旅の一座の魔物は芸達者です。

「こっちだよ。向こうの開けた場所が、芸事をする人達の場所だから」


 そう言って悠利ゆうりを先導するのは、アロールだった。その首にはいつものように白蛇のナージャがくるりと巻きついており、ちろちろと赤く長い舌を出して悠利を呼んでいた。いや、ナージャが呼んでいたのは悠利の足下をぽよんぽよんと跳ねている、今日もとても愛くるしいスライムのルークスかもしれない。彼らは従魔の先輩後輩になるので。

 今日、悠利はアロールに連れられて、出し物の見物に出掛けていた。建国祭だけあって、様々な場所から見世物をする人々が集まっているのだ。そして、その中でもアロールが悠利を連れて行こうとしているのは、魔物が曲芸をしている一座である。

 小柄なアロールの後ろを、悠利とルークスがのんびりと歩く。人は多いが、決して歩けないほどではない。というよりも、左側通行で歩くように人の流れが出来上がっているのだ。なので、その流れに従って歩いていれば、それほど歩きにくさや息苦しさを感じることは無かった。


「色んな見世物の人達がいるんだね」

「そりゃ、稼ぎ時だからね」

「ねーねー、あそこの人だかりは何かな?」


 興味深そうにあちらこちらをきょろきょろ見ていた悠利が指差した先へ、アロールも視線を向ける。そこには、シンプルな作りの舞台と司会役らしい人物、簡単な客席があった。今は舞台には誰もいないので、そこが何をする場所なのかが悠利には解らなかったのだ。


「あれは吟遊詩人達の舞台だね。一人の吟遊詩人じゃなくて、何人もの吟遊詩人が交代で歌を歌うんだよ」

「へー。イレイス、見に来てるかもしれないね」

「そうだね」


 アロールの説明に、悠利はほわほわと笑いながら自分の意見を述べた。アロールもそれに同意した。吟遊詩人であるイレイシアならば、先輩達の仕事ぶりを拝見するためにここに足を運んでいる可能性がある。とはいえ、人混みの中にイレイシアがいるかを確認するのは大変だし、彼らの目的地はここではないので、二人はそのまま足を進めた。

 芸事をする者達の場所というだけあって、あちらこちらに見世物がある。とはいえ、見世物の種類は多種多様で、そこで芸を見せている者達もまた、多種多様だった。流石は建国祭だなぁと悠利は思う。各地から建国祭のために多くの人々が集まっている光景は、控えめに言っても圧巻だった。

 見世物の中には、占いやお悩み相談みたいなものも含まれているらしく、テントや簡易の小屋、屋台にカーテンを付けたような形状の場所もある。やはり占いには女性客が多く入っているらしく、その近辺では軽やかな声が響いていた。


「これから行く魔物達がいる一座って、アロールの知り合いのところなんだっけ?」

「正確には、うちの一族の顧客かな。子供の魔物をうちの一族が人間と共存できるようにならして、一座の人達が引き取って芸を仕込むんだよ」

「それは従魔契約とは違うの?」

「魔物を連れ歩くのには従魔契約が必須だから契約してるけど、多分どちらかというと家族や相棒の方が近いんじゃないかな。あそこの座長は大型の魔物と一緒に寝るような人だし」

「なるほど……?」


 頷いたものの、いまいち意味が解らない悠利だった。説明しているアロールも、上手な言葉が見つからないらしい。上手く説明できなくてごめんと謝ってきた十歳児に、悠利は首を左右に振って問題ないことを伝えた。別にそれは、アロールが謝ることではない。

 アロールが悠利をその一座に連れて行こうとしているのは、ルークスがいるからだった。悠利の側にいるルークスの世界は、悠利が街からほぼ出ないことでとても狭い。人間より長命である超レア種たるエンシェントスライムのそのまた変異種であるルークスには、悠利と別れた後も長い時間が残される。それを思って、少しでも経験を積ませようという優しさだった。

 とりあえずは、各地を旅する一座に所属する魔物達と引き合わせ、そういう世界があることを教えるというのが今日の目的だった。アロールがそうしようと思ったのは、先日彼女が率いるナージャ以外の従魔達と顔合わせをさせたときのことが関係している。巨体の魔物達はアジトで生活出来ないので、王都の外で自給自足をしているのである。勿論人は襲わない。その彼らから話を聞いていたルークスが興味津々だったので、別の世界も見せようということになったのだ。

 アロールからその話を伝えられた悠利は、魔物使いである彼女の気配りに感謝した。悠利本人はアジトと市場の往復だけで終わる日常で満足していても、ルークスには色々な経験や情報が必要だというのが解ったからだ。

 ……なお、ルークスにはいずれ訪れるであろう別れに関しては何も言わず、色々なことを知るのが大切だという方向で話を進めている。悠利が大好きすぎるルークスに、人間である悠利が自分より先に死んでしまうのだということを突きつけると、悲しみで使い物にならなくなる可能性を危惧したのである。


「あぁ、見えてきたよ。あの大きな天幕が、目当ての一座だ」


 そう言ってアロールが示した先には、大人数を収容できそうな大きな大きな天幕があった。そこはまだ営業をしていないのか、人の姿は見当たらない。悠利は首を傾げながらアロールに問いかけた。


「ねぇ、アロール。営業してないの?」

「違うよ。今の時間は休憩。基本的に、午前中に客寄せで簡単な演目を見せて、本番は夕方からなんだ」

「夕方から?」

「そう。他の見世物が終わりかけた時間からが、ここの本番だよ。飲食物持ち込み可だから、夕飯を食べながら演目を見る人が多いね」


 悠利の疑問にアロールは淡々と答える。悠利の中では人で賑わう真っ昼間こそ、ここぞとばかりに演目をやっていると思っていたので、ちょっと不思議な気分だった。だがしかし、サーカスなどでも夜に演目をしている場合があるので、そういうものかと思うのだった。

 なお、昼の日中から芸をしないのは、他の見世物に配慮してというのもある。魔物達が曲芸を見せるこの一座の演目は長いのだ。そして、一度席に着くと途中退席するのが難しい。そうなると、長時間客を拘束することになる。真っ昼間にそれをすると、他の見世物と客の取り合いになってしまうのだ。

 また、演目を夜にするのには利点もあった。王都在住の、日中は仕事をしている者達が演目を見物に来られるのだ。元々人口の多い王都ドラヘルンである。その住人を客にしないのは悪手であるとして、この一座ではメイン演目を夜にしているのだった。

 そういった説明をアロールから聞かされて、今度こそ悠利はなるほどと納得した。考え方を変えてしまえば、皆が良い感じになるのだと思った。客の取り合いで揉めごとが起こることを考えれば、とても良いアイデアだと思えたのである。


「さ、行こう」

「うん」


 アロールに促されて、悠利は彼女に続いて天幕を潜った。天幕の内側は、中央に舞台に該当するだろう少し高くなっていて柵で囲まれた部分があり、それを取り囲むように客席が作られていた。客席はシンプルな長椅子を並べて作られており、後方部分は立ち見用なのか広くスペースが取られていた。

 突然やってきた二人に気づいたのか、作業をしていた面々が視線を向ける。その中で、一際ひときわ背の高い色黒の青年が目を丸くしていた。次いで、破顔して駆け寄ってくる。


「アロール!一年ぶりだ!」

「やぁ、座長、久しぶりだね。元気そうで何より」

「我々は健康だけが取り柄だからな!君こそ元気そうで良かった。それに、どうやら背も伸びたようだ」

「そう?自分じゃ解らないけど」


 感極まって太い腕でアロールを抱き締める青年であるが、彼女は特に抵抗しなかった。久しぶりだねと穏やかに対応している。他の誰かにこんなことをされようものなら、眉間に皺を刻んで離せと言いかねないアロールだけに、悠利はきょとんとしてしまった。

 アロールとひとしきり再会を喜んだ青年は、そこで悠利とルークスに気づいたようだ。アロールを解放すると、にこりと笑顔を浮かべる。その屈託の無い笑顔に、釣られたように悠利も笑顔を浮かべた。


「初めまして。アロールが連れてきたということは、君は彼女の仲間かな?」

「初めまして。《真紅の山猫スカーレット・リンクス》で家事担当をしています。ユーリです」

「丁寧にありがとう。私はこの一座の座長を務めるガルフィリオスだ。長いのでガルーと呼んでくれれば良い」

「むしろ座長で良いよ」

「ははは、アロールは昔から頑なに座長としか呼んでくれないな」


 快活に笑いながら自己紹介をする座長・ガルフィリオスに対して、アロールは身も蓋もなかった。だがしかし、その言葉にトゲは無い。一族の知り合いと言っていただけあって、アロールが気を許しているのがよく解った。

 悠利の足下にいたルークスが、ちょいちょいとガルフィリオスのズボンの裾を引っぱってからぺこりとお辞儀をしたのは、次の瞬間だった。自分も自己紹介をしなければと思ったらしい。


「キュキュー」

「ん?あぁ、挨拶をしてくれているのか?賢いな!」

「この子はルークスと言って、僕の従魔です。とっても賢いんですよ!」

「キュ?」


 えっへんと胸を張るように告げる悠利に、ルークスは不思議そうに身体を傾けている。悠利としては、可愛い従魔を自慢したい気分だったのだ。それに、言っていることは間違っていない。


「主人バカに聞こえるかもしれないけど、そのスライムが物凄く賢いのは事実だよ」

「アロール、主人バカって何……?」

「親バカみたいな感じ。ユーリ、ルークスのことになるとそういうところ加速するから」

「だってルーちゃんが賢くて強くて優しくて可愛いのは事実だし」

「そういうとこだよ」


 ぽんぽんと軽快に言い合う二人に、それまで黙って会話を聞いていた青年が堪えきれないと言いたげに腹を抱えて笑い出した。大爆笑だった。


「座長、何で笑うの」

「いやいや、アロールが人間相手にそんな風に軽口を叩くのを見るのは滅多にないから」

「煩い」

「それで、客人を連れてきた理由はなんだい?」


 演目を見に来た訳じゃないんだろう?というガルフィリオスの問いかけに、アロールは視線をルークスに向けた。つぶらな瞳が愛らしいスライムは、小さく鳴きながら身体を傾けた。小首を傾げるような仕草である。


「この子、まだあんまり外の世界を知らないからさ。ここの魔物達の話を聞かせてやったら経験になるかと思って」

「なるほど。そういうことなら案内しよう。スライム達の方が良いかな?」

「別にそこは気にしない。出し物の練習してるなら、邪魔はしないし」

「アロールが来たと知れば、皆会いたがるさ」


 からからと笑うガルフィリオスに、アロールは大袈裟なと呟いた。そう呟きながら、その横顔が少し緩んでいるのを悠利は見た。見たが、口に出すと意地っ張りな十歳児が怒りそうだったので、そっとお口チャックするのだった。

 ガルフィリオスの案内で悠利達が向かったのは、天幕の更に奥、別の天幕だった。そこでは、様々な魔物達が演目の練習をしていた。その光景に、思わず声を上げて感動する悠利だった。


「うわぁ……、凄い……」


 小さなリスのような魔物達が、えっちらおっちら身体の半分もありそうなボウルを運んでいる。運んだボウルを彼らはそっと一列に並べると、そのまま一人ずつお辞儀をしてから軽快にボウルの上を走って行く。凄いのは、軽やかに走り抜けてもボウルがほとんど動かないことだ。安定の悪いボウルの上を、ボウルを動かさないように注意しながらととととーと走って行くのだ。

 いずれも小柄で愛らしいのだが、良く似ているので見分けが付かない。見分けるためになのか、お洒落なのか、ふさふさの尻尾に色違いのリボンを付けているのが更に可愛らしい。ぺこりとお辞儀をすると、尻尾と一緒にリボンがふわふわと揺れた。

 かと思えば、バイコーンとユニコーンという対照的な属性を持つ馬の魔物コンビが、後ろ足で立ち前足をぶつけ合って軽快にリズムを取っている。戦っているというよりは、掌を打ち合わせてテンポを取るような動きだった。

 そうしてリズムを取っているだけかと思った二体は、次の瞬間演奏に合わせてくるくると踊り始めた。前へ後へステップを踏み、前足を折って身をかがめるようにしてお辞儀までしてしまう。馬にそんな仕草が出来るのかと、悠利は目を見張る。


「うちは魔物達に芸をしてもらう一座だけれど、危ない演目はしないことにしているんだ。いくら彼らが普通の動物より頑丈だとしても、危険なことはしてほしくないからね」

「そうなんですね……。でも、それでも十分凄いです。ね、ルーちゃん」

「キュウ……!」


 あちらこちらで魔物達が芸の練習をしているのを見て、ルークスも感動していた。自分達魔物は戦うのが基本だと思っている節があったのかもしれない。いや、ルークスは悠利のお手伝いで家事のアシスタントをやっているので、ちょっと普通の魔物の感覚とは違うかもしれないが。

 少なくとも、こんな風に誰かに見せるための芸を練習すると言うことをルークスは知らない。魔物にもそういう世界があるのだということを、ルークスは初めて知ったのだ。


「何なら、君も一緒に練習をしてみるかい?」

「キュ?」

「あそこで、スライム達が変形の練習をしているんだよ」

「キュイ……?」

「ルーちゃんがやりたいなら、やってきて良いよ。ここで見てるから」

「キュピ!」


 ガルフィリオスの申し出に、ルークスはちらりと悠利を見た。やってみたいという意志を感じ取った悠利は、笑顔で快諾する。ルークスはとても嬉しそうにぴょんと大きく跳ねた後に、スライム達が集まっている場所へと移動していった。

 指導している座員には、ガルフィリオスが声を上げて事情を説明している。了解したと言いたげに握り拳を上げてきた若い女性に、悠利はぺこりと頭を下げておいた。気分は我が子を習い事に出す親である。うちのルーちゃんをよろしくお願いします、という感じだ。

 スライム達がやっているのは、身体を伸ばして色々な形を作る練習だった。自分一人で何かの形を作る場合もあれば、他の仲間と協力して作る場合もある。うにょーんと伸ばした身体をねじったり変形させたりして、様々な形を作っているのだ。

 最初にするのは、まん丸の身体をぽよんと跳ねさせてからのお辞儀。続いて、指揮する女性に合わせての揺れ。ゆらゆらとまるで波のように揺れた後に、手拍子に合わせて身体を変形させていく。丸やハートを作ったり、複数で協力して扇形のようになってみたり。色が違うスライム達が協力すると、模様も作れて大変綺麗で可愛い曲芸になっていた。

 最初は皆がやっていることを真剣に見ていたルークスであるが、徐々に自分の身体を伸ばして真似を始める。とはいえ、伸ばすことや伸ばした部位で何かを掴むことはやったことがあっても、それで形を作るのは初めてのルークスである。思ったように出来ずに悪戦苦闘していた。


「ルーちゃん、頑張れー!」

「キュー!」


 悠利の応援に、ルークスはこくこくと頷きながら練習に励む。頑張る!というオーラがみなぎっていた。上手に出来るようになったら、アジトの皆に見て貰おうと思っているのかもしれない。ルークスが一番好きなのは悠利だが、それ以外のメンバーのことも彼はちゃんと好きなのである。

 そんな風に平和なスライム達の演目以外にも、様々な訓練が行われている。いずれも、座員達はごく普通に魔物達に語りかけることで意思の疎通が出来ている。魔物使いであるアロールの一族に仕付けられた魔物達は、人間の言葉をある程度理解できるようになっているのだ。

 勿論、最初から人間の言葉を理解する魔物もいる。だがしかし、理解しているのと言うことを聞くのはまた別の話である。それを思えば、凶悪な肉食系の魔物達すら大人しく言うことを聞いているのは、魔物使い達の腕の良さを物語っていた。


「それじゃ、私は演目の準備があるから少し離れるが、好きに過ごしてくれて構わない」

「うん」

「ありがとうございます」

「アロール、出来ればいつでも良いので夜の演目を見に来てくれ。皆も喜ぶ」

「聞いてみるよ」


 ガルフィリオスの申し出に、アロールは即答はしなかった。というのも、十歳児の彼女に夜の演目を見るための一人歩きはハードルが高いからだ。勿論、護衛よろしくナージャが常にそこにいるのでそこまで危険はないのだが。街中だし。

 建国祭の間は夜も賑わうし、子供もいつもより長く外にいる。だがしかし、だからといって必ずしも安全とは限らないので、アロールは大人組に確認を取るつもりなのである。誰か同行者がいれば許される可能性があるので。

 ガルフィリオスが離れていくと、アロールはそれまで眠っているように反応をしなかったナージャに声をかける。


「ナージャも顔見せしてきたら?」

「……シャー」

「あ、そう」

「ナージャさん、何て?」

「小童共にこちらから出向く必要は無い、だって」

「小童……」


 正直にナージャの言葉を伝えたアロールに、悠利は目を点にした。ふんっと鼻を鳴らすような感じで頭を持ち上げるナージャ。確かに、妙な貫禄があった。実際、ナージャはヘルズサーペントという強力な魔物なので、ここにいる魔物達より強いのだが。


「じゃあ、一緒にルーちゃんの練習見てますか?」

「シャー」

「筋は悪くない、だって」

「え?本当?ルーちゃーん!ナージャさんが、筋は悪くないってー!」

「キュピイイ!」

「シャー!!」


 可愛い従魔を褒められた悠利が、大声でルークスにぶっちゃける。憧れの先輩にお褒めの言葉をもらったと解ったルークスが、目を輝かせて飛び跳ねた。その反応に唸るようにナージャが怒るが、悠利は全然通じていないのだった。



 なお、覚えた芸をアジトの皆に見せて褒めてもらえたルークスは、とても嬉しそうでした。後、夜の演目は保護者アリー同伴でアロールだけでなく悠利も見に行くことが出来ました。




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