清酒のお供に、ぱりぱり骨煎餅。
「さーて、さくっと作っちゃおうっと」
夕飯の片付けも終わった時間帯、悠利は1人台所で作業をしていた。彼が全てが終わった後に1人で台所で何かをやるのはいつものことなので、誰も気にしていない。それは翌朝の仕込みだったり、自分が食べたい何かを作る準備だったりするのだが、今更である。
ちなみに今日は、自分が食べたいのとおつまみを作るのが同時発動していた。昼間にそれはそれは立派な塩鮭の三枚下ろしを頂いたときから、絶対に作ると心に決めていたのだ。そう、三枚下ろし全てを悠利は手に入れている。……すなわち、上身と下身の間に存在する、身が若干残ったままの親骨という素晴らしいアイテムを!
……え?それただの生ゴミじゃないか?違います。悠利にとっては素敵な食材です。ゴミじゃないので間違えないでください。親骨も、調理すれば食べられます。……食べたいと思ったんだから察してやってください。
とりあえず、そんなわけで悠利は、身がまだ若干付いたままの親骨を適当な大きさに切ってからグリルへと放り込んだ。……そもそも、悠利が両手を広げたぐらいという大変大きな塩鮭なのだ。親骨のサイズも推して知るべし。切らなければグリルに入らないのだった。
「えーっと、他にもおつまみ用意した方が良いかな。今日は清酒だって言ってたから、和っぽいおつまみにしよう」
とりあえず骨が焼けるまではやることがないので、悠利はおつまみ作りに取りかかった。本日晩酌をしているのは、アリー、フラウ、ヤクモの三人だ。何故この三人かと言うと、上物の清酒を頂いたから、らしい。
清酒は酒精が強いので、そこまで酒に強くないジェイクやティファーナなどは辞退している。また、頂いたのが辛口だったので、甘党かつ酒も甘い方が好きなブルックも混ざっていない。顔を輝かせて混ざろうとしたレレイは、明日早朝から出掛ける予定があるとのことで、同行者であるヘルミーネとアロールに引きずられて去って行った。
なお、それならせめて残しておいて欲しいと願った酒豪の彼女の願いは、叶えられている。うっかり飲み干してしまわないように、別の小瓶にきちんと彼女の分は移されている。優しい大人達であった。
清酒に合うおつまみが何なのかは、悠利には良く解らない。解らなかったが、それでも、何となく和風っぽい食材を使ってそれっぽい感じでつまめる何かを作れば、お気に召すのではないかと思っていた。大体いつもそういう感覚で料理をしているので、細かいことを気にしてはいけない。
まずは簡単なところで、塩キュウリと塩キャベツ。食べやすい大きさに切ったキュウリもキャベツも、それぞれ塩を揉み込んで少し放っておく。水が出てきたらそれを捨てて盛りつければ完成だ。なお、塩キャベツの場合は、塩ではなく市販の塩昆布などと混ぜ合わせると、ぐっとおつまみらしくなる。残念ながら異世界に塩昆布は市販されていなかったので、ただの塩キャベツであるが。
「そういえば、いつも適当におつまみ作ってるけど、ちゃんとおつまみになってるのかなぁ……?」
作業をしながら悠利はそんなことをぼそりと呟いた。そう、何となくで今まで適当におつまみになりそうなものを作って提供しているが、それが本当に正しくおつまみになっているのかは悠利には解らない。だって彼は未成年でお酒を飲まないのだから。
とはいえ、今まで一度も文句を言われたことがないので、多分大丈夫なのだろうと思いながら生活している。ちなみに悠利が提供しているおつまみは、家で両親や姉が晩酌のときに食べていたメニューなどだ。判断基準は身内だが、お酒もおつまみも和洋折衷ちゃんぽんする家族だとあんまりあてにならないと思っていたりはする。
そんなことを考えつつも手は休めないので、何だかんだで家事が板に付いている悠利だった。慣れた手つきで大根を適当な大きさに切り、皮を剥き、ショリショリとおろしていく。果たして大根おろしはおつまみなのか、おかずなのか、悠利にはよく解らないが、細かいことは気にしないことにした。
出来上がった大根おろしは一人分ずつ小鉢に入れ、あらかじめ叩いておいた梅干しと鰹節を上に載せておく。味が足りなければ醤油をかけて貰えば良いだろうと思うことにした。梅干し入りの大根おろしも美味しいものである。好みはあるだろうが。
「あ、焼けた」
大根おろしが完成してほどなく、グリルで焼かれていた塩鮭の親骨が良い感じに出来上がっていた。グリルから親骨を取り出すと、悠利はせっせと骨に付いていた身を外していく。悠利の目的は骨だった。欲しいのは骨なので、実は身に用は無かった。勿体ないのできちんと食べるけれど。
綺麗に親骨から身を外すと、悠利は満足そうに笑う。そうして、揚げ物用の鉄鍋に入れておいた油を温める。……ここまで来ればお解りだろう。悠利は塩鮭の親骨で骨煎餅を作ろうとしていた。
え?それなら別に身が付いていても良いだろう?いえ、身が付いているとカラリと揚げるのが難しいのです。悠利が食べたかったのはカリカリパリパリの骨煎餅なので、身がくっついている状態では望んだものが完成しないのだ。なので先に骨を焼いて、身を外しているのである。
油の準備が整ったら、そこへ身を外した塩鮭の親骨を放り込む。バチバチと音を立てるが、悠利は何一つ気にしない。なお、丸ごと全部食べるためにはじっくりしっかり揚げなければいけないので、放り込んだ骨はしばらく放置である。
その間に別のおつまみを作ろうと、悠利は冷蔵庫の中身を確認する。基本的に晩酌のお共は、残っている食材で作られるので、メニューは気まぐれだった。
「あ、お揚げ残ってる」
ややぶ厚めのお揚げが残っているのを確認した悠利は、それを取り出して食べやすい大きさへとカットしていく。そして、カットしたお揚げをグリルへと放り込む。厚みのあるお揚げは、こんがりと焼いてしまえばおつまみの一品に早変わりするのだ。
味付けは生姜醤油が美味しいだろうと思ったので、せっせと生姜をすり下ろす悠利。小さな器に生姜を盛りつけると、トレイの上に小皿も準備する。生姜と醤油は後で各自で調整して食べて貰おうと思っているのだ。
塩キュウリ、塩キャベツ、梅干し入り大根おろし、焼いたお揚げ。更にここに骨煎餅が加わるので、おつまみとしてはこんなもので良いかな?と思う悠利だった。むしろ作りすぎたかも知れないが、冷蔵庫の残り物在庫を一斉整理しただけなので仕方ない。余ったら自分も隣で食べようと思う悠利だった。
そうこうしている間に骨煎餅が完成した。油から取り出してしっかりと油を切ってから皿に盛りつける。途中でぺきんぺきんと食べやすい大きさに砕くのも忘れない。ぱきぽきと小気味よい音がする。カラリと揚がっている証拠だった。
「ちゃんと出来てるかなー」
わくわくしながら、悠利は小さくした骨煎餅へと手を伸ばす。揚げたては熱い。解っていても思わず手を伸ばしてしまうぐらいに、食べたくなったのだから仕方ない。家で骨煎餅を作ることはあまりなかったが、たまに無性に食べたくなる悠利だった。……まぁ、立派な塩鮭の三枚下ろしを見たら、是非とも食べたくなったというのが真相だったりするが。
そろりと口に運べば、まだ熱い。それでも何とか口に入れると、ぱきぱきと簡単に口の中で嚙み砕ける。塩鮭の塩分が残っているのか、ほんのり塩味がする気がした。また、揚げ物特有の油の味も良いアクセントだった。普通に美味しい。
……え?骨は食べ物じゃないし、それをわざわざ調理して食べなくても良い?細かいことを気にしたら負けです。骨煎餅は立派な食べ物なので、食材を無駄にしなかったと思うことにしてください。後多分、おつまみになります。……多分。
「うん、出来てる。よし、持って行こうっと」
骨煎餅の出来上がりに満足そうに笑うと、悠利は作ったおつまみを大型のトレイに載せる。目指すは、食堂スペースで晩酌をしている大人三人のところである。メンバーがメンバーなので静かに酒を嗜んでいるのか、話し声はすれども台所スペースでは内容までは解らなかった。
「おつまみ持ってきましたー」
「あぁ、悪いな」
「おや、今日は随分と種類があるな」
「……何やら懐かしいものが見える」
「「懐かしい?」」
ひょっこりと現れた悠利がテーブルの上におつまみを並べていくのを見ていた大人三人の中で、ヤクモの反応だけが少々異なっていた。糸目が楽しそうに笑っている。不思議そうなアリーとフラウの目の前で、ヤクモの手は悠利が持ってきたおつまみの器の一つ、骨煎餅へと伸びた。
あ、と悠利が小さく呟くのと、ヤクモが骨煎餅をぱくりと口の中に入れるのはほぼ同時だった。ぱきぽきと音をさせながら骨煎餅を嚙み砕くヤクモの顔は、実に楽しそうだった。そんな彼と、彼が食べた謎の物体である骨煎餅を見て、アリーとフラウは目を点にしていた。
「……ユーリ、それ何だ?」
「骨煎餅です」
「「骨煎餅?」」
「はい。ワーキャットさん達からお土産に立派な三枚下ろしを貰ったので、その親骨の部分を一度焼いて身を完全に外してから、じっくり揚げました」
「「…………」」
ひょいひょいとお代わりをしているヤクモと裏腹に、アリーとフラウは動かない。悠利の説明を聞いて、ますます動かなくなった。ちょこんと空いていた席に座った悠利も、骨煎餅に手を伸ばして食べ始める。悠利とヤクモが骨煎餅を食べる、ぱきぱきという小気味よい音だけが響く。
清酒をきゅーっと杯で飲んでいるヤクモは、身につけているのが着流しなのも相まって、一人和風だった。骨煎餅を美味しそうに食べているのもプラス要素だ。アリーとフラウが隣にいて、室内の作りが洋風だったとしても、ヤクモのいる場所だけが和風ちっくでちょっと楽しい悠利だった。
「ヤクモさん、骨煎餅知ってたんですか?」
「うむ。我が故郷でも食べていた。この揚げたときの塩気が良いな」
「ですよねー」
ぱりぱり、ぱきぱきと骨煎餅を食べながら悠利が問い掛ければ、ヤクモはあっさりと答えてくれる。彼の故郷はここから物凄く遠くて、遠すぎて知っている人も多分殆どいないぐらいに遠いところらしいのだが、食文化を含めた諸々が和風に近いらしい。勿論完全に日本と一致しているわけではないのだが。
そのせいだろう。ヤクモは酒は辛口の清酒が特にお気に入りだ。勿論、エールやワイン、カクテルなども平然と嗜むのだけれど。やはり慣れた故郷の味が一番ということらしい。その彼なので、本日は上物の清酒を楽しめてご機嫌なのだろう。そこに出てきたおつまみがまた、この辺りでは見ない懐かしの骨煎餅とあって、更にご機嫌なのだ。
「……ユーリ」
「何ですか?」
「お前は、わざわざ親骨を調理したのか……?」
「おつまみに良いかなって思って……。後、食べたかったんで」
「……そうか」
色々とツッコミをしたいことがあったのだろうが、悠利があまりにも通常運転だったのでそれ以上何も言わないアリーだった。まぁ、いつものやらかしのように誰かを巻き込んだわけでも、盛大なことになっていたりするわけでもないので。
悠利とヤクモの二人があまりにも美味しそうにぱりぱりと骨煎餅を食べているので、とりあえず味見という気分でアリーとフラウも骨煎餅に手を出した。この二人の味覚が自分達とそれほど違わないことは彼らも解っていたので。
「……材料を聞かなければ、酒場で出てきそうな感じだな」
「……同感だ」
ぼそりとアリーが呟いた言葉に、フラウも同意した。
そう、骨煎餅は普通に美味しかった。美味しいだけでなく、今飲んでいる清酒に良くあった。上品な店には似合わないだろうが、冒険者が通うような酒場にならば出てきてもおかしくはないと思える程度には、おつまみだった。
何とも言えない顔でぱりぱりと骨煎餅を食べるアリーとフラウ。その二人の隣では、悠利とヤクモが、実に楽しそうに骨煎餅を食べていた。二人は骨煎餅が気に入っているので、実に美味しそうに食べている。
美味しいなら良いか、とアリーとフラウは思うことにした。ただちょっと、「何で骨を食べてるんだろうか……?」という疑問がわき上がってくるだけなのだ。他に食べるものがあるのにわざわざ骨を食べてどうするのかと言う気分になるだけなのだ。きっと。
二人で延々と骨煎餅を消費している悠利とヤクモを横目に、アリーとフラウは他のおつまみにも手を伸ばす。せっかく作ってくれたのだ。こちらもちゃんと頂くべきだろうという感じで。
そんな感じで、悠利が混ざっているという奇妙な状態で穏やかな晩酌は続いていくのであった。
なお、後日残り物の骨煎餅と清酒を堪能したレレイが骨煎餅にハマり、「魚丸ごと捕ってきたら作ってくれる?」と言い出してクーレッシュに襟首を引っつかまれるのだった。……即座に飛び出して行きそうだったので。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます