もちもち美味しい蓮根餅


「えーっと、つまり、風邪を引いたってことで良いですか?」


 ある日の昼下がり。小首を傾げながら悠利ゆうりは目の前のジェイクに問いかけた。ここはジェイクの自室だ。昼食の時に少し調子が悪そうだったので様子を見に来たのだ。……何しろ、ジェイクは体力がポンコツなので、少し気を抜くとすぐにばったり倒れるので。

 そんな不思議そうな悠利に対して、ジェイクはいえと小さく呟いてから首を左右に振った。否定を示すその仕草に、悠利は瞬きを繰り返した。


「熱や咳はないので、風邪と言ってしまって良いのかが解らないんですよ。だるいとか節々が痛いとかでもないですし……」

「でも、あんまりご飯食べてなかったですよね?調子悪いんじゃないんですか?」


 悠利がそう問いかけたのも、無理はなかった。

 ジェイクは普段から食が細い方だが、それでもまったく食べないというわけではない。味の濃いものや脂っこいものは大量には無理だと言うが、人並みには食べる。それに、今では悠利もジェイクの食べられる量をある程度把握しているので、盛り付けはちゃんと彼に合わせているのだ。

 そうだというのに、今日の昼食を、ジェイクは随分と控えめにしていた。用意された料理を残したわけではない。箸を付ける前に、そのうちの幾つかを食べ盛り達に代わりに食べてもらっていたのだ。あまり食欲がないからと言いながら。


「別に、無理に食べてほしいと思ってるわけじゃないですからね?食べられないときがあるのも解りますし。でも、食べないと栄養が取れないので、回復が遅くなるんじゃないかなと思うんです」


 悠利の言葉は正論だった。病気に立ち向かうには薬も必要だが、何より体力が必要になる。そしてその体力は、食べなければ回復しないのだ。睡眠も大事だが、何はともあれ食事である。必要な栄養を体内に取り入れて初めて、回復に向けて動き出せるのだから。

 そんな悠利に、ジェイクは困ったように笑った。へにゃりと眉が垂れている。


「いえ、食欲が無いというか、食べるのが辛そうなものを皆に食べてもらっただけなんですよ」

「食べるのが辛い?」


 はて?と悠利は首を傾げた。悠利が作るのはお家ご飯である。メインディッシュこそボリュームのあるものにするが、野菜のおかずがメインだ。そんな悠利なので、何が食べ辛かったのかと疑問に感じてしまったのだ。少なくとも、本日の昼食は悠利以外の食が細いメンバーでも普通に食べていた。

 そこで、悠利は気づいた。ジェイクが仲間達に食べて貰っていた料理の共通点に。


「硬いものや刺激の強いものが駄目なんですか……?」

「正解です。ちょっと喉が痛くて……」

「あー……」


 なるほど、と納得した悠利だった。

 喉が炎症を起こしているときというのは、食欲があろうが好物だろうが食べられないものがある。それが、硬いものと刺激の強いものだ。どちらも、炎症を起こして敏感になっている喉の粘膜を攻撃するのだ。硬いものは飲み込もうとするのが痛いし、刺激の強いものは触れただけで痛い。物理的にしんどいのだ。


「それじゃあ、食欲そのものはあるんですね?」

「えぇ」

「解りました。それじゃ、夕飯は食べやすいものを考えます」

「いえ、そんな手間のかかること」

「手間じゃないですよ?ちょうど、作ろうと思っていた料理があるので」


 楽しみにしていてください、と笑って、悠利は部屋を出て行く。その後ろ姿を見送りながら、ジェイクは小さく呟いた。


「ユーリくんはユーリくんですねぇ……」


 実に言い得て妙だった。

 いつもにこにこのほほんとしていて、子供っぽくて何も考えていないように見える。けれど、その実、誰かに優しくすることを当たり前だと思っている悠利は、面倒だと思わずに誰かの為に何かをするのだ。そんな悠利だからこそ、皆に愛されているのである。

 さて、そんな風に思われているとは知らない悠利は、ジェイクが昼食をあまり食べなかった理由が判明してうきうきだった。原因が解れば対処の方法もある。食欲があるのなら、彼が食べやすい料理を用意すれば良いだけだ。

 具沢山の味噌汁には、野菜が柔らかく煮えるまで火を通そうと考えた。味噌汁は色々な食材を入れることで旨みも栄養価も増すし、味噌を入れる前にじっくり煮込めば根菜も柔らかくなる。サラダは生野菜なので食べにくいかもしれないので、温野菜にするか和え物や焚き物にすれば問題ないだろう。

 それに、本日のメインディッシュは脂のしっかりのった塩サバだ。市場で美味しそうな切り身を発見したので、それを焼こうと思っている。焼き魚ならば、味付けは塩だけだし魚は解して食べれば硬くもない。喉の痛いジェイクでも食べられるだろうと思う悠利だった。

 そして、そこにもう一つ、悠利が付け加えようと思った献立がある。先日、採取ダンジョンである収穫の箱庭で大量に手に入れた蓮根を、美味しく食べられるように一手間加えようと思ったのだ。……まぁ、いつものごとく、悠利が食べたいと思ったからなのだけれど。


「あ、ユーリお帰り。ジェイクさんどうだった?」


 台所に戻ってきた悠利を笑顔で迎えたのは、カミールだった。慣れた手つきで食器を洗っている。本日の食事当番なので、こうして後片付けをしているのだ。

 いつもなら悠利も一緒に洗い物をしたり片付けをしているのだが、今日はそれをカミールに任せてジェイクの状態を確認に行ったのだ。何せ、もし具合が悪くて食事も別メニューを用意しなければならないとしたら、色々と大変だったので。買い物に行くとか、そもそも病院に連れて行くとか。


「カミール、洗い物ありがとう。喉が痛いんだって。でも食欲はあるらしいよ」

「へー。風邪かな?」

「熱は無いからって否定してたけど」

「ジェイクさんだしなー。本人が違うと思ってるだけで、風邪の可能性あるだろ」

「そうなんだよねー」


 軽口を叩く悠利とカミール。その表情は楽しそうだった。心配をしていないわけではない。けれど、軽口を叩く程度にはジェイクが倒れたり風邪を引くのはよくあることだった。

 ここしばらくは風邪ではなく、睡眠不足や過労でぶっ倒れている感じだったが。元来体力が無いので、すぐに倒れたり病気になるのだ。


「つーか、何でこんな暑い季節に風邪引くかな」

「ジェイクさんだからじゃない?」

「夜更かししてるからってことか?それとも、体力無いからって?」

「だって、ジェイクさんって体調管理に関してはうっかりしてるし」

「してるな」


 二人揃って容赦がなかった。親子ほどの年齢差のある子供達にここまで言われる男、それがジェイクだった。なお、彼ら以外の面々も力一杯頷いてくれる程度には、ジェイクはジェイクだった。アジトの廊下ですぐ行き倒れるのだから、察してほしい。

 学者としては有能なジェイク先生は、日常生活で遭難できる程度には色々ポンコツなのである。


「それじゃ、ジェイクさんだけ別メニューか?」

「あ、今日は、」

「…………玉子おじや?」

「「マグ!?」」


 誰もいないと思っていたのに、いきなり背後からぼそりと声が聞こえて、悠利もカミールも驚いて声を上げた。振り返った先にはマグがいて、いつも通りの淡々とした無表情で二人を見ている。

 ただし、その赤い瞳には何かを訴えかけるような感情があった。驚きから立ち直れないでいる悠利とカミールに、マグは再び口を開く。


「玉子おじや?」

「「…………」」

「玉子おじや?」


 何故献立名を繰り返すのか、悠利にもカミールにも解らなかった。二人して視線をさまよわせるが、残念ながら通訳担当のウルグスの姿は見えなかった。何で肝腎なときにいないんだ!と心の中でウルグスに八つ当たりする二人だった。

 別に常にマグとウルグスが一緒に行動しているわけではないし、一緒にいなければいけないわけでもないので、ウルグスは悪くありません。完全に八つ当たりです。

 マグのセリフと、出てきたタイミングとを考えて、悠利はハッとしたようにマグを見た。何を言っているのか解った気がした。


「マグ、別に今日は玉子おじや作らないよ。ジェイクさん、普通のご飯で問題ないから」

「…………何故」

「食欲はあるらしいし」

「……玉子おじや……」

「……お前、何でそんな玉子おじやに執着してんの……」


 表情はほとんど変わっていないが、しょんぼりしているのが丸わかりのマグだった。何故彼がそこまで玉子おじやに執着するのか全く解らず、カミールはがっくりと肩を落としている。悠利も同じくだ。マグは相変わらず謎過ぎる。


「っていうか、お前そんなに玉子おじや食いたいの?」

「美味」

「いや、そりゃ出汁たっぷりだけど……」

「玉子おじや……」

「…………あー、そんじゃ、今度食事当番の日の朝食にしてもらえば?」

「カミール?」

「……?」


 カミールの提案に、悠利は首を傾げ、マグは瞬きを繰り返す。そんな二人に、見習い組の中でも随一の気配りを誇る少年は彼の考えを説明した。


「いや、全員分玉子おじやにしようと思うと大鍋で作らないと駄目だろ?でも、朝食なら当番は先に食うから違うメニューでも良いんじゃね?って感じで」

「なるほど。確かにそうだねー。全員分の玉子おじや作るのはちょっと遠慮したい」


 カミールの言葉に、悠利は遠い目をした。白米は炊飯器で炊けるから良いとして、人数分の玉子おじやを鍋で作るとなるとどれだけ必要になるのか考えたくもない。《真紅の山猫スカーレット・リンクス》には食欲旺盛な面々が多いのだ。

 それに、おじやというのは時間が経つと美味しくないものである。仕上げるタイミングも難しいし、お代わりを要求されても対応出来ないかもしれない。それらを考えれば、食べたがっているマグと自分の分だけで良いというのは、悠利にとって渡りに船だった。


「……朝食?」

「うん。それじゃ、今度マグが料理当番の日の朝ご飯は玉子おじやで」

「諾」


 二人の会話の中で重要だと判断したのは、朝食で食べられる可能性があるということなのだろう。マグはじっと悠利を見上げて問いかける。それに笑顔で答える悠利。次の瞬間、マグはこくこくと何度も頭を上下に動かして頷いていた。よほど嬉しいらしい。

 それで満足したのか、マグは来たときと同じように足音なく去って行った。その後ろ姿を見ながら、カミールはぼそりと呟く。


「あいつ、日々隠密の技能スキルが成長してねぇか……?」

「僕としては、最初からレベル高かった気がするけどね……」

「……そうだな」


 ちょっとだけ遠い目になる二人だった。あまり深く考えてはいけない気がした。

 気を取り直して、悠利はカミールと共に夕飯の準備をすることにした。追加しようと思った料理が一手間かかるので、下準備をしておこうと思ったのだ。


「それじゃ、ちょっと早いけど夕飯の準備手伝ってもらっても良い?」

「良いけど、今日はずいぶん早いな」

「うん。作りたいと思った料理がちょっと手間がかかるから、出来るところまでやっておこうと思って」

「了解」


 悠利の申し出をカミールは快く受け入れた。段取りが大切なことを彼はちゃんと解っている。何だかんだで、見習い組の中で一番縁の下の力持ち的なサポート能力に長けているのは彼である。

 カミールの協力を取り付けた悠利は、必要な材料と道具を準備する。蓮根がメイン食材で、それ以外に用意したのは味付けに使う和風の顆粒だし、塩、片栗粉。道具は包丁、まな板、皮むき器、おろし金、ボウル、である。

 最初にするのは、蓮根を綺麗に洗うことだ。収穫の箱庭で採取した蓮根は、一応その場で軽く泥は落としてある。なので、台所で洗ったとしても泥がつまる心配はなかった。

 その後、皮剥きをするまえに持ちやすい大きさに切り分ける。と言うのも、一本丸ごとの大きな蓮根では、作業がしにくいからだ。最終的にすり下ろすので、この段階で作業しやすい大きさに切り分けたところで不都合はない。


「蓮根の皮は皮剥き器で剥くと薄く綺麗に向けるんだよ」

「なるほど。へー、結構楽しいな、これ」

「あははは。蓮根は凸凹してる部分もあるから、気を付けてね」

「りょーかい」


 二人並んで、流し台の中に皮を落とす形で蓮根をせっせと剥いていく。それなりに人数分が必要になるので、ひたすら延々と蓮根の皮剥きだ。しかし、悠利が告げたように皮剥き器を使って剥くと結構簡単に向けるので、カミールはちょっと楽しそうだった。

 薄い茶色の皮を剥き終われば、白い表面が姿を現す。汚れや傷みが残っている部分は皮剥き器や包丁で取り除き、両端の汚れている部分を切り落とせば完了だ。

 続いての作業は、おろし金を使って蓮根をすり下ろすことだ。これが結構な力仕事だ。蓮根をすり下ろすにはそれなりに力がいる。手を痛めないように気を付けながら、二人で交代して大量の蓮根をすり下ろす。

 その途中で、悠利は一部の蓮根を細かく切り刻んだ。食感が楽しめる程度のみじん切りだ。そうして刻んだ蓮根は、混ざらないように小さなボウルに入れて保管しておく。これを使うのはもう少し後である。

 そんなこんなで蓮根をすり下ろすのが終わった。人数分を確保するためなのでかなりの分量の蓮根をすり下ろしたので、悠利もカミールもちょっと疲れてしまった。


「……ごめん、カミール。今度から、誰か援軍を頼むことにするよ……」

「おう……。蓮根、大根と違って結構手強かったわ……」

「そうだね……」


 力なく笑う二人だった。彼らはどちらもそこまで力自慢ではないのだ。今後は、ウルグスとかレレイのような力仕事が得意な面々がいるときに作ろうと思う悠利だった。手伝ってと言えば喜んで協力してくれる仲間達を知っているので。

 なお、すり下ろすときに最後の部分はどうしても小さな塊で残ってしまう。無理をしてすり下ろせば手を痛める可能性があるそれを、悠利は刻んでみじん切りに加えていた。すり下ろせないならば刻めば良いのです。今回は刻んだのも必要なので。


「で、このすり下ろした蓮根をどうするんだ?」

「まず、顆粒だしと塩で味付けをするよ」


 ボウルに大量に入っている蓮根のすりおろしに、悠利は和風の顆粒だしと塩を適量加えていく。加えたら、それをヘラでざっくざっくと混ぜる。蓮根から水分も出ているので、調味料はじわじわと溶けていき、混ざっていく。

 そうして全体に味が混ざったら、今度は片栗粉を追加する。ただし、こちらは少量ずつ入れる。一気に投入すると、食感が変わるからだ。


「何で片栗粉入れるんだ?」

「片栗粉を入れると形を作りやすくなるから」

「そうなのか?」

「うん。片栗粉を混ぜると、もちもちってなるんだよね」

「水溶き片栗粉でとろみがつくのは知ってたけど、混ぜたらもちもちになるのは知らなかった」


 悠利がボウルの中身を混ぜているのを興味深そうに見ているカミール。そんな彼に、悠利はおかしそうに笑った。そして、告げる。


「僕が作ってるわらび餅、使ってるのは片栗粉だよ」

「え!?あの食感って片栗粉で出来てたのか!?」

「うん」

「マジか……。すげぇな、片栗粉」

「そうだね」


 ざっくざっくと混ぜて良い感じの固さになったら、悠利はボウルの中身を二つに分けた。というか、少しだけ小さなボウルに移した。不思議そうなカミールに気づかずに、悠利は残った元のボウルに、みじん切りにした蓮根を追加するのだった。

 大きなボウルは蓮根のみじん切りが追加され、ところどころにその姿が見えるようになった。小さなボウルには、すり下ろした蓮根と調味料しか入っていない。それをしばらく見ていて、カミールは何かに気づいたように呟いた。


「もしかして、こっちがジェイクさん用か?」

「正解ー。細かく刻んでも蓮根だしね。入ってない方が良いかなって思って」

「なるほど」


 悠利らしいなと思うカミールだった。あえて一人だけ別メニューにするのではなく、皆と同じメニューでジェイクが食べやすいように考えているのだ。こいつ本当に料理好きだなと思うカミールだった。

 材料を全て混ぜ終えたら、次は形を作る作業になる。一つ一つ、たこ焼きぐらいの大きさに丸めていく。丸めては皿の上に並べる作業。数が多いのでちょっと大変だったが、二人で雑談しながらやっていると苦にはならなかった。

 勿論、皆の分とジェイクの分は分けて並べてある。ここで混ざってしまっては、材料を分けた意味がないので。


「よし、これで下準備完了ー」

「あとはどうするんだ?」

「ん?小麦粉をまぶして揚げるだけ。食べる前に揚げれば大丈夫だよ」


 にこにこ笑顔の悠利、そっかとカミールも笑った。揚げ物は揚げたてが美味しい。これは真理である。なので、素直に納得するカミールだった。ついでに、食事当番の特権で揚げたてを味見できることも解っているので、ご機嫌なのだ。


「それじゃ、他の準備もしちゃおうか」

「おー」


 出来る下拵えを終わらせておくのは悪いことではない。特に差し迫って用事がないカミールは、悠利の提案に同意してくれるのだった。




 そんなこんなで、夕飯の時間である。

 悠利とカミールがせっせと作った蓮根餅(たこ焼きサイズかつ揚げるバージョン)が、他の料理と共に食卓に並んでいた。見慣れない物体に、皆が不思議そうにしていたが、悠利の説明を聞いてそれが蓮根だと解ったので美味しそうに食べている。

 なお、最初に食べ始めたのはマグだった。出汁の信者は今日もそこに出汁の気配を察したらしい。相変わらず空恐ろしい嗅覚である。


「ジェイクさんはこっちのお皿のを食べてくださいね」

「これは僕のなんですか?」

「食べきれないなら皆に食べてもらっても大丈夫です。味付けは同じですし」

「味付け《は》、ですか?」

「はい」


 悠利に言われ、ジェイクは目の前の皿を不思議そうに見ている。皆が食べている大皿とまったく同じものが並んでいるようにしか見えない。しかし、悠利はそれをジェイク用だと言うのだ。

 不思議そうなジェイクに、悠利は笑って種明かしをした。


「皆が食べてる方には、蓮根のみじん切りが入ってるんですよ。食感が楽しめて良いんですけど、喉が痛いジェイクさんには入ってない方が良いかなと思って」

「あぁ、そういうことですか。ありがとうございます」


 悠利の気遣いに、ジェイクは笑みを浮かべた。そういうことならと、遠慮無く自分用と言われた蓮根餅を口へと運ぶジェイクだった。

 小麦粉を軽くまぶして揚げてあるので、表面はカリッとしている。けれど、歯で噛むともっちりふわっとした食感が伝わる。外のカリカリと反して、中身はもちもちだった。けれど、決して噛み切りにくかったり、喉に詰めそうなぐらいに弾力があるとかではない。ほどよいもちもち具合だった。

 味付けは、シンプルに和風の顆粒だしと塩のみ。揚げることによって幾ばくか風味は追加されているが、素朴で優しい味わいだ。柔らかくもちもちとした食感と、その味付けは実によく合っていた。


「これは蓮根なんですよね?」

「そうです。あ、もちもちしてるのは片栗粉ですよ」

「片栗粉……。なるほど。確かにアレは、混ぜると弾力が出ますね」

「ジェイクさんが好きなわらび餅も片栗粉で作ってますしねー」

「そうでしたね」


 美味しいです、とジェイクはにこやかに笑った。喉は痛いが食欲はちゃんとあるジェイクなので、痛みを気にせず食べられて幸せそうだ。

 そんなジェイクを見ながら、悠利は皆と同じ、みじん切り入りの蓮根餅を食べる。こちらは、もちもちとした食感の合間に、火が通ってなおシャキシャキ感を失わないみじん切りの蓮根が良いアクセントになっている。もっちりとシャキシャキのコラボレーションである。


「それにしても、一度すり下ろしてから形を作るというのは、不思議な感じですね」

「そうですか?でも、蓮根以外にも大根とかジャガイモでもこういうの作るんですよ」

「へー」

「後は、今日は揚げましたけど、平面に仕上げて両面をしっかり焼いて、とろみを付けた餡をかける食べ方とかもありますねー。出汁の風味で優しい味わいの餡にすると、良い感じな」

「ユーリくん」

「はい?」


 楽しそうに美味しい食べ方を説明する悠利の言葉を、ジェイクは途中で遮った。普段、にこにこと笑って話を聞いてくれる学者先生とは思えない行動に、悠利はきょとんとする。

 そんな悠利に向けて、ジェイクは何かとても残念そうな顔をして告げた。


「背後にマグがいます」

「え!?」

「出汁……」


 大量の蓮根餅を入れた小皿と箸を持ったまま、マグが悠利の背後に立っていた。普通に怖い。慌てて、悠利はマグの身体を反転させて叫ぶ。


「マグ、食事中でしょ!戻って!」

「出汁……」

「今日は餡かけはしません!」

「……」

「そんな目で見てもしません!これもちゃんと美味しいでしょ?」

「……諾」


 じぃっと首をよじって訴えてくるマグを、何とか追い返した悠利だった。油断も隙も無かった。彼らは離れた場所に座っていたのに、今の一瞬で距離を詰めたのだろうか。恐ろしい。


「いやー、マグの出汁に対する反応は凄いですねぇ」

「何であーなっちゃったんだろう……」

「まぁ、もしかしたら何かあの子なりの理由があったのかもしれませんし」

「あるんですかね……?」

「……どうですかね?」


 もっともらしいことを言いかけたジェイクだが、悠利に問われて遠い目をした。あるかもしれないし、ないかもしれない。マグに聞いても会話が成立するとは思わなかったので、二人はそれ以上その話題に触れるのは止めるのだった。

 ちなみに、悠利に追い返されたマグは隣に座っていたウルグスに小言を言われているが、全然気にしていなかった。立ち直りの早い出汁の信者は、目の前の蓮根餅を堪能することにしたらしい。安定のマグだった。




 なお、後日、悠利はうっかり口を滑らせた餡かけバージョンの蓮根餅を作りました。マグからの圧が凄かったのと、他の面々も食べてみたいと言ったからです。皆、美味しいものの気配には敏感でした。




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