お礼品は様々な食材でした。
「わー、何が入ってるのかなぁ……!」
うきうきわくわくといった風情で
《
「……随分とデカい箱で届いたな……」
「何が入ってるか楽しみですね!」
悠利の隣で箱を見ていたアリーがぼそりと呟く。そんなアリーに、悠利は満面の笑みを浮かべた。子供がプレゼントに大はしゃぎしているのとまったく同じ反応だった。
台所の作業台の上に、どーんと置かれた頑丈な箱。別に危険物が入っているわけではないのは解っている。解っているがそれでも、こんな大きな箱で届くとは思わなかったのだ。ミカン箱より一回りは確実に大きかった。
「……いや、楽しみにしてるのはお前だけだろ」
「えー。だって、中身食材ですよ?楽しみじゃありません?」
「だから、食材でそこまで大喜びするのはお前だけだ」
「そうですか?」
呆れたように告げたアリーに、悠利はきょとんとしている。彼にとって、食材が届くというのはうきうきする一大イベントだった。まして、普段お目にかかれないかもしれない珍し食材が入っている可能性があるとなれば、それはもう福袋とかと同じレベルでうきうきわくわくである。
しかし、アリーの発言にも一理ある。《
ちなみに、何が届いたのかと言うと、お礼の品物である。
悠利が建国祭の時にドレスのリメイクをしてあげたお嬢さん。彼女の父親は食品関係の商売をやっていて、珍しい食材をお礼に送ってくれたのだ。金銭だと悠利が恐縮してしまうので、物として届けられたのである。
……とはいえ、この箱の大きさを考えると、それなりのお値段になりそうだ。もっとも、可愛い娘の悩みを解決してくれた親切な少年へのお礼ということで、差出人側も大喜びで奮発していたっぽいのだが。
何故かというと、届けに来た使用人がそんな風に話をしていたからだ。お嬢様が喜んでいて、それを見た旦那様も喜んでいたと言っていたのだ。ちょっとお手伝いしただけだと思っている悠利は大袈裟だなぁと思ったけれど、お礼の品物はありがたく受け取ったのだ。
「それじゃ、開けますねー」
うきうきで箱を開封していく悠利の頭には音符が飛んでいた。そりゃもううきうきだ。何が入っているんだろうとわくわくしている。中に入っているのが食材だと解っているので静観しているアリーであった。
そして開けた箱の中には、個別に包装された食材が色々と入っていた。流石に肉や魚介などの生ものは入っていなかったが、野菜や乾物などが大量に入っている。見た瞬間に、悠利の顔がぱぁっと輝いた。
「うわぁ、いっぱいだー」
「こりゃまた、産地がバラバラだな……」
「そうなんですか?」
「あぁ。あちこちから集めた食材を詰めてある感じだな」
大喜びで一つ一つ取りだしている悠利の隣で、アリーが呆れたように呟いた。その呆れは、悠利にこの食材詰め合わせを送ってきた差出人に向けられている。普通に買いそろえようと思ったら手間が凄いことになる代物である。
もっとも、仕事として取り扱っているからこそ、産地バラバラ詰め合わせが実現したのだろうが。手に入る商品の中で良さそうだと思った物を、産地も値段も気にせずに詰めこんでくれている感じがした。
「お値打ちパックだ!」
「……何だそりゃ」
そんなアリーの説明を聞いて、悠利は顔を輝かせて叫んだ。意味が解らずにツッコミを入れるアリーだが、既に悠利は話を聞いてなかった。ちなみに、悠利の言うお値打ちパックというのは、お買い得品詰め合わせみたいなニュアンスである。値段以上のお得感があるもの、という認識だ。実際、自分で買い集めようとすると送料や手間賃が大変なことになるので、商品代以上にお得感がある詰め合わせだった。
取りだした食材を、悠利は作業台の上に並べていく。一つ一つ丁寧に包装を剥がし、【神の瞳】さんで鑑定して保存方法を確かめながら、分類する。冷蔵庫に入れた方が良いもの。常温保存で良いもの。常温で良いが冷暗所に保管した方が良いもの。一口に食材と言っても、保存方法は様々なので、確認はとても大事なことだ。
……まぁ、最終手段は、
「あ、フォーだ」
「……麺類か……?」
取りだした乾麺を見て悠利が感嘆の声を上げた。半透明の麺が丁寧に瓶詰めされていた。そこまで細くはなく、若干平麺みたいになっている。一番太さが近いのは、細うどんかもしれない。
勿論悠利は、見た目だけでそれが何かを判断したのではない。ちゃんと【神の瞳】で鑑定してから口を開いている。なので、間違いなくそれはフォーだった。ベトナム料理として知られるフォーで間違いはない。
そして、傍らのアリーの反応から彼がフォーを知らないと理解した悠利は、にこにこ笑顔で説明を口にした。
「はい。米粉で作った麺ですよ。そういう意味ではライスの親戚になりますかね?」
「……なるか?」
「材料同じなら親戚かなって。味噌と醤油も親戚みたいなものだし」
「お前、割りと適当だろ……」
悠利の説明に、アリーはため息を吐いた。まぁ、細かいことを気にしたら負けである。相手は悠利なのだから。
とりあえず、フォーを脇に避けておいて次の食材に手を伸ばす。ごろりと大きなそれは、スイカぐらいの大きさだった。ちょっと重たいので、両手で抱えて持ち上げようとする悠利。……見かねてアリーが代わりに箱から取りだしてくれた。
ごろんとした薄い黄緑色の物体。スイカのように丸々としたそれが何か解らなかった悠利であるが、鑑定して驚いたように声を上げた。
「え?これ、ズッキーニなの?」
「あ?ズッキーニはキュウリの太いやつみたいな形じゃねぇのか?」
「でも、これ丸形のズッキーニらしいです。……物凄く大きいのは、これがそういう品種だからみたいですけど」
丸形かぁと悠利は感心したように呟いた。ズッキーニと言えば、アリーが言うようにキュウリの親戚みたいな形をしているものを想像する。しかし、実はズッキーニには丸形も存在しているのだ。
とはいえ、こんな風にスイカみたいなサイズになっているのは珍しい。どうやら異世界食物なので、地球とは大きさも違うらしい。ちなみに、日本でお目にかかれるズッキーニはカボチャぐらいの大きさだったりする。流石にスイカ並みのものは売ってないと思います。
「面白いですねー」
「……お前にしてみればおもちゃ箱みたいなんだなと、今理解した」
「え?」
「いいから、さっさと中身の確認を終わらせちまえ」
「はーい」
色々と得心がいったらしいアリーに不思議そうに首を傾げた悠利だが、促されて素直に中身の確認に戻った。もう、心はこの大量の食材をどんな料理にしようかという方向に吹っ飛んでいる。実に解りやすい悠利だった。
そんなこんなで大量の食材をそれぞれ正しい保管場所に片付けた悠利は、ご満悦だった。物凄く嬉しそうだった。今すぐ使わなければいけないような食材はなかったので、普段の食事に少しずつ使っていこうと思っている。
「ところで、何でアリーさん一緒にはこの中身見てたんですか?」
「念の為な」
「ん?」
「一応何が入ってるか確認しておいた方が良いかと思っただけだ」
「そうなんですか?」
アリーの言い分がいまいちよく解らなくて首を傾げる悠利だった。ちなみに、アリーが何でそんなことをしていたかと言えば、悠利の暴走を警戒してである。後、無いとは思うが妙な物が混入されていないかを警戒してというのもある。
ちなみに、この場合の妙なものというのは、変わり種食材のことではない。簡単に言うなら、ややこしいことが書いてあるお手紙とか、時代劇で言うところの黄金色の菓子みたいなもののことだ。保護者なので、万が一があっては困るということで一緒に確認していたのだった。
その心配が杞憂に終わったので、アリーは仕事に戻る為に去って行く。結局、彼が何をしたかったのかは、悠利にはさっぱり解らないままだった。考えても考えても全然解らなかったので、悠利は考えるのを止めた。
「よし、今日のお昼はフォーにしようっと」
今日のお昼はアリーと二人きりなので、メニューは悠利の食べたいもので良いと言われている。なので、お礼品の中に入っていたフォーを食べようと思ったのだ。
フォーは米粉で作った平麺で、麺自体にそこまで味はない。米粉と水で作られているのだから当然とも言える。また、スープの味付けも様々な種類があるので、店によって味が違ったりするのだ。
悠利はちゃんとしたお店でフォーを食べたことはない。ただ、屋台飯のような感じで一度食べたのと、カップ麺のフォーを食べたことがあるだけだ。その時に感じたのは、麺に癖がないので色んな味付け、色んな具材で食べられそうだなと言うことだった。
なので、これから悠利が作るのは、「多分この味付けで美味しいと思うから作ってみた」という、全然元の料理に忠実じゃないお家ご飯のフォーである。細かいことを気にしたら負けです。
「鶏ガラか牛骨かどっちにしようかなー。ビッグフロッグの肉が残ってるから鶏ガラにしようっと」
頭の中で冷蔵庫の中身を思い出しながら、悠利が出した結論は鶏ガラ風味のフォーを作ることだった。ビッグフロッグの肉は鶏モモ肉のような味わいなので、鶏ガラスープとの相性がとても良いのだ。フォーと言えば上に肉が載っているイメージがあったので、そっち方面で作ろうと思ったのだ。
勿論、海鮮スープに魚介が載っているものもある。ただ、生憎と使えそうな魚介が冷蔵庫になかったので、今日は鶏ガラに落ち着いたわけである。
「えーっと、乾麺のフォーは茹でる前に水で戻しておく方が美味しいんだっけ……?」
この世界のフォーがどういう作り方なのか解らないのでもう一度【神の瞳】さんでチェックをしてみると、先ほどは特に出なかった悠利の欲しい情報がぱっと表示される。
――フォー(乾麺)
米粉と水で作った麺類。生麺も存在するがこれは乾麺なので保存に適している。
原産地では主食として食べられており、様々な味付け、具材で楽しまれている。
直接茹でても食することは出来るが、茹であがりに違いが残りやすいので、
あらかじめ水かぬるま湯に浸して戻しておく方が美味しく食べられます。
時間は、水ならば一時間~一時間半、ぬるま湯ならば三十分~四十分が目安です。
今日も【神の瞳】さんは絶好調だった。多分、鑑定系最強のチート
「ぬるま湯の方が早く出来るみたいだし、ぬるま湯に浸けておこうっと」
家で作っていたとき、乾麺をそのまま直接茹でたときの微妙な失敗を繰り返さないようにしようと思う悠利だった。自分一人が食べるならちょっと失敗しても良いが、今日はアリーも一緒なので一手間かけてちょっとでも美味しく仕上げようと思う悠利だった。
ぬるま湯を作るためにお湯を沸かしている間に、乾麺を流水で洗って軽く汚れを落とす。深めのボウルに乾麺を寝させるように入れると、水とお湯を合わせて作ったぬるま湯をひたひたになるまでかける。しっかり全部浸かったのを確認したら、しばらく放置でスープや具材を作る作業に入る。
スープのためのお湯を沸かし、その隣で茹でるためのお湯も沸かしておく。茹でるまではまだ時間がかかるが、あらかじめお湯を沸騰させておくと後が楽なのだ。
「鶏ガラスープと、塩と、お酒で味を調えてーっと」
沸騰したお湯に酒、塩、鶏ガラの顆粒をぽいぽいと放り込んで、味を確認する。イメージは透明なスープなので、醤油はあえて入れない。スープの味が調ったら、そこに刻んだエノキとしめじを追加する。本場では入れないかもしれないが、悠利の中では出汁が出るのでキノコを入れるのは普通だった。
……まぁ、ある程度お察しかもしれないが、悠利はフォーを作っているというよりは、ラーメンやうどんの延長でアレンジを加えて作っている。お家ご飯は美味しければ良いのです。多分。
スープにキノコの旨味が出るのを待っている間に、ビッグフロッグの肉を食べやすい大きさにそぎ切りにする。そぎ切りにした方が薄くなるので、火が通りやすいのだ。塩胡椒と酒を軽く揉み込むと、そのままフライパンに並べてじっくりじわじわと蒸し焼きにする。何となくイメージで載っている肉が蒸してあったので、好みの味付けで蒸している悠利だった。彼は今日も自由である。
続いて、タマネギを薄くスライスしていく。これは生のまま麺の上に載せて、熱いスープをかけることでしんなりさせる作戦だ。こちらもうろ覚えで生っぽいタマネギが載っていたような気がした殻である。同じようにネギも刻んでおく。
ついでに、水洗いしたもやしをさっと茹でて具材の追加だ。これで、ビッグフロッグの蒸した肉、タマネギ、ネギ、もやしと盛りつける具材が揃った。スープにキノコが入っているので、バランスとしては問題ないだろう。
ただ、彩りが少し寂しいなと思ったので、細切りにした人参をスープの中に追加する。やはり、人参の鮮やかなオレンジは食欲をそそる彩りにぴったりだと思ったので。
「さてと……。そろそろ戻ったかな?」
スープと具材の準備を終えた悠利は、ボウルに浸けたままだった乾麺のフォーを確認する。そこには、最初の状態とは違う、ふにゃりと柔らかくなったフォーが水に浮いていた。半透明のぷよんぷよんとした平麺になっている。
「うん。これなら大丈夫そう」
満足そうに笑うと、悠利はお湯を入れた鍋のコンロを中火にする。一度沸騰したまま弱火で熱を入れられていた鍋の中身は、すぐにぽこぽこと沸騰を始めた。それを確認すると、悠利はそこにぬるま湯で戻したフォーを放り込む。
一度ぬるま湯に浸して戻したフォーなので、茹で時間は短縮されている。既に十分柔らかいので、1、2分で十分だ。茹で上がったら、流しの中に置いたザルの上にあげて水を切る。そのまま、流水でさっと洗って完成だ。
「キュイー?」
「あ、ルーちゃん、お掃除終わった?それなら、アリーさん呼んできてもらって良いかな?」
「キュピー!」
そろりと食堂スペースから覗き込むようにして悠利を呼んだのはルークスだった。今日も元気にアジトの掃除を頑張っていたのだ。そんなルークスは、大好きな悠利からの頼み事に張り切って廊下へと出て行った。頼りになる従魔である。
呼びに行ってから盛りつけようと思っていた悠利だが、ルークスがその役目を引き受けてくれたので二人分のフォーを盛りつけ始める。
茹で上がったフォーを二人分の器に盛りつけ、タマネギ、もやし、ネギ、ビッグフロッグの蒸し肉を並べる。そして、その上から熱々のキノコと人参の入ったスープをかけたら出来上がりだ。
なお、ルークスの分も同じように盛りつけてみた。喜ぶかどうかは解らないが、熱いものでも気にせず食べるルークスなので、せっかくだからと同じメニューにしてみたのだ。……勿論、いつものように生ゴミの処理はお願いするつもりだが。
「キュキュー!」
「ルーちゃんお帰りー」
「悪い、待たせたか」
「いえ、出来上がったところです」
ぴょんぴょんとご機嫌なまま跳ねてくるルークスに、悠利はにこにこと笑う。その後を追うように入ってきたアリー。食堂のテーブルの上には、二人分のフォーが準備されていた。
「……これは、さっき見てた乾麺か?」
「そうです。正しい味付けとかは知らないんで自己流なんですが、せっかくなので使ってみました」
「まぁ、お前が作るもんで食えねぇほど不味いもんはねぇだろ」
「えー、僕だって失敗することありますよー」
過大評価ですよーと笑う悠利を見て、アリーはため息を一つ。自分を知らないというのは本当に恐ろしい。料理の
ルークス用に作ったフォーは足下にそっと置き、熱いから気を付けてねと伝える悠利。スライムなので暑さ寒さにある程度強いルークスだが、悠利の忠告に素直に従うのでこくこくと頷いていた。
「あ、食べにくかったらスプーンの上に載せて食べてください」
「そういう食べ方なのか?」
「そうだったような気がするんですけど、違うかもしれません。でも、スプーンに載せて食べるのも食べやすいから良いかなって」
「お前本当に適当だな……」
「美味しく食べれたらそれで良いかなーと」
呆れたようなアリーに、悠利はへらっと笑って答えた。だがしかし、それは真理だ。間違いなく正しい。ご飯は美味しく食べてこそ、である。
手を合わせていただきますと唱和して、二人揃って食事を開始する。彼らの足下では、同じように身体の一部を掌に見立てて唱和したルークスが、器の端っこにのしかかるようにしてフォーを食べていた。ちゅるちゅると器の中身がどんどん吸い込まれていた。
アリーに伝えた通り、悠利は大きめのスプーンにスープと具材、フォーを載せるとそのまま口へと運んだ。ラーメンやうどんのようにすすって食べるのも良いが、こうやってスープや具材と一緒に口に運ぶと旨味が広がって美味しいのだ。
あらかじめぬるま湯で戻したフォーは、もちもちとしていた。以前、戻さず乾麺を直接茹でて作ったときとは違う、弾力のあるフォーである。そのもちもちの麺が、シンプルなスープと実によくあった。
「もちもち美味しいー」
「こりゃまた、パスタともうどんとも違う食感だな」
「お口に合いません?」
「いや。美味いのは美味い」
「それなら良かったです」
その答えがお世辞でない照明のように、アリーは黙々とフォーを食べる。そんなアリーを見ながら、悠利は蒸したビッグフロッグの肉を箸で摘まんだ。そぎ切りにした肉を蒸してあるのだが、良い感じの仕上がりだった。硬すぎず、軟らかすぎず、味付けは塩胡椒と酒の風味だけだがシンプルで美味しい。その肉をスープと一緒に食べるとまた、格別だった。
薄くスライスしたタマネギはスープの熱でくたりとなっているが、生特有のピリッとした辛みを失ってはいない。キノコや人参、もやしの優しい味の中で、そのタマネギの辛さが味を引き締めてくれていた。
「これは肉を載せるのが普通なのか?」
「色々あるみたいです。魚介のもあるみたいなので、今度はそれで作ってみようかなーと」
「そうか。イレイシアが喜ぶな」
「はい。イレイスは魚介類大好きですし。それに、肉より魚介の方が食べやすい人もいるかもしれませんしね」
にこにこと悠利は笑う。いただいたフォーは大量にある。まだまだこれから、色々な味付けを試していけると解って、うきうきなのだった。
ちなみに、数日後にスープとして提供したところ、もちもち食感が皆に好評でした。美味しいは正義!
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