採取ダンジョンからの贈り物。
てくてくと、
とはいえここは、難易度が低すぎて一般人が普通に入っているようなダンジョンである。また、ダンジョンマスターが来訪者に好意的なのも解っている。それほどに危険は存在しないだろうというのが皆の共通認識ではある。……ではあるが、だからといって未知の領域を警戒しないのでは冒険者、特にトレジャーハンターは務まらない。
通路を歩く隊列は、そういった事情を考慮して調整されていた。先頭を行くのはアリーだ。本来なら斥候職であるクーレッシュが先頭を歩くべきだろうが、何が起こるか解らない状況。それも、
そのアリーのすぐ後ろを、手持ちの地図に歩いている部分をメモ程度に書き込みながら歩いているのはクーレッシュだ。空間把握能力に優れ、マッピングの才能を有した彼は、突如現れた通路に頭を抱えながらもしっかりと記録を取っている。その後に続くのはブルックで、何かあれば一足飛びにアリーの前に出られる立ち位置だ。ついでに言えば、ブルックの後ろをほけほけと歩いているのは悠利なので、彼の護衛も兼ねている。悠利の足下には勿論、ぽよんぽよんとルークスがいつもの感じで跳ねているのだが。
悠利の隣で穏やかに微笑みながら歩いているのはイレイシアだ。武器である大鎌を構えたままではあるが、彼女の場合は戦闘要員でも悠利の護衛係でもない。単純に言えば、彼女もまた、ブルックに護衛される対象に入っている。その後ろを優雅に、けれど周囲への警戒は決して怠らずにレオポルドが歩き、最後尾を楽しそうに身体を揺らしながらレレイが歩いていた。
何のことは無い。中央に悠利とイレイシアという非戦闘員枠を守り、前後を戦闘員で固めるというだけだ。最後尾をレレイに任せているのは、父親から猫獣人の特色を受け継いでいる彼女は五感や野生の勘が凄いので、何かあったときに咄嗟に反応できるだろうということだった。
「他の所と変わらない感じの道だね、クーレ」
「だなー。……けど、こんな場所に通路なんて無かった筈だからな。何で出来たんだ?」
「………………何でだろうねー」
「ユーリ?」
「………………何でだろうね?」
「…………お前のせいかよ……」
「僕は何もしてないもん……」
すっと目をそらしてとぼける悠利と、真顔で問い詰めるクーレッシュ。間に挟まれているブルックは、二人のじゃれ合いめいたやりとりには関与しなかった。そのやりとりの後、元凶が悠利と判断したクーレッシュはがっくりと肩を落としながらも作業に戻った。悠利の否定は聞こえていないようだった。
まぁ、実際問題、悠利が何かをしたわけではない。それは事実だ。道を作ったのは、悠利からココナッツジュースとクッキーを貰ってご満悦だった謎の子供である。フードで顔を隠していたので、年齢も性別も解らない子供。おそらく元凶はあの子供である。
ただし、その子供の姿を見たのは悠利だけなので、どんな存在であるのかは判別出来なかった。【神の瞳】が赤判定をしなかったので危険はないと判断した悠利は、むやみやたらに他人を鑑定してはいけないというアリーの教えに従って、子供を鑑定などしなかったのだ。おかげで正体は未だに謎のままだ。
そんな感じに通路を歩いている一同。メモ程度とはいえ、後ほどギルマスに報告する必要があるため真剣に周囲を観察しているクーレッシュ。その背中に向けて、のんびりと頭の後ろで手を組みながら歩いていたレレイが声をかけた。
「ねぇクーレ、あんまり真剣に調べなくても良いかも知れないよー」
「は?何で?」
「だって、ここ、多分もう通れないもん」
「…………え?」
レレイの能天気な一言に、クーレッシュは間抜けな声を上げた。声こそ上げなかったが、アリーやブルックも足を止めてレレイを振り返る。そんな一同の視線を受けたレレイは、くいくいと背後を示して、けろりと言い放った。
「後ろ、穴が完全に塞がっちゃってるよ。通路そのものは消えてないけど」
「マジで!?」
「うん。選んだ人しか通さない感じなのかなー?全員通れて良かったよねー」
へろろんと笑うレレイであるが、クーレッシュはその場に崩れ落ちていた。面倒くさい仕事が更に増えたわけである。レレイは通れないのだから調べなくて良いと言っているが、逆だ。次にいつ通れるのか解らないと言うのならば、逆に今、通れている間に調べられる限りは調べなければならない。つまり、クーレッシュの責任重大というわけだ。慰めるようにアリーとブルックが左右からポンポンとクーレッシュの肩を叩いてやるのだった。
そんな彼らを見つめながら、レオポルドがしみじみと口を開いた。
「そうね。全員通れて良かったわぁ。ユーリちゃんを通したかったとかだったら、ユーリちゃんが通った後は閉じちゃってたかもしれないものねぇ」
「そうなると、あたしとイレイスとレオーネさんが通れないですね」
「そうねぇ。か弱い……わけではないけれど、女三人が取り残されちゃうのは嫌ねぇ」
「ですねー」
「いや、女三人じゃねぇだろ。お前は男だろ」
仲良く楽しそうなレオポルドとレレイの会話に、アリーが打てば響くようにツッコミを入れた。しかし綺麗に聞き流されている。美貌のオネェは時々自分を女性枠に入れるのだ。かといって普段から女性を主張して女装しているかと言えばそうでもないので、多分気分的なものなのだろう。オネェは男でありながら女であり、また男女のどちらでもないという存在なのだから。……多分。
何とか気を取り直したクーレッシュを励ましながら通路を通っていると、地図と歩いている場所を照らし合わせていたクーレッシュが面倒そうにげっと声を上げた。それに振り返るアリーに対して、彼は本当に面倒そうに、自分の見解を述べた。
「リーダー、この道、ダンジョンコアに通じてる気がします」
「……そうか」
「地図で確認したら、向かってる先がダンジョンコアか、そこに続く部屋な感じが……」
「…………そんなことだろうと思っていた」
「マジですか」
「諦めろ。ユーリが引いた隠し通路だ」
きっぱりはっきり言い切るアリーだった。悠利がぼそぼそと「僕何もしてないです」とぼやいているが、無視された。確かに悠利は目立つ行動は取っていないかもしれない。隠しスイッチを押したとかでもない。だがしかし、招待を受けたのは悠利である。なので、責任の一端は悠利にあると言われても多分否定できないのだ。現実は無情であった。
そんな風にぼやきや軽口を叩きながらも、一同は通路を通り抜け、そして、クーレッシュの予想通りにダンジョンコアに通じる部屋へと出た。全員が通路から部屋へと入ると、通路はまるでそこにそんなものは無かったのだと言いたげに普通の壁へと戻ってしまった。それを見て、クーレッシュはがっくりと肩を落とす。色々と面倒くさかったので。
「…………妙だな」
「アリーさん、どうかしました?」
「ダンジョンコアに通じるこの部屋には、他の部屋と違って普通に魔物がいるはずだ」
「……いませんね」
「あぁ」
そう、アリーの言葉の通りに、本来ならばこの部屋には、ごく普通のダンジョンらしく魔物がいるはずなのだ。それも、ある程度強い魔物が。それも当然で、ここはダンジョンの心臓部とも言えるダンジョンコアの元へ続く部屋なのだ。……なのに何故か今、人払い完璧とでも言う具合に魔物が一匹もいなかった。
何故いないのかと真剣に考えているアリーの袖を、悠利はくいくいと引っ張った。彼の視線の先には、宝箱があった。ダンジョンのお約束と言うべきなのか、何故かそこに、宝箱。
「あの宝箱なんですか?」
「ダンジョンコアに続く側の部屋は、宝箱に採取品が入ってるんだ」
「へ?」
「何でも出ると言っただろ。あの中に、このダンジョンで手に入る全ての収穫品が不規則に入っている」
「……ガチャ宝箱だ」
もうそれは悠利の中ではガチャ決定だった。開けて良いですか?とうきうきしながら問いかける悠利に、アリーはため息をついてから許可を出した。彼自身も【魔眼】で宝箱に危険がないことは確認しているし、何より悠利の保持する鑑定系最強のチート
そう、危険
「宝箱オープーン」
わーいと言いたげに人生初宝箱を開けた悠利は、中に入っていた物体を見て首を捻った。悠利の中でここは美味しい食材がゲット出来る採取ダンジョンだ。そのダンジョンで手に入るのだから、何か美味しい食べ物だと思っていたのだが、宝箱に入っていたのは悠利の予想とは違うものだった。
「お花……?」
そこにあったのは、綺麗な綺麗な花だった。スズランに良く似ている。小さな淡い水色の花が幾つも咲いているのだが、その花の形が少し変わっていた。まるで星のような形をした不思議な花を、悠利はひょいとその手にして首を捻っている。……それを見た瞬間、アリーが盛大にため息をついたのに気づいて、振り返った。
「アリーさん?」
「……そうだよな。お前が開けたらそうなるよな」
「え?」
綺麗なお花というだけじゃないのか?という顔をした悠利に、アリーは明後日の方向を見ていた。どうやらこの花も、色々アレらしい。そう思った悠利は、頼りになる【神の瞳】を発動して調べることにした。解らなければ調べれば良いのである。
かくして、鑑定結果はというと。
――星見草
数十年に一度、星降る夜にのみ花を咲かせると言われるレア植物。
愛らしい見た目と気分を落ち着かせる香りが特徴。
観賞用に愛でる貴族も多いが、花は香り付けに、葉や茎、根は薬の材料に使われる。
原産地は標高の高い山の上なので採取がなかなかに困難。
「……うわぁ」
ちょっとアレなお花だった。綺麗だな、可愛いな、とは思ったけれど、多分間違ってもアジトの花瓶に飾るような花ではあるまい。これどうしたら良いんだろう、と割と真剣に悩む悠利だった。
「あらあら、ユーリちゃんったら本当に強運ねぇ。ここで星見草引き当てるなんて聞いたことないわよぉ」
「というかレオーネさん、ここ、食材が手に入るダンジョンじゃないんですか?」
「ちょっと違うわね。正確には植物系の素材が一通り揃うダンジョンよ」
「……あ、そうなんですね」
「ただ、植物系っていうと食材が多く含まれるから、気づいたら王都の人向けにあんな風に食材優先になっちゃってたらしいけど」
「……わー」
謎が解けたのは素晴らしかったが、そっちにアップグレードされちゃうんだ、と思う悠利だった。とことん規格外なダンジョンなんだなぁと他人事のように思う悠利だった。なお、彼の思考を皆が読んでいたら、多分十人中九人は「お前が言うな」とツッコミを入れてくれただろうが。知らぬが仏だった。
とりあえず、どうするかは後で考えようと星見草を学生鞄に片付ける悠利。そうこうしている間に、クーレッシュが元に戻ってしまった壁の調査を終えたので、彼らはそのままダンジョンコアへ続く出口へと足を進めた。本来ならばそこには門番よろしく魔物が立っているはずなのだが、今日はいなかったので。
そして短い通路を通り抜けた先のダンジョンコアのあるダンジョンの心臓部とも呼べる部屋に、彼らは到着した。部屋の中央にはキラキラと輝く大きな水晶のような物体が浮かんでいる。これがダンジョンコアかぁ、と悠利はちょっと感動した。キラキラ輝きながら、くるくると回っているのだ。ちょっとわくわくしてしまうのだった。
「イラッシャイ」
そんな風に暢気な悠利と、室内を見渡して警戒を怠っていなかった一同に向けて、幼い子供の声が届いた。声のした方向へと視線を向けると、ダンジョンコアの傍ら、ふわふわと空中に浮かんで座るような恰好をしている子供が、フードの頭をゆらゆらと振っていた。そこにいたのは、悠利がココナッツジュースを分けてあげた子供だった。ねずみ色のローブに赤い靴。小さな手足だけがちょこんとローブの先から見えている。相変わらず顔の上半分を隠しているので、口元しか見えていない。
悠利を除くこちら側が全員緊張を滲ませたのだが、当の悠利はそんなことには全然気づかず、ぱぁっと破顔して口を開くのだった。
「ここ、君のお部屋なの?」
「ソウ」
「どうして僕を呼んでくれたの?」
「楽シソウダッタ、カラ」
「へ?」
ほわっと子供は口元だけで笑った。何が?と言いたげな顔をする悠利に、子供は小さな手を顔の前で合わせてもじもじとしながら言葉を続けた。相変わらず片言の喋りなのでちょっと聞き取りにくかったが、皆が沈黙しているのでその声はしっかりと響いた。
「色ンナ人ガ来テクレルケド、楽シンデクレル人ハ、イナカッタカラ」
「そうなの?」
「皆、喜ンデクレルケド、楽シンデハイナカッタ」
「あぁ、なるほど」
ふむふむと一人納得する悠利。ここは大変便利なダンジョンなので、訪れる人々は色々と感謝するだろう。だがしかし、皆、必要なモノを手に入れる為にやってくるので、楽しんでいるわけではない。喜んでいるのと楽しんでいるのとはまた違う。そんな中、無邪気にダンジョン探索を楽しんでいた悠利の姿が嬉しかったということらしい。
その上、ひょっこり姿を現したらジュースとおやつを分けてくれた。それがとても嬉しかったのだと、子供はたどたどしい言葉で伝えてくる。その姿ははにかんだような雰囲気と合わさってどこまでも愛らしく、いつの間にかアリー達も警戒を解いていた。というか、警戒するのも可哀想に思えたのだ。
「聞いて良いか?」
「何?」
「お前は、ダンジョンマスターなのか?」
「ソウダヨ」
アリーの問いかけに、子供は何を当たり前のことを聞くのかと言いたげに首を傾げた。相変わらず顔は見えないが、口元が不思議そうに小さく開かれている。状況証拠からしてもこの子供がダンジョンマスターなのは間違いない。間違いないのだが、アリーには確認を取らなければならない理由があったのだ。
「俺が知っている情報では、ダンジョンマスターは隠者風の大人だったんだが」
「偉イ人ニ会ウトキハ、キチントシテタカラ」
「……つまり、本性はそっちなのか?」
「ソウ」
こっくりと子供は頷いた。どうやら、子供の姿で偉い人に会うのはダメだと言う持論から、役人などに会うときは大人の姿に変身していたらしい。その場に思わず脱力するアリーだった。もしかしてダンジョンマスターが知らない間に代替わりしていたのかと思ったら、全然違う理由だった。別にダンジョンマスターは人ではないので、そのままの姿で出会ってくれて問題などなかったというのに。
そんなアリーの横をすり抜けて、ルークスがぽよんと子供、ダンジョンマスターの腕の中に飛び込んだ。キュイキュイと楽しそうなスライムの頭を優しく撫でるダンジョンマスター。小さな子供がサッカーボールサイズのスライムを愛でている姿は大変愛らしく、相手が人外の何かであると解っていても思わず和む一同だった。悠利など、スマホが使えるなら写真や動画に納めたいと思うほどに和んでいた。
「はいはい、一つ聞いていいかー?」
「質問アルノ?」
「あるある。俺らが通ってきた通路。アレ、今後も出したりするのか?他に誰かを通したりとか」
「出サナイ。通サナイ」
クーレッシュの質問に、子供はきっぱりはっきり言い切った。それを聞いてその場に崩れるクーレッシュ。頑張って調べたりメモを取ったのに、全部無駄になったのだ。頑張ったのに悲しいと思うクーレッシュだった。ぽんぽんとレレイに肩を叩いて慰められている。……ただ、労る気持ちがありつつも力の強いレレイなので、ちょっと痛いと呻いているクーレッシュだった。いつもの二人だ。
「あの通路、もう使わないの?」
「ウン。君達ガ帰ッチャウト嫌ダッタカラ、開ケタママニシタノ」
「そっかー」
それで終わらせるなと言いたかったのだろうが、何かを言いかけたアリーの口はブルックとレオポルドによって左右から塞がれた。言っても無駄だから止めておけ、という感じだった。思考回路が読めない人外の存在であるダンジョンマスター(しかもどうやら外見通り内面も子供に近いらしい)と、マイペースが服を着て歩いているような天然ほわほわの悠利。細かいことを考えるだけ無駄である。
結局その後、悠利達は滅多に無い経験だからとダンジョンマスターと一緒にお茶をして色々な話を聞くのだった。もうこの際情報収集に活用してやるという風に開き直ったアリーだった。そして、お土産として華水晶を大量に頂いて、アジトに残っていた女性陣に喜ばれるのだった。
なお、「マタ遊ビニ来テネ」とお願いされたので、その後も時々は仲間達に連れられて収穫の箱庭に赴く悠利がいるのでありました。……何故か人外の友達が増えました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます