胃に優しく、すりおろし野菜スープをどうぞ。

「今日はお腹に優しいご飯にしようねー」


 笑顔で悠利ゆうりが告げた言葉に、ヤックは首を傾げた。建国祭の間は食事当番は無いのだが、今日はたまたまた何人かがアジトで昼食をとるということで、悠利が料理を引き受けたのだ。……お祭りでの外食が続いたせいか、皆、悠利の作るお家ご飯が恋しくなっていたのである。


「お腹に優しいって、どういうこと?

「んー?皆さぁ、何だかんだで外食が多いでしょ。お祭りで食べるご飯がダメとは言わないけど、いつもより豪華だったりしない?」

「する、かな……?」

「そうすると、お腹が疲れちゃうからね。たまには、息抜きの休憩で、優しいご飯にしようかと思って」

「なるほど」


 悠利の説明にヤックは納得した。建国祭は楽しい。屋台や出店だけでなく、食堂などもいつもと違うメニューを出していたりする。大人組などは、色々な場所に呼ばれて食事をご馳走になっている。それを思えば、いつもより豪華な食事が続いているとも言えた。

 というか、基本的に《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の日常の食事は、悠利が作っているのでお家ご飯なのである。庶民飯とも言う。そういったものに慣れている人間が、ご馳走ばかりを食べると疲れてしまうのだ。

 例を挙げるとすると、七草がゆである。アレは、一年の無病息災を祈って食べられるものであるが、一説として、お正月の豪華な食事で疲れた胃を休ませるためという考え方もあるのだ。なので、悠利はそういう発想の元、本日の昼食メニューを胃に優しそうな献立にするのだった。


「で、さっきから延々と野菜すりおろしてるんだけど、関係あるの?」

「すりおろしてある方が消化が楽だと思うんだよね」

「野菜いっぱいすりおろすってことは、マグがよく作る雑炊作る感じ?」

「ううん。今日はスープ」

「ふうん」


 雑談をしながらも、悠利とヤックは二人でせっせと野菜をすりおろしていた。人参、大根、ジャガイモを大量にすりおろしているのだ。すりおろすとかさが減るので、刻んで調理するときよりもたくさん必要になるのだった。

 すりおろした野菜は、ことことと温められている鍋の中へと投入する。鍋の中身は、昆布と鰹でとった出汁で作ったすまし汁だ。出汁の旨みに、すりおろした根菜を加えて野菜の旨みを追加する。どさどさと入れても、すりおろしてあるので野菜はすぐに煮えるのだった。


「これ、味は美味しいけど、何か物足りなくない?」

「まぁ、他にもおかず作るから」

「他は何するの?」

「とりあえず、今日は玉子焼きと小松菜のごま和えとキュウリの浅漬け」


 にこにこと笑う悠利。日本人の朝ご飯みたいな感じだった。だがしかし、一応悠利なりに考えてみたのだ。あまり重くなりすぎず、味はちゃんとあるご飯で、消化も良さそうなもの、という感じで。とはいえ、本職の調理師ではない悠利なので、結局は何となく胃が疲れていても食べやすそうという感じなのだけれど。

 なお、玉子焼きは食べる面々に合わせて味付けを変えようと思っている悠利だ。《真紅の山猫スカーレット・リンクス》には、玉子焼きの味付けで派閥がある。醤油派、塩派、砂糖派、味無しで上から醤油やソースをかける派、……そして、出汁派である。皆違って皆良いので、各々の好みに合わせて玉子焼きを提供する悠利だった。


「あ、ユーリ、この豆腐どうするの?」

「スープをかけようと思って」

「かける?入れるんじゃなくて?」

「うん。器に豆腐を入れて、そこに熱いスープをかけて食べようかなと思って。豆腐は栄養あるし、食べやすいしね」

「そっか」


 何だかんだで悠利が味噌汁やすまし汁に入れて使うので、ヤックも豆腐に慣れてしまっていた。あまりこの辺りでは見かけない食材だし、ついでに言えばそこまで濃い味付けにはならない。望んで皆が使うことはほぼ無いが、出されたら食べる程度には馴染んでいるのであった。

 後、悠利の作った料理なら美味しいだろうみたいな刷り込みがある。何だかんだで美味しいと感じる部分が似ているのか、悠利が出す食事で皆にブーイングを貰うようなものは今までなかったのだった。双方にとって幸いである。

 スープは火にかけておけば問題ないので、その間に悠利はせっせと玉子焼きを焼くことにした。ヤックはごま和えやキュウリの浅漬けを一人分ずつ盛り付けている。玉子焼きはちょっと難しいので、ヤックはまだ練習中なのであった。……ちなみに、出汁風味の玉子焼き大好きなマグは、綺麗に焼けるようになっている。出汁の信者の執念怖い。

 そうして全ての支度が調ったら、最後にスープの盛り付けだ。熱いので木の器を選び、冷ややっこより少し小さいぐらいに切り分けた豆腐を盛り付ける。そして、その上に熱々のすりおろし野菜のスープをかけるのだ。大根やジャガイモは透明になってしまって見えないが、人参の鮮やかなオレンジ色が白い豆腐の上にかかってよく映えた。

 盛り付けが終わり、食堂に定食のように一人分ずつ並べ終わった頃に、皆がやってくる。美味しい匂いにつられたのか、これぐらいの時間だろうと見当を付けてきたのかは解らないが、呼びに行く手間が省けている。


「玉子焼きはここに置いてあるので、皆さん自分の好きな味付けのものを持って行ってくださいね」


 何種類も焼いた玉子焼きは、どれがどの味かわかるようにメモを添えて並べられている。各々、自分の好きな味の玉子焼きがあることをしって顔を輝かせる仲間達に、悠利はにこにこと笑うのだった。

 それぞれが席に着き、いただきますと唱和して、穏やかな昼食が始まった。ここしばらくは見られなかった光景だ。そんなに前のことではないのに、何だかちょっと懐かしい気がしてしまう悠利だった。

 そんなことを考えながら、足下のルークスに視線を向ける。


「ルーちゃんは、野菜のへたで作った野菜炒めと玉子焼きどうぞ」

「キュイー!」

「ルーちゃんは玉子焼きは砂糖派なんだよねぇ」

「キュウ」


 用意されたご飯を嬉しそうにキュイキュイ鳴きながら食べているルークス。彼のために用意された玉子焼きは、砂糖味だった。別に殊更甘い味付けを好むわけではないのだが、色々食べた結果、ルークスが喜んだ玉子焼きの味付けは砂糖味だったのだ。


「お、ルークスは砂糖派か?俺と一緒だな」

「キュピー?」

「お仲間ー」

「キュー!」


 通りがかったカミールが、いえーいとルークスに向けて手を伸ばす。ぱぁっと目を輝かせたルークスが、身体の一部をちょっとだけ伸ばして、カミールの手とハイタッチをしていた。お仲間扱いが嬉しかったらしい。微笑ましい光景である。

 それをにこにこ笑顔で見つめながら、悠利は食事をしていた。少し固めの絹ごし豆腐の上に、すりおろした野菜がたっぷりのすまし汁がかかっている。味付けはあっさりと出汁と塩、醤油だ。だがしかし、丁寧に昆布と鰹から出汁を取っているので、旨みは十分。すりおろしたことで煮込み時間が短くてもしっかりと味が染みこんでいる。

 冷蔵庫から出したひんやりした豆腐の上に、熱々のスープをかけているので、温度は食べやすいぐらいだ。熱くないように木製のスプーンが用意されていて、それで豆腐を一口分掬って、スープと一緒に口に運ぶ。豆腐のなめらかな食感と、すまし汁の優しい味わい。そして、すりおろした野菜のまろやかな甘みが口いっぱいに広がる。


「んー、美味しい……」


 ほわんと悠利の顔が緩む。建国祭で連日味の濃い食事を食べていたので、こういう優しい味わいが身にしみるのである。勿論、建国祭の屋台飯などが口に合わないわけではない。アレはアレでとても美味しいと思っているし、祭りの雰囲気を楽しめて良いものだ。

 だがしかし、身体は正直である。慣れていないものを食べ続けると、ちょっと疲れたと言い出すのだ。元来肉食系の大食いメンバーなどはあまり気にしていないが、食の細い面々などはちょっと疲れてきている。悠利もその一人だった。


「これ、野菜の味がいっぱいして美味しい」

「そうなんだよね。すりおろしてるから食べやすいし」

「マグがしょっちゅう玉子入れて雑炊にするから食べ慣れてる気がしたけど、豆腐だとまた違うなー」


 美味しそうに食事をしながら、ヤックが楽しそうに話す。そう、すりおろし野菜のスープにご飯を投入して作る雑炊は、マグがよく作るご飯だった。ここに玉子や肉団子を入れると栄養バランス完璧だと思ったらしい。たまに、エノキやしめじも入れている。だから、味付け自体は食べ慣れているのだ。

 それでも、雑炊になっているのと、スープとして食べるのは完全に別物。まったく新しい料理を食べたような、そうでありながらよく知っている料理を食べている懐かしさがあるような、実に不思議な感じになっているのだった。が、美味しいので特に問題はない。


「豆腐って、それだけで食べると味が無い感じがするけど、色んな味に合わせても平気なのが凄いよなー」

「確かにそうだね。ハンバーグに混ぜるとかもあるし」

「ハンバーグに豆腐混ぜんの?チーズ入れるみたいに?」

「違う違う。ミンチの中に混ぜて、半分ミンチ、半分豆腐で作るんだよ。お肉は減るけど、ふんわり仕上がるんだよね」

「へー」


 豆腐ハンバーグがどういうものか解らなかったらしいヤックが首をひねるのに対して、悠利は苦笑しながら説明をする。チーズ入りのハンバーグみたいに、真ん中に豆腐が入っているハンバーグを想像して、思わず笑ってしまったのはご愛敬だ。

 冷ややっこで豆腐を食べるのは悠利とヤクモぐらいだが、こうやってスープ類に入っている豆腐は誰も忌避しない。なので、悠利は胃を休めるご飯としてこれをチョイスした。豆腐は栄養たっぷりだし、すりおろした野菜入りのスープも栄養たっぷりだ。胃を休めることは出来るが、同時に栄養はちゃんと取れるご飯ということで、ある意味完璧である。

 ついでに、ご飯はいつもよりも軟らかいめに炊いてある。そうと解らない程度に柔らかいご飯なので、誰からも文句は出なかった。全体的に、あまり噛まなくても大丈夫な食事になっているのが、悠利なりの胃を休めるご飯なのであった。

 雑炊にしなかったのは、おかゆや雑炊は案外噛まずに飲み込んでしまうので、普通にご飯を食べた方が良いだろうと考えたからだ。お茶漬けになると、もはやかっ込むという方がふさわしくなる面々もいるので。

 何はともあれ、美味しいご飯だと皆に思ってもらえているのなら、それで十分だと思う悠利だった。


「ユーリ」

「あ、はい。どうかしましたか、アリーさん」

「この豆腐入りのスープだが、余剰分はあるか?」

「多めに作ってあるので、お代わりはありますけど……。……そういうことじゃなくて、ですか?」


 食事を終えたらしいアリーの問いかけに、悠利は首を傾げながら答えた。一応、皆がお代わりをしても大丈夫なように多めに作ってはある。久しぶりのお家ご飯であるし、食欲が落ちていてもこのスープなら食べてくれるかなと思ってだ。豆腐の方も、先日たくさん買えたので、まだまだ余剰分はある。

 だがしかし、アリーが言っているのはそういうことではなさそうだった。悠利の返答を聞いたアリーは、疲れたようにため息をついた。


「アリーさん?」

「お前が久々に昼飯を作ったと知ったら、今出ている奴らも何か食べたがるだろうと思ってな」

「……え?」

「アレを見ろ。満足そうに食べてるあいつらから話を聞いて、何もなかったように終わると思うか?」

「…………わぁ」


 シンプルな本日のお昼ご飯を、まるで凄いご馳走であるかのように嬉しそうに食べている仲間達。その姿を見て、アリーはその可能性に思い至ったのだろう。昼食を外ですませて戻ってきた面々に、今日のお昼は悠利が作ってくれたんだと言うだろう可能性に。

 別に、悠利がご飯を作るのは悪いことではない。また、それを食べたことを伝えるのも悪いわけではない。ただ単に、食べ損ねた面々が食べたがるだろうなというだけで。


「豆腐はまだ余裕がありますし、スープの方は後で追加を作っておきます……」

「悪いな」

「いえ。皆が美味しく食べてくれるなら、それは嬉しいことですから」

「建国祭中はお前を休ませてやれると思ってたんだがなぁ」

「うわっぷ……」


 にこにこ笑う悠利の頭を、アリーはわしゃわしゃと少し乱暴に撫でた。乱暴にと言っても、痛みを感じるようなそれではない。どこか照れ隠しのようなそれに、悠利はきょとんとする。

 今のはどういう意味合いなんだろうかと見上げた先では、アリーが笑みを浮かべていた。


「アリーさ……」

「今日も美味かった。ありがとう」

「え、あ、はい……」


 ぽんと大きな掌で悠利の頭を一度軽く叩いて、アリーは去って行く。何だったんだろう?という感じで不思議そうな悠利の前で、ヤックが変なものを飲み込んだみたいな顔をしていた。奇妙なものを見たびっくり顔にも似ている。


「ヤック、どうしたの?」

「……いや、うん、えーっとさ」

「うん」

「リーダーも、オイラ達と同じように、ユーリのご飯食べたかったんだなーって、思って」

「え?アレってそういう意味なの?」

「そうじゃないかと、思うけど……」


 ヤックの言葉に、悠利は目を見開いて驚いた。いつもいつでも頼りになる彼らのリーダー様、悠利にとっては保護者に等しいアリーがそんなことを考えていたなんて、悠利はちっとも思いつかなかった。ヤックがそれに思い至ったのは、彼もまた悠利のご飯が食べたいと思っていたからだろう。

 普段はそういうところを全然見せないアリーなので、驚くしかない二人なのでした。そして、真偽のほどは確かめないでおこうと決めるのだった。うっかり話が漏れたら何だか大騒ぎになりそうな気がしたので。




 なお、昼食後に帰還した面々はアリーの予想通り悠利のご飯を食べたがったので、皆にスープが振る舞われるのでした。お家ご飯はついつい食べたくなるのです。




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