楽しい楽しいお祭り巡りです。


「マグ、ヤック、はぐれないようにねー」

「それ、オイラはユーリに言いたいかな?」

「……右に同じく」

「え?」

「キュウ」

「ルーちゃんまで!?」


 同行者に笑顔で注意を促した悠利ゆうりは、まさかの全員からのツッコミに驚愕した。ヤックは大真面目な顔をしているし、マグはいつも通りの無表情ながらも力強く頷いている。トドメに、悠利に全幅の信頼を置き、悠利大好きが皆に知れ渡っている筈の従魔のルークスまで、頷くように何度も身体を上下に動かしている。自分が引率者のつもりだった悠利だが、実際は彼が一番確保されるべき迷子候補である。

 納得いかない、という感じの悠利であるが、ヤックもマグもルークスも気にしていなかった。建国祭を楽しもう?みたいな顔をしている。確かにそのために一緒に外出しているので、悠利にも異論は無い。異論は無いのだが、僕別に迷子にならないのに、と思っていたりする。口にしない程度には大人であるが。

 朝食はアジトで食べてきたので、とりあえず昼食までの間はぶらぶらと屋台を物色するだけにしようと思っている悠利達である。どこにどんな屋台があって、何が売っているのかを確認しておくのは重要だ。それが解っていれば、分担して買い出しに行けるので。


「オイラ、やっぱり肉が食べたいかなー。色んな肉売ってたし」

「お肉も良いけど、主食も必要だからパン系も探さないとねー」

「パスタも売ってるってカミールが言ってた」

「パスタも良いよねー」


 のほほんと会話をしながら歩くのは主に悠利とヤックである。ルークスはと言えば、不審者が近づいて来ないかを警戒している。今の彼は悠利の護衛なので、やる気満々だった。何しろ、このメンバーで一番戦闘能力が高いのはルークスなのだから。

 悠利は言わずもがなへっぽこだし、鍛えてもいないので戦闘能力なんて存在しない。ヤックも、まだ体力作りなどの基礎しか習っていない状態である。まだまだ一般人に毛が生えた程度だろう。そしてマグはと言えば、気配に聡いしある程度の戦闘はこなせるのだが、いかんせん彼はソロプレイ派だった。連携だとか同行者を気遣うとかがちょっと苦手なのである。

 そんなわけで、この場で一番強いのはルークスであり、そのことを訓練生や指導係に教えられたルークスは、悠利の護衛として張り切っているのだった。護衛隊長みたいな気分なのかもしれない。……あちこちに巡回の衛兵や冒険者がいるので、滅多なことは起きないと思うのだが、ルークスのやる気に水を差すのもアレなので、誰も何も言わないのだった。


「……あ」

「ん?マグ、どうかした?」

「マグ、何か食べたいものでも見つけたー?」

「……いる」

「「え?」」


 突然立ち止まったマグが小さな声を上げたので、悠利とヤックも足を止めた。ルークスも大人しく動きを止めている。いつも通り言葉少なく答えたマグは、不思議そうにしている二人に示すように指を一つの屋台へと向けた。数軒先の屋台の前には老若男女問わずに人が並んでおり、とても賑わっていた。マグが指さしたのは、その屋台を切り盛りする店主らしき女性ではなく、屋台の傍らに立つ立派な体躯の青年だった。

 商売の邪魔にならないようにかじっとしているその青年は、冒険者だった。きちんと武装をしたその人を、悠利達は知っている。知っているからこそマグが気づいて足を止めたのであり、悠利達がぽかんとするのであった。


「あれ、リヒトさんだよね?」

「うん」

「何であんなところにいるんだろう……?」


 悠利が思わず呟いたのには、理由があった。リヒトは、この建国祭の間は元パーティーメンバーの仲間達と行動を共にすることが多かったからだ。普段はそれぞれ別の場所で修行や休養をしているらしいのだが、せっかくの建国祭だからと全員集合したらしいのだ。なので、今日もその仲間達と一緒にいると思っていたのに、今のリヒトは一人である。それが不思議なのだった。

 ヤックと顔を見合わせ、とりあえずリヒトの元へ向かった悠利は気づいた。大繁盛している屋台の主が自分の知り合いであるということに。そこにいたのは、素敵な笑顔で客の相手をしているパティシエのルシアだったのだ。


「ルシアさん?ここ、《食の楽園》の屋台なんですか?」

「あら、ユーリくん。こんにちは。うちの屋台というか、私が建国祭の間はここで仕事をしているのよ」

「はい?」


 悠利に気づいたルシアは笑顔で答えてくれるが、その返事は悠利にはちょっと意味が解らなかった。しかし、ルシアは仕事で忙しそうなので、悠利は傍らに立っているリヒトに近寄り、彼に事情を聞くことにした。ここにいるということは、何かしらの情報を持っていると思って。


「リヒトさん、どういうことか知ってますか?」

「あぁ、知ってる。建国祭で《食の楽園》に来る客が多いから、スイーツの販売は制限しているらしい。店頭でも土産用に出していたり、料理のデザートとしては提供しているらしいが、今までみたいなティータイムはやらないことにしたらしい」

「お客さん、そんなに来るんですか?」

「元々あそこは賑わってるからな。王都に来たならあそこで食べようと思う人もいるだろう」

「なるほど……」


 ルシアがパティシエとして凄腕なのは事実だが、《食の楽園》はそもそも食堂である。メインはお料理なので、建国祭の間はそちらを主体に店を営業することにしているということか、と悠利はざっくりと理解した。理解はしたが、それとルシアがここで屋台をやっているのがイコールで結びつかない。

 そんな悠利の疑問に答えてくれたのは、やはり、リヒトだった。


「普段のように店でスイーツが提供できないなら、建国祭の間は屋台で新作のお披露目と宣伝をするということにしたらしい」

「新作?」

「悠利も一枚噛んでるんじゃなかったか?かき氷だよ」

「あぁ、なるほど。ルシアさん、アレンジするとか言ってましたもんね。と、いうことはここは、かき氷を売る屋台ですか?」

「そうだ」


 真夏の建国祭なので、冷たい氷を甘い味付けで楽しめるかき氷は大人気になったらしい。こうして屋台で宣伝しておけば、いざ店で新メニューとして提供しても快く受け入れてもらえるに違いないという考えらしい。お祭りなので、多少見慣れないものがあっても皆が手に取ってくれるので、そこでかき氷を広めようということらしい。

 なお、かき氷自体は他にも屋台が出ている。悠利が持っているかき氷機は試作品だが、改良を重ねた製品版が売り出されているのは知っている。氷への味付けも含めて、色々なお店が自分達なりのかき氷を提供してちょっとした人気商品になっているのだ。

 そんな中、他の追随を許さない勢いでルシアの屋台が大人気なのは、やはりパティシエさんの本気というのがあるのだろう。単純に削った氷にソースをかけたものではない。氷に味を付けて凍らせたわけでもない。あくまでも、氷は純粋に氷のままだ。ふわふわシャリシャリだが、水の味しかしない。その代わりのように、丁寧に作られた美味しそうなジャムをかけたり、凍らせた果物も同じように削ってトッピングしたり、お手製のクッキーや焼き菓子をトッピングしたりと、豪華なかき氷なのである。ちょっとしたパフェみたいだった。

 ちなみに、大きさは小ぶりに作ってある。屋台は色々なものがあるので、小さめに作ってたくさんの人に食べて貰おうという考えらしい。食後のデザートにちょうど良さそうな大きさなので、後で買いに来ようと思う悠利だった。


「ルシアさんがここで屋台をやってる理由は解りましたけど、リヒトさんは何をしてるんですか?」

「……この屋台、従業員がルシアさん含めて若い女性ばかりでな。先日ヘルミーネ達が来たときに、ガラの悪い奴らが絡んできたらしい」

「え」

「そのときはレレイがひねって追い返したらしいんだが、ヘルミーネが彼女を心配して冒険者ギルドに警備の依頼を出すべきだと言い出したらしい」

「じゃあリヒトさんはその依頼を受けて?」

「違う。その依頼を出すまでもなく、何が何でも彼女を守ろうと考えたある人物に頼まれた。今日はどうしても身動きが取れないらしい」

「……ある人物……?」


 リヒトが言葉を濁した人物が誰であるのか、悠利には何となく解った。ヘルミーネが警備を付けるように言い出した、という前情報が無ければ、彼女を心配した父親や兄達かと思うだろう。だがしかし、ルシアの身を案じてどうにかしようと動いたのがヘルミーネだったとしたら、リヒトにその話を持ってくる人物は一人しかいない。


「ブルックさんですか……」

「正解だ……」


 甘味大好きクール剣士殿は、ルシアの作るスイーツの大ファンである。なので、ヘルミーネから話を聞いてルシアを守るために自ら護衛を買って出たらしい。とはいえ、ブルックも用事が入るので毎日は無理だ。その、自分が行けない日の代理に頼んだのがリヒトである。


「でも、リヒトさんもブルックさんもダメな日とかはどうするんですか?」

「レレイと、あと、レオーネにも頼んであるらしい」

「……あぁ、レオーネさんもルシアさんのスイーツのファンですもんね」

「そうだ」


 四人でシフトを組むならば何も問題ないな、と思う悠利だった。レレイは見た目こそ華奢な女の子という感じだが、猫獣人の父親の血のおかげで力持ちだし、そもそもが格闘家という職業ジョブで拳で何でも解決しちゃう系女子である。そこらのチンピラごときに彼女は負けない。レオポルドは調香師だが、元は薬師として各地を旅していたアリーのパーティーメンバーであり、その体術の腕は未だ衰えを見せない。完全なる防御態勢が敷かれているところに、ブルックの本気を見た悠利だった。

 ……まぁ、巻き込まれたリヒトは不憫だったが。一応、ルシアから護衛料として賃金は支払われるし、護衛中の食事も用意してもらえるのでタダ働きではないのだが。人助けは嫌いではないが、気づいたら巻き込まれていた自分に遠い目になるリヒトなのであった。苦労性、頑張ってください。


「それじゃ、お仕事頑張ってください。僕達はお祭りを見て回ります」

「あぁ、楽しんでくると良い」

「ルシアさん、また食後のデザートに買いに来ますね」

「えぇ、待ってるわ」


 リヒトとルシアに別れを告げて、悠利は離れた場所で待っていたヤックとマグの元へと移動した。屋台に並ぶお客さんの邪魔をしてはいけないと、少し離れた場所で待っていてくれたのだ。悠利がリヒトと話している間も大人しくしていたルークスは、悠利が移動すると何も言わずともその後を追った。


「待たせてごめんね。リヒトさんに色々聞いてたから」

「ううん、平気。かき氷美味しそうだけど、今はお昼食べるもの探すのが先で良い?」

「うん。かき氷はデザートにしようか。小さめだったし、クッキーとかも入ってたから美味しそうだよ」

「へー、楽しみ!」

「だね」


 マグは相変わらず無言で周囲を見ながら歩いているので、会話するのは悠利とヤックになる。時々、合いの手のようにルークスが鳴く以外は、割り込む音もない。そんな風にのんびりと歩きながら、彼らは本日の昼食を物色していた。美味しい匂いがあちこちから漂ってくるので、ついつい歩みは遅くなってしまう。

 そんな矢先だった。

 それまで大人しく、悠利とヤックの隣や前後を歩いていたマグが、突然動いた。両手にそれぞれ悠利とヤックのシャツを引っ掴むと、急発進したのだ。小柄なマグなので歩幅は小さいが、身軽が身上の少年は足が速かった。その速さでシャツを引っ張られる羽目になった悠利とヤックは、思わず声を上げた。


「ちょっ!マグ、マグ待って!一緒に行くからちょっとゆっくり!転んじゃうから!」

「マグ、まっ、ちょっ!シャツ、変な風に引っ張れて、首、首が苦しい……!」

「マグ!ヤックが首苦しそうだから、ちょっと止まってぇえええええ!」

「キュウ!?」


 突然走り出したマグに驚く間もなく、悠利もヤックもシャツを引っ張られて転ばないように足を動かすのに必死だった。捕まれている場所が悪かったのか、ヤックは首が苦しいと訴える。しかし、何かを見つけたらしいマグは全然話を聞いていなかった。一歩遅れたルークスが、慌ててぴょんぴょん跳ねながら三人を追いかけている。

 結果として、マグが二人を引きずったのはそれほど長い距離ではなかった。屋台5つ分ほどだろうか。それでも、突然引っ張られて、転ばないように気をつけながら走ってきた悠利とヤックは、ぜぇぜぇと息を乱していた。そもそも、三人の中ではマグが一番体力があるので、その基準で動かれると悠利もヤックも疲れてしまうのだ。


「……?」

「あ、あのね、マグ。僕ら、君ほど、足、速くない、から」

「オイラ、首、めっちゃ苦しかった……」

「……謝罪」


 目的地に到着したマグは、ぱっと悠利とヤックのシャツから手を離した。そして二人を振り返って、息を乱してぜぇぜぇしている悠利とヤックに、不思議そうな顔をするのだった。悠利の足下では、ルークスが心配そうに二人を見上げている。大丈夫?と言いたげなルークスに小さく笑ってから悠利とヤックはマグに自分達の素直な感想を伝えた。

 そこで、自分がちょっとやり過ぎたらしいことを理解したマグは、ぺこりと素直に頭を下げて二人に謝った。気が急いてしまい、ついうっかり二人と自分の身体能力の差を考慮せずに走り出してしまったことが解ったのだ。申し訳なさそうに頭を下げるマグに二人は解ってくれたら良いとその謝罪を受け入れた。マグに悪気がないのは解っていたので。

 そしてマグは、すいっと指を目当ての屋台に向けた。そこにいたのは、顔馴染みのパン屋のお嬢さんだった。毎朝|真紅の山猫《スカーレット・リンクス》のアジトにパンを届けてくれるパン屋の娘さんで、主に売り子を担当しているのだ。悠利が普段接触するのは店主のおっちゃんの方だが、勿論娘さんとも面識はある。どうやら屋台は繁盛しているらしく、ひっきりなしにお客さんが訪れている。


「パン屋さんも屋台出してたんだ。おっちゃんは店でパン焼いてるのかな」

「かもしれないね」

「カレーパン」

「「え?」」

「カレーパン」


 びしっとマグは屋台を指さして真顔で言い切る。何が?と悠利とヤックが首を傾げると、念を押すように同じ言葉を繰り返した。

 どうやら、この屋台で売っているのはカレーパンらしいということに悠利とヤックが気づいたのは、マグがうずうずしていることに気づいたからだ。カレーは、悠利が考案したカレールーを元にハローズが販売しているのであるが、そのルーの中に出汁成分がたっぷり入っているのである。……まぁ、つまるところ、カレーという料理はマグが好きな料理でもあるのだった。

 つまり。


「……マグ、カレーパンを見つけたから、売り切れる前にお昼ご飯用に買おうと思ったとか、そういうことで良いのかな?」

「諾」

「カレーパンかー。美味しいし、お腹いっぱいになるから良いかも!」

「そうだね。それじゃ、屋台覗いてみようか」


 満場一致でお昼ご飯にカレーパンを追加することが決まったので、屋台に近づく悠利達。ひょいと品揃えを見てみると、何種類ものカレーパンを売っているらしい。あくまでもカレーパンオンリーで勝負をしている。他のパンはパン屋で買ってくれと言うことなのかもしれない。


「えーっと、オイラ、バイソン肉のカレーパン!」

「魚介カレーパン」

「じゃあ僕は、このゴロゴロ野菜のカレーパンをお願いします」

「はいはいー。って、あら、ユーリくん達じゃない。いらっしゃい」

「「こんにちは」」


 笑顔で対応してくれた店番のお姉さんが、すぐに客が誰かに気づいて営業スマイルではない笑顔になった。ヤックが買ったのは、バイソン肉がたっぷり入ったお肉好きや食べ盛りには嬉しいボリューム満点のカレーパンで、形はまん丸だった。マグが目標に定めたのは、シーフードたっぷりの魚介カレーパンで、こちらは肉系よりも出汁や旨みが際立つタイプだった。ちなみに形は楕円形だ。そして、悠利が注文したのはジャガイモやにんじんが大きめに切ってある、野菜を楽しめるタイプのカレーパンだ。なお、これの形は長方形っぽい感じだった。どうやら、形で違いが解るようにしているらしい。

 目当てのカレーパンを購入して、三人はうきうきで屋台から離れた。カレーパンは悠利の学生鞄にいったん片付けて、他に何を食べるかを相談しながら移動する。なお、ルークスは特にカレーパンには反応しなかったので、彼の分は購入していない。スライムは雑食なので何でも食べるが、ルークスは一応食の好みがあるので、本人が望んだ分だけ購入しようと思っている悠利であった。


「マグ、美味しそうな屋台見つけても、さっきみたいにいきなり引っ張らないでね?」

「そうそう。人多いし、転んだら大変だし」

「……考慮」

「いや、考慮じゃなくて!止めてってば」

「……アレだ。一応やらない方が良いって解ってても、見つけたらやっちゃうかもしれないとか、そういうことなんでしょ……。オイラ知ってる……」

「ヤック、諦めるの早いよ……」

「だってマグだし……」


 普段からマグと行動を共にすることが多いヤックは、諦めるのが物凄く早かった。一応、マグに悪気がないことは二人も解っている。解っているだけに思いっきり怒ることは出来ないのだが、それでも考えてね?と言いたくなる悠利なのである。


「まぁ、気を取り直してお昼ご飯物色しようか。他は何が食べたいー?」

「おかずっぽいのも欲しいかな、オイラ」

「出汁」

「……あー、うん。どこかでスープ類売ってないか探してみようか、マグ……」

「出汁」


 安定のぶれないマグだった。何かあるかなぁと呟く悠利と、あったらあったでマグが買い占めようとして大変なことになるんじゃないかなと思うヤックだった。そんな二人と裏腹に、マグはいつも通りの無表情ではあるものの、足取り軽く歩いているのだった。




 お子様三人の屋台巡りは、まだまだ楽しく続くのでありました。美味しいお昼ご飯になると良いですね!




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