馴染みのお店は皆違うのです。


「こういうのもちょっと楽しいよねー」


 ほわほわとした笑顔の悠利ゆうりに、周囲にいた見習い組達は首を傾げた。これ、そんなに楽しいか?とでも言いたげだ。彼らは自分達に正直だった。後、相手が悠利なのでそういう態度に出ているというのもある。

 今彼らは、五人で買い物に繰り出していた。なお、ルークスはいない。従魔の先輩であるナージャにアジトで色々と教わっているのである。お勉強タイムなので、悠利の護衛(?)は見習い組達に委ねられているのだった。

 ただしこの外出、特に目当ての何かがあっての買い物というのではない。発端は、実に些細な雑談からだった。


――そういえば、皆って行きつけのお店バラバラだよね?

――あー、そういやそうだな。最近は、担当決めて買い出ししてるよな。

――そうそう。馴染みの店だと融通効くし。

――オマケしてくれたりもするー。

――……掘り出し物?


 思い出したかのように悠利が振った話題に、見習い組達はさらっと返事をした。買い物する場合の行きつけの店が異なるのは、それぞれの育った環境の違いが大きい。元々王都ドラヘルンに住んでいたウルグスなどは、実家で使っていた商店に顔が利く。他の三人もそれぞれ行きつけの店とか、馴染みの区画というのものがあって、買い出しを分担すると効率的だと気づいたのである。

 勿論、悠利にも行きつけの店とか馴染みの店主はいる。日夜買い出しを担当していたら、自然とそういう相手は出来る。だがしかし、同じように《真紅の山猫スカーレット・リンクス》のアジトで生活し、王都ドラヘルンの店を利用していても、縁を結ぶ相手はそれぞれバラバラだったりするのだ。

 その、各々が馴染みとして持っている店へ皆で行こう!みたいになったのは悠利のせいだった。どこの店で、どんな風に馴染みになっているのか知りたいらしい。そして、そんな風にうきうきわくわくしている悠利に付き合って、見習い組の四人はここにいるのだった。何だかんだで彼らも悠利に甘いのである。

 最初に彼らが向かったのは、市場だった。悠利とヤックのホームグラウンドとも言う場所である。ただし、そんな市場でも悠利とヤックでは行きつけのお店は実は違ったりする。基本的な買い物をする店は同じだが、その中でもお気に入りのお店が違うのだ。

 ヤックの行きつけの店は、八百屋だった。農民の子であるヤックは、ちょうど店主の子供と同年代ということもあって特に可愛がられているのだ。特にこれといった買い物をしなくても、何か余り物があればお土産に持たされる程度には。

 なので、皆と一緒に通りがかった今日も、そんな感じになるのだった。


「お、ヤック坊、今日はどうした?何か探しものか?」

「ううん。皆と行きつけの店巡り。おっちゃん、何かおすすめある?」

「そうだなぁ、今日のおすすめは」


 店主と客というよりは、遊びに来た近所の子供という感じの二人のやりとりだ。とはいえ、ヤックと買い出しに行くことの多い悠利は慣れているし、ウルグスとカミールは特に気にしてもいない。そしてマグは、まったくもって興味が無いのか、売り物の野菜に視線を向けているのだった。


「熟しすぎてすぐに食べないと傷みそうだが、味は保証する完熟トマトだ」

「買います」

「ユーリ、早い……」

「完熟トマト美味しいよね?」


 ヤックと店主が話をしているのをにこにこ笑って見ているだけだった悠利が、食い気味に発言した。キランと眼鏡が輝いている。完熟トマトは包丁を入れるのが難しいし、日持ちはしないが、確かに悠利が言うように美味しいのだ。それに、そのまま食べるのが気になるならば、ソースやスープにしてしまえば問題ない。重要なのは美味しいかどうかである。

 そして、美味しい食材を見逃すつもりなど毛頭無い悠利だった。財布片手に、にっこにこしている。


「はははは、毎度あり。オマケに、売り物にするにはちょっと形の悪いキュウリもつけておこうか」

「わー、おっちゃんありがとう!」


 まるで、子供にお駄賃を与えるように増えるキュウリ。悠利もヤックも普通の顔をしているので、これが彼らにとっての日常なのだとよく解る。解るのだが、当たり前みたいにオマケを貰う二人の姿に、この二人だもんなと思うウルグスとカミールだった。悠利とヤックは、年長者に可愛がられる才能を持っているようなのである。


「その貰ったキュウリどうすんだ?」

「んー、サラダにするのも良いし、浅漬けとかナムルにしても良いよねー」

「浅漬け」

「「早ッ!」」


 ウルグスが悠利にキュウリの使い道を問いかけ、悠利がいつもの調子で返答する。そんな普通の会話の流れだったのだが、浅漬けという単語を聞いた瞬間、それまで無関心だったマグが動いた。べたりと悠利の背後に張り付き、浅漬けを作れと自己主張である。……出汁の信者は今日も元気です。

 まるで子泣き爺か背後霊のように悠利にべったりとくっついているマグ。悠利が歩きにくいだろうと引きはがしにかかるウルグスとカミール。そんな愉快な仲間達のやりとりを聞きながら、ヤックは呆れた顔の店主を相手にお会計を済ませるのだった。

 わちゃわちゃやりながら一行が次に向かったのは、市場の端の方にある店だった。悠利の行きつけである、お婆ちゃんのお店だ。老後の道楽に店をやっていると宣うお婆ちゃんの店だけあって、品揃えがなかなか変則なのである。他の店で見かけない食材もあるので、悠利としては大変助かっている。


「お婆ちゃん、こんにちは-」

「いらっしゃい。おや、今日は大勢で来たんだね」

「皆でお買い物なんです」

「そうかい。さ、何が欲しいんだい?」


 客人というよりは、祖母を訪ねてきた孫のようなノリで挨拶をする悠利であるが、お婆ちゃんが気分を悪くした様子はなかった。悠利はのほほんとしたいつも通りの態度で、店先に並んでいる商品を物色している。そして、そんな悠利をお婆ちゃんは微笑ましそうに見ているのだった。

 そんな二人の姿を、見習い組達は微妙な顔で見ていた。彼らは知っているのだ。悠利相手のときは穏やかな姿しか見せていないこのお婆ちゃんが、気に入らない客が相手だった場合は箒でぶっ叩くような人物だと言うことを。彼らが叩かれたことはないが、余計なことを言ってお婆ちゃんを怒らせた客が箒で叩かれて追い返されているのを彼らは見たことがある。

 だからこそ、そんなお婆ちゃんに微塵も怒られる気配のない悠利が凄いと思うのである。自分が怒られないだけでなく、お婆ちゃんが実は結構気が強くて怖い人だということを知らないということも含めて。……つまり、このお婆ちゃんはそれだけ悠利を気に入っていて、悠利がいるとご機嫌なのである。婆孫疑惑が浮上しても仕方ないレベルで。


「あ、お豆腐入荷したんですね。くださーい」

「はいよ。しかし、アンタも物好きだねぇ。こんなほとんど味の無いようなもんを買っていくんだから」

「お店に置いてるお婆ちゃんに言われても困るんですけど……」

「知り合いに『置いてくれるだけで良いから!』と頼まれたから並べてるだけだよ」


 お婆ちゃんは身も蓋もなかった。だがしかし、悠利としてはおかげで豆腐が手に入るので万々歳である。現代日本と変わらない食材が多数手に入るのは事実であるが、それでもやはり手に入りにくい食材もあるのだ。豆腐やお揚げなどはそちらに分類されており、悠利はお婆ちゃんのおかげで助かっているのである。

 豆腐は確かに味が薄いので、基本的に悠利は自分が食べる用とか味噌汁の具材用として購入している。なお、大豆イソフラボンが美容に良いらしいという、うろ覚えの情報は未だ口にしていない悠利である。うろ覚えの知識で迂闊なことを言うと、女性陣とオネェが怖いので。


「それじゃ、今日はお豆腐とお揚げでお願いします」

「はいよ」

「お婆ちゃん、最近暑いから身体に気をつけてくださいね」

「ありがとう」


 無事にお会計を済ませ、悠利はお婆ちゃんを労る台詞を残してぺこりと頭を下げる。完全にお婆ちゃんと孫という感じだったやりとりを見ていた見習い組達は、お前強いなと言いたげな顔をしていた。あのお婆ちゃんに優しくしてもらえるとか凄い、という感じだった。なお、悠利には微塵も通じていなかったが。

 悠利だから、という理由で自分達を納得させた見習い組達は、豆腐とお揚げを購入できてご機嫌の悠利を連れて移動を開始する。市場を抜けて向かうのは、大きめの商店が建ち並ぶ区画である。市場は屋台や軒先のような雰囲気の店が多いのだが、今から向かうのは一戸建てのお店ばかりが集まっている区画なのだ。

 必然的に、少々お値段が市場よりは高かったりする。それでもそちらへ向かうのには、理由があった。


「それじゃ、次はウルグスのおすすめのお店だよね」

「まぁ、おすすめっつーか、馴染みの店ってだけなんだけどな」


 並んで歩きながら悠利が問いかけると、ウルグスはそんな風に答えた。すると、カミールが楽しげに口を開く。


「いやー、お坊ちゃんのウルグスを迎えるお店の人の態度が楽しいぞ、ユーリ」

「え、そうなの?」

「カミール、てめぇ何言ってやがる!」

「いやいやいや、楽しいから。もう、めっちゃ楽しいから」

「カミール!」


 楽しそうに笑いながら告げるカミールと、こめかみを引きつらせて怒鳴っているウルグス。そんな賑やかな二人に挟まれている悠利は、そっかーと言いたげな反応だった。見習い組達が賑やかにわちゃわちゃするのは悠利の中でいつものことだったので。

 そんな騒がしい三人を見ながら、ヤックは隣のマグに小さく囁いた。


「カミール、ちょいちょいウルグスのことお坊ちゃんってからかうよね」

「反応、面白いから」

「あはは。マグから見ても面白いになるんだ?」

「……諾」


 こっくりと頷くマグ。その反応に、ちょっと楽しそうだった。基本的にマグはフリーダムだし、生まれも育ちも違う彼らなのでかみ合わないときもある。けれど、そんなマグと自分達が同じように感じることが増えていくのが、ちょっと嬉しいヤックなのである。

 そうこうしているうちにたどり着いたのは、日用品を取り扱っている商店だった。店を構えているだけあって品揃えは豊富で確実だ。従業員への教育も行き届いており、実に快適にお買い物が出来るお店である。……ただし、お値段は市場に比べて高いので、お財布と要相談となるのであるが。


「いらっしゃいませ」

「お邪魔します」

「これはウルグスくん、ようこそおいでくださいました。本日は何かご入り用ですか?」

「いや、何が特に必要ってわけじゃないんで、自分達で見ます」

「承知しました」


 出迎えてくれたのは穏やかな物腰の初老の男性だった。ウルグスに対する態度は、子供ではなく一人の客としての対応だった。それに応えるウルグスも落ち着いたもの。だがしかし、そのやりとりを見ていた悠利達はぽかんとしていた。カミールは一人、とても楽しそうである。

 というのも、ウルグスから滲み出る態度みたいなものが、いつもと違ったからだ。


「……ウルグス、本当にお金持ちのお坊ちゃんだったんだね」

「ユーリ、どういう意味だ」

「な?言ったとおりだろう?」

「うん。お店の人もだけど、ウルグスもいつもとちょっと違ったよね」

「は?何がだよ。俺はいつも通りだ」

「「違うと思う」」

「何でだよ!」


 ギャーギャーと(ただしお店の邪魔にならないようにある程度小声で)騒いでいる悠利達の中でただ一人、マグだけは通常運転だった。またやってるとでも思っているのだろうか。カミールは楽しそうにウルグスをからかっているし、ウルグスはそれに怒鳴っている。そして悠利とヤックは、今回ばかりはカミールの味方をしていた。

 ウルグスは見た目も普段の言動もガキ大将そのままという感じの少年だが、実際は育ちの良い少年である。相手や場所によっては、きちんとした立ち振る舞いが出来るのである。……普段は全然そんなものを表に出さないのだが。

 なのでここでも、当人は普通のつもりだろうが、言動も所作もお店の人を相手にしているときはどこか育ちの良さを感じさせるのであった。そして、それが普段のウルグスと違うので、皆にからかわれるのである。

 そんな風に騒ぎながらも、一応店内をちゃんと物色する一同。ウルグス以外は普段あまりこちらの区画で買い物をしないので、何が置いてあるのか興味津々だ。とはいえ、置いてあるのは日用品なので、真新しいものはない。


「品揃えは魅力的だけど、やっぱりちょっとお値段が高いよね」

「まぁな。その代わり、常に一定数が確保されてるから、よほどでないと品切れとかにはならないぞ」

「それは確かに魅力的かも」


 ウルグスの説明に、悠利は嬉しそうに笑った。市場は掘り出し物を発見することが出来たり、お得品を購入できたり、オマケをもらえたりとするが、品切れになるときも多々ある。そういう意味では、いつ来てもほぼ確実に商品が置いてあるというのはありがたい。


「それに、もしも店頭で品切れだったとしても、割と早く取り寄せてくれるぞ」

「そうなんですか?」

「はい。本来ならば品切れを起こさないことが一番ですが、もしもそうなったときには数日以内には商品を用意するようにしております」

「それはとても助かりますね」


 出迎えてくれた男性が近寄ってきて説明をしてくれた内容に、悠利は素直に感想を伝えた。日用品なので、やはり早く手に入る方が良いので。

 特に欲しいものが無かったので買い物をすることなく店を後にした悠利達であるが、それでも冷やかしだと怒ることもなく店員達は彼らを見送ってくれた。その辺りも、ある程度の自信に裏打ちされているのだろう。常に一定の商品を仕入れていることによる信頼と安心は、確かにそこにあったので。

 お値段は多少高くついても、それでも確実に商品が手に入る店というのは、便利である。市場の店とどちらが良い悪いではなく、その時々に応じて使い分ければ良いので。


「さーて、次は俺のおすすめだなー」

「カミールのおすすめのお店ってどこにあるの?」

「俺のおすすめは、この区画の端っこの、貸店舗」

「「貸店舗?」」

「そう、貸店舗」


 不思議そうな顔をする一同に早く行くぞーと笑いながら歩き出すカミール。意味が解らないながらも、その背中を追う一同。カミールは鼻歌でも歌いそうな感じで実に楽しそうだった。……まぁ、彼はいつもいつでも楽しそうな雰囲気を崩さないのだが。

 そうして彼らがたどり着いたのは、貸店舗と小さな張り紙がされた店だった。店内には、今まさに商品を運び入れている人々がいた。


「お、おっちゃん、今日から店?」

「カミールじゃないか。久しぶりだな」

「うん、久々。数日前に前の人が行商に出てったから、そろそろ誰か入るかと思ってたんだけど、おっちゃんか」

「あぁ。明日からまた十日ほどは店を出しているよ」

「了解。じゃあ、買い物は明日以降にするわ」


 搬入を指揮している体格の良い男性に、カミールは親しみを込めて声をかけている。彼らの間で交わされる言葉は親愛の情に満ちていて、以前からの知り合いという感じだった。ただし、店主と客というよりは、知人という方が近いだろう。カミールの態度が明らかにお客様の態度ではないので。

 作業の邪魔になると思ったのか、カミールは悠利達を店から少し離れた場所へと移動させる。そこで、店の搬入作業を見守る形になりながら、説明を始めた。……何しろ、悠利達には何が何だかさっぱり解っていなかったし、それが顔に出ているのでカミールにも伝わっていたからだ。


「あの貸店舗な、行商人とか、他の町で店を出してる商人とかが、交代で借りて店を出してるんだよ」

「交代で?」

「そ。貸出料が日割りでさ、自分で店を持ったり、申請して屋台を出したりするのが面倒な人があそこを使うんだよ。寝泊まりも出来るようになってるしな」

「へー、そうなんだ」


 便利なシステムだなぁと悠利は感心した。勿論これにも善し悪しはあるのだろうが、少なくとも利用している商人達は助かっているんだろうなと思ったのである。

 カミールの説明を聞いていたヤックが、ちょいちょいとカミールの袖を引っ張って問いかける。


「カミール、交代でってことは、あそこのお店は毎回品揃えが変わるってこと?」

「そうそう。大体一週間から十日ぐらいで交代するんだけどな、中にいる商人によって商品が違うから、定期的に覗くようにしてるんだ。掘り出し物もあって楽しいぞ」

「掘り出し物?」

「商人にもそれぞれ得手不得手や伝手ってものがあるからな。同じ商品でも値段が違うんだよ」

「「……なるほど」」


 ふふんとどこか自慢げに話すカミールに、流石商家の息子と思う一同だった。むしろ、商家の息子だから、商人達との繋がりがあって、この貸店舗の存在を知っていたのだろうと察するのだった。正解である。実家経由でカミールは色々な情報を持っているのだ。普段はおくびにも出さないが、しれっとそれを有効活用する程度にはしたたかな少年なのであった。


「あのおじさんは何を売っている人?」

「あのおっちゃんは細工物とかの小物を扱ってるな。まぁ、どっちかっつーと女性向けかもな」

「へー。じゃあ、レレイ達に教えたら喜んでくれるんじゃない?」

「あぁ、なるほど。今度店の商品確認してから伝えてみるわ」

「うん」


 悠利の提案にカミールは素直に賛同した。彼の中でその考えが思い浮かばなかったのは、やはり常日頃見ている女性陣の姿が凜々しいからだろう。たくましいとも言う。何しろ《真紅の山猫スカーレット・リンクス》はトレジャーハンター育成クランである。そこにいる女性達は美しくともしたたかでたくましいのである。

 そんなこんなで店の説明も終えたカミールは、ちらりとマグに視線を向けた。ラストワンになった見習い組きってのフリーダムマイペースは、自分を見つめる一同に気づくと、こくりと頷いて歩き出した。スタスタと迷いの無い足取りなので、彼にもちゃんと行きつけの店があるのだろうと思う悠利達だった。

 そして、マグに案内されるままに歩く一同であるのだが……。


「……ねぇ、マグ、まだつかないの?」

「まだ」

「そ、そっかぁ……」


 意を決した悠利の問いかけは一刀両断された。マグは振り向きもせずに黙々と歩いている。別に、悠利が声をかけたのはいつまでたっても目的の店に到着しないからではない。ただただ、歩いている場所が、道が、ちょーっとツッコミを入れたいような場所だったからだ。

 具体的に言うと、ひたすらに路地裏を奥へ、奥へ、薄暗い方向へと進んでいるのである。


「……なぁ、道がどんどん細くなってる気がするの俺だけかな」

「オイラもそう思う……」

「というか、俺は王都育ちだが、こんな場所知らねぇぞ。明らかに何かヤバイ場所に近づいてないか、コレ……」

「「ウルグス、禁句」」


 カミールのぼやきにヤックが同意し、ウルグスがぼそりと皆が認めたくなかった現実を突きつけた。王都で生まれ育ち、それなりに王都の中は知っているはずのウルグスが知らない道を通っているという現実は、口に出さないでほしいものだった。だがしかし、マグは迷いなく歩いて行く。むしろどうやってこんな道を見つけたんだと言いたくなる一同だった。

 そして、細い路地を通り、時に地下通路のような何かを通り抜け、たどり着いたのはぽっかりと開いた場所に建つ小さな小屋だった。あばら屋のようなそれは、誰がどう見ても店には見えない。だがしかし、マグは自信満々にそのあばら屋を示して、こう言った。


「到着」

「「アレお店なの!?」」

「香辛料の店」

「こ、香辛料……?」


 どや顔のマグに、悠利は思わず問い返した。どう考えてもお店には見えないのだが、マグは自信満々だし、さらに言えば取り扱っているのが香辛料だというのもびっくりだった。あと、どうやってここにたどり着いたのか教えてほしい一同であった。

 何せ、どう考えても普通に過ごしていたら見つけられるような場所ではないので。


「何じゃ、小僧、また来おったのか」

「案内」

「あ?何の話じゃ?」

「あ、すみません。こいつは俺たちをここへ案内してきたんです」

「……お前さん、この小僧の言いたいことが解るのか?」

「…………うちのアホがご迷惑をおかけしました」


 わいわいと騒いでいた悠利達の声に気づいたのだろう。あばら屋の中から姿を現したのは、髭もじゃの老人だった。面倒くさそうにマグを見て口を開いた彼に返されたのは、いつも通りのマグ節である。意味が通じていないと察したウルグスが咄嗟にいつものように通訳をすると、まるで不思議な生き物を見るような目で見つめられるのだった。……それだけで、マグが何度かここに顔を出していると解ってしまうのが悲しかった。

 マグを間に挟むと話にならないと察した悠利達が老人から直接話を聞いたところ、ここは香辛料を取り扱う店に品物を卸すための店だということだった。店と言うより、一時預かり所のようなものだろう。何故こんな微妙な場所にあるのかと言えば、様々な香辛料を取り扱うので、隣近所に店や家があると迷惑になるからということだった。

 だがしかし、その性質上ここへやってくるのは各商店や料理屋の買い付け担当者ぐらいだ。そこに、ある日突然ひょっこり現れたのがマグである。口数の少ないマグなのでいまいち意思の疎通は図れていないのだが、それでも何度かここから香辛料を買って帰っているらしい。


「マグ、ここで買い物してたの?」

「新鮮。安い」

「えーっと、鮮度が良いものが、安く手に入るってことで良いの?」

「諾」

「そうなんですか?」

「まぁ、仲介料が入っとらんから、店より安い場合もあるじゃろ」


 マグの説明を聞いて悠利が確認を取ると、老人はけろりと答えた。場合によっては商店の方が安いときもあると言われ、悠利はなるほどと納得した。それでも、老人はマグの言葉を完全に否定はしなかったので、良い香辛料が安く手に入る可能性のあるお店として悠利の中で記憶された。


「今は商品は無いぞ。頼まれてた分以上に買い取りがあったでな」

「そうですか……」

「次」

「は?」

「すみません。次の入荷はいつ頃の予定か聞いてます」

「……お前さん、何で解るんじゃ……?」


 表情一つ変えないマグの質問の意味が解らなかった老人が悪いのでは無い。むしろ、平然とそれで何を言っているのか理解しているウルグスの方が明らかに少数派である。通訳は健在だと感心する悠利達だった。……なお、その気配を察したウルグスは背後を振り返り、三人に向けて怒鳴るのであるが。でも事実なので仕方ありません。

 次の入荷は数日後だと聞いて、その頃にもう一度マグに連れてきて貰おうと思う悠利だった。面白そうだから俺も連れてってとカミールが便乗するのを、マグは面倒くさそうに見ていたが、最終的には頷いていた。老人は、また来るのか?と言いたげな顔だったが、それでも特に拒絶する気配は無かった。客になるならそれで良いとでも思ったのかもしれない。


「行きつけのお店って、本当に人それぞれなんだねぇ」

「俺らはともかく、マグは真面目にツッコミ満載だろ」

「オイラもそう思うよ……。むしろどうやってあの店見つけたのさ……」

「探索」

「王都の間取り確認するための探索で見つけたからって、普通あんなあばら屋に近づかねぇだろ」

「「……解るんだ」」


 呆れたようにマグにツッコミを入れているウルグスと、煩いと言いたげなマグ。その二人のやりとりを聞きながら、何で今ので意味がちゃんと解るんだろうかと、ウルグスの通訳っぷりに感心する悠利達なのだった。




 なお、見習い組達の行きつけのお店に、時々悠利が一緒にお邪魔しては楽しく買い物をする姿が見られるのでした。皆違って皆良いのです。




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