お土産に、塩鮭の混ぜ込みおにぎり。


「さて、と。リディ達が来る前に準備しちゃわないと」


 朝食の後片付けを終えた台所で、悠利は一人エプロン着用で腕まくりをしていた。台所は片付けを全て終えてすっきりしている。本来なら皆が朝食を食べ終えて後片付けも終えたこの時間帯、台所で行う作業は存在しない。昼食の仕込みに時間がかかる日ならばいざ知らず、そうでない日常ではこの時間は洗濯や掃除に割り当てられる部分だ。

 昨日遊びに来たワーキャットの若様こと子猫のリディ達の手土産として頂いた、巨大塩鮭。昨夜はリディ達と一緒に作ったハンバーグが夕食だったので、味見で食べた以外はまったく消費されていないそれを悠利は取り出していた。慣れた手つきで切り分けると、塩鮭をグリルに入れて焼き始める悠利である。

 重ねて言うが、皆の食事は終わっている。また、昼食の準備でもない。

 では悠利が何をしているのかと言えば、彼は今、リディ達へのお土産の準備をしていた。お弁当と呼ぶ方が正しいかも知れない。ワーキャットの若様も暇ではないらしく、こちらでの用事を済ませる関係上、自由に遊べるのは帰還前の最後の一日である昨日だけだったらしい。もっと遊びたいとごねたリディがいたのだが、生憎彼らは本日ワーキャットの里へと戻って行くのだ。

 楽しい一日が終わってしまってしょんぼりしていたリディに、悠利は「明日、帰る前にもう一度顔を出してね」とお願いをしておいた。勿論若様は二つ返事で頷いていた。彼は悠利がお気に入りなのだ。会えるのならば他の約束をすっぽかしても飛んできそうなレベルで。

 とにかく、そんな愛らしい若様の為に、悠利はお土産を用意することにした。作るのはおにぎりだ。具材は、リディ達が持参した巨大塩鮭のほぐし身と、今手早く刻んでいる青じそに、胡麻を予定している。混ぜご飯のおにぎりならばどこを食べても同じ味になるので、子供が食べるのに適しているだろうと思ったのだ。


「よーし、塩鮭焼けたから、身を外すぞー」


 青じそを刻んでいる間に焼き上がった塩鮭を、悠利は慣れた手つきでほぐしていく。万が一にも小骨が残っていては困るので、丁寧に取り除く。今回混ぜご飯に使うのはほぐし身だけなので、皮は外して別の小皿に取り分けておく。後ほど焼いて食べようと思っているけれど。

 脂ののった美味しそうな塩鮭は、焼きたてほかほかで素敵なピンク色をしていた。今すぐそのまま食べたくなるお腹を宥めながら悠利は作業を続ける。せっせと全ての塩鮭をほぐし終えると、満足そうに笑う。

 次に、炊飯器のご飯を大きめのボウルによそい、そこに解した塩鮭、刻んだ青じそ、胡麻を入れて混ぜる。中身が均等に混ざるように丁寧に混ぜると、味見をする。塩鮭そのものにしっかりとした味があるので、今回は別に何も調味料を足さなくても良さそうだった。味が薄いと感じた場合はお好みで、塩や醤油を適量追加すると良い感じに仕上がる。

 ご飯の白、塩鮭のピンク、青じその緑に、胡麻の淡い茶色。四種類の色が混ざり合った混ぜご飯は、それだけでも十分美味しそうだった。綺麗に混ざったのを確認して、悠利はせっせとおにぎりを作っていく。お弁当箱につめやすいように、今回のおにぎりは俵型だ。

 お弁当箱は大きめのものを二つ用意した。一人分ずつ用意しようかと考えもしたが、彼らの予定が解らないので「皆で食べてくださいね」という意味を込めて二つにしたのだ。一つでは足りないかなと思ったので。……主に、見た目の割に沢山食べるリディを考えると。

 おにぎりを作り終えた悠利は、次の作業に取りかかる。それは、鍋で出汁を作ることだった。既に昆布はつけ置きしてあるので、手間は省ける。沸騰する前に昆布を取り出し、塩と醤油と酒を加えてあっさりとしたすまし汁っぽい出汁を作り上げる。

 そっと味見をして、予想通りの味に出来上がっていることに満足した悠利は、味見用の小皿を片手に固まった。何故ならば……。


「……出汁」

「…………何でここにいるの、マグ」

「出汁」

「君今、洗濯物干してる筈だよね?何でいるの!?」

「出汁」

「マグ、聞いて!」


 本来ならば皆と庭で洗濯物を干している筈のマグが、何故かそこにいた。真剣な顔で悠利を見ている。もとい、悠利の手元の鍋を見ている。出汁しか言わないマグに悠利が必死に説明を求めるが、出汁の信者は今日も愉快に人の話を聞いていなかった。

 ちなみにマグは、食堂側からではなく、台所側の裏口から入ってきている。洗濯を終えた後に裏口付近の掃除をしていたところ、中から香ってくる出汁の匂いにつられて入って来たらしい。安定のマグだった。

 何とかマグからその説明を聞き出した悠利は、その場に脱力していた。なお、聞き出すために味見用の小皿に出汁をプレゼントするハメになったのはご愛敬だ。だってマグだし。


「言っておくけど、これはリディ達へのお土産だから、僕らのじゃないよ?」

「……出汁」

「そんな目で見てもダメ」

「…………出汁」

「ダメだってば」


 無表情で見詰めてくるマグに、悠利は何度も念押しをする。数回続けると何とか理解したのか、それともいったん諦めただけなのか、マグは何も言わなくなった。その代わりのように、お弁当箱を興味深そうに見ている。


「それもリディ達へのお土産だよ」

「おにぎり」

「うん。今日戻るって言うから、お弁当代わりかな?」

「………………出汁茶漬け」

「……ッ」


 ぼそり、とマグが呟いた。

 そのつぶやきを聞いて、しまったと悠利は思った。マグには以前、朝食の賄いとして梅干しの出汁茶漬けを食べさせたことがある。更に、塩鮭の味見として悠利達が出汁茶漬けを食べたということは、既に彼の耳にも入っている。目の前のおにぎりと出汁を、そこにつなげることぐらいマグには簡単だったに違いない。

 ……もとい、出汁で美味しく食べるという方向にしか反応しないので、マグだからこの結論に達した、なのかもしれない。他の面々だったら、この出汁はスープに化けるとか思うに違いない。


「……解った。解ったよ、マグ」

「?」

「ボウルにちょっと残ってるから、それに出汁かけて、綺麗に食べておいて……」

「諾」


 どうせ自分が片付けで食べようと思っていたので、悠利はおにぎりにするには足りなかった分のご飯が残っているボウルをマグに手渡した。いつも通りの無表情ながら、頭に音符を浮かべて頷くマグ。土産の分を狙われるよりは、先に手渡した方が安全である。

 うきうきとお玉で掬った出汁をボウルに入れて、カウンタースペースへと移動していく。スプーンでカチャカチャやりながら食べ始めるマグ。塩鮭、青じそ、胡麻の風味を含んだ出汁茶漬けは絶品らしく、足がぴこんぴこんと揺れていた。出汁の信者は今日も出汁が大好きです。何でこうなったのかは誰にも解らない。

 そんなマグを横目に、悠利は水筒に出汁を入れていく。多少は保温できるものを選んで入れているのは、やはり温かいまま渡したいからだった。完璧に保温や保冷が出来るタイプの水筒は若干お値段が張るので、流石にこのままどうぞとお渡しするわけにはいかなかったので。

 基本的に、こちらの世界は魔石を用いた魔道具などで便利なものが揃っている。ただ、だからといって全てが庶民が気軽に手に取れるものでもないらしい。このアジトはアリーを初めとする指導係の皆さんが色んなものを買いそろえているので大変便利だが、多分どう考えても例外的な場所である。

 そうして悠利が水筒とお弁当箱を邪魔にならないように袋にまとめて入れたところで、食堂側から声がした。


「ユーリー、お客さんー」

「あ、リディ達来た?」

「うん、来た。……って、マグ何やってんの……」

「えーっと、……残飯処理?」

「……マグー、残りの仕事ちゃんとやってー」

「……諾」


 呆れた顔でツッコミを入れるヤックに対して、マグはこくこくと頷いた。頷いたが、ボウルを持つ手は離さないし、中身を食べるのも止めない。はぁ、と盛大にため息をついた後にヤックは去って行く。彼にはまだ仕事が残っているのだ。見習い組の雑用は沢山あるのである。

 ……なお、マグは暢気に出汁茶漬けを食べているが、彼にだってお仕事は振り分けられている。その割にマイペースなのは、別に出汁の信者で出汁を堪能しているからでは、ない。マグは仕事が早いのだ。動き一つ一つに無駄が無いタイプなので、実は地味に雑用を終わらせるのが早かったりする。


「それじゃマグ、食べ終わったらボウルに水張っておいてね」

「諾」


 ご機嫌のマグを残して、悠利はおにぎりと出汁を入れた袋を持って玄関に向かう。あまり待たせすぎると、フリーダムなお子様にゃんこがアジトの中を疾走してくる可能性があるからだ。勿論お目付役の二人が捕縛するだろうけれど、トラブルの可能性は潰しておくべきである。

 案の定、悠利が玄関に到着したときには、リディはクレストの腕の中でじたばたと暴れていた。残り時間が少ないことが解っているので、少しでも長く悠利と接していたいのだろう。にゃーにゃーと叫んでいるが、生憎とその発言内容は悠利には解らなかった。《真紅の山猫スカーレット・リンクス》のメンバーで猫語が解るのは、魔物使いのアロールぐらいである。


「すみません、お待たせしました」

「にゃー!」

「いえ、大丈夫です」

「お忙しい時間に申し訳ありません」

「そんなことないです。こっちが寄ってくださいとお願いしたんですから」


 ぱたぱたと早足で駆け寄った悠利に、クレストとフィーアは揃って頭を下げた。その二人の足下では、エトルも同じようにぺこりと頭を下げている。ただ一人通常運転でいるのはリディだった。クレストの腕の中で顔を輝かせ、悠利に向けて小さな手を伸ばしている。若様は今日も絶好調だった。


「にゃにゃー!」

「えーっと、遊ぶのは無理だよ、リディ?」

「にゃ!?」

「その代わり、これ、お土産」

「にゃう?」


 ガーンとショックを受けていたリディだが、悠利が袋を差し出すと興味津々で中身を見ようとする。てしてしと猫の手が袋を開けようとするのを楽しそうに笑って見ながら、悠利は大人2人に中身の説明をする。


「おにぎりと出汁が入ってますから、小腹が空いたときにでも食べてください。おにぎりは小さめに作ってあります」

「わざわざすみません」

「いいえ。おにぎりは頂いた塩鮭を混ぜてあるんです。器に入れて温かい出汁をかければ出汁茶漬けになりますから」

「何から何まですみません」


 悠利の説明に、フィーアとクレストは何度も何度も頭を下げた。このお土産が、悠利のご飯を気に入っているリディの為だというのは大人2人には解っていた。勿論悠利は全員にお土産のつもりだが、きっかけはどう考えても若様である。

 そんな風に穏やかに会話をしていたら、リディがいきなり叫びだした。ただし、即座にエトルが何かを却下している。


「うにゃ?うーにゃー!」

「ダメです、若様」

「にゃにゃー!」

「ダメです!」


 何で!?みたいな顔をして叫ぶリディと、一歩も譲らないエトル。幼い子猫2人がやり合っている姿は微笑ましいが、どちらも真剣なんだろうなと思う3人だった。なお、内容は通訳して貰わなくても何となく解った悠利だった。どう考えても「今すぐ食べる!」と叫んでいるに違いない。


「リディー」

「にゃ?」

「それは道中のご飯に渡したんだから、今食べちゃダメだよ」

「にゃうぅうぅ……」

「皆の言うことちゃんと聞いて、無事にお家に帰ってね?」

「にゃ……」


 頭を撫でられて、リディは嬉しそうに笑う。けれどその顔がすぐにくしゃりと歪んだ。今にも嫌だと叫び出しそうな顔だった。どれだけここで遊びたいのだろうか、この若様は。


「皆の言うこと聞いて賢くしてたら、きっとまた、連れてきてもらえるよ」

「うにゃー?」

「そうですね。若様がお勉強もしっかりやって、賢くされていればおそらく」

「長もお許しくださるかと思います。勿論、我々と共に、ですが」

「にゃー!」


 子猫は単純だった。

 悠利に飴を示され、フィーアとクレストに具体的な話を示され、リディはすっかりその気になった。また遊びに来れるかも知れないと思っただけで機嫌が直る程度には、リディはまだまだお子様だった。

 そんなリディの姿に、エトルはため息をついた。若様の通常運転に色々思うところがあるらしい。だがしかし、彼はただ呆れているだけではなかった。抜け目なく一つの話題をリディに振る。


「でしたら、次に来るまでに喋れるようにそちらの勉強も頑張ってくださいね」

「うにゃ?!」

「そもそも、どうして僕が通訳しないとダメなんですか。自分でお話ししてください」

「う、うにゃ、にゃぁああ……」

「言い訳無用です」


 てしてしと、クレストに捕縛された状態でエトルの肩を叩いて何かを訴えているリディ。しかしエトルは聞く耳を持たなかった。ただ、どう考えてもエトルの方が正しい。年齢の変わらないエトルが喋れて、リディが喋れていないのだから。

 そんな2人のやりとりを見て、悠利はリディと視線を合わせるためにしゃがんだ。不思議そうな顔をして自分を見るリディに笑顔を向けながら、彼は思ったことを告げた。


「僕も、今度はリディと直接お話ししたいな」

「にゃ?」

「せっかくの友達なんだから、通訳を挟まない方が楽しいよね?」

「にゃにゃー!」


 悠利の言葉に、リディはハッとしたような顔をした。次いで、拳を握って叫んだ。……今まであんまりそのことを重要視していなかったのは、彼は悠利が何を言っているのか把握していたからだ。自分の言いたいことも何となく伝わっていたし。

 だがしかし、大事なお友達にそう言われてしまっては、張り切るしか無い。頑張る!と言いたげな雰囲気だった。……お子様は単純です。


「それじゃ、今度会うときには直接話せるように頑張ってね?」

「にゃう!」

「約束だよー?」

「にゃにゃー!」


 握手をしてぶんぶんと手を振るリディ。のほほんと笑っている悠利。そんな微笑ましい2人の姿を見詰めながら、柔らかく微笑むクレストとフィーア。……そしてその側で、言質は取ったと言いたげにぐっと拳を握るエトルがいた。きっと、里に戻ったら若様にはお勉強がマッハで襲ってくるのだろう。この情熱を上手に活用して貰いたいものである。




 そんなこんなで、再会の約束をしてワーキャットの皆さんは里へと戻っていったのでありました。なお、後日届いた手紙には、若様の(まだちょっと読みにくいぐちゃぐちゃした文字の)文章が混ざっているのでありました。どうやら勉強を頑張っているらしいです。




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