迷宮ココナッツで美味しいジュースを。
「あ、ここは魔物がいるんだ」
足を踏み入れた部屋で、それまでの部屋では見かけなかった魔物を見かけた
魔物は小振りだった。というか、どう見ても愛嬌のあるお猿さんだった。しかしただの動物ではなく魔物であることを示すように、腕が四本だった。足を合わせて六本だ。余分に二本の腕があるので、二本で身体を固定し、二本で枝や果実を掴んでいる。
「あ、あいつらはフォーアープって言うんだけど、ちょっと面白いんだよー」
「面白い?」
「うん」
レレイが楽しそうに笑う。と、それまでキーキー鳴いて退屈そうにしていたフォーアープが、キラリと目を輝かせた。彼らの視線の先には、ココナッツを求めてなのか木に近付く人々の姿があった。そして、二本の腕で身体を支え、もう二本の腕で木に生っていたココナッツを引っつかむと、眼下に向けてぶん投げた。
「へ?」
呆気にとられる悠利の視界では、キャッキャと楽しそうにしながらフォーアープ達が、近寄ってくる人々にココナッツを投げつけている。びっくりして逃げる人々の足下に、ココナッツが落ちていく。何をやっているのか悠利にはさっぱりだ。というか、これは攻撃じゃないのかな?と心配になった悠利だ。
しかし、驚きはそれだけで終わらなかった。びっくりして部屋の端っこへ逃げていく人々と裏腹に、まるで心得たように近寄っていく人々がいる。大きな網を2人がかりで広げて立つ。すると、そこめがけてフォーアープ達はココナッツを投入しはじめた。
しばらくして、望みの分だけココナッツを手に入れたのか、ありがとうなーと言いながらその人達は網を縛って去って行った。呆気にとられる悠利と、同じように意味が解っていない人々を残して、当事者は(樹上のフォーアープも含めて)とても満足そうだった。
「……レレイ、アレ、何?」
「あのね、ここのフォーアープは、ああやって果物を採ってくれるんだよ」
「はい?」
「外で出会うのは木の実投げつけて攻撃してくるんだけどね。ここのは代わりに収穫してくれるんだー。優しいよね!」
「……いやあの、優しいかも知れないけど、結構な剛速球だったよ……?」
思わず悠利が目を点にしたけれど、多分仕方ない。慣れている人には解るかも知れないが、知らない人にはどう考えても攻撃されているとしか思えない。アレ親切だったの!?みたいな反応をしている人々がいるので間違いない。しかし、悠利以外はこちらサイドは全員平然としているので、そういうものらしい。
なお、レレイが口にした通り、フォーアープも立派な魔物なので、外部で出くわせば木の実を投げつけて攻撃される。比較的臆病な部類に属する魔物で、木の上からは滅多に降りてこない。だがしかし、だからこそ縄張りに近付く相手を上から迎撃しようとするのだ。その性質が何故かなりを潜めて、収穫を手伝う方に調整されているのがこのダンジョンの不思議だった。
流石、ダンジョンマスターが人々との交流を望む採取ダンジョン、収穫の箱庭。低難易度のダンジョンだからでは片付けられないミラクルがそこにある。
「ユーリ、ココナッツいる?」
「え?あ、うん。出来るなら若い実が良いかな。そのままジュース飲めるし」
「オッケー」
それじゃ貰ってくるねーと笑顔でレレイはフォーアープに近付いていった。投げつけられるギリギリの位置で立ち止まると、若い実頂戴ー!と平然と話しかけている。言葉が通じるのか胡乱げな顔をしている人々もいるが、フォーアープ達は心得たように若い実を手にした。
それを見て、レレイは一歩足を踏み出した。瞬間、魔物の腕力による剛速球ばりの速度でココナッツが投げつけられる。道具も何も持っていないレレイなので周囲は心配しているようだったが、悠利達は誰も心配しなかった。だってレレイだし。
案の定、レレイは投げつけられるココナッツを片手で受け止め、片手で足下に転がすという流れ作業で次々ゲットしていく。ひょいひょいと軽やかな身のこなしでココナッツを受け止めるレレイと、彼女の手際を褒めるように盛り上がっているフォーアープ。変な空間が出来上がっていた。
「……一種の曲芸みたいだなって思ったの僕だけかな」
「言うな、ユーリ」
「ユーリ、言ってはいけませんわ」
「うん、ごめん。何かレレイがノリノリだから、つい……」
ぼそりと悠利が呟いた独り言は、クーレッシュとイレイシアにそっとたしなめられた。確かに思っていても黙っていた方が良い内容だった。でもそう見えたというのも悠利の本音であった。
ココナッツをゲットしたレレイは、両手にそれを抱えてうきうきしながら戻ってきた。とても良い笑顔だ。フォーアープ達相手に楽しいやりとりをして、当人は面白かったのだろう。悠利希望の若い実のココナッツをゲットして、大変満足そうだった。
「はい、ユーリ。若いのばっかり貰ってきたよ」
「ありがとう。入れてくれる?」
「オッケー」
ぽいぽいとココナッツを学生鞄に放り込むレレイ。その二人の微笑ましいやりとりの向こうで、やはりケーキで買収されたらしいブルックがフォーアープ達からココナッツを貰っていた。こちらは普通に熟したココナッツを希望しているらしい。ほぼ身動きせずに腕の動きだけでココナッツを受け止めるブルックの姿に周囲から賞賛の声が上がるが、当人は何も気にせずに平然としていた。
図らずも身内が二人も曲芸まがいをやらかしたことにこめかみを押さえているアリーの隣で、労せずしてココナッツを入手できたレオポルドはご満悦であった。オネェは世渡りが大変上手だった。そしてアリーは見た目の割に真面目でマトモで苦労性だった。常識人は辛いよ。
不意に、悠利の足下に待機していたルークスが動いた。ぽよんと跳ねて、フォーアープ達の射程圏内に入っている。
「ルーちゃん?」
「キュキュキュー!」
「ウキャ?」
「キュイ、キュキュイ」
「キャッキャ!」
「キュウ!」
「……えーっと、何か仲良しになった、の、かな……?」
ぽよんぽよんと跳ねながら何かを伝えているルークスと、身を乗り出して愉しそうなフォーアープ達。どうやら、魔物同士で交流をしているらしい。ただし、この場には彼らの言葉を理解できる存在がいないので、あいつら何やってんだ状態であった。悠利はルークスの主ではあるが、その言葉はさっぱり解らない。
帰宅したらアロールに何話してたのか確認して貰おう、と悠利は心に決めた。僕っ娘の十歳児は優秀な魔物使いなので、魔物の言葉は全て理解しているのだ。ルークスが愉しそうなのは良いことなので、何が楽しいのか気になる悠利だった。
そんなこんなでフォーアープからココナッツを手に入れた悠利達は、そのままダンジョンの探索を続けた。あちこちで色々と食材を入手した彼らは、今、セーフティーゾーンにいる。他のダンジョン同様ここも魔物が寄ってこない&無限の湧き水が設置されている。なお、普通のダンジョンなら存在するそのままで食べられる果物などは存在していない。……設置する必要がないとも言えた。ここに到着するまでの間に収穫出来るので。
「ここがセーフティーゾーンなんだね。わー、美味しそうな湧き水」
「綺麗な水じゃなくて美味しそうなのかよ」
「え?だって、飲み水でしょ?」
「いや、そうなんだけど」
そうだけどそうじゃない、とクーレッシュがいつもの調子でぼやくものの、悠利もいつもの調子で首を捻っていた。何で?とでも言い出しかねない雰囲気だ。彼は安定の天然マイペースだった。
まぁ、実際、この湧き水は美味しいものだ。ダンジョンによって味に差はあるらしいが、ここは訪問者に優しいダンジョンである。湧き水の味も一級品だった。たとえて言うなら、名水百選に入ってそうな感じで。水を目当てにやってきて、酌んで帰るものがいる程度には美味しい水である。
「とりあえず、一度休憩だな。お前も歩き回って疲れただろ?」
「はーい。それじゃ、飲み物とおやつ用意しますねー」
「いや、大人しく休めと、……聞け」
「え?」
ごろんごろんと学生鞄からココナッツを取り出している悠利に対して、アリーは思わずツッコミを入れた。しかし、悠利の方は何も気にしていなかった。何故か持ってきていた包丁をレレイに手渡している。渡されたレレイはそのままぱっかんぱっかんとココナッツの頭の部分を切り落としていた。二人ともぶれない。
頭の部分を切り落としたココナッツの中身を、悠利はこれまた学生鞄から取り出した大ぶりの計量カップに入れていく。何でそんなものを持ってきてるんだというアリーのツッコミは届いていなかった。学生鞄が容量無制限かつ時間経過無効という無敵の
若いココナッツは、中に美味しいジュースを蓄えているのだ。熟していく課程でこれは果肉と空気に置き換わるらしい。産地では直接ストローを刺して飲むという豪快なバージョンもあるらしい。生憎、悠利はお店で軽く飲んだくらいしか記憶にないのだけれど。
ぺろりと味見をしてみると、そこまで甘くはなかったので、甘みを加える為に果肉の部分をぽいぽいとコップに入れていく。果肉と一緒にジュースを飲むと、食感と甘みが追加されてそれはそれで美味なのです。
それでも味が薄いとか飲みにくいと感じた場合は、野菜ジュースやソーダ割りなど、お好みで調整しましょう。なお、悠利は調整用として柑橘類を手早く切っていた。現地調達フレッシュ果物を絞れば、多分美味しくなるだろうとかいう行き当たりばったりだった。ジュースに入れなくてもそのまま食べれば良いのだし。
「ユーリ、お前何してんだ……」
「え?休憩用の飲み物と、お茶請けのクッキーの用意を……」
「……そうか」
当人が普通の顔で作業をしているので、アリーも色々ツッコミを入れるのを諦めたらしい。何でお前は大人しく休まないんだと言いたいのかも知れない。しかし、悠利にしてみれば収穫作業はレレイが代わりにやってくれていたので、そこまで疲れていないのだ。後、ダンジョンのセーフティーゾーンで休憩ということで、ちょっとテンションが上がっていた。ピクニック気分で。
人数分のコップにココナッツジュースを注ぎ、大皿に以前作ったクッキーやパンの耳のフレンチトーストを並べて、当人はご満悦だった。なお、ジュースを抜き出した後のココナッツや、切り分けた後の柑橘類の皮その他は、全てルークスが処理している。今日も便利な生ゴミ処理係でした。
「味が薄かったら果物加えてくださいねー」
「……お前は本当に、休憩の意味を解ってない……」
「はい?」
きょとんとしている悠利にため息をつきながらも、アリーはコップを受け取り中身を飲んでいる。他の面々もコップ片手にココナッツジュースを飲みながら、大皿に盛りつけられたクッキーとフレンチトーストに手を伸ばしている。なお、人目を気にしてなのか、ブルックの食べるスピードはゆっくりだった。
他愛ない雑談をしつつココナッツジュースとクッキーを堪能していた悠利は、ふと視線を感じて振り返った。ルークスもアリー達も反応をしていないので、悪意や害意はないのだろうと理解している。そもそも、危ない相手だった場合は【神の瞳】さんが赤判定をしてくれるので。
そんな悠利の視線の先に居たのは、フードですっぽりと顔の上半分を覆った子供だった。雨合羽のようなローブのような感じの格好で、手先と足先以外は全部布の中だ。まるでてるてる坊主かデフォルメされた隠者のようでもあった。ねずみ色のローブに、赤い靴。布の先に出ている手は小さくて白かった。ほわりと笑う口元だけが見えるのだが、目深に被ったフードのせいで目元は一切解らなかった。
「迷子?」
悠利の問い掛けに、その子供はふるふると頭を左右に振って答えた。迷子じゃないなら良いやと思う悠利だった。そこでふと、子供が悠利の手元、コップとクッキーを見ていることに気づいた。フードを被っているので解らないが、顔がそちら向きに固定されているので見ているのだろう。
破顔した悠利は、学生鞄から新しいコップを取り出し、残っていたココナッツジュースを果肉と一緒に入れてやった。小皿にクッキーを盛りつけて、そっと差し出す。子供は、驚いたように悠利を見上げる。だが、やはり目深に被ったフードのせいで顔は見えなかった。それでも、不思議そうに小さく丸の形に動いた唇だけで、驚いているのが伝わる。
「はい、どうぞ。ジュースはここのココナッツのだよ。クッキーは僕が作ったのだから、口に合うかは解らないけど」
「……ァ、アリガトウ」
小さく、小さく子供は答えて、コップと小皿を受け取った。悠利の隣にちょこんと座り、くぴくぴとココナッツジュースを飲む。ほわんとした雰囲気が漂った。小さな手でクッキーを摘まむと、もごもごと口を動かしながら食べる。ぱたぱたと小刻みに身体が揺れるので、どうやら口に合ったらしい。何とも可愛らしい所作に、悠利も自然と笑みを浮かべる。
そうしてココナッツジュースとクッキーを完食した子供は、ローブの中に突っ込んだ手を、握ったままぎゅっと悠利に差し出してくる。意味が解らないままに掌を広げた悠利に、子供は口だけでにこっと笑いながら掌の中身をぽとんと落とした。
それは、とても綺麗な花の形をした氷だった。バラのような、花びらの多い綺麗な細工の氷だ。けれど、氷だと解るのに触れてもそこまで冷たくなく、さらには悠利の体温で溶けることもない。摩訶不思議な氷の花に、悠利は首を傾げた。
「美味シカッタ、カラ」
「え?うん、でも、別に良いんだよ?こんな風に何かをくれなくても」
「マタ、後デネ」
「え?」
ほわんと笑うと、子供はすたたたと小走りで去って行く。何が何だか解らずに、ただその背中を見送る悠利。そして、気づく。
それまでただの壁だった場所に、ぽっかりと人が通れるサイズの横穴が出来ていることに。
「……え?」
子供はそのまま、今できたばかりのような横穴を走り抜けていく。暗がりへ消えていく子供の背中は、すぐに見えなくなった。足音ももう聞こえない。そして、何故かその横穴は、変わらずそこにあった。
悠利は思った。やらかしたかもしれない、と。
そもそも、誰一人反応をしなかったのは何故だろう。悠利の隣にはアリーが座っていたし、向かいにはブルックが座っていたのだ。その二人が無反応だった。あんな不思議な子供だったのに。ルークスですら、何もなかったかのように果物を食べている。
「……え、あの子、何……?」
「……あ?どうした、ユーリ」
「えーっと、アリーさん、さっきまでここにいた子供、解ります?」
「子供?」
何言ってるんだ?と言いたげなアリーに、悠利は顔を引きつらせた。お化けではなかったと思っている。何しろコップも小皿もそこにあるのだから。だがしかし、何故、誰も、気づかなかったのか。
そこで不意に、ブルックが悠利の手元を凝視している。釣られるようにアリーも凝視して、そして、盛大なため息をついた。
「あ、アリーさん?」
「とりあえず聞くぞ、ユーリ。お前その華水晶を、いつ、手に入れた?」
「……今さっきです」
「どうやって、手に入れた?」
「こう、フードで顔の上半分を隠した子供に、ココナッツジュースとクッキーあげたら、お礼にくれました」
「…………やっぱりか!」
あ、やっぱりこれ何かやらかしたんだ、と悠利は思った。頭を抱えているアリーの代わりに、ブルックが華水晶について説明をしてくれた。これは、水に溶かして飲むと美味しい花の香りのする氷砂糖らしい。見目も美しいので、女性に大人気でもある。だがしかし、収穫の箱庭でも滅多にお目にかかれないレア食材らしく、産地以外で手に入れるのはまず不可能と言われてもいる。……つまりは、王都で入手しようと思ったらかなりレアな飲み物の素であった。
それをくれた子供が何者なのか、ちょっと考えたくない悠利だった。だがしかし、彼にはもう一つ、伝えなければならないことがあった。アリーもブルックも気づいていないので、自己申告をしなければならないのだ。
「クーレ」
「ん?何?」
「あそこにね、新しい通路なのか隠し通路なのか知らないけど、横穴、出来ちゃった……」
「はぁああああ!?」
ギルドより地図とダンジョン内に齟齬がないか調べる仕事を任されているクーレッシュは、思わず叫んだ。簡単なお仕事だった筈が、余計な仕事が増えている。何で!?と叫ぶ彼に罪はない。でも、問われた悠利だって悪くない。悪くないのだ。
「それと、アリーさん」
「何だ」
「後でねって言われたんですけど、僕」
「…………つまり、あの通路を通ってこい、と?」
「そうじゃないかなって……」
「お前は本当に……!お前は、本当に……!」
「すみません、すみません!赤じゃなかったから、大丈夫だと思ったんですぅううう!」
わなわなと震えながら頭をぐぐっと押さえつけてくるアリーに、悠利は素直に謝った。全力で謝った。うっかり変なのに接触した自分が悪いとは思っている。思っているが、普通の迷子だとか子供だと思ったのだ。悪気はなかった。いつもの通り、悪気はなかった。
「……ねぇ、イレイスちゃん」
「何でしょうか?」
「あたくし思うんだけど、ユーリちゃんっていつもと違う場所に連れ歩くと、絶対に何か起きるんじゃないかしら?」
「……わたくしにはお答え出来かねます」
「そうね、ごめんなさい。詮無いことを言ったわ」
ふぅ、と口元に手を当てて困ったように笑うオネェの隣で、イレイシアはそっと目を伏せて静かに呟くのだった。彼女に言われても困ることだった。だがしかし、間違っていない気がすると思うのも事実だった。
そして、休憩の後にクーレッシュの仕事もあるので、皆で隠し通路(?)を通ることになる一行であった。細かいことを気にしたら負けです。
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