お庭で楽しく焼き鳥パーティー。


 ジュージューと食欲をそそる音を立てて肉が焼かれている。網の上に載っているのは、串に刺さった大量の肉だった。そう、焼き鳥だった。

 生憎炭は備蓄されていなかったので、薪で焼いているが、そんなことは問題ではない。網焼きの肉は、それだけで食欲をそそるのだ。良い匂いが庭中に広がって、昼食準備をしている面々の胃袋を刺激していた。


「あ、まだ触っちゃダメだよー!」

「そっちはまだ焼けてないぞー」


 一ついつもと違う光景が見られるとしたら、それは火の周りに陣取っているのが料理と無縁に思える人物だということだろうか。網の周りで鍋奉行ならぬ焼き鳥奉行をやっているのは、レレイとバルロイの大食いコンビだった。

 そして、特筆すべきは、彼らの言葉が正しいということだ。もう焼けたかな?と肉に手を伸ばそうとする面々に待ったをかけるのだが、実際彼らが止める場合は肉の焼け具合がまだ足りないのだ。触りもせずに、見ただけでそれを理解している二人だった。

 もっしゃもっしゃと完成した焼き鳥を少し離れた場所で食べている悠利ゆうりは、せっせと焼き鳥を量産しているレレイとバルロイをのんびりと眺めていた。絶妙な焼き加減の焼き鳥は大変絶品だった。


「相変わらず、レレイって肉とか魚とか焼くの上手だよねぇ」

「バルロイさんもな」


 感心したように悠利が呟けば、その隣で同じように焼き鳥を食べているクーレッシュが付け加える。特に器用というわけでも料理上手というわけでもないのだが、レレイは肉や魚の焼き加減を見極めるのがとても得意だった。そしてそれは、実はバルロイにも言える。

 料理とは無縁そうな二人だが、こういったひたすら肉を焼くときなどはとても頼りになるのだ。


「まぁ、あの二人は鼻がえぇからなぁ」


 もぐ、と焼き鳥を食べながらアルシェットが呟く。バルロイがいるならば、そこにアルシェットがいるのは当然のことだ。お目付役兼相棒兼ツッコミ役として、彼女は今日もバルロイと一緒に行動をしていた。……むしろ彼女の役職は、脳筋狼の飼い主で良いかもしれないが。

 《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の卒業生である狼獣人のバルロイとハーフリング族のアルシェットは、先日の建国祭の為に王都にやって来ていた。建国祭には人手が必要なので、臨時雇用が大量発生して稼ぎ時なのだ。そして、建国祭が終わった今、休暇も兼ねて王都でのんびりと(ちょこちょこ依頼を受けてお金を稼いではいるが)過ごしている。そんな状況なので、ひょっこりアジトに顔を出すことがあるのだ。

 なお、レレイとバルロイの二人が大活躍している理由は、アルシェットの一言に集約されている。人間よりも五感に優れた狼獣人であるバルロイと、父親が猫獣人である為に普通の人よりも五感が優れているレレイ。その上、彼らはお肉大好きの大食漢。より美味しいお肉の状態を理解しているので、匂いで焼き加減を判別しているのだ。

 ジュージュー香ばしい音を立てている大量の焼き鳥。舌鼓を打つ皆の姿を見詰めながら、悠利は午前中のことを思い出していた。

 ……そう、この大量の焼き鳥の材料になった肉と、それを持ち込まれたときのことを。




 午前中の家事を一通り終えた悠利は、一息入れようとお茶を飲んでいた。今日のお昼ご飯は何にしようかなとのんびりと考えながらの一服は、悠利にとっては幸せな時間でもある。その穏やかな時間に突然の乱入者が現れたのは、次の瞬間だった。


「ユーリ、ただいまー!お肉いっぱい貰ってきたよー!」

「ユーリ、この肉で美味いもの作ってくれ!」

「……へ?」


 賑やかに登場したのは、レレイとバルロイの二人だった。肉食と大食漢が服を着て歩いているような大食いコンビは、にこにことご機嫌で悠利に声をかけてくる。しかし、悠利はまだ状況を飲み込めていなかった。そもそも、何故レレイと一緒にバルロイがやってきたのかがさっぱり解っていない。

 きょろきょろと悠利は二人の背後へと視線を向けた。レレイはともかく、バルロイが一人で行動しているわけがないと思ったからだ。そして、その予想は当たっていた。

 次の瞬間、盛大な打音が室内に響き渡った。


「このアホ!説明も無しにいきなり突撃するんやないわ!」

「……アル、ちょっと痛い」

「喧しい!」


 相棒のアホさっぷりにご立腹なアルシェットが、愛用の槌をぶん回してバルロイの後頭部をぶん殴ったのだった。小柄なアルシェットは、遠心力を利用してパワーを上げて相棒に全力でツッコミを入れているのだ。「あ、やっぱりアルシェットさんいた」と悠利は思った。バルロイとアルシェットは同じパーティーに所属してるだけでなく、常日頃から行動を共にしている。今日も脳筋狼の飼い主は大変そうだった。

 アルシェットに説明を求めようと思った悠利だが、バルロイへのツッコミに忙しい彼女に声をかけるのもはばかられて、とりあえず大人しく待っていた。落ち着いたらちゃんと事情を説明してくれるだろうという信頼の成せる技だった。なお、二人の賑やかなやりとりをのんびりと見ているレレイに説明を求めない程度には、悠利はレレイをよく知っていた。

 レレイは決して頭が悪いわけではないのだが、感情優先なので説明が苦手だった。理路整然と情報を精査して伝えるというのが大変苦手なのである。彼女に聞いても要領を得ないだろうなと解っているので、悠利は大人しくアルシェットの手が空くのを待っているのだった。

 しばらくしてバルロイへのツッコミが一段落したのか、アルシェットがくるりと悠利の方へと向き直った。こんにちは、といつも通りののほほんとした笑顔で挨拶をしてきた悠利に、ほんの少し疲れたように肩を落としながら挨拶を返すアルシェットだった。


「それで、どうしてレレイと一緒にお二人が戻ってきたんですか?」

「たまたま、討伐依頼の現場で鉢合わせしてん。そんで、大量のウイングコッコの肉を持ち帰ってきたっちゅーわけや」

「大量って、どれぐらいですか?」

「…………まぁ、この二人がお代わりしまくってもまだ余るぐらいには」

「うわお」


 アルシェットの説明に、悠利は目を見開いて驚いた。バルロイもレレイも大食漢である。健啖家とかそういうレベルではなくて、とりあえず、ひたすらに食べるコンビなのだ。その二人が満足いくまでお代わりしても大丈夫なぐらいの肉とは、これ如何に。どれだけ膨大な数を引き取ってきたんだと思う悠利だった。

 詳しく説明を聞くと、大量発生したウイングコッコの討伐依頼に出掛けた彼らは、報酬とは別に肉を持ち帰ることを許されたらしい。勿論、取り分の肉を売却することを選択して、現金上乗せを希望する者達もいるのだが、レレイもバルロイもそんなことはしない。ウイングコッコは美味しい鶏肉である。持ち帰って食べる以外の選択肢は彼らにはなかった。

 ついでに、現場で鉢合わせして意気投合したレレイとバルロイの二人が、大量の肉を悠利に渡せば美味しいご飯に化けるという結論を出し、こうして持ち帰ってきたということになる。間違っていないのだが、レレイはともかく既に《真紅の山猫スカーレット・リンクス》を卒業しているバルロイが同じ行動を取っているのが色々アレだった。彼も立派に悠利に餌付けされているのだった。

 肉、肉、とうきうきしているレレイとバルロイの隣で、アルシェットが一人、申し訳なさそうに悠利に頭を下げていた。当たり前だ。いくら肉を持参したとはいえ、突然現れて昼食を作れと言っているのだ。普通に考えたら迷惑である。

 しかし、相手は悠利だった。


「それじゃあ、何を作るか考えますね。ウイングコッコのお肉、どういう状態で貰ってきたんですか?」

「……ホンマにスマンな、ユーリ……」

「え?何がですか?美味しそうなお肉を持ってきて貰って助かってますよ。今日はまだ、お昼ご飯のメニュー決めてなかったので」

「……アンタ、ホンマにえぇ子やな……」


 にこにこ笑顔で答える悠利を見て、アルシェットは思わず目頭を押さえていた。悠利の優しさに感動したらしい。……なお、バルロイとレレイは美味しい肉料理が食べられることが確定したので、ハイタッチで喜びを分かち合っていた。……大食いコンビは食欲に忠実なのだ。

 皆で台所に移動して、彼らが持ち帰ったウイングコッコの肉を作業台の上に広げていく。血抜きも解体もきっちり終わらせた、既に食用として下処理を済ませた肉がそこにあった。部位ごとに分けられており、実に使いやすそうだ。


「へー。ムネやモモだけじゃなくて、手羽とか皮とか色々あるんですね」

「使いやすいところだけ使ってくれたらえぇで。いらん分は持って帰って適当に使うさかい」

「え?いらないところなんて無いですよ?これだけたくさんあったら、皆で堪能できますよね」

「……せやな」


 キラキラと顔を輝かせる悠利に、アルシェットは色々なものを飲み込んだ顔で頷いた。どんな土産を持ってくるよりも、食材を持ってくるときが一番喜ぶ悠利である。確かに喜んでくれて嬉しいのだが、持ってきた食材はもれなく悠利以外の誰かの胃袋に消えていくのだ。悠利の手元には何も残らないのである。それをこんな風に喜ばれると、ちょっと微妙な気持ちになるアルシェットなのだった。

 そんなアルシェットの気持ちなどつゆ知らず、悠利はうっきうきでウイングコッコの肉と向き合っていた。各部位事にきっちりと下処理が施された新鮮なお肉である。今朝討伐して、ついさっき解体が終わったような新鮮すぎる肉だ。許されるならお刺身で食べたくなるぐらいに、つやつやぷりっぷりだった。


「ウイングコッコって、ちょっと大きい鶏だったよね?」

「そうそう。普段は地面を歩いてるけど、ぶわーって飛ぶんだよ」

「それがいっぱいいたの?」

「いーっぱいいた。まぁでも、バルロイさんがいたから簡単に終わったけどねー」

「……そうなの?」

「そうだよ?」


 レレイが感心したように告げた内容に対して、悠利は不思議そうに問い返した。……悠利は、バルロイがどれぐらいの戦闘能力を持っているのかをまったく知らなかった。知る機会がなかったとも言える。悠利の中でバルロイは、遊びに来ては笑顔でご飯を食べていく大型犬みたいな感じである。

 なお、話題の主になっているバルロイは、きょとんとしている悠利の視線を受けても、へらっと笑っているだけだった。彼の視線はお肉に釘付けだった。悠利がどんな美味しいご飯を作ってくれるんだろうという感じの顔をしている。彼の最優先は食欲である。

 なので――。


「……このバルロイさんが?」

「うん、このバルロイさんが」

「……想像出来ないなぁ……」


 悠利の暴言一歩手前の発言も、無理もなかった。悠利の前では、バルロイはいつだって気の良いお兄ちゃんである。それを言えば、指導係や訓練生もそういう感じではある。ただ、通常時でもキリリと戦闘をこなしそうな雰囲気のあるアリーやブルック、フラウなどに比べて、バルロイはのんびりとした雰囲気なのだ。

 ちなみにバルロイは、戦闘時にスイッチが入って切り替わるタイプである。普段の気の良い兄ちゃんという感じのバルロイのイメージでいると、驚くぐらいの変わりようである。ただ、悲しいかな悠利の前でその「戦闘時限定の格好良いバルロイ」が現れることはないのでした。平和が一番。

 そんな風に会話をしつつ、悠利は大量のウイングコッコの肉の使い道を決めた。大量の鶏肉があるのなら、これしかないだろうと勝手に決めた。メニューの決定権は基本的に悠利にあるので問題ない。


「これ、焼き鳥にして外で焼いて食べようか?」

「そのまま焼くの?」

「ううん。ちょっと手間だけど、串に刺して焼こうかなって。……手伝ってくれる?」

「頑張る!」


 美味しいものが食べられるなら全力で頑張ると決意するレレイだった。バルロイもこくこくと頷いているが、その背後でアルシェットが大きなバッテンを作っていた。こいつ不器用だから、と首を振って訴えてくるアルシェットに、思わず苦笑する悠利だった。


「バルロイさんには、ミンチを作るのをお願いします。つくねにしようと思うと、ミンチにしないとダメなので」

「任せろ!」

「……アンタ、力任せにやり過ぎて、まな板壊すんやないで?」

「解った。手加減する!」

「そうしい……」

「バルロイさん、素直ですよねぇ……」


 アルシェットの言うことに元気よく返事をするバルロイを見て、悠利はしみじみと呟いた。相棒の成せる技とでもいうのだろうか。バルロイは基本的にアルシェットの言うことに対して素直だ。多分それは、彼女が理不尽なことを言わないと信じているからだろう。付き合いの長さは偉大である。


「それじゃ、頑張って焼き鳥の準備をしましょうー!」

「おー!」

「任せろー!」

「せやな」


 料理当番の見習い組がやってくれば、人手も増える。大量のウイングコッコの肉を焼き鳥に仕上げる戦いが、始まるのだった。




 その後、料理当番以外にも手隙の面々が手伝いを申し出て、皆で一生懸命焼き鳥の準備を整えたのだった。その結果、今、レレイとバルロイがせっせと焼いている焼き鳥が出来上がっている。

 ムネだけ、モモだけ、白ネギと一緒に刺したねぎま、皮、つくねなど色々と作ってある。味付けも、塩胡椒を施したもの、醤油ダレに漬け込んだもの、何も味を付けないで、各々手元で味付けをするものなど、様々だ。

 白米とパンの準備も整っているし、付け合わせとして大量のレタスとプチトマト、塩キュウリも用意されている。とはいえ、メインは焼き鳥だ。ひたすらに焼き鳥を食べるのが目的なのである。


「ユーリー、つくね焼けたよー!」

「ありがとー」


 取りにおいでーと笑って呼びかけるレレイにお礼を言って、悠利はつくねを取りに行く。つくねは、醤油ダレを塗って焼いたものと、何も付けずに焼いたものがある。一応、下味として塩胡椒はしてあるので、そのままでも食べられる。

 なお、バルロイと二人で焼き係を担当しているレレイは、皿の上に山盛り焼き鳥を積み上げていた。猫舌の彼女は、少し冷ましてからでないと食べられないからだ。その隣で、バルロイはばくばくと大口で焼き鳥を頬張っている。幸せそうに眉がへにゃりと下がっているし、耳も尻尾も嬉しそうにぴこぴこと揺れていた。

 肉の部分も美味しいが、皮ばかりを一つの串に刺してカリカリになるまで焼いたものも、また絶品である。シンプルに塩を振っただけで食べると、旨みを含んだ脂が口の中に広がって実にジューシーだ。焼き係をしなければならないので水を飲んでいるバルロイが、ちょいちょい「酒が欲しいなー」と呟く程度にはおつまみにぴったりの一品だった。

 そんな二人に礼を言ってから座席に戻った悠利は、受け取ったタレのついていないつくねの上にピンクと赤の間ぐらいの色味のタレを塗っていく。ふわりと漂うのは酸っぱい香り。そう、叩いた梅干しに出汁と醤油を合わせた梅ダレである。それを焼いたつくねに塗って、悠利はあーんと口を開けた。

 ぱくりと熱々のつくねを口に含む。新鮮な鶏肉のジューシーな旨味と、梅ダレのさっぱりした味が混ざって思わず笑顔になる。へにゃりと眉を下げて幸せそうな顔をして梅ダレつくねをもぐもぐと食べている。


「んー、梅ダレのつくね美味しいー」

「ユーリって、梅干し割りと好きだよな?」

「うん。それに、酸味のあるタレとかで食べると、お肉がさっぱりするんだよねー」

「そういうもんか?……こっちの醤油ダレのつくねも美味いぞ」


 ご機嫌で梅ダレのつくねを食べている悠利の隣で、クーレッシュは醤油ダレのつくねを食べている。焼いたつくねに醤油ダレを塗り、そのままもう一度焼いて仕上げたものだ。醤油ダレがあぶられて、実に香ばしいのだ。

 自分の食べている醤油ダレのつくねが美味しいことを伝えたクーレッシュに、悠利は笑顔で答えた。


「知ってるー」

「何で?」

「味見してるから」

「なるほど」


 そう、悠利は既に、醤油ダレのつくねを味見で堪能していた。タレの味付けがちゃんと出来ているかを確認するためだ。料理当番特権の味見である。

 そんな二人の隣では、アルシェットがムネ肉を食べていた。こちらは醤油ダレにしっかりと漬け込んでから焼いてあるので、中まで味が浸透している。ムネ肉というのは焼くとぱさぱさしがちだが、ちっともそんな風になっていないので、アルシェットは不思議そうだった。


「アルシェットさん、どうかしました?」

「いや、これムネ肉の筈やのに、ぱさぱさせぇへんなと思って」

「繊維にそって切ると、割とぱさぱさしないらしいです。あと、お酒に漬け込むのも良いとか言いますよね。醤油ダレにお酒が入ってるので、その効果もあるかもしれないですけど」

「……つくづく、アンタ料理好きやねんな……」

「はい」


 アルシェットの言葉に、悠利はにこにこ笑って頷いた。悠利は料理を作るのが好きだし、それを誰かが喜んで食べてくれるのも大好きだ。だから、自分に出来る範囲で美味しく作ろうと頑張るのである。専門的に勉強したことはないけれど、日夜お家ご飯をより美味しく作れるように頑張っているのだから。




 なお、焼き鳥に使わずに残った手羽の部分は、後日ちゃんと美味しく調理されるのでした。大変美味な鶏肉だったので、美味しく全部いただくのでありました。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る