ちょっと贅沢に素揚げ野菜のお味噌汁

 《真紅の山猫スカーレット・リンクス》における昼食メニューというのは、毎朝パンが届けられるので朝食はモーニング系であるのに比べて、日替わり定食も真っ青なレベルでランダムだ。主食のラインナップだけでも、パン、米、パスタという三種類に、最近ではうどんまで追加されている。更に言えば、アジトにいる人数によっては普段出てこないような料理が出てきたりもする。そういう意味では、昼食を朝夕の食事とは別の意味で楽しみとするメンバーもいる。

 さて、そんな本日の昼食である。昼食のときは見習い組がいないこともあるのだが、今日は四人揃ってアジトでお勉強なので全員いる。留守番役の指導係はフラウで、その他のメンバーでアジトにいるのはヤクモとアロールだった。二人とも今日は特に任務も修行も入っていないらしい。ちなみに、今日の料理当番はヤックだ。

 そんなわけで、悠利とヤックは台所で昼食の準備に取りかかっていた。メインディッシュは良い塩鮭が手に入ったので、グリルでこんがり焼いた塩鮭だ。付け合わせは朝食の残りでもあるサラダに、切ったトマトを添えて彩り華やかに。肉も欲しがるだろうということで、ジャーマンポテトっぽくジャガイモと厚切りベーコンの炒め物も用意した。ついでに、主食は米だ。何となく塩鮭には米という悠利の気分でそうなった。

 そして、である。


「それじゃ、後は味噌汁の準備だねー」

「お湯沸かして出汁の準備はしたけど、具材入れないの?」

「今日はちょっと一工夫しようと思ってね」

「一工夫?」

「うん」


 不思議そうなヤックに、悠利はにこにこと笑った。相変わらず料理をするときは特に楽しそうだなぁと思うヤックだった。悠利は家事全般が趣味で大好きだが、その中でも料理が特に好きなのである。悠利本人も、美味しいものを食べるのが好きなので。

 一工夫と告げた悠利が準備しているのは、幾つかの野菜だった。

 茄子、カボチャ、サツマイモ、最後にオクラ。ごろごろと悠利が転がした野菜を見て、ヤックが首を傾げる。この野菜をどうするのだろうとヤックは悠利をちらりと見る。やはり悠利はやっぱりにこにこ笑っている。


「これを揚げて、味噌汁の具にしようと思うんだー」

「揚げた野菜を味噌汁の具に?」

「そう。味噌汁の鍋に入れるんじゃなくて、揚げた野菜をお椀に入れて、そこに具無しの味噌汁をかける感じだよ」

「……美味しい?」

「僕は美味しいと思ってるよ?」

「なるほど」


 悠利の説明に首を傾げていたヤックではあるが、最後には納得したような顔をしていた。ヤックは悠利の味覚を信頼しているのである。なので、納得した後には嬉々として作業を手伝うのだった。

 素揚げにすると聞いたので、ヤックは悠利が野菜の準備をしている間に油の用意に取りかかる。いつも揚げ物をするのに使っている深めのフライパンを用意してそこに油を入れて温めるのだ。味噌汁を作るために湧かしていた鍋の火は、そっと消しておいた。油に余計な水が入ってしまうと面倒だからだ。

 そんなヤックにありがとうとお礼を言って、悠利は野菜の下処理に取りかかる。作業自体は簡単なのだが、いかんせん人数がいるのでそれなりの量になるのであった。

 最初に、茄子は水洗いをして、ヘタを落とす。ついでに、お尻の部分も落とし、傷ついている部分や汚れが無いかを確認する。汚れや傷があれば、その部分も包丁でそっと取る。それが終わると、まずは縦半分にして、次にそれを三等分にする。縦長の茄子が、一つの茄子から六つほど出来る計算だ。

 茄子は、ボウルなどに水を入れてあく抜きをすると、色が変色しなかったり、渋みが出なくなったりする。ただし、今日は揚げるので、その手順は省略である。揚げ物の場合は、切ってすぐに揚げるのならば、あく抜きの手順を省いても問題ないのである。。

 続いて、カボチャは半分に切ってスプーンでタネをくり抜いてから切る。体重を乗せて半分に切り、後は天ぷらなどにするときのように少し厚めのスライスに仕上げる。カボチャは固いので、包丁をしっかり食い込ませてから体重を乗せるようにする。そうしないと、包丁が滑って危ないのだ。

 次に、サツマイモを丁寧に水洗いをして泥を落とし、傷や汚れの部分は包丁で落とす。その後、少し厚めにスライスする。カボチャと同じような感じだ。あまり薄すぎると食感が物足りないし、分厚すぎると揚がるのに時間がかかる。この辺りは食感の好みなどもあるが、悠利はとりあえず甘露煮にするときより少し薄い感じで切ることにした。

 最後に残ったオクラは、水洗いの後にヘタを落としたら準備完了だ。ヘタを落とさずに、竹串などでぷすぷすと軽く穴を空ける感じにしても調理は可能である。ようは、揚げている途中でオクラが破裂しないようにしているだけなので。ヘタの部分が固くないようなら、竹串ぷすぷすで丸揚げでも問題はないかもしれない。今回は少しヘタが固そうだったので、遠慮なくざくっと落とす悠利だった。


「素揚げだから、水は良く切ろうねー」

「……あー、油バチバチ言うもんね……」

「そうなんだよねぇ……」


 ザルの上の野菜達をせっせと水切りしながら悠利とヤックは遠い目になった。揚げ物は美味しいが、具材の水をきっちり切らないと大変なことになる。揚げ物を作るのが苦手な人は、水と油が反発して跳ねるせいで怖くなったというパターンもある。まぁ、他には揚げ時間の目安が解らないとか、揚げ物を作っていると油の匂いで胃もたれしてしまうからなど、色々なパターンで苦手にしている人がいるだろうけれど。

 具材の水切りが終わったので、二人はせっせとたくさんの野菜を素揚げにする。何しろ人数がいるので、一人一つにしたところでそれなりの分量になるのだ。表面がカリッとなるまであげたら、油切りの網を載せたバットの上に並べてる。油が切れたら今度は、個別の器に盛り付ける。

 味噌汁はいつもならばお椀サイズの器に入れるのだが、今日は一回り大きな器を準備している。何しろ、具材をたくさん盛り付けるのだから。素揚げにした野菜は多少は水分が減るけれど、それでも目に見えて小さくなるわけではないので器もそれなりの大きさのものが必要になるのである。


「ユーリー」

「何ー?」

「これ、味噌汁だけで結構お腹いっぱいになるんじゃ……?」

「…………大丈夫。一番食が細いの僕かアロールだし!」

「そういう問題だっけ?」


 しばらく考えた後に悠利が出した結論に、ヤックは首を傾げる。まぁ、事実ではあるのだ。見習い組達は四人とも悠利より食欲旺盛で、フラウやヤクモもそれなりにしっかり食べる。最年少である十歳の僕っ娘であるアロールと、非戦闘員なのでそこまでがっつかない悠利の二人が、今日の昼食メンバーでは食が細いに分類されるだろう。なので、自分達が食べられそうだから大丈夫、という謎の太鼓判を押す悠利だった。


「とりあえず味見しようっか。どれにする?」

「カボチャ!」

「甘くて美味しいよねぇ」


 のほほんと笑いながら、お椀に素揚げのカボチャを半分にして入れる悠利。その上へ、出汁と味噌のみで作ったシンプルな味噌汁をそっとかける。じゅわっという音がするが、気にしない。味噌の風味豊かな香りと、揚げ物の香ばしさが二人の鼻腔をくすぐった。

 味噌汁を吸い込んだ素揚げのカボチャを、悠利とヤックはそっと口へ運んだ。揚げたてでまだ熱かったが、それよりも食べたいという欲求の方が勝ったのである。口の中にカボチャを含むと、じゅわりと味噌汁の味とカボチャの味が混ざり合って広がる。素揚げなので本来は揚げ物の食感なのだが、味噌汁と一緒に食べることで柔らかい。

 そして、何よりも。


「何かこう、ちょっと豪華な感じがする……!」

「うん、言いたいことは解るよ。普通に煮込んだのとはまた違う食感だしねー」

「美味しい-」


 味見をしてご満悦のヤックに、悠利もにこにこ笑顔だった。美味しく出来て大満足なのである。これならきっと皆も喜んでくれるなと思う二人だった。

 そうこうしていると、足音が近づいてくる。昼食の時間になったからと、皆がやってきたらしい。悠利とヤックは顔を見合わせて頷くと、盛り付けに取りかかるのだった。


「お、何か具沢山の味噌汁!」

「美味そう!」


 食前の挨拶を終えて献立を見たウルグスとカミールは、うきうきとしていた。その隣では、すでに美味しそうに素揚げ野菜入りの味噌汁を堪能しているマグがいる。味噌汁には基本的に出汁が入るので、マグの中で味噌汁はお気に入り料理にカウントされているのだった。

 他の面々も、興味深そうに素揚げ野菜の味噌汁を見ていた。味噌汁の具材は日替わりで、色々な味が楽しめるのは皆も知っている。だがしかし、こんな風にどっさりと具材が入っているのは珍しい。また、一緒に煮込んだ野菜ではなく、素揚げ野菜であるというのが皆の興味を引いているのだ。


「味噌汁にこんな風に大きな具材が入っているのは珍しいな、ユーリ」

「食べにくいですか?」

「いや、素揚げされているおかげか、一つ一つがそれほど固くないので問題ない」

「それなら良かったです」


 素揚げの茄子を半分ほど囓ったフラウが、向かいに座る悠利に言葉をかける。もごもごもと口の中に入っていたトマトを咀嚼し終えた悠利は、首を傾げながら問いかける。それに対する返事はあっさりしていたので、悠利も安堵したように笑った。確かに、一つ一つは大きいのだが、食べやすくはなっているのである。


「味噌汁ではあるが、これだけで腹持ちの良さそうな一品になっておるな」

「美味しいだろうなーと思うのを詰め込んじゃいまして」


 てへっという感じで笑った悠利に、ヤクモも笑う。それが悠利だと解っているからであった。そんな彼は、ほくほくに仕上がったサツマイモを食べてご満悦であった。元々サツマイモやカボチャは味噌汁の具材として使っているので、違和感も特に無いのだろう。気に入っているようだった。

 表面はカリッとしているのだが、中はやはりサツマイモ。ほくほくと口の中でほどけていくのがまた美味しいのだ。そんなサツマイモと一緒に味噌汁を口に含むと、サツマイモの甘さがじわりと広がり、まろやかにしてくれる。カボチャでもそれは同じことで、だがしかし普段の一緒に煮込んでいるのと違うので、一緒に食べる野菜で味が変わるという感じだった。一粒で何度も美味しい感じである。


「サツマイモとかカボチャとか茄子は解るんだけど、何でオクラ?」

「え?美味しいから」

「オクラって味噌汁に入れる具材だっけ?」

「普段は入れないけど、結構美味しいよ?」

「ユーリって、時々そういう風に変わったことするよね」

「変わってるかなぁ……?」


 不思議そうにオクラを箸で摘まみながら問いかけてくるアロールに、悠利はあっさりと答える。確かに、普段は味噌汁にオクラは入れない。だがしかし、以前素揚げにしたオクラが入った味噌汁を飲んだことがあり、それを美味しいと思った悠利なのである。だから、他の野菜と一緒にオクラの素揚げも放り込んだというわけだ。

 悠利の返事に、アロールは少しばかり遠い目をした。マトモそうに見えて、割と冒険するときがある悠利なのである。とはいえ、アレンジャーの皆様とは違って、悠利の魔改造やチャレンジは味の予想がつく場合に限って行われるので、謎の物体Xが出来上がるとかではない。ちゃんと美味しく出来るので。

 そんな風にぼやきながらも、アロールは素揚げのオクラを口に運ぶ。オクラを揚げるというのに関しては、以前天ぷらを食べているのであまり気にしていない。気になるのは、味噌汁との相性だ。オクラを半分ほど囓って器に戻すと、そっと味噌汁を口に含むアロール。その目が、驚きに見開かれた。


「あ、美味しい」

「でしょー?」

「何で美味しいのか解らないけど、美味しい」

「何それ」

「他に言いようがない」


 口の中に広がる味噌汁の味わいと、オクラのねばねばが良い感じに調和するのを感じて、アロールはしみじみと呟いた。そもそもオクラはそこまで癖の強い味をしているわけではないので、ねばねば風味が嫌ではなければそこまで問題にはならない。そして、味噌汁とねばねばは割と相性が良いので問題ない。なめこ汁とか、どう考えてもねばねば一直線である。

 美味しい理由が解らないと言いつつも、黙々と食べ続けるアロール。クールな僕っ娘のお口にも合ったらしいと理解して、悠利は嬉しそうに笑うのだった。




 なお、案の定具材てんこ盛りの素揚げ野菜の味噌汁で、悠利とアロールの二人は腹八分目を超えて満腹になってしまうのだった。でも美味しかったので問題ないです。




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