シャキシャキ白菜のオリーブオイル和え。
「うわっ、滅茶苦茶大きいな、この白菜」
「でしょー」
驚きの声を上げるカミールに、
その迷宮食材である大きな白菜を使って、悠利は料理当番のカミールと一緒に食事の支度を進めているのだった。
真剣な顔で、興味津々といった感じに白菜を見ているカミールに、悠利は思わず笑う。小さな子供が不思議な何かに興味を持って見ているときの、つまりは好奇心を刺激されて凝視しているときのそれによく似ていたからだ。
しかし、実はカミールが興味津々な理由は、悠利が考えているのとはちょっと違う。普通ならば、どうやったらこんなに大きく育つのだろうとか、大きいけど味はどうなんだろうとか、食感は違うのだろうかとか、そういうことを考えるだろう。けれど、カミールの目の付けどころは違うのだ。
「これ、売るとしたら普通に売ってる奴の倍近い値段つけても大丈夫なんじゃね?」
「……はい?」
「いやー、こんな立派なのが安定供給で仕入れられるとしたら、商売相手としてめっちゃ良いよなー。あーでも、迷宮食材で日替わりだったら、手に入るときと入らないときがあるのかー」
「……あー、そういえばカミールの実家って、商人だったね」
あーでもない、こーでもないと1人でうんうん考え込んでいるカミールの姿に、悠利は納得したと言いたげに呟いた。そう、カミールは商家の息子である。実家の商売は姉婿である義兄にお任せしている彼が目指しているのは、色んな土地を巡って情勢と良い商品の情報を入手する感じの情報屋路線だった。実家に貢献できて、自分は自分で楽しく旅が出来るから良いだろうという判断である。
そんな彼なので、時々ちらっとそういう側面が見え隠れするのだった。とはいえ、別に身内相手に商売根性を出したりするわけではない。しいていうなら、色々なお得情報に関して早耳であるということだろう。悠利も時々お世話になっている。
「とりあえず、この白菜で付け合わせ作るからねー」
「ん?あぁ、了解。そういや、ユーリって白菜を色んな料理に使うよな」
「使い勝手良いんだよねー、白菜とかキャベツとか小松菜とかの葉っぱって」
「なるほど?」
いまいち悠利の言っていることが解っていないらしいカミールであるが、悠利は細かいことは気にしない。ちなみに、悠利の言っている使い勝手というのは、色々な調理方法に対応しているという意味でもある。煮る、炊く、炒める、和える、などなどバリエーション豊かに様々な料理に使えるのである。
また、これらの野菜は味付けに縛りがないと悠利が感じているのもある。和風だろうが洋風だろうが中華風だろうが、とりあえず何となく美味しい料理が完成する気がしているのだ。それに、葉物野菜は色が鮮やかなので、濃い色合いの肉や魚、揚げ物などに添えるとバランスが良いのも事実であった。
必要な分の葉を剥がすために、まず悠利は包丁で大きな白菜のお尻の部分をすこんと切り落とした。あまり切りすぎると白菜が全てバラバラになってしまうが、必要な分を剥がすにはくっついている部分を落とすのが一番手っ取り早いのである。
「一枚一枚が大きいよなー」
「ねー。これでロール白菜作るとなると、半分ぐらいに切らないと駄目な気がする」
「ロール白菜って何だ?」
「んー、丸めたミンチを白菜で包んで、スープで煮込む感じの料理。ロールキャベツの方が一般的だね。それを白菜でやっちゃう感じ」
ぺりぺりと白菜を剥がしながら悠利が呟いた台詞に、カミールは不思議そうな顔をする。ロール白菜という料理に覚えが無かったからだ。実際まだこちらで作ったことはなかったので、悠利は簡単な説明だけをカミールにした。
なお、ロールキャベツの方が王道と言われるかも知れないが、白菜で作っても結構美味しいのである。それに、白菜はキャベツと違って真っ直ぐ細長いので、ミンチを包むのがやりやすいのであった。白菜が大量に手に入る冬場などには、よく母や姉妹と一緒に作っていた悠利です。
そんな悠利の説明を聞いたカミールは、顔を輝かせた。育ち盛りの男の子なので、やはり肉を使ったおかずには心惹かれてしまうのだろう。
「聞いただけで美味そ」
「でも今日は作らないよ」
「即答するなよ!」
わくわくしながら言葉を発したカミールであるが、言い切る前に悠利が一刀両断した。メニューとは違うからという感じで容赦が無い。言葉を遮られる形になったカミールが叫んでいるが、多分彼は悪くない。だがしかし、悠利も悪くはない。多分?
ちぇーとぼやいているカミールであるが、すぐに気を取り直したのか悠利の隣で手伝いを始める。
「付け合わせって、何作るんだ?」
「オリーブオイル和えー。箸休めとかサラダっぽい感じかなー」
「へー」
「とりあえず、鍋にお湯湧かしてくれる?あ、茹でるわけじゃないから、別にそんな深い鍋じゃなくて良いよ」
「茹でないのにお湯がいるのか?」
「うん」
「ふうん」
何をするのかまだ解っていない雰囲気だが、とりあえず大人しくお湯を沸かしにかかるカミール。悠利がそう言うならという感じなのだろう。基本的に見習い組達は料理当番のときは悠利に素直に従う。自分達は教えて貰う側だと思っているのと、悠利がこと料理に関しては理不尽なことを言いつけたりしないことを知っているからだ。
カミールにお湯を沸かすのを頼んだ悠利は、水洗いした白菜をまな板の上に置くと、とりあえずは縦に半分に切った。というのも、大きすぎて切りにくいからだ。縦に半分にしてもまだ大きかったので、悠利はもう半分に白菜を切った。ちょうど、一口サイズになるような幅になったのを見て、満足そうに笑う。そしてそのまま、切り分けた白菜を何枚か重ねてざくざくと細い短冊に切っていく。
イメージとしては、短冊切りと千切りの中間ぐらいだろうか。細めの短冊のようであり、太めの千切りのようでもある。食べたときにシャキシャキとした歯ごたえや食感が感じられるが、そこまで幅が太くないという感じだ。そうしてざくざくと白菜を切り続け、切り終えたらシンクの中に置いてある大きなザルへとぽいぽい放り込んでいく。
「ザルに入れてるってことは、もう一度洗うのか?」
「ううん。湯通しするの」
「湯通し?」
「そう。熱湯にさっとくぐらせたり、熱湯をかけたりする調理法のことだよ」
簡単に湯通しについて悠利が説明する。
そう、湯通しとは、煮るとか炊くとか茹でるではなく、さっと熱湯で食材に熱を入れる調理方法だ。しゃぶしゃぶみたいな感じで熱湯に食材をくぐらせる方法や、悠利がこれから行おうとしているようにザルなどの上から熱湯をかける方法がある。
その簡単な説明を聞いたカミールは、少し考え込んでから口を開いた。
「ふーん。……ってことは、茹でる場合と違って、ふにゃふにゃにならない?」
「正解」
思いついた!と言いたげな顔でカミールが確認してきた内容に、悠利は笑顔で満点をあげた。そう、湯通しの良いところは、さっと熱が通ることは通るのだが、表面だけで奥まで入らないので、シャキシャキした食感が残るのだ。けれど、生の白菜をそのまま食べるのとは違って表面が柔らかくなっているので食べやすい。少ししんなりしているように見えるが、完全に火を通したときのようにくたくたになったりはしないのである。
そんな風に話している間にお湯が沸騰したので、悠利はカミールに頼んでザルの上から刻んだ白菜へと熱湯をかけてもらう。眼鏡が曇るという弱点を抱えている悠利なので、こういう作業は基本的に見習い組の誰かが代わりにやってくるのだった。
ざばーっと熱湯が白菜に注がれていく。湯気がもうもうと視界を埋め尽くすが、カミールは鍋を落とすこともなくその中身を全て注ぎきった。ザルの中の白菜は、大量の熱湯を浴びたことで少しばかりしんなりとしていた。だが、色が透明になってはいないので、中まで火が通っていないことはよくわかる。
カミールが鍋をコンロの上に戻しに行っている間に、悠利はザルを振って余分な水気を切っていた。熱湯が直接かかっていない場所を見極めて持たないとザルが熱いのだが、その辺はちゃんと悠利も解っているので問題無い。ぱんぱんと小気味よい音を立てて水気をしっかりと切った悠利は、白菜を大きなボウルへと移した。
「で、湯通しの後は何するんだ?」
「オリーブオイルと調味料混ぜて味付けしたらおしまい」
「へー、割と簡単だな」
「うん。簡単だし、たくさん作れるから便利だよ」
へらりと笑いながら悠利はボウルにオリーブオイルを投入する。たぱたぱと大量のオリーブオイルを入れると、菜箸でぐるぐると白菜にしっかりと絡むように混ぜ合わせる。その作業を見ていたカミールが、ぼそりと一言呟いた。
「何か、ナムル作るときと似てねぇ?」
「あぁ、そんな感じだよ。あっちはごま油だけどね」
「ってことは、オリーブオイルを先に混ぜるのは、水が出ないようにするため、か?」
「そうそう。カミールよく覚えてたねー」
「ふふん。俺の記憶力を舐めるなよ」
「あはははは。そうだねー。カミールは記憶力いいもんねー」
褒められてまんざらでもなかったのか、カミールがちょっとドヤ顔だった。だがしかし、事実でもあるので悠利も普通の反応だった。野菜というのは塩分のあるものを交ぜると水が出てしまうので、油でコーティングするというのが、悠利が今やっている作業の意味だったりする。勿論、オリーブオイルの風味をしっかりつけるという意味もあるのだけれど。
オリーブオイルが全体に馴染んだら、次は調味料で味を付ける。ナムルの場合はごま油に顆粒だしという組み合わせだが、今悠利が作ろうとしているのはオリーブオイル和えなので、調味料のチョイスは洋風だ。具体的に言うならば、塩胡椒と乾燥ハーブである。実家で作っていたときはハーブ塩を使っていた悠利だったので、今回もハーブを入れる気満々だった。具体的には乾燥バジルだ。
全体に味がしっかりと馴染むように混ぜ合わせたら、いざ味見、である。小皿に味見用を盛りつけると、そっと興味津々で見ているカミールに手渡す。その後で自分の味見用の小皿に若干しんなりした白菜を入れる悠利。
口の中に入れると、オリーブオイルの風味の向こう側に、塩胡椒と乾燥バジルの味わいが広がる。また、それだけでなく白菜そのものの甘みがじんわりと口の中を満たした。流石迷宮食材である。旨味が段違いだった。湯通しをしたことで表面はしんなりしているが、中はシャキシャキとした食感が残っているので、サラダっぽい。それほど濃い味付けにしていないので、口直しとか箸休めに最適だなぁと思う悠利であった。
「カミール、どう?僕はこれぐらいで良いと思うんだけど、調味料追加する?」
「いや、俺もこれで美味いと思う。っていうか、この白菜の食感面白いな、ユーリ」
「面白い?」
「いやほら、見た目はしんなりしてるから柔らかいのかと思ったら、シャキシャキ残ってるじゃん。面白い」
「サラダっぽいでしょ」
「サラダと浅漬けの間っぽい」
「あぁ、そうかもしれないね」
カミールがたとえに出した浅漬けは、塩や顆粒だしなどで味付けをして、重しを載せて作っている簡単漬物のことである。塩と重しによって水分が出た野菜は、多少の歯ごたえは残しながらもくにゃりとしていて、アレはアレで美味しいと悠利は思っている。
確かに言われてみれば、湯通しをした白菜の食感は浅漬けに似ているところがあるかもしれない。しいていうならば、漬かりの浅い浅漬けならば、より一層食感が近いのだろう。
「これ、もう盛りつけるのか?」
「ううん。こうやって味付けをしてしばらく置いておくと味が馴染むから、盛りつけるのは直前かな」
「ふーん」
「後、多少は水が出るだろうから、早く盛りつけすぎると余分な水が器の中に溜まっちゃうんだよね」
「それは面倒くさいな」
「うん、面倒くさい。今すぐ食べるなら良いんだけどね」
まだ他の料理作らないとダメだしね、と悠利はへろろんと笑った。そうだなとカミールも頷く。彼らにはこれから、大食らいを含めた仲間達の夕飯を作るというミッションが待っているのである。付け合わせが出来上がったので、気合いを入れ直してメインやスープなどに取りかかる。
「さっきのアレさ」
「うん?」
「パンに挟んでも美味そうじゃね?」
「サンドイッチにするの……?」
「いやほら、キャベツとかキュウリ挟むじゃん?その代わりにアレ入れても美味しいかなって」
「なるほど」
スクランブルエッグと一緒とか美味しそう、とさりげなく自分の好みを悠利に吹き込むカミール。当の悠利は誘導されているとは特に思わず、それも美味しそうだなぁと暢気に考えている。美味しそうなご飯にはどこまでも忠実な彼らであった。
なお、白菜のオリーブオイル和えは、おかずとしてよりも酒の肴として喜ばれるのでありました。僕はおかず作ったつもりなんですけどと思いつつも、皆が喜んでくれるならそれで良いかと思う悠利なのでした。
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