文殊の知恵で人工魔剣を作れます?
「そう言えば、特殊効果のある武器って鍛冶で作れるの?」
「は?」
「はい?」
ある日の昼下がり。食後のお茶を楽しんでいた
それまでの会話は、二人が普段どんな作業をしているかという感じのものだった。工房での過ごし方や、どんな技術を学んでいるのかという、悠利の知らない世界の話である。
その流れからの、突然の質問に二人が驚いても無理はなかった。
ただし、大変困ったことに、悠利の中では話は繋がっているのだ。二人が色んなものを作っているのを聞く中で、魔道具や
「いわゆる魔剣とか言われる武器って、
「あぁ、そうだよ。錬金釜で作るか、ダンジョンで発見するかって感じで、作り手は限られてるけど」
「
「「……あぁ、なるほど」」
にこにこ笑顔の悠利に、ミルレインとロイリスはやっと話が通じたと言いたげに頷いた。何で悠利の発想がそっちへ飛んだんだろうと思ったが、理由を聞いたら一応ちゃんと理解出来た二人だった。
なお、
対して魔道具は、
そして、悠利認識で
「名のある鍛冶士の方は、魔石を組み込んでそういったものを作れると聞いたことはありますね」
「そうなんだ。そういうのも魔剣とかって呼ぶのかな?」
「いえ。確か、人工魔剣とか呼んでいたと思いますよ。魔道具の延長だと捉える方もいますけど」
「でも、錬金釜で作ってるのだって人が作ってるから人工じゃないの?」
「そうなんですけれどね。効力が違いすぎるので、何か区別をする名称が必要なんだと思います」
「あー……、なるほど」
ロイリスの説明に、悠利は遠い目をして呟いた。その説明は、確かに納得できるものだった。
武器としての、その切れ味や使いやすさという部分ではない。付加価値とされる特殊効果の部分で、どうあがいても越えられないのだ。そこはもう、魔法の名を冠することを許された道具や武器達と、人がそこに届かせようと必死に作り出している魔道具との現実だった。
同じだけの性能を有していないのに、同じ名前を付けるわけにもいかない。だからこそ、鍛冶士達が作り上げる特殊効果のある武器は、人工○○という表現をされるのだ。魔石の属性を反映させる武器達は確かに強いのだが、上には上がいるので仕方ない。
「んー、でも、とりあえず、魔道具みたいに魔石を組み込んだ武器を作れる職人さんはいるんだね」
「いると聞いていますが、一握りだと思いますよ。普通に武器を鍛える知識だけでは実現不可能ですしね」
「あ、そっかー。鍛冶士としての知識と魔道具職人としての知識の二つが必要になるんだもんね。二足のわらじだなぁ」
しみじみと悠利は呟いた。本来ならば系統の違う二つの職業の知識を両立させるというのは、かなり難しそうだった。そこを目指して能力を有している人を尊敬するほどに。
「二足のわらじ?」
そんな悠利の言葉に、ロイリスが反応した。不思議そうな顔をしているロイリスに、悠利は笑って説明を始めた。わらじを見たことがなくて当たり前だと思ったので。
「僕の故郷のたとえの一つだよ。わらじって言うのは履き物のことで、二足のわらじを履くっていう言葉があるんだ」
「それはどういう意味なんですか?」
「一人の人間が二つの履き物を履くのは難しいっていうのになぞらえて、両立させるのが難しい仕事をかけもちすることで、どっちつかずになるみたいな意味かな」
「なるほど。確かに、鍛冶士と魔道具職人の両方を極めようというのはかなり無謀なことですしね。納得です。説明ありがとうございます」
「お粗末様です」
二人揃ってにこにこ笑う悠利とロイリス。局地的にマイナスイオンが大量発生しているような癒やし空間が形成されていた。ほわほわ少年二人だとどうしても和みオーラが勝るのです。
そんな二人の前で、ミルレインは無言だった。机の上に置いた指を組み合わせ、瞼を閉ざしている。沈黙が重くなりそうなほどの真剣なオーラだ。そこだけ温度が違う感じだった。
けれど、別にミルレインは怒っているわけではない。悠利とロイリスののほほんとした会話に何かを感じているわけでもない。彼女はただ、己の内面と戦っているのだ。
「ところで、さっきから無言だけど、ミリー、どうかした?」
「そうですね。貴方が一番口を挟みそうな話題でしたけど」
「…………」
「「ミリー?」」
二人の問いかけにミルレインは沈黙で答えた。何か彼女の機嫌を損ねただろうかと、不安そうになる悠利とロイリス。おずおずと再び彼女の名前を呼んだ彼らは、ゆっくりと瞼を持ち上げたミルレインの燃えさかるような瞳に息を飲んだ。
……何かスイッチが入っている気がした二人だった。
「…………えーっと、ミリーさん?」
「……あのー、どうかなさいましたか?」
「人工魔剣、作りたい……!」
「「……え?」」
怖々ミルレインを呼ぶ悠利に、引きつった笑顔で問いかけるロイリス。なお、両者ともに必要以上に敬語になっているのは、何となくそんな風になってしまう威圧がミルレインから発されているからである。そんな二人の耳に届いたのは、低く落とされた呟きだった。
「アタイだって、人工魔剣とか作ってみたいわぁあああああ!」
「「うわぁ!?」」
ミルレインの突然の絶叫に、悠利もロイリスも驚いた。思わず身体が仰け反る。しかし、ミルレインはそんな二人には気づいていないのか、それまでの無言が嘘のように立て板に水のように喋りだした。
……やっぱり、何かのスイッチが入ったような気がする二人だった。
「何をどうしたら作れるのか全然解らないんだよ!鋼を鍛えるだけじゃ駄目で、かといって魔石の性質を理解するだけでも駄目で……!師匠や父さん達も解らないって言うし……!しかも、『それが出来るのは一握りの天賦の才に恵まれた鍛冶士だけだ』なんて、やる前から出来るわけが無いって決めつけるんだ……!アタイは確かに子供で未熟だけど、だからって、やる前から出来ないって何で言い切るんだよ……!」
「ミリー?ミリー、落ち着いてー?」
「ミリー、ちょっと一度落ち着きませんか?」
「アタイは落ち着いてる!」
「「落ち着いてない、落ち着いてない」」
悠利とロイリスのやんわりとしたツッコミに、ミルレインは噛みつくように叫んだ。全然落ち着いていない。思わず二人でハモってツッコミを入れてしまう悠利とロイリスだった。
二人に諭されたことで自分が冷静さを失っていたことに気づいたのか、ミルレインは大きく息を吐き出した。気分を切り替えようとしているのだろう。何度かそれを繰り返して、やっと彼女はいつも通りの表情に戻った。
「……ごめん。ちょっと取り乱した」
「ううん。僕も考えなしに話題を振ってごめんね」
「ミリーがそこまで考えているとは初耳でしたしね」
「あー、うん……。見習いの分際で大口叩くなって感じになるから、普段は言わない……」
でも、夢なんだ、とミルレインは呟いた。今の自分では到底届かない領域だと解っていても、それでも、憧れるのは決して悪いことではない。悠利もロイリスもそれが解っているので、別段何も言わなかった。むしろ、その遠すぎる目標に向かって必死になる彼女を尊敬するぐらいだ。
「あ、もしかしたら、僕らが力を合わせたら作れるかも」
「「え?」」
「武器の部分をミリーが作って、魔石を埋める持ち手の部分とかをロイリスが細工して、その中に入れる回路みたいな部分は僕がやったら、出来るかも……?」
「ユーリ、魔道具の回路作れるのか!?」
「ユーリくん、そんなこと出来るんですか!?」
「前にジェイクさんに、頑張ったら出来ると思うって言われたんだよねー」
「「凄い……」」
顔を輝かせる二人に、悠利は本当に出来るかはまだ解らないけど、とのんびりと付け加える。なお、最強の鑑定系チート
そして、構造が解ればそれをマネすることで、理解は進むはずだ。ただ、それをちゃんと使えるように作れるかというのはまた別の話だが。
「僕、とりあえず構造は理解出来ると思うから、手先の器用な二人に作って貰うっていうのも手だよね」
「細かい作業はアタイよりロイリスの方が得意だよな?」
「細工や彫金は出来ますが、回路を作れるかどうかは……」
名案と言いたげに悠利が呟くと、ミルレインは視線をロイリスに向けた。武器を作るミルレインよりも、細工物を作るロイリスの方が細かな作業が得意なのは事実だった。それでも、そんな彼にしても、やったことがない作業が出来るかどうかは即答は出来ない。
そんなロイリスに、ミルレインは真顔で口を開いた。
「でも、横に設計図がいるなら出来る可能性は上がるんじゃないか?」
「それは、そうですね」
「……え?僕の扱い設計図なの?」
「構造を理解出来るなら、設計図持ちみたいなもんだろ」
「いや、設計図持ってるっていうのと、設計図扱いはまた違うと思うんだけど……?」
あるぇー?と呟く悠利をそっちのけで、ミルレインとロイリスは二人で盛り上がっていた。人工魔剣が自分達の手で作れるかもしれないというのは、まだ若い彼らにとって魅力的なのかもしれない。遠い夢に手が届きそうな感じで。
それならばどんな感じの特性を備えた武器にしようかと話が弾みそうになったときだった。三人の頭上に、影が差した。
「「……?」」
「……あ」
「随分と楽しそうだな、お前ら」
「「……!」」
不思議そうに顔を上げるミルレインとロイリス。一人、何かを察したように小さく声を出した悠利。彼らの耳に届いたのは、淡々とした低い声だった。見上げた先には、彼らの頼れるリーダー様がいた。
あはははと乾いた笑いを浮かべる悠利。緊張しているミルレインとロイリス。しかし、悠利には解っていた。どう考えてもアリーがツッコミを入れに来たのは自分に対してだと。間違ってない。
「ミルレイン、ロイリス」
「「はい!」」
「お前らが、二人で人工魔剣を作ろうと試作するのは構わん。好きにやれ。うちや工房に迷惑をかけないなら、それもまた修行だ」
「「ありがとうございます!」」
「ただし」
感極まるミルレインと、嬉しそうなロイリス。その二人の感動に水を差すように、アリーはそれまでよりも低く落とした声で口を開いた。
……なお、右手はがっしりと悠利の頭を掴んでいる。まだ力は入れられていないが、逃げるなと言わんばかりに固定されている。悠利の気分は、ドナドナされる子牛だった。
「こいつは巻き込むな」
「「はい?」」
「もう一度言う。お前らのやる人工魔剣の試作に、こいつを絶対に巻き込むな」
「解りました」
「肝に銘じます」
アリーが真剣だというのが解ったミルレインとロイリスは、素直に頷いた。何かやらかしたのか?と言いたげな視線を向けられて、悠利はしょんぼりと肩を落とす。
なお、まだ何もしてない。するかもしれないだけである。
「……アリーさーん」
「お前は黙ってろ」
「…………はい」
頭が痛いわけではないのだけれど圧迫感は感じるし、自分の扱いが色々アレだなぁと思った悠利がアリーを呼ぶが、一刀両断された。真面目モードで言われたので、悠利も大人しく黙るしか出来ない。
そんな悠利を掴んだまま、アリーはミルレインとロイリスに重要事項を伝える。
「良いか?こいつは無自覚に色々とやらかすんだ。ただでさえ、人工魔剣を作れるなんてなったら大きな騒ぎになる。そこに特大の火種を放り込むのがどれほど危険かは解るな?」
「……あー」
「……確かに」
「待って?何で二人とも納得しちゃうの?僕まだ何もしてないのに!」
「しでかしそうだからだよ!」
「うぐぅ……」
異議あり!と言わんばかりに叫んだ悠利だが、アリーの叫びに撃沈した。否定出来なかった。今までが今までなので、何一つ否定出来ない悠利だった。自業自得である。
そのまま、アリーは悠利を椅子から立たせると、引きずって移動する。襟首を引っ掴まれた状態で後ろ向きで引っ張られる悠利の姿を、ミルレインとロイリスは合掌して見送った。お説教が待ってるんだろうなと思う二人だったが、助けようとは思わなかった。助けられる気がしなかったので。
そして、アリーの部屋に連れて行かれた悠利は、目の据わったアリーに正面から見据えられるという大変居心地の悪い思いをしていた。軽い雑談をしていただけなのに、完全にお説教コースだった。どこで間違えたんだろうと思う悠利だ。……多分、最初からです。
「いいか、ユーリ。俺は、お前の好奇心を殺したいわけでも、他の奴らと一緒に何かをするのを根こそぎ邪魔したいわけでもない」
「……知ってます」
「極論、お前がこの話を持ちかけたのが、あの二人じゃなければある程度は黙認した」
「…………え?」
「あいつらはまだ、職人として見習いだ。自分の責任を自分で取るのも難しい部分がある。その二人とお前じゃ、バランスが悪い」
「バランス……」
頭から怒られるのかと思ったら、案外アリーが静かに接してくるのでちょっと拍子抜けした悠利だった。それに、今の話では、悠利が魔道具の回路部分を勉強して作ること自体は悪いと思っていない感じだった。そこから止められるのかと思っていたのだ。
けれど、アリーの話で少しだけ、納得もした。自分達は全員未成年である。ミルレインとロイリスの技術は確かなものだけれど、それでも彼らもまだ、子供だ。保護者の庇護下にある存在が、自分達で責任の取れない大事を行ってはいけないということなのだろう。
「つまり、本職の職人さんと一緒なら、止めなかったってことですか?」
「正確には、俺が信頼出来る職人なら、だ。お前のぶっ飛んだ部分を正確に理解してる職人でないと無理だな」
「ぶっ飛んでる」
何だろうその言い草、と悠利は思った。扱いが色々と雑すぎる。雑というか、ひどいというか。少なくとも、当人は普通の発想のつもりで生きている悠利にしてみれば、心外な発言である。
しかし、アリーは容赦が無かった。訂正しなかったし、むしろ畳みかけてきた。
「ぶっ飛んでるだろうが。色んなネジが」
「えー……」
物凄く含みがある言い方だった。どこがとか何がとか具体的に言ってもらえないので、悠利もちょっと納得出来なかった。ちゃんと説明があったら解りやすいのにと思っている。
けれど、明確にどこがどうと言えるわけもないのだ。根本的に、基本的人格とか基礎知識とかの部分で色々とぶっ飛んでいるのだから。
それは、違う常識の世界で生まれ育ったということと、悠利の持って生まれたのほほんとした性格のせいだろう。なので、どっちも悪くないのがミソだった。
……そこ、余計にたちが悪いとか言わないでください。事実だけに否定できません。
「アリーさんは、魔道具の回路を作ったことあるんですか?」
「構造の解析に付き合ったことはあるが、自分で作ったことはない。興味も無かったしな」
「便利な魔道具が増えたら良いとか思いませんか?」
「思うが、そのためにお前がぶっ飛んだ行動をするなら首根っこ引っ掴んで止める」
「……僕、何だと思われてるんですか……?」
「無意識にやらかす珍獣」
「珍獣はひどいです……」
真顔で言われて、しょんぼりと肩を落とす悠利だった。しかし、アリーはその発言を訂正してくれなかった。色んな意味で珍獣かもしれないので、仕方ない。
勿論、珍獣呼ばわりしていても、ぶっ飛んでると言っていても、何だかんだで悠利の面倒を見てくれているのでアリーは優しい保護者様である。それが解っているので、たまのこういう扱いも、心配してくれてるからなんだろうなーと思う悠利なのでした。
なお、その話をブルックとレオポルドにしたところ、両者がとても楽しそうにアリーをからかうのでした。その流れで怒られた悠利は、これはちょっと理不尽だと思ったのでした。大人組は仲良しです。
※今回、オチ部分が書きたかったけど尺があまりにも増えそうだったので、近況ボードの方に会話文のみ置いてあります。興味がある方はどうぞ。
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