポルドの言葉に、悠利はそっと目を逸らして呟いた。魔改造民族日本人は、新しいモノを考えることもあるが、今あるものを改良してより良いものを作り出すことに変な心血を注いでいる部分がある。勿論、悠利もその恩恵に与っていたので企業努力その他を悪いとは思っていない。ただ、その情熱、凄いなぁと思うだけである。

 なお、悠利が話題に挙げたのは制汗スプレーや消臭スプレーだ。いずれも、汗を分泌するときに出た成分に菌が繁殖して匂いの元になっているので、その菌を除菌することで匂いの元を絶つという感じだ。勿論個人差はあるし、必ず汗の匂いが消えるというわけではない。ただ、テレビでそういう理屈で作られていると知っただけである。

 極論、汗の匂いをどうにかするなら、重要なのは除菌。香りを重ねることではない。また、嫌な匂いを抑えるためにも、重ねるよりは匂いの元を吸収や分解など出来るならば、そちらの方が効率が良いはずだ。重ねて消そうとするには、かなりの量の匂いが必要になるので。


「難しそうですけれど、もし本当にそんな香水が出来たら皆が買い求めると思いますよ。香水に縁が無かった人達も、興味を持つかも知れませんね」

「そうねぇ。そうなってくれると、あたくしも嬉しいわ」


 ティファーナの言葉に、レオポルドは笑みを浮かべる。完成させるのはとても難しいかもしれない。けれど、確実に喜んでくれるお客様がいるだろうことが解っているので、オネェのやる気はきっちりあった。前向きである。

 そんなレオポルドを見て、フラウが力強く頷きながら口を開いた。彼女なりの理由で。


「あぁ。魔物除けの香水と同じく、冒険者も愛用するだろう」

「……フラウ、ですからどうして、貴方はすぐにそちらへ話を持っていくんですか」

「そう言われても、こればかりは性分だからな」

「仕事じゃないときぐらい、そちらから意識を切り離しても良いと思いますけど」

「そこまで器用じゃないんだ。諦めてくれ」

「まったくもう……」


 フラウの言い分は間違ってはいないのだが、妙齢の女性としてそれはどうなんだろうと言いたげなティファーナである。別段、フラウがお洒落その他に興味がないわけではない。普段はパンツスタイルだが、休日にはスカートを穿くこともある。化粧もすれし、アクセサリーを身につけたりもする。そういう普通の女性らしい部分もちゃんとあるのだ。

 ……ただ、今は冒険者、弓使い、としての思考回路の方に全部が向いているだけで。なかなか切り替えは出来ないらしい。

 困ったような顔をするティファーナと、いつも通りのフラウ。お姉様二人のじゃれ合いのような会話を聞きながら、悠利はレオポルドに視線を向ける。


「香水にするのが難しかったら、とりあえず固形物からスタートでどうでしょうか?」

「つまり、匂いを吸収する何かを作るところから、かしら?」

「というか、そういうの合ったら助かるなーと思っただけです」

「ユーリちゃん、割と自分本位よね?」

「え?僕、結構ワガママですよ?」


 レオポルドの発言に、悠利はきょとんとした。基本的に誰かのために何かをしているほわほわだが、割と自分本位というか、自分の欲求に忠実なところのある悠利である。単純に、自分の欲求に従ったら誰かのためになっている、というのが現実なだけで。

 なのでそれを伝える悠利に、レオポルドは困ったように笑いながら「知ってるわよぉ」と微笑んだ。それぐらい、ちゃんと知っている。それほど長くは無い付き合いだが、濃いお付き合いはしているのだ。思い込んだら一直線で好きなことのために突っ走る悠利を、彼らはちゃんと知っている。


「ちなみに、ユーリは消臭用品があれば何に使おうと思っているんですか?」

「靴箱と、トイレとかの水回りに置こうかな、と」

「「…………」」

「ルーちゃんが掃除してくれてますけど、水回りはやっぱり匂いがちょっと気になるときありますし、靴箱は人数が多いのでサシェじゃ追いつかなくて……」


 もうちょっとどうにかしたいんですけどねー、と困ったように眉を下げて笑う悠利。そんな彼の発言に、三人は脱力した。そこに行き着くのかと言いたかったに違いない。どこまでも思考回路が主夫モードな悠利だった。


「解ったわ。とりあえず、消臭関連で何か出来ないか、少しずつ考えてみるわよぉ」

「わーい、レオーネさんありがとうございますー」

「レオーネもユーリに甘いですよね」

「あら、何を言っているの、ティファーナ。ユーリちゃんに甘くない人なんて、この子の周りにはいないでしょう?」

「……それも、そうですね」

「確かにそうだな」

「はい?」


 ひらひらと手を振って告げられた言葉に、ティファーナとフラウはしみじみと頷いた。当人だけがよく解っていないが、悠利の周囲は彼に甘い人ばかりだ。運∞が仕事をしているのか、知り合う人は皆、悠利に優しいのである。

 外部の人間であるレオポルドにしても、悠利に甘い。自分のテンションに巻き込んでいるように見えて、悠利には甘いオネェさんである。だがしかし、外野の彼よりも、身内である《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の面々の方が悠利に甘いのは当然と言えた


「何というか、小動物みたいなところがあるからだろうな」

「小動物」

「言い得て妙ですね。流石です、フラウ」

「確かに、ユーリちゃんって小動物っぽいわぁ」

「えー……?」


 そこは人間にしておいてくれないかな、と思う悠利だった。だがしかし、三人は何一つ譲ってくれなかった。悠利が小動物っぽいのは皆の共通認識らしい。皆に愛されている悠利です。




 その後、試行錯誤を続けるレオポルドが、煮詰まる度に《真紅の山猫スカーレット・リンクス》のアジトを訪れて悠利や女性陣と相談を繰り返すのでした。消臭系香水が完成するのはまだまだ先になりそうです。




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