食い道楽さんを食品サンプル職人に。


「ブライトさんのアクセサリーは相変わらず素敵ですよねー」

「そう言ってもらえると嬉しいな。しかし、俺の作業なんて見てて楽しいか?」

「楽しいですよ」

「そうか。それなら良いんだが」


 にこにこ笑顔の悠利ゆうりを前にして、ブライトはちょっと照れたように笑った。アクセサリー職人のブライトの工房に、悠利はよく顔を出す。ただ見学に来るだけのときもあるし、レオポルドに頼まれて連絡係をやるときもある。また、悠利の可愛い従魔であるルークスが身につけている、王冠型のタグホルダーの修理に訪れることもある。

 まぁつまり、悠利にとってブライトの工房というのは、よく遊びに行く友人の家みたいなものだった。なので、人様の作業場ではあるものの、比較的くつろいで過ごしている。

 ちなみにルークスは、ここに来たときのお約束として掃除に勤しんでいた。勿論、仕事に使う道具や材料などの触ってはいけないスペースには近寄らない。その代わり、自分が移動してもかまわない範囲は念入りに掃除をするのだ。多分、素敵な王冠を作ってくれて、修理も嫌がらずに引き受けてくれるブライトへの恩返しみたいなものなのだろう。


「今日は何を作ってるんですか?」

「今作ってるのは、レオーネに頼まれた試作品」

「レオーネさんに?また何かするんですか?」

「いや、何か常連さんにお返しとしてブローチを送りたいとか言われてな」

「ブローチ」

「そんな大きくなくて、男女どっちでも使えるようなブローチとか、あいつ無理難題ふっかけすぎだと思わないか?」


 やれやれと肩をすくめるブライト。けれど、口ほどに彼が嫌がっているようには見えなかった。むしろ、やる気に満ちている。

 そんなブライトに、悠利は素直に思ったことを伝えた。それが正しいかどうかは解らないが、彼の感想はそうだったので。


「ブライトさんなら何とかしてくれると思っての依頼じゃないですか?」

「……何であいつと同じこと言うかな?」

「そう言われたんですか?」

「言われたなぁ。『あら、貴方ならあたくしの注文に完璧に応えてくれるでしょう?信頼しているわよ』だと。職人にそれを言ったらどうなるかを、あいつは本当によく解ってるよ……」

「レオーネさんも職人さんですからねー」


 ツボは心得ているということなのだろう。まんまとのせられた形になっているブライトだが、それでも頼られるのは悪くないらしく、仕事をする表情は晴れやかだ。お互いの信頼関係の成せる業だろう。

 何だかんだでブライトとレオポルドは職人仲間として友好的な関係を築いている。お互い仕事が大好きなので、良い感じに刺激し合っているのだろう。ついでに、ファッションリーダーなオネェさんがブライトのアクセサリーを身につけて宣伝してくれたりするので、お互いに良い効果が出ている。

 そんな風にのんびりと過ごしていると、突然工房の扉が開いた。バーンという感じに乱暴に開かれた扉の向こうに、ぼさぼさの髪をした中肉中背の青年が立っていた。服装こそこざっぱりとしているが、寝癖なのか跳ね放題の髪をした変なお兄さんである。

 誰アレ?と悠利がきょとんとしていると、ブライトが溜息をついた。ずかずかと我が家のように入ってくる青年は、そんなブライトの前にずいっと抱えていた物体を見せた。


「見てくれブライト!改心の出来映えだぞ!美味そうだ!」

「……サルヴィ、とりあえず扉を閉めてこい」

「うん?」

「話は聞いてやるから、扉を閉めてこい」

「解った」


 青年は、手にしていた物体をブライトの作業机に置くと、そのまま大人しく扉を閉めに行く。サルヴィと呼ばれた青年は、悪い人ではなさそうだがマイペースな人な気がすると思う悠利だった。多分間違っていない。


「ブライトさん、あの方は?」

「俺の幼馴染みだ」

「幼馴染みさんですか……。……そして、これは」

「あいつの道楽だ……」

「はぁ……」


 机の上に置かれたサルヴィの持参品を見て、悠利は目を丸くした。実に精巧に作られている。置物としても一級品かもしれない。少なくとも、これだけの再現率を誇るのは素晴らしいと言えるだろう。

 だがしかし、である。


「見てくれ、ブライト、良い出来だろう?」

「そうだな、まるで本物みたいだ」

「だろう!器の質感にもこだわったんだ。それに、ここ!この黄色と白が混ざるところも苦労したんだぞ!」

「だからってお前、何でいつもこんなもんばっかり作ってんだ……」

「ん?上手に出来てるだろ?」

「出来てるけどな!」


 そうだけどそうじゃない!と叫ぶブライト。きょとんとしているサルヴィ。幼馴染みとして色々言いたいことがあるらしく、ブライトはサルヴィ相手に小言を口にしている。ただし、当のサルヴィは馬耳東風。何を怒っているんだと言いたげな態度だった。全然通じていない。

 そんな二人を尻目に、悠利は目の前の物体をちょんちょんと突っついてみた。軽い質感だった。また、サルヴィが力説するだけあって実に見事な仕上がりだ。実物を見たことがある悠利でも騙されそうになるほど、本物みたいだ。

 そう、それは――。


「これ、《木漏れ日亭》の親子丼ですよね?」

「おっ、解るか?そうなんだ。この間食べたんだけど、とても美味くてな!色も綺麗だったし、こうやって作ってみたんだ!」

「まるで本物みたいですね」

「だろう!再現するのは得意なんだ!」


 えっへんと胸を張る青年に、悠利はそうですかと返事をした。

 サルヴィが持ってきたのは、《木漏れ日亭》の親子丼を再現した物体だった。器からスプーンまで完全に再現されている。何で作ったのかは知らないが、美味しそうに艶やかな玉子と肉、白米がそこにある。遠目から見たら本物と間違えそうなぐらいの完璧さだ。

 どう見てもそれは食品サンプルだった。この世界にも食品サンプルあったのかなと思った悠利だが、ブライトの反応から違うような気がした。どうやらこれは、サルヴィの道楽らしい。道楽でここまで情熱を注ぎ込めるのが凄いと言うべきか、道楽だから情熱で突っ走っているのかどちらだろうか。両方かもしれない。


「だからお前は、仕事もせずにそんなもんばっかり作って……」

「……仕事してないんですか?」

「一応仕事のものも作ってるぞ。一応」

「本当に一応だろうが!食い物の模型ばっかりしこたま作りやがって!」

「美味かった料理を残しておきたくなるんだから仕方ないだろ!」


 あ、この人芸術家タイプの何かだ、と思う悠利だった。情熱がほとばしると突っ走っちゃうタイプの人なのだろう。悪気はないかもしれないが、色々とアレなのかもしれない。それと幼馴染みをやっているブライトの苦労がちょっと垣間見えた。

 口喧嘩をする二人を宥めて関係やらサルヴィの正体やらを聞いたところ、二人は家ぐるみで付き合いのある職人の子供として幼少時から一緒に育った幼馴染みだった。サルヴィの家は、彼が親子丼を作るのに使った合成樹脂のような軽くて丈夫な樹脂を使って食器などの小物を作っている工房だった。

 ちなみに材料の樹脂は、合成樹脂のような不思議な素材だが、樹型の魔物から取れる特殊な樹脂らしい。色付けも簡単にできるし、加工も簡単。そのくせ、仕上げの処置をしっかりしておけば熱にも衝撃にも強く、軽くて便利ということで、子供や旅をする人々に重宝されているのだとか。

 どう考えても扱いがパワーアップしたプラスチックだなと思った悠利だが、黙っておいた。とりあえず、異世界にはそういう便利な素材があるんだなぁと思うに留めている。《真紅の山猫スカーレット・リンクス》のアジトであまり見ないのは、提携している職人工房にそれを扱っている工房が含まれていないかららしい。産地が限られているので、この辺りで取り扱っている工房は少ないのだ。


「ってことは、サルヴィさんは器を作るのが本職なんですよね?」

「そうなるな」

「けどな、こいつは本職ほっぽりだして食い物の模型ばっかり作ってるんだ。しかも、油断したらすぐ外食に出掛ける」

「美味いものを食べたいし、食べたら作りたくなるんだ」

「どういう思考回路してるのか謎だろ?」

「あはははは……」


 幼馴染み故の気安さでヒドいことを言うブライトだった。否定も肯定も出来ないので、曖昧に笑うだけにしておく悠利。返事に困ることを聞かないでほしかった。

 どうやら、ブライトはこの幼馴染みの自由すぎる部分を持て余しているようだった。本人の主張では仕事は一応しているということなのだが、配分が問題なのだろう。好きなことに熱中すると仕事をそっちのけになるタイプなのかもしれない。

 しかし、サルヴィが作り上げた親子丼の模型は実に見事だった。レストランなどでディスプレイされている食品サンプルと遜色が無い仕上がりだ。十分お金を取れる出来映えである。

 そこで、ふと悠利は閃いた。食品サンプルの文化が無いのなら、広めれば良いのではないか、と。少なくとも目の前に、それが作れる人がいる。好みのものしか作らないとか、美味しかったものしか作らないとかが出てきそうだが、とりあえず凄腕の食品サンプル職人予備軍はそこにいるのだ。

 もしもこれがちゃんと仕事になったら、サルヴィの道楽は道楽ではなくなる。ブライトが、仕事をしないと幼馴染みを心配する必要もなくなる。アイデアとしては口にしても良いかなと思った悠利だった。


「あの、サルヴィさん、この食べ物の模型、その料理を作っているお店に買って貰うのってどうでしょうか?」

「ん?別に売り物じゃないぞ?」

「ユーリ、こんな意味不明な置物、いらないだろう?」

「いえ、メニューの代わりとか、お店の宣伝とかに使えるかなと思ったんです」

「「宣伝に?」」


 悠利の提案に、ブライトもサルヴィも首を傾げた。その二人に、悠利は自分の考えを説明する。


「僕の故郷では食品サンプルと呼ばれていたんですが、飲食店にはメニューの見本として作り物の料理が置かれていたんです。ちょうど、サルヴィさんが作ったその親子丼みたいな感じです」

「見本に並べてどうなるって言うんだ?」

「文字だけのメニューではどんな料理か解らなくても、模型が置いてあったらどんなものか想像しやすいと思いませんか?それに、看板が立っているより、実物が並んでいる方が目を引きます。そういう意味で、宣伝です」

「なるほど……」

「これが、売り物になる……?」


 悠利の説明に、ブライトは真面目な顔で頷いた。サルヴィの方は、自分の趣味で作っている物体が商売になるというのが実感が湧かないらしく、ぽかんとしている。そういうところも芸術家タイプなのかもしれない。

 現実を飲み込むのは、ブライトの方が早かった。元々自分で工房を切り盛りしているブライトは商売に敏感だ。自由に生きているサルヴィとは違って。

 なので、ブライトは親子丼の模型を持ったままのサルヴィの腕を右手で掴み、左手で悠利の肩をぽんと叩いた。真顔だった。


「……ブライトさん?」

「ブライト?」

「ユーリ、今すぐ《木漏れ日亭》に行こう。こいつが今まで作った模型は、圧倒的にあの店が多いんだ」

「……あー、お気に入りなんですね、《木漏れ日亭》の料理……」

「あそこの料理はいつでも美味しいんだ。庶民向けで美味い」

「そうですね。大衆食堂ですし」


 のほほんと会話をしている悠利とサルヴィ。ブライトはもう既に出かける気満々だった。善は急げということなのだろう。ちゃちゃっと作業場を片付けると、掃除をしているルークスに外出する旨を伝えている。出来るスライムは、掃除を切り上げて悠利の側にやってきた。主を一人で外出させるつもりなどないルークスである。

 流れで自分も《木漏れ日亭》に行くことになっているのだと解った悠利は、首を傾げた。けれど、ブライトに詳しい説明をしてくれと頼まれて、納得した。それに、《木漏れ日亭》の面々とは悠利の方が親しいので。

 そんなわけで、悠利はブライトとサルヴィと共に《木漏れ日亭》を訪れていた。勿論、ルークスも一緒にだ。ちょうど客足が引いている時間帯だったので、店主のダレイオスも看板ウエイトレスのシーラもすんなりと彼らを出迎えてくれた。

 テーブルを一つ使って向かい合って座る一同。ダレイオスとシーラが並んで座り、その向かいに悠利達だ。なお、何故かセンターは悠利だった。ついでに、話の主導権を握るのも悠利だった。食品サンプルについて知識があるのも、ダレイオスやシーラと親しいのも悠利なので、役割分担としては正しい。

 なお、一番真剣に話を聞かなければいけない筈のサルヴィは、割とのんびりとしていた。その隣のブライトの方がよっぽど真剣だった。脳天気な芸術家タイプと、その隣でアレコレ苦労する常識人みたいな構図である。……多分間違っていない。

 そんなこんなで向かい合った中で、会話の口火を切ったのはダレイオスだった。不思議そうな顔をしながら悠利達に問いかける。


「で、一体何の用事だ?」

「とりあえず、ダレイオスさんとシーラさんにこれを見てもらいたいんです」

「……親子丼、か?」

「うちの器によく似てるわね……?」


 初めて見る物体に、ダレイオスもシーラも目を丸くしている。その二人に、悠利はサルヴィを示しつつ説明した。


「それは、こちらのサルヴィさんが作った模型です。こちらで食べた親子丼が美味しくて、それを残しておきたくて模型を作成したそうです」

「これを貴方が作ったんですか?凄いですね……!」

「遠目から見たら本物にしか見えねぇな」

「ありがとうございます」


 悠利の説明に、シーラもダレイオスも感動していた。実際、サルヴィが作った親子丼は本物と遜色が無い。シーラが言ったように、器も本物に似せてあるのだ。どこからどう見ても《木漏れ日亭》の親子丼なのだ。

 とりあえず、つかみはオッケーだった。サルヴィの技術が確かなので、本物そっくりに作られた模型は二人の興味を引いたようだ。その二人に、悠利は笑顔で提案を口にした。


「もし良かったらこの模型、買い取って使ってもらえませんか?」

「「使う……?」」

「はい。メニューの代わりというか、料理の見本というか、そういう感じで」


 にっこり笑顔の悠利の提案に、ダレイオスとシーラは沈黙した。目の前の模型がよく出来ているのは理解している。しているが、それをどうやって使えば良いんだと思う二人だった。

 ブライトとサルヴィは静かにそんな二人を見守っている。若干ブライトの方が真剣な顔をしているのがミソだった。サルヴィはあんまり気にしていない。とりあえずどうなるんだろうと見守っている感じである。

 しばらく考え込んで、ダレイオスは隣の娘に意見を聞いた。自分だけで判断が出来ないと思ったのだろう。何しろ、やったこともない取り組みなので。


「シーラ、どう思う」

「……そうね。もしかしたら、上手くいくかもしれないわ、お父さん」

「そうなのか?」

「えぇ。だって、この本物そっくりの模型があれば、見知らぬ料理もどんな料理か判断出来るんだもの」

「……なるほど」


 真剣な顔で呟いたシーラに、ダレイオスも納得した。そう、そこが重要だ。初見のお客様に、どんな料理なのか一発で通じるというのはとても強い。

 何故二人がそこに注目したかというと、ここが隣接する宿屋日暮れ亭の食堂も兼ねているからだ。宿に泊まる客達が、こちらで食事を取るのだ。なので、常連客以外の新規の客も定期的に訪れる。それを思えば、どんな料理かすぐに解るというのはとても強かった。


「どうでしょうか?」

「とりあえず、買い取る前に一度試させて貰って良いか?効果があるようなら買い取るし、他の商品も注文したい」

「だ、そうですけど、サルヴィさんどうですか?」

「大丈夫です。あ、それなら、他のも持ってきます」

「「他のも?」」


 え?この人いきなり何を言い出してるんだ、と言いたげなダレイオスとシーラ。サルヴィは善は急げとばかりに立ち上がって、そのまま走り去ってしまった。意味がわかっていない二人に説明をしたのは、ブライトだった。幼馴染みは辛いよ。頑張ってほしい。


「すみません。あいつが言いたかったのは、今までに食べて美味しかった料理で作った模型がまだあるから、それを持ってくると言う意味です」

「他にもあるんですか!?」

「仕事でも何でもないのに作ってたのか……?」

「あいつは、美味いものを食べたらそれを模型にしないと気が済まないという、変な趣味があるんです……」

「「…………」」


 遠い目をして呟かれたブライトの言葉に、ダレイオスとシーラは沈黙した。悠利は乾いた笑いを浮かべるだけだった。やっぱりサルヴィさんって芸術家タイプだなぁと思う悠利だった。

 大急ぎで自宅から戻ってきたサルヴィは、魔法鞄マジックバッグに大量の模型を詰め込んでいた。その数の多さと出来映えの見事さに、一同絶句。それと同時にサルヴィにそこまでさせるダレイオスの料理が凄いんだなと思う皆であった。なお、腕の善し悪しというよりは、味の好みが大きいのかもしれない。料理の好みは個人差が出るので。




 その後、試しに模型を置いてみたら客から好評だったということで、正式にサルヴィと《木漏れ日亭》の間に契約が結ばれた。そして、新しい商品を作るために《木漏れ日亭》に足げく通うサルヴィの姿があるのでした。




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