お祭りにトラブルはつきものです?


 迷子の少年フレッドと共に、悠利ゆうり達はのんびりと歩きながら衛兵の詰め所を目指していた。詰め所に到着してからも、フレッドの同行者と連絡が取れるまでは、一緒にいれば良いよねみたいな会話をしながら、である。穏やかで人当たりが良く、少し箱入り息子的な世間知らずの面のあるフレッドを、悠利もヤックもルークスも気に入っていたのである。

 ……なお、マグはフレッドに特に興味を持っていない。警戒しなくなったら、興味も失せたらしい。安定のマグである。

 そんな風に平和に、穏やかに移動している最中だった。不意に彼らの目の前に、数人の男達が現れた。いずれも身だしなみはきちんとしており、友好的な笑顔でこちらを見ている。


「君達、ちょっと良いかな?」


 代表するように中心に立っていた男性が声をかけてくる。優しい声だった。ごく普通の好青年と呼ぶべき雰囲気のまま、彼は悠利達に声をかけたのだ。

 突然何の用事だろうかと、ヤックとマグ、フレッドが首を傾げる。ルークスも不思議そうにきょとんとしている。その中で、ただ一人悠利だけが、凍り付いたように固まっていた。ひくり、と右頬が引きつっている。

 そして、次の瞬間、悠利は叫んだ。




「皆、この人達、真っ赤・・・だよ!」




 悠利の叫びに、男達は意味が解らないのか首を傾げている。フレッドもきょとんとしている。だがしかし、マグも、ヤックも、ルークスも、その言葉の意味を正しく理解していた。


「……ッ!」

「キュピー!」

「うわっ!?」

「何だ!?」


 弾かれたように飛び出したのは、マグとルークスだった。二人とも、その小さな身体に勢いを付けて男達に体当たりをする。体勢を崩した男達はそのまま両脇にバラバラと崩れ、中央に道が出来た。


「走って!」

「早く!」

「はっ、はい……!」


 何が起きているのか解らないフレッドの手を左右それぞれに掴み、悠利とヤックはマグとルークスが作った隙間を走り抜ける。その瞬間、フレッドへと伸ばされた手は、ルークスがぺしんぺしんと叩いて防いだ。さらに、オマケだと言わんばかりに男達の足を転ばせておいてから、ルークスは皆の後を追った。

 周囲の人々は、何が起きているのかよく解っていないようだった。だがしかし、悠利達にそれを気にしている余裕はない。未だ意味が解っていないフレッドを引っ張ったまま、彼らは必死に走った。


「ユーリ、赤かったって、本当?」

「赤いどころじゃなかったよ。信じられないぐらい真っ赤だった。超危険判定」

「っていうか、さっきの感じだと、狙われたのフレッドさん?」

「だと思うよ。そもそも、僕らを狙う理由なんてないし」

「確かに」


 走りながら会話をする悠利とヤック。その会話から、先ほどの男達が襲撃者だと理解したフレッドは、反射的に足を止めた。フレッドと手を繋いでいた悠利とヤックは、それで思わずたたらを踏んだ。転びそうになるのを何とか立て直し、二人はフレッドを見る。

 フレッドは、泣きそうな顔をしていた。そして、そのまま悠利とヤックの手を振りほどこうとする。その意図に気づいて、二人はぎゅっとフレッドの手を強く掴んだ。


「離してください。彼らの狙いが僕だとしたら、皆さんを巻き込むわけにはいきません」

「ダメだよ。あの人達は真っ赤・・・だった。そんな危ない人達に狙われてる君を、一人になんて出来ないよ」

「そうだよ。ユーリの鑑定は間違いないんだから!フレッドさんが危ない人達に捕まるのはオイラも嫌だよ!」

「ですが……!」


 知り合ったばかりの悠利達を巻き込みたくないとフレッドが考えていることは、よく解った。だがしかし、ここで彼を見捨てるという選択肢は、悠利達にはない。ぽよんぽよんと準備運動のように軽くジャンプを繰り返しているルークスは、やる気満々だった。ついでに、マグはいつの間にか両手にナイフを持っていた。


「来た」

「……ッ!とりあえず、臨時詰め所まで走るよ!」

「了解!ほら、フレッドさんも!」

「で、ですが……!」

「走る」

「うわっ……!」


 背後をじっと見ていたマグが、小さく呟く。その言葉にさっと顔色を変えた悠利は、当面の目標を皆に伝える。ここから臨時詰め所までは五分も走れば到着するだろう。幸い、今彼らがいるのは屋台があるのとは別の通りで、あまり混雑はしていない。走るのに適していた。

 ヤックに促されてもまだためらっていたフレッドだが、その背中をげしっとマグに蹴られて前につんのめる。そのまま、ヤックに手を引かれて走るしかなくなった。背後を固めるのはマグとルークスで、悠利とヤックがフレッドを先導するような形になっていた。示し合わせたわけではない。ただ、自然とこういう配置になっただけだ。

 背後から追いかけてくる男達との距離が、じりじりと縮まっていく。そもそもが、荒事に向いていない面々ばかりである。最初に意表を突いて逃げ出せたとはいえ、分は悪かった。


「……っ、前からも来てる……!」

「代わる」

「マグ!?」


 【神の瞳】の赤判定で相手が近づくより先に敵だと認識した悠利が叫べば、それまで皆の後ろを走っていたマグがすり抜けるようにして前衛に出た。そのまま、先手必勝と言わんばかりに相手の懐に飛び込んでいく。だがしかし、不意打ちだった先ほどとは違って今回は向こうもマグを認識している。飛び込んだマグの一撃は、相手が鞘から半分抜いた剣に受け止められていた。

 小さく舌打ちをして、マグは軽やかに後方へと跳んだ。一瞬前まで彼がいた場所を拳がかすめる。前方に立ち塞がるように男達がいるので走れなくなった悠利達を見て、マグはしばし考え込む。

 だが、戦場ではその一瞬の迷いというのは危険だ。普段のマグならば考え込まない隙。それは、背後に悠利達を庇っていることを正しく彼が理解していることに他ならず、ある意味マグの成長ではあったのだ。けれど、確かにそれは、隙だった。


「マグ、危ない……!」

「キュー!」


 ヤックの叫びと、ルークスの甲高い声が響くのがほぼ同時。後ろを警戒していたルークスが、悠利達の反応でマグのピンチを察して、べしーんと身体の一部を伸ばして男達を弾いた。突然のスライムの攻撃に、男達は確かに驚いたようだった。

 だが、相手はスライムと子供。紛れもなくそれは事実である。だが、男達の知らない情報がある。ルークスは超レア種のエンシェントスライムであり、その変異種であり、名前持ちネームドである。見た目通りの弱いスライムだと思っていると痛い目を見る。

 とはいえ、前方に数人、後方からの追っ手も数人という状態で、挟まれて身動き出来ないのは事実だった。周囲の人々がざわざわしているが、何が起きているのか解っていないのだろう。ここに知り合いの一人でもいてくれたならば、多少なりとも楽になるのにと思う悠利だった。

 じりじりと近寄ってくる男達を、マグとルークスが牽制する。悠利とヤックはフレッドを背後に庇うようにして立ち位置を入れ替えた。フレッドが何かを言いかけるが、悠利とヤックがその手をぎゅっと握って黙らせる。


「あの人達、何しに来たんだと思う、ユーリ」

「聞いて答えてくれる人じゃないと思うんだよねぇ」

「大声出したら衛兵の人達来るかな」

「このお祭り騒ぎだからねぇ……」


 聞こえないかもと呟く悠利に、ヤックもだよなーとぼやいた。そんな風に軽口を叩いているが、二人ともたらりと冷や汗がこめかみを伝っている。自分の身を守ることも出来ない非力な自分達を、彼らは知っている。マグとルークスではどうにもならない可能性があることも。何しろ、多勢に無勢だ。

 それでも、虚勢を張ってでもフレッドを庇うのは、きっと、彼らの性格だ。仲良く話をして、一緒に食事を楽しんだ友達を、見捨てることは彼らには出来ないのだ。


「あの、皆さん、」

「「ダメ」」

「却下」

「キュウ!」

「ですが……!」


 状況が悪いことを理解したフレッドが口を開くが、悠利とヤックがハモり、マグとルークスまでもが一刀両断する。お友達は守るものである、という彼らの考えだった。フレッドが自分達を案じてくれているのは解るが、【神の瞳】さんが赤判定を出した相手に友人を差し出せるかと言われたら、絶対に無理なのだ。

 事態が動いたのは、次の瞬間だった。




「少年、伏せよ」




 低く、低く、ともすれば幻聴と思ってしまいそうなほどに静かな声が、悠利の耳に滑り込んだ。何故かその声には素直に従わなければいけないという雰囲気があって、悠利は思わず反射的に、フレッドの手を引っ張りその場にしゃがんだ。つられるようにフレッド、ヤックも伏せる。また、何かを自分で察したのか、マグも腰を落としていた。

 その彼らの頭上を、影が一つ、飛び越えた。悠利達に見えたのは、ふわりと風に舞った古ぼけた布だ。それが声の主が纏っている旅装のマントだと悠利が理解したのは、どさどさという音が聞こえた後だった。


「……え?」

「ふむ。怪我は無いようだな、少年」

「あ、はい。大丈夫です、け、ど……?」


 そこにいたのは、旅装姿の初老の男性だった。悠利が来訪者チェックの手伝いをしたときに、休業中と書いてあったので青判定を出した殺し屋さんである。ぱちくりと瞬きを繰り返す悠利の視界には、普通に立っている男性と、一瞬で倒されたのか伸びている男達の姿が映っていた。

 カコッという足音がして、悠利が視線をそちらに向けると、息を切らせた幼子がいた。あの、人馬族の突然変異の子供だった。


「伝えたか?」

「うん」

「では、我らはこれで失礼しよう」

「「え?」」


 駆け寄ってきた幼子を抱き留め、その頭を撫でながら男性は笑う。笑うと、凄みのあった雰囲気が消える。この子供を大切に思っているのだと解る笑顔だった。

 それはともかくとして、突然現れて、突然襲撃者を倒してくれて、さらには何か他にもやっていて、ついでに、今すぐ立ち去ろうとしているという、その行動の意味がさっぱり解らない悠利だった。思わず、むんずと男性のマントを掴んでしまう悠利だった。


「いかがした?」

「いえ、あの、何が何だか僕、全然解らないんですけど……」

「ふむ。遠目に追われているのが見えたので、助太刀に参ったのだ。襲撃者はこれで全てだろう。この子に衛兵を呼ばせたので、後の対処はそやつらに任せればよかろう」

「何で、助太刀に……?」


 そう、そこだった。別に親しい間柄でもない。何故助けてくれたのかが、悠利にはさっぱり解らなかったのだ。他の面々など、悠利以上に意味が解らずに、呆気にとられている。

 そんな悠利に向けて、男性は小さく笑った。ぽんぽんと幼子の頭を撫でながら、告げる。


「あのとき、我らを助けてくれただろう?おかげでこの子を医者に診せることが出来た。その恩返しだ」

「おにいちゃん、ありがとう」

「ぁ……。……こちらこそ、危ないところをありがとうございました」


 悠利は深々と頭を下げた。同じように、他の面々も頭を下げる。ルークスも同じくだった。助けて貰わなければ、本当に危なかった。それは事実なので。

 そんな悠利達に笑みを浮かべると、男性は幼子の手を引いて去って行った。今は休業中とはいえ、本職が殺し屋である。衛兵が来る前に立ち去ろうとするのは無理のないことだった。それが解っているので悠利は彼らを無理に引き留めず、悠利が引き留めないのだからとフレッド達も黙っているのだった。

 それと入れ違いに、衛兵らしき人々と、服装の違う男女が走ってくるのが見えた。なお、伸びている男達は、ルークスが全員まとめてぐるぐる巻きにしている。ロープなどが無いので、とりあえず捕獲担当として仕事をしているのだ。

 ……ちなみに、全員気絶しているかどうかをマグが念入りに確認していた。ヤックはせっせと男達から武器を奪っていた。見事な連携である。何もしていないのは悠利とフレッドだけであるが、まぁ、そこは適材適所だろう。


「フレッド様、ご無事ですか……!」

「僕は大丈夫です。心配をかけました」

「いいえ!我々こそ、お側を離れてしまい、申し訳ありませんでした……!」


 衛兵達が真っ直ぐとルークスが捕らえている男達の元へ駆け寄るのに対して、服装の違う男女は血相を変えてフレッドの元へと駆け寄っていた。今にも膝をつきそうな二人を、フレッドは困った顔で制している。ただでさえ目立っているのに、膝をつかれたりしたら余計に目立つからだ。

 二十代の半ば頃とおぼしき男女は、それぞれ護衛役と侍女か何かなのだろう。服装こそ祭りを楽しむ一般人という感じだったが、青年の方は腰に剣を差していた。女性の方は特に腕に覚えがあるようには見えないが、所作が美しいのだ。


「フレッドくん、その人達がお連れさん?」

「……えぇ、そうです」

「そっか。合流できて良かったね」


 にっこりと悠利は笑った。心底そう思っている顔だった。今の今まで巻き添えで襲撃されたとは思えないほどに、いつも通りの笑顔だった。


「あの……」

「フレッドくんが言いたくないなら、言わなくて良いよ」

「え……?」


 苦渋の決断という雰囲気で口を開きかけたフレッドを、悠利は遮った。にこにこといつもの笑顔のままで、フレッドに悠利が告げたのはヒトによっては意味の解らない言葉だった。

 けれど、フレッドには確かに通じた。悠利が何を伝えようとしてくれたのかを、彼は確かに理解出来たのだ。


「よろしいのですか……?」

「うん。だって、僕らにとってはフレッドくんはフレッドくんだし。……ねぇ、ヤックもマグも、そうだよね?」

「え?…………あー、えーっと、うん!友達だし」

「…………不要」

「だって。皆無事だったし、後のことは衛兵さんに任せて、それで良いと思うんだけどな」


 悠利に同意を求められて、ヤックは少し考えてからわざとらしく元気に告げた。マグはいつもの表情で淡々と、悠利達に同意を示した。それらをまとめて悠利が自分達の意見を伝えれば、フレッドは目を大きく見開いて、次に泣きそうな顔で笑った。


「お連れさんと合流できたところで聞きたいんだけど、まだ時間あるなら、一緒に出し物見に行かない?」

「……そうですね。まだもう少しなら時間があります。皆さんがよろしいなら、ご一緒に」

「僕は大丈夫だよ」

「オイラも」

「……諾」


 隣の男女を見たフレッドは、彼らが承諾するように頷くのを見てから悠利に答える。それに、悠利達は笑顔で答えた。建国祭が楽しいと告げたフレッドと、せっかく友達になったフレッドと、彼らはもう少し一緒にいたかったのだ。……きっと、ここでさよならをしたら、もう「友達のフレッド」には会えないだろうと解っていたので。


「キュピー!」

「あははは。ルーちゃんも歓迎してるみたいだよ」

「そうですか。ありがとう、ルークスくん」

「キュイキュイ」


 ご機嫌のルークスの頭を、フレッドは優しく撫でた。さっきはありがとうと告げられて、ルークスはますます嬉しそうに甲高い声で鳴いた。

 出し物を見に行く道すがら、同行者になった男女やフレッドに何度も礼を言われる悠利達だった。悠利達にしてみれば、友達を守っただけであり、それ以上でもそれ以下でもなかった。何度も念押しするようにそれを伝える悠利に、フレッドはとてもとても嬉しそうに笑うのだった。




 その日の帰還後、アリーに事情を話したところ、アイアンクローは来なかったが盛大に脱力されてしまうのだった。……ついでに、アリーはフレッドの正体に何か心当たりがありそうだったが、悠利はそれを聞こうとはしなかった。友達は、友達のままが良かったので。




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