物作りコンビと得手と仲間達


 《真紅の山猫スカーレット・リンクス》には、約二名、物作りを本業にしている訓練生がいる。ハーフリング族で細工師のロイリスと、山の民で鍛冶士のミルレインだ。

 彼らの本業はそれぞれ前述した通りなのだが、「自分が使う材料を自分で入手できるようになる」という目的のために《真紅の山猫スカーレット・リンクス》に身を置いている。……え?それは誰かに依頼して頼めば良いんじゃないか?まぁ、そこら辺は一族や流派の方針というものがあるので、気にしないであげてください。

 悠利ゆうりには職人の大変さは解らない。けれど、他の訓練生と同じように座学や武術、実践などの多くの訓練をこなしながら、工房へと足を運んで職人としての腕も磨き続ける二人のことは尊敬していた。どちらも悠利より年下なので、余計に頭が下がる思いなのだ。

 とはいえ、そんなことを言えば彼らは不思議そうな顔で「何が?」と答えてくれるだろう。ロイリスもミルレインも、その二足のわらじのような生活を別に苦だと思っていなかった。というのも、彼らは育った環境がそういう感じだったからだ。

 職人としての自分と、材料を集める冒険者としての自分は矛盾しないらしい。ついでに言えば、鍛冶士であるミルレインには「自分の作った武器を使いこなす」という項目も追加される。職人の道は険しかった。

 その二人は今、アジトのリビングで仲間達に囲まれていた。


「ロイリスー、この間はありがとう!おかげですっごく可愛くなったわ!」

「喜んでもらえて良かったです。でも、本職の方に頼まなくて良かったんですか?」

「え?だって、ロイリスが彫ってくれるの綺麗で好きなんだもん」

「……ありがとうございます」


 満面の笑みで告げるヘルミーネに、ロイリスははにかみながら答える。自分は未熟だと思っているロイリスなので、こうやって真っ正面から褒められると照れてしまうのだ。

 ちなみに、ヘルミーネがロイリスに頼んだのは、手持ちの品に文様を入れてもらうことだった。ロイリスは細工師であり、特に金属へ模様を彫る彫金というのを得意としている。なので、時折皆に頼まれて模様を入れるのだ。

 ヘルミーネが今回ロイリスに頼んだのは、彼女が普段使っている矢筒だった。金具の部分に、彼女のモノだと解るように模様を入れてもらったのだ。ロイリスの入れる模様は繊細で美しく、ヘルミーネの趣味と合っていたのである。

 彫金をするにはデザインを考えるセンスが必要になる。ロイリスにはそのセンスがちゃんとあって、細やかな模様を得意としていた。その模様の美しさから、こうやって女性陣に細工を頼まれることは多々あるのだ。


「本当に、ロイリスの彫金の腕は見事ですわよね」

「そんなことないですよ。僕なんて、まだまだ見習いですから」

「えー?こんなに上手なのに、見習いなの?」

「はい。まだまだ、学ぶことがたくさんありますから」

「職人も大変なのね」


 穏やかに微笑んでロイリスを褒めたイレイシアであるが、ロイリスはそれを否定した。少なくとも、彼はまだ、細工師としては見習いである。その腕前は、ヘルミーネが言うように一定の熟練度を達成している。けれど、それでもまだ、彼にとっては足りなかった。

 あんなに綺麗なのにーと呟くヘルミーネであるが、それ以上ロイリスに問いかけることはしなかった。温厚で真面目なロイリスが、折れる気配も見せずにきっぱりと言い切ったのだ。それが彼の本心だと解っているので、その意思を尊重したのである。


「ロイリスが見習いだとしても、わたくし、ロイリスの彫ってくださる模様が大好きですわ」

「イレイスさん……」

「優しくて、細やかで……。見る人に柔らかな感情を抱かせる模様ですもの。あの繊細な模様をしっかりと彫り上げることが出来る貴方を、わたくしは尊敬します」

「ありがとうございます。嬉しいです」

「お世辞ではありませんわよ?」

「解っています」


 顔の前で指先を合わせ、見惚れるほどに美しい微笑みを浮かべてイレイシアがロイリスを褒める。その彼女の手首には、シンプルな金色のブレスレットが付けられていた。元々、飾り一つ無いただの輪っか状のブレスレットだったものに、ロイリスがぐるりと波をイメージした模様を彫り込んだのだ。休みの日に、イレイシアは嬉しそうにそのブレスレットを付けている。

 波、つまりは海を連想させるその模様をロイリスが刻んだのは、故郷を遠く離れているイレイシアから彼女が大好きな海の話を聞いたからだった。王都ドラヘルンは内陸で、海に繋がるモノが少ない。なので、少しでも慰めになればと模様を彫ることを申し出たのだ。

 なお、寂しさを紛らわせる云々以前の問題で、綺麗な模様が彫られたアクセサリーという段階でイレイシアの気持ちは上昇した。彼女も女の子である。普段は冒険者として過剰な装飾品は身につけないが、お洒落に興味はあるのだから。


「ロイリスの入れる模様って基本的に細かいけど、やっぱりそういうところにも流派みたいなのあるの?」

「ありますよ。モチーフに何を使うかとか、線の太い細いとかも、教わる師匠によって違ったりします」

「そうなんだ。じゃあ、ロイリスのお師匠様は繊細な模様を描くのが得意な人なんだね」

「逆です」

「「え?」」


 それまでのんびりと美少女とロイリスのやりとりを眺めていた悠利が会話に参戦した。穏やかな口調のロイリスと、のほほんとした雰囲気の悠利。どちらも他者を和ませる雰囲気を持っているが、外見は幼児っぽいロイリスよりも、悠利の方がどこかぽわぽわした雰囲気を纏っているのだった。多分、天然度合いの違いだと思われます。

 会話の流れでロイリスの師匠に話が移る。学問や武術、芸術には流派がある。流派という呼び方をしないとしても、どんなことにもルーツのようなものは存在した。だからこそ、ロイリスの師匠も彼と同じことを得手にしているのだろうと悠利は思ったのだ。しかし、ロイリスの返答は否定だった。思わず、悠利だけでなく、イレイシアとヘルミーネも呆気に取られる。

 ぽかんとしている三人を見て、ロイリスは困ったように笑った。笑って、そして、衝撃の事実を暴露する。


「師匠は、豪快な作風の方なんです。力強い彫りが得意で、なので自分の苦手な繊細な彫りを僕に学ぶように、と」

「……え?お師匠様なのに、教えてくれないの?」

「基本的なことは教わりました。でも、模様の種類とかで言うと、僕と師匠は全然違いますね」

「…………そういう師弟関係ってあるものだっけ……?」

「さぁ……?」

「わたくしにも、ちょっと解りませんわ……」


 ロイリスの言葉に、三人は困った。とても困った。何をコメントすれば良いのだろうかと思ってしまったのだ。

 彼らの考える師弟関係では、師匠は自分の技術を弟子に教えて継承させる感じだ。ところが、今のロイリスの話では、彼と彼の師匠の作風はずいぶんと異なるということになる。……まぁ、当人が気にしていないのだから気にしたら負けかと思う悠利だった。

 気を取り直したようにロイリスが「試作品なんですけど……」と取り出した掌サイズの金属の板に、三人で見入る。ロイリスらしい、繊細で美しい模様がそこに刻まれていた。新しい模様を考えている最中なのだという。なので、皆の意見を聞いているのだ。ロイリスは勤勉だった。

 そんな風にのんびりと穏やかな悠利達の付近では、ミルレインとクーレッシュ達が色々と雑談を交わしていた。訓練生達が仲良く会話をしている光景は微笑ましいが、あぐらをかくようにして座っているミルレインの正面に武器が並べられているのがちょっとばかり温度差を感じさせる。しかも彼女の表情は真剣だった。

 ミルレインは鍛冶士見習いである。そして、彼女は己の修練の一環として、友人である訓練生達に作った武器の試作品を渡して使用感を確認して貰っていた。勿論、「作った武器は己が使いこなせてこそ」という信条の一族出身のミルレインは、自分で武器を取って戦える。しかし、彼女にとって重要なのは使ってくれる誰かの感想だ。自分の意見だけでは良い武器は作れないと思っているのだ。


「刃渡りとか切れ味とかは特に問題なかった。まぁ、俺は刃物メインで戦うわけじゃないから、あくまでも補助程度だけどな」

「そうですか。何か気になったところはありますか?」

「しいていうなら、持ち手だな。滑らないようにしてくれてるのはありがたいが、ちょっと俺の手には太かった」

「了解。参考意見に加えます」

「おう」


 ミルレインの前に置かれているナイフを指さしながらクーレッシュが自分の感想を伝えると、彼女は一言一句聞き逃すまいとするようにして受け止める。小さな手帳を取りだして、そこにクーレッシュが伝えた内容を書き付けるミルレインの表情は、それだけで彼女の本気度を伝えてくれた。

 次に口を開いたのは、アロールだった。今日も相棒の白蛇ナージャが首に巻きついている。アジトの掃除を担当しているルークスは悠利の側を離れることがあるけれど、ナージャがアロールの側を離れることはあまりない。なので、アロールの首にナージャが巻きついていることに慣れた皆は、何一つ気にしていなかった。……普通に考えたら、蛇を巻き付けた十歳児というのは不思議な存在だろうが、ここでは日常だった。


「ミリー、これ、もう少し薄く出来ない?」

「薄く……?これ以上刃を薄くしたら強度が下がる」

「それは解るけど、僕は暗器として使ってるから、かさばると不便なんだ」

「いや、言いたいことは解るけど……」


 小振りの薄型ナイフを指差しながらアロールが要望を口にすると、ミルレインは困ったように眉を寄せた。彼女がアロールにテストを頼んだナイフは、暗器として忍ばせることを目的とした薄型のナイフだ。既に、出来る限り刃も持ち手も薄く仕上げ、邪魔にならないようにと細心の注意を払っている。

 刃物というのは、薄ければ薄いほど折れやすくなる。別に刃物に限ったことではないだろう。しなる素材でもない限り、薄くすればするほどに脆くなるのは当たり前だ。

 アロールも勿論それぐらい解っている。解っているが、それでも、小柄な十歳児としては少しでも重量を減らして身動きしやすくしたいのだ。出来たらで良いけど、と付け加える言葉は若干申し訳なさそうではあった。


「十分薄いと思うけどなぁ。市販のやつより、持ち手とか薄く細く仕上げてあるじゃん」

「それは僕だって解ってるよ。ただ、それでもマントの内側に仕込むから、少しでも軽量化出来るならその方が良いなって話」

「マントじゃなくて服の方に仕込んだらどうだ?」

「マントの方が、取り出しやすいんだよ」


 アロールが使っている薄型ナイフを手にとって、クーレッシュはしみじみと呟く。彼の目から見ても、実際手にとって触ってみても、それはミルレインの努力の結晶のように随分と小型で軽量化されている。刃の部分も持ち手の部分も、薄く軽く作ってくれているのだ。

 アロールとクーレッシュが二人で言葉を交わしている間に、ミルレインはナイフを手にとって真剣な顔で考えていた。やがて、結論が出たのか彼女はゆっくりと口を開いた。


「解った。出来るか解らないけど、鋼の配合を変えて挑戦してみる。持ち手も良さそうな素材がないか考える」

「……ごめん。ありがとう」

「いいって。こっちも、そういう難しい課題を出して貰う方が修行になるし」

「おーおー、さっすがミリー。向上心の塊だな」


 強い決意を見せるミルレインに、アロールは申し訳なさそうに頭を下げた。その彼女の背中に軽くのしかかるようにしながら、クーレッシュがカラカラと笑う。からかっているのではなく、真面目に考えて沈みそうなアロールの気分を引き上げる為である。

 その証拠に、アロールは「邪魔」と素っ気なく言い放ちながらクーレッシュを振り払う。じゃれ合う二人のやりとりは、クーレッシュが上手に距離を取るので険悪にはならない。それが解っているのか、ナージャも特に威嚇はしなかった。……この白蛇はアロールの保護者のようなものなので、彼女に危害を加える相手には容赦をしないのだ。


「皆いいなー。あたしもミリーに武器作ってもらいたーい」


 三人の会話をそれまで大人しく聞いていたレレイが、ぷぅと頬を膨らませて訴える。しゃがみ込み、ミルレインと視線を合わせながら、である。そういった子供っぽい仕草が不思議と似合ってしまうのがレレイだった。

 そして、そんな彼女に返されたのは……。


「「…………」」

「何で三人とも目を逸らすの!?」


 微妙な沈黙と共に、示し合わせたかのように視線を明後日の方向に逸らす三人だった。なお、彼らは悪くない。レレイも悪くないかもしれないが、とりあえず、目を逸らす以外に何も出来なかった三人も悪くないのだ。

 ミルレインだって、別にレレイを仲間外れにしたいわけではないのだ。彼女はちゃんと、レレイのことだって大切な仲間だと思っている。いつか、自分が作った武器をテストして貰いたいと思っているのだ。そう、いつか・・・

 それは、あくまでもいつか・・・であって、今ではないのだ。


「レレイさん……」

「何、ミリー?」

「アタイだって、レレイさんにも試作品を使ってほしいと思ってます」

「だったら、あたしにも、」

「でも!今のアタイには、レレイさんが壊さない武器を作る自信が無いです!」


 自分にも武器をくれとレレイが重ねて言う前に、ミルレインは食い気味に叫んだ。その叫びは、とてもとても切実な叫びだった。クーレッシュとアロールは慰めるようにぽんぽんとミルレインの肩を叩いていた。

 レレイがその場でしょぼんと肩を落とす。その姿は可愛らしいが、ミルレインが叫んだ理由を否定しないあたり、やはり彼女の戦闘能力は高かった。……馬鹿力とも言う。


「そりゃ、アタイだって獣人向けの武器はそうと考えて作ることは出来ます。でも、レレイさんは獣人じゃないから、獣人用じゃ手を痛める可能性があります。逆に、人間用だとレレイさんの力に耐えきれずに武器の方が壊れます」

「……うぅ」

「その辺りの調整をしながら作れば良いと言えばそれまでだけど、未熟なアタイじゃ、レレイさんへの負担がどうなるかも解らないです」


 自分なりの主張をミルレインが並べれば、レレイは小さな声で唸ってそのまま動かなくなった。言われている内容が正しすぎて、何も言えなくなったのだ。

 クーレッシュとアロールが、今度は左右からレレイの肩をぽんぽんと叩いた。慰めているように見えるが、次の瞬間彼らは示し合わせたように口を開いた。


「つまり、お前がその馬鹿力を制御出来るようにならないとダメってことだろ。頑張れ、レレイ」

「努力するだけはしてみれば良いと思うよ。そのうち出来るようになるんじゃない?」

「おー、アロール辛口ー」

「そりゃね。戦闘中に考えて行動するとか苦手じゃないか」

「苦手だなぁ。もちっと頭使って頑張れよ」

「そうだね。たまには頭使って戦えば良いと思うよ」

「二人してヒドい!!」


 仲間は容赦がなかった。

 普段からレレイと行動を共にすることが多いクーレッシュは実体験として口を出すし、アロールはそもそも元々ずばずば切り込むタイプだ。あたしだって頑張ってるもん!と叫ぶレレイの主張など、二人は右から左へと聞き流していた。


「何騒いでるの?っていうか、レレイどうしたの?」

「うわーん、ユーリー!クーレとアロールがヒドいんだよー!」


 いきなりギャーギャー騒ぎ始めたのが気になったのか、悠利がこちらへやってきた。途端に、天の助けとばかりにレレイが泣きつく。きょとんとしていた悠利だが、平然としているクーレッシュとアロールを見て、肩をすくめるミルレインを見て、何かを悟った。


「……うん。一応話は聞くけど、聞く前から二人の言い分の方が正しそうだなって思っちゃうよね」

「ユーリまで!?」

「正解ー」

「当然」

「ヒドいよ!」


 何だかんだで普段から一緒にいるので、悠利はレレイのことをそれなりに解っていた。それに、クーレッシュやアロールが、理不尽な理由で彼女を咎めることがないことも知っている。なので、悠利の中でも軍配は二人に上がるのだった。

 そして、詳しい事情を聞いた悠利は、遠い目をした。レレイがヒドいでしょと訴えるのを右から左に聞き流す。聞き流して、その後にいつも通りの優しい笑顔を浮かべて、ぽんとレレイの肩を叩いた。


「レレイ、力の制御頑張ろうね。それがきっと近道だから」

「やってるよ!?あたしだって頑張ってるよ!?」

「うん。レレイが頑張ってないとは言わないよ。でも、ミリーの武器が持ちたいなら、もっと頑張らないとダメってことだよね?」

「うぐぐぐ……。……頑張る……」

「うん、頑張って」


 必死に訴えるレレイに動じることなく、悠利は笑顔で彼女を宥めた。優しい言葉で諭されたレレイは、しょんぼりと肩を落としつつも素直に答える。

 その光景を見て、アロールがぼそりと呟いた。


「アレどう見てもただの母親」

「今更だろ」

「今更だと思う」


 ぼそぼそと言い合う三人。幸か不幸か、彼らのそんな会話は悠利とレレイには聞こえていないのでした。




 そんなわけで、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の物作りコンビは、自分達に出来ることを日々一生懸命に磨いているのです。勿論、仲間達の助けも借りながら。それでこその、仲間です。




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