チーズ好きに、小松菜とろろチーズ焼き。


「ユーリ、何してんの?」

「んー?チーズいっぱい貰ったから、お昼ご飯はチーズ使おうかなって思って」

「それは解ったんだけど、何でチーズ使おうとしてるのに長芋すり下ろしてるのかって話なんだけど」

「え?」


 せっせと台所で長芋をすり下ろしていた悠利ゆうりは、きょとんとした。問いかけたアロールはと言えば、台所前のカウンターに陣取っている。その首元には、いつもならいる筈の白蛇ナージャはいない。彼女は今、ルークスと二人で庭の害虫駆除に勤しんでくれている。頼りになる従魔達である。

 ちなみに、見習い組達はそれぞれ訓練生と一緒に修行に出かけている。建国祭を満喫して息抜きを終えたと思ったら、しっかりとお勉強が再開しているのだ。早く一人前になれる日を目指して、彼らは頑張っている。

 さて、話を戻そう。

 アロールがツッコミを入れた通り、悠利は先ほどから一生懸命長芋をすり下ろしている。しょりしょりという音と共に、大量のとろろがボウルの中へと落ちていく。それ自体は別に何の問題もないだろう。ただ、チーズを使うと言っておきながら、何故か大量のとろろを作っているということが、アロールには理解出来ないだけだ。

 そんなアロールに、悠利は不思議そうに首を傾げた。彼にとっては、チーズを使うことと、今せっせと大量のとろろを作っていることは、別に矛盾しない。両方、本日の昼食メニューに使おうと思っているだけなのだ。


「とろろとチーズを一緒に使うからなんだけど?」

「その二つって合わせるものなの?」

「あ、後は小松菜も使うよ」

「いや、僕が言いたいのはそういうことじゃなくて」


 根本的に話が噛み合ってない気がするアロールだった。なお、悠利はちゃんと説明をしているつもりである。一応、彼が今から作ろうとしている料理には、小松菜ととろろとチーズが必要になるので。

 だがしかし、アロールが聞きたいのはそれではない。彼女が聞きたいのは、そもそもとろろとチーズを一緒に使うのは、珍しい使い方じゃないのかという話だ。極論、味は大丈夫なのかという意味で。

 勿論、彼女は悠利の料理の腕を信じている。信じているが、それでも、まったく予想が出来ない材料の組み合わせをされると、疑問が生じてしまうのも事実だ。しかし、悠利にはそんなアロールの気持ちがまったく解らないので(何しろ、彼はそれが美味しいと思って作っている)、不思議そうな顔をするのだった。どっちも悪くない。ただ、ちょっとすれ違っているだけである。


「んー。チーズ載せない場合もあるんだけど、今日はチーズたくさんあるから載せようと思って。そんなに変じゃないよ」

「……正直、味の想像がつかないんだよね……」

「まぁ、よくあるよね!」

「そうだね……」


 君が作る料理ではね、と小さく付け加えたアロールだった。別にそれを嫌がっているわけではない。異国人である悠利の作る料理は、時に彼女のまったく知らないものが出てくるのだ。とはいえ、それで裏切られたことはあんまりないので、そこまで心配はしていない。ただちょっと、気になっただけである。

 そんな風に会話をしながら長芋をすり終えた悠利は、次に小松菜の調理に取りかかる。汚れを落とし、根元の汚れの強い部分だけを切り落とし、バラバラにならないようにする。そして、その小松菜を平鍋に敷き詰めるように並べて茹でる。

 小松菜が茹で上がったら、あら熱を取ってから軽く絞って水気を取る。そして、根元を切り落として捨て、ごま和えやおひたしにするときのように食べやすいサイズにカットする。そして、風味付けにオリーブオイルを少量絡める。

 次に、耐熱の器、オーブンに入れても問題ない器を用意して、そこにオリーブオイルと和えた小松菜を並べていく。上にとろろやチーズを載せるので、それほど大量ではないが、少なくとも底が見えない程度には敷き詰める。


「それ、下味は付けないの?」

「うん。味付けは後でするよ」

「ふーん」


 悠利が何を作り出すのか気になっているのだろう。彼の手元を覗き込みながら、時々質問を投げかけている。とはいえ、普段から見習い組と一緒に料理をしている悠利なので、合間合間に話しかけられるのは苦では無い。アロールの問いかけにも、のんびりとした調子で答えている。

 小松菜を人数分の器に盛りつけた悠利は、次にとろろを流し入れる。これも、その上にチーズを載せるので、入れすぎないように注意して、だ。とりあえず、小松菜が全て隠れるぐらいにとろろを入れれば問題ない。

 最後に、溶けやすいように削ったチーズをぱらぱらと散らす。たっぷりと、溶けたときに全てがチーズで埋もれるような感じでちりばめる。これで下準備は完成である。

 予熱をしておいたオーブンに、器を丁寧に並べる。後は、チーズが溶ければ完成だ。


「焼くの?」

「うん。焼くっていうかチーズを溶かす感じだね。小松菜は茹でてあるし、とろろは生でも食べられるから」

「なるほどね」


 どんな料理になるんだろうかと興味津々のアロール。その顔が徐々に、溶けたチーズの匂いで緩むのを見ながら、悠利は他のおかずの準備に取りかかるのだった。アロールはチーズが好きなので、自然と顔が緩んでしまうのだろう。ただし、それを指摘すると怒られそうなので言わない程度には空気の読める悠利だった。




 そして、昼食の時間である。

 わらわらと集まってきた仲間達は、皆楽しそうだ。基本的に彼らは悠利の手料理が大好きなので、食事のときはいつも楽しそうなのである。

 本日の昼食メニューは、小松菜とろろチーズ焼きに、チーズたっぷりオムレツ。熱々にチーズを溶かしたオニオンスープ。グリーンサラダと、ご飯かパンかはお好みで、となっている。チーズが盛りだくさんなのは、仕様だ。

 ただ、ここまでチーズ尽くしになることは滅多にないので、皆がちょっと不思議そうにしているだけで。


「このチーズ焼きは、中に小松菜ととろろが入っています。めんつゆをかけて、混ぜて食べてくださいね」

「え?これ、めんつゆかけるの……?」

「うん」

「……チーズにめんつゆ……?」

「うん」


 一同を代表してアロールが呆気に取られながらも問いかける。だがしかし、悠利はいつも通りの笑顔で頷くだけだ。チーズとめんつゆって合うのだろうかと思いながら、とりあえず悠利を信じてかける皆だった。

 小松菜ととろろがめんつゆに合うのは何となく解っている。だがしかし、そこにチーズが加わっているので、味の想像が出来ないのだろう。悠利は気にした風もなく、めんつゆをかけた小松菜とろろチーズ焼きを、スプーンで混ぜている。

 スプーンに具材を全て載せるようにして掬い、そっと口へと運ぶ。食感を残す程度に茹でた小松菜の歯ごたえに、絡まるとろろとチーズが良いアクセントになっている。味付けはチーズの塩気とめんつゆのみだが、それが何とも言えない調和で口の中に広がるのだ。和風なのか洋風なのかよく解らないが、とりあえず美味しいので悠利は気にしない。

 溶けたチーズととろろが混ざっているのも、また面白い。この料理は、全部一緒に食べるから美味しいのだ。個々でも美味しいだろうが、合わせることで別の味わいが出る。その見本みたいな感じだった。


「……美味」

「…………えーっと、マグ?」

「美味」

「うん、気に入ってくれたのは良いけど、お代わりはないからね?」

「…………美味」

「だから、一人一皿なの!他のおかず食べて!」

「……諾」


 あっという間に食べ終えたらしいマグが、空っぽになった器を手に悠利の前に立っていた。いつも通りの淡々とした口調、いつも通りの無表情。だがしかし、何を要求されているのかは解る悠利である。いい加減慣れた。

 だがしかし、要求されたところで、無い袖は振れない。無いものは無いのである。それを必死に伝えて、ようやっと納得したらしいマグだった。いや、納得したわけではあるまい。渋々了承したぐらいが近いだろう。

 今日はおかずを強奪できる相手であるウルグスがいないので、諦めたらしい。喧嘩相手のウルグスの分は奪いに行っても良いという謎理論を持っているマグなので。……なお、マグのその行動が甘えとか試し行動とかだと解っているウルグスは、怒りながらも半分分けてくれることがある。勿論、全力で抵抗して自分の分を守ることもある。ある意味それは彼らのコミュニケーションなのだ。


「もう、マグの場合は、薄めためんつゆをライスにかけさせておけば良いんじゃないの?」

「アロール、何言って……」


 面倒くさそうに呟いたアロールに、悠利は苦笑する。変なこと言わないでよと言いたげだ。だがしかし、そんな二人の視界に、小さな影が入り込む。嫌な予感を抱きつつ悠利が視線を向ければ、そこにはマグが立っていた。


「名案」

「名案じゃないよ!!やっちゃダメだから!めんつゆご飯禁止!」

「……何故」

「おかずでご飯食べてください。何のためにおかずがあるのか解らなくなるよね?」

「…………諾」

「頷くまでが長いんだけど……」


 ぱぁっと顔を輝かせていたマグであるが、悠利の必死の説得で何とか折れるのだった。アロールは思わず、小さな声で悠利にごめんと言った。彼女は単なる冗談レベルで口にしたのだ。まさか、マグが真に受けると思わなかったし、そもそも聞こえていると思わなかったのだ。……出汁が絡むと耳も良くなるのか、遠い場所にいても反応するのがマグだった。出汁の信者怖い。

 とりあえずマグが去って行ったので、悠利とアロールは大人しく食事に戻る。軽いホラー案件だった。


「そういえば、何で今日はこんなにチーズばっかりなわけ?」

「ダレイオスさんからチーズいっぱい貰ったから」

「……それって、この間店を手伝ったお礼?」

「そうらしいよ。ちゃんと賃金も貰ったんだけどねー。でも、美味しそうなチーズだったから、お言葉に甘えてみた」

「ふうん」


 チーズが大量にあった理由はそれで解ったのか、アロールはもぐもぐと食事に戻る。けれど、すぐにもう一度悠利に問いかける。


「チーズがいっぱいあるからってのは解ったけど、それでもここまでチーズばっかりにする必要あった?」

「え?だって、今日はアロールもフラウさんもいるから」

「……ん?」

「二人、チーズ好きでしょ?」

「…………うん」


 にこっといつも通りの笑顔で、当たり前みたいに告げる悠利。面食らったアロールは、次の瞬間眉間に皺を寄せるようにして頷いた。怒っているようにも見える表情だが、単純に照れ隠しである。正確には、素直に喜ぶことも出来ない複雑な十歳児心というやつだろうか。

 二人の会話が聞こえていたのか、フラウが謝辞を示すように悠利に向けて軽く会釈をする。席が離れているので声をかけるのは控えたのだろう。悠利もそれが解っているので、ぺこりと頭を下げることで返事にした。

 アロールとフラウの二人は、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》のメンバーの中で特にチーズが好きな二人なのだ。チーズならばどんな種類でも好きなようで、食事でもお菓子でも美味しく食べている。そんな彼女達が二人一緒に昼食の時間にいるので、こうしてチーズ尽くしの料理にした悠利だった。


「……っていうか、そういう依怙贔屓なことして、他が怒るとか思わないの?」

「え?別に誰も怒ってないよね?美味しかったらそれで良いと思うんだけど」

「……」

「アロール?何で怒ってるの?」

「怒ってない」


 言いたいことが半分も悠利に通じなかったので、アロールはそれ以上会話をするのを諦めたらしい。なお、彼女の意見も間違っていないが、そもそも悠利は誰かの喜ぶご飯を作ることがしょっちゅうなので、それを依怙贔屓だと今更言う面々はいないのだ。そりゃ、誰かだけ特別に一品多いとか、量が多いとかになったら喧嘩になるだろうが。そういうことはしないので。

 困ったように眉を下げる悠利。ふてくされたようなアロール。そんな二人を見て、アロールの足下で食事をしていたナージャが、呆れたようにシャーっと鳴くのだった。まだまだ子供だとでも言いたげに。




 なお、何かを閃いたらしい面々が、小松菜とろろチーズ焼きをご飯に載せて丼にしたら意外と美味しかったので、時々丼として提供されることになるのでした。美味しいは正義!




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