悠利、初めての野宿。
色々あった温泉都市イエルガでの数日の滞在も終わり、
なお、そういう馬車を利用すると利点が一つある。普通の乗合馬車では次の街に行くまでに野宿をしなければならないことが多々あるが、速度の速い魔物馬車を利用するととりあえず近場の街まで確実に到着出来るのだ。つまり、夜は宿ゆっくり休めるということになる。
しかし、今回利用するのは普通の乗り合い馬車。次の街へ行くまでに間に野宿になる日も挟むことになる。王都ドラヘルンまでは平均的な馬車を利用して一週間。間には小さな村や大きな街が色々とある。そのうちのどのルートを通るかもまた、馬車によって異なったりする。
「で、馬車選びから修行がスタートだったんだ」
「……おう」
「……めっちゃ頭使った……」
「お金で解決するなら魔物馬車使いたいんだけど……」
「色々と条件を確認して選ぶのが大変でしたわ……」
ぐったりとしながら馬車に揺られている訓練生達を見て、悠利はのんびりとしていた。今彼らが乗っているのは、普通の馬が引っぱっている乗り合い馬車だ。イエルガからの乗客は悠利達だけだが、途中で客を募集して進むらしい。立ち寄るのは、村が二つに街が一つ。それ以外は野宿をすることになる。
野宿と言っても、荷物を
良い馬車を見極め、適切なルートを見極め、金額の交渉をしてという一仕事を終えたクーレッシュ、レレイ、ヘルミーネ、イレイシアはお疲れモードだった。慣れないことをすると疲れるというのもあるし、変な馬車を選んだらアリーとブルックにツッコミを貰うのが解っているので、緊張が凄かったらしい。
ちなみに、リヒトとヤクモがその作業から外されているのは、彼らはその辺はもうとっくに知っているからだ。元々冒険者だったリヒトも旅から旅を続けているヤクモも、馬車の選び方も宿の手配もお手の物なのである。
「それにしても、ユーリも一緒に戻るとは思ってなかったよ?」
「え?」
「野宿とかあるし、ユーリは魔物馬車で誰かと先に帰るのかなって思ってた。あの辺とか」
レレイが示した先には、のんびりと会話を楽しんでいるリヒトとヤクモがいた。彼らの今回の遠征の目的は温泉都市イエルガにしかないので、帰路は基本的に何もしない。そういう意味では、さくっと王都に戻っても問題ない2人とも言えた。
確かにそういう話は出ていた。鍛えていない悠利を案じたアリーとブルックが提案してくれたのだ。けれど、悠利はその申し出を断った。迷惑で無いのなら、皆と一緒に普通の馬車で帰りたい、と。皆で出掛けたので、皆で一緒に帰りたかったのである。後、やっぱり野宿にちょっぴり興味があったのもある。気分はキャンプだった。……何かが間違っている。
「せっかくだし、皆と一緒が良いなーと思って。後、僕野宿したこと無いから興味あったんだよね」
「いや、興味あったで野宿希望すんなよ、お前」
「だって、皆が一緒なら怖くないでしょ?」
「…………あー、うん。それは確かに。怖くない。全然怖くない。アリーさんとブルックさんがいれば、全然怖くないと思う」
のほほんと悠利が答えた台詞に、クーレッシュは力強く頷いた。納得できてしまった。アリーとブルックはどちらも凄腕だが、その方向性が違う。ブルックは純粋に戦闘能力で信頼できるが、アリーは鑑定能力持ちという付加価値が存在している。その2人が周囲に気を配ってくれているなら、心配しなくて大丈夫と言い切る悠利の気持ちは理解できたのだ。
「ところで、おやつ食べる?」
「「食べる」」
「いただきます」
「はい、どうぞ」
目的地に着くまでは馬車に揺られているだけなので、悠利はごそごそと学生鞄からおやつと飲み物を取り出した。イエルガで売られていた焼き菓子だ。他にも色々買っているので、暇つぶしに皆で食べようと思ったのであった。……もう完全に気分が遠足だった。
そして、一日目はつつがなく移動が終わった。悠利待望の野宿は、街道の脇に作られている広いスペースでの合同キャンプみたいになっていた。大きな街道にはこうやって野宿をするためのスペースがあるのだ。ありがたいことにそこには魔物除けも設置されていて、比較的安全に野宿が出来る。
他の乗合馬車の客もいて、悠利の気分はやっぱりキャンプだった。メインは携帯食料なのだが、持ち運びできる簡易コンロもあるので、スープを作ったりも出来る。悠利が錬金釜で作って持ってきた顆粒のだしの素やコンソメを使って美味しいスープが作られた。
ちなみに。
「実はカレールーも持ってきてるんですが」
「却下だ」
「えー……」
「お前はこの、周囲に他の奴らがいる状態で、カレーを作るつもりか」
「……やっぱりダメですか?」
「アレの匂いは強いからな。迷惑になるから止めろ」
「了解しました」
というやりとりがアリーと繰り広げられてはいた。こっそり学生鞄にカレールーを入れて持ってきていたのだが、自分達ならまだしも余所のグループがいるところで作るなとアリーに怒られてしまったのだ。それも仕方ない。カレーは匂いが強いので、他の人の食欲まで刺激してしまうだろう。分けられるほどの分量が無いのならば、最初から作らないのが礼儀だ。
カレーと聞いて一瞬浮き足だった訓練生達も、2人のやりとりには納得して大人しくなった。いつもよりは質素な食事でも、屋外で食べるとまた気分が変わる。それに、普段はこういう場所にいない悠利がうきうきしながら食べているので、他の面々も何となくいつもより美味しく感じるのだった。
「このクッキーみたいなの美味しいけど何?」
「んー、何か、どっかの国が開発した栄養補給食?だったと思う」
「へー」
せっかくだから食っておけと手渡された携帯食料の一つが、真四角のクッキーみたいな何かだった。固くもなく柔らかくもない。若干ぽそぽそしている気がするが、そこまで食べにくくもない。味は普通にバタークッキーみたいで美味しかった。
美味しかったが、悠利はちょっと気になったので鑑定してみた。そう、これに似た感じの食料を知っていると思って。
――携帯用栄養補給食。
旅人の健康を憂えて作られた、携帯用の栄養補給食です。
ベースはバタークッキーですが、粉末にした野菜や魚、肉などの栄養を混ぜ込んであります。
それ一つで一日に必要な栄養の半分は取れると言われていますが、実際は三分の一ほどです。
また、それだけに頼ると逆に体調を崩す恐れがあります。あくまで補助と考えるべきです。
現代日本によくある、おやつ系の栄養補給食と似たようなものです。
大当たりだった。
やっぱりそっち系か、と悠利は思った。具体的には、チョコとかフルーツとかの味もある細長いタイプの栄養補給食を思い出した。おやつとしても美味しい。栄養が取れるのでありがたい。ただし、普段食べ過ぎると太るというアレである。
この世界にもそういうのあるんだ、と思った。まぁ、携帯食料はどこの国でも色々考えるのだろう。過去の日本にだって、忍者の兵糧丸とかが存在していたわけだし。味がそこそこ美味しい方向に調整されているのは以外だったが。
「美味しいね」
「値段はそれなりにするけどなー。まぁ、食材買って持ち運ぶこと考えたら、手軽だから皆買ってるんだと思う」
「なるほど」
クーレッシュの説明に、悠利はなるほどと納得した。手間と時間をお金で買っているようなものだろう。確かに、荷物を圧迫することもない。
なお、調理の後片付けで非常に助かったのが、ルークスの存在だった。野宿となれば使える水も限られてくるし、食べ物の匂いで魔物がよってくる可能性もある。いくら魔物除けがあるからと言って安心は出来ない。
しかし、雑食のスライムにして、常にアジトの掃除と生ゴミ処理をしてきたルークスに死角は無かった。いつものように生ゴミを処理し、使った食器や調理器具も一通り自分の中に取り込んでから綺麗にする。今日もお役立ちスライムだった。
「……ルークス超便利」
「便利過ぎて怖い」
「ルーちゃんは偉いねー」
「キュイキュイ!」
お役に立てて大喜びのルークスの頭を、悠利は暢気に撫でている。そんな2人の姿を見ながら、レレイとクーレッシュはぼそりと呟いていた。本当に、賢いスライムが便利すぎて困る。後、悠利がこれが野宿の普通だと思ってたら困るなと思った2人だった。普通、野宿のときは生ゴミ処理とか頑張るんです。こんな風にスライムが全部片付けることはありません。
ついでに、周囲の人たちが後片付けで困っているのが気になったのか、悠利とルークスは2人でお手伝いに出かけてしまった。最初はスライムの登場に驚いていた人達も、害意はどこにもなく、むしろただの善意で手伝いに来てくれたと解ってからは好意的に迎えてくれた。……どこでもやってることが変わらない主従だった。
「わーい、雑魚寝ー。寝袋ー。僕寝袋初めてー」
「何でそんな嬉しそうなの、お前?」
「え?何かわくわくするから」
「しねぇよ、普通」
アレだ。小学生のときに、初めてお泊まり遠足に出掛けたときみたいな感じだ。屋外で野宿をする経験なんてないので、ひたすらうきうきなのである。
……危機感がちっとも無いのは、保護者に対する信頼とか、可愛いスライムが強いと知っているからとか色々ある。あるのだが、最大の理由は「異世界が危ないことを忘れている」だったりする。運∞で生活していると危ないことに遭遇しないので。
「あー、ユーリ以外は交代で不寝番するからな」
「「はい」」
「え?僕は?」
「お前は大人しく寝てろ。明日もまた馬車で移動だからな」
「はーい」
自分がお荷物の自覚はちゃんとあるので、アリーに素直に返事をする悠利だった。それなら皆の邪魔にならないように隅っこにいようと、寝袋を抱えて移動する悠利だった。その足下をぽよんぽよんと跳ねながらルークスも移動する。
寝袋を広げて、その中に潜り込む。どんな素材で作っているのかは知らないが、通気性がとても良い。今は季節が夏なので暖かいので、野宿をしてもさほど苦では無い。夜はそこまで気温が上がらないのでありがたい。
寝袋に入ってからごろんと上を見上げると、星と月が綺麗だった。都会の明るい空とは違って、星も月もよく見える。見えるが、やっぱり異世界なんだなあと悠利は思った。似たような光を放つ星々の配置が、全然知らない配置だった。この世界にも星座ってあるのかな、と暢気なことを考えた。今度図書館にでも出掛けて調べてみよう、と。
「キュ?」
「ん?ルーちゃんも寝袋入る?」
「キュイ」
「はい、どうぞー」
自分はどこで寝たら良いの?みたいな反応をしたルークスを寝袋の中に招き入れる悠利。普段から抱き枕のようにして寝ているので、当人達は何も気にしていない。ひんやりしたルークスを抱いて眠ると心地好いのだ。寝袋の中で2人仲良くのほほんとしている。
「ルーちゃんは、前は外で寝てたんだよね?」
「キュキュ」
「暑いとか寒いとか無かったの?」
「キュウ?」
何言ってるの?と言いたげなルークスだった。基本的に痛覚の存在しないスライムには、温度に対するアレコレも存在しないらしい。勿論、暑さも寒さも特に感じないからといってどこでも平気というわけではないが。暑い場所が平気なレッドスライムもいるし、寒い場所が得意なブルースライムもいる。
まぁ良いか、と悠利は思った。悠利とルークスでは、意思の疎通は何となくしか出来ないのだ。細かい内容を確認したいときには通訳が必要だ。その通訳はアジトにいるので、こういう話は帰還してからにしようと思った。……まぁ、そんなくだらないことに付き合わせるなと件の通訳、魔物使いの十歳児な僕っ娘アロールは言うだろうけれど。
そんなどうでも良いことを考えながら、悠利は瞼を閉じた。本当は、綺麗な夜空が気になって勿体ないと思ったのだけれど、少し眠かったのだ。一日馬車に揺られているだけだと思っていたけれど、実は結構疲れているらしいと気づいた。長距離の移動は、ただ運ばれているだけでも疲れるものなのです。
明日からも楽しみだなぁと思いながら、悠利は寝袋の中でぎゅーっとルークスを抱き締めた。やっぱり遠足に向かう小学生みたいな気持ちは抜けなかった。……皆と一緒にどこかへ出掛けることが少ないので、ついついはしゃいでしまったのだろう。
少しして、すぅすぅと寝息を立てながら悠利が眠ったことに気づいた一同が、その姿に困ったように笑うのだった。スライムのルークスを抱き締めて眠る姿が、どこからどう見ても子供のそれだったのと、一日はしゃいで疲れたのだろうなと解るからこそ。
なお、翌朝、寝袋で眠ったせいでちょっと背中が痛いと訴える悠利がいるのだった。鍛えていないとそんなものなのかもしれません。
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