建国祭の屋台は美味しいです。
「出店いっぱいだねー」
うきうきとした調子で笑うレレイは、実に楽しそうだった。ついに始まった建国祭が楽しみで仕方ないのである。
とはいえ、レレイの反応も無理はない。建国祭というだけあって、各地から様々な人々がやってくる。そうなると、屋台や出店の数も通常よりも増える。元々王都にある店舗も、建国祭に合わせて新メニューや限定メニューを用意するのだ。美味しいものを食べるのが大好きなレレイにしてみれば、天国である。
「楽しむのは良いけど、お前考えて買えよ?言っておくが、俺は奢らないからな」
「大丈夫。ちゃんとお金残しておいたから!」
クーレッシュの忠告に、レレイはえっへんと胸を張った。建国祭を万全に楽しむために、彼女なりに準備してきたのである。
そんなレレイを見て、クーレッシュは半眼で呟いた。妙に実感のこもった声で。
「……残しておいても、絶対あれもこれも食べたいで金欠になるんだぜ。俺知ってる」
「あはは。確かにそれは僕もそう思う」
「二人してひどくない!?」
「「ひどくないデス」」
クーレッシュの言い分に、
そんな風に三人でわいわいがやがやしながらも、屋台や出店を巡るのを楽しんでいるのであった。建国祭の間は食事は各自で準備することになっているので、悠利も洗濯を終えてしまえば自由になるのである。また、訓練生達も比較的自由だったりする。何故かというと、指導係があちこちから協力を要請されているからだ。
なので、クーレッシュやレレイ達訓練生も、ヤック達見習い組も、建国祭を楽しんでいるのである。勿論、時々は指導係に呼ばれて手伝いにかり出されることもある。そういったところで普段は出来ない経験を積むのも修行の一つである。とはいえ、今日は三人揃って時間が取れたので、こうして一緒に祭りを楽しんでいるのであった。
普段の買い出しは見習い組達と出かけることの多い悠利であるが、休日などはクーレッシュやレレイと一緒にいたりする。年齢が近いので、何だかんだと連むことになるのだ。お互い気楽なのか、悠利の言動も他の人を相手にするときよりも遠慮がなかったりする。もっとも、その気安い距離感を彼らは楽しんでいるので問題は何もないのだが。
「まぁ、レレイじゃなくてもこれはうきうきしちゃうよね」
「だよなー」
「あたしじゃなくてもってどういう意味?」
「そういえばクーレ、それ新しいベストだよね?冷感素材って涼しい?」
「おう。この時期ベスト着ると暑いけど、これは涼しくて良い感じ。お前のシャツは?」
「これも風通しの良い素材選んだから、汗掻いても張り付かなくて良い感じだよ」
「ねぇ、二人とも無視しないで!?」
レレイの問いかけを無視して、悠利とクーレッシュは互いの衣装について会話をしている。クーレッシュは夏の暑さを和らげるために冷感素材のベストを購入し、悠利は建国祭なのでちょっとお洒落気分のいつもより高いシャツを買っているのだ。
クーレッシュは普段は長袖にジャケット姿なので、ベストを着ているとちょっと印象が変わる。悠利の方は、いつもの服装でシャツだけを新しくしているので、そこまで真新しくはない。ただ、いつもと同じ白シャツだが、白い糸で刺繡がされていたり、ボタンの形がお洒落だったりと、ちょっとだけ晴れ着っぽいのである。
ちなみに、レレイは別に建国祭のために衣装を新調したりはしなかった。食べ物を買うために使う金がなくなるのが嫌だったからである。彼女にとっての建国祭は、各地の美味しいものが食べられるテーマパークみたいなものなので。
「二人のあたしの扱いがひどい」
「別にひどくないだろ。いつも通りだ」
「クーレ!?」
「そうだね。いつも通りだよねー」
「ユーリまで!」
うんうんと納得している二人の前で、レレイが叫ぶ。しかし、どちらも気にしていなかった。ひどいひどいと言い続けるレレイを無視して、そのまますたすたと歩いて行く。レレイは文句を言いながらも二人についていく。
そして。
「レレイ、あの串焼き美味しそうじゃない?」
「え?どこ?どれ?あ、本当だ!凄く良い匂いするー!おじさーん、それ何の串焼きですかー!」
「……食べ物一つで機嫌直る段階で、俺らからの扱いがどうなるか考えろよな」
「……もう聞こえてないよ、クーレ」
「だな」
悠利が示した串焼きの屋台に、レレイは突撃していった。それまで文句を言っていたのに、もう興味が美味しそうな串焼きに移っているのだ。その姿を見ながら、クーレッシュが呆れ混じりに呟くのだが、それに対する悠利のツッコミが全てを物語っていた。
なお、悠利とクーレッシュがレレイの姿を見てこんな反応になるのは、彼女が彼らよりも年上だからだ。17歳の悠利、成人年齢である18歳のクーレッシュ、そしてその彼より更に一歳年長の19歳のレレイ。だがしかし、最年長が一番年下っぽかった。安定のレレイである。
肩をすくめながら、二人もレレイの向かった屋台へ近付く。どうやらタレを付けて焼いた肉の串焼きらしい。どこの祭りでも見られるような食べ物だが、それだけにタレの香ばしい匂いで食欲がそそられる定番料理でもあるのだろう。
「見て見て、美味しそう!コレねー、味噌だれなんだって!」
「美味しそうだね。……でもレレイ、何で二本も買ったの」
「え?」
「他にも屋台あるんだから、一本にしておけば良いのに……」
「だって、一本じゃ物足りないかなって」
「あ、そう……」
ご機嫌で串焼きの説明をしてくれるレレイに、悠利はツッコミを口にした。しかし、帰ってきたのはきょとんとした反応だった。レレイの胃袋は悠利のものより大きいのである。大食い女子を舐めてはいけなかった。
そんな悠利の前に、にゅっと串焼きが差し出される。既に半分食べ終わってあるそれを持っているのは、クーレッシュだ。
「クーレ?」
「半分食うか?一本食ったら他の屋台食べるの無理だろ、お前」
「ありがとう。いただきます。あ、お金」
「気にすんな。気になるなら、何か他のもの買ったときに半分くれ」
「了解」
クーレッシュの手から串焼きを受け取ると、悠利はまだ熱そうな肉にふーふーと息を吹きかけた。ちなみに、レレイは少し冷めているのを売ってもらったらしく、美味しそうにかぶりついている。彼女は猫舌なので、焼きたて出来たてをいただいても食べられないのだ。
肉の切り方は一口サイズの真四角で、それが一つの串に四つ刺されている。クーレッシュが二つ食べたので、悠利の手元にあるのは二つだ。味噌だれとレレイが口にしたが、味噌以外にも調味料が使われているのか、見た目はソースを塗ったようになっている。
あーんと口を開いてかじってみると、予想以上に肉が柔らかい。焼いた後にタレを塗っているのだと思った悠利であるが、どうやら元々タレにしっかりと漬け込んでから焼いているらしい。タレのおかげか肉が噛み切りやすくなっており、口の中にじゅわりと肉汁とタレの味が広がる。
「んー、美味しいね、コレ」
「だな」
「美味しいよね!」
「……レレイ、今の間に二本とも食べちゃったの?」
「え?うん。美味しかったよ」
きょとんとしているレレイであるが、両手に持っていた二本の串焼きは既にただの串になっていた。悠利が一口食べて味わっている間に、さっさと串焼き二本を完食したらしい。しかも、まだまだ食べられるよ!とでも言いたげである。いつも通りである。
レレイを相手に細かいことを気にしても無駄だと考えた悠利は、食べ終わった串を店主に回収してもらい、次の屋台へ向けて歩きだす。あちこちに出店や屋台があるので、縁日みたいだなぁと思う悠利であった。わいわいがやがやとした空気も、普段と違って実に楽しい。
ちなみに、いつもなら悠利の足下にいるルークスは、いない。アロールが街の外で生活させている従魔達のところへ出掛けているので、そこにくっついて行ったのだ。ルークスは悠利の側を離れたくなかったようだが、ナージャに引っぱられて出掛けて行った。どうやら、従魔同士で顔合わせをさせようという感じらしい。
なお、悠利はルークスに友達が増えたら良いなと暢気に思っているので、笑顔で見送った。ルークスがちょっと泣きそうだったことにはまったく気づいてない悠利である。
「食べ物だけじゃなくて、雑貨とか服とかも売ってるんだね」
「王国以外の場所からも人が来てるからなー」
「それに、普段は見ないような種族の人もいっぱいいるね」
「そうだな。……あんまりうっかり近付くなよ?何かトラブルになったら俺がアリーさんに怒られる」
「解ってるよー」
のほほんと笑う悠利に、頼むからな?と念押しをするクーレッシュだった。悠利と一緒に建国祭を見て回ると伝えたときに、アリーから釘を刺されているのである。身の危険的な意味での担当者はレレイで、無用なトラブルに首を突っ込まないように監視する担当がクーレッシュだった。適材適所である。
というか、この三人で行動すると、基本的に総責任者はクーレッシュみたいになる。レレイは考えるより先に動くし、悠利は天然マイペースなので悪気は無いが何かをやらかすことがある。必然的に、比較的目端が利き常識のあるクーレッシュが二人の手綱を握るハメになるのだった。頑張れクーレッシュ。
不意に、何かに気づいたらしいレレイが、悠利の腕を引っぱった。彼女が示した先には、湯気を出す大きな箱のようなものがある。
「ねーねー、アレ何かなー?」
「……
「せいろって何?」
「えーっと、蒸し料理に使う道具。あんなに大きいのはあんまり見かけないけど」
言われた屋台を見て、悠利は首を傾げながら答えた。竹で編んだ籠のような何かだが、悠利が知っているのは丸い家庭用の蒸籠なので、大きな四角い箱サイズの蒸籠にお目にかかったことはないのである。だがしかし、もうもうと湯気が出ているので、多分蒸籠で間違いないだろう。
そんな悠利のざっくりとした説明を聞いて、レレイは顔を輝かせて叫んだ。
「へー。……つまり、食べ物だね!」
「……イイ笑顔だな、レレイ」
「……流石レレイだね」
安定のレレイに、クーレッシュと悠利はハハハと笑った。先ほど串焼きを二本食べたばかりだというのに、まだまだ満足していないらしい。二人の手を引っぱって蒸籠の屋台へと向かって歩く。……歩いてくれているだけまだ落ち着いていると言えるが。
彼らが連れ立ってやってくるのを見て、屋台の店主であろう壮年の女性は笑顔を向けてくれた。流石客商売という感じの、見ているこっちが釣られて笑顔になるような表情だ。着ている服が見慣れない感じのものなので、恐らく遠方からの出店者なのだろうと悠利は思う。
「いらっしゃい。お嬢ちゃんにお坊ちゃん、何をお求めだい?」
「何を売ってるんですか?」
「うちは、マントウとパオズを扱ってるよ」
「どういう食べ物ですか?」
「こういうのうだよ」
レレイの興味津々と言った質問に、店主の女性は笑いながら蒸籠の蓋を開けて中身を診せてくれる。ぶわっと広がる湯気の向こう、熱々ほかほかの白い物体が見える。それは、悠利の記憶にある中華まんに近いものだった。具材が包んであるらしいものと、何も包んでいない長方形に切っただけのようなものとがある。
ふわんと漂ってくる匂いは、まさに中華まんのそれだ。どんな具材を包んであるのか、わくわくする。暑い季節に熱いものと言われるかもしれないが、そこはお祭り。見慣れない不思議な料理にレレイもクーレッシュも興味津々だった。
「こっちの丸いのがパオズで、中に色んな具が包んであるのさ。マントウは何も包んでいない蒸しただけのものだよ。……そうだねぇ、蒸しパンに近いんじゃないかい?」
「中身は何ですか?お肉ありますか?」
「おや、お嬢ちゃんは肉が好きなのかい?なら、こいつがオススメだねぇ。ごろんとした濃いめの味付けをした肉が入ってるよ」
「じゃあ、それください!」
女性の言葉にレレイは満面の笑みで注文をした。はいよと慣れた手つきでパオズを蒸籠から取り出す女性の顔は楽しげだった。あつあつほかほかのパオズを、紙で挟んで渡してくれる。受け取ったレレイはご機嫌だった。
女性の視線が、どれにしようか考えている悠利とクーレッシュへと向けられる。少し考えた末にクーレッシュはレレイと同じものを注文して受け取る。猫舌なので半分に割って必死に冷ましているレレイの隣で、そろりそろりとかじっている。
そんな二人を見て、悠利は女性に質問をした。
「あの、僕お肉はさっき食べたので、他の具材のものはありますか?」
「あぁ、野菜のもあるよ。アンタは野菜の方が良いのかい?」
「はい」
「なら、これはどうだい?中に甘辛く炒めた根菜が入ってるんだよ」
「美味しそうですね、いただきます」
「まいどあり」
悠利の要望にきっちり応えた女性は、笑顔でパオズを渡してくれた。ほかほかのパオズを受け取って、悠利はレレイとクーレッシュの元へと移動する。半分に割った肉入りパオズがやっと冷めたのか、レレイは笑顔で口をもぐもぐさせていた。
美味しい、というのが何も言わずとも伝わるレレイだった。クーレッシュも美味しそうに食べている。ふわんと漂ってきたのは甘辛い砂糖と醤油を煮詰めたような匂いで、悠利はひょいとクーレッシュの手元を覗き込んだ。
「どうした?」
「うん、それ、どんな味?」
「甘辛い感じ。多分、オーク肉だな。濃いめだから肉だけ食うと喉が渇きそうだな。でも、この外側の白いとこと一緒に食べると良い感じだぞ」
「……なるほど。角煮みたいなものかな」
匂いと見た目と伝えられた味の感想で、悠利はなるほどなるほどと一人納得顔だった。二人が食べているのは、おそらくは角煮まんのようなものだろう。確かに甘辛い味付けのオーク肉が中に入っていたら、満足感が凄いと思う悠利だった。
そんな二人を見つつ悠利がかじったパオズの中身は、女性が言っていたように甘辛く炒めた根菜だった。細切りにされた根菜がたくさん入っている。甘辛い味付けと、食感が残る程度に細く薄く切られた根菜の風味が良い塩梅だった。
「んー、きんぴらゴボウっぽいかもー。美味しいー」
「ユーリのは中身違うの?」
「うん。甘辛い根菜の炒めものだよ」
「へー。色々あるんだね!」
「ねー」
美味しいねーと暢気に笑う悠利とレレイ。クーレッシュも同感だったのか、うんうんと頷いている。そんな風に三人がわいわいがやがやと、どんな味でどれぐらい美味しいかなどと話しているので、気づけば屋台の前に誘導されるお客さんが増えているのだが、彼らは解っていなかった。……意図せずに客寄せに協力していたのである。
そんな風にのほほんとしながらパオズを食べ終わった三人は、次の屋台へ向かおうと足を踏み出した。その背中に、注文が一段落したらしい店主の女性が声をかける。
「アンタ達、ちょっとお待ちよ」
「「え?」」
おいでおいでと手招きをされた三人は、首を傾げながら屋台へと近付く。そうして近寄ると、食べ終わった後のゴミを回収してくれる店主の女性だった。だがしかし、彼女の用件はそれではなかったらしい。
「アンタ達、甘い物は平気かい?」
「好きでーす」
「僕も好きですー」
「嫌いじゃないですよ」
「それなら、オマケだよ。お食べ」
「「へ?」」
元気よく返事をするレレイと悠利に、普通レベルですと答えるクーレッシュ。その三人に向けて、女性は小振りのパオズを三つ差し出してきた。先ほどまで食べていたパオズが中華まんサイズとすると、今出てきたのはそれより一回り小振りで、掌にすっぽり収まってしまう大きさだった。
ほかほかのパオズを渡された三人は、きょとんとする。そんな彼らに、女性は朗らかに笑った。
「アンタ達が美味しそうに食べてくれたおかげでお客さんが増えたからね。お礼だよ。そいつは試作品で、中にカスタードクリームが入っているんだ」
「カスタードまん……!美味しいやつですね……!」
「ユーリがその反応ってことは、本当に美味しいやつだ……!」
「……ユーリ、お前な……」
説明を聞いて顔を輝かせた悠利は、いただきますと喜んでかぶりつく。その隣で、レレイは小さなパオズを半分に割って息を吹きかけて冷ましている。真っ白なパオズの中心に、甘い匂いをさせる黄色いクリームがたっぷりと入っていた。
かぷっとカスタード入りのパオズを口に含んだ悠利は、幸せそうにふにゃりと笑った。甘辛いおかず系パオズも美味しかったが、おやつのようなカスタードパオズも美味しい。ふわふわの生地に、固すぎず柔らかすぎない絶妙なカスタードが調和しているのだ。とても美味しかった。
「美味しいね!」
「甘くて美味しいー」
「これぐらいの大きさだと、小腹空いたときにちょうど良いな」
「そうだね。カスタードクリームが濃厚だから、これぐらいの方が良いね」
「え?あたしさっきのと同じ大きさでも良いよ?」
「「レレイは黙って」」
「えー……」
きょとんとして呟いたレレイを、悠利とクーレッシュは異口同音で一刀両断にした。彼女の胃袋の大きさは彼らより上なのだ。食欲魔人か何かかと思うような大食らいのレレイと一緒にされたくない二人だった。
そんな三人の反応に、店主の女性は楽しそうに笑っていた。試作品が好評なので嬉しいというのもあるのだろう。悠利達はオマケで美味しいおやつをもらえたのでご機嫌だった。
その後も、三人であちこちの屋台や出店を巡っては、美味しいものを堪能するのでありました。建国祭は美味しいのです。
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