帰宅してみたらいつものアジトでした。
「ただいまー」
ひょこっとアジトの玄関から顔を出した
「まぁ、昼間だもんね。皆忙しいか」
ちょっと寂しく思いつつ、それでも久しぶりの我が家に到着したという気持ちを抱えながら悠利はすたすたと歩く。その足下をぽよんぽよんと跳ねながらルークスも追いかけていた。皆が帰ってくる前に荷物の整理をしようかなと思ったのだ。
だがしかし、その予定は変更を余儀なくされた。何故ならば。
「…………また徹夜したんですか、ジェイクさん?」
足下に転がる人物を見て悠利が声をかける。若干声が冷えているのは致し方ない。そこには、もはや日常風景になりつつある、行き倒れるジェイクがいた。ぐったりばったり倒れている。知らない人が見たら死体と間違えて悲鳴をあげるのではなかろうか。
旅行(他の面々にとっては遠征でも、悠利にとっては旅行でしかない)から戻ってきてみれば、これである。いつも通りだと思うべきなのか、ちょっとは学習してくださいと思うべきなのか悩む悠利だった。
「ルーちゃん、帰ってきて早々悪いけど、運んでくれる?」
「キュイ」
「とりあえず、リビングのソファで良いよ。僕、先に荷物片付けてくるね」
「キュウ」
任せろと言いたげにぽよんと跳ねたルークスに後を頼んで、悠利は学生鞄を抱えて移動する。とりあえず、道中洗濯できなかった分の着替えを洗濯する準備をしなければと思ったのだ。実際に洗濯するのは明日だけれど、忘れないように今のうちに出しておこうという判断だった。うっかり忘れたら色々悲しいので。
他にも、買ってきた食材は冷蔵庫に片付けなければならない。調味料の類もだ。皆に渡すお土産も、忘れないように準備をしなくちゃと悠利は思う。悠利の学生鞄は有能な
一通りの作業を終えて悠利がリビングに戻ってくると、ルークスは身体の一部をみにょーんと伸ばしてジェイクの額に押し当てていた。冷やしているのかと思ったら、時々ぺちんぺちんと叩いている。どうやら、起こそうとしているらしい。
「ルーちゃん、ジェイクさん起きないの?」
「キュ」
「そっかー。困っちゃうよねー」
「キュウゥ」
当たり前みたいにアジトで行き倒れないで欲しいと思うのは正論だった。相変わらず反面教師だなぁこの人と思いながら、悠利はぺちぺちとジェイクの額を叩く。ルークスも一緒になって叩く。2人がかりでぺちぺちされて、そこでようやっとジェイクが重そうに瞼を持ち上げた。
ぱちぱちと瞬きを繰り返し、しばらくぼんやりとした後に、そこにいるのが悠利とルークスだと気づいたのか驚いたような顔をする。
「あれ……?ユーリくん、戻ってたんですか?」
「はい。戻ってきました。ところで、また徹夜でもしたんですか?帰宅早々ルーちゃんに一仕事させちゃったんですけど」
「あははは。すみません。前から興味のあった本が届いたので、つい」
「ジェイクさん、そういうの本当に止めましょうね?いい大人なんですから」
目を細めて注意する悠利の背後に、吹雪が見えた。ブリザードが吹き荒れている。悠利はご立腹だった。いつものことと言ってしまえばそれまでだが、帰宅早々遭遇したくなかったと思うのも無理はない。また、それとは別にジェイクの身を案じているのもある。無理がたたってそのうち本当に倒れてしまうのでは無いかと心配になるのだ。何しろ、元から体力の無い学者先生である。うっかりそのまま儚くなってしまってもおかしくない。
静かに怒っている悠利のオーラを察したのか、ジェイクの顔に冷や汗が浮かぶ。マイペース
「えーっと、その」
「ジェイクさん?」
「……なるべく気を付けます」
「……」
「いえその、出来ない約束をするよりは、努力するのを表明した方がマシかと思いまして……」
「……はぁ」
自分をよく解っているジェイク先生だった。ここで口先だけでやると言い切らないところが、彼は自分を理解している。理解しているのだが、そういうところだけ頭良くならないでくださいと思う悠利だった。
とはいえ、相手はジェイクだ。今まで何度もこんな問答を繰り返してきたが、殆ど改善が見られない。唯一彼の生存本能が仕事をしている点と言えば、あくまで倒れるのはアジトの中という部分だろう。外出から戻って来て玄関で力尽きることは多々あれど、実は庭先などで倒れているときはない。そういう意味では彼なりに頑張っていると言えなくもない、かも、しれない……?いえ、実際は頑張っていないと思いますが。
「それより、ユーリくん」
「はい?」
「お帰りなさい。イエルガはどうでしたか?」
「……ただいまです。楽しかったですよ。皆さんにお土産も買ってきました」
「そうですか」
のほほんとした笑顔で言われた「お帰りなさい」に、うっかり顔が緩みそうになった悠利だった。アジトに戻ってきて最初の「お帰りなさい」がこんな形だというのは、ちょっとばかり残念ではあったけれど。それでも、お帰りと言われると戻ってきたなぁと思うので安心する悠利だった。
倒れていたジェイクの状態を【神の瞳】で確認しても、「ただの寝不足ですね。別に何も問題ありません。いつもの状態です」みたいな鑑定結果を示されるだけだった。最近は【神の瞳】さんにもいつものこと扱いされるジェイクの行き倒れだった。それもどうかと思うが。
ジェイクと2人で互いの近況を離していると、複数人の足音が聞こえてきた。アリー達が戻ってきたにしては数が少なく、また、足音が軽い。もしかしてと思いながら悠利が視線を向けると、そこには予想通り見習い組4人の姿があった。
「あー、ユーリ!」
「あ、マジだ」
「よぉ、お帰り」
「……ユーリ?」
「あはは、皆元気だね。ただいま」
「「お帰り!」」
顔を輝かせてヤックが悠利を呼ぶ。その隣でカミールが瞬きを繰り返した後ににかっと笑う。その2人の背後から片手を上げてウルグスが挨拶をしてくる。そして、そんな三人の間を縫うようにひょっこり顔を出したマグが、不思議そうに悠利を呼んだ。見慣れた仲間達の姿に悠利が笑顔でただいまと告げると、帰ってくるのは元気の良いお帰りだった。
「いつ帰ってきたの?」
「さっきだよ。帰ってきたらジェイクさんが行き倒れてて困っちゃったよー」
「え、ジェイクさんまた倒れてたの?」
「うん」
「うっわー……」
ダメだこの大人、という顔をヤックがした。他の見習い組達もした。マグだけは表情が全然変わっていなかったが、ふいっと目線をジェイクから逸らしたので、多分似たようなことを考えているのだろう。……見習い組にまで呆れられる男、ジェイク。彼は通常運転だった。
悠利がこんなに長くアジトを離れることが今まで無かったので、見習い組達も色々と調子が狂っていたのだろう。我も我もと悠利に近寄って話をしようとしている。そんな風にわちゃわちゃしていると、凜々しい声が響いた。女性のそれだが凜々しいとしか表現出来ない口調だった。誰か丸わかりだ。
「お前達、あまり騒いでやるな。ユーリも遠方から戻ったばかりで疲れているだろうからな」
「「あ」」
「あはは。馬車でずっと座ってただけですから、大丈夫ですよ?」
「そんなことはあるまい。馬車の長旅はそれだけで疲れるものだ。……お帰り。無事で何よりだ」
「はい。ただいま戻りました、フラウさん」
毅然とした態度で言い切りながら、悠利に向けた最後の言葉だけは柔らかな微笑みが添えられていた。今日も弓使いのお姉様は、姐さんと呼びたくなる格好良さをお持ちだった。いつも通りのほんわかした笑顔で悠利が答えると、労るように頭を撫でてくれる。その仕草一つとっても大変恰好良いお姉様であった。
「あら、皆揃ってどうしたんですか?」
「ちょっと、買い出し行ったならちゃんと片付けなよ」
「ティファーナさん、アロール、お帰りなさい。ただいまです」
「まぁ、ユーリ。お帰りなさい」
「あ、戻ってたんだ。お帰り」
リビングの入り口でわちゃわちゃやっているのが気になったのか、ティファーナとアロールがやってくる。彼女達も外から戻ってきたところらしい。そして、アロールの言葉で自分達が買い出しから戻った途中だったことを思い出した見習い組達は、慌てて荷物を片付けに去っていた。悠利の姿を見つけてついついそのことを忘れてしまったらしい。
優しく微笑むティファーナと、妙に素っ気ないアロール。けれど、素っ気ない態度を取っているアロールの目が、ちらちらと悠利を見ているので、何だかんだで心配していたのは傍目には一目瞭然だった。そんなアロールにあえて何も言わないのが、年長者の優しさである。
「イエルガは楽しかったですか?」
「はい、とっても。色々お土産も買ってきましたよ」
「まぁ、楽しみです」
「こっちは変わりなかったですか?」
「「……」」
悠利は日常会話の延長で問い掛けただけだった。けれど、その言葉を聞いてティファーナとフラウが顔を見合わせて沈黙した。え?と悠利は驚いたように2人を見る。まさか、何か問題でも起きていたのかと心配になった。……行き倒れてるジェイクは別として。
そんな悠利に、2人は困ったような笑みを浮かべている。アロールは何も言わないが、首に巻きついている従魔の白蛇ナージャがその顔を伺っている。言いたいことがあるなら言えば?みたいな態度の従魔に、アロールはムッとしたようにその頭をぺちりと叩いていた。拗ねたような仕草だった。
「あのー、何か、あったんですか?」
「何かあったというか、な」
「えぇ、特に何かあったわけではないのですけれど」
「……?」
不思議そうな顔をする悠利に、2人はやはり困ったように笑いながら、口を開いた。悠利にとっては予想外すぎる言葉が告げられる。
「ユーリのご飯が食べられないのが物足りなくて」
「そうなんです。見習い組達の作るご飯も美味しくなっているんですけど、やっぱりユーリの料理とは違うでしょう?」
「はい?」
「美味い不味いの話ではないんだが、どうにもしっくり来なくてな」
「不思議ですよねぇ。あの子達の味付けはユーリに習っているのに、ちょっと違うように感じるんです」
「えぇえええ……」
そこなの?と悠利は呆気にとられた。何か大変なことが起きていたのかと思ったら、全然予想してなかった方向からぶん殴られた感じだった。しかも、普段そういうことを言わない大人女子2人に、である。ますます意味が解らなかった。
しかし、彼女達の言い分は事実であった。見習い組達は悠利と一緒に料理をするようになって腕を上げている。彼らの作る料理が不味いわけでは無い。だがしかし、なのだ。味では無い部分で、どうにもしっくり来ないのだ。
「……帰ってきたときにさ」
「アロール?」
「…………ユーリのお帰りがないと、変な感じなんだよ」
「アロール、それって……」
「それだけ!」
それ以上の会話は無意味だと言いたげに走って行ったアロールの姿に、悠利はぽかんとする。言われた内容にきょとんとするしかない。そうなんですか?と視線を向けた先では、女性2人が柔らかな笑顔を浮かべていた。つまり、肯定だ。
アロールの言葉を思い出して、噛みしめて、悠利は胸がぽかぽかするなぁと思った。ここにいても良いと言われたというか、いるのが当たり前だと認識されていると解ったからだ。ここは悠利にとって既に家に等しいが、他の皆にも悠利がここにいるのが当然と思ってもらえていると解るのは、本当に、嬉しかった。
「嬉しいですね、こういうの」
「そうか?」
「はい。だって、ちゃんと仲間になったって言われてるみたいで」
「貴方はもうとっくに私達の仲間ですよ」
「ありがとうございます」
くすくすと笑うティファーナの言葉に、悠利は笑った。とてもとても、幸せそうな笑顔だった。
「ユーリ、今日はオイラ達がご飯作るから楽しみにしてて!」
「何か食いたいもんあったら、頑張るぞー?」
「つーか、今日ぐらいは大人しくしてろよ、お前」
「休暇」
買い出しの片付けを終えた見習い組達が戻ってきて、口々に伝えてくる。妙に張り切っているヤックが微笑ましい。また、ウルグスとマグが2人揃って釘を刺してくるのには、悠利もちょっと困ったように笑った。
「……あははは。皆が作ってくれるなら何でも楽しみかな?それじゃ、今日は大人しくしてます」
「そうそう、洗濯取り込もうとか考えるなよー?」
「…………」
「考えるなよー?」
にっこり笑顔のカミールに、悠利は沈黙した。一瞬、「皆がご飯作ってくれるなら、洗濯物ぐらい僕が取り込もうかな」などと考えていたのが、見透かされていた。笑顔なのに妙な圧力がそこにあった。順調に成長しているカミールだった。
「解った。解りました。今日は家事しません!」
「「よし!」」
「……何で皆そんな嬉しそうなの……」
勝った!みたいなノリの見習い組達だった。悠利が脱力していてもお構いなしだ。とはいえ、これは彼らの思いやりだと解っているので、悠利も素直に受け容れる。
こういった他愛ないやりとりをしていると、帰ってきたなぁと思う悠利だった。アジトでの日常は賑やかで騒がしくて楽しい。明日からまたいつもの生活が戻ってくるのだと思うと、ちょっと嬉しかった。旅行は楽しかったが、それでもやっぱり、いつもが一番安心するのだと理解して。
なお、留守中三日に一度はジェイクが倒れていたと聞いて悠利とアリーが雷を落とすのであった。ダメ大人は本当にダメ大人でした。
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