お手製サンドイッチでお昼ご飯。


「いっぱい採れましたねー」

魔法鞄マジックバッグでなかったら大変なことになってたな……」

「えへへ。美味しそうだったので、ついつい」


 納得いくまで食材を入手することが出来たのでご機嫌の悠利ゆうりと、若干遠い目をしているリヒト。彼らの会話内容が示すように、魔法鞄マジックバッグの中には大量の食材が詰めこまれていた。

 結局、葉物野菜の次にキノコを収穫したのだが、それだけで終わるわけもなく……。根菜や果物、ハーブや香味野菜などなど、延々と色々なゾーンをうろうろする悠利であった。その全てに付き合ったリヒトなので、遠い目になっても仕方ないだろう。体力的には別に問題ないのだが、心境的には疲れたのだろう。多分。

 そんな二人の足下では、何だかんだで収穫のお手伝いを頑張ってご満悦のルークスがいる。ちゃんとお手伝いしたよ!みたいなオーラが出ているのだ。ルークスは今日も悠利が大好きだった。悠利の役に立てるのがとてもとても嬉しいのである。


「それじゃあ、そろそろお昼になりますしあの子とこ……」

「楽シンデクレテル?」

「うわぁ?!え?いつ来たの?」

「今サッキ」


 リヒトに提案をしようとした悠利は、足下から聞こえた声に驚いたように声を上げた。そこには、ルークスの隣にちょこんと立っている子供の姿があった。ぴょこっと片手を上げて遊びに来たよアピールをしているその子供は、ねずみ色のローブ姿だった。赤い靴が愛らしい。てるてる坊主かデフォルメされた隠者のようなこの子供が、収穫の箱庭のダンジョンマスターである。

 ……なので、「来ちゃった☆」みたいなノリでいきなり出てこられると驚いてしまう悠利なのである。でも、よく考えなくても初対面でも似たような感じでひょっこり現れていたので、今更かも知れない。見た目通りに内面も幼いダンジョンマスターなので、どこまでも自由だった。なお、悪気はどこにもない。

 そして、悠利以上に驚いているのがリヒトだった。無理もない。そもそも、ダンジョンマスターというのはダンジョンの奥深く、ダンジョンコアと共に潜んでいるようなものである。こんな風にフレンドリーにひょいひょい出てくるダンジョンマスターなど、普通はいない。


「……あー、ユーリ?この子が、例の?」

「あ、そうです。あのね、今から君のところに行こうと思ってたんだよ。お昼ご飯持ってきたから」

「ソウナノ?」

「うん」

「ジャア、近道」

「「え?」」


 悠利の説明に嬉しそうにほわっと笑った子供は、彼らを手招きしながらてててーっと壁際に移動する。とりあえず反射的に追いかけた彼らの前方で、それまで壁だった部分に道が出来た。


「……あ」

「……は?」


 またやってる、と悠利はちょっと落ち着いているが、リヒトは思いっきり呆気にとられていた。幸いなことに周囲に人はいなかったので、一連の流れを見られてはいないのだが。それでも、見たこともない道がいきなり出来ていたら周囲は混乱するだろう。

 これどうするんだとリヒトが言うより早く、子供はててーっと道を進んでいく。ついでにルークスもそれを追いかける。そうなると悠利も二人を追いかけるので、リヒトも慌てながらついていくことになるのだった。

 なお、自分が作った近道に悠利達以外を入れるつもりのないダンジョンマスターの意向を反映してか、リヒトが道へ足を踏み入れてしばらくすると、背後は壁へと戻ってしまった。後戻りできない状況である。こんな状況でなかったらパニックを起こしても無理がない異常事態だ。

 だがしかし。


「ねーねー、こんな風にあちこち道作って大丈夫なの?」

「大丈夫ダヨ」

「この間も道作ってたよね?」

「ダッテ、ココハ僕ノ家ダモン」

「なるほど」


 悠利もダンジョンマスターものほほんとしていた。ルークスに至っては何も気にしていない。てけてけ歩いている子供の隣を、楽しそうにぽよんぽよんと弾んでいる。この不思議な子供がダンジョンマスターであることは理解しているだろうが、同時に悠利に友好的なことも解っているので、普通に友達認識をしているらしかった。

 ……つまりは、置いてけぼりなのはリヒトだけである。常識人、ファイト。


「……いやいやいや、どう考えても色々ツッコミ満載だろう、これ……」

「え?リヒトさん、どうかしました?」

「……何でもない」


 思わずぼやきが口を突いたリヒトであるが、きょとんとした風情で振り返ってきた悠利と、その足下で同じような空気を出しているダンジョンマスターとルークスを見て、結局は何も言わなかった。言っても無駄だと思ったらしい。世の中、諦めも肝心である。

 とりあえず帰ったらアリーに報告しよう、とリヒトが小さく呟いた言葉は、のほほんと談笑しながら歩いている悠利達には届かなかった。


「オ昼ゴ飯、一緒ニ食ベルノ?」

「うん、そのつもりだよ。ここの食材が美味しいから、それを使って作ってきたよ」

「嬉シイ」

「そっか。喜んでくれたなら僕も嬉しい」


 天然ぽやぽやの童顔眼鏡男子が、フード姿の子供と手を繋ぎながら仲良く談笑している。その二人の隣では、愛らしいスライムがぽよんぽよんと跳ねている。実に微笑ましい光景だった。……色々と実態を知らなければ。

 アレ、ダンジョンマスターなんだよなぁ、とリヒトはしみじみと思う。中身はただの幼児だと思った方が建設的だなどとアリーから情報を貰ってはいたものの、実物を目の当たりにすると困惑してしまうのだ。彼ら冒険者にとってダンジョンマスターとは、ダンジョンを支配する人成らざる存在なのだから。

 間違っても、お手々繋いでスキップらんらんみたいなノリを繰り広げる相手ではない。悠利の神経の図太さを改めて感じるリヒトだった。真人間お兄さん、頑張って欲しい。


「着イタ」

「あ、ここダンジョンコアの部屋だね。今回は直通にしたの?」

「ウン、近道」

「そっかー」

「…………違う、そうじゃない……」


 のほほんと会話をする悠利とダンジョンマスターの背後で、リヒトは一人うなだれていた。多分きっと、頭が痛いのだろう。普通、ダンジョンコアのある場所には直通ルートなんて存在しないし、自分の心臓とも言えるダンジョンコアを平然と他者にさらけ出すダンジョンマスターもそうそういない。そういう意味の常識が全然通じていなかった。

 だがしかし、初回から平然と悠利達をダンジョンコアの元へ案内していたこのダンジョンマスターなので、今更だ。今日もキラキラと輝く大きな水晶のようなダンジョンコアは美しい。あ、ダンジョンコア初めて見た、とリヒトはちょっと遠い目になっていた。現実逃避かも知れない。


「ゴ飯食ベルノニ、テーブルイル?」

「え?」

「椅子ト、テーブル」

「わぁ、すごーい!」

「キュウ!」

「……ダンジョンマスター怖い」


 ちょいちょいと悠利の袖を引っぱったダンジョンマスターが問い掛ける。きょとんとしている悠利の返事を待たずに、軽く小さな手を振るダンジョンマスター。すると、眼前にそれまで無かったテーブルセットが現れた。四人がけの丸テーブル登場である。

 悠利とルークスは純粋に凄い凄いとはしゃいでいるが、目の前で起きた超常現象にリヒトは頭を抱えていた。いや、確かに道を好き勝手に作ったり消したり出来るのならば、テーブルセットを出すぐらい簡単かも知れないが。それでもやはり、何も無いところからいきなりテーブルセットが出てきたら驚くのが普通である。

 愛らしい見た目でも、やっぱり人外の何かなんだなぁとしみじみ思うリヒトをそっちのけで、悠利もルークスも促されるままに椅子に座っている。早く早くと手招きされたリヒトは、もうここまで来たら何が起きても気にしないぞ、みたいな顔をしながら悠利の隣に座るのだった。


「キュウキュウ!」

「椅子、モウチョット高クスルネ」

「キュイー!」

「ドウイタシマシテ」


 自分の隣に座ったルークスの椅子を、ダンジョンマスターはまた手を振ることで高くした。スライムのルークスは等身が低いので、皆と同じ高さの椅子ではテーブルに届かないのだ。なお、悠利とリヒトが座る椅子は同じ高さだが、ダンジョンマスターが座る椅子は高くなっている。調節自由自在だった。

 とはいえ、とりあえずこれで昼食を食べるスペースが確保できたことになる。なので、悠利は愛用の学生鞄から本日のお昼ご飯を取り出すのだった。……なお、食材を入れた魔法鞄マジックバッグは別物で、特に重さが反映されるわけでもないのだがリヒトが持ってくれている。お兄さんは優しいのである。

 取り出したのは、バスケットに入っているサンドイッチと、水筒に入れた飲み物である。サンドイッチは食パンタイプとロールパンタイプの二種類。水筒の中に入っているのはストレートティーだ。飲みやすさを考えて少し砂糖を入れてから冷やしてある。


「このサンドイッチの具材は、殆どがここで手に入った野菜なんだよー」

「本当?」

「うん。色々作ってきたから、どれが気に入ったか教えてね」

「解ッタ」


 笑顔と共に悠利が配るのは、割れにくい木皿だ。サンドイッチは確かにそのまま手づかみで食べるので器がいらないが、それでも途中で休憩するときには取り皿があると便利である。なので、バスケットの片隅にちゃっかり木皿も詰めこんできた悠利であった。

 悠利が用意したサンドイッチは四種類。食パンタイプとロールパンタイプの比率は半々である。食パンタイプは食べやすさを考えて耳の部分は切り落としてあるので、真っ白でふわふわした食パンが美味しそうである。ロールパンタイプも、こんがりとした美味しそうな表面から具材が覗いているので美味しそうだ。つまりは、どちらも美味しそうなのだった。

 一つ目のサンドイッチは食パンタイプで、キュウリとレタスとトマトのシンプルな仕上がりだ。シャキシャキのレタス、水分と旨味を含んだキュウリ、瑞々しく甘いトマトの三つのみ。味付けは塩胡椒と乾燥ハーブというシンプルなものだが、具材が美味しいのでそれだけでも十二分に満足できる。

 二つ目のサンドイッチも食パンタイプ。具材は、たっぷりの千切りキャベツと甘辛く煮付けた人参、タマネギとオーク肉である。味付けは所謂しぐれ煮で、タマネギと人参は食べやすい大きさにスライスしてある。濃い味だが、瑞々しい千切りキャベツがそれを中和してくれるので、口の中ではそれほど後味を引くことはない。

 三つ目のサンドイッチはロールパンタイプで、シャキシャキのレタスをしいてその上にポテトサラダが入っている。ジャガイモ、キュウリ、人参のシンプルなポテトサラダだが、ジャガイモの旨味がマヨネーズの味付けとマッチしていて絶妙である。ポテトサラダはお腹がふくれてしまうので、挟んである量はやや控えめだ。

 最後のサンドイッチもロールパンタイプ。コチラは、スライスしたキュウリを彩りに、玉子フィリングがたっぷりと詰めこまれている。玉子フィリングにするゆで玉子を、固ゆでと半熟の二種類で作ったので、所々半熟の黄身が見え隠れしているのがポイントである。玉子フィリングとパンの相性は言うまでもないので、これも勿論大変美味しく仕上がっていた。

 以上、本日のお昼ご飯のサンドイッチである。肉成分はオーク肉がオマケ程度と玉子フィリングぐらいだが、特に誰も問題にすることも無く和気藹々と昼食は進んでいた。

 なお、ルークスだけはサンドイッチではなく、悠利が用意した大盛りの野菜炒めを黙々と食べていた。キャベツや小松菜、人参、タマネギ、各種キノコを遠慮無く放り込んだ、デラックス仕様の野菜炒めである。使う油はごま油で、味付けはシンプルに塩胡椒と香り付けに醤油のみ。だがしかし、ルークスにとっては何よりのごちそうだった。


「コレ、全部僕ノオ野菜?」

「そうだよ。玉子と肉は違うけど、それ以外の具材はぜーんぶここで手に入ったやつ。それに、ルーちゃんの食べてる野菜炒めもね」

「キュ?」

「どうせなら、ルーちゃんもここで採れた食材で作ったお昼の方が良いかなって思って」

「キュウ!」


 顔を輝かせて――とはいえ、フードで口元以外は隠れているのだが――ダンジョンマスターが嬉しそうにサンドイッチを頬張っている。もごもごとリスの頬袋のように口いっぱいに頬張って食べている姿は、実に愛らしかった。小さな手や口で必死に食べているのが、何とも微笑ましい。

 その隣でルークスは黙々と野菜炒めを食べていたのだが、自分が食べているのも迷宮食材で作られたものだと解ると、嬉しそうに目を輝かせた。お揃い!みたいな気分になったのだろう。今日もルークスは悠利が大好きだ。

 その話を聞いて、ダンジョンマスターはちらっとルークスを見た。正確には、ルークスが食べている野菜炒めを見た。つまりは、自分のお野菜がどういう風に使われているのか気になった、ということだろう。じーっと見詰めてくるダンジョンマスターの視線に気づいたルークスが、不思議そうに身体を傾ける。首を傾げるような仕草だった。


「キュイ?」

「……アノネ、美味シイ?」

「キュウ!」


 ダンジョンマスターのおずおずとした問い掛けに、ルークスは当たり前じゃないかと言いたげに元気な声で返事をした。全身で美味しいと表現するように、ご機嫌である。大好きなご主人様が自分の為に作ってくれた料理が、美味しくないわけがないとでも言いたげだった。まぁ、実際料理の技能スキルレベルが65を越えている悠利の作るご飯は、普通に美味しい。技能スキル補正でプロ級のお味である。

 ルークスの返事を聞いて、ダンジョンマスターは嬉しそうに笑った。口元がほわりと笑う。嬉しそうにゆらゆらと身体を揺する。その動作一つ一つが妙に幼く、その見目通りに子供のようで、とてもとても愛らしかった。

 ……コレ、ダンジョンマスターなんだよな、と思いながら黙々とサンドイッチを食べているリヒトを置いてけぼりで、実にほのぼのとした風景が広がっていた。何で俺はダンジョンマスターと同じテーブルでご飯食べてるんだろうと思ってしまったらしい。気づいてはいけないことはそっと流すのが吉です。


「何でそんなに嬉しそうなの?」

「僕ノオ野菜、美味シク食ベテクレテルカラ」

「ここの食材は美味しいって評判だよ。安全だし、皆とっても感謝してるんだよ」

「良カッタ」


 てれてれと嬉しそうにしている子供は、見ていてとても可愛い。可愛いが、繰り返すがこのとても愛らしいフード姿の子供はダンジョンマスターなのである。人外の、普通ならば人間が恐れるべき異形の存在だ。なのに何故か物凄くフレンドリーという謎の現象だった。

 まぁ、このダンジョンマスターの場合は、悠利相手だからというのではなく、元々人間に好意的だったのだが。王都から徒歩十五分の距離にあるダンジョンのダンジョンマスターがこの性格だったのは、住民達にとって最大級の幸運だっただろう。ただでさえ外に出たら魔物に遭遇する世界だというのに、近所に危険なダンジョンは欲しくない。

 ちなみに、採取ダンジョン収穫の箱庭までの街道は、常に王国の兵士達によって護られている。一般人の安全は保証されているのであった。だからこそ、子供達がお使い感覚でやってくるのである。


「僕、コノオ肉ノガ一番好キ」

「あ、気に入ったのはそれなんだね?」

「ウン。アノネ、僕ノオ野菜ト、外ノ食ベ物ガ一緒ノ味、不思議デ、美味シイ」

「気に入ってもらえて嬉しいよ」


 にこにことご機嫌でサンドイッチを食べるダンジョンマスターに、悠利もいつも通りの笑顔で応じる。ルークスもそんな2人を見て嬉しそうだ。……リヒトはとりあえず、目の前の美味しいサンドイッチを堪能することにしようと考えている。サンドイッチは確かに美味しいので。

 そんな風に和気藹々と昼食を楽しんでいたのだが、不意にダンジョンマスターが食事の手を止めた。しょんぼりとうなだれている。相変わらず顔はフードに隠れて口元しか見えないのだが、悄然とした雰囲気は伝わってきた。


「どうしたの?」


 悠利の問い掛けに、ダンジョンマスターは答えない。俯いたまま、何も言わない。悠利は急かしはしなかった。ダンジョンマスターの隣に座っているルークスは、心配そうにダンジョンマスターを見ている。そしてリヒトは、……微妙に嫌な予感を抱きながらも沈黙を守っていた。

 しばらくして、ダンジョンマスターは小さく、本当に小さく呟いた。


「僕、皆ニ喜ンデ欲シイダケナノニ」


 その声は、泣きそうに震えていた。ただそれだけなのに、と幼い子供の姿のダンジョンマスターは呟く。この子供は、見た目通りに純粋な性質をしていた。人が大好きで、遊びに来て欲しくて、喜んで欲しくて。そんな心を詰めこんでこのダンジョンを作り上げた。

 そんなダンジョンマスターが何かを抱えていると解って、悠利はゆっくりと口を開いた。


「何か困っていることがあるなら、相談に乗るよ?」

「……ユーリ」

「友達が困っていたら助けてあげたいと思うのは、当然でしょ?」

「……アリガトウ」


 にこやかに笑う悠利の言葉に、ダンジョンマスターは涙声で礼を言った。ルークスも居住まいを正して、真剣に話を聞こうとしている。俯いていたダンジョンマスターは顔を上げ、しっかりと悠利を見詰めて、こくんと頷くのだった。




 そんな空気の中リヒトは、逃げ切れなかったトラブルの気配に頭を抱えながら胃を押さえていた。……何で今日の同行者が俺だったんだろうと、嘆きながら。頑張れ、お兄さん。




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