温泉宿の美味しいご飯です。
露天風呂で大騒ぎを繰り広げた
なお、いつもよりレレイとヘルミーネのテンションが高いのは、彼女達がこの温泉都市イエルガを楽しんでいるからに他ならない。昼食時にスイーツや屋台飯を堪能し、まだまだたくさん美味しいものがあると知った二人は、それはそれは上機嫌なのだ。その持て余したテンションで露天風呂ではしゃいでしまったということになる。……やっぱりクーレッシュは不憫だった。
「……クーレ、大丈夫?」
「……おう」
「ご飯美味しいって評判だから、食べて元気出そうね」
「……おう」
遠い目をしながらも頷いたクーレッシュだった。美味しいご飯は魅力的だが、何で旅先でまで彼女達に振り回されなければならないのかと思ったらしい。気づけば苦労性とか貧乏性みたいなポジションへ落ち着こうとしている自分に、ちょっと疲れたらしい。
食堂に着くと、テーブルは4人掛けが幾つもあった。人数が人数なので適当に分かれて座るしかないなと悠利が思っている間に、アリーがてきぱきと座席を決めていた。まず、女子三人が同じテーブル。アリーとブルックとヤクモが同じテーブル。そして悠利とクーレッシュは、リヒトと同じテーブルに割り振られた。
「宜しくな」
「アレ?リヒトさんこっちなんですか?」
「あぁ。酒を飲むらしい」
「「納得しました」」
大人組は大人組で同じテーブルなのでは?と思ったクーレッシュの問い掛けに、実に解りやすい返答が戻ってきた。見れば、アリーもブルックもヤクモも、水以外に何やらグラスを用意して貰っていた。温泉宿で温泉を堪能した本日、美味しいご飯と共に酒を楽しむつもりらしい。下戸のリヒトには解らない領域だった。
女子組は女子組で、きゃっきゃしながら楽しそうだった。酒豪のレレイは何か酒を頼んでいるらしい。ヘルミーネも酒は飲める年齢なのだが、外見が
「クーレも何かお酒飲む?」
「いや、いいわ。俺別にそこまで酒好きなわけじゃないし」
「そっか」
酒を美味と思って飲める年齢にはまだ至っていないクーレッシュだった。18歳で成人しているので飲めることは飲めるのだが、毎日晩酌したいと思うわけでも、浴びるほど銘酒を飲みたいと思うわけでもない。美味しいものを時々嗜む程度で満足しているクーレッシュだった。それもまたお酒の楽しみ方です。
下戸のリヒトはそんな二人のやりとりを苦笑しながら眺めている。彼はがっしりした体躯や前衛という
そうこうしているうちに、食事が運ばれてきた。出来上がった順番に運ばれてくるらしく、まだまだありますからね、と楽しそうに給仕の女性が告げて去って行く。テーブルの上に並んだのは、シンプルな野菜サラダに、チーズをハムで巻いたおつまみめいたもの、ビシソワーズだった。
「スープが冷たいのは珍しいですね」
「ここの客は大体温泉に浸かってから食事を取るからだろう。一度冷たいスープで身体を落ち着かせるのが目的じゃないか?」
「なるほど」
ビシソワーズを嫌いでは無いが、何となくこういうところで出てくるスープは温かいと思っていた悠利が素直に呟くと、リヒトが彼なりの見解を示してくれる。クーレッシュは二人の会話には加わらず、野菜サラダのキャベツを隣の椅子からテーブルに身を乗り出しているルークスに与えていた。大人しくしているなら構いませんよと言われて同席を許可されたのだ。《青の泉亭》の主人は随分と豪快である。
或いは、と悠利は思う。
従魔が風呂や食事に同席しても文句を言わない、むしろ笑って楽しんでくださいと言ってくれるような宿屋だから、滞在先がここになっているのかも知れない、と。今回、悠利は皆の修行に観光気分でくっついてきているだけである。そこには、普段どこかに出掛けることもなく家事に勤しんでいる悠利への労りが見え隠れする。それらから判断すると、多分自分のためにこの宿が選ばれたんだろうなと思うのだ。
けれど、多分問いただしても素直にそのことを認めてくれないだろうアリーやブルックを脳裏に思い浮かべる。過保護な保護者やその同類達は、悠利に甘い。甘いが、自分達がこうやって甘やかしているというのを表に出そうとはしない。今回もきっと、聞いても「条件に合う宿屋だっただけだ」とか言われるのがオチである。解っているのであえて言わないでおこうと思う悠利だった。
その代わり、と目の前の美味しそうな食事へと向き直る。この温泉都市イエルガで食べるたくさんの美味しいものを、目と鼻と舌でしっかり覚えて帰ろうと思った。店によっては、世間話のついでに材料や作り方を教えてくれるところもある。勿論教えてくれるのは、作り方を知ったからといって同じ味が再現できるわけではないからだ。受け継がれてきた味をそっくりマネするのは無理がある。
けれどそれでも、それに近い味を作ることは出来るだろう。美味しかった料理を、もう一度家で食べてみたいと挑戦するのはアリだと思っている。……そうして上手に出来たら、きっと喜んでもらえるだろうなと思うのだ。悠利に出来る恩返しは、きっとそういうことなのだから。
「ルークス、お前スープも飲みたいのか?んじゃ、こっちの取り皿に入れてやるから」
「あ、クーレ悪いよ。ルーちゃんには僕の分から」
「別に他にも食べるものがあるからい」
「はい、そちらのスライムちゃんのスープだよ」
「「へ?」」
自分の分をルークスに、というやりとりをしている二人の顔の間に、にゅっとビシソワーズの入った器が出てきた。悠利達の使っているマグカップタイプではなく、深皿だ。きょとんとしている2人に、スープを手にしたおばちゃんが楽しそうに笑った。
「まるで弟妹を甘やかすお兄ちゃんが2人みたいだね。心配しなくても、その子の分も用意するから大丈夫さ」
「あ、ありがとうございます」
「気にしなくて良いよ。誰であろうと、うちに来てご飯を食べてくれるならお客様だ」
にかっと笑うおばちゃんは、まさに気っぷの良い姐御という感じだった。下町のおばちゃんという感じの懐の深さが滲み出ている。深皿をルークスの前に置いて、アンタの分だよと伝えてくれている。自分の分が出てきたと解ったルークスは、目をきらきらと輝かせて何度も何度も頭を下げていた。よほど嬉しかったらしい。
「ははは。可愛い上に礼儀正しいねぇ。この子の好物は何だい?人と同じとはいかないんだろう?」
「あ、何でも食べます。ただ、野菜炒めは好きです」
「そうかい。それじゃ、特製の野菜炒めを用意して貰ってくるよ」
「はい」
「キュ!キュキュー!」
おばちゃんの発言に、ルークスはぱっと顔を上げた。ありがとうございますと全身で伝えているのが解ってくる。目がきらきらしていた。愛くるしいその姿に、おばちゃんは豪快に笑うとぽんぽんとルークスの頭を撫でて去って行った。……流石、冒険者も利用する宿屋のおばちゃんである。相手が従魔だろうと気にしていない。
ルークスの分を心配しなくて良くなったので、悠利とクーレッシュも気兼ねせずに食事をすることにした。ひんやりとしたビシソワーズは温泉で火照った身体に優しく染み渡るし、シャキシャキ食感の野菜サラダは鮮度抜群で歯ごたえが楽しい。チーズにハムを巻いただけのシンプルな品も、どうやらどちらも軽く
「うっま。このハムとチーズマジで美味い。燻製は手間かかるけどやっぱ美味いよなー」
「美味しいねぇ。スープも丁寧に裏ごししてあるし、生クリームとのバランスが絶妙だよ」
「お前達、本当に美味そうに食べるな」
「「いえ、レレイには劣ります」」
「……あー」
幸せそうに食事をしていた悠利とクーレッシュが、リヒトの楽しげな言葉に真顔で返事をした。キリッとした顔で異口同音に言い切る2人の発言に、リヒトは納得した。隣のテーブルでは、レレイが顔を綻ばせながら美味しい美味しいとご飯を食べていた。他の誰より美味しそうに食べているのだ。彼女の食べる姿は美味しそうと思わせるほどに魅力的である。
……まぁ、お代わりで積み上げていく皿の量が尋常では無いので、微笑ましいと思った次の瞬間にぎょっとするのだが。今もやや小食なヘルミーネとイレイシアをそっちのけで、1人黙々と食べている。流石大食漢。
そうこうしているうちに、次の料理が出てきた。大皿にどかんと盛りつけられているのは、蒸した野菜や肉、魚だった。特に変わった手法があるようには見えない蒸し料理。けれど、どのテーブルを見てもそれが置いてある以上、これが名物料理になるのだろうと思う悠利だった。
その疑問が顔に出ていたのだろう。給仕の青年が笑顔で答えを教えてくれた。
「こちらは、温泉を利用して作ってある蒸し料理になります。肉と魚には下味がつけてありますが、物足りない場合はこちらのタレでどうぞ」
「ありがとうございます」
「へー。温泉で蒸し料理かー。面白いな」
「そうだね」
肉も魚も野菜も食べられるというのはとても良いことなのでは?と悠利は思う。気分は鍋やバーベキューに近いが、蒸し料理なのでヘルシーなイメージがある。どんな味なんだろうとわくわくしながら、悠利は取り皿にまず野菜から取っていく。
緑が綺麗なブロッコリーは、緑の部分は柔らかく、軸の部分は甘みと食感が楽しめた。薄切りにされたカボチャは、本来の甘みを凝縮したようで絶品だった。人参やジャガイモも普段食べ慣れているのとは違う気がしたが、それはもしかしたら気分の問題かもしれない。それでも、鍋で蒸したのとはまた違う旨味があるのは事実だった。
続いて、魚へと手を伸ばす。食べやすいように切り身になっている。魚の種類は白身魚だった。柔らかそうなのが見た目からもよく解る。塩胡椒と軽く粉末ハーブもかけられているのか、それらの色が模様のようでちょっと綺麗だった。
「あ、柔らかい」
野菜にしっかり熱が通っているので魚もそうかと思ったが、どうやら入れるタイミングをずらして調整しているらしい。魚はふんわりと柔らかかった。箸で簡単に崩すことができて、食べやすい大きさにしてから悠利は口へと運ぶ。ほろり、と口の中で崩れる魚の白身が、何とも言えず柔らかくて美味しい。
それでいて旨味は決して逃がしていないのが、素晴らしかった。塩胡椒の塩梅も完璧で、魚の旨味と喧嘩をしないで味を引き立てている。これぞプロの技、という絶妙加減だった。美味しい、と悠利はぷるぷるしている。
その隣で、肉を食べたクーレッシュが同じようにぷるぷるしていた。彼が食べたのはビッグフロッグの肉なのだが、これまた絶妙の塩加減でそのままで美味しいという罠だった。与えられたタレが別に必要がなかった。むしろこのタレどうしよう案件だった。
そんな2人の姿に苦笑しつつ、リヒトはオーク肉をタレで食べていた。オーク肉は塩胡椒が少なめだったらしい。リヒトがオーク肉をタレで食べているのを見て、悠利とクーレッシュもマネをしてみた。勿論、その前に一口オーク肉を食べてからだが。
結果、タレと肉の素晴らしいハーモニーに二人して顔が緩んだ。流石観光地である。温泉だけで客が取れるわけが無かった。何しろ温泉はそこかしこにある。料理も宿屋の人気の秘訣に違いない、と2人は思った。
「2人とも、顔が面白いことになってるぞ」
「だって、コレ、すごく美味しいです……!」
「蒸し料理ってこんな美味いもんでしたっけ……?」
感動している2人の姿に、リヒトは楽しそうに笑う。ルークスも、自分専用に与えられた野菜炒めを黙々と食べていた。隣のテーブルでは女子組が楽しそうにご飯を食べつつ雑談をしているし、大人組は酒を飲み交わしながらアレコレ会話に花が咲いているようだ。皆それぞれ楽しんでいる。
料理はそれだけで終わりではなく、バイソン肉のソテーやさいの目にした野菜と肉をケチャップのような味付けで炒めた料理も出てきた。いずれも絶品で、締め括りに出てきたクリームリゾットがまた、優しい味わいでお腹を整えてくれた。
そして、最後のデザートが、待っていた。
「プリンだ……」
「プリンだな……」
「このプリンも何か特別な仕掛けがあるのかい?」
「仕掛けというか、こちらも温泉で蒸してあります」
「「温泉蒸しプリン……!」」
ナニソレめっちゃ気になる、と悠利とクーレッシュは顔を輝かせた。見た目は普通のプリンだが、温泉で蒸されたと聞いてしまっては、何か違うもののように思えてしまう。いそいそとスプーンを手にして食べ始める2人を見つつ、リヒトもスプーンを手にした。
蒸しプリンという性質からか、表面がつるりんとしていた。焼きプリンはやや表面がざらつくが、それとは違うなめらかさがある。スプーンが簡単に沈み込む柔らかさで、色は随分と黄色かった。卵黄が多いのかも知れない。
口に入れると、つるりとした食感で喉を通り抜ける。甘みはある。だが、決して甘ったるくはなく、プリンにしては甘さ控えめかも知れない。けれど、だからこそ、ヘタをしたら幾つでも食べられそうな味だった。気づいたらぺろりと平らげてしまう感じで。
「プリン美味しい……」
「美味いな……」
「僕今気づきました」
「ん?」
「このプリン、ブルックさん絶対、お代わりする」
「……あー」
「するだろうな……」
確信を込めて悠利が呟けば、クーレッシュは小さく呻き、リヒトは遠い目をして呟いた。甘党の剣士様はきっと、この絶品プリンをお代わりするだろう。既に、スイーツ大好きなヘルミーネはプリンのお代わりを頼んでいるのだから。……小食だろう?いえ、女子にとって甘いものは別腹らしいです。
そんな彼らの視界で、ブルックがプリンのお代わりを頼むのが見えた。酒を飲みながらプリンを楽しんでいるらしい。プリンって酒のつまみになったっけ?と疑問に思ったが、気にしてはいけない。人が楽しく食事をしているのを邪魔するのは、マナー違反です。多分。
余談だが、専用ご飯を出して貰ったことを喜んだルークスが、食堂と台所の掃除を申し出て快諾され、ぴかぴかにして褒められるのでした。
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