建国祭を満喫しました。

「色々あったけど、建国祭本当に楽しかったね!」

「色々ありすぎだけどな」

「ありすぎだよね」

「ありすぎだった……」


 笑顔で悠利ゆうりが告げた言葉に、クーレッシュ、ヤック、カミールがツッコミを入れた。遠い目をしている面々が何を思っているのかよく解らずに、悠利は首を傾げている。悠利にとって建国祭は、楽しいだけのお祭りだったので。


「っていうか、カミールの場合は建国祭じゃなくて、建国祭前が大変だったんじゃないの?」

「止めろ!思い出させるな……!」

「……本当に何があったの、カミール……」

「何時間も拘束された上に、上から下まで着せ替え人形にされたんだよ!」

「「うわぁ……」」


 カミール最大の受難は、お洒落に全力投球するオネェにとっ捕まったことである。建国祭用の衣装をレオポルドに見立てて貰ったカミールであるが、しばらくそのときのことを思い出したくない程度には大変だったらしい。もっとも、そのときに購入した衣装に関しては、まぁ、煌びやかすぎて普段使いは出来ないものの、質の良い晴れ着が手に入ったということらしいが。

 レオポルドの情熱の恐ろしさと、それを引っ張り出してしまう容姿をしていたカミールの不憫さを、しみじみと感じる悠利達だった。後、カミールのお財布がそれなりに余裕があったことも理由だろう。多分。

 そんなことを思いながら、悠利は隣で憮然とした顔をしているクーレッシュを見る。特に大きなトラブルがあったとは聞いていないのだが、彼も何かを思い出しているのか微妙な顔をしているのだ。


「クーレは何かあったの?」

「いや、仕事が忙しかっただけ……」

「……あぁ、あちこちの見回りのお手伝いだっけ……?」

「そう……。……酒は適切量を摂取してほしい。そこらに転がってる酔っ払いの回収とか面倒くせぇ……」

「あー……」


 真顔になるクーレッシュに、悠利は遠い目をした。それは確かに迷惑だなぁと思ったのである。酔っ払いというのは、本当に面倒くさいのだ。会話は通じないし、足下は怪しいし、妙にコチラに絡んでくるし、と。それが身内でも面倒くさいというのに、見知らぬ赤の他人である。そりゃあ、面倒くささが炸裂するだろう。

 クーレッシュがやっていた仕事は、街中の見回りである。何人もで連携を組んで、建国祭でのトラブルを少しでも未然に防ぐためのお仕事だ。だがしかし、警備に分類されそうな仕事だというのに、一番忙しかったのは酔っ払いの回収だったのである。祭りでハメを外して飲み過ぎる人はどこにでもいるのであった。


「てか、俺らよりお前らだろ。何か襲撃に巻き込まれたとか聞いたけど」

「あぁ、うん。一緒にいた子が狙われちゃってたみたいなんだよねー」

「いきなりでビックリしたよね」

「ねー」

「「ヲイ」」


 顔を見合わせた悠利とヤックが、のんきに笑っているのを見て、クーレッシュとカミールは思わずハモってツッコミを入れてしまった。襲撃されたのにその反応は何なんだと言いたいのである。

 そんな二人に向けて、悠利はにへっと笑った。いつも通りのほわほわした笑顔である。


「襲撃はされたけど、誰も怪我しなかったしねー。助けてくれた人もいるし」

「そういう問題じゃねぇだろ」

「それに、マグとルーちゃんが恰好良かったんだよー」

「そういう問題でもねーわ」

「皆無事だったし、襲撃者さんも捕まったし、それで良いんだよ?」


 にこにこと悠利は笑っている。危ない目に遭ったというのに、相変わらず危機感が欠落している悠利。クーレッシュは盛大なため息をつき、カミールは天を仰いだ。そんな二人を見ても、悠利はやっぱりにこにこ笑っている。

 ……特筆すべきは、ヤックがそんな悠利に同意しているところだろうか。普段のヤックならば絶対に、危ない目に遭ったことを主張するだろうに、今の彼は悠利と同じように襲撃を終わったことで片付けているのである。


「ヤック、お前も何かおかしくないか?」

「おかしいって、カミールひどい。……オイラはただ、友達が無事だったから良かったなって思ってるだけ」

「僕も、僕も」

「それで片付けんなよぉ……」


 今度こそがっくりとカミールは肩を落とした。悠利だけならまだしも、ヤックまでそんな反応をするものだから、カミールは何をどうすれば良いのか解らなくなったのだ。クーレッシュは微妙な顔で二人を見ている。

 けれど、悠利もヤックもそれ以上は何も言わなかった。襲撃された友達がどんな人物なのかも、何故襲撃されたのかも、誰が助けてくれたのかも。彼らはまるで、それが自分達だけの大事な秘密だと言うように語らないのだ。


「そういや、最終日の王様達の挨拶はやっぱり盛り上がるよな」

「普段顔見せとか全然無いし、余計にだと思いますけど」

「バルコニー前の広場、すっごい人だったしな」

「クーレさんはそのときも仕事でしたっけ?」

「そうそう。だから遠目に見ただけなんだけどな」


 建国祭の最終日、祭りの終わりを告げる最後のイベントは、王城のバルコニーから挨拶をする国王一家だった。それは毎年決まっていることで、今年も例外ではない。バルコニー前広場では、普段顔を見ることの出来ない国王一家を一目見ようと、多くの人々がひしめいていた。

 なお、クーレッシュはそうやって集まった人々が暴動を起こさないように見張るお仕事だった。警備員さんである。しかも、配置されたのが広場の入り口付近だったものだから、バルコニーで手を振る国王一家の姿は遠目にちらりと見るだけで終わった。


「カミールは?」

「俺はそのときは、ちょっと商談を」

「…………商談?」

「お前何してんだ、それ」

「あははは。実家の代理ですよ。打ち合わせをして、詳しい契約は実家としてもらうための相談でした」

「……お前本当、マジで何でここにいんの?」


 クーレッシュが思わずツッコミを入れたが、話を聞いていた悠利とヤックもこくこくと頷いている。カミールはケラケラ笑って修行中ですと言っているが、どう考えてもトレジャーハンターを目指す初心者冒険者の行動ではない。ただの若手商人か商人見習いである。


「ユーリ達は見に行ったんだろう?」

「うん。ヤックとルーちゃんと見に行ったよ。熱狂が凄かったよねー」

「凄かったー」

「ははは。まぁ、そうだよなぁ」


 のほほんと笑う悠利と、同じく笑顔のヤック。クーレッシュは二人の返答に楽しそうに笑った。警備をしていた彼にも、その感想はよく解るのだ。人々の熱狂が凄かったので。

 そう、その日は、物凄い熱狂だった。その熱狂の中、悠利とヤックは興味本位でバルコニー前広場に足を運んだのだ。国王様ってどんな人なんだろうね?という感じで。

 そこで彼らが見たのは、威厳に満ちあふれた国王と、その傍らにたたずむ美しい王妃。逆隣に一歩下がって控えている側室。王と王妃の左右には、三人の王子と二人の王女が並んでいた。いずれも豪奢な衣装を身にまとい、煌びやかな美しさを放っていた。

 顔の造作が整っているとか、衣装が素晴らしいとか、そういう問題ではなかった。一般人とは何かが違うと思わせる上流階級オーラが漂っていたのである。国王と王子王女は、いずれも陽に透けるような明るい、淡い茶色の髪をしていた。


「別世界の人だなぁって感じだったよ」

「そうそう。何かもう、空気が違った」

「まぁ、そりゃ王族の皆様だからな。俺ら一般人とは違うだろうよ」

「そうだね-」


 しみじみと呟く悠利とヤックの言葉に、クーレッシュはからからと笑い、カミールもそれに同意している。そんな二人に、悠利はのんびりと笑った。

 そう、王族の皆様は、一般人である悠利達とは全然違う存在だ。遠い遠い存在である。視界に入ることすらないだろうし、認識されることもないだろう。だがしかし、それで良いのである。

 たとえ、三番目の王子様の年齢が悠利とほぼ同じだったとしても。その背格好が、どこかの誰かによく似ていたことも。彼の髪の色と、彼らの髪の色がとてもよく似ていたことも。全部全部、どうでも良いことなのだ。


「っと、そろそろ俺らは修行に戻らないとな。行くぞ、二人とも」

「了解」

「はい」

「んじゃ、ユーリ、行ってくるわ」

「行ってらっしゃいー」

「「行ってきます!」」


 昼食後のお茶休憩を終えて、クーレッシュ達は修行に戻っていく。建国祭が終わってしまったから、彼らはまた日常に戻っているのだ。修行をして、たくさんのことを学んで、覚えて、いつかこの箱庭を巣立つために必死に頑張っている。

 そんな仲間達を見送っていた悠利の耳に、名前を呼ぶ声が聞こえた。声の方へと視線を向ければ、そこには頼れるリーダー様が立っていた。


「ユーリ、いたか」

「アリーさん。何かありましたか?」

「手紙だ」

「手紙……?」


 首を傾げる悠利に渡されたのは、ずいぶんと立派な装丁の封筒だった。一目で上物と解る。だというのに、不思議なことに封蝋にはそれと解る文様は何一つなかった。だいたい、こういう上等なお手紙を出す人達というのは、自分だと解る印章を封蝋に使っているのだが、それがないのだ。

 それ以前に、悠利は何故自分に手紙が届くのかと疑問に思った。悠利には、わざわざ手紙を出してくるような知り合いはいない。……いないはず、である。

 けれど、ふと、気づいた。


「……直送便ですか?」

「……あぁ」

「ありがとうございます」


 悠利の問いかけに、アリーは静かな顔で頷いた。直送便と言うのは、配達員が持ってきた手紙ではなく、直接差出人から受け取ってきた手紙のことを指している。アリーの返答に、悠利はそれが誰からの手紙なのかを理解して、素直に受け取った。

 ぺりぺりと、破らないように気をつけながら封蝋を剥がす。無印に等しい封蝋が、きっと、差出人の正直な気持ちなのだろうと思いながら。

 封筒の中から出てきたのは、無印の便せんだった。特に飾りっ気も何もない、けれど上質なことがよく解る便せんだった。その便せんに、丁寧な文字が綴られていた。書き手の性格を反映したかのような文字だった。




《ユーリくんへ

 

 突然こんな手紙が届いたら、君は驚くでしょうか。こうして筆をとることが正しいのかどうか、僕にはまだ解っていません。

 けれど、どうしてももう一度君に、君達に、言葉を伝えたいと思いました。だからこの手紙を、彼に託します。

 あの日、見ず知らずの僕を助けてくださって、本当にありがとうございました。君達の優しさは、生涯の宝です。

 生まれて初めての、とても自由で、とても楽しい建国祭でした。友達と過ごす祭りがあんなに楽しいことを、僕は初めて知りました。

 連れとはぐれて、一人でどうすることも出来ずに困っていた僕ですが、皆さんのおかげでとても楽しい建国祭を過ごせました。

 きっと、今年ほど幸せで楽しくて、忘れられない建国祭はもう二度と来ないと思います。

 あの日、何も聞かずにいてくれた君の優しさに、感謝します。皆さんの思い出の中で、僕がずっと友達のフレッドのままならば、これ以上の幸福はありません。

 もしも、もしもまたどこかで会うことがあったら、そのときはあの日の思い出話をさせてください。きっと、話は尽きないでしょうから。

 君達の未来に、幸いがありますように。

 

 フレッド》




「……」


 手紙の内容を、悠利は何度も何度も読み返した。つかの間の自由を、悠利達との時間を、どれほど彼が大切に思ってくれているのかが伝わる手紙だった。文字量はそれほど多くはないのに、そこに彼がたくさんの気持ちを込めたのだと解る手紙だ。

 悠利はそっと、「友達のフレッド」と書かれた部分をなぞった。そこの文字だけが、ほんの少しにじんでいるようだった。他はとても綺麗な文字なのに、そこだけ少しだけ歪んでしまっていて、手が乱れたのだなと解ってしまう。その文字を書くことに、いったいどれだけの気持ちが込められていたのだろうかと思う。


「ユーリ」

「はい」

「何か聞きたいことがあるなら、言え」

「…………」


 座っている悠利を見下ろすアリーの目は真剣だった。とても静かな空気だというのに、何故かお説教をされているときよりも緊張してしまう。だが、そんな威圧とも怒気とも違う何かを振り払うように、悠利はいつもの笑顔を見せた。ほわほわとした、あの笑顔である。


「いいえ。何もないです。お手紙届けてくださってありがとうございます」


 悠利の返答はそれだった。それ以外の答えなんて知らないと言いたげな顔だ。アリーは少しだけ目を細めて、ゆっくりと口を開いた。


「良いのか?」


 その問いかけは、何かを試すようだった。けれど、何を問われようと、どんな雰囲気で問われようと、悠利の気持ちは変わらない。相変わらずの笑顔のままで、悠利はきっぱりと言い切った。


「はい。僕にとってフレッドくんは友達のフレッドくんなので。それ以外のことは全部、いらないことです」

「……そうか」

「はい、そうです」


 それが、悠利の答えだった。悠利もフレッドも、互いを友達だと思っている。だから、それを壊す何かはいらない。

 また、フレッドが何一つ書いてこないのだから、悠利も知ろうとは思わない。知る必要などないのだから。


「お前は本当に、お前だなぁ……」

「えー?それどういう意味ですかー?」

「そのまんまの意味だよ」


 わしゃわしゃとアリーに頭を撫で回されて、悠利は意味が解らないと言いたげに唇を尖らせた。けれどアリーはそれ以上何も答えず、仕事に行ってくると去って行くのだった。

 去って行くアリーの大きな背中を見送って、悠利は持っていた手紙をそっと大事そうに片付ける。ヤックとマグが戻ってきたら見せてあげよう、と思いながら。


「あぁ、ルーちゃんにも教えてあげないとね。フレッドくんからのお手紙だし」


 可愛い可愛い従魔を思い出して、悠利は笑う。あの日はルークスも大活躍だった。だからきっと、ルークスもフレッドからの手紙を喜んでくれるだろうと思いながら。

 建国祭は終わったけれど、最後の最後でとても嬉しい贈り物が貰えたなぁと思う悠利だった。お友達からの手紙は、本当に嬉しかったので。




 かくして、楽しいことも騒動も盛りだくさんだった建国祭は終了し、悠利もまた、いつもの生活へと戻っていくのだった。今日も悠利は、元気です。




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