皆の冒険のお供に、不思議な解毒薬
「それでは、作ってみましょうか」
「はい」
その日、
採取ダンジョン《収穫の箱庭》で手に入れた星見草は、今はもう花の部分は存在しない。綺麗に切り取られたその花は、先日調香師であるレオポルドの手によって香料へと加工された。今残っているのは、茎、葉、根の部分である。そしてそれらは、薬の材料として重宝されていた。
「星見草は、全部入れちゃうんですよね?」
「えぇ。これを作るには全部必要ですね」
「解りました」
悠利の問い掛けに、ジェイクはのんびりと答える。書物を片手に微笑む姿は学者先生らしいと言える。ジェイクの指示に従い、悠利は必要とされる材料を全て錬金釜に入れていく。
……見る人が見れば、今すぐ回れ右をして見なかったフリをするか、何をやっているのか全力で問いただしたくなるコンビであった。無自覚にやらかす天然小僧と、自覚していても好奇心だけで突っ走るダメ大人。以前も色々やらかした二人が、今回も手を組んでいた。
ただし、前回までとは違う部分がある。それは、どちらが主導したか、だ。
そう、今回は悠利の方から話を申し出たのだ。今までは、知的好奇心を満たすためにジェイクが悠利に協力を求めていたのだが、今回は違う。悠利が、星見草の有効活用の方法を模索する課程で、情報通であろうジェイクに話を聞いて協力を願ったのである。
…………そこ、保護者にバレたら大変なことになるとか、何で自分から地雷を踏み抜きに行くんだとか言わない。一応悠利にも目的とか理由があるのです。知的好奇心だけで突っ走ってるジェイク先生と一緒にしてあげないでください。え?やらかす度合いが同じだからフォロー出来ない?……その件については置いておいてください。
「それじゃ、スイッチオーン」
材料を全て錬金釜に放り込むと、蓋を閉めてスイッチをポチッと押す。途端に、ガタガタと音を鳴らしながら錬金釜が動くが、しばらく放置である。材料を入れてスイッチを押すだけで完成品を作ってくれるというハイパーミラクルな
錬金釜が止まるまでの間に、テーブルの上を片付ける。材料を並べたせいで汚れている部分を、丁寧に拭いてしまうのはきっと、性分である。ジェイクは興味深そうにずっと錬金釜を見ていた。錬金
まぁ、錬金釜は不思議の塊と言われる
……その代わりのように、錬金釜を使って何かをしたいときは、悠利を巻き込んでアレコレやるのだけれど。基本的に悪意も害意もないのだが、規格外にすっ転ぼうとまったく気にしないのが彼の困ったところであろう。ジェイク先生は学者らしく、常に知的好奇心を満たすためだけに生きている。
そうこうしているうちに、ぱこっという軽い音を立てて錬金釜が止まる。蓋が「出来上がったよー」とでも言うように少しだけ外れていた。それに気づいたジェイクがうきうきした顔で悠利を呼ぶ。
「ユーリくん、出来上がったみたいですよ」
「え?あ、本当だ。止まりましたね」
待ち時間の間に部屋の掃除をしていた悠利は、ジェイクに呼ばれて錬金釜のところへと戻ってくる。蓋を外して中をのぞき込むと、目当ての品物は出来ていた。栓を差し込んで蓋をするタイプの硝子瓶の中で、夏空のような明るい水色の液体が揺れている。
「完成ですね」
「だと思います」
取りだした硝子瓶を見て、二人は満足そうに頷いた。とはいえ、本当にそれで完成しているのかを確かめるためにも、悠利は【神の瞳】で鑑定を行うことにした。違うものが出来上がっていたら困るので。
果たして、【神の瞳】さんの鑑定結果はというと。
――万能解毒薬(最上質)
ありとあらゆる毒を無効化する最上位の解毒薬です。なお、品質も最上となっています。
使われている材料は一般に販売されているものと同じ材料です。
ただし、使用者の技量と錬金釜の品質のお陰で、最高品質を叩き出しました。
なお、最上質であるので、普通よりも少ない量で解毒が完了します。省エネ仕様です。
万能解毒薬は市販されてはいますが、主材料となる星見草がレア植物であることもあって高額です。
取り扱いには万全の注意を図り、いらぬ騒動にならぬように気を付けてください。
今日も【神の瞳】さんは絶好調だった。最近悠利は、アップデートされまくっている【神の瞳】さんが、実はナビゲーターか何かなんじゃないかと疑ってしまうことがある。とはいえ、解りやすい説明だし、注意喚起もしてくれるのでありがたいと思っているのも事実だ。
そして、思った通りの品物を、思った通りの品質で作り出したことを理解して、大真面目な顔で頷いた。そう、悠利はこの薬がこういう鑑定結果を叩き出すだろうことを理解した上で、ジェイクに協力を頼んで作り出したのだ。
「ジェイクさん、出来てます。万能解毒薬です」
「流石ユーリくんですねー」
「流石かどうかは解らないですけど、ちゃんと出来ちゃいましたねー」
「そうですねー」
のほほんとのほほんがのんびりと会話をしているが、とてもではないがそんな状況ではない。万能解毒薬自体は薬屋でも販売しているし、作成できる薬師や錬金術師はいる。以前作り出した、完全欠損回復薬とかいう、存在だけで周囲がひっくり返りそうな薬に比べれば、一応まだ、常識の範囲内である。
だがしかし、それでも高額の薬であることにかわりはない。のんびりのほほんと「出来ましたねー」と笑って良い物体ではないことは確かである。
とはいえ、悠利とて一応学習している。ジェイクは学習していないかもしれないが、悠利はちゃんと学習しているのだ。こんなレア薬を差し出したら、保護者代表のアリーにこっぴどく叱られることぐらい、解っている。
解っているので、今回はここからもう一手間加えることに決めているのだ。成功するか失敗するかは解らない。失敗して、素材が無駄になるかもしれない。とはいえ、星見草は悠利がダンジョンの宝箱で手に入れたものだから元手はタダだ。ジェイクに頼んだ材料に関しても、彼が今まで色々実験や研究をするのに溜め込んだもので余っている素材だったので、特に問題はない。一応相場の金額は払っているので。
「それじゃ、ここからが本番ですね」
「成功すると良いですねー」
「……ところでジェイクさん、何でそこでペンを片手にうきうきしてるんですか?」
「え?そりゃ、初の試みなので、きっちり記録を取らないと」
「…………そうですか」
知的好奇心の塊である学者先生は、今日もマイペースだった。成功するか否かと考えながらちょっと緊張気味の悠利と異なり、うっきうきである。さぁ、早くやってください!とでも言いたげなキラキラした目である。……人生楽しそうだなぁと思う悠利だった。
「……で?」
半眼で見下ろしてくるアリーの前で、悠利とジェイクは正座をしていた。彼らの傍ら、リビングのテーブルの上には、数本の硝子瓶が転がっていた。中身は、よく見たら色が付いていると解る程度の薄い水色の液体である。遠目からでは透明の水に見える程度には、その色は薄い。
「……あの、アリーさん」
「何だ」
「何で僕たちは、お話を持ちかけた段階で正座をさせられているのでしょうか……」
「そうですよ、アリー。せめて話を聞いてからにしましょうよ」
「お前らが手を組んで何かを作ってきたと聞いて、説教案件じゃないと判断する奴がいるのか?」
「「……ひどい」」
おずおずと問い掛けた悠利と、いつもの口調で提案するジェイクを、アリーは一刀両断した。今までが今までなので、説得力がありすぎた。しかし、一応今回は色々と考えて自重して頑張った結果を伝えに来たつもりなので、二人としてはちょっと納得できない。
……まぁ、今までを振り返れと言われたらそれで終わってしまうのだが。天然マイペースと自重しない男がタッグを組んだ結果のアレコレは、お説教案件でしかなかったので。
「でもあの、今回はちゃんと調整したんです」
「あ?」
「これ、僕が作った解毒薬です」
「……解毒薬?」
アリーの目が訝しげに細められる。お前何でそんなもん作ってんだ、というツッコミではない。お前が作った段階で、それは普通の解毒薬じゃないんだろ?という意味である。間違ってないので悠利は小さく頷いた。一応、普通と違うものを作った自覚は、ある。
なので、硝子瓶を一つアリーに差し出しながら、悠利は詳しい説明を口にした。
「元々は、星見草を主材料とする万能解毒薬です。それを薄めて、効果を下げたものになります」
「……お前、何やってんだ?」
「万能解毒薬は高額ですよね?それを皆に配ったらまた騒動になると思ったんで、薄めて効果を下げてみたんです」
「薄めるって、どうやって……」
「水と、あと飲みやすくするのに果物を入れ」
「お前の頭は本当にどうなってんだ」
「痛い、痛いです!」
ぐぐぐっと軽く体重をかけて頭を押さえられて、悠利はばしばしと床を叩きながら訴えた。アイアンクローまではいかないが、アリーからのツッコミは回避できなかったらしい。……まぁ、普通考えないような方法を実行したのは事実なので、仕方ない。
そんな悠利の隣で、一連の作業を記録していたジェイクはのほほんと口を開いた。学者先生は楽しそうだった。新しい製法を目にしてうきうきだったので仕方ない。
「でもアリー、実に面白い試みでしたよ?普通、効果の違う薬を作る場合は材料を変更しますが、ユーリくんは『効果の高い薬を薄めれば効果が下がるかも知れない』という発想で万能解毒薬を薄めて、理想通りの薬を作りましたし」
「……理想通り?」
「えぇ。初級の各種解毒薬と同じ効能を一つにまとめた、初級の万能解毒薬です」
「……何じゃそりゃ……」
見たことも聞いたこともない物体に、アリーが思わず脱力しながら呟いた。その反応も仕方ない。解毒薬や回復薬にはランクがあるが、それらは使用する材料が異なることで効能に変化が出ているのだ。効果の高い薬を薄めたら低い薬が出来ました、という発想は色々と斜め上である。
というか、そもそも、普通は効果を下げようとは考えない。逆の発想は多々あれど、わざわざ自分から効果の高いものを低いものへ変化させようとする者はそうそういない。そんなことをするぐらいなら、低い効果を発揮するお手頃な素材を使えば良いだけなのだから。そういう意味でもやはり、悠利は色々と明後日の方向に突っ走っていた。
そんな風に悠利が手探り思いつきで作り出した不思議な解毒薬。色々と規格外が服を着て歩いている悠利だからこそ出来た芸当なのだろうが、アリーはやっぱり頭を抱えたくなっていた。
そして、そんな彼にジェイクが軽い追い打ちをかけた。
「まぁ、命名はなんちゃって解毒薬らしいんですけど」
「ヲイコラ、ユーリ」
「え?」
「何だそのふざけた名前は」
「いえ、特に思いつかなかったので……」
「お前な……」
伝えたジェイクも、考えた悠利も、けろりとしていた。初級の解毒薬全てを網羅するというチートスペックを詰めこんだ新薬を、「なんちゃって解毒薬」と命名した悠利も、それを笑って報告するジェイクも、相変わらずだった。
「とりあえず、見たことも聞いたこともない薬だが、持ち歩いて使用しても周囲に変に思われない程度の効能だってのは理解した」
「はい」
「で、何でこんなもん作った」
「皆に配ろうかなと思って。星見草、鞄に入れておいても仕方ないので」
「…………お前はそういう奴だよな……」
「はい?」
いつも通りの悠利に、まったくもって何一つぶれないマイペース
じーっと悠利は正座したままアリーを見上げている。配っても良いですか?と目で訴えてくる悠利に、アリーは長く長く息を吐いた後に、口を開いた。
「身内限定。口外禁止。徹底させろよ」
「解りました!」
ぱあっと顔を輝かせた悠利は、テーブルの上に並べていた硝子瓶を学生鞄に詰めこんで、うきうきしながら台所へと去って行った。食事の準備をするのだろう。
その嬉しそうな後ろ姿を見送って、ゆっくりと正座から立ち上がったジェイクが、テーブルに片手をついて身体を支えて痺れた足をぶらぶらさせながら呟いた。
「アリー、何だかんだでユーリくんには甘いですよねぇ」
「喧しい」
「それにしても、あの子の発想は面白いですね」
「……お前が妙に楽しそうなのは、アレコレ記録したからか」
「えぇ」
にこにことご機嫌の学者先生である。じろりと横目で睨まれたジェイクは、解ってますよと笑う。悠利がやらかした新しい製法や、それによって作成されたなんちゃって解毒薬に関して、ジェイクが誰かに伝えることは無い。その辺は弁えているのだ。
「僕の個人的な研究資料が増えただけです」
「お前の研究資料はそんなばっかりだろうが」
「あははは。研究って言うのは、そういうものですよ。表に出せるものなんて、ほんの一握りだけです」
それを嫌だとも辛いとも思っていないジェイクは、やはり根っからの研究者なのだろう。彼はただ、自分の知的好奇心を満たしたいだけなのだから。その研究の中身が世間に認められるかどうかなど、割とどうでも良いという色々ポンコツな男であった。
なお、悠利特製なんちゃって解毒薬は夕飯後にクランメンバーに支給され、皆を驚かせることになるのであった。でも役に立つお薬なので大丈夫です。多分。
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