無許可の転売行為はいけないことです。


「それはつまり、転売ヤーだね」


 ダンジョンマスターから困っていることの内容を聞いた悠利ゆうりは、顔から表情を完全に消して低い声で呟いた。気のせいか、纏う空気が冷え切っている。ぎょっとした顔でリヒトが悠利を見下ろすが、何かが怒りスイッチに触れたらしい乙男オトメンは普段は見せない冷え切った無表情のままだった。

 悩み事を相談した当事者であるダンジョンマスターも、あまりの空気の変化にきょとんとしている。ぱくぱくと、目深に被ったフードでも唯一見えている口元が小さく動いている。何か言おうとして、けれど何を言えば良いのか解らずに困っている。そんな感じだった。

 そんな中、ルークスだけは通常運転だった。悠利が怒っているということは、つまり成敗対象がどこかにいるんだなと言いたげにこくこくと頷いている。……基本的には温厚なのだが、主人が大好きすぎるので局地的に凶暴になるのがルークスであった。愛らしい見た目に反して戦闘能力も高いので、割と普通に物騒である。


「ユーリ、転売ヤーっていうのは何だ?」


 とりあえず、リヒトが口を開いた。その問い掛けに、悠利はにっこりと、……目が全然笑っていない物凄く怖い笑顔を浮かべたままで答えた。普段がのほほんとしているのでうっかり忘れがちだが、悠利だって怒るときは怒るのだ。そしてその怒るときは、普段とのギャップで物凄く怖い。

 リヒトは顔を引きつらせつつ、悠利の返答を待った。見た目のがっしりさに反して中身は繊細なお兄さんの精神はガリガリ削られているのだが、それでも何とか踏みとどまった。踏みとどまれた理由は、悠利の不機嫌が自分に向けられているわけではないからだ。これで直接感情を向けられていたらきっと、胃を押さえて蹲っているだろう。頑張って欲しい。


「転売ヤーというのは、悪質な転売行為を繰り返すやからのことです」

「……輩」

「はい」


 普段の悠利の口からは絶対に出てこない呼称だった。それだけ、転売ヤーを疎んでいるのだというのが丸わかりである。

 ダンジョンマスターとルークスは会話の内容がよく解らないのか、2人揃って仲良く首を傾げるような仕草をしている。ルークスは身体を傾けているだけだが、角度的に多分首を傾げているような感じなのだろう。そこだけ妙にほわほわしていた。マスコットっぽい。

 だがしかし、リヒトは気を取り直した。ここで止まると話が動かない。とりあえず、さっさといつもの悠利に戻って欲しかったというのもある。


「だが、転売そのものは決して悪いことではないだろう?行商人などは、仕入れて他の地方で転売するじゃないか」

「はい。そういう、生産者も消費者も損をしていない転売は悪質ではないと思います」

「……ユーリ?」

「リヒトさん、世の中には、決して許してはならない悪質極まりない転売行為を繰り返す転売ヤーという輩がいるんですよ?」

「…………そ、そう、か」

「はい」


 据わった目で、表情筋が役割を放棄したかのように無表情になって見上げてくる悠利に、リヒトは顔を引きつらせながら頷くことしか出来なかった。普通に怖い。非戦闘員とか非力だとかそういうのは関係なかった。謎の威圧が物凄く怖いのだ。

 ……なお、悠利がご立腹なのは、実際に過去、悪質な転売ヤーの被害にあっている人々を見ているからだ。コンサートやライブ、舞台のチケットや、限定販売のコラボ商品などを買い占められ、ぼったくりもいいところの値段で販売されてしまっていたのだ。

 ……まぁ、悠利の周囲の人々は大変逞しかったので、「よろしい、ならば戦争だ。貴様ら転売屋が滅ぶまで、通報し続けてくれる」みたいな感じで、各種サイトの通報ボタンを連打していた。ついでに、同好の士にはそのような悪辣な相手から決してチケットや商品を買うことが無いようにと声を掛け合っていた。更に、公式にきちんとそういった悪辣な輩がいることを伝え、できる限りの対処もして貰っていたのである。

 なので、悠利の中で転売ヤー=徹底抗戦で潰すべき悪、という図式が出来上がっている。……多分その原因は、お気に入りの俳優のディナーショーのチケットが取れずに怒りを蓄積させた母親や、好きなアーティストのライブチケットが転売されてご立腹だった姉達のせいだろう。悠利と妹は、そんな彼女達にしっかりと教育されてしまったのである。

 故に、釘宮くぎみや家の家訓では、転売ヤーは許してはならない相手となっているのであった。


 閑話休題。


 さて、何が起きているのかと言うと、収穫の箱庭で採取した食材を、外部で高額で売りさばいている奴らがいるという話なのだ。ここはダンジョンマスターの意向でアレコレ無茶が押し通るダンジョンではあるが、基本的に一つの場所で一日に収穫出来る数には一応上限が設定されている。その上限に達する食材の大半を、一部の人間が持ち帰っているというのである。

 基本、誰がどこで何を収穫するかは自由である。重量制限などもない。好きなものを欲しいだけ持って帰って貰って良いと、ダンジョンマスターも思っている。それは間違いではない。

 だがしかし、自分達が食べるわけでもなく、値をつり上げる為に大半を収穫し、王都の人々にぼったくり同然の値段で売りさばいている奴らがいると聞いては、話が別だ。ダンジョンマスターはただ、王都の人たちに喜んで欲しかっただけなのである。なのに、自分の食材が原因で王都の人々が苦しんでいると知ってしまった。それをとても悲しんでいるのである。


「誰がやってるのかは、解るの?」

「多分」

「そっか。衛兵さんとかには伝えた?」

「偉イ人ニ話シテクレルラシイケド、法律違反ジャナイカラ難シイッテ」

「……まぁ、そうなるよねぇ」

「ユーリ、顔が怖い」


 穏やかに、優しく、いつも通りの口調と表情で悠利が問い掛けると、ダンジョンマスターはぽつりぽつりと事情を説明してくれた。それを聞いて、悠利はまたしても怖い感じの笑顔で笑う。リヒトが遠い目をしているが、当人お構いなしである。

 実際、ここで手に入れた素材を売ることは違法ではないのだ。だから、その悠利認定で転売ヤーとなっている者達が行っているのも、違法行為ではない。ただ、食材の値段が上がっているので、一部の王都の住人が困っているというだけで。法律違反はしていないので、取り締まるのも難しいらしい。

 その辺りも転売ヤーだなと思う悠利だった。転売行為は、状況によっては普通の商売である。扱う商品によって周囲が迷惑を被るだけで。適正価格で販売してくれと製造元が言っていなければ、いくらで売ろうと当人の勝手と思っているのかも知れない。


「あ、そうか。製造者の意向を伝えれば良いんだ」

「「ユーリ?」」


 ぽつんと悠利が呟いた一言に、リヒトとダンジョンマスターの声が被った。リヒトは、「え?お前何かやらかすのか?ちょっと待ってくれ、頼むから何もやらかさないでくれ。俺がアリーに怒られる」という怯えを込めて。ダンジョンマスターは、純粋に何を言っているのか解らないという声音で。そんな2人に向けて、悠利はにっこりと笑った。


「そういう販売方法は止めてくださいってお願いしましょう」

「お願いって、お前……」

「オ願イシタラ、止メテクレル?」

「止めてもらうんだよ?」

「……うわぁ」


 にっこりと笑う童顔眼鏡男子。その笑顔には、「何が何でも止めさせるんだ」という決意が宿っていた。圧が凄い。遠い目をしながらリヒトは、よっぽど転売ヤーというのが嫌いなんだなと理解した。そして、自分はとりあえず同行するしかないんだな、とも。彼は割とこういう意味では非力だった。可哀想に。

 何しろ、悠利がやろうとしていることは別に、悪いことではないのだ。困っているダンジョンマスターと、困っている王都の住人を助ける良いことである。悠利が怒っているのはあくまでも悪質な転売行為にであって、それ以外の人達にその怒りが向けられることはない。

 だがしかし、リヒトはちょっと胃が痛くなった。騒動の気配しかしないからだ。


「こういうのはね、その人達を出禁にしても解決しないんだよねぇ」

「ソウナノ?」

「うん。ちゃんと理由を説明して解って貰わないと、他の人に頼んで独り占めしたりするからねー」

「ソウナンダ……」


 穏やかな笑顔でダンジョンマスターに説明をしている悠利。それを真剣な顔で聞いているダンジョンマスターとルークス。青空教室みたいな雰囲気だ。しかし、言っている内容も別に間違っていないのだが、何となく怖いなと思うリヒトだった。笑顔の悠利の背後に吹雪が見えるからかもしれない。天然小僧はご立腹であった。

 とはいえ、悠利の言うことも一理はあるのだ。元凶を出禁にすることは簡単である。だがしかし、非常に困ったことに出禁にしたからと言って転売ヤーが消えるかというとそうでもない。特にここは誰でも入場可能なダンジョンなので、手頃なアルバイトを雇って収穫物を手に入れようとする可能性はゼロではないのだ。そうなってしまうとイタチごっこになるだけである。

 だからこそ、本当に大切なのは転売をしている当人達に諦めて貰うことなのだ。向こうが説得に応じるかどうかは解らない。だがしかし、とりあえず悠利が目指しているのは元凶と話し合いをすることであった。

 ……え?オーラが話し合いを求めてる感じじゃない?気のせいです。威圧していようが何だろうが、手が出なければそれはあくまでも話し合いの範疇です。間違ってません。


「ア……」

「どうしたの?」

「来タ」

「え?」

「イッパイ持ッテ帰ル人、来タ」


 不意に、ダンジョンマスターが小さく声を上げた。フードで隠されているので相変わらず視線が向かう先は解らないが、こてんと小首を傾げて小さな声で呟くのだ。その呟きに、悠利とルークスの目が光った。獲物を見つけた感じで。

 遠い目をしているリヒトの前で、悠利はダンジョンマスターに説明を求めている。その説明によれば、ここを訪れる人々の噂話から推測する転売ヤーと思しき存在が、今現在やってきているということだった。

 なので、悠利達は先回りをするべく移動を開始した。先頭を行くのは勿論ダンジョンマスターだ。ダンジョンコアの部屋の壁に小さな掌を押し当てると、またしても新しい道が出現する。その中を、駆け足で移動する。……最後尾を固めるリヒトの背中に哀愁が漂っているのは気のせいではないのだが、前を行く2人と1匹は全然気にしてくれないのだった。合掌。

 ダンジョンマスター権限で急増されたショートカット用の特別通路を走り抜けた先は、葉物のフロアだった。瑞々しい緑が一面に広がっている。緑の葉っぱなのだが、真ん中より下は赤やオレンジといった色合いに変化している。


「あの葉っぱ?」

「ソウ。美味シクテ、オ腹ヲ整エテクレルラシイヨ」

「へー。便利だねぇ」


 とりあえず、急増の近道を見られると困るので通路からフロアへと移動した一同の背後で、道は壁に戻った。転売ヤーと思しき相手はまだ来ていないので、悠利は立派に育っているその葉っぱへと手を伸ばした。


「見た目はほうれん草に似てるねー」


 のほほんと笑いながら収穫すると、悠利は【神の瞳】を発動させる。どんな野菜なのかさっぱりなので、それならちゃんと鑑定してしまえば良いという判断だった。あと、実際にどんな料理に使えば良いんだろうと思ったのもある。

 そして、鑑定結果はというと。



――ナコト草

  ナコト地方で収穫される野菜。ナコト地方では一般的な食材。

  緑の上部はあっさり、赤やオレンジの下部は甘みがあるのが特徴。

  炒め物、煮炊き物、揚げ物と何にでも使える上に、味が他を邪魔しない名脇役。

  栄養価が高いだけでなく整腸作用があり、腹痛知らず、下剤いらずなどと呼ばれています。

  ナコト地方では一般的ですが、輸送の関係で王都ドラヘルン近郊ではやや高めの食材。



 今日も【神の瞳】さんは絶好調だった。どう考えても悠利専用仕様である。とはいえ、悠利が欲しかった情報はちゃんと手に入った。色んな料理に使える便利野菜なんだなと理解して、更にはこの辺りでは少し手に入りにくい野菜であることも理解した。

 つまり、普通に流通はしているが、輸送距離の関係でやや高値がついている食材。収穫の箱庭では、ランダムとはいえ手軽にそれを手に入れることができる。新鮮なナコト草を乱獲し、売値をつり上げている不届き者がいるという現実に、悠利はすぅっと眼を細めた。

 どう考えても、ナコト草は主婦の味方である。いや、庶民の味方とでも言うべきか。美味しくどんな料理にも使えるだけでなく、整腸作用まで兼ね備えているとか完璧すぎる。全ては心優しいダンジョンマスターのお陰だというのに、それを金儲けに利用する相手を、悠利は許せないと思った。


「やっぱり、ちゃんと話してせめて値段は適正価格にして貰わないとダメだよね」


 うんうんと1人で納得している悠利。小柄で童顔の少年から謎の威圧が発されており、リヒトはすすっと視線を逸らした。悠利の行動が悪いことではないだけに、ツッコミを入れにくいのだろう。真面目人間には荷が重そうだ。

 とりあえず、件の人物達が来るまでは収穫作業に勤しもうと、せっせとルークスとダンジョンマスターと一緒にナコト草に手を伸ばしている悠利だった。見た目は可愛い。情景だけ見ていると、ただただほのぼのとしている。……実態を知らなければ、であるが。


「ア、来タ」

「え?どこ?誰?どの人?」


 支配するダンジョン内のことは大抵何でも把握できるのがダンジョンマスターなので、目当ての人物達がやってきたのを察して小さな声で悠利に伝える。小さな手でナコト草を収穫していたときのほわほわっぷりとは裏腹に、すいっと視線を正規の入り口へ向けた瞬間の口元はキュッと噛みしめられていた。

 悠利も収穫作業を中断し、視線をそちらに向ける。ルークスも悠利の足下へと移動し、若干据わった目で入り口を見ていた。……賢い従魔は、今から相対するのが主の敵だと認定したらしい。過剰戦力勘弁してくれと思うリヒトだった。やってくるのがどんな相手であろうと、ハイスペックスライムとダンジョンマスターがタッグを組んだら迎撃できるだろうと思えたので。

 アレ?俺何でここに居るんだっけ?などとちょっと遠い目をするリヒトの眼前で、エンカウントは無事に行われてしまうのだった。頑張れ、常識人。


「こんにちは」

「うん?あぁ、こんにちは。どうしたんだ、坊や?」

「ちょっとお話よろしいですか?」


 やってきたのは、人当たりの良い商人という感じの雰囲気の男性2人組だった。突然声をかけてきた悠利に対しても、にこやかに対応してくれている。店先で出会ったならば、感じの良い人だなぁと思うこと間違いなしの笑顔だった。

 だがしかし、悠利の隣でダンジョンマスターが、ぎゅうっと服の裾を握っている。口には出さないが、転売ヤーがこいつらだと言っているようなものであった。それが解っているので、悠利はにっこり笑いながらも据わった目をしているのであった。


「話?いったい何の話だい?」

「ここにある、ナコト草についてです」


 表情だけはいつも通りのほわほわした笑顔でありながら、放つオーラも男達を一瞬見た視線も激おこ状態の悠利。その足下ではルークスが、ペしん、ぺしん、と身体の一部を伸ばして準備運動を始めていた。……出来るスライム怖い。

 悠利のオーラとルークスの威嚇を感じ取ったのだろう。それまで人の良い笑みを浮かべていた男達が、眉を寄せて彼らを見ている。これから自分達に降りかかるだろう事態をまったく把握していないだろう男達を見ながら、リヒトは心の中で合掌するのだった。


「……コレ、事の顛末報告したら、間違いなく俺も怒られるんだろうな……」


 ぼそりと、哀愁漂う背中でそんなことを呟きながら。

 まぁ、リヒトに本気で怒った悠利を止めるのは無理だろうと情状酌量の余地があるかもしれないが。それでも、何やってんだというアリーの雷が落ちてくる可能性は結構高かった。とばっちりでお説教されるんだろうなと思いつつ、もしも男達が実力行使に出たときのために、そろりと自分もいつでも武器を取れるように体勢を整えるリヒトなのであった。




 斯くして、悠利&ダンジョンマスターによる、転売ヤーへの尋問が開始されるのであった。



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