カツの彩りにトマトソースをどうぞ。


「じゃあ、今日の晩ご飯はカツで」

「「やったー!」」


 どどんと台所の作業台の上に置かれた大量のビッグフロッグの肉を見ながら悠利ゆうりが告げた言葉に、見習い組達の口から喜びの声が上がった。やはり、育ち盛りの少年達だ。肉も魚も食べるが、やはり肉の方が嬉しいらしい。ましてやカツは、ボリューム満点である。喜ぶのも無理はない。

 ビッグフロッグの肉は鶏もも肉に似た味わいで、お値段お手頃な庶民の味方だ。定期的に沼地で大量発生し、冒険者ギルド経由で肉屋に卸されるのだ。普段から取り扱いはあるのだが、大量発生したときにはいつもよりお値段が安いので、主婦の味方とも言えた。そして、悠利達もそういったときに遠慮無く買い込むようにしているのだ。

 何しろ《真紅の山猫スカーレット・リンクス》には21人もの人間が所属しているし、その中には大食漢も何人かいるのだ。安いお肉は食費にとってありがたい救世主である。まして、安いからといってマズイわけではないのだ。魔物の肉は獣の肉よりも旨味が強い。なので、ビッグフロッグの肉も安いけど美味しいという大変ありがたい食材なのだった。


「それじゃ、準備しようか。ウルグス手伝ってー」

「おー」


 悠利が食事当番のウルグスに呼びかけて準備を始めれば、カミールは頑張れと言いたげにひらひらと手を振って、マグはいつも通りの無言無表情のまま並んで去って行った。作業の邪魔はしないということなのだろう。残っている課題をやりにいったのか、自主練をしにいったのか。どちらにせよ、食事当番ではない彼らがこの場に残る理由はなかったので問題はない。

 しかし、その中でただ一人、ヤックだけが居残っていた。不思議そうに視線を向けた悠利を、ヤックは真面目な顔で見て問い掛けた。


「ユーリ、オイラ見てても良い?」

「良いけど、課題とかは大丈夫なの?」

「今日の分は終わらせてあるー」

「そっか。偉い偉い」

「へへへ」


 嬉しそうに笑うヤックと、のほほんとしている悠利。その2人を横目で見ながら、てきぱきと使う分の肉だけを切り分けて残りを冷蔵庫に片付けているウルグス。その作業も実に手慣れていた。悠利と一緒に日々料理をしていれば、自然と段取りその他が成長するのであった。

 メインはビッグフロッグのカツだが、勿論料理はそれだけでは終わらない。カツは食べる直前に仕上げる方が美味しいので、まずはそれ以外の料理の段取りに取りかかる。ウルグスにサラダを任せ、自分は手早くキノコたっぷりのスープを作り上げた悠利は、次にトマトの水煮を取り出した。


「アレ?ユーリ、今日のスープってトマト味?」

「ううん、違うよ。これは、カツにかけるソースに使うの」

「トマトのソースって、ケチャップとどう違うんだ?」

「まぁ、ケチャップより甘み控えめって感じに仕上がるけど。カツの上にかけると美味しいんだよ」

「「へー」」


 瓶の中の水煮の分量を確認して大丈夫だと判断すると、悠利はタマネギを取り出してみじん切りを作り始める。料理技能スキルが高レベルであることの証明のように、目にもとまらぬ早業でみじん切りが作られていく。ちょっとした曲芸みたいな感じだ。


「「……」」


 悠利はのほほんとしているが、それを横目に見ているウルグスと、正面から見ているヤックは思わず沈黙した。相変わらず凄いなぁと素直に感心する二人だった。もはや悠利の腕前はプロレベルである。しかし当人はあっけらかんと「僕、お家ご飯しか作れないから」とへろろんと言い放つのだ。いや、確かにそれは事実なのだが、周囲が言いたいのはそういうことではない。しかしそれはちっとも通じていなかった。悠利なので。

 タマネギをみじん切りにした悠利は、それを深めのフライパンの中へ入れてくるりとオリーブオイルを回しかける。そして、木ベラで焦げ付かないように注意しながら炒めていく。


「ソース作るのにタマネギいるの?」

「タマネギ入れた方が美味しいんだよねー」

「へー」

「ちなみに、ここにミンチも入れてトマトの水煮入れたら、ミートソース作れるよ」

「それ、美味しい?」

「んー、好みによるかな?パスタで食べると美味しいけど、僕はオムレツにかけるのも好き」


 のほほんと笑いながら悠利が告げる言葉に、ヤックとウルグスの喉が鳴った。しかし、そんな二人に気づいているのかいないのか、悠利はけろりと言い放つ。


「でもまぁ、ビッグフロッグのカツにミートソースだとくどいから、今日は作らないけどね」

「作らないなら言うな……」

「え、何で……?」

「美味しそうな料理の話されるとお腹減るー……」

「あ、ごめん」


 がっくりと肩を落とすウルグスと、しょんぼりしているヤックの態度で自分がやらかしたことに気づいた悠利は、素直に謝った。それでなくても普段から腹ぺこを訴える育ち盛りなのである。美味しいご飯の話だけしてお預けは地味に辛いことだった。

 そんな二人にごめんごめんと謝りながら、悠利はタマネギを見る。火が通ったのか半透明になったのを確認すると、そこにトマトの水煮をどぱっと入れる。今回悠利が使ったのは皮も剥いてある、あとは煮込めばソースやスープに活用できるというレベルまで準備されているトマトの水煮である。トマト博士様々であった。ケチャップ初め、こちらの世界でトマト関係で困ったことがない悠利である。

 形の残っているトマトを木ベラで崩しながら、タマネギと混ぜ合わせる。深めとは言えフライパンで作っているので、すぐに全体に火が通る。その結果、ぷくぷくと沸騰を知らせるように水泡が現れた。


「これだけだと味が心許ないから、調味料を加えます」

「了解」

「塩胡椒に、鶏ガラの顆粒だし。それに粉末バジル。バジルは、生だったら刻んで一緒に煮込んじゃえば良いと思うよ」

「鶏ガラ入れるのか?」

「うん。旨味成分の追加は必要だと思うし、家ではこの味付けで作ってたんだよねー」

「へー」


 ぽいぽいと慣れた手つきで調味料を入れる悠利。ちなみに、悠利の料理はお菓子類以外は基本的に目分量なので、今日も調味料はざっくり適当配分で投入されていた。少しずつ入れて味見をする、というのが悠利のスタイルである。……というのも、そういう風に料理を習ったので、大さじ小さじに計量カップを使うのが苦手なのだ。

 くつくつ煮えているトマトソースに調味料を混ぜると、少量小皿にとって味見をする。そうして悠利が取りだしたのは、ケチャップだった。


「何でケチャップ?」

「トマト入れたよね?」

「ケチャップ入れるとね、トマトの酸味が抑えられて食べやすいんだよ。まぁ、この辺りは好みだけどねー」

「「なるほど」」


 悠利がケチャップをトマトソースに追加するのを、二人は特に止めなかった。彼らはケチャップが嫌いではない。なので、それを追加されたところで味が変になるとは思わなかったのだ。後は、悠利に対する信頼のなせる技だろうか。悠利が作るご飯は美味しいという刷り込みは現在進行形だった。

 そうしてソースが完成すると、一度火を止めてフライパンを後ろの作業台へと移動させる。次に取りかかるのは、カツである。必要な分の肉は既にウルグスが切り分けておいたし、

その時に大きさも悠利に言われた通りに食べやすいサイズにしてある。


「じゃあ、カツを作っちゃおう」

「おー」

「まぁ、カツと言っても、今日は簡単バージョンなんだけど」

「ん?」


 そう言ってへにゃりと笑った悠利は、ボウルの中に入れてあるビッグフロッグの肉に塩胡椒をしていく。目分量でばらばらと調味料を入れたら、今度は綺麗に洗った手でボウルの中身を混ぜて、全体に塩胡椒が馴染むようにする。

 そういった下処理はいつもと同じなので、ウルグスは悠利の言った「簡単バージョン」の意味が解らずに首を捻っている。そんなウルグスに笑うと、悠利は別のボウルにパン粉を入れた。

 そして。


「今日は簡単バージョンだから、このまま直接パン粉に行きます」

「は?え?でもお前、前カツを作ったときは、小麦粉と卵付けてたよな?」

「うん」

「何で?」

「トマトソースかけるときは簡単バージョンで作ってたから?」

「……解った。深い意味はないんだな」

「うん」


 がっくりと肩を落としたウルグスには悪いが、ヤックは思わず笑いを堪えていた。悠利の作る料理は基本的に彼が今まで食べてきた料理なので、こういうことがよくある。正しいレシピというわけではない。深い理由があるわけではない。ただ、そうやって作っていたから、だけなのだ。お家ご飯なので仕方ない。

 気を取り直したウルグスは、悠利と一緒に塩胡椒されたビッグフロッグの肉にパン粉をまぶしていく。パン粉の山にくぐらせるようにした後に、ぱんぱんと叩いて余分なパン粉を落とす。アジトで使っているパン粉は余ったパンを削ったものなので、やや荒い。生パン粉ほどではないにせよ、細目パン粉ではない。なので悠利は、余分なパン粉を落とすようにしていた。

 何となく気分なのだが、パン粉が多いと油を余分に吸ってしまう気がするのだ。それに、食べたいのは衣の部分ではなくて中の具材なので、天ぷらにしてもフライにしても、衣薄めが釘宮くぎみや家の作り方だったのである。なので悠利の作り方はそうなってしまうのだ。


「よし、出来たな。ユーリ、油の準備」

「あ、揚げ焼きで作るから、大鍋いらないよ」

「了解」


 大量の油の中に具材を入れて揚げる調理方法ではなく、多めの油に浸すようにして焼く揚げ焼きは、悠利が時々取り入れる調理方法だ。揚げ物より手軽というのもある。今日使うビッグフロッグの肉は、揚げ焼きでも火が通りやすいように平面に切ってあるのだ。これが唐揚げなどのように高さがあったりすると無理なのだが、野菜や魚、薄切りにした肉などであれば、揚げ焼きでも十分対応できる。

 底の真っ直ぐなフライパンに気持ち多めに油を引いて、温まるのを待つ。油の温度が上がったのを確認すると、そろりそろりとパン粉を付けたビッグフロッグの肉を並べていく。ぱちぱちという小気味よい音がして、程なくしてパン粉の揚がる香ばしい匂いが台所に広がった。


「片面がきつね色になったら、ひっくり返してもう半分も」

「おー」

「どんどん焼いちゃおうー」

「了解」


 二人並んで二枚のフライパンでせっせとビッグフロッグの肉を揚げ焼きにしていく悠利とウルグス。それを見ているヤックは、嗅覚と聴覚から空腹へ誘おうとするビッグフロッグのカツに、そっとお腹を押さえた。美味しそうな匂いが彼の腹の虫を呼んでいるのである。

 その途中、最初に揚げた分が冷めた頃合いを見計らって、一枚のカツを悠利は三等分した。そして、ほんのりと温めたトマトソースをかけて二人に提供する。勿論自分も味見をするために小皿を手に取った。


「「いただきます」」


 三人仲良く唱和して、トマトソースごとビッグフロッグのカツを口に含む。簡単バージョンと悠利が告げた通り、今日のカツはパン粉のみで作られている。揚げたのではなく揚げ焼きだ。だから、いつも食べているカツとはまた違う。

 だがしかし、である。塩胡椒と鶏のもも肉のようなビッグフロッグの旨味だけでも美味しいというのに、そこにサクサクとしたパン粉の食感と、トマトソースの味が加わるのだ。みじん切りにしたタマネギの食感が少し残っていて、トマトの酸味はケチャップで押さえられてまろやかになっている。それらが口の中にじゅわっと広がって、三人を笑顔にした。


「美味しい!」

「これ、別に普通に美味いじゃん。簡単バージョンとか言ってたけど」

「トマトソース美味しいねー」


 三人とも実に幸せそうだった。美味しい、と顔に書いてある。

 ヤックは、衣にたっぷりトマトソースが染みこんだ、少し柔らかくなった部分が美味しいと、ゆっくりと味わっている。逆にウルグスは、揚げたパン粉のサクサクカリカリとした食感が気に入ったのか、トマトソースを後付けのようにして食べている。悠利はそのどちらも美味しいと思っているので、場所事に異なる食感を楽しんでした。

 実に幸せそうな光景だ。悠利と料理当番が味見をするのはいつものことなので、いつも通りの光景。

 だがしかし、である。


「おいおい、何でヤックまで食ってんだよ。狡くね?」

「……味見」

「あ、カミールにマグ。どうしたの?」

「いや、喉渇いたし水貰いに来たんだけどさー……」

「うん?」


 そこで何か言いたそうに言葉を切ったカミールを、悠利は不思議そうに見ていた。ヤックは食べかけのビッグフロッグのカツを銜えながら固まっていた。カミールが何を言いたいのかを、理解してしまったからだ。


「何で料理当番じゃないヤックまで、味見してんの?狡いんじゃねー?」

「……あ」

「その様子だと、悠利あんまり考えてなかったな」

「あははは。いやほら、いつものノリでね。ヤックにも一緒に説明してたから、つい」


 そう、話の流れでヤックとウルグス二人にまとめて料理の説明をしていた悠利なので、何も考えずにヤックにも味見を提供していたのだ。本来、味見は料理当番だけの特権である。料理を手伝っていない人間にはその権利はないのだ。そのことをうっかり失念していた悠利である。

 困ったように笑っている悠利の隣で、ウルグスが動いていた。彼らが食べていたのよりも小振りなカツを取り出すと、半分に切ってトマトソースもかけて小皿に盛りつける。それをずいっとカウンター席に陣取っているカミールとマグに差し出した。


「ウルグス?」

「ちょっと端っこ焦げてたから、まぁ良いだろ」

「そうだね。ありがとう。……ヤックが二人に怒られるの、可哀想だしね」

「おう」


 ウルグスから小皿を差し出されたカミールとマグは、先ほどまでのちょっと不機嫌といったオーラを引っ込めて、美味しそうにビッグフロッグのカツを食べていた。小さく悠利が呟いた言葉は、ウルグスとヤックにだけ聞こえた。そして二人は、力一杯頷くのだった。

 カミールもマグも、悠利に狡いと言ったとしても、そこまで責め立てたりはしない。その分、ヤックに延々と狡い狡いと言いそうな気配があるのだが。なので、ヤックに非は無いと解っているウルグスが手を打ったのだった。


「ウルグスってさ」

「何だ?」

「そういうところ、お兄ちゃんっぽいよね」

「何だそりゃ」

「ううん。優しくて良いなーって思っただけ」

「……うるせぇ」


 褒められると気恥ずかしいのか、ぷいっとそっぽを向くウルグス。その横顔に、ヤックがありがとうと口の動きだけで伝えたのは、多分口にしたらウルグスが照れるあまり怒り出すと解っていたからだった。何だかんだで彼らは仲良しである。




 なお、トマトソースをかけたビッグフロッグのカツは大盛況で、また食べたいと皆に言われるのでありました。そして、トマトソースは残りませんでした。




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