かき氷を食べつつ、建国祭談義です。

「建国祭、楽しみだよねー」


 うきうきとしている悠利ゆうりの反応に、居合わせた見習い組達はきょとんとしていた。そうか?と口に出したのはウルグスだった。王都ドラヘルンで生まれ育った彼にとって、建国祭とは毎年やってくる風物詩だった。なので、特にこれといって大きな期待などはないらしい。

 対して、余所の土地出身のカミールとヤックは、少しばかり期待を含んでわくわくしていた。ただし、ヤックが純粋に大きなお祭りに出る屋台や出し物に期待を膨らませているのに対して、カミールのわくわくはちょっと異なっていた。何しろ彼は商家の息子なので、人が集まると聞くと商人魂が疼くのである。これはもう三つ子の魂百までみたいに染みついた習性なので仕方ない。

 なお、マグはどうでも良さそうな顔をしていた。基本的に周囲への興味関心のレベルが低いマグさんである。……唯一の例外として出汁が存在するが、そもそも何がどうなって出汁にだけあんな反応をするのかは、誰にも解らない。


「ウルグスとマグはそんなに楽しみにしてないの?」

「祭りは好きだけど、毎年あるからなぁ」

「えー……。じゃあ、マグは?」

「……?」


 悠利に問われたウルグスはいつも通りの口調でさらっと答える。大きなお祭りなら毎年あるとしてもはしゃいで良いじゃんとでも言いたげな悠利である。ちょっと不満そうだ。

 そして、その流れで相変わらず淡々としているマグに問いかける悠利。マグは首を傾げるだけで、特に何も言わない。なので、悠利は重ねて問い掛けた。


「建国祭、楽しみじゃないの?」

「……否」

「楽しみにしてないわけでは、ないってこと……?」

「否」

「「え?」」


 小さく首を左右に振って否定の意味を示したマグに悠利が問い返すが、それにはきっぱりとした否定が返る。あまりの意味不明さに、悠利だけでなく、ヤックとカミールも呆気にとられた。

 マグに聞いても意味が無いと解っている三人は、視線をウルグスに固定した。三対の視線に射貫かれる形になったウルグスは、面倒そうにため息をついてから、口を開いた。今日も通訳担当は大変である。


「別に可も無く不可も無くって感じで、祭りがあるならやれば良いと思ってるけど、自分はそんなに興味はないってよ」

「何でさっきのでそこまで理解できるの?」

「ウルグス、実はマグと頭の中繋がってんじゃね?」

「マグー、ウルグスが言ってるのあってんのー?」

「是」


 さらりとウルグスが告げた内容に、悠利とカミールは変なイキモノを見るようにウルグスを見詰めた。どう考えても、あの短い一言からそこまで察するのは難しすぎる。確かに、最初の否定はしばらく考えた末のような、打てば響くようなものではなかったけれど、そこにここまでの意志が込められているなど、普通は解らない。

 ウルグスの通訳が合っているのか解らないヤックがマグに問いかければ、マグはいつも通りの無表情でこくりと頷いた。普段ウルグス相手だと手が出るマグであるが、彼が自分の意志をきっちり汲み取ってくれていることは理解しているのだ。

 ……まぁ、理解しているからこそ甘えが出て扱いが雑になっているのだろうが。その辺色々と面倒くさいマグである。試し行動のようなものだと察しているウルグスは、怒鳴ったり反撃したりしつつもそれを許しているのだけれど。何だかんだでウルグスはお兄ちゃんだった。


「むー。じゃあ、お祭りそんなに楽しみにしてない二人は良いやー。カミールとヤックはどう?」

「俺は普通に楽しむの半分と、情報収集半分かなー。あちこちから人が来るから、情報も集まるよな?」

「え?カミール何を情報収集するの?」

「え?どこの地方で何が売れてるのか」

「「……流石商家の息子」」


 何でそんな当たり前のことを聞くんだ?と言いたげなカミールの返答だった。まるで息をするようにそういった情報を集めてしまうカミールなのである。そうして手に入れた情報を、故郷の姉夫婦に手紙で知らせるまでが彼の建国祭である。ついでに、実家と商売が出来そうな相手に商談を持ちかけるのも忘れない。……一応彼は、トレジャーハンターを目指す見習い冒険者です。商人見習いじゃないです。

 カミールの過ごし方を悪いとは思わないが、悠利の考えていた建国祭の過ごし方とは何やら異なりすぎていた。一縷いちるの望みをかけて悠利はヤックへ視線を向ける。農村出身の少年は、そんな悠利の期待を裏切らなかった。


「オイラ、建国祭は二回目だけど、屋台とか出し物とか楽しみなんだ!」

「ヤック、それでこそお祭りの楽しみ方だよね……!何がオススメ?」

「屋台は毎年変わるって聞いてるから、オイラもどんなお店があるのか解らないんだー。ユーリ、一緒に屋台巡りしよう?」

「するする!」


 楽しみだよねーとハイタッチで喜ぶ悠利とヤック。実に微笑ましい光景だった。それを見詰めていたウルグスが小さくぼそりと「知ってるか、ユーリは俺より年上なんだぞ」と告げた一言と、カミールの「まぁ、背丈は同じぐらいだから良いんじゃね?」という一言が当事者2人には認識されないままに風に消えた。

 見習い組の最年少であるヤックは13歳。対して悠利は、童顔で背が低いものの17歳だ。18歳で成人とされているこの国において、悠利は大人一歩手前の少年という位置づけになる。だがしかし、とてもそうは見えず「同年代2人がはしゃいでいる」ようにしか見えない悠利とヤックの姿なのだった。ある意味大変微笑ましい。

 そんな風に暢気にじゃれていたのだが、悠利がふと思い出したように皆に声をかけた。


「あ、早く食べないとかき氷溶けちゃうよ」


 悠利の言葉に、見習い組達はハッとしたように自分の手元を見た。そこにはガラスの器があり、ついでにその中には色とりどりの削られた氷が入っていた。食べかけなのだが、ふと見れば一部が溶け始めている。夏場の氷は油断するとすぐ溶けてしまうのだ。


「やべっ」

「あー、喋るの夢中になって手が止まってたな。食わないと」

「美味」


 慌ててかき氷を食べ始める一同。本来かき氷は削った氷にシロップをかけて味付けをするものだが、悠利作のかき氷は果汁を凍らせたものを削っているので、氷そのものに味があるのだ。なので、溶けても別に問題ない。ひんやりジュースになるだけである。

 そんな風にいそいそとかき氷を食べている途中、スプーンを銜えながらヤックがぼそりと呟いた。


「でも一気に食べると頭痛くなるー」

「「解る」」

「あははは。落ち着いて食べてね」


 まさに真理だったので、全員こっくりと頷く。悠利だけは笑っているが。いわゆるアイスクリーム頭痛というやつで、かき氷やアイスクリームなどの冷たいものを一気に食べると頭痛が生じるのである。対策としては、落ち着いて食べることだろうか。かっ込まなければ問題はないのです。

 ちなみに、かき氷の原材料である果物は、毎度お馴染み迷宮食材である。最強の食材採取ダンジョンである収穫の箱庭のダンジョンマスターと仲良くなった悠利は、ちょこちょこ遊びに行っている。そのときに、様々な果物も持ち帰っているのだ。

 鮮度抜群で味も良い果物はそのまま食べても美味しいが、暑い季節なので一工夫しようと悠利は色々と手を加えていた。一番簡単なのはジュースにしてしまうことだ。ジュースにしておけば、朝食が基本的にパンなのでそのときに飲んでもらえる。朝食に果物を取るのは良いことらしいので。それを抜きにしても、美味しいジュースで一日の始まりを頑張ってもらいたいというのもあった。

 その流れから、ジュースを凍らせてかき氷にしようと思いついた悠利だった。なお、かき氷の機械は職人の伝手を頼ってお願いして作って貰った試作品である。現在改良の真っ最中で、出来上がり次第販売されるとか。一応、アリーには前もって許可を取っているので問題ない。そこら辺は学習している悠利だった。


「そういや、このかき氷って、どっか店で売り出すんだっけ?」

「うん、《食の楽園》でルシアさんが売り出すって。ルシアさんはパティシエさんだから、色々工夫した豪華なかき氷になってるみたいだけど」

「へー。俺らはこのままでも全然良いけどなー」

「うんうん」


 カミールが話題を振れば、悠利は笑顔で答える。かき氷の話をしたときのルシアの顔を悠利は思い出す。菓子作りに全力を尽くすパティシエのお姉さんは、新しい甘味の気配に物凄く張り切っていた。フルーツを盛りつけたり、色々と試したいことがあるらしい。出来上がったらお店に食べに行こうかなと思う悠利だった。

 とはいえ、見習い組達はさほど興味は無いようだった。彼らにしてみれば、スプーンでざくざく食べられるこのシンプルなジュースのかき氷で大満足なのである。男の子なので、そこまで見た目にこだわっていないのもあるかもしれない。

 唯一会話に混ざっていなかったマグも異論は無いのか、こくこくと頷きながら自分の分のかき氷を食べていた。

 スプーンで細かく削られたジュースの氷を掬って口に運ぶ。薄い氷は口の中に入れてしまうとすぐに溶けてしまうが、その冷たさはこの暑い季節には良い癒やしだった。美味しいと5人とも笑顔になりながら食べている。実に微笑ましい光景だった。


「そういえば、ウルグスは建国祭のときってどうするの?」

「どうするって、何がだ?」

「この間お家から手紙来てたじゃない?」

「あー。……客も来るから、数日は休み貰って実家に戻る感じかな」

「「流石お坊ちゃま」」

「うるせぇよ!」


 悠利の問いかけにウルグスはちょっと面倒そうに答えた。何故面倒そうだったかといえば、打てば響くように続いた一同の言葉が予想できていたからだ。正真正銘お坊ちゃまなウルグスであるが、当人の気性はガキ大将そのままなので、お坊ちゃま扱いされると怒るのである。

 まぁ、怒るのが解っていてもついつい口にしてしまうのが悠利達なのだが。別にウルグスに対して悪意があるわけではない。ただ、いつも自分達が接しているガキ大将なウルグスからは想像も出来ない彼の一面を感じる度に、思わず言葉が出てしまうのだ。ギャップが凄いので。


「あー、何か美味しそうなの食べてる!」

「おかえり、ヘルミーネ」


 のほほんと皆でかき氷を食べていると、突然澄んだ少女の声が響いた。視線を向ければ、そこには食堂に入ってきたばかりのヘルミーネの姿があった。今日も涼しげなワンピース姿である。

 そんな彼女の視線は、悠利達が食べているかき氷に釘付けだった。スイーツに目が無い美少女は、早足で近付いてくると、目を輝かせながら悠利に問いかける。美少女のキラキラした笑顔、プライスレス。


「何それ!新しいスイーツ?」

「スイーツというよりは、氷菓かなぁ」

「ひょーか?」

「氷菓子」

「「確かに」」


 ヘルミーネの質問に悠利はのほほんと答えた。確かにかき氷はスイーツと言うほど甘くないので、氷菓、或いは氷菓子という表現の方がイメージが近くなるだろう。実際にジュースかき氷を食べている面々は、悠利のたとえにこくこくと頷いていた。

 そんな見習い組達の姿に、ヘルミーネはうずうずしたように身体を揺らしていた。ついでに悠利の肩を掴んでもいた。つまり、ヘルミーネに肩を掴まれた悠利は、彼女の動きに合わせるようにゆらゆらと揺らされるのであった。無言の圧力が凄い。


「待って、ヘルミーネ。用意してあげるから、食べ終わるの待って。溶けちゃう」

「うー……。早く食べてね?」

「うん、頭痛にならない程度に早く食べるから、もうちょっと待って」

「はぁい」


 唇を尖らせつつも、食べているのが氷だと解っているのでそれ以上は文句を言わないヘルミーネだった。本当は今すぐ自分も食べたいのだけれど、そのせいでせっかく美味しく食べている悠利の分が溶けてしまってはいけないと自制したのである。

 もぐもぐとかき氷を食べる悠利の横顔を、ヘルミーネはじーっと見ている。急かすことはない。ただ、悠利の手元を真剣に見ていた。どれだけ楽しみにしているのだろうか。

 しばらくしてかき氷を食べ終えた悠利は、ご馳走様と礼儀正しく挨拶してから立ち上がる。自分の器を持って台所スペースへ移動する悠利の背中を、ヘルミーネはうきうきしながら軽やかな足取りで追いかける。


「……ヘルミーネさん、本当にお菓子好きだよね」

「……まぁ、ブルックさんほど衝撃じゃないから良いんじゃね?」

「……後、どっかの誰かほど強烈じゃねぇし」

「「言えてる」」

「……?」


 去って行く悠利とヘルミーネを見送りながらぼそりと呟いたのはヤックで、それに続いたのはカミールだった。彼ら2人の意見も最もだったし、最後を締めくくるようにウルグスがしみじみと告げた言葉も真理だった。ただ一人、話題に出されたマグだけが、何を言われたのかよく解っていない顔で、スプーンを銜えたまま首を傾げているのだった。

 そんなやりとりなどつゆ知らず、悠利はヘルミーネを冷蔵庫の冷凍室前へと案内すると、ずらりと並ぶジュース氷を示して口を開いた。


「ヘルミーネ、何味が良い?」

「これ、ジュース?」

「そう。さっきのは、ジュースを凍らせたものを削ったんだよ。氷を食べるお菓子で、かき氷って言うんだ」

「かき氷ね、覚えたわ!私、甘いのが良いなー!」

「甘いのだと、メロンとかどう?」

「それにする!」

「はい、それじゃ作るね」


 ヘルミーネのリクエストを聞いた悠利は、冷凍室の中からメロンジュースを凍らせたものを取り出す。そして、台所の作業台の上にぽつんと置かれていた試作品のかき氷器にセットする。製氷皿もかき氷器に合わせて作って貰っているので、取りだした氷はすっぽりと綺麗に収まった。そして、くるくるとハンドルを回して氷を削っていく。

 かき氷器の下に置かれたガラスの器に、しょりしょりと削られたジュース氷が舞い落ちる。メロンの淡い緑色が、削られて薄くなることで更に淡くなって折り重なっていく。ふわふわと積もっていくかき氷を、ヘルミーネは興味津々で見ていた。

 しばらくして削り終えると、悠利は器にスプーンを添えてヘルミーネに手渡す。ありがとうと満面の笑みでお礼を告げた美少女は、そのまま大急ぎで食堂スペースに移動して、手を合わせて食前の挨拶をしてからスプーンを構えた。

 ざくっという音でもしそうな勢いでスプーンをかき氷に突っ込んだヘルミーネは、スプーンの半分ほどメロンジュースのかき氷を掬うと口に運ぶ。薄い氷のふわふわとした食感と、メロンの甘み、そしてほどよい冷たさが口の中に広がって、その愛らしい顔がふにゃりと溶けた。


「おーいーしーいー」

「ヘルミーネ、気に入った?」

「うん!これ、甘いし冷たいしとっても美味しい!」

「それは良かった。あ、食べるときは一気に食べちゃダメだよ。頭痛くなっちゃうから」

「解ったわ。溶かさないように気を付けつつ食べるわね!」


 悠利の忠告に、ヘルミーネは大真面目な顔をして答えた。美味しい美味しいと絶品笑顔を振りまく美少女、プライスレス。だがしかし、その場に居合わせた面々はヘルミーネの性格もよく解っているので、特に揺らぐことはなかった。美味しそうに食べてるなぁとは思ったが。


「多分、そのうちルシアさんがお店で出すと思うよ」

「本当!?」

「うん。色々アレンジ考えてたから」

「つまり、建国祭でルシアが新作をお披露目する可能性があるってことね……?よーし、絶対食べに行くわよー!」


 スプーンを握ったまま拳を振り上げるヘルミーネ。やっぱりな、という顔になる一同だった。さっきまでの、思わず見惚れるような素敵な笑顔の美少女はもういなかった。そこにいるのは、スイーツに見せられた甘味の虜だけである。いつものことだった。

 そんなヘルミーネを見ながら、確かに建国祭に新作が出るかもしれないなら、ルシアのところへ行くのも良いなぁと思う悠利だった。予定は未定だったので、そっと心のスケジュール帳にやりたいことを書き記すのだった。




 なお、ジュース氷のかき氷は皆に好評で、削るのも楽しいとそれぞれがセルフサービスで食べるようになった。なので悠利の役目は、在庫を切らさないようにジュース氷を作ることになるのでした。美味しいは正義!




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