お手製匂い袋で安眠をどうぞ。

 その日、悠利ゆうりはとある目的を持って香水屋七色の雫を訪れていた。ここは、天下御免のオネェ調香師レオーネことレオポルドが店主を務める店である。悠利は時々遊びに来たり、客として香水を買い求めたりしてお世話になっているのだ。


「レオーネさーん、こんにちはー」

「キュキュー」

「はいはい、いらっしゃい、ユーリちゃん。ルークスちゃんもいらっしゃい」

「お邪魔します」

「キュピ」


 店の扉を潜って悠利が呼びかければ、奥から顔を出した美貌のオネェが微笑みと共に迎えてくれる。何か作業をしていたのだろう。エプロンと腕カバーを付けた作業用の装いだった。それでも輝かんばかりの美貌に陰りは見られない。流石であった。

 店員の少女に店番や売り子を任せているレオポルドは、今も彼女に後を任せて悠利を奥へと誘う。ほぼほぼ顔パス状態の悠利とルークスなので、彼女も何も気にせず笑顔で彼らを迎え入れてくれた。顔馴染みパワー強い。

 そうして奥の作業場へ案内された悠利は、ごそごそと最強の魔法鞄マジックバッグと化している愛用の学生鞄から、花を取りだした。それは、先日採取ダンジョン《収穫の箱庭》にて運次第でそこで採取できるものが何でも手に入る宝箱から入手した、星見草と呼ばれる植物である。


「星見草について聞きたいことがあるんですけど」

「あぁ、この間ダンジョンで見つけたやつね。何が聞きたいのかしら?」


 悠利の問い掛けに、レオポルドは笑顔で答えた。先日のダンジョン探索には彼も同行していたので、何故悠利がそれを持っているのかと問うことはなかった。……例えそれが、レア植物だったとしても。

 星見草の形状はスズランに良く似ている。ただ、花の色は水色であるし、その形は名前を示すように星形をしていた。小さな星形の花が幾つも連なっている姿は愛らしく映る。ただし、最強の鑑定系チート技能スキルである【神の瞳】さん曰く「採取がなかなかに困難」と言われることから察して欲しいが、レア植物である。

 そもそも、運次第で何でも出るとか言う宝箱である、運∞というチート過ぎる能力値パラメータを誇る悠利が、やらかさないわけがない。悠利が開けて、ガチャ宝箱(命名悠利)からレア以下の何かが出てくるわけがない。出るとしたらそれは、一般的な評価は低くても悠利が切望した何かぐらいだろう。


「この花から香料って作れますか?」

「えぇ、作れるわよ。……何か作りたいの?」

「匂い袋に使いたいんで、香料にしてもらえたらなぁと思って」


 ほわりと悠利は笑った。匂い袋を作るには、ドライフラワーや香料を中身に使うのが一般的だ。そして、色々調べた結果、星見草はドライフラワーなどにして花そのものを使うよりも、花から抽出した香料を使う方が持続性や効果が高いことが判明したのだ。

 とはいえ、ご家庭レベルのドライフラワーや押し花は作れても、香料の抽出などやったことがない悠利である。そこで、プロの調香師であるレオポルドにお手伝いを頼みにきたのだった。

 ……え?錬金釜に入れたらそれぐらい出来るんじゃないか?まぁ出来なくもないのですが、当人がその発想に至っていないので、その事実はそっと隠蔽しましょう。錬金釜の使い方としては微妙に違うので。封印が皆のためです。


「匂い袋に?確かに気持ちを落ち着ける効果があるけれど、ユーリちゃんが使うの?」

「いえ、リヒトさんにあげようかと思って」

「何でまた……?」

「気持ちが落ち着いたら、ゆっくり眠れると思いませんか?」

「なるほど」


 にこにこ笑顔の悠利の言葉に、レオポルドは納得した。納得してしまったのである。というのも、リヒトは枕が変わると眠れない程度には繊細なお兄さんなのである。勿論冒険者なので休息が必要なことは解っているが、その辺は体質で仕方ない。なので悠利は以前、彼が安眠できるように綿を縫い込んだ他よりちょっとふかふかの枕をプレゼントしたことがあるのだ。

 それで彼の眠りは改善されたようだが、それでもやはり眠りが浅いのは事実らしい。今も時々目の下に隈がうっすら見えることが多い。なので、それなら少しは熟睡できるようにと悠利も色々と考えてみたのだ。


「眠れないのって辛いじゃないですか?だから、僕に出来ることがあればしてあげたいなと思ったんです」

「ユーリちゃん、貴方本当に良い子ね!」

「うぐっ……」

「任せて頂戴!あたくしが、ばっちりきっちり、星見草の花から香料を抽出してあげるわ!」


 可愛いものを愛でる趣味があるオネェは、感極まったのか悠利をぎゅーっと抱き締めた。なお、見た目は化粧の似合う美人なレオポルドであるが、その前歴はアリーやブルックと共に修羅場をくぐり抜けた冒険者である。今でも、チンピラの一人や二人や片手ちょっと上ぐらいは軽くひねれるようなオネェ様である。

 ……何が言いたいかと言えば、着痩せするタイプ故にまったくそういう風に見えないが鍛え上げた筋肉の逞しい胸板と、それを維持することによって今も衰えを見せない腕力で抱き締められた悠利が、ちょっと苦しい思いをしているということだ。もっとも、加減を忘れる馬鹿力でレレイに抱き締められるときを思えば、そこまで苦しくはないのだけれど。

 ただ、悠利至上主義のルークスが、少し苦しそうな顔をした悠利を心配そうに見上げて、ちょろりと伸ばした身体でレオポルドの足をぺちぺち叩いているだけである。攻撃意志は見せていない。ただ、心配そうにぺちんぺちんとレオポルドの足を叩くのだ。


「あら、ルークスちゃんどうしたのかしら?」

「キュピ!キュイキュイ!」

「残念だけど、あたくし貴方の言葉は解らないのよ?……あら、ごめんなさいユーリちゃん。ちょっと力が強かったかしら?」

「あ、大丈夫です。びっくりしただけですから」

「そういうことね。ありがとう、ルークスちゃん」

「キュ!」


 何故ルークスが自分の足を叩いていたのかを理解したレオポルドは、即座に悠利を解放すると賢い従魔の頭を撫でた。自分の意見が通じたのが嬉しいのか、ルークスもにこにこしていた。


「それじゃあ、あたくし香料を抽出してくるわね。出来上がったら届けましょうか?」

「お邪魔じゃないなら待ってます。お掃除とかして」

「やらなくて良いから、お茶でも飲んでなさい」

「えー……」

「キュー……」


 キリッとした顔で言い切った悠利を、レオポルドは一刀両断した。家事を免除されている日まで余所で家事しなくて良いの、というオネェのツッコミである。だがしかし、乙男オトメンは家事大好きなので、不服そうだった。その足下で、同じく掃除が大好きなスライムも不服そうだった。似たもの主従である。

 とはいえ、家主の意向を無視して勝手に掃除をすることも出来ないので、悠利とルークスは大人しくお茶を飲み、おやつを食べて、レオポルドが香料を作り上げるのを待つのであった。なお、お茶はレオポルドが用意してくれたものだが、おやつは悠利が学生鞄から取りだした自前品である。今日のおやつは以前大量に作った塩クッキーである。さっぱりした味わいが実に美味であった。

 その後、レオポルドが作ってくれた品質も完璧な星見草の香料を受け取った悠利は、どうせならそこで作業しなさいと言われて、うきうきと匂い袋を作った。なお、香料を抽出してくれたお礼にと、レオポルド用に小さいものを作って渡して、大喜びされるのだった。




 そして、その日の夜である。夕飯を食べ終えて皆がリビングでくつろいでいるところへ、片付け諸々を終えた悠利はやってきた。各々好きに過ごしているそこに、目当ての人物であるリヒトの姿を見つけて、悠利はぱっと顔を輝かせた。


「リヒトさん、リヒトさん」

「ん?どうした、ユーリ」

「これ、どうぞ」


 悠利が差し出したのは、彼が手作りした匂い袋。ただし、以前作ったサシェと異なるのは、その形状だった。サシェは小さな巾着サイズだったのだが、今回作ったのは長方形である。比較的ぺたんとしている。

 手渡されたそれをとりあえず受け取ったリヒトは、不思議そうに悠利を見下ろしている。体格の良いリヒトなので、頭一つ分は悠利より大きい。だがしかし、そうやって見下ろされていても、目の前に肩幅の広い身体があっても、少しも威圧感を与えないのが彼の良いところだった。……アリーやブルックだと無駄な威圧感が生じるので。


「ユーリ、これは何だ?」

「匂い袋です。前に作ったのと違って、これは気分を落ち着かせる香りなんですよ」

「それは解ったが、何故、俺に?」

「これ、枕カバーの中に入れて寝てみてください。安眠しやすくなるかもしれないので」

「あ……」


 ほわほわといつも通りの笑顔で悠利が伝えた内容に、リヒトは思わず絶句していた。彼は自分の眠りの浅さや寝付きの悪さを自覚している。以前悠利が作ってくれた綿入り枕カバーのことも覚えている。それだけでも十分感謝しているというのに、本日サプライズ二度目である。ちょっと泣きそうになっていた。

 目の端をほんの僅か潤ませながら、リヒトは悠利の頭をくしゃくしゃと撫でた。大きな掌で撫でられて、悠利は不思議そうだ。どうかしました?といつも通りである。


「ありがとう。嬉しいよ」

「喜んでもらえて良かったです」

「けど、本当に貰って良いのか?材料費とか」

「元々持ってたもので作ってるので、問題ないですよー」


 リヒトの問い掛けに、悠利はにこにこと笑いながら告げた。嘘は言っていない。メイン材料である香料はダンジョンでゲットしてきた星見草で原価はタダだし、匂い袋の作成に使った布や糸は以前買い求めたものの残りを再利用しているだけだ。なので、嘘は言っていない。そう、嘘

 悠利は肝心要の大事なことを伝えていない。そう、それはメイン材料である香料が、レア植物である星見草のものであるということだ。余り物で作りましたーというオーラを出しているが、実際に値段を付けると結構なことになる。当人に自覚がないので、その事実が伝えられていないのだ。

 そんなこととは思いもせずに、外野で二人のやりとりを見ていたクーレッシュが口を挟んだ。特に深い理由はなく、興味本位だったのだろう。しかし彼は、それによって地雷を踏み抜くことになる。


「ところでユーリ、それって何の香りなんだ?」

「え?星見草」

「え?」

「は?」

「だから、この収穫の箱庭で手に入れた星見草で作ったんだよ。レオーネさんに香料にして貰ったんだー」

「はぁああああああ!?」


 へろろんと告げられた言葉に、クーレッシュは絶叫した。途端に、夜なのに煩いと文句を言おうと別室にいたであろう皆がやってくる。だがしかし、彼らがクーレッシュに文句を言うより早く、衝撃から立ち直ったクーレッシュが悠利の両肩にがしっと手を置きながら叫んだ。


「お前今何言った?星見草!?あのレア植物の星見草で匂い袋作った!?」

「え、うん。花の部分は香り付けに使えるってあったし、気分を落ち着ける香りだっていうし……」

「何でお前はそんな風にホイホイ使うんだよ!どう考えてもその匂い袋、すっげー値打ちもんになってんじゃねぇか!」

「えぇええええ……」


 匂い袋を手にしたまま固まっているリヒトを指差して、クーレッシュは更に叫ぶ。悠利は困惑しているが、周囲はまたかと言いたげに頭を抱えていた。悠利が無自覚にやらかすのはいつものことだ。そして、それが誰かへの思いやりとかから発生するのも、いつものことである。

 クーレッシュが更に何かを言おうとした瞬間だった。悠利の頭が、背後の誰かによって鷲掴みにされた。……いや、誰かなどと言わなくても良いだろう。怒れる保護者様によるお説教タイムの始まりである。


「ユーリ」

「イタッ、アリーさん、痛い、痛いです、ぎぶぎぶぎぶ!」

「お前は何で、いつまでたっても、物の価値を把握しないんだ!」

「だ、だって、鞄の中にいつまでも入れておいても意味ないじゃないですか!それなら、誰かに使って貰った方が良いかなって……!」

「レア植物だって言っただろうが!そんなもんをホイホイ使うな!」


 ギリギリとアイアンクローをされている悠利が必死に訴えるが、アリーに一刀両断されている。ちなみに、別にレア植物を使ってはいけないわけではない。ただ、物の価値を正しく理解して、相手にも正しく伝えて、大騒ぎにならないように配慮しろというだけである。……その辺の価値観が根本からズレている悠利なので、なかなかアリーの苦言は通じないのだが。

 とはいえ、渡した相手が身内であるリヒトなので、お説教はそこまで続きはしなかった。これでうっかり外部に流れそうだった場合は、容赦ないお説教がアリー以外からも飛んできただろう。

 ……なお、とんでもない貴重品を無償でプレゼントされてしまったリヒトは、未だに固まっていた。繊細なお兄さんには色々と衝撃が強かったらしい。皆は彼をちょっと不憫に思った。悠利の優しさは解るが、それならせめてその辺も配慮してあげて欲しいと思ったのである。悠利が無自覚にやらかすと解っていても、常識人のリヒトには色々キツかったのだろう。


「外部に出してないだろうな」

「えーっと、レオーネさんに香料作成のお礼に小さいのあげました」

「あいつは良い。その辺のさじ加減は解ってる」


 悠利の説明に、アリーは打てば響くように即答した。その顔には何の気負いもなく、彼がそれを当然と思っているのが丸わかりだった。そんなアリーを見て、同じ感想らしいブルックを視界の片隅に収めて、悠利は口を開いた。


「……アリーさん」

「何だ」

「普段何だかんだ言ってますけど、やっぱりレオーネさんのこと信頼してるんですね?」

「喧しい」

「ふにゃ!」


 ぺちんと額を軽くデコピンされて、痛いとその場に蹲る悠利。大人をからかうんじゃねぇと言われ、別にからかってないのにと口の中でぶつぶつとぼやく悠利であった。素直な感想を告げたのだが、多分からかわれたように聞こえたのだろう。言葉は難しい。

 その後、何とか硬直から立ち直ったリヒトが匂い袋を返却しようとしたのだが、笑顔で一歩も譲らない悠利の押しに負けて結局受け取ることになった。とはいえ、実際にそれを枕の下に入れて眠ると安眠できたらしく、嬉しそうだったのも事実である。




 なお、後日、別の香料で同じような匂い袋を作って皆に配る悠利の姿があったのは、リヒトが嬉しそうだったのを見て張り切った結果である。とても解りやすい悠利であった。




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