採取ダンジョンで食材探しです。


 収穫の箱庭は採取系ダンジョンである。

 それは悠利ゆうりも皆から聞いていたから知っている。難易度が低く、食材が色々採取できる実に素晴らしいダンジョンだということも知っている。だがしかし、実際に現場を見て彼は思った。




「……ダンジョンって言うか、農園……?」




 ぼそりと呟いた悠利の言葉は、特に誰にも拾われなかった。まず悠利達が足を踏み入れたのは根菜のゾーンだ。根菜は日持ちするし、色々と使い道があるし、便利なのだ。何が採れるんだろうとわくわくしながら足を踏み入れた。そんな悠利を迎えてくれた光景は、彼の独白の通り、農園っぽかった。

 目の前に広がるのは、手入れされた畑としか思えない光景。その畑らしき土の上にちょこちょこ見えているのは根菜の葉っぱ達だ。大根とかタマネギとかジャガイモとかサツマイモとか人参とかが見える。物凄く普通に見える。どう考えても畑みたいだった。

 更に、その広大な畑の野菜達を、当たり前みたいに収穫している一般人の皆様の姿も見える。大根を引っこ抜いている少年。ジャガイモを掘り起こしている女性。タマネギの上の葱坊主を面白そうに突っついている少女。手際よく人参を収穫していく男性。もうどう見てもただの農園である。


「ユーリ、何欲しいー?」

「え?」

「引っこ抜いてくるよ?」


 にこっと笑うレレイの言葉に、大根とタマネギと条件反射でお願いしてしまった悠利だった。レレイは嬉々として畑部分へと歩いて行って、当たり前みたいに収穫している。ダンジョンの中で食材を採取すると言うから、何かこうファンタジーな展開を想像していたが、予想以上に普通に畑すぎた。

 うーん?と首を捻っている悠利の気持ちが解るのか、ぽんぽんとクーレッシュが肩を叩いてくれた。年齢も近く、何となく一般常識的な部分の感性も近いクーレッシュと悠利は良き友達である。若干天然な悠利を相手にするのでクーレッシュがお兄ちゃんっぽいかもしれないが。


「解るぞ、ユーリ。何でダンジョンの中に畑があるんだとか、何で誰もそれを変に思わないのかとか、言いたいんだろ?」

「あ、やっぱり皆そう思うんだよね?」

「思う思う。最初はな。……ただもう何か、ここはそういうダンジョンだって思うようになった」

「なったんだ」

「何だかんだで採取依頼でしょっちゅう来ると、気にしてても仕方ないなってなるんだよ」

「なるほど」


 クーレッシュの言い分に納得する悠利だった。最初はちゃんと驚くとしても、回数を重ねていれば慣れてしまうのだろう。というか、仕事で来ている以上そこを気にしすぎて仕事がおろそかになってはいけないので、当然とも言えた。

 ここはとても不思議なダンジョンだった。そもそも、ダンジョンだというのに侵入者であるところの人々をちっとも拒んでいないのだ。全体的な空気が柔らかく、優しい感じがする。ダンジョンマスターが他者の来訪を願っていると言われて信じてしまえる程度には、暖かみのあるダンジョンだった。……ダンジョンで暖かみや居心地の良さってどうなんだろうとは思うが。


「ほい、採ってきたよー。魔法鞄マジックバッグ開けてー」

「あ、うん。ありがとうレレイ」

「ううん。これぐらいお安いご用」


 ぱかりと口を開けた悠利の学生鞄の中へ、レレイは収穫してきた大根とタマネギを放り込んでいく。迷宮食材は普通の食材よりも更に旨味が凝縮されていて美味しい。見た目はあまり変わらない場合や、やや大きめだったりするが、味は上位互換のように美味しいだけである。大変便利だ。ちなみにここの大根とタマネギは、大きさも形も普通のそれとあまり変わらなかった。

 立派な大根なので、持ち帰ったら何か煮物でも作ろうと思う悠利だった。タマネギは炒め物にもスープにも使えるので、いくらあっても困らないし。細かいことを考えるのは止めにして、美味しい食材が手に入ったと割り切ることにした悠利だった。

 そんな感じに色々な場所を回って食材を手に入れていた悠利は、何気なく入った場所で再び目を点にした。そこは果物のエリアで、大きな木が幾つも生えていた。そして、その木には果物がなっているのだが。


「……何でミカンの隣にグレープフルーツとか柚子とかかぼすとか生ってるの……?」

「知らん」

「いや、アリーさん、知らんって……」

「ダンジョンマスターに聞いてくれ。この部屋は柑橘系の採れる部屋なんだ」

「だからって、同じ木に色んな種類が生ってるとか思わないんですけど……」


 悠利の予想の斜め上を行ってくれる採取ダンジョンだった。他の部屋ではそこまで変なこともなかったような気がするのだが、再びダンジョンの不思議に遭遇した気分だった。ごろんごろんと美味しそうな果物が生っているのは見ていて楽しいが、だからといってミカンの隣に平然とグレープフルーツが生っているのはどうなんだろうと思う悠利だった。

 とはいえ、気にしていても仕方ないかと思う気持ちもあった。ここはそういうダンジョンなのだと皆が言っていたじゃないか、と思い出す悠利。細かいことを気にするだけ無駄だった。だってここはダンジョンなのだから。

 美味しそうな柑橘類を見上げながら、どれにしようかなーと考えている悠利の耳に、聞き馴染んだ声が聞こえた。……ただし、聞き馴染んでいるが、こんな場所で遭遇するとは思っていなかった声でもある。


「アリーにブルック?やだ、何で貴方達がこんな初級ダンジョンにいるのよぉ」

「……げ」

「……何故いる」

「何よその顔。むしろあたくしが聞きたいぐらいよ。あら、ユーリちゃん、こんにちは。皆と一緒に収穫に来たのかしらぁ?」

「はい。レオーネさんも収穫ですか?」

「えぇ、仕事で必要なものを探しに、ね」


 そこにいたのは、今日も大変麗しい美貌のオネェだった。見慣れたいつもの装いかと思いきや、その上にフード付きの長いローブを羽織っている。淡い紫色のシンプルなローブは、胸元の留め金にお洒落な金細工のブローチを使っている以外は特に装飾も見当たらない。悠利のイメージではよくある魔法使いのローブみたいな感じの恰好だった。お洒落に余念がないオネェの恰好にしていは地味だなと思ったのは内緒である。

 アリーとブルック相手には雑な扱いをしていたレオポルドであるが、悠利とその周囲の若手組に対しては柔らかな微笑みを向けてくれる。保護者2人に対する扱いが色々アレなのは、やはり元パーティーメンバーという気安さなのだろう。アリーとブルックも特に気にしていないので、これは彼らの通常運転である。

 そこでレオポルドは悠利達に向けていた優しい笑顔から一転、物凄く呆れたような顔になってアリーとブルックへと顔を戻した。2人は面倒そうな顔をして唯我独尊の美貌のオネェを見ている。何を言われるのか察しているのだろう。どっちも半眼であった。


「いくらユーリちゃんが心配だからって、どう考えても過剰戦力でしょうが。アリー1人で十分なのに、何でブルックまで連れてきてるのよ。こんな平和なダンジョンに連れてくるような男じゃないわよぉ」

「うるせぇ。何が起こるか解らねぇのがユーリなんだよ」

「そこは否定しないけど、仮にここで魔物に大量に襲われたところで、コレはいらないでしょぉ?」

「俺はものか何かか」

「黙らっしゃい。この規格外戦闘能力保持者」


 オネェは元仲間に容赦が無かった。もの扱いの次は規格外認定されたブルックは、面倒そうにレオポルドを見下ろしているだけで口は開かない。口で彼に勝てるわけが無いことを知っているからだ。それはアリーも同じらしく、そっぽを向くだけだった。

 まぁ、今回に関してはレオポルドの指摘が正しい部分もある。悠利が何をやらかすか解らずにブルックを連れてきているが、普通に考えていらない。例えるならば、鼠退治に核ミサイルを用意するようなものである。一応ブルックは相手に合わせて調整できるので核ミサイルよりは安全だが。

 そんな風に通常運転なやりとりをしている大人達をそっちのけで、悠利は美味しそうな柑橘類を見上げてどれにしようかなーと暢気だった。話題の原因が自分なのは解っているが、決めたのはアリーとブルックなので悠利は関係ないのである。呼ばれていないので物色しようとけろりとしている乙男オトメンだった。マイペース強い。


「で、ユーリのお眼鏡に適うのはどれだよ」

「お眼鏡って何?」

「いや、お前いつも食材選びは吟味するってヤックが言ってたからさ」

「どうせなら、大きいのとか鮮度が良いのとかが良いでしょ?」

「おう。でも、その為に鑑定使う奴はあんまりいないと思う」

「そう?便利なのにねー」


 へろんと笑う悠利に、いないんだぞ、とクーレッシュは念を押すように告げた。お前もうちょっと自分の技能スキルがレアなこと理解しろよーと言いたいクーレッシュだった。この世界の鑑定系技能スキルは大変有能なので、あちこち引っ張りだこなのだ。そのとても便利でレアな技能スキルを、食材の目利きとか仲間の体調管理にしか使わない悠利が色々おかしいだけである。なお、当人は普通の使い方だと思っている。ちょっと便利な技能スキルぐらいにしか認識していないのが悠利である。安定だった。

 とりあえず、色々と便利な【神の瞳】さんを使いながら果物を物色した悠利は、隣で出番を待ち構えているレレイににこりと笑った。一際艶やかなミカンを示して、お願いする。


「あのミカンと、その隣の柚子とかぼすお願い」

「任されたー!」


 レレイは張り切ってミカンの真下へと歩いて行く。大きな木である。とても大きくて、周囲は備え付けらしい踏み台を交代で使いながら収穫している。順番待ちしないとねーと悠利がのほほんと呟くが、クーレッシュとイレイシアは2人揃って首を左右に振った。

 え?と不思議そうにする悠利の肩をぽんぽんと両脇からそれぞれ叩きながら、2人は示し合わせたようにレレイを指差した。促されるまま視線を向けた悠利は、見た。大きな木の下に立っていたレレイが、とんとんとまるでリズムを刻むようにその場で軽く小刻みにジャンプをしていることに。

 そして。


「えぇえええええ!?」

「一個目ー。二個目ー。えーっと、あとはこれと、これ-」

「待って?え?待って?レレイ今、どれだけジャンプしたの!?」

「レレイだから」

「レレイさんですもの」

「……うわぁ」


 ひょーいと軽々ジャンプをして、普通の人が高い高い踏み台を使い、更に手を伸ばして何とか収穫している果物達を、レレイは軽々と収穫していく。何一つ気負わずに自力で果物をゲットしていくレレイを、周囲の人々も驚いた顔で見ていた。

 だがしかし、クーレッシュもイレイシアも普通の顔だった。そして、悠利も思い出した。レレイは猫獣人の血を引いている。父親からその素質を受け継いだ彼女は、身体能力が高かった。普段は見た目を裏切る力の強さで認識していたが、よく考えたら猫はジャンプも得意である。予想してしかるべき状況だった。


「あら、流石レレイちゃんねぇ。……丁度良いわ。ブルック、あそこのグレープフルーツとオレンジ採ってきて頂戴」

「断る」


 暢気な若手組の姿を見ていたオネェが、隣の身体能力ハイスペックにお願いをした。しかし、ブルックは顔色一つ変えることなく一刀両断する。断られることを予測していたのだろう。レオポルドは別に怒らなかった。その代わり、にこやかな笑顔で切り札を使った。


「ルシアちゃんの期間限定数量限定ケーキを余分に買ってあるのだけれど。それはもう絶品だったわ」

「幾つ必要だ」

「三つずつほどお願いするわねー」

「ヲイ」


 速攻掌を返したクール剣士は、オネェの希望を聞き届けるべく言われた果物の下へと移動していく。これで楽が出来るわとでも言いたげな微笑みのオネェの隣で、アリーが呆れたように小さくツッコミを口にした。ブルックは今日も甘味に弱い。

 なお、ブルックが甘味で簡単に動いたのには理由がある。

 レオポルドとブルックの甘味に関する好みは、大変近しいのだ。そのオネェが絶品と太鼓判を押したケーキは、確実にブルックの好みだった。そして、期間限定かつ数量限定というレアな商品となれば、ブルックが手にできる可能性は低い。ちょっと果物を収穫するだけでそれが食べられるなら、細かいことは気にしないブルックだった。

 そして、目当ての果物の下に歩いて行ったブルックは、その場でぽんっと軽い跳躍にしか見えないジャンプをして、次々収穫をしていく。レレイのような準備運動のようなものもない。思いっきりジャンプしているわけでもない。軽く地面を蹴るだけで、ひょいひょいと果物を収穫していく姿に、やはり周囲の一般人達が呆気にとられていた。ビックリ人間みたいに思われているに違いない。


「おぉ、流石ブルックさん。動きに無駄がないですねー」

「お前も出来るだろうが。もう少し無駄を控えた方が良い」

「はーい。こんな感じですかー?」

「そうだ。大きな動きは隙を生むぞ」

「了解です」


 何故か一瞬だけ動きの指導が入っていた。何やってんだお前ら、とアリーが額を押さえて呻いているが、2人は気にしていなかった。そして、目当ての果物をゲットした悠利とレオポルドも何も気にしていなかった。色々気にして疲れているのはリーダー様だけであった。不憫。

 ごろんごろんと果物を学生鞄に片付けつつ、悠利はレオポルドに問い掛ける。マントの下に身につけていたポシェットに果物を入れ終えたレオポルドは、悠利の質問に快く答えてくれた。


「レオーネさん、その果物仕事に使うって香水の材料にするんですか?」

「えぇ。香料は何も花に限らないでしょう?依頼に出しても良かったんだけれど、自分で確認もしたかったから収穫に来たのよ」

「そうなんですね。柑橘系の香りは爽やかで良いですよねー」

「そうなのよー。花はどうしても甘い香りになっちゃうから、すっきりさせるのに柑橘系は良いわよねぇ」

「ですねー」


 ほわほわと笑う悠利と、穏やかに微笑むレオポルド。局地的に会話内容がなんだかとても乙女ちっくだった。だがしかし、方や趣味特技が家事全般というスペックの乙男オトメンで、方や圧倒的な美貌を誇る天下無敵のオネェである。どっちも性別は一応男だった。女子力とは?みたいになる会話だった。




 ここで会ったのも何かの縁だからと楽しそうに笑ったレオポルドは、そのまま悠利達のダンジョン探索に同行することになったのであった。……なお、面倒そうに追い払おうとしたアリーは結局折れた。追い払うのも面倒になったらしい。




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