建国祭は千客万来です。

「今日は皆さん、お出かけなんですよねー」


 ぱりぽりとリビングでサツマイモスティックを食べながら悠利ゆうりが呟く。建国祭の間は食事当番が存在しないので、悠利の仕事も半減どころか八割減という感じだ。掃除や洗濯も確かに大変だが、やはり人数の多い《真紅の山猫スカーレット・リンクス》としては食事が一番大変である。

 なので、特にやることもない悠利は、のほほんと十時のおやつを食べていた。洗濯と掃除を終わらせたら少し小腹が空いたのである。いつもは見習い組達が手伝ってくれるのだが、今日は何だかんだで皆も出掛けているので、ルークスと二人でえっちらおっちら頑張ったのである。

 なお、ルークスは今の元気にアジトのあちらこちらを掃除している。害虫駆除や雑草処理も含めて、賢いスライムは今日もお役立ちです。


「うむ。遊びに出かける者、旧知の者と会う者、呼び出しを受けて出かける者、様々であるが、皆出かけるようだ」

「……ヤクモさんはずいぶんとのんびりされてますけど」

「我は留守居を仰せつかっているのでな。お主と共に居残りよ」

「なるほど。今日は大人組の皆さんもお出かけですもんねー」

「うむ」


 ほわほわと笑う悠利の隣で、ヤクモはひょいひょいとサツマイモスティックを食べる。ヤクモは一応訓練生に分類されてはいるものの、どちらかというと客員という方が正しい立ち位置の存在である。色々と誤解されやすい呪術師という職業ジョブなのと遠方の出身ということで、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》に所属しアリーが後見人みたいになっているのである。

 そのため、指導係達の手が足りていないときに応援を頼まれたり、悠利一人が残ることになるアジトの留守番を頼まれたりするのである。一人で長年旅を続けているヤクモの実力は確かなものであったし、そもそもが無用のトラブルを起こそうとするような性格でもない。安心と信頼の大人枠であった。……どこかの学者先生との違いが露骨に浮き彫りになりますが、気にしてはいけません。


「して、子供らはいずこに?」

「屋台が出てる辺りのゴミ拾いをするらしいですよ。冒険者ギルドからの仕事らしくて、お祭りで遊ぶお金を稼ぐぞーって張り切ってました」

「なるほど、なるほど。それは善きことだ。どうあっても、人が集まればゴミが出てしまう故なぁ……」

「そうなんですよねぇ。各所にゴミ箱を設置していても、どうにも捨てられるゴミがなくならないらしくて」

「困ったものだ」

「まったくです」


 真顔で呟くヤクモと、同じく真顔で頷く悠利。建国祭は大きな祭りである。それだけに、人の出入りも激しい。それは別にかまわないのだが、人が集まるとごくごく自然にゴミが出てしまうのだ。もちろん、チリやほこりのような、人が生活するだけでどうあがいても出てしまうタイプのゴミは仕方ない。この場合、ゴミ拾いを仕事としてしなければならないほどに出るゴミは、屋台のゴミなどである。

 無論、各屋台や出店でもゴミの回収は行っている。あちこちにゴミ箱を設置し、定期的に回収して綺麗に保つ努力はされているのだ。ただそれでも、これぐらい、一つぐらい、という安易な考えで、ゴミを足下に捨てて去ってしまう人がいるのも事実である。それが、気づかぬうちに落としたゴミの場合は致し方ないとしても、意図的にポイ捨てされたゴミの場合は困るのである。


「ユーリ、私達出かけてくるねー!」

「お留守番、よろしくお願いいたします」

「お土産買ってくるからねー!」

「はいはーい、皆、気をつけてねー」


 ひょいっとリビングに顔を出して元気な挨拶をしてきたのは、ヘルミーネ、イレイシア、レレイの三人娘だった。レレイはいつもと変わらない装いだが、ヘルミーネとイレイシアは先日購入したというお揃いのワンピースを着用している。どちらも膝下丈で、ふんわりとしているが動きやすそうな大きめのプリーツスカートになっている。色はヘルミーネが薄ピンクで、イレイシアが淡い黄色だ。どちらも襟が真っ白のセーラーカラーになっており、ワンピースと同じ色の留め金で襟の先端をまとめていた。

 そして、特筆すべきはイレイシアの髪型だろう。ヘルミーネはいつも通りのお下げで、リボンをワンピースと同じ薄ピンク色のものにしている。イレイシアはいつも髪を結わえずゆったりと背に流しているのだが、今日はヘルミーネと同じようにお下げにしているのだ。彼女もまた、ワンピースと同色の淡い黄色のリボンで髪を結わえていた。

 ふわふわと揺れる2色のお下げ髪に、お揃いのデザインのワンピース。小柄で幼く見える風貌のヘルミーネと、長身でほっそりとしているが落ち着いた容貌のイレイシア。二人のタイプの違う美少女がお揃いの恰好をしているのが、何とも言えず眼福であった。


「二人とも、そのワンピース似合ってるよー!」

「ありがとー!」

「ありがとうございます」


 元気に去って行く三人の背中に向けて、悠利は素直な感想を投げかけた。姉妹に囲まれて育った悠利としては、女性陣がいつもと違う装いをしていたら褒めるのは普通だった。また、それを抜きにしても悠利は誰かが着飾っているのを見るのが好きであるし、それを流れるように褒めるのは癖のようなものである。


「うむ。女子おなごが華やかに着飾る姿は祭りの醍醐味よなぁ」

「ヤクモさんの故郷でもそうでした?」

「我の故郷でもそうであったし、旅先で訪れた国々でも、祭りのときは若い女子おなごが目一杯着飾るのが多かったぞ」

「やっぱり、お祭りってそういう側面があるんですね」

「であろうな」


 そんな風にのほほんとしていると、不意に玄関の方からカランカランという呼び鈴の音がした。おや珍しい、と悠利とヤクモは顔を見合わせる。《真紅の山猫スカーレット・リンクス》のアジトに客人が訪れることは多いのだが、その大半が顔馴染みなので律儀に玄関先で呼び鈴を鳴らす人は少ないのだ。

 なお、その筆頭である美貌のオネェ、調香師のレオポルドに至っては、呼び鈴を鳴らすどころか勝手知ったる我が家のように平然と入ってくる。途中でメンバーに出会うと、にこやかに挨拶をしてくれるという強者っぷりである。その次によく訪れる行商人のハローズおじさんは、だいたい外で作業している悠利やルークスを呼び止めてからアジトに入ってくるので、そもそも呼び鈴を使わないのであった。

 そんなわけで、呼び鈴を鳴らす=馴染みの人ではないお客さん、という図式を脳内で完成させた悠利は、ヤクモに一言断ってから玄関へと向かう。留守番役と悠利のお目付役を同時に任されているヤクモは、そんな悠利の背後をのんびりと歩いて追いかけた。はーいと大声で返事をしながらてててーと早足で玄関に向かった悠利は、そろっと玄関の扉を開けるのだった。

 そして、そこにいたのは見知らぬ老紳士だった。


「遅くなりました。こんにちは。えーっと、どちら様でしょうか?」

「こんにちは、可愛らしいエプロンの坊や。ティファーナ嬢を呼んでいただけるかね?」

「ティファーナさんのお知り合いですか?」

「うむ。今日は一緒に祭りを見て回る約束をしていたのだよ」


 すっきりと着こなした仕立ての良い上品な服装は、帽子と杖も相まって、悠利に古き良き英国紳士みたいだなぁという感想を抱かせた。真っ白な口髭を蓄えたロマンスグレーである。その表情はどこまでも穏やかで優しく、優しいお爺ちゃんという印象だった。

 どうやら変な人ではなく、きちんとティファーナと約束のある人らしいと判断した悠利は、彼女を呼びに行こうときびすを返した。すると、そこには身支度を調えたらしいティファーナが立っていた。いつもの服装とは違い、華美にならない程度におめかしをしたお出かけスタイルである。今日も美人のお姉様は美しかった。


「あ、ティファーナさん、今呼びに行こうと……」

「閣下……!お迎えいただかなくても、私の方からお伺いしましたのに……」

「ははは。支度が早く終わってね。迷惑かと思ったが、君の顔が早く見たくなって来てしまったよ」

「まぁ……」


 驚いたように叫んだティファーナであるが、老紳士の発言に小さく笑った。まるで悪戯がバレた子供のようにポリポリと頬をかく老紳士に、思わず笑みがこぼれたのだろう。


「それではユーリ、ヤクモ、出かけてきます。後のことをお願いしますね」

「はい、いってらっしゃい」

「うむ、任されよう」


 残していく二人に見惚れるような笑顔を向けて告げたティファーナは、玄関の外で待っていた老紳士が差し出した手を取って外へ出て行く。慣れた仕草で腕を組む彼らの姿に、思わずぽかんとする悠利だった。流れるように腕を組んでいるが、不思議とその姿がしっくりと来るのだった。


「……閣下って呼んでましたよね?」

「うむ」

「偉い人なんでしょうか……?」

「確か、以前世話になった貴族の知り合いがいると言っていたので、その相手なのではないか?」

「なるほど……?」


 ヤクモの情報に、悠利は首を傾げつつも頷いた。ティファーナは相変わらずミステリアスな部分のあるお姉様だった。だがしかし、誰にだって事情はあるので、彼女が自分から言わないことをこっちが聞くのもアレである。何かのときに教えてもらえそうだったら聞いてみようと思う悠利だった。

 それでも、普段幼馴染みであるアルガやシーラ以外には滅多に見せることのない、相手を信頼しきった笑顔を浮かべていたティファーナの姿に、お祭り楽しめたら良いなーと思う悠利だった。

 用事も済んだしリビングに戻るか、と移動しかけた二人の目の前にアロールが立っていた。いつもの服装に、首元には相棒の白蛇ナージャがいるのもいつもと同じである。


「アロール、もう出掛けるの?」

「うん。近くまで来ているみたいだからね。外泊してくる。戻るのは明後日の昼頃の予定」

「了解。久しぶりの家族団らん楽しんでね」

「まぁ、適当にね」

「あはははは……」


 故郷で魔物使いとして仕事をしている一族の皆が、建国祭を楽しむためにこちらへやってきているらしいアロールである。なので、アリーの許可を得て数日は家族と共に過ごすために外泊なのだ。

 ちなみに、アロールの服装がいつもと同じままなのは、建国祭用の衣装は両親の手元にあるからだった。先に衣装だけ送ろうかと言われたらしいのだが、周囲にいつもと違う服装を見られるのが嫌だったのか、合流してから着替える道を選んだアロールだった。十歳児は色々と複雑なのである。

 ひらひらと手を振る悠利に、背を向けたまま手を振ってアロールは去って行く。その背中に迷いはなかった。果たして彼女はどうやって家族の来訪を知ったのかと思っていると、庭の方から駆けてきた小さなリスのような生き物が、アロールの足下からシュタタタと彼女の肩の上へとよじ登っていた。慣れた手つきでその頭を撫でるアロールだ。


「……ヤクモさん、あの可愛いリスっぽいのって魔物ですか?」

「で、あろうな。家族からの使いなのであろうよ」

「流石アロールの家族の従魔ですねぇ……」


 しみじみと呟く悠利だった。幼いながら凄腕の魔物使いであるアロールを見ているので、その彼女を育てた家族の力量も凄いのだろうなと思う悠利だった。こうして、賢くメッセンジャーをやってのける魔物がいる段階で凄いだろう。

 アロールを見送った二人は、リビングへと戻った。特にやることもないので、相変わらずサツマイモスティックを食べながら雑談に興じている。……ちなみにこのサツマイモスティックは、屋台で買ってきたものである。細く切ったサツマイモをカラリと揚げて塩を振っているだけのシンプルなものだが、サツマイモの甘みが引き立っていて大変美味しい。

 ……つまりは、気づいたらそれなりの量を買い込んでいたはずなのに結構減っているのだった。おかげでちょっとお腹がいっぱいになってきた悠利である。手持ちぶさたなのでついつい食べてしまうのだ。


「そういえば、アロール以外にも外泊組っていましたよね?」

「うむ。リヒト殿が昔の仲間と共に過ごすとかで二日ほど外泊で、フラウ殿とクーレッシュが警備の手伝いで今夜は外泊であったな」

「リヒトさんやアロールは息抜きの外泊だから気楽でしょうけど、フラウさんとクーレは仕事の外泊だから大変でしょうね」

「なに、逆にこの時期の警備ならば人手はたっぷりと集められていよう。交代で休みが取れるだけ気楽であろうよ」

「なるほど、そういうこともあるんですね」

「うむ」


 悠利に説明するヤクモの表情は穏やかである。彼は基本的に穏やかな青年だ。糸目のたれ目というだけでも穏やかそうな印象を与えるだろう。それに加えて、ゆっくりとした口調で話すので余計にそう思える。

 ……ただ一つ、ジェイクが絡んだときだけは、氷点下のように冷え切った声音になるのがデフォルトなのが困りものだった。とはいえ、ヤクモは悪くないし、多分ジェイクも悪くない。きっと、正反対のスペックを誇る同年代というのが悪いのだ。……多分。

 そうやってのんびりと過ごしていると、キュイキュイと鳴きながらルークスがリビングに飛び込んできた。庭掃除をしていた筈のルークスが慌ててやってきたことに首を傾げながら、悠利は自分の前でぴょんぴょんと跳ねる従魔を呼んだ。


「どうしたの、ルーちゃん?」

「キュキュー!」


 来て来てと言いたげにルークスは悠利のズボンの裾を引っ張る。ヤクモと二人顔を見合わせ、何か起きたらしいと察した二人は立ち上がってルークスの先導に従って廊下へ出た。向かう先は玄関で、開けっぱなしの扉の向こうに人影が二つ見えた。どうやら客人だったらしい。


「あ、お客さんだったんだね。こんにちは。どなたにご用でしょうか?」

「こちらにジェイクという名の学者がいると思うのですが、呼んでいただけますか?」

「ジェイクさんですね。少しお待ちください。……ルーちゃん、頼める?」

「キュ!」


 悠利の問いかけに口を開いたのは、お髭が立派な初老の男性だった。白髪交じりの灰色の長髪は、どこから髪でどこから髭か解らないほどにふさふさしている。目尻に刻まれた皺も柔らかく笑んでいるようで、何となく雰囲気が学長先生という感じだった。その隣、一歩下がるような場所にいるのはまだ年若い、ともすれば幼く見える少年である。華やかさと愁いを帯びた雰囲気が同時に存在する、何とも言えず眼福ものの美少年だった。

 もしかしたら、と悠利は思った。ジェイクを訪ねてくる相手で、この風貌である。この人がジェイクさんの師匠なのかもしれないと思った悠利の耳に、ルークスに呼ばれてやってきたであろうジェイクの声が届いた。


「兄弟子、師匠、お早いお着きですねぇ。てっきり夕方ぐらいかと思ってましたよー」

「久しぶりです、ジェイク。久方ぶりに会うのにその恰好ですか……」

「え?別に面倒な場所に行くわけでもなく、お二人とご飯食べに行くだけなんですから、いつもの恰好で良いじゃないですか」

「ジェイク……」


 のほほんと笑うジェイクはいつも通りの服装だった。額を押さえる男性に対して、何も気にした風もなく笑っている。ジェイクさんマイペースだなぁと悠利は思った。なお、お前がそれを言うなと突っ込んでくれる人はいない。あくまで心の中で思っただけなので。

 そんなジェイクの態度を咎めようと男性が口を開くのと、美少年の白い手がそれを制するのがほぼ同時だった。


「良いではないか。この暑さの中、己の足でしゃんと立っておるだけマシというものよ」

「師匠はジェイクに甘すぎます」

「甘いわけではないわい。こやつは研究以外のことは何一つ出来ん欠陥人間だと思って付き合うのが一番じゃというだけのこと」

「師匠ー、相変わらずキッツいですねー」

「面倒くさがって論文の発表を儂に丸投げするばかりの貴様が言うではないわ」

「ははははは」


 美少年の口からこぼれ落ちたのは、年寄りみたいな言葉使いだった。それに悠利がぽかんとしている間に話が進んでいる。どうやら、美少年の方が師匠で、初老の男性の方が兄弟子らしい。しかし、目の前の光景と聞こえてくる会話の内容を、悠利は素直に受け止められなかった。

 そんな悠利の肩を、ぽんぽんとヤクモが叩く。そして、すいっと指で視線を向けるべき場所を示してくる。そちらへ視線を向けた悠利は、あっと小さく呟いた。風が美少年の髪を揺らし、それまで隠れていた耳が見えたのだ。その耳は人間のような丸形をしておらず、細く尖っていて、さらに言えば長かった。エルフ耳という感じの耳である。


「あの師匠殿は長命を誇る森の民であるのだろう。そうであれば、幼い見目よりはるかに年を重ねていてもおかしくはない」

「僕、森の民の人は初めて見ました」

「うむ。我もあまり見ぬな。森の民は住処の森付近か、研究施設などにいるらしい」

「学者さんが多いんですか?」

「寿命が長い故、我ら人間では終わらぬ研究も成し遂げられるということであろう」

「なるほど」


 師弟の会話の邪魔にならないように、少し離れた場所で悠利とヤクモはぼそぼそと言葉を交わしている。こちらの会話に気づいている様子はない。というか、いつも通り過ぎるジェイクに兄弟子が苦言を、師匠が放っておけと言わんばかりの悪態を投げかけている。だがしかし、三人の間にあるのはどこかまったりとした雰囲気であるので、おそらくこれが彼らの普通なのだろうと思う悠利だった。

 不意に、師匠と兄弟子にアレコレと言われていたジェイクが、悠利の方を振り返った。


「ユーリくん、それでは僕は、師匠と兄弟子と一緒にご飯を食べてきますね。一応夜は戻ってきますから、戸締まりしないでもらえると助かります」

「解りました。お気を付けて」

「あははは、気を付けないといけないことなんてありませんよー?」

「いえいえ、気を付けてください。人は多いですし、暑いですし、調子に乗って食べ過ぎてお腹痛いとか、飲み過ぎて酔っ払ったとか、そういうのに気を付けてくださいね・・・・・・・・・・?」

「「……」」


 暢気に笑っていたジェイクの顔が凍り付いた。ついでに、その師匠と兄弟子の二人も固まっていた。悠利はいつも通りの穏やかな笑顔で、ほわほわした口調だった。だがしかし、最後の一言のときだけは、すぅっと目を細め、全然笑っていない目でジェイクを見たのである。普通に怖かった。一瞬だけ体感気温が5度は下がった。

 なお、悠利がこんな風に忠告をしたのには理由がある。ジェイクは普段、外では倒れない。安全地帯と認識しているアジトの中でのみ行き倒れたり、アレコレ不具合が発生するのだ。まぁ、あまり外に出ないというのもあるかもしれないが。その上で悠利が忠告したのは、同行者が師匠と兄弟子だからである。うっかり気を抜くかもしれない可能性を考慮したのだった。

 にっこり笑顔でちょっと怖い悠利に、ジェイクはこくこくと頷いていた。悠利を怒らせたらマズイことをジェイクはちゃんと知っている。


「大丈夫です。気を付けます」

「それなら良かったです。お食事、楽しんで来てくださいね」


 ひらひらと手を振って見送る悠利。背を向けて去って行く三人の会話が、閉まるドアの向こうから聞こえてきた。曰く、「相変わらず自分のことも自分で出来ていないのか」「あんな幼い子に世話をかけているのか」などなどである。なお、ツッコミを入れているのは兄弟子で、師匠の方は途中から盛大に笑っているのであった。

 これで出掛ける面々は全員出て行ったので、アジトの中にいるのは正真正銘、悠利とヤクモ、それにルークスだけである。いつも誰かしらがどこかにいるアジトなので、こうして人数が減ってしまうと少し寂しいような気がする悠利だった。


 ……そう。ちょっと寂しいなぁと思っていたのだ。一瞬だけ。


 何故ならば。


「ユーリー!肉、肉食べるか?」

「お前は挨拶の前に食べ物差し出すんやない、アホー!!」


 とても賑やかな二人組が現れたからである。

 勝手知ったる我が家のように元気良く登場したのは、卒業生の獣人のバルロイとハーフリング族のアルシェットの二人組である。しばらく見ていなかったなぁと思った矢先の登場だった。

 バルロイは魔法鞄マジックバッグと思しき荷物入れの鞄を示しながら上機嫌だ。パタパタと狼の耳と尻尾が揺れている。それがまるで褒めてくれと言っている大型犬のようで、悠利は思わず笑ってしまった。


「こんにちは。お二人も建国祭に来られたんですか?」

「ん?違うぞ。俺達は仕事だ」

「お仕事?」

「久しぶりやな、ユーリ。建国祭は人手がいるさかい、ウチらも稼ぎどきなんよ」

「なるほどー」


 イマイチ言葉の足りないバルロイの代わりにアルシェットが説明するのもいつものことだ。アルシェットが説明をしている間に、バルロイはリビングのテーブルの上にひょいひょいと荷物を出していく。彼が手にしていた鞄から出てくるのは、屋台で売られている数々の食べ物だった。結構な量である。


「貰ったから、ユーリに持ってきたぞ!」

「はい?」

「せやから、アンタは説明が足らんねん!」

「ん?」


 テーブルを埋め尽くすほどに屋台飯を広げたバルロイは、一人満足そうである。だがしかし、首を傾げている悠利にも、慎ましく沈黙を守っているヤクモにも、掃除を終えて戻ってきたルークスにも、意味がちっとも解らなかった。


「あんな、うちらの仕事は屋台の準備を手伝うことやねん。それで、思ったより早く準備が出来たからって、こうして給金以外にも商品をくれはったんよ」

「早く終わったんですか?」

「見ての通り、力と体力だけは有り余っとるアホが一匹おるさかいな」

「……あー」


 アルシェットはびっと親指をバルロイの方に向けた。脳筋狼は今日も絶好調だったらしい。獣人ならではの腕力と体力で、せっせと仕事に励んだのだろう。美味しいぞ、と笑っているバルロイはいつも通りなのだが。

 バルロイが大量の屋台飯を持っていた理由は解った。解らないのは、何故それをこうやって悠利に届けに来たのかということだ。それを素直に口にした悠利に、アルシェットは困ったように笑った。


「もろた分は全部食べたらえぇと思うやろうけど、うちらの食事は別で用意して貰ってるんよ」

「そうなんですか」

「この後も仕事があるさかい、ゆっくりこれを食べてる暇も無いしな」

「大変なんですね」

「まぁ、仕事やし?」


 ひょいと肩をすくめて笑うアルシェットは、次の瞬間目をつり上げた。というのも、バルロイがルークスを抱えてソファに座ろうとしているからだ。くつろぐ気満々である。


「アホ、何やってんねん!仕事あるんやから、戻るで!」

「えー、せっかく来たんだから、もうちょっとー」

「仕事や!」

「アル、耳引っ張るのは止めてほしい……。ちょっと痛い」

「やかましい」


 バルロイの耳を引っ張って引きずろうとするアルシェット。小柄な彼女に引っ張られているので、必然的にバルロイの頭が凄く傾くことになる。……なお、狼獣人であるバルロイならば、アルシェットの手を振りほどくことも、彼女に逆らって動かないことも出来る。出来るのだが、それをしない程度には彼はこの小さな相棒を信頼しているのであった。

 ただ、信頼しているのは事実だが、もう少し久しぶりに会った悠利達と過ごしたいなーと思ったのも事実なのである。そこ、長期休みの小学生とか言わない。バルロイさんは大人です。


「ユーリ、仕事終わったらまた遊びに来るなー!……アル、そろそろ耳離してくれ。首が曲がる」

「建国祭の間は仕事で無理やけど、終わってからしばらく休養兼ねてまだ王都におるし、そのときに顔出すわ。アリーの旦那によろしゅう言っといてな!……せやったら、最初から大人しゅう仕事に戻れ」

「お二人とも、お仕事頑張ってくださいねー!待ってますー!」


 来たときと同じように賑やかに去って行くバルロイとアルシェットを、悠利は笑顔で見送った。あの二人は相変わらずだなぁと思いながら。毎日一緒にいるとその騒々しさに疲れるかもしれないが、たまにこうやって会うだけならば元気な人達だなーで終わるのであった。

 悠利がテーブルの方に向き直ると、ヤクモとルークスが食べ物を並べ替えていた。どうやら、バルロイが適当に並べたものを、種類別に並べ直しているらしい。同じものが複数あったりするので。


「ヤクモさん、ルーちゃん、今日のご飯、お昼も夜もそれで足りそうだと思いませんか?」

「我も同じことを考えておった。少なく見繕っても五人分ぐらいであろうな」

「キュキュー」

「ルーちゃんも食べたいのある?三人で分けて食べようね」

「キュイ!


 悠利の提案に、一緒にご飯!とルークスが目を輝かせた。ルークスはご主人様である悠利のことが大好きなので、同じものを食べられるというだけでとても喜ぶのだった。ご飯を買いに行かなくて済んだ悠利とヤクモも、にこにこと笑っているのだった。




 そんなこんなで賑やかに皆が出入りを終えた後は、悠利とルークス、ヤクモだけの、実にのんびりとした時間が訪れるのだった。たまにはこんな日も良いのです。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る