収穫の箱庭、再び!
「良い天気になって良かったですね、リヒトさん」
「そうだな」
うきうきしながら
これには一応ちゃんとしたら理由があって、彼らが今いるのは採取ダンジョン収穫の箱庭の入り口なのである。確かに一般人が平然と立ち入っているぐらいには難易度の低いダンジョンであるのだが、一応魔物も出てくるので護衛役であるリヒトは武装しているのだった。
それに、何も何かが起きる相手は魔物ばかりとは限らないのが現実である。こちらから喧嘩を売るつもりはなくとも、血の気の多い相手ともめ事になる可能性がゼロとは言えない。なので、リヒトは普通のダンジョンに赴くときのように武装しているし、愛らしい仕草でぽよんぽよんと跳ねているルークスも護衛役として周囲の警戒をしている。
……つまりは、のんびりのほほんとしているのは悠利だけなのであった。まぁ、いつものことである。
悠利が何故収穫の箱庭にいるのかと言うと、理由は割と単純だった。前回訪れたときにダンジョンマスターに懐かれたからだ。「マタ遊ビニ来テネ」ともじもじしながらお願いされた悠利は、二つ返事で頷いたのだ。そして今日はその、再び遊びに来た一回目であった。
……察して欲しい。一回目ということは、今後延々と不定期に続くということである。もはや完全に友達の家に遊びに来る感覚の悠利だった。一応ここはダンジョンなのだけれど。
「アリーさんも心配性ですよねー。ここ危なくないって解ってるのにー」
「ははははは……。……ユーリ一人で行かせると何が起こるか解らないっていうのは、物凄く納得するけどな」
「え、リヒトさんそれ、どういう意味ですか?」
「そのままの意味だぞ」
「えぇええええ……」
遠い目をして呟かれたリヒトの言葉に、悠利は心外なと言いたげに唇を尖らせる。けれど、そこはリヒトも譲らなかった。笑顔だが、全然譲ってくれる気配の無い力強い笑顔だった。我が身を振り返れという感じである。
だがしかし、身に覚えがちっともない悠利なので、何で?と言いたげに頸を傾げているのだ。……普段はそうでなくても、忘れた頃にうっかり色々やらかしてしまう悠利を知っている面々としては、いくら難易度が低いとはいえ、一人でダンジョンになんて行かせられないのだ。何が起こるか解らないのだから。
勿論、収穫の箱庭は人間に好意的なダンジョンマスターが支配しているだけあって、安全安心のダンジョンだ。王都の子供達がお使いにやってくるような場所である。だがしかし、そこは悠利クオリティだと思って欲しい。どこでどんな地雷を踏んづけるか解らないのである。
そもそも、前回初めてやってきたときだって、何事もなく終わるかと思ったらダンジョンマスターとエンカウントするというあり得ない状況を生み出したのだ。しかも、こちらから接触したのではない。向こうが興味を持ってやってきたのだ。避けようがなかった。
そんな悠利なので、一人で行かせられるかというアリーの考えにより、非番だったリヒトが同行者に選ばれたのだった。見習い組や訓練生の若手組と異なり、元々冒険者としてそれなりに経験を積んでいるリヒトならば、何かあったときもある程度は対処できるだろうということだった。
……なお、しっかりした体躯の見るからに前衛と解る印象を裏切って中身は結構繊細なリヒトお兄さんとしては、何もなく平和にダンジョン探索を終わらせてアジトに戻りたいところであった。そもそもの目的が食材採取とダンジョンマスターと遊ぶである段階で、割と色々ツッコミたかったらしいが、そこはぐっと堪えたらしい。
「そういえばユーリ、今朝は早くから何かを作っていたとヤック達が言っていたが、土産を用意していたのか?」
「お土産を兼ねたお昼ご飯ですね。リヒトさんの分もありますよー」
「つまり、昼食はここで食べるつもりだったんだな?」
「アレ?言ってませんでしたっけ?」
「……聞いてなかったなぁ……」
「すみません」
遠い目をするリヒトに、悠利は素直にぺこりと頭を下げた。そういえば、明確なタイムスケジュールを伝えてはいなかったかもしれないと思ったのである。悠利のスケジュールでは、朝ご飯の片付けを終えた後、洗濯は見習い組に任せて身支度を調え、リヒトと共に収穫の箱庭に赴く。そして、せっかくの採取ダンジョンなので食材を見繕った後にダンジョンマスターのところへ行って、一緒にお昼ご飯を食べるという感じだった。
昼はアジトに戻るのかと思っていたらしいリヒトにしてみれば、ちょっと予定が狂ったのかも知れない。とはいえ、念のためアリーに同行を頼まれた段階で本日は一日予定を空けていたリヒトなので、不都合はないのだけれど。単純に気持ちの問題なだけである。
なお、悠利が伝えるのを忘れていたのは、浮かれすぎてうっかりしていたというアレである。他の面々が収穫の箱庭から持って帰ってきてくれた食材を使ってお土産代わりのお昼ご飯を作った悠利は、それを一緒に食べるときにあの幼子のダンジョンマスターが喜んでくれるかなとうきうきしていた。その結果、スケジュールをリヒトに伝え忘れていたのである。遠足前のお子様みたいなことになっていた。
「まぁ、良いさ。それで、昼は何を作ったんだ?」
「新鮮な野菜がいっぱいだったので、色んな種類のサンドイッチを作りました。お楽しみですよ」
「それは楽しみだ」
悠利の料理が美味しいことを知っているリヒトは、心の底から嬉しそうに微笑んだ。見た目通りによく食べるリヒトであるが、別に野菜を嫌っているわけでもないので、野菜メインのサンドイッチと聞いても気分を害した気配はない。まぁ、それもこれも、悠利の料理の腕前に対する謎の信頼の成せる技なのだろうけれど。……大人も着実に餌付けされております。
そんな人間二人の会話を大人しく聞いていたルークスが、ちらりと視線を悠利へと向ける。ぽよんと軽く跳ね、ねぇねぇと言いたげに悠利の上着の裾を伸ばした身体の一部で引っぱっている。
「キュ?」
「どうしたの、ルーちゃん?」
「キュイ、キュウ、キュキュウ……?」
「ルーちゃん?」
何かを心配しているようなルークスの仕草に、悠利はよく解らずに首を傾げる。だがしかし、そんな悠利とルークスのやりとりを見ていたリヒトは、何かを閃いたように口を開いた。何しろそれは、彼が普段何度か見かけたことのある風景と非常に良く似ていたので。
「ユーリ、ルークスは自分の分があるのか心配してるんじゃないか?」
「え?そうなの、ルーちゃん」
「キュウ」
驚いたように目を見張る悠利に、ルークスはバツが悪そうにそっと視線を逸らした。だがしかし、相変わらず悠利の上着の裾を掴んだままである。例えるならば、「お母さん、僕の分は?」みたいな感じだろう。
お解りいただけただろうか。普段、見習い組や年の近い訓練生と悠利が繰り広げているやりとりと、妙に重なる光景なのである。当事者の悠利より傍観者のリヒトが察してしまえる程度には、アジトではよくそういう光景が繰り広げられている。
……え?《
「ルーちゃん、勿論ルーちゃんのお弁当も持ってきてるよ?野菜炒めいっぱい」
「キュ!?」
「一緒にお昼食べようねー」
「キュキュー!」
悠利が笑顔で告げた言葉に、ルークスはぱぁっと喜びを全身で表現した。嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねる姿は実に愛らしい。優しく頭を撫でられて、ルークスはご機嫌だった。やっぱりうちのご主人様は優しい、みたいな感じである。実に微笑ましい主従の姿だった。
「ところでユーリ」
「はい?」
「今日は目当ての食材とかあるのか?」
「いえ、特に目当てがあるわけじゃないです。ここ、採取できる食材日替わりみたいなので」
けろりと答えるマイペース
収穫の箱庭は、植物系の素材が何でも手に入るという色々アレな仕様のダンジョンである。王都から徒歩15分という距離にあり、またダンジョンマスターが沢山の人に遊びに来て欲しいと願った結果、今では食材特化になってしまっているが、その本質は植物系の素材ダンジョンである。
そして、その為に採取できる素材の種類は多岐にわたり、ダンジョンの内部も区分けされている。だがしかし、あまりにも種類が膨大である為に、日替わりで色々な素材が手に入るという、ダンジョンそのものがちょっとガチャっぽい構造になっていた。
たとえば、先日悠利がやってきたときは根菜のゾーン、つまり畑では、大根や人参、ジャガイモやサツマイモを見かけた。しかし、日が変わればそこには長芋や里芋、ゴボウが実っているらしい。入ってみるまでその日何があるのか解らない。そんなちょっぴり不思議なダンジョンなのであった。
「あ、でも、ルーちゃんの好きな野菜炒めに出来る食材だと良いね」
「キュイ?」
「いつも頑張ってくれてるし、ここの食材は迷宮食材だからすごく美味しいし。畑のゾーンから回ろうか?」
「キュキュー!」
悠利の提案に、ルークスはぱぁっと目を輝かせた。悠利の作る野菜炒めが大好きなルークスにとって、それを美味しい食材で作ってもらえるならば更に喜びだろう。というか、自分の為に食材を探そうと言ってくれたことが喜びなのかも知れない。
方針が決まったらしい悠利とルークスを見ながら、リヒトは小さく笑っていた。本日の彼の役目は悠利の同行者であり、護衛であり、お目付役である。畑で食材を物色する間は特に問題も起こるまいと、ホッと胸をなで下ろしているのであった。
……いまいち信用されていないあたりが悠利クオリティである。仕方ない。
「それじゃあ、野菜を探しに行くので良いんだな?」
「はい。野菜炒めなので、葉物野菜が植わってるゾーンですね!」
「キュピー!」
三人並んで歩きだす悠利達の姿を、すれ違う大人達が微笑ましそうに見ているのであった。多分、兄弟か何かに見られているのだろう。天真爛漫な弟と、しっかり者の兄と、ペットの散歩に見えるかも知れない三人だった。……え?従魔はペットじゃない?今更です。
そんなこんなで畑の、特に葉物野菜が植わっているゾーンに辿り着いた悠利は、青々と茂る野菜達にキランと目を光らせた。【神の瞳】さんによる鑑定スタートである。どうせ手に入れるなら、より美味しい野菜の方が良いに決まっている。
「リヒトさん、あっちの列の向こうから二つ目の大きな白菜お願いします。ルーちゃん、小松菜収穫しに行くよー!」
「了解」
「キュキュー!」
鑑定系チート
なお、どこまでも親切設計なこのダンジョン、それぞれのゾーンの入り口に、収穫に使う道具が置いてあったりする。白菜や小松菜などの葉物は、根の部分を刃物で切って収穫する。その為のナイフが置いてあるのだ。
ついでに言えば、変なところでダンジョンマスターの意向を反映している。その道具類は「ダンジョン内の素材を収穫する」という目的の為にしか使えない。簡単に言えば、切れ味抜群で野菜を収穫できるナイフは、それ以外の用途ではくにゃりと曲がるナマクラだった。どういう仕組みかはよく解っていないが、一種の
何しろ、ダンジョン製の道具達である。持ち出しも出来ないようになっているので、誰も深く考えなくなったのだ。全てはダンジョンマスターの思し召しだった。……どこまでも、来客が喜んでくれることを優先する性質がそこにあった。
「葉っぱが立派だねぇ。茎も甘みがあって美味しそうだし。これなら人参やキノコと一緒に美味しい野菜炒めが出来るよ、ルーちゃん」
「キュウ!」
「ナムルにしても良いし、出汁でしゃぶしゃぶみたいにして食べるのも美味しいだろうなー」
さくさくとナイフで小松菜の根を切って収穫する悠利の隣で、ルークスが収穫された小松菜を受け取って
ルークスはスライムなので、ナイフのようにすぱっとカットするのは苦手なのである。毒虫退治のときも、スパスパ切り刻むのは白蛇のナージャの仕事であった。そんなルークスなので、詰め込み作業でもお手伝いを割り振ってもらえて喜んでいるのだった。お役に立ちたいお年頃なのである。
「お、ルークスも頑張ってるな。それじゃ、これもその中に入れてくれるか?」
「キュピ!」
「重いから気を付けてな」
「キュイ!」
白菜を小脇に抱えたリヒトが戻ってきて、ルークスに大きな白菜を手渡す。本当はリヒトが自分で入れれば良いのだが、空気の読める優しい兄貴はルークスのお手伝いの邪魔はしなかった。よろしくな、と笑顔で白菜を渡されたルークスは、真剣な顔で頷いてから伸ばした身体の一部で白菜を受け取り、大事そうに
「リヒトさん、次はキノコのゾーン行って良いですか?」
「好きにしてくれ。今日の俺はただの付き添いだからな」
「ありがとうございます。ルーちゃん、次はキノコ探しだよー!」
「キュイー!」
楽しそうな悠利と、楽しそうなルークス。収穫の箱庭でうきうきわくわくしているという、実に珍しい主従であった。本当に料理が好きなんだなぁと思うリヒトだった。喜んでいるのとはまた別に、悠利達はこのダンジョンを心の底から楽しんでいるのである。別にアトラクションでも何でもないというのに。
そんなわけで、悠利の食材探しはまだまだ続くのだった。……お昼にはダンジョンマスターのところへ行く予定です。一応。
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