トッピング色々カレーパーティー


 食堂のテーブルの上には、普段は使わない簡易コンロが三つ置かれていた。そのコンロの上には、大きな鍋が載せられている。その大鍋の中身は、それぞれ具材の違うカレーだった。

 一つ目の鍋には、ジャガイモ、人参、タマネギという基本に忠実な具材のカレー。二つ目の鍋には、ダンジョンで色々と採取してきた季節感無視の様々なキノコの詰まったカレー。そして三つ目の鍋は、茄子やトマト、ピーマンなどが入った夏野菜カレー。基本のカレールーは同じながら、具材と旨味を出すために使った出汁が異なる三種類のカレーが用意されている。

 なお、どのカレーにも肉や魚は入っていない。その代わり、コンソメや鶏ガラ、牛骨、豚骨、ニンニクなどで旨味とコクを加えているのだ。肉や魚介類を入れていないことに関しては理由があるので、誰もそれに文句は言わなかった。

 というのも、本日は様々なトッピングで自分好みのカレーを食べるカレーパーティーなのだ。いつもの、完成形のカレーを楽しむのとはひと味違う。トッピングを加えることで色々な味を楽しめるという日なのである。

 ついでに、サラダバー宜しくグリーンサラダも用意されているので、カレーに飽きた人はサラダで口直しをして貰う予定である。本日のサラダはシンプルにレタスとキャベツとタマネギ、フェンネルに彩り担当のパプリカが入っているぐらいだ。手間のかかるポテトサラダなどは用意されていない。何しろ、本日のメインはカレーなので。


「ライスかパンかは各自で選んでくださいねー。カレーはこちらの三種類、トッピングは隣のテーブルに置いてあるので、各自で好きに食べてください。サラダもお好みでどうぞ」


 にこにこ笑顔で悠利が告げれば、皆は静かに頷いた。どうぞ、と促されて各々、自分が希望するカレー鍋の前へと移動する。特に喧嘩も順番争いも起きないのは良いことであった。そして悠利は、シンプルなジャガイモのカレーをご飯の上にかけてご満悦である。まずは基本に忠実に、ということだ。

 ちなみに、お代わり推奨のカレーパーティーなので、器は全員小振りである。色んなトッピングを何度も楽しんで貰おうという悠利の考えだった。大食漢のメンバーは少し物足りなさそうな顔をしていたが、ずらりと並んだ豊富なトッピングを見て考えを改めたらしい。様々な味を楽しめば良いのだ、と。

 悠利が最初に選んだトッピングは、ふんわりと仕上げたスクランブルエッグとチーズだ。カレーの熱でとろりとチーズが溶けるのを確認すると、にこにこ笑いながら席に着く。スプーン片手に頂きますと小さく挨拶をすると、ふわふわのスクランブルエッグと溶けたチーズが混ざったカレーを、下のご飯ごと掬って口に運ぶ。

 カレーのスパイシーさを、スクランブルエッグとチーズがまろやかに変えてくれる。スクランブルエッグはカレーと食べることを考えて薄めの塩胡椒しかしていないが、バターで焼いたので風味がしっかりとある。チーズは、まろやかさだけでなくほのかな塩気があるので、それがカレーと合わさって口の中に広がるのである。


「んー、美味しいー」


 トッピングとしてはそこまで異質ではない、悠利の中ではある意味基本中の基本とも言えるものである。玉子とカレーの相性の良さは半熟玉子カレーパンでも証明されている。そして、チーズとカレーの相性もカレードリアが存在するので間違いはないと思っている。まぁ、その辺は好みなのだが、少なくとも悠利にとってはこの組み合わせは黄金鉄板であった。美味しいものを堪能できて幸せなのだ。

 自分の中で美味しいと思っているものと美味しいと思っているものを組み合わせたら、最上級に美味しいものが出来た、みたいな感じだ。他の皆も、思い思いに自分の好みのトッピングを試して楽しそうにしている。カレーの無限の可能性が花開いた感じであった。


「あ、ユーリは玉子なんだ?」

「そういうレレイはやっぱりお肉なんだ?」

「うん!お肉いっぱい載せてみた!」


 にぱっと幸せそうな笑顔を見せるレレイが手にした器には、彼女の言葉通りに肉が山盛りになったカレーがあった。カレールーと肉のどちらが多いだろうか?みたいな盛りつけであるが、気にしない。トッピングカレーを楽しむ本日は、ある意味無礼講なのである。野暮なことは言いっこなしだ。

 レレイがカレーの上に積み上げているのは、塩胡椒で味付けをした薄切りのバイソン肉だった。そもそも彼女はバイソン肉が好きで、カレーの具材でもバイソン肉の時は特に大喜びするのである。だからこそ、トッピングとして並べられていた薄切りのバイソン肉に飛びついたのだろう。

 いただきまーすと笑顔でスプーンにがっつりと肉とカレー、そしてご飯を掬ったレレイは、ばくんとそれを口に頬張る。熱くないのかな?と悠利がちょっと心配そうに見ているが、彼女は自分の猫舌を解っているので、ちゃんと冷ましてから持ってきたのである。

 もごもごと口いっぱいにカレーライスを頬張りながら、レレイは幸せそうな笑顔を見せている。口を閉じているので喋れないが、美味しいね、と言いたそうなのが伝わってくる。ちなみに、レレイが選んだのは夏野菜カレーなので、野菜の旨味とバイソン肉の旨味がタッグを組んで彼女の口の中で暴れている状態であった。

 バイソン肉は牛肉みたいな味をしているので、カレーとの相性は抜群である。なので、レレイがご満悦なのも無理は無かった。


「うぉ、お前肉山盛りすぎだろ」

「そういうクーレもカツがてんこ盛りですけど?」

「ん?ちゃんとカツの下に、ほうれん草とか茄子とか載せてきたぞ?」

「流石クーレ」


 人のこと言えなくない?と悠利に示唆されたクーレッシュは、ちっちっちと指を振るとスプーンでそろりと自分の器に盛りつけてあるカツを持ち上げて見せる。確かに、そこには彼の発言の通りに茹でたほうれん草と焼いた茄子が転がっていた。選んだカレーはキノコカレーらしいので、トッピングで野菜を補充したというところだろう。

 ちなみに、クーレッシュが持ってきたのはオーク肉の一口カツだ。お代わりがしやすいように、他のトッピングとも一緒に食べやすいようにと、悠利は本日カツやハンバーグを一口サイズで作っているのである。これならば、小食なメンバーもお試しが出来るだろうという感じで。

 悠利とレレイの向かいに座ると、クーレッシュもいそいそとスプーンをカレーに差し込んだ。そのまま、一口サイズのオーク肉のカツごとカレーライスをばくんと口の中に入れる。塩胡椒と少量のハーブで薄味で仕上げられたカツと、キノコの旨味をふんだんに取り込んだカレーのバランスは最高だった。

 いつものように野菜から水分が出るわけでは無いので、少々スパイスがきいているイメージがある。だがしかし、決して辛すぎるわけではない。キノコの旨味が広がって、辛いけれど美味しいという感じだ。オーク肉の一口カツも絶品で、衣がカレーを吸い込んでくたりとするのもまた美味であった。

 思い思いにカレーを堪能しているのは、何も悠利達若手ばかりではない。カレーは大人組にも大変好評な料理で、皆それぞれ自分にとって最適のトッピングを探して食べているのだ。


「野菜カレーに野菜を追加出来るのも良いですねぇ」


 おっとりと楽しそうに笑いながらそんなことを呟いているのは、ジェイクだ。食が細めで、肉にそこまで欲求の無い学者先生は、夏野菜カレーに茹でたブロッコリーやコーン、焼いた茄子、茹でたほうれん草と小松菜などを追加して、野菜マシマシカレーを楽しんでいた。

 なお、米ではなくパンで食べているので、ほぼカレー単体を味わっているという方が近い。カレーをスープか何かと勘違いしているような食べ方であるが、当人が幸せそうなので問題はないだろう。

 というか、自分の食の細さを自覚しているので、主食を減らしてカレーを堪能しているだけだった。その程度には、ジェイクもカレーが好きなのである。

 ブロッコリーのほのかな甘みも、茄子の旨味も、ほうれん草や小松菜のしんなりとした食感も、カレーとの相性は良好だった。特に、甘みを含んだコーンはカレーの辛さを和らげてくれるので、カレーのみで食べているジェイクには大変ありがたかった。


「お前、それは流石に盛りすぎじゃねぇか……?」

「完食するから問題ない」

「……そうか」


 呆れているアリーの目の前には、一口サイズのハンバーグ、バイソン肉のカットステーキ、バイパー肉のムニエル、ビッグフロッグの塩焼きと、様々な肉を詰めこんだカレーを作り上げたブルックがいる。細身に見えて大食漢のブルックは、己の胃袋を満たすために肉三昧カレーを堪能しているのである。

 そもそも、ブルックの本性は竜人種バハムーンという人と竜の二つの姿を持つ種族である。彼らは戦闘民族とまで言われるほどに高い身体能力を誇ると同時に、その能力に見合うだけの胃袋も持ち合わせている。無論、燃費が悪いわけではないので人に合わせて適度なところで腹八分目にすることも可能だ。だがしかし、遠慮無く肉を食べて良いのなら遠慮はしない、みたいなところがあるブルックであった。

 隠れ甘党(クランメンバーにはちっとも隠せていないが)のブルックであるが、酒と菓子類は甘い方が好きなだけで、別に辛い食べ物が駄目なわけではない。そして、スパイスの香りで食欲をそそるカレーは彼も普通に好きだった。なので、肉マシマシカレーになっているのである。

 とはいえ、あまり肉ばかり食べていては栄養バランスがどうのと言われることも理解している剣士殿は、ちゃんとどかんとサラダも山盛りにして持ってきていた。ぬかりなし、である。ついでに、これはまだ一杯目なので、これからどんどん食べるつもりだった。今はカレーライスにしているが、次はパンで食べようとか考えているのだ。

 そんなブルックをジト目で見つつも、悠利が許可している無礼講なトッピングパーティーなので、アリーもそれ以上は何も言わなかった。ちなみに、そんな彼はシンプルに基本のカレーに温泉玉子を載せているだけだった。


「お前は肉は食べないのか?」

「……もうちょい落ち着いてからにする」

「……なるほど」


 トッピング用の各種具材は悠利がこれでもかと見習い組達と大量に作り上げているので、食べきれないだろうと思うほどの分量があった。ちなみに、残ったら残ったでそのまま翌日のおかずにリメイクされるだけなので、何も問題は無い。

 その、トッピングが並んでいる場所では、特に肉のゾーンで若手達がわいわいやっているのである。それを押し分けてまで肉を取りに行く気になれなかったアリーであった。どうせまだお代わりするのだし。

 なお、温泉玉子を割ってカレーを食べると、半熟の黄身ととろりとした白身がカレーと絡まって、まろやかになる。口を刺すぴりぴりとしたスパイスが弱まる気がするので、自然と口に運ぶ手も早くなるアリーだった。


「おや、アロールはバターも載せたのか?」

「……溶けたらまろやかになるって、ユーリが」

「なるほど」


 キノコカレーにカツとハンバーグ、そして大量のチーズを載せているフラウが、自分と同じように大量のチーズを載せているアロールの器を見て問い掛けた。それに対するアロールの返事に、フラウは納得するのだった。大人びていてもアロールは十歳児である。カレーは嫌いでは無いが、彼女には少し辛いのだ。

 パンとサラダ、それにカツにハンバーグとチーズでトッピングしたカレーを美味しそうに食べるフラウの姿を見つつ、アロールもそっとスプーンを口に運ぶ。彼女が選んだトッピングは、大量のチーズとバター、そしてコーンである。夏野菜カレーのごろごろとした野菜も、チーズが絡まって実に美味しそうだ。

 ぱくんと口の中にスプーンを迎え入れるアロール。悠利の言葉通り、バターがカレーの辛さを和らげてくれている。それに、チーズとコーンも同じ役目を果たしている。彼女は元々チーズが好きではあるが、辛いカレーがまろやかになってくれるとあってはより一層嬉しいのであった。


「あら、チーズも美味しそうですわね」

「ティファーナは何をトッピングしたんだ?」

「うふふ。私は、キノコカレーにキノコソテーのトッピングです。目一杯キノコを食べてみようかと思いました」

「なるほど。それも楽しそうだな」

「えぇ」


 お待たせしましたと現れたティファーナは、フラウとアロールのカレーにかかっているチーズを見て楽しそうに微笑んだ。そんな彼女のカレーは、宣言通りにキノコカレーにキノコソテーが載せられた、キノコマシマシカレーである。バターで炒めたキノコソテーは、風味豊かなだけでなくカレーをまろやかにしてくれる。ついでに、キノコはヘルシー食材というのも大きいだろう。

 いつものように穏やかに微笑みながら、ティファーナは小さくちぎったパンをキノコカレーに浸して食べる。やわらかなパンはカレーを吸い込んで白から茶色へと変色するが、それが食欲をそそるのだから不思議だ。ぱくんと口の中にパンを入れて幸せそうに微笑むティファーナ。彼女もまた、カレーの美味しさに魅了された一人であった。


「今日は珍しく大量であるな、イレイス」

「あ……。魚介類が大量だったので、つい……」

「よいよい。ユーリもそれを見越して用意したのであろうよ。我も頂いて参った」


 からかうようなヤクモの言葉に、イレイシアはちょっと困ったように微笑んだ。そんな彼女の前には、シンプルなカレーにこれでもかと載せられた魚介類が目立つ。エビ、イカ、ホタテなどのバター炒めに、エビフライと白身魚のムニエルだ。普段小食な彼女にしては珍しく、具材がどっさりなのである。

 とはいえ、それも無理は無かった。人魚であるイレイシアは、魚介類が大好きなのだ。勿論彼女はいつものカレーも美味しいと思っているが、やはり、肉より魚。トッピングで大好きな魚介類を盛りつけられるとあって、いつもより多めに盛ってきてしまったのである。

 恥ずかしそうにするイレイシアにからからと笑うと、ヤクモはそのまま彼女の向かいに座る。その彼の器も、言葉の通りに魚介類で満ちていた。こちらは、バター炒めと醤油で和えたツナをトッピングしている。どちらも味付けは控えめにしてあるので、カレーの味を阻害することはない。

 ツナの醤油和えを見たイレイシアが、小さくあら?と呟く。その呟きの意味を理解しているヤクモは、にんまりと笑った。


「うむ。無理を言って鰹節とじゃこを追加させて貰ったのだ」

「まぁ……」

「我には美味であるが、カレーに合うかどうかは個人差があるのでな」

「そうですわね」


 ヤクモの言葉にイレイシアは静かに微笑んだ。彼女自身は特にツナの醤油和えに鰹節とじゃこを追加したいとは思わないが、ヤクモがそれらの食材を好んでいることは知っている。今日は自分の好きなカレーを楽しむ日である。野暮なことを言うのは無しである。

 そうしてお互いに向けて柔らかな笑みを向けた彼らは、自分好みに作り上げたカレーを食べることにする。両者ともに魚介類をトッピングしているが、仕上がりは少々異なる。そもそも、ベースのカレーが違うのだ。シンプルなカレーを食べているイレイシアに対して、ヤクモが選んでいるのは夏野菜カレーである。

 カレーのスパイスと共に広がる魚介の旨味を堪能しつつ、時折顔を見合わせて笑みを浮かべるヤクモとイレイシアであった。実に平和な空間が構築されていた。


「玉子ー、玉子ー、たっまっご~」

「……ヘルミーネ、流石にそれは、玉子塗れになっていないか……?」

「え?美味しそうじゃない?」

「……いやうん、どれか一つなら美味そうだと思うが……」

「そう?」


 うきうきるんるんで器にトッピングを盛りつけているヘルミーネの姿を見下ろしながら、リヒトは思わず口を開いていた。ツッコミを入れざるを得なかったのだ。彼は悪くない。

 何しろ、不思議そうにリヒトを見上げて小首を傾げるヘルミーネの器は、玉子だらけだった。半熟とろとろのスクランブルエッグ、黄身が半熟でぷるんとしている目玉焼き、更には小振りに作られたミンチとジャガイモ入りのオムレツに、トドメに温泉玉子である。もはや、カレーが見えないぐらいに玉子尽くしだった。

 ちなみに、ヘルミーネの言い分としては、どれも美味しそうだから選べなかった、ということになる。バターの風味が食欲をそそる半熟のスクランブルエッグ。オリーブオイルでこんがり端っこが焼かれた目玉焼き。ミンチとみじん切りのジャガイモをケチャップで味付けしたものが入っている小振りのオムレツ。そして、シンプルだからこそ美味しい温泉玉子。どれをカレーに合わせても美味しいと解っていて選べなかった彼女は、全部載せることに決めたのだ。


「……というか、食べきれるのか?」

「え?ライス控えめにしたから大丈夫ー!」

「もうそれ、カレーじゃなくて玉子を食べてるだと思うのは俺だけか?」

「美味しいから良いの!ユーリの作る玉子料理はどれも美味しいもん!」

「いや、それは解ってるが……」


 俺が言いたいのはそういうことじゃ無いんだが、と静かにツッコミを入れるリヒトであるが、ヘルミーネは聞いていなかった。美味しいから良いの!ときっぱり言い切って席へと戻っていく。あれだけ玉子塗れでは、カレーの味が解らないんじゃ無いだろうかとちょっと心配になっていたリヒトは、思わずため息をついた。

 そんな彼の肩を、ぽんぽんと叩く掌があった。それほど大きくなく、ついでにそこまで力の入っていない掌だ。振り返ったリヒトの視界には、にこにこ笑う悠利がいた。


「ユーリ?」

「今日は好きなモノ載せても良いって言ってあるので、大丈夫です」

「そうか?」

「はい。肉の代わりに玉子を食べてるみたいですし」

「それなら、お代わりにすれば良いと思うんだがなぁ……」

「……まぁ、それは僕も思いましたけど」


 好きにさせてあげましょうよ、と笑う悠利に、そうだなと笑うリヒトだった。

 そんなリヒトの器には、シンプルなカレーに茹で野菜とエビフライが載っていた。お肉は?と問い掛けた悠利に、リヒトはポリポリと頬を掻きながら、もう食べたと笑うのだった。見た目通りに胃袋の大きなリヒトは、地味にこれが三杯目なのである。早いなぁと感動する悠利だった。

 悠利はまだ二杯目なのだが、次はお肉にしようと夏野菜カレーの上にバイソン肉のカットステーキを載せていた。一口サイズにカットしてあるので、欲しい分量だけ採れるのがありがたかった。悠利はそこまで肉食ではないので。

 お代わりのカレーを手にして席に戻ろうとした悠利は、何やら言い合いをしている見習い組達のテーブルに視線を向けた。ただ、喧嘩をしているわけではなさそうだったので、そのまま去って行く。今回は確実でトッピングなので、いつものような争奪戦も起きていないようだった。

 ちなみに、見習い組達は喧嘩をしていたのではないが、各々が一番美味しいと思うカレーについて言い合っているのであった。美味しいは人の数だけあるので仕方ない。


「だからさ、肉も確かに美味いけど、野菜を追加するのも美味いんだって」

「それはお前の好みだろ?俺は肉の方が良いんだよ」

「肉ばっかり食ってたらバランス悪いって怒られるぞー」

「サラダもちゃんと食ってんだろ」


 シンプルなカレーに茹で野菜を色々とトッピングしているカミールの主張を、夏野菜カレーに肉を載せまくっているウルグスが退けている。どちらも自分が美味しいと思って食べているカレーの良さを訴えているのだが、相手も一歩も譲らないという状況なのだろう。ただし、いつも通りの軽口なので、決して揉めているわけではない。

 そしてウルグスは、肉ばかり食べていては身体に悪いと言われることも考慮して、ちゃんと山盛りのサラダも用意していた。カレーは肉で楽しんで、足りない分はサラダで補おうと思っているのだ。一応ちゃんと考えているのである。

 そんな二人のやりとりを見ながら、ヤックは黙々とミニコロッケを載せたカレーを食べていた。ちなみに、多少手間ではあったものの、ミニコロッケも幾つか種類が作られている。シンプルなポテトコロッケ以外に、皆大好きツナマヨコーンコロッケ、甘みが魅力的なカボチャコロッケが用意されているのである。

 いずれも食べやすいように何時もより小振りに作られているので、ヤックはうきうきと全種類盛りつけてご満悦だ。彼はコロッケが大好きなのである。一番好きなのはシンプルなポテトコロッケだが、それ以外のコロッケも大好物だ。どれくらい大好物かと言うと、夕飯で残った分をそっと確保して、翌朝の賄いでコロッケサンドにして食べるぐらいには、である。


「カミールもウルグスも、自分が好きなの食べてるならそれで良いじゃん」

「そうだけどさー。茹で野菜増量も美味いぞ?」

「肉増量も美味いぞ?」

「それ言うなら、コロッケカレーも美味しいよ?」

「「…………」」


 二人を宥めにかかったヤックであるが、話題を振られては一歩も引かない。にっこり笑顔でコロッケをスプーンで持ち上げてみせる見習い組最年少。あ、こいつも譲るつもりないな、と理解するカミールとウルグスだった。

 ちなみに、そんな三人を無視するかのように、マグは一人黙々とカレーを食べていた。既にお代わり何回目か解らない程度に食べているが、今日は器が小さいのでまだそれほど皆に驚かれては居なかった。カレーはルーを作るときにもカレーを作るときにも出汁を使っているので、マグお気に入りの料理でもあるのだ。

 なお、そんなマグのお気に入りのトッピングはというと……。


「……なぁ、それ、美味いのか?」

「美味」

「そうか……。俺にはちょっと解らねぇわ……」

「美味」

「解った解った。お前は美味いなら、食ってろ」

「美味」


 ウルグスの問い掛けに、マグはいつも通りの無表情で答える。本当に美味しいのかと言いたげなウルグスに、ちょっとムッとしたように美味しいと繰り返すマグである。だがしかし、カミールとヤックもちょっと首を捻っている。そのトッピングが本当に美味しいのかは、彼らにはさっぱり解らないのだった。

 ちなみに、そんなマグが堪能しているトッピングは、とろろオクラである。すり下ろした山芋と茹でて輪切りにしたオクラを混ぜたもの、である。下味として軽く白だしで味付けがされているので、そのまま酒の肴として食べられそうな逸品だ。

 マグはそれを、カレーと混ぜてカレーライスを堪能しているのである。傍目には変な組み合わせに見えるかも知れないが、カレーのスパイスを和らげてくれるので、意外といけるのだ。……まぁ、マグとしては出汁の風味増量という誘惑があるのも事実であるが。


「まぁ、ユーリが用意したトッピングだから、多分美味しいんじゃね?」

「ならお前後で試せよ」

「いや、他のトッピング食べないとダメだから、無理」

「真顔で返事すんな」


 ウルグスに水を向けられたカミールは、キリッとした真顔で返事をした。そう、トッピングはまだまだ色々な種類があるのだ。食べたいものを食べるのを優先しなければならないのである。


「わー、カミールそういう顔してると格好良いー」

「ありがとよ!」

「でもいつもの顔に戻ると別にそうでもない」

「ヲイ」


 普段と違う真面目な表情を見せたカミールにヤックが声をかければ、すぐにいつもの顔に戻ったカミールが親指を立ててウインクしてみせる。しかし、それに投げ返されるのは色々アレな意見だった。見習い組は今日も仲良しです。


「美味、美味」

「……まぁ、マグが大人しく食ってるって考えたら、良いんじゃね?」

「「解る」」

「肉取られる心配ねぇし」

「野菜取られる心配ないし」

「コロッケ取られる心配ないし」


 うんうんと大真面目な顔で頷く三人に、食べるのを止めたマグが不思議そうな顔で同輩達を見る。こてんと首を傾げたマグに、そのまま食べてろと促したのは三人同時だった。好物に対しては食欲お化けになるマグと争奪戦など、真っ平ごめんだと思う三人なので。

 そんな見習い組達のやりとりを見ていた悠利は、ふと正面で食べているクーレッシュの器に気づいてぽかんとした。


「どうした、ユーリ?」

「えーっと、クーレ、サラダに温泉玉子載せてるの?」

「美味いよな」

「うん、美味しいけど。カレーには載せないんだ?」

「カレーは肉の気分」


 でも温泉玉子も食べたかったんだよなーと笑うクーレッシュは、サラダの上に載せた温泉玉子を崩して温玉サラダを楽しんでいる。悠利の隣でもぐもぐと肉増量カレーを食べていたレレイは、それを見て目を輝かせた。


「それ美味しそう!あたしもするー!」

「へいへい、サラダも温泉玉子もまだまだあったから大丈夫だろ」

「美味しいものいっぱい楽しいね、ユーリ!」

「喜んでもらえて良かった」


 にぱっと笑うレレイに、悠利も思わず笑顔になる。そもそもこの、様々なトッピングで楽しむカレーパーティーの発端は、クーレッシュとレレイにあるのだ。先日、色んな種類の玉子を載せたら美味しいから、トッピングの組み合わせで色々楽しめるという話題が出たときに、二人が是非ともやってくれと言ったからである。なので、その二人が喜んでくれているのが嬉しい悠利だった。

 それに、各々が好きなトッピングで楽しめるということは、いつものように誰かの好みにだけ寄っているということが起きない。皆が大好きなカレーを、それぞれが一番好きな味で楽しめるという、ある意味夢のような状況だった。


(準備は大変だったけど、皆が喜んでくれて良かった)


 悠利と一緒に見習い組もトッピングの準備を頑張ったのだ。その努力が報われた気がして、とても嬉しい悠利だった。自然とこぼれたその笑顔は、ほんわかとしたいつもの笑顔でありながら、どこか誇らしげでもあった。




 なお、何だかんだで三つのカレー鍋も大量のトッピングも、その殆どが皆の胃袋に収まるのでありました。カレーは大人気です。




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