物作りコンビと建国祭の戦利品です。


 洗濯を終えた悠利ゆうりがリビングへ戻ってくると、床の上に布を敷いて、その上で店開きのように様々な鉱物を並べている少年少女の姿があった。どちらも小柄だが、受ける印象は少々異なっている。

 少年はほっそり小柄で幼く見え、少女の方は小柄ながらがっちりして見える。同じように小柄でも雰囲気が異なるので、背格好で見間違えることは無い。


「ロイリスとミリー、今日は工房に行ってないの?」

「あ、ユーリくん、お疲れ様です。僕、今日はお休みなんです」

「お疲れ様、ユーリ。アタイも今日は休み」

「そうなんだ」


 悠利の問いかけに、二人は笑顔で答えた。彼らの説明に、悠利はなるほどと納得するのだった。

 ロイリスと呼ばれたのは赤茶色の髪をした、一見すると7、8歳に見える外見の少年だ。ちんまりとした印象を裏切らない全体的に丸みを帯びた体型は、まさに幼児体型。だがしかし、年齢は12歳。彼が幼く見えるのは、ハーフリング族だからである。彼らは、成人しても人間の子供と変わらない外見という特徴を持つ種族なのだ。

 ミリーと悠利が呼んだのは、オーバーオール姿が印象的なミルレインという名前の少女だ。焦げ茶色の髪を、頭の真後ろで短い三つ編みにしているのが可愛らしい。こちらは16歳という年齢通りに見える外見をしている。ただし、彼女も小柄だった。だが、全体的に幼児めいた体型のロイリスと異なり、こちらは少々がっちりして見える。有り体に言うと、彼女は骨太なのだ。少々無骨に見えるのは、山の民の特徴だった。

 そんな二人は、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》でも珍しい、物作りコンビだった。ロイリスは手先が器用な細工師で、主に金属加工を得意としている。ミルレインは武器作りを手がける鍛冶士だ。どちらもまだ駆け出しなので、日夜修行を続けている。

 なので、彼らのスケジュールは他の訓練生達とは少しばかり異なる。

 普通、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の訓練生は、座学と実技を織り交ぜて学び、冒険者らしくギルドの依頼を受けたりしながら修行を続けるのだ。ロイリスとミルレインは、そちらに参加しつつも、王都にある各工房に顔を出し、職人としての修行も続けていた。戦闘技術に関しても学んでいるが、そちらが本職というわけではない。

 そんなわけなので、昼間に彼らがアジトで過ごしているというのは、地味にレアな状況だった。下手をしたら、数日工房に泊まり込むとかやらかしてるので。


「それで、二人は何をしてるの?店開き?」

「違いますよ、ユーリくん。材料の仕分けというか、取り分の分配です」

「そうそう。建国祭でまとめ買いした物がたくさんあってさ。お互いの必要な分を相談してるところ」

「あ、それ建国祭で買ったものなんだ」


 悠利の問いかけにロイリスは苦笑しながら答える。けれど、布の上にたくさんの鉱物を並べている姿は、悠利の中ではフリーマーケットや子供のお店ごっこに見えてしまったのだ。まして、ロイリスもミルレインも小柄で幼く見える。相乗効果でそういう風に見えたのである。

 よくよく二人の手元を見てみると、鉱物の山が三つ作られていた。中央に大きな山が一つ。そして、向かい合って座る二人の前にそれぞれの山があるのだ。均等に分けられているようで、内訳が少々異なっているので、お互いに自分に必要だと思う物を選んで取り分けているらしい。

 そんな物作りコンビの戦利品を、悠利はまじまじと見詰めた。基本的に、悠利には縁のないインゴットや原石の山である。以前、見習い組達と当て物ゲーム(見習い組達の勉強を遊び感覚で出来るようにしただけ)をやったときに見たぐらいだ。

 ぱっと見た感じ、色々な鉱物が並んでいる。よく見れば、鉄や鋼といった金属の他に、宝石っぽいものも転がっていた。悠利には物作りにどういったものを用いるのかが解らないが、二人にとっては大切な素材なのだというのだけは理解出来た。

 何故なら、ロイリスもミルレインも真剣な顔で目の前の素材達を手にとって確かめているからだ。表面を触ってみたり、お互いに相談しながら選別している。その姿は、悠利にとって、自分が野菜を目利きするときと同じように見えた。


「色々と買い込んだみたいだけど、どうしてそれを二人で仕分けしてるの?」

「一緒に買ったからですよ」

「まとめ買いの方がお得だったんだ」

「あぁ、なるほど」


 問いかけた悠利に、二人は笑って答えた。建国祭には様々な土地から様々な商品を持って多くの人々がやって来ていた。その中で、二人も普段は見かけなかったり、少し手が出ないような素材を発見したのだ。そして、それを買うときに二人で予算を出し合ってまとめ買いをすることで、オマケを付けて貰ったり安くして貰ったりしたのだという。買い物の知恵だった。

 例えば、片方にとっては必要のない素材だが、それがセット販売に入っていたりしても、二人で分け合えば無駄を省けるという感じだ。セット販売の方がお得だったりするのはよくあるが、自分が使わない物のためにお金を払うのはちょっとためらってしまうのが人の心というものである。しかし、それを隣の相手に渡せば問題ないのならば、一緒に買っても良いという結論になったのだ。


「これで何を作るかって決めてるの?」

「そうですね……。僕は色々な金属の配合を試して、そこに模様を彫る練習をしようかと思っています」

「あぁ、ロイリスが作る細工物は、本当に綺麗な模様が彫ってあるもんね」

「まだまだ未熟ですけどね。金属によって彫り方や道具を変えなければいけないので、その勉強です」

「そっかー。もし良かったらまた見せてほしいなー。僕、ロイリスが彫る模様、好きなんだよねー」

「喜んで」


 にこにこ笑顔でおねだりをした悠利に、ロイリスも笑顔で応じる。ふわふわほわほわとした雰囲気がちょっと似ている二人だった。しいて言うなら、悠利がぽわぽわ天然で、ロイリスが育ちが良さそうなおっとり系というところだろうか。なので、相乗効果でその場が物凄く和んでいた。

 標準装備でのほほんとしている少年2人の隣で、ミルレインは黙々とインゴットを整理していた。細工物を手がけるロイリスと異なり、ミルレインは鍛冶士だ。それも、専門として扱っているのは武具である。必然的に、彼女が重要視するのは刃の部分だった。


「ミリーはいつもみたいに武器を作るの?」

「うん。今回は珍しい鋼も手に入ったから、色々混ぜて強度が出せるかを確かめたいと思ってる」

「武器の刃先の部分って、そんなに色々な金属混ぜて作るの?」

「物によるかな。一種類だけで作り上げることもあるし、複数を混ぜて作った方が生きる素材もあるから」

「大変なんだねぇ」


 何をどの配分で混ぜて、どのように熱を加え、どうやって加工するのか。ただ鋼を打つだけでは鍛冶士は務まらない。どれほど形を丁寧にそれっぽく作ったとしても、肝腎の刃の部分や接合部分がお粗末であれば、意味がない。だからこそミルレインは、珍しい素材が手に入ったときには、色々とチャレンジするようにしているのだ。

 勿論、先達の意見はきっちりと拝聴する。その上で、自分でやってみたいと思う配合を試すのもまた、修練の一環である。どう考えてもあり得ないとか、失敗するとか言われた組み合わせも、どこか一つ手順を変えれば化ける可能性があるのだ。試さずにずっと気にするぐらいならば、試して失敗して次に進んだ方が良いと考えるのがミルレインという少女なのだった。


「っていうか、もしかして2人とも、建国祭での買い物ってそれだけなの?」

「「…………」」

「……え?まさか、本当に、手持ちの資金、全部それにつぎ込んだ、の……?」

「「…………」」


 悠利の何げない問いかけに返ってきたのは、沈黙だった。ミルレインは手元のインゴットを整理しながら、顔を上げない。ロイリスはにこにこと笑ったまま、そっと視線を明後日の方向に逸らしていた。重ねた問いかけにも同じ反応しかなかったので、悠利は思わず口を小さく開けたまま固まっていた。

 目の前には、大量の素材の山。建国祭は大きなお祭りで、そこで売り出されていたのならば、珍しい品もあったのだろうと推察する。それを買い求めるのを2人がためらわなかっただろうことも理解できる。普段ならば手に入らないものが手に入るのだ。お祭り効果でお財布の紐が緩んでも仕方ない。

 だがしかし、である。

 だからといって、まさか、楽しい楽しいお祭りの戦利品、購入した品が、これだけというのは、悠利にはちょっと理解できなかった。悠利自身は、皆と一緒に食べ歩きを楽しんだだけでなく、雑貨や衣類なども買い込んでいる。部屋に飾るような可愛らしい小物を買い求めてもいる。そんな風に自分は楽しんでいたので、まさか2人が全力で素材を買い求めたと知って、呆気にとられているのだ。


「いや、美味しい物はいっぱい食べたし」

「ミリー……?」

「えぇ、そうですよね。普段食べられないお料理を食べましたよね」

「ロイリス……?」


 二人揃って、悠利を目を合わせないままに言い訳っぽいことを口にし始めた。別に悠利は二人を咎めるつもりも責めるつもりもなかったので、何で彼らがそんなことを言いだしたのかが解らなかった。悠利はただ、ちょっと驚いていただけである。


「二人とも、どうしたの?」

「……いえ、その……」

「……いや、うん……」

「ロイリス?ミリー?」


 妙に歯切れの悪い二人に、悠利は首を傾げた。いったい何が彼らの口を重くしているのだろうかと不思議だった。そんな悠利を見ていた2人は、少ししてぽそりと呟いた。


「……気づいたら資金が無かったんです……」

「……素材以外も買おうと思ってたけど、資金が尽きた……」

「……うわぁ」


 滅多に手に入らない素材の山にはっちゃけた結果、他の買い物に使おうと思っていた資金まで使ってしまったらしい。お祭り効果とか、バーゲン効果とかみたいなものかなと思う悠利だった。後、旅行先効果も似たような感じかもしれない。つまるところ、お財布の紐が極端に緩くなってしまい、気づいたら予想外にお金を使ってしまっていたパターンだ。

 勿論、彼らは生活費や諸々の雑費まで使い込むようなことはしていない。ただ、建国祭用の資金として用意していたお金が、気づいたら綺麗さっぱり吹っ飛んでいただけなのだ。察してあげてほしい。


「アタイだって、小物入れとか雑貨とか髪飾りとか買おうと思ってたんだ。だけど、気づいたら資金が底を突いていた……!」

「僕も、家族への贈り物とか普段使いの出来る洋服とか買おうと思ってたんですよ。でも、気づいたら資金がなくなっていたんです……」

「お祭りって怖いね……」

「「本当に」」


 悠利のしみじみとした呟きに、2人は力一杯頷いた。お祭りは楽しいけれど、同時に財布からお金が飛び立ってしまうものなんだなぁと痛感する三人であった。楽しいから良いのだけれど。自制心が足りていない者の場合、使ってはいけないお金にまで手を付けそうで怖いなと思う悠利だった。

 そこでふと、素材に資金を全部つぎ込んだ2人の行動が、悠利にある人物を連想させた。そして、いつもの口調のままで、悠利はそれを口にした。


「何だか2人の行動って、食べ物に資金全部つぎ込んだレレイに似てるよね」

「「……え」」

「レレイは最初から、資金を全部食べ物につぎ込むつもりで、衣装も新調しないで準備してたんだけど。一点集中ってところが似てるかなって」

「「えぇぇぇ……」」

「……何で2人ともそんな死ぬほど嫌そうなの……」


 笑顔で告げた悠利に返されたのは、心底嫌そうな顔だった。うなり声みたいな感じで異論を口にしたそうな2人。悠利にしてみれば、つぎ込む先が食べ物か素材かというだけで、2人の一点集中っぷりとレレイの一点集中っぷりは同じに思えたのだ。だがしかし、どうやら2人は納得できていないらしい。


「確かに言われてみれば同じような行動となるかもしれませんが、一緒にされるのは何だか釈然としないと言いますか……」

「アレは純粋に自分の欲望に忠実なだけだろ。アタイ達のこれは、ちゃんと自分の修練に生かされるんだから、ちょっと一緒にされたくない」

「解ります。そういうところですよね、ミリー」

「そうそう」

「……いやー、外野から見てると、割と同じ感じだよー?熱意の傾け方とかさー」


 2人手を取り合って熱弁しているロイリスとミルレイン。聞こえないと解りつつ、ツッコミを入れてしまう悠利だった。当人達がどう思っていようと、当初の予定をうっかり忘れて、熱意の赴くままに素材を買い漁った彼らも大概なのだから。

 確かに食べてそれで終わるレレイと、今後の修練に生かす彼らでは多少違うかもしれない。だがしかし、そんなものは誤差である。少なくとも、お祭り効果でお財布の紐が緩くなって、うっかりお金を使い過ぎちゃったという段階で同じだ。悠利の中では。

 とはいえ、多分どれだけ言っても納得してくれないんだろうなと思って、2人の熱弁を右から左に聞き流すことにした悠利だった。後、普段見ない素材の数々を見て楽しむことに切り替えていた。何だかんだでスルースキルもそこそこある悠利なのでした。




 なお、その話を聞かされたレレイが「仲間だね!」と言ったことで夕飯前に一悶着あったのでした。割といつも賑やかな《真紅の山猫スカーレット・リンクス》です。




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