書籍8~9巻部分
簡単美味しい温玉サラダうどん
その日は、ごく稀に訪れる「
何だそれはと言われるかも知れないが、一応ちゃんと理由はある。そもそも悠利は、常日頃は仲間達のためにせっせとご飯を作っている。勿論、しんどくならない程度に手抜きとか時短とか色々とやっているのだけれど。
それでもやはり、誰かのために作るご飯というのは、自分一人のためのご飯よりも手が込んでいる。その相手の好物や食べられない物などを考えて献立を考えるのだから、頭だって使うのだ。そういう意味では、誰かに作っているという段階で完全なる手抜きではないのかもしれない。
そして、そんな悠利が完全に手を抜いて、気楽にご飯を作れる日と言うのは、前述の内容から察してもらえるだろうが、一人ご飯の日である。基本的に《
だがしかし、そこはそれ、各々に用事が出来て少しばかりアジトを空ける日もある。悠利が来る前はアジトを全て施錠して出掛けていたらしいのだが、今は悠利が留守番をするだけである。そして、今日はそういう、悠利が一人でお留守番をしている日だった。
出掛けていったティファーナは、それほど遅くならずに戻ってくるとは言っていた。だがしかし、昼食はいらないと言って出掛けたので、悠利は自分の分だけを作れば良いのだ。
そんなわけで、気楽に一人ご飯で手抜きが出来ることになった悠利は、自分の食べたいものを作ることにした。
「朝ご飯のサラダ残ってるし、こういうときのために作り置きしておいた温泉玉子もあるし……」
鼻歌を歌いながら、悠利は学生鞄をごそごそと漁った。悠利の学生鞄はハイスペックな
ころんころんと台所の作業台の上に温泉玉子を二つ転がし、続いて悠利が取りだしたのはボウルに入っている茹でられたうどんだった。こちらも、手打ちしてもらった後に茹でたものを冷水でしめた後、いつでも食べられるようにと学生鞄にストックしたのである。
そして、冷蔵庫に片付けてあった朝食の残りのサラダを取り出す。最後に、忘れないようにめんつゆも取りだした。材料はこれで全部揃ったので、悠利は満足そうに笑う。
「今日は暑いし、温玉サラダうどん美味しいよね、絶対」
材料が揃っていれば、後は盛りつけて食べるだけというお手軽簡単な温玉サラダうどんが、今日の悠利のお昼ご飯に決定だった。温泉玉子を作ったり、サラダを作ったり、うどんを茹でたりする時間を考えるとそれなりに手間がかかる料理ではあるのだが、今日は全部残り物やストックで賄えるので簡単に出来るのだ。
大きめの深皿に茹でたうどんを入れ、その上にサラダを盛りつける。そして、サラダの中央の部分に少し空白を作って、そこに温泉玉子を上手に落とす。緑が主体のサラダの中央に、白と薄ピンクが鮮やかな温泉玉子が誂えたように収まっている。見た目もばっちりだ。
それに何より、温玉サラダうどんの良いところは、何気にバランス良く一皿で食べられるところだ。主食は勿論うどんで取れる。肉と野菜を両方食べる方が良いと良く言われるが、そこはサラダと温泉玉子でクリアできているだろう。多分。
「えーっと、味付けの前に確認、確認っと。ルーちゃーん?」
後はめんつゆをかければ完成なのだが、その前に悠利は用事を思い出したようにルークスを呼んだ。お役立ち従魔の出来るスライムであるルークスは、今日も元気にアジトの掃除をしていた。
しかし、ご主人様である悠利が大好きなルークスである。呼ばれたと理解した瞬間、可愛らしい鳴き声を発しながら廊下から食堂に入り、台所スペースをそっと覗き込んでいた。
「キュピ……?」
「あ、ルーちゃんお掃除お疲れ様。今日もありがとう」
「キュキュー!」
ルークスに気づいた悠利が歩み寄り、そのまん丸な頭を撫でてやる。大好きなご主人様に褒められて嬉しいのか、ルークスは眼を細めてぽよんぽよんと跳ねていた。
なお、料理中は台所に入らない方が良いと思っているルークスは、悠利達の許可を得るまでは絶対に台所スペースに入ってこないのだ。今も、食堂スペースとの境目の部分で大人しくしている。お利口さんだった。
そんなお役立ちでお利口さんで可愛いルークスに、悠利は確認したいことを問いかけた。
「ルーちゃん、お昼ご飯って僕と一緒の温玉サラダうどんで大丈夫?」
「……キュ?」
「野菜炒めの方が良かったら、作るけど」
「キュイ、キュイ!」
悠利の問いかけに、ルークスは身体をぶんぶんと左右に振った。そのあまりにも必死な姿に、悠利はきょとんとする。悠利とルークスは従魔と主の関係だが、残念ながら悠利にはルークスの言葉は解らない。身振り手振り反応その他で、何となく意思の疎通を図っているだけである。
だがしかし、その悠利でも解るぐらいに、ルークスは必死だった。許可を貰うまでは台所スペースに立ち入ってはいけないという自分ルールのせいでその場から動かないが、それでも必死に何かを訴えている。
「えーっと、温玉サラダうどんの方が良いってことかな?」
「キュウ!」
自分の言った言葉を否定しているのだと思った悠利は、まだ確証はないままにルークスに問いかける。その質問に、ルークスは今度は身体を上下に揺すった。その通りだと言いたいのか、その仕草は頷いているようだった。全身まん丸のスライムなので、お辞儀とどう違うのかと言うと、目の動きである。お辞儀の時は目が下を向くので。
とりあえず、ルークスの意志を察することが出来た悠利は、にっこり笑顔でルークスの頭を撫でた。
「それじゃ、ルーちゃんの分も温玉サラダうどん準備するから、隣で待っててくれる?」
「キュイ」
「え?嫌?何で?」
「キュキュー!」
いつもなら素直に言うことを聞いてくれるはずのルークスが何故か嫌々と言うように身体を左右に振っていた。目を丸くする悠利に対して、ルークスは身体の一部をむにーっと伸ばして、頭上に固定した。それはまるで、何かを運んでいるような感じだった。
「えーっと、もしかしてルーちゃん、自分の分は自分で運ぶってこと?」
「キュウ!」
「そっか。それじゃ、ルーちゃんの分を盛りつけるから、ちょっと待っててね」
「キュイキュイ!」
悠利に自分の意志が通じて嬉しそうなルークスは、にこにこしながら身体を軽く揺らしていた。いつもならば、見習い組達が料理を運ぶのを手伝っているが、今日は誰もいない。それならば、自分も出来ることはお手伝いをしようと思ったルークスなのである。今日もルークスは頑張り屋さんです。
ルークスを待たせてはいけないと、悠利はルークスの分も手早く温玉サラダうどんを盛りつける。なお、めんつゆは希釈せずにそのままかける。サラダと温泉玉子のお陰で薄まるので、二倍濃縮タイプのめんつゆでも薄めずにかけて丁度良いぐらいなのである。
最後に、忘れてはいけないと仕上げの鰹節と海苔を載せて完成だ。自分の分はトレイの上に水のコップと共に載せた悠利は、ルークスの分の器を持って台所の入り口へと向かう。
「はい、ルーちゃんの分だよ。落とさないように運んでね」
「キュキュー!」
悠利に器を渡されたルークスは、伸ばした身体の一部で器を受け取ると、そのまま跳ねるのではなく滑るようにして座席へと移動する。そう、ルークスはスライムなので、這うようにして移動することも出来るのである。いつもはそちらの方が早いという理由で跳ねているだけだ。
ご機嫌なルークスを微笑ましそうに見詰めながら、悠利もトレイを持ってテーブルへと向かう。みにょーんと器を持った身体の一部を更に伸ばして、ルークスは器用に彼のサイズから見れば随分と高い位置にあるテーブルに温玉サラダうどんを載せる。無事に食器を載せることが出来たのを確認すると、伸ばしていた身体の一部は元に戻して、そのままぴょこんと椅子の上へと座る。
ルークスの向かい側にトレイを置いた悠利は、まん丸の身体を楕円形のように伸ばしてテーブルに齧り付いているルークスを見て苦笑する。そして、今日は悠利と一緒にご飯を食べるんだとでも言いたげに必死なルークスを抱き上げると、椅子の上にクッションを重ねた。
「ルーちゃん、クッションの上なら普通に届くでしょ?」
「キュピ!」
「今日は二人だから、一緒にご飯だね」
「キュイキュイ!」
普段のルークスは、悠利の足下でご飯を食べている。特に深い意味はないし、ルークスも普段はそれで文句などない。ただ、他に誰もいない一人ご飯のときに、悠利がルークスとテーブルで食事を取るようになっただけなのだ。きっかけが何であったかは覚えていないが、それを何回か繰り返すうちに、ルークスの中で「誰もいないときはテーブルで一緒にご飯を食べる」というのが刷り込まれたらしい。
なので、今日の昼食は二人仲良くテーブルでご飯なのである。向かい合って座り、お揃いの温玉サラダうどんを前に食前の挨拶をする。
「いただきます」
「キュキュイー」
悠利が手を合わせて呟くと、ルークスは小さく鳴いて、ぺこりと頭を下げる。ちょろりと身体の一部を少しだけ伸ばして、悠利の真似をするようにぺたんと重ね合わせている。そんなところも非常に愛くるしいスライムだった。
可愛らしいルークスの姿に癒やされつつ、悠利は食事に取りかかる。まずは中央の温泉玉子を箸でそっと割る。途端にとろりとした黄身が溢れ、サラダの上へと流れていく。緑のレタスの上を綺麗な黄色が流れていくのを確認して、悠利は玉子のかかったサラダごと下にあるうどんを箸で掴んだ。
めんつゆの色がほんのりと付いたうどんと、温泉玉子の黄身がかかったサラダを一緒に口の中に放り込む。ちゅるちゅるとうどんをすすりつつ、シャキシャキとしたサラダの食感を堪能するのだ。薄めていないめんつゆは本来なら味が濃い筈だが、サラダと一緒に食べることで良い塩梅になっていた。
レタスや水菜、タマネギなどで作ったシンプルなサラダと、こちらもシンプルに仕上げられている手打ちうどん。味付けはめんつゆだけだが、とろりとした温泉玉子がまろやかさを追加してくれて、見事に調和していた。
端的に言えば、美味しい、である。
「んー。美味しいー」
幸せ、と言いたげな緩んだ表情でもぐもぐと温玉サラダうどんを食べ続ける悠利。彼は料理をするのも好きだが、食べるのも好きだった。美味しいものを食べるのも大好きだ。そして、誰かが一緒に美味しく食べてくれるのはもっと好きなのである。
なので、むにむにと身体の下に器を置くようにしながら一生懸命に温玉サラダうどんを食べているらしいルークスに視線を向ける。スライムの場合は食べると言うよりは吸収するという方が近いのだが、とりあえずルークスは黙々と温玉サラダうどんを摂取していた。
「ルーちゃん、美味しい?」
「キュイ!」
「そっか。良かった」
スライムと人間では好みが異なるのでルークスの口に合うのか心配だったのだが、どうやら杞憂だったらしいと悠利は安堵した。ルークスはにこにことご機嫌である。彼の好物は野菜炒めだと悠利は知っているので、それを拒否して温玉サラダうどんを食べているのだけが、少し不思議だった。
ちなみに、理由は実に簡単だった。悠利が思っている以上にルークスは悠利のことが大好きなだけなのである。大好きな大好きなご主人様と同じご飯を食べられるというだけで、うきうして、嬉しくて、そしていつもよりずっと美味しいと思っているだけなのだ。
通常、ルークスの食事は悠利達が食べているものの残りだったり、野菜の端切れなどで悠利が作る野菜炒めだったりする。鍋に残っている分をさらえつつ鍋を綺麗にしてくれるという、大変お役立ちなときもある。
とりあえず、そんなわけなので、ルークスが悠利とそっくり同じメニューを食べるというのは滅多に無いことなのだ。悠利はその辺に気づいていないが、ルークスは気づいていた。だからこそ、悠利と一緒に食事が出来る今このとき、悠利と同じメニューを食べられてご機嫌なのである。
「夜は野菜炒め作ってあげるからね」
「キュ?」
「お昼は手抜きしちゃったから、そのお詫び」
「キュイキュイ」
にこにこ笑う悠利に、ルークスはぷるぷると身体を左右に振った。お詫びをしてもらう必要なんてないのだと言いたげだった。それを何となく察したのか、悠利はぽすぽすとルークスの頭を撫でた。
「まぁ、お詫びってわけじゃないんだけど、どうせなら喜んでくれるご飯を作ってあげたいなーって思うだけだよ、ルーちゃん」
「キュピ?」
「お野菜も色々あるし」
「キュー」
悠利の説明を聞いたルークスは、そういうことならとこくこくと頷いた。ルークスは今、悠利と同じご飯を食べられてご機嫌なので、お詫びは入らないのだ。だがしかし、好物を作ってあげようと言われて嬉しくないわけがないので、素直に喜ぶことにしたのだった。
なお、温玉サラダうどんの存在を知った食の細い面々が、「それなら暑い日でも食べられそう」と言い出したので、時折皆に提供されるようになるのでした。
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