乙女にとって、衣装被りは重大なのです。

「建国祭になると、普段と違って着飾った人も多いね」

「まぁ、皆祭りを楽しんでるんだろうよ」


 暢気な会話をしながら街を歩いているのは、悠利ゆうりとウルグスである。二人ともいつも通りの服装で、周囲の賑わいを楽しそうに眺めて歩いている。小腹が空いたので食料を求めて買い出しに出てきたのである。

 なお、悠利の護衛を自認しているルークスは、今日も悠利の足下でぽよんぽよんと跳ねていた。いつもより人が多いので、ぶつからないように気を付けつつ悠利の側を離れない。人が多いので変な奴がいないかを気にしているのだろう。安定のルークスだった。

 建国祭を思い思いに楽しむためだろう。街の人々は、普段と違う服装が目立った。ちょっとしたおめかし程度だが、それでもお祭り用に晴れ着を着ているのだろうと解る光景だ。ふと、隣を歩くウルグスを見上げて、悠利は不思議そうに問いかける。純粋な疑問だった。


「ウルグスは、着飾る用の服着ないの?」

「それは実家で着るから良い」

「見てみたかったのになー」

「絶対断る」

「そんな真顔で言わなくても……」


 悠利の問いかけに、ウルグスは大真面目な顔で言い切った。そこそこ良い家のお坊ちゃんであるウルグスは、建国祭用の晴れ着を持っている。ただし、その晴れ着は実家に置いてあるので、悠利達は見ていないのだ。どんな服か純粋に気になった悠利なのだが、ウルグスの返事は素っ気なかった。

 僕別にからかわないのになぁと悠利は思う。だがしかし、悠利に見せるということは、その周辺にいる同胞達に見せるというのと同じことである。基本的に他人の服装に興味を示さないマグはともかく、ヤックとカミールは確実に何らかの反応を示すだろう。そして、高確率でからかわれるのだ。それが解っているので、ウルグスは悠利の希望を却下するのだった。

 そんな雑談をしつつも何を食べようかと楽しく歩いていた二人は、不意に足を止めた。道の片隅で、揉めている人影が見えたのだ。思わずそこに目が吸い寄せられたのは、建国祭で賑わう雑踏に不似合いな服装だったからだ。

 そこにいたのは、仕立ての良い燕尾服を身につけた執事らしき青年と、裾がふわりと広がった愛らしいドレス姿のまだ幼い少女だった。ドレスだけでなく、髪型もアクセサリーもきっちりパーティー用という感じに仕上げた少女が、顔をくしゃくしゃにして癇癪かんしゃくを起こしているのだった。


「何かあったのかな……?」

「さぁな」

「良いところのお嬢さんなのかもしれないね。執事さんいるし」

「……あー、うん。良いところのお嬢さんだわ」

「え?ウルグス知り合い?」

「知り合いって言うほどじゃねぇけどな」


 世間話のつもりで話題を振った悠利は、予想外の返答に呆気にとられた。ウルグス本当にお坊ちゃんだったんだねぇ、と思う悠利だ。言葉にはしていないが、顔には思いっきり出ていた。なので、ウルグスは面倒そうに悠利の額を軽く小突くのだった。痛くは無かったので、悠利も気にしない。

 そんな二人の目の前で、執事とお嬢さんのやりとりはヒートアップしていく。というよりも、宥めようとする執事の言葉をお嬢さんが全然聞いていないのだ。どうやらよほど腹に据えかねる何かがあったらしい。可愛らしい服装も、髪型も、アクセサリーも、台無しになるほどに顔がくしゃくしゃである。

 傍目に見ても執事が困っているのは丸わかりだった。だがしかし、癇癪を起こしているお嬢さん(それもどこからどう見ても良いところの娘だと解る)へ声をかける勇気の持ち主はいないのだろう。彼らは遠巻きにされていた。


「ユーリ、ちょっと良いか?」

「うん。気になるんでしょ?別に急がないし大丈夫だよ」

「助かる」


 そこまで親しい間柄では無いとしても、困っているのを見過ごせなかったらしい。ウルグスはそういう少年である。見た目も普段の言動もガキ大将なのだが、彼の本質はどちらかというとお兄ちゃんであった。口で何だかんだ言いつつも、見習い組達の面倒を見ている段階で察してほしい。

 ゆっくりと執事とお嬢さんに近付くと、だんだんと会話の内容も聞こえてきた。その内容に、ウルグスは首を傾げ、悠利はあぁと若干の納得顔になるのだった。


「ですからお嬢様、正真正銘そちらは、お嬢様の為に仕立てていただいたドレスですよ?」

「でも、他の方も同じような衣装を着ておられたじゃない!」

「お嬢様、同じようなと仰いますが、色も形も違いましたよ」

「違わないわ!良く似ていたもの!」


 癇癪を起こすお嬢様の主張を要約するならば、「自分の為に仕立てて貰ったドレスと良く似たドレスを着た少女を見かけた。良く似ている服なんて嫌」ということらしい。女心は複雑である。とはいえ、せっかくの晴れ着なので、自分だけの素敵なドレスであってほしいという乙女心もあるのだろう。

 だがしかし、執事の青年の主張を要約すると、「別にまったく同じではないし、色も形も違うのだから問題ないのでは?」ということらしい。そちらの主張も多分間違っていない。


「お嬢様、ですが、そのように文句を言われましても、代わりの衣装などありませんよ」

「それでも嫌なの!他の人と同じドレスなんて絶対に嫌!」

「ですから、同じではないと思うのですが……」

「同じようなデザインだったもの!」


 執事の言葉にまったく耳を貸さないお嬢さんは、半分以上泣きそうになっていた。気の強いことを叫んでいるように見えて、大きな瞳には涙がにじんでいた。気を抜いたらぽろぽろと溢れるだろう涙を、必死に気を張って押さえ込んでいるのかもしれない。それぐらい、彼女にとっては自分だけのドレスが大切だったということなのだろう。

 お嬢様が手に負えないと判断したらしい執事の青年は、大きな大きなため息をついてそれ以上何も言わなかった。彼女の方も、執事に声をかけられなければ叫び出すことはなかった。自分の中にある悔しさを何かに当たらなければ耐えられないのかもしれないが、こちらが突かなければ黙っている程度の理性は残っているらしい。


「こんにちは。大丈夫ですか?」

「……これは、ウルグスさん。お久しぶりです。お見苦しいところをお見せしました」

「いえ、大変ですね」

「えぇ……」


 お嬢さんに聞こえないように小声で会話をするウルグスと執事の隣で、悠利はお嬢さんを見ていた。ぎゅっとドレスを握りしめている。きっと、彼女は建国祭という晴れ舞台に、自分を一番可愛らしく見せてくれる自分だけのドレスを着て楽しみたかったのだろう。その楽しみに水を差されて、とても悲しい気持ちになってしまったのだ。

 ただ、その彼女の気持ちが、執事の青年にもウルグスにも解らないのだ。彼女が何にこだわり、何に怒り、何を嘆いているのか、彼らにはまったくもって解らない。問題山積みとなりそうだったが、ここには約一名、彼女の気持ちが解る人物がいた。


「確かに、大事な大事な晴れ舞台の素敵なドレスが、他の人と似ていたら嫌ですよねぇ」

「「え?」

「……貴方」


 うんうんと大真面目な顔で呟いた悠利の言葉に、執事とウルグスは呆気にとられた。そして、お嬢さんは驚いたように目を見開いて、悠利を見ている。……なおウルグスは、割とすぐに立ち直った。悠利が時々女性陣と一緒になってお洒落に関して話し込んでいるのを思い出したからだ。乙男オトメンは自分を着飾ることには興味がなくても、可愛いものや綺麗なものが大好きで、それについての感性は女性陣に近いものがあったのである。


「そのドレスもとても素敵で似合っていますけど、見かけた方が良く似たデザインだったんですか?」

「……えぇ、そうよ。とても、似ていたの。色は違ったけれど」

「どこがどう似ていたのか、教えて貰っても良いですか?」


 少ししゃがんでお嬢さんと目線を合わせて、悠利はいつものほわほわとした笑顔で問いかけた。幼い少女相手でも丁寧な言葉使いをしているのは、ウルグスから相手が良いところのお嬢さんだと聞いたからである。もしかしたら、なれなれしい口調で話しかけられるのが嫌かもしれないと思ったのだ。

 悠利の申し出に、お嬢さんは少しばかり考えて、やがてぽつぽつと言葉を紡いだ。一つ、一つ、思い出すように自分が気になった部分を口にするその顔は、泣いてしまいそうなほどに悲しげだった。


「腰にね、大きなリボンがあるでしょう?」

「とっても素敵なリボンですね。キラキラしてるし、長い部分がひらひらして妖精の羽みたいです」

「同じように、大きなリボンが付いていたの。あちらは、リボンの真ん中にお花があったけれど、同じように大きなリボンだったのよ」


 ぎゅうっとドレスを握りしめてお嬢さんが呟く。悠利はなるほどと納得しているが、隣で聞いている執事とウルグスにはさっぱり意味が解らない。ついでに、執事の意見としては、「確かに同じように大きなリボンでしたが、あちらは結び目の下の部分は短かったですし、むしろ花が目立ってましたよ」ということになる。リボンより花じゃないのかと思ったらしい。

 だがしかし、お嬢さんは気に入らなかった。同じような位置に、同じように大きなリボンがあったのだ。それに、あちらの方が花が付いていて、自分のよりも豪華に見えたのだと悠利にぼそぼそと伝えている。自分のリボンは長い紐がひらひらふわふわと揺れるのが素敵だと解っていても、もしかしたらあちらの方が素敵なのかもしれないと思ってしまったのだろう。


「それにね、襟の部分が同じ形だったの。この襟が可愛くて作って貰ったのに、まったく同じだったのよ」

「波みたいな綺麗な形ですもんね。全部同じだったんですか?」

「…………私のドレスはラインが二本で、あちらのドレスはラインが一本、太くてくっきりとしたのが入っていたわ」

「そうですか。確かにそれは、良く似ていると思ってしまいますね」

「そうなの……!」


 うんうんと分かり合うお嬢さんと悠利。そんな二人を見て、執事はウルグスをじーっと見た。あの子は一体何なんですか?という意味合いの視線だった。ウルグスは慎ましくそっと視線を逸らした。彼に言われても困るのだ。悠利は彼が出会った頃から悠利なのだから。

 とはいえ、全く説明しないのもアレなので、自分達の仲間で家事を担当してくれている少年だという風に説明した。女性とも話が合うし、裁縫なども得意なのできっと彼女の考えが解るのだろう、と。実際、普段から女子会に違和感なく混ざっているので、多分間違っていない。


「似たドレスの人がいることぐらい、解っているわ。でも、このドレスだけは、今回だけは、嫌なのよ……!」

「何か、大切なパーティーでもあるんですか?」

「……大好きないとこのお姉さんが主催するパーティーがあるの。いつもいつも、小さな子供達はお留守番だったの。私は、今年からやっとそこに呼んでもらえるようになったの」

「それは本当に大切なパーティーですね」


 お嬢さんの言い分を聞いて、悠利は何度も頷いた。確かにそれは、正真正銘の晴れ舞台だ。身内のパーティーだと言われればそれまでかもしれない。だが、去年までは「小さな子供はお留守番よ」と言われていたお嬢さんが、「今年からは貴方も参加して良いのよ」と言われたパーティーなのである。それは、幼い少女にとって、自分が一人前のレディになったという証なのだろう。

 だがしかし、今更新しいドレスを仕立てる時間がないというのも、彼女は解っているようだった。解っているが、それでも感情がどうにもならないのだろう。この年齢でそれが解っているのは逆に凄いなと思う悠利だった。十歳を超えたか超えないかぐらいのお嬢さんである。良いところのお嬢さんの場合は、自分のわがままが全て通ると思い込んで傍若無人になるか、教育の賜で分別があるかという感じだが、彼女はどうやら後者だったらしい。

 だから、悠利はそっと魔法鞄マジックバッグになっている愛用の学生鞄に手を伸ばした。容量無制限に加えて時間停止というヤバイ性能を誇る学生鞄の中身は、もはや闇鍋である。ちょっと片付けておこう、と思ったものが軒並みそこに入っているのであった。なお、ソート機能が付いているので、取り出すときは別に苦労しない悠利だった。……性能が本当にアレだが、持ち主もアレなので多分バランスが取れていると思われます。

 さて、その闇鍋としか言えない学生鞄から悠利が取り出したのは、虹色に輝くとても綺麗な布の花だった。布を編んだり縫ったり折りたたんだりして作った造花である。大きなものは悠利が両手で抱えるほどの大きさだし、小さなモノは掌にすっぽり収まったり、もっと言えばちょっと大きいボタン程度のサイズのものまである。いきなり悠利が取り出した色とりどりの造花を見て、お嬢さんはぽかんとしている。


「もしも良かったら、このお花を使ってドレスをリメイクしませんか?」

「……そのお花は?」

「僕が作りました。余り物の布きれを使って作ってみたんですけど、使う人がいなくて」


 にこにこと微笑んでいる悠利と、綺麗な布の花に顔を輝かせているお嬢さん。実に微笑ましい光景の隣で、執事が顔を引きつらせていた。良いお家に仕える執事さんは博識である。なので、隣のウルグスの手を引っ張って、震える声で問いかけた。


「ウルグスさん、私の目が間違っていなければ、あの造花は、七色蚕の布で作られておりませんか……?」

「……そうです」

「何故あんなに大量にあるんですか!それに、何故あんなにもあっさり取り出しているんですか!?」

「落ち着いてください。アジトに残ってた他の何かに使えないぐらいの端切れだったのを、あいつが加工しただけなんです。ようは不用在庫だったんですよ」

「不用在庫と言ったって、七色蚕の布ですよ!?」

「布自体は端切れだったので、多分店で買ったとしてもそんなに高くないです」


 動揺している執事とは裏腹に、ウルグスは落ち着いていた。悠利と付き合っていると、こんなことには慣れっこなのである。それに、本当に売り物にも何にもならないぐらいの小さな端切ればかりだったのだ。他の何かに使った破片という方が正しいぐらいに。もう、ゴミとして捨ててしまっても良いかな?ぐらいの布ばかりだったのである。それを悠利が、捨てるなら加工して良いですか?と申し出て了承されて、たくさんの布の花をこしらえただけなのだ。

 なお、悠利が花を作ったのは、端切れで花を作ってみたかったという、ただそれだけである。後、七色蚕の布は名前の通りに七色に輝くとても素敵な布だった。なので悠利は、その布の花を「虹の花」と名付けて時々眺めては幸せに浸っていたのである。……そのうち、アクセサリーに加工して皆に配ろうかなとか考えてもいたが、本業が冒険者である《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の面々はあまりアクセサリーを使わないので保留にしていたのである。

 つまるところ、お店で買ったら物凄く高そうな布の花であるが、悠利にしてみれば「アジトで余っていた端切れで作った趣味の産物」であり、「特に使い道もないから学生鞄の中に眠らせておいた物体」でしかないのだった。


「そのお花をどうすれば良いのかしら?」

「リボンの代わりにこの大きいのを腰のところに付けたり、胸元に中ぐらいのをコサージュのように添えるのはどうですか?小さいのをボタンの上に付ければ、背中にもお花が咲きますし」

「素敵……!」

「この一番小さなやつなら、髪飾りの端っこに付けても可愛いと思います」


 悠利は笑顔で説明をし、お嬢さんは顔を輝かせて喜んでいる。先ほどまでの不機嫌さはどこかへ消えていた。執事とウルグスをそっちのけで二人の間で話が進んでいく。

 そして、何故か悠利がリメイクを手がけることで話がまとまってしまい、彼らはそのまま招かれた。お屋敷に戸惑っていた悠利だが、お嬢さんが服を着替えてドレスを手に戻ってくると自分の仕事を思い出したのか、鞄から再び「虹の花」を取り出して作業に取りかかる。

 作業の合間合間にお嬢さんの意向を確認しながら、悠利は一生懸命ドレスを手作業でリメイクしていく。……なお、裁縫の技能スキルレベルが55になっている悠利なので、お前ソレ本当に手縫いか?と思われる早さで作業は進んでいった。

 なお、針と糸は先方が用意してくれたものを使用しているので、普通のものだ。……悠利の手持ちの針と糸は魔法道具マジックアイテムになっていて、どんなものでも縫える針(しかも折れない上に仕上がりが向上するオマケ付き)だとか、決してなくならない糸(しかも縫ってしまえば切れることがないらしい)だとか、色々と規格外なのである。

 さて、そんなこんなで出来上がったドレスである。元のデザインを変更したわけではない。ドレス自体のフォルムは何一ついじっていない。何せ、そちらをどうにか出来るような布がないので。……え?布があったらやらかすつもりだったのか?そうですね。やらかしたかもしれません。


「こんな感じでどうですか?」

「素敵……!着てみて良いかしら?」

「勿論」

「待っていてね?私が着てみて、おかしなところが無いかを確認してちょうだいね?」

「はい」


 執事とウルグスが頼りにならないと思っているお嬢様にとって、悠利は唯一話が通じる相手である。オマケに今、自分のためにドレスをリメイクしてくれた相手だ。試着してから彼の意見を聞きたいと思うのは当然だろう。走るのは行儀が悪いと躾けられているのか、ドレスを手に早歩きで去っていくお嬢さんを笑顔で見送る悠利だった。

 ……なお、ずっと手持ち無沙汰だったウルグスは、三回目のお代わりの紅茶を飲んでいた。何で俺までここにいるんだろうと彼は思ったが、悠利を一人でここに残すのもアレなので大人しく待っていたのだった。悪いことをしているわけではないし、騒動を起こしたわけではないし、人助けなので、きっとアリーに怒られることはないだろうと自分に言い聞かせながら。


「見て、どうかしら!」


 素早く身支度を調えてきたお嬢さんが、リボンの代わりに七色の花を付けたドレスでくるりと回ってみせる。ふわりとスカートが風を孕んで膨らむ。ドレスの裾を摘まんで行儀良くお辞儀をする姿も様になっている。腰、胸、そして背中のボタンの上に七色の花が咲き誇り、何とも言えず美しかった。

 また、キラキラして綺麗だったリボンの布をほどいて、虹色の花を支える土台のようにして付けているので、そちらも美しい。飾りを変更しただけで、ドレスそのものの形は変わっていないのに、まったく別のものになったようだった。


「とてもお似合いですよ。あと、こちら余ったお花です。もし良かったら、何かに細工して貰ってくださいね」

「え……?」

「ドレスに合わせた装飾品とかに使ってもらえたら、良いと思うので」

「いただいてもよろしいの……?」

「はい」


 悠利が差し出した、ドレスのリメイクに使わなかった分の七色の花を、お嬢さんは嬉しそうに受け取った。とてもとても嬉しそうだった。このぐらいの年頃の少女は、自分だけの特別なアクセサリーなどがあると喜ぶのではないかと思った悠利なのである。この花は悠利が作ったものしかないので、正真正銘彼女だけのものになるだろうと思って。


「ねぇ、ドレスを素敵に仕上げていただいたお礼もしなくてはいけないわ。私、お金をお支払いするべきかしら?」

「いえ、お金は相場とか解らないので、ちょっと……」

「でも、どうしたら貴方に喜んでいただけるの?」


 素敵なドレスに仕上げて貰ったと思ったところで、お礼をしなければいけないと我に返ったのだろう。少女が慌てて問いかけるのを、悠利はぶんぶんと首を左右に振って拒絶した。そもそも、材料として使った布の花も余り物なので、何をどうして値段を付けるのが相場かがまったく解らないのだ。

 とはいえ、無償でと言うと彼女が重荷に感じるだろうとも解っているので、困ってしまった。そんな悠利に助け船を出したのは、ウルグスだった。


「こいつにお礼がしたいというのなら、美味しい食材や珍しい食材を与えたら喜びますよ」

「ウルグス、まるで僕が食べ物にしか興味がないみたいなんだけど……」

「お前の場合は、食材に興味があるんだろ。それでどんな料理が作れるかって考えるの含めて」

「まぁね」


 否定はしない悠利だった。正確には、否定できないだった。《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の面々が依頼のついでに採取してくる食材で、いつもうきうきしている悠利なのだから。


「解りましたわ。それなら、お父様に頼んで、素敵な食材を送らせていただきます。送り先は《真紅の山猫スカーレット・リンクス》でよろしいのですよね?」

「はい。ありがとうございます。楽しみです」

「おう、めっちゃ楽しみにしとけ」

「……ウルグス?」


 それどういう意味?と悠利が問いかけるも、ウルグスはそれ以上何も言わなかった。そんなわけで、悠利は美味しい食材をお礼に貰うことを約束して、ウルグスと二人でお屋敷を後にするのだった。なお、道中口にするのは、お嬢さんが喜んでくれて良かったなーという言葉ばかりという安定の悠利だった。




 ちなみに、あのお嬢さんの父親は富裕層向けの食材の輸入業者で、あちこちの美味しくて珍しい食材がどかんと送られてくるのだが、そのことを悠利はまだ知らないのだった。……ウルグスはそれを知っていたから助け船を出したのでした。




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