やってきました、採取ダンジョン!


「いいか?勝手にうろうろするなよ?」

「はい」

「後、勝手にそこらにも触るな」

「はい」

「他の探索者の邪魔もするな」

「しません」


 大真面目な顔でアリーが注意事項を口にし、悠利ゆうりも大真面目な顔でそれを聞き入れている。そんな彼らの姿に、横を通り過ぎる人々は微笑ましそうな視線を向けていた。強面のアリーが幼児に言い聞かせるように念を押している姿にも、それに一生懸命頷いている悠利にも、微笑ましさを感じたのだろう。だが、当人達は大真面目だった。

 今悠利は、王都ドラヘルンから十五分ほどの場所にある、収穫の箱庭という採取系ダンジョンの入り口付近にいた。このダンジョンは難易度が低く、出てくる魔物も危険度が低いため、王都の住人達も食材などを求めてやってくることがある。また、入り口に王国の職員がいて、人の出入りをきちんとチェックして、夜にはきっちり施錠される。

 ……え?別にスーパーとかじゃないです。ダンジョンです。手に入るのが食材を中心に薬草とかなので、一般人にも恩恵があるダンジョンなだけです。一般人が入るので、万が一があってはいけないと深夜から早朝にかけては閉鎖されるだけである。

 もう一度言います。スーパーじゃないです。


「難易度が低いとは言ってもダンジョンに違いはない。魔物も出る」

「はい」

「確かに一般人は普通に食材を採取に来ているが、お前は単独行動をするな」

「……はい?」

「お前は、単独行動を、す・る・な」

「…………解りました」


 真顔で言われたので、悠利は素直に頷いた。武器一つ使えない自分が非力であることは解っているので、とりあえず頷いたのだ。……まぁ、何故一般人が食材採取をやっているのに、自分は単独行動ダメなんだろうとか思ったりもしたのだけれど。ルーちゃんもいるのになぁ、とちょっと思う悠利だった。

 だがしかし、アリーにしてみれば、いくら難易度が低かろうがダンジョンである。しかもこのダンジョンはその性質上、常に人が中に入っている。一般人も多い。そんな場所に悠利を解き放ったら、何が起こるか解らないという心配があったのだった。……当人にその気はなくとも、何か気づくとやらかしているのが悠利だったりするので、否定できない。

 そんなアリーと悠利のやりとりを眺めているのは、今回同行しているメンバーだった。ブルック、レレイ、クーレッシュ、イレイシアである。ちなみに人選は、引率者兼悠利のお目付役にアリー、何かあった場合の対処役と悠利の護衛にブルック。クーレッシュは冒険者ギルドに頼まれて、収穫の箱庭内に変化がないか地図と照らし合わせる仕事。イレイシアは、比較的難易度の低いこのダンジョンで戦闘訓練を積むため、である。

 そしてレレイは、「あたし休みだし、何か楽しそうだから、色々採取手伝ってあげる!」と面白半分でついてきた。悠利の初めてのダンジョン探索が気になったらしい。邪魔するなよと釘は刺されたものの、特にお咎めはなかったので嬉々として同行しているのだった。


「とにかく、何かあってからじゃ遅いからな。何かするときは俺らに言え」

「解りました」

「後、ルークスは絶対にこいつの側を離れるなよ?」

「キュキュー!」


 お任せください!と言いたげにぽよんと跳ねるスライム。いつもは愛らしいその瞳が、今はなんだかキリッとしている感じだった。妙に張り切っているルークス。やはり護衛を自認するだけあって、ダンジョンに入る主の警護を任されるのは嬉しいのかも知れない。

 そんなこんなで入る前の注意事項なども一応終わり、一同は採取ダンジョン収穫の箱庭へと足を踏み入れた。……なお、人の出入りをチェックしている職員さん達は、悠利達のやりとりを苦笑しながら見ていた。実はこのぽやぽや少年が、いつどこでどうやって爆発するか解らないトラブルの火種を隠し持っている可能性があるなんて、彼らはきっと思うまい。

 いや、一応悠利だって、トラブルを起こしたいと思って起こしているわけではないのだ。当人はいたって普通に、のんびりのほほんと生活しているだけなのである。ただ、うっかり口を滑らせたりしてやらかすだけで。悪気はないのだ。……悪気だけは、ないのである。


「わぁ……。ここがダンジョンなんですね」

「言っておくが、お前が迷子になってた場所もダンジョンだぞ」

「でも、あそこよりここの方が明るいし、綺麗だし、なんだか落ち着きます!」

「ダンジョンで落ち着くな」


 思わずアリーが悠利の頭をぺしりと叩くが、悠利は気にしていなかった。うきうきしている。何しろこのダンジョンでは、色々な食材が手に入るのだから。野菜に果物、薬草があるのだからハーブの類いもあるはずだと、色々探すつもり満々でうっきうきだった。遠足に浮かれる子供みたいなものである。

 どちらかというと、ダンジョンにやってきていると言うよりは、果樹園とか農園とかにやってきている気分なのかもしれない。きょろきょろと視線をあっちこっちに向けながらも、その顔はひたすらに笑顔だった。楽しそうな悠利にそれ以上何かを言うのも無駄だと思ったのかアリーが小さくため息をつくのを、同行メンバー達は苦笑しながら見ていた。保護者は今日も大変らしい。

 収穫の箱庭は、内部構造に難しいトラップが存在しないという意味でも、初心者向けのダンジョンだった。他のダンジョンならば、歩いている足下にうっかりスイッチが!というゲームや漫画みたいな展開が普通にあるのだが、ここにはそういう危険物はない。あるのはただ、日替わりでラインナップの変わる素敵な食材達だけだ。


「そういえばアリーさん」

「何だ」

「何でこのダンジョンはこんな風に一般公開されてるんですか?普通、ダンジョンって危ないから一般人入らないですよね?」

「ここが王国管理下なのと、……ダンジョンマスターの趣味だ」

「え?」

「ダンジョンマスターの趣味だ」


 きっぱりはっきり言い切られた言葉に、悠利はぽかんとした。ダンジョンマスターとは、読んで字のごとくダンジョンの主である。どのダンジョンにも、そのダンジョンの要であるダンジョンコアとダンジョンを生成管理するダンジョンマスターが存在する。ダンジョンマスターとダンジョンコアの双方を失って初めてダンジョンは消滅するので、そのどちらかが健在である以上復活するという。

 ダンジョンマスターとダンジョンコアは一心同体ではない。ただし、繋がっている。ダンジョンコアを壊されてもダンジョンマスターがいれば、時間をかけてコアが修復される。逆にコアを残してダンジョンマスターがいなくなった場合も、コアが次のマスターを召喚する。ダンジョンを完全に破壊したければ、二つとも排除しなければならないということになる。

 そんなダンジョンと一蓮托生なダンジョンマスターだが、それぞれに性質や性格が違う。悠利がこの世界に転移したときに放り込まれた石造りのダンジョン、異邦人の抜け殻にもダンジョンマスターは勿論いた。だが、あちらは普通のダンジョンだった。魔物が出てくるし、トラップはあるしで、普通に危ないダンジョンだったのだ。それを思えば、このダンジョンは色々と規格外だ。

 そもそも、ダンジョンマスターの趣味とはこれ如何に?である。


「俺も直接まみえたことはないから又聞きだが、ここのダンジョンマスターは人がいっぱい遊びに来てくれる方が楽しくて良いと言ったそうだ」

「……は?」

「ダンジョンマスターである自分はコアと共にここを離れられない。けれど、王都の人々に害をなすつもりもない。その代わりといってはなんだが、このダンジョンで収穫できる食材を提供するから、ここに沢山の人を呼んで欲しい、と」

「…………」


 アリーの説明に、悠利はしばらく考え込んだ。ダンジョンマスターというものがどういう生態や性格をしているのか、悠利は知らない。アリーの説明に他の面々が何も言わないところをみると、この話は有名なのだろう。変わったダンジョンマスターもいるものである。

 少しして、悠利はなるほどと呟いた。胡乱げな視線をアリーに向けられても気にせずに、にっこり笑って悠利は彼の感じた感想を述べた。いつも通りののほほんとした笑顔で。


「ここのダンジョンマスターさんは、寂しがり屋さんだったんですね」

「…………そうだな」

「……流石ユーリ」

「……ぶれないよな、お前……」


 ほわほわした笑顔で告げられた言葉に、アリーは遠い目をして呟いた。その二人のやりとりを聞いていたレレイは感心したように、クーレッシュは若干の呆れを滲ませながら、しみじみと感想を述べていた。何も言わない通常運転の淡々とした表情のブルックも同感なのか、ひょいと肩をすくめている。そしてイレイシアは、ちょっと困ったように微笑んでいるのであった。悠利の天然は相変わらずである。

 まぁ、何はともあれ、ダンジョンマスターの意向はダンジョンに反映される。人々との関係を友好的に築きたいと思っているらしいダンジョンマスターのおかげで、収穫の箱庭は難易度の低いダンジョンとして一般人にも解放されているのだ。

 迷子にならないようなシンプルな作りに、簡単なトラップすら存在しないダンジョン。冒険者の修行には欠片も適していないが、日替わりで様々な食材が採取できると考えれば、需要は物凄くある。冒険者ギルドでも、お使いレベルの依頼が幾つも常に張り出されているぐらいだ。


「クーレ、地図見せてー。迷子防止にー」

「別に見る必要ないけどな」

「そうなの?」

「あぁ。収穫の箱庭は迷子にならないダンジョンだからな」

「?」

「ほれ、見てみろ」


 クーレッシュの発言に首を捻った悠利は地図を確認してみる。そして、確かになるほど、迷子になりようがないなと彼は思った。地図に記されているのは、基本的に一本道だった。入り口からすぐの場所に大きな部屋、今自分達が居る場所だろうと思しき部屋がある。そして、そこから四方八方に通路が延びているのだが……。


「伸びた先は行き止まりばっかりだね」

「おう」

「確かにこれ、迷子になってもとりあえず戻ってくれば良いね」

「だろ?」

「凄い親切設計だね……」

「だから、修行には全然ならないんだけどなー」


 からからと笑うクーレッシュに、悠利は確かにと思った。中心に当たる今いる部屋から伸びる通路の先には、幾つも部屋がある。三つずつほど繋がっているが、いずれも一本道。最奥の部屋まで行けば行き止まり。それ以上分岐も何もありはしない。来た道を戻れば良いだけで、迷子になることすらないだろう。更に親切なことに、行き止まりの部屋はセーフティーゾーンという完全安全地帯だった。

 更に、地図ではなく今いる部屋を見て、悠利は「わー、親切設計ー」と小さく呟いた。呟かざるを得なかった。何故なら、彼の視線の先、それぞれの通路の上部分にご丁寧に「根菜」「葉野菜」「果物」「木の実」「薬草」「茸」などなど分類が表記されているのだ。色々間違ってる。

 ……え?だから別に、スーパーじゃありません。売り場案内でもありません。ただのダンジョンの道案内です。ダンジョンマスターによってダンジョンの構造は変化するので問題ないのです。それもまた各ダンジョンの個性です。


「クーレ」

「何だ」

「普通、ダンジョンってこういう道案内あるの?」

「あるわけないだろ」

「デスヨネー」


 やっぱりここが特別なのか、と思う悠利だった。どう考えてもダンジョンというよりアトラクションみたいな感じだった。一般人の皆様も、それぞれ籠や袋を持って平然と歩き回っているし。……なお、悠利の周りの皆は一応冒険者らしい恰好で武装をしている。難易度が低かろうとダンジョンはダンジョンなので。

 ちなみにこのダンジョン、魔物は一応生息している。だがしかし、いずれもそこまで強くないし、臆病な性質だったりこちらが手を出さなければやってこなかったりというものが多い。

 ただし、例外的な場所もある。

 それが、ダンジョンコアへと続く中央に真っ直ぐ伸びる通路の先にある部屋だ。その部分だけは幾ばくか強力な魔物が存在するし、敵意も剥き出しにしてくる。兵士が立っており、先へ進む人をチェックしているようだった。

 ちなみに、ご丁寧に道案内宜しく「ダンジョンコア」と書いてある。更にオマケに、その下に「比較的強い魔物が生息しています。気を付けてください」との注意書きまである。色々アレすぎた。


「あの先にも食材はあるんですか?」

「ある」

「どんなのがあるんですか?」

「何でも出る」

「……はい?」

「食材が出る確率は低いが、珍しいものでも何でも転がってる。ただ、魔物もいるから一般人は近付かないし、何が出るか解らないから採取依頼にも向いてない」

「なるほど。運試しみたいですね」

「何でそうなる」


 うんうんと一人勝手に納得している悠利に、アリーは疲れたように息を吐いた。悠利は大真面目に言っているのだが、やっぱり何か色々と斜めの方向にズレていた。ちなみに悠利のイメージではガチャとかゲームのドロップ宝箱みたいな感じになっている。何が出るか解らないが、運が良ければ珍しい品物が手に入る、みたいな感じで。


「それで、ユーリは何を収穫したいの?」

「特に何ってことはないんだけど、色々見てみたいなーって」

「よーし、それじゃ、全部回ろう!ここそんなに広くないから、見て回れるよ!」

「レレイ張り切ってるね」

「美味しい材料見つけたら美味しいもの作ってくれるんでしょ?」

「うん」

「だったら張り切るよね!」


 素敵な笑顔で言い切るレレイだった。確かに気持ちは解るが、それを何も気にせず口に出来る彼女はある意味強かった。まぁ、当人は今日はオマケでくっついて来ているので気楽というのはあるのだろう。

 お前気楽だよなと言いながら、地図と実際の部屋の状況を照らし合わせながらメモを取っているクーレッシュはぼやいていた。彼は色々確認しながら移動しなければいけないから大変なのである。まぁ、これは適材適所であるし、いずれナビゲーターになりたいと思っているクーレッシュにとっては良い訓練なのだが。

 そこでふと、悠利は穏やかに微笑んでいるイレイシアの手元に、いつの間にか見慣れない物体が握られていることに気づいた。おっとりと微笑む清楚系美少女は、今日はいつものサンドレスの上にポンチョのようなケープを身につけている。ケープの下には必要なものが入っているのだろう小型のショルダータイプの魔法鞄マジックバッグがある。


 そこまでは、良い。そこまでは、良かったのだ。


 悠利が気になったのは、おっとりと微笑むイレイシアが握っている武器・・の存在である。吟遊詩人という戦闘に向いていない職業ジョブとはいえ、彼女もまた冒険者。ダンジョンに赴くならば愛用の武器を持っていてもおかしくはない。先ほどまで持っていなかったのも、魔法鞄マジックバッグの中に片付けていたのならば納得できる。

 問題は、である。


「……イレイス、何で武器、大鎌なの……?」


 ダンジョン内に入ったことで武器を準備したのだろうイレイシア。人魚である彼女は色白で陽に焼けない体質をしている。その白くほっそりとした指先が握っているのは、彼女の身の丈ほどもありそうな大鎌の柄だった。色々ビジュアルギャップが凄い。

 そんな悠利に、イレイシアは不思議そうに首を傾げている。悠利以外の面々も、彼女がその武器を持っているのはいつものことなので気にしていない。そんな皆には、悠利が何で微妙な顔をしているのかが解らないのだった。

 ちなみに悠利としては、清楚可憐でおっとりとした美少女でサンドレスがとてもよく似合うイレイシアと、物騒極まりない身の丈ほどの大鎌という取り合わせに情報処理が追いついていないのだ。穏便にナイフとかだと思っていたら、まさかのかなり目立つ武器だった。いわゆる死神の大鎌、デスサイズとか言われそうな大きな鎌と、柔らかく微笑むサンドレス姿の美少女の組み合わせは色々アレだった。


「え?何かいけませんでした?」

「いや、悪いわけじゃないんだけど、何かこう、イレイスがそんな大きな武器持ってるとは思わなくて……」

「長さもありますし、わたくしの力でも効率的に使えますのよ」

「後、イレイスは身長があるからな。長柄の武器でも振り回されずに使える」

「うー……。実用的なのは解ったんですけど、僕の中のイメージとちょっと違いました……」


 ひゅんっと見本のように大鎌を一閃させるイレイシアに、悠利はやっぱり微妙な顔をした。確かに使い慣れているようだったし、彼女は身長もあるし手足も長いので、難なく扱っているのは見て解った。アリーの補足にも説得力があった。風を切る音がびゅっとして、そこそこ威力もありそうだなとも感じた。

 だがしかし、清楚可憐なお嬢様系美少女が大鎌をぶん回すという構図が、悠利にはなんとも言えずギャップ凄いという案件だったのだ。誰も悪くないのは解っていても、何でその武器選んだの?と聞きたくなるぐらいに。

 しかし、悠利は悠利だった。ほんの少し困惑して、ほんの少し情報処理に戸惑って、けれど割とすぐに立ち直った。シンプルな造りの大鎌を手にしたサンドレス姿の清楚系美少女。当人が満足してるなら良いやとさくっと割り切ってしまうのは、彼の美点であったのだろう。

 ……まぁ、イレイシアの武器をどうこう言うよりも、ダンジョンで取れる食材への興味が勝ったと言えばそうなのかもしれないが。



「そろそろ行くぞ。採取する前には一声かけること」

「了解です」


 再びアリーに念押しされて、悠利は素直にお返事をした。今日も愛用の学生鞄を持ってきている。最強の魔法鞄マジックバッグとなっている彼の学生鞄に、容量制限などという無粋なものは存在しない。採って採って採りまくることが可能なのである。一人テンションが上がる悠利であった。




 かくして、悠利の「はじめてのダンジョンでの食材採取」が始まるのでありました。




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