皆で楽しく食後のデザートです。
「こんなに楽しい建国祭は初めてかもしれません」
「そうなの?」
「はい」
しみじみとした口調でフレッドが告げた言葉に、
ヤックやマグがお代わりを買いに走り、満足するまで昼食を堪能した彼らは今、デザートのかき氷を食べていた。ルシアが販売していたかき氷である。フレッドは動かない方が良いだろうということで、これもヤックとマグが四人分を買いに行ってくれた。
ふわふわとした真っ白の氷の上に、色とりどりのジャムやシロップがかけられている。それだけでなく、凍らせたフルーツを削ったものや、焼き菓子までトッピングされているのだ。小ぶりなサイズなので、食事でそこそこ満腹になったお腹でも食べられるのだった。
「いつもは家族と過ごすので。こんな風に、同年代の人と一緒に食事をすると楽しいのだと初めて知りました」
「……なるほど?」
フレッドの言葉に、やはり悠利はよく解っていない感じで首を傾げた。お坊ちゃまも大変なんだなぁと思うのだった。何となく、言葉の端々から、こういう風に同年代と気楽にわちゃわちゃ過ごしたことが無いのだと察したので。
とはいえ、建国祭を家族で祝えるというのも、幸せだと悠利は思う。同じことを思ったのか、ヤックが口を開いた。
「家族でお祭り楽しめるのも良いことだとオイラは思うけどなぁ……。あ、ユーリ、焼き菓子半分交換してー」
「良いよー。そっちは何味?僕のはオレンジ系」
「オイラのはベリー系」
「流石ルシアさんだよねぇ」
「かき氷がこんな風になるなんてオイラ思わなかったなー」
真面目な話から一転、ヤックは自分が食べていたかき氷の焼き菓子を半分に割ると、悠利に差し出した。悠利も心得たもので、同じように半分に割って交換する。美味しいーと笑顔で食べる彼らの姿は実に微笑ましい。
フレッドはそんな二人のやりとりにちょっと目を丸くしながら、自分のかき氷を大事そうに食べている。建国祭で初お披露目のルシア特製デラックスかき氷である。フレッドも食べたことはなかったので、二人と同じようにドキドキうきうきしながら食べているのだった。
なお、マグは一人黙々とかき氷を食べていた。一緒に昼食を食べたこと。悠利もヤックもルークスも警戒をしていないこと。フレッド自身に害意や敵意、戦闘能力がないこと。それらを理解して、とりあえずそこにいることに関しては気にしないということにしたらしい。だがしかし、自分からは決して話しかけない辺りがマグだった。
スプーンで掬ったかき氷を口の中に運ぶと、すぐに溶けてしまう。けれど、その冷たさが心地好い。ルシアが試行錯誤を繰り返して作り上げたシロップやジャムも氷との相性がバッチリで、四人全員美味しいと思いながら食べている。人気商品になるのも納得の完成度である。
「そういえば、相変わらずフレッドさんの連れの人見つからないんだよね?」
「そうですね……。人が多いので、見つけにくいのかもしれません」
「そうだねー。確かに人多いもんねー」
ヤックの質問に、フレッドは肩を落としつつ答えた。悠利も周囲を見て、困ったように笑いながら続けた。建国祭の大賑わいの中ではぐれた相手を探すのはとても大変な気がする三人だった。遠目に見ても解るような目立つ特徴でも無い限り無理だろう。そして、フレッドは大柄でもなければ目立つ特徴があるわけでもなかった。
「これ食べ終わったら、衛兵さんの詰め所行ってみようか?」
「衛兵の詰め所、ですか……?」
「普段の詰め所以外にも、あちこちに臨時の詰め所が作ってあるらしいから」
「あ、なるほど。衛兵さんに、相談してるかもしれないってことだ」
「そう。困った人が頼るのってそういうとこかなって」
悠利の提案に、ヤックは笑顔になった。迷子センターや落とし物センターみたいな感じで、とりあえず困ったときの窓口の一つとして臨時詰め所が機能していらしいと悠利は小耳に挟んだのである。なお、衛兵だけでは手が足りないので、各種ギルド経由で依頼が出されて期間限定のお手伝い担当がいたりする。
荒事関係は冒険者ギルドの専売特許だが、書類や接客などの仕事であれば、他のギルドの方が得手にしている場合もある。逆に、そういった期間限定の仕事を目当てに王都にやってくる人々もいるらしい。なお、建国祭での仕事となるので、参加者は各ギルドで厳正にチェックされている。素行不良者は参加できないのである。
閑話休題。
そんな風にのんきに会話をしている悠利とヤックは、フレッドの表情に気づかなかった。一瞬の半分だけ、フレッドはとても困ったような、寂しそうな顔をしたのだ。彼が衛兵の詰め所へあまり行きたくないと思っているのは明白だった。しかし、悠利達はその表情を見なかったし、フレッドも伝える気はないのだろう。すぐに何でもない顔になっていた。
ただ、皆の足下にいるが故に俯いたフレッドの顔が見えたルークスと、たまたまそちらを見ていたマグだけが、それに気づいた。だがしかし、スライムのルークスにはフレッドの感情の機微はさっぱり解らなかった。また、他人への興味が薄く、情緒が若干未発達気味であるマグにもよく解らなかった。……なので結局、フレッドが抱えた心情は誰にも明かされることがないのであった。
「フレッドくん、どう?」
「……そうですね。いつまでもはぐれたままなのも困りますし、その臨時の詰め所へ向かおうかと思います」
「じゃあ、途中で何か美味しいものがないか探しながら一緒に行こうね」
「え?」
「あ、オイラさー、途中で見たフルーツ串食べたい!」
「アレ美味しそうだったよねー。買おうか」
「うん!」
何かを決意したようなフレッドの返答は、悠利にはあまり重く受け取られなかった。いつもの調子で軽やかに答え、ついでに同行を決定事項にしてしまった悠利に、フレッドは呆気にとられる。何かを言おうとした彼より早くヤックが口を挟み、二人は楽しそうに会話を続けてしまうのだった。
取り残される形になったフレッドは、困ったように笑うとかき氷を食べることにした。それでも、その顔はどこかホッとしているようだった。一人で衛兵の詰め所まで移動するより、悠利達と一緒の方が楽しいだろうという感じで。
そうして全員がかき氷を食べ終わると、彼らは移動するために片付けを始めた。なお、ゴミは全てルークスが回収し、吸収して処理してくれている。使い捨ての器ばかりなので、ゴミ箱に捨てるよりお手軽なルークスに頼んでいるわけである。雑食のスライムはそういうものからもきちんとエネルギーを吸収出来るので、ルークスはキュイキュイと鳴きながらご機嫌だった。
「ルーちゃん、いつもありがとう」
「キュピ!」
お役に立てて嬉しいです!みたいな感じのルークスに、思わず笑顔になる悠利達だった。目をキラキラしているルークスの姿は本当に愛らしいので。
ゴミ処理も終えた悠利達は、目当てのフルーツ串の屋台を目指して歩いていた。彼らが立ち去った席には、すぐに新しい人々がやってくる。建国祭は本当に大賑わいだった。
「そういえば、先ほど言っていたフルーツ串というのはどういうものなのですか?」
「冷やしたフルーツを串に刺して売ってるだけ。一口で食べられるようになってるんだよ」
「そうなんですね。今日のように暑い日には人気でしょうね」
「ジュースも良いけど、フルーツをそのまま食べるのも美味しいよねー」
のんびりと歩きながら、交わす会話は実にのほほんとしていた。フルーツ串に興味を示したフレッドに、ヤックがにこにこ笑顔で説明をしている。フルーツ串はその名の通りフルーツを串に刺しただけなのだが、色々な種類のものが冷やして売ってあるので、大変魅力的なのである。
「そういえば、フレッドくんは余所のから来たの?」
「いえ、生まれも育ちも王都です。ただ、習い事などで忙しく、あまりこういった場所まで出てくることがないのですよ」
「そうなんだ。習い事がたくさんあるのは大変だねぇ」
「将来的に必要になることですし、僕自身それらが嫌いなわけではないんですけどね」
悠利に向けてはにかんだように笑うフレッドの言葉にも表情にも、嘘はなかった。彼は確かにそう思っているのだろう。自分の置かれた境遇を窮屈だとか苦しいだとか思っているわけではない。
むしろ、だからこそ今日、こうやってトラブルの結果とはいえ悠利達と建国祭を過ごせているのが楽しいと言いたげだった。未知の経験をしたときに、それを恐ろしいと思うか楽しいと思うかは人それぞれだ。そういう意味では、フレッドは好奇心が強い方なのかもしれない。ただ、当人が真面目な性格をしているので、自ら率先して既存の枠組みから外れようとしないだけで。
そんな二人の会話を聞きながら、ヤックは思った。やっぱり、フレッドはちょっと世間知らずでぽやっとしているだけで、常識人だ、と。にこにこ笑って相づちを打っている無自覚トラブルメーカーの悠利と比べれば、安全枠だ、と。……しみじみとそんなことを噛みしめてしまう程度には、悠利の暴走を知っているヤックだった。ちょいちょい巻き込まれるので。
「あ、フルーツ串の屋台見えてきた」
「並べそうだね」
悠利の言葉通り、フルーツ串の屋台はそこまで混み合っていなかった。物凄い行列とかだと並ぶのに苦労するので、そうじゃなかったことに彼らは安堵した。そして、いそいそと最後尾に並ぶ。陳列されている感じから、フルーツ串はまだまだたくさんありそうだったので、売り切れることはないだろう。お店側も、稼ぎ時を逃さないように必死なのかもしれない。
並んで順番を待ちながら、ヤックは隣に立つマグに声をかけた。いつも通りの無表情になっているマグだが、それでも大人しく行動を共にしているのでフルーツ串を買うことに異論はないのだろう。
「マグは何買う?」
「…………水分」
「「え?」」
「水分」
ヤックの問いかけに返ったのは、淡々とした一言だった。それ自体はいつものマグである。感情のこもらない、平坦な声音なのもいつものことだ。以前に比べれば幾ばくか感情表現が解りやすくなってきたとはいえ、やはりマグの声や表情は相変わらず解りにくい。
ついでに言えば、マグは言葉の選び方がちょっと独特だった。言葉少なく、短く、単語で会話をするのだが、その単語の選び方が悠利達にはさっぱり意味が解らないのだ。案の定、何を言っているのか解らずに三人は固まってしまう。
しかし、マグは自分の意思はちゃんと伝えたと言わんばかりに満足そうで、それ以上は何も言わずに大人しく並んでいるのだった。
「ねぇヤック」
「何、ユーリ」
「……何でここにウルグスいないのかな……」
「……オイラもそれ思った……」
ふっと遠い目になる悠利とヤックだった。この場にウルグスがいたら、マグの言葉足らずな部分に説教をしつつ、悠利達にも解るように通訳してくれただろう。ウルグスただ一人だけが、マグの言いたいことを全て理解できるのである。というか、何故彼は理解できるのだろうと思う悠利達であった。
「そのウルグスというのは、どういう方なんですか?」
「あ、オイラと同じ見習い組なんだけど、マグの言ってることが全部解るんだ」
「え?」
「マグの言ってること、言いたいこと、全部ちゃんと解るんだよ。凄いよねぇ」
「……え?」
ヤックの説明に間抜けな声を上げたフレッドは、続いた悠利の言葉に一瞬固まってから、やはり間抜けな声を上げた。彼にとってそれぐらいに衝撃的な内容だったのだ。
「ま、待ってください!彼の言っていることが全て解るって、そんなことがあるんですか!?」
「あるんだよねぇ」
「あれはもうウルグスの特技だとオイラは思う」
「僕も思う」
「特技とかそういう次元じゃありませんよ……」
真剣に感心している二人に、フレッドは脱力した。そういう反応したくなるよねーと悠利達は優しい顔で見ている。彼らとしても、日夜驚かされているのだ。マグのちっとも説明が足りていない単語だけの発言を、ウルグスはいつだって正確に理解するのだから。
これが、元来洞察力に優れているとかならば納得も行くのだが、別にウルグスはそういうわけでもない。むしろ、そっち方面に才能を発揮しているのはカミールの方だ。また、未熟な半人前の彼らよりも洞察力が上である指導係達ですら、マグの言いたいことは理解しきれないのだから、ウルグスは別の才能でマグの考えを理解しているともいえた。
「……オイラさぁ、時々思うんだ」
「うん?」
「ウルグスはずっとマグの面倒見ることになって、クーレさんはずっとレレイさんの手綱握ってるんだろうなぁって……」
「……ヤック、気持ちは解るけど、それは黙っておいてあげようね。二人とも多分、凄く嫌がるから」
「うん」
フレッドにはまったく解らない話題だったが、悠利もヤックも大真面目な顔をしているので口を挟まなかった。そう、これは重大な案件だった。とてもとても重要な案件だった。……八割確定していそうな気がするが、あえて言わないでおいてあげるのが優しさなのである。
そんな風に雑談をしていると、列が順調に進んで悠利達の番になった。ずらりと並ぶフルーツ串は多種多様で、どれにしようかと思わず目移りしてしまう。
「んーっと、僕はこのブドウでお願いします」
「オイラ、イチゴください」
「僕はこちらのリンゴをいただきます」
「スイカ」
「はい、解りました。お待ちくださいね」
後ろで待っている人のことも考えて、悠利達はぱぱっと注文を決めてしまう。笑顔の女性が、はいどうぞとそれぞれにフルーツ串を差し出してくれる。いずれも一口サイズに切られたフルーツは、ひんやりとしていた。
全員に行き渡ったと思った瞬間、にゅるりと細い何かが伸びてきて、メロンのフルーツ串を掴んだ。驚く店員と、足下を見る悠利達。そこには、目をキラキラと輝かせたルークスが、身体の一部を伸ばしていた。
「キュピ!」
「あ、ルーちゃんはメロンが良いんだね?」
「キュイキュイ!」
「すみません、メロンも追加でお願いします」
「え、えぇ、解りました」
少し驚いて、けれど女性はそっとメロンのフルーツ串を陳列棚から屋台の外へと移動させる。ルークスが掴んだままだったので、そっと彼女が手を離すとそれはすぐに下へと降りていった。嬉しそうに身体を揺らしながら、ルークスはご機嫌だった。……どうやら、皆と同じ屋台で買ったものを食べるのが楽しいらしい。
お金を払った悠利達は、屋台から少し離れた。次の人が待っているからだ。本当は、のんびりと歩きながら食べようかと思っていたのだが、フレッドのことを考えてそれを止めたのだ。多分、育ちの良い彼は食べ歩きなどしたことがないし、出来ないだろうと思って。食べながら歩くというのはなかなかに難しいのである。
「んー、冷たくて美味しいー」
「イチゴあまーい」
「こうして食べやすい大きさになっていると、ついつい他のも食べたくなりますね」
「そうだねー」
「キュイ!」
笑顔で美味しい美味しいとフルーツ串を頬張る悠利達を、すれ違う人々は微笑ましそうに見ていた。子供がお祭りを楽しんでいるように見えたのだろう。間違っていない。実際、ここにいるのは全員未成年なので。
しっかりと冷やされたフルーツは、全てそのままぱくりと食べられる大きさになっている。ブドウも、皮ごとまるごと食べられるタイプのモノだったらしい。種もないので、悠利はご機嫌で瑞々しいブドウの甘さを堪能していた。ヤックとフレッド、ルークスも自分のフルーツ串を食べながら幸せそうである。
そこでふと彼らは視線をマグに向けた。シャクシャクとスイカのフルーツ串を食べていたマグは、その視線に気づいて一言答えた。
「……水分」
「「……なるほど」」
先ほどのマグの台詞の意味が、やっと解った悠利達だった。スイカは水分が多いので、甘味として楽しむのではなく水分補給として選んだらしい。甘さより水分量を優先する辺りが、マグだった。
食後のデザートを堪能した悠利達は、皆でのんびりと衛兵の詰め所を目指すのでした。なお、途中でまた色々買って食べてしまったのはご愛敬です。育ち盛りだから仕方ない。
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