貰った塩鮭で、冷やし出汁茶漬けです。


「それじゃ、せっかくなので何か作ってきますね」

「え?」

「は?」

「にゃにゃー!」

「勿論、お昼を食べた後みたいだから、軽くだよ?」

「うにゃん!」


 困惑しているフィーアとクレストを放置して、リディは1人勝利の叫びを上げていた。やったー!みたいになっている子猫は普通に可愛かった。悠利に頭を撫でられてご機嫌である。

 何か作るの?と問い掛けてきたアロールに頷いて、悠利はカミールとアロールの二人に向き直る。勝利のダンスみたいな感じでくるくる回っているリディを面白そうに突いているカミールと、それを呆れたように見ているアロールだったが、悠利の視線を受けて二人ともそちらへ目線を向ける。


「カミール、アロール、お客さんのお相手お願いして良い?」

「任されたー」

「カミールだけだと不安だから了解」

「お前一言余計じゃない?」

「普段の君と同じじゃない?」

「えー……」


 しれっと毒舌な十歳児に、顔をしかめるカミール。俺そんなに一言余計だっけ?と首を捻る程度には、自分は普通のつもりだった。ちなみに、カミールの一言余計が発動する相手は、ウルグスとかアロールとかの、ちょっとばかり素直じゃ無いタイプに多い。従って、悠利やヤックは心当たりがないので2人の会話をスルーしていた。

 そうして台所に向かって歩いている2人は、途中で背後をトコトコと追いかけてくる足音があることに気づいた。振り返れば、赤猫のエトル少年がくっついてきていた。いつの間にいたのだろうか。流石猫。


「えーっと、どうしたの?」

「若様が無茶を言って申し訳ありません」

「え?別に気にしてないよ。……もしかして、その為に来たの?」

「……後は、何をされるのか、気になって」


 ちょっとだけ視線を外して照れたように答えたエトルに、悠利とヤックは顔を見合わせて笑った。大人びた雰囲気があったけれど、見た目通りまだ子猫、子供らしい。幼さ炸裂で感情のままに振る舞っているリディと比べたら落ち着いているが、エトルはリディと年齢が変わらないので、子供っぽくても普通だ。

 その場にしゃがみ、エトルと視線の高さを合わせながら悠利はにっこりと笑う。相手から毒気を抜くと評判の、ほわほわした笑顔だった。


「それじゃ、僕らが作業するの見てる?特に面白いことはないと思うけど」

「お邪魔でないなら」

「大丈夫。それじゃ、行こうか」


 笑って悠利が手を差し出すと、エトルは困ったようにしばらく固まっていたが、やがて観念したように小さな手を悠利の掌に重ねた。肉球がぷにぷにした愛らしい猫の手をぎゅっと握りながら、悠利は台所へ向けて歩きだす。

 なお、うずうずしてるヤックに気づいたエトルが手を差し出せば、ヤックは大喜びでその手を握った。肉球ぷにぷにのワーキャットの掌を満喫する二人に、不思議そうなエトルだった。猫の肉球ぷにぷには癒やしパワーがあるのです。多分。

 台所に到着した悠利達は、エトル少年をカウンター側へと案内した。猫特有の身軽さで椅子によじ登ったエトルは、カウンターから身を乗り出して台所スペースをのぞき込んでいる。ぴこぴこと猫耳が興味深そうに揺れているのが実に愛らしかった。


「それでユーリ、何作るの?」

「ん?出汁茶漬け」

「あぁ、なるほど。ちょっとだけ食べるんだ」

「そう。炊飯器にライスどれくらい残ってるか確認しておいてー」

「了解ー」


 悠利のお願いにヤックは任せろと笑顔で答えると、炊飯器の中のご飯残量を確認している。それほど大量には残っていなかったが、皆がちょっとずつ食べる分ぐらいはあるだろうと判断した。

 その間に悠利は、頂いた巨大塩鮭の三枚下ろしの片身と骨の部分を冷蔵庫に大事そうに片付ける。残った一枚はまな板の上に載せて、とりあえず半分にざくっと切る。切った半分も冷蔵庫に片付ける。……それでもまだかなり大きいので、もう半分に切って、三枚下ろしの一枚を四分の一にした分だけを残した。

 実に大量の塩鮭ゲットであるが、食欲旺盛な《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の面々を考えれば、そう遠くないうちに完食するだろうと予測された。別に塩鮭がそこまで人気なわけではないが、脂がほどよくのっている美味しそうな塩鮭なら、皆のご飯が進むことは想像に容易い。

 そうして四分の一にした塩鮭を、一人分サイズに切り分けていく。これは別に一人一切れ食べるというわけではなく、単純にそれぐらいのサイズの方が焼きやすいというだけだ。切り分けた塩鮭はグリルに放り込んで、焼いていく。


「ユーリ、器どうするー?」

「ライス少なめにするから、普通の茶碗で良いよ」

「了解。えーっと、オイラ達が四人と、お客さんが四人で、八個で良い?」

「アリーさんどうするかな?」

「リーダーは別に、お茶の時間とかじゃないなら、何も言わないじゃない?」

「そうだね」


 正規のおやつの時間でもなければ、昼食が少なかったわけでもない。単なる味見として食べるだけなので、別にアリーの分は無くても良いかと結論づけた二人だった。食べている最中にアリーがやってきたら、そのときに彼の分を用意すれば良いだろうという感じだった。

 なお、これは相手がアリーだから通る話である。食べ物大好きな面々が相手だった場合は、匂いにつられて出てくると仮定して先に用意しておかないと大騒ぎになる。具体的には、ウルグスとかレレイとかの大食いチームだ。今日はどちらもいないので、そういう心配は一切必要ないのが気楽だと思う二人だった。

 しばらくして、塩鮭が焼き上がると、大皿にぽいぽいと取り出す悠利。そうして取り出した塩鮭から、菜箸と手を使って熱さに苦戦しながらも皮をはいでいく。綺麗に皮をはがすと、塩鮭の入った大皿をヤックに渡す悠利だった。


「とりあえず、骨外してほぐしておいて」

「了解ー。その皮、どうするの?」

「皮はねー、パリパリに焼いて添えると美味しいんだよねー」

「へー」


 ややこんがり程度でおさえた皮を身と一緒に食べるのも美味しいが、皮だけを別にパリパリするまで焼いてしまったのを食べるのも、また、美味なのである。鮭の皮の焼いたものだけでお酒を飲める人もいるらしいので、多分おつまみの枠に入るのかもしれない。まぁ、今回は出汁茶漬けに添えるのだけれど。

 身から外した皮は再びグリルへ。皮が焼けるのを待っている間、悠利もヤックと一緒に塩鮭の身をほぐす。小骨も綺麗に取り除いて、けれどあまり細かくしすぎないように注意して、二人は塩鮭をほぐし作業に集中している。

 その二人の手元を、エトルがじーっと見ていた。焼きたてのほかほかした塩鮭のほぐし身を、食い入るように眺めている。……美味しい匂いがするので仕方ないのです。ワーキャットは人間よりも五感が発達しているので、悠利達が感じているよりも遙かに食欲をそそられているのだろう。


「もうすぐ出来上がるから待ってね」

「え……。あ、あの、す、すみません……」

「ううん。美味しそうな匂いだよねー。脂もしっかりのってるし、身もふかふかで美味しそう」

「オイラも匂いだけでお腹鳴りそう」

「だよねー」


 恐縮するエトルだが、悠利もヤックも気にしていなかった。これはお腹空くよね、と顔を見合わせて笑っている。肉厚の塩鮭から香ってくる美味しそうな匂いには勝てないのだ。

 そんなこんなで塩鮭の身をほぐし終えると、悠利はパリパリに仕上がった皮の方へと移動し、ヤックは茶碗に三分の一ずつほどご飯をよそい始める。焼き上がった皮はハサミで食べやすい大きさに切り分けておき、ヤックが用意したご飯の上へと塩鮭のほぐし身を盛りつけていく。


「まぁ、本当なら薬味があるともっと良いんだけど、今日は用意してないしね」

「塩鮭美味しそうだから、このまま食べても絶対美味しい」

「あははは、ヤック、涎出てるよ。とりあえず、皆を呼んできて貰って良い?」

「了解!」


 後はよろしくと笑って、ヤックはリビングで戯れているだろう皆を呼びに向かった。悠利はその間に、茶碗に次々と塩鮭のほぐし身を盛りつける。ほぐし身を盛りつけ終わったら、食べやすい大きさに切った皮も同じように分けていく。あっという間に、人数分の茶碗はほかほかご飯とほかほかの塩鮭で彩られた。

 エトルに手伝って貰いながらそれをテーブルに運んだ悠利は、人数分のお茶とスプーンを用意した。お茶漬け系はスプーンの方が食べやすいからだ。

 そうこうしている間に皆がやってきて、特にリディが顔を輝かせて椅子によじ登っていた。なお、小さいリディがよじよじしていると、ルークスがその身体を下から押し上げてやるという実に微笑ましい光景が見られた。……掃除を終えたルークスは、友達認定しているリディのところへ顔を出していたらしい。


「お待たせしました。頂いた塩鮭の出汁茶漬けです。出汁はこのピッチャーに入っているので、お好きなだけかけてくださいね」

「アレ?ユーリ、この出汁冷たいまんま?」

「うん。ご飯と塩鮭が温かいから、冷たいのをかけたら丁度良いぐらいになるかなって。それに、暑いときに熱い出汁茶漬けは食べにくいでしょ?」

「確かに」


 納得したカミールは、嬉々として冷たい出汁を茶碗に注いでいく。出汁茶漬けがどんな食べ物か解っていないクレストとフィーアには、悠利が一応説明をしておいた。その隣で、リディは机をてしてし叩いて、速く食べさせろと訴えている。……お子様は欲求に正直だった。

 自分で茶碗に出汁を入れようとしていたエトルは、大きなピッチャーを持つ姿が不安定に見えたのか、助力を申し出たアロールに素直に感謝していた。気にしないでと言いながらアロールはエトルの茶碗と、その隣のリディの茶碗にも冷たい出汁を注いでいる。

 瞬間、リディの顔がきゅぴーんと光った。まだ上手にスプーンを持つことが出来ないのか、若干握っているという感じで持ちながら、カチャカチャと茶碗の中身を混ぜ合わせるリディ。……どうやら本能で、混ぜて一緒に食べるというのを察したらしい。


「にゃー!」


 はぐはぐと冷やし出汁茶漬けを食べながら、ご満悦のリディ。ワーキャットである彼らは猫舌である。普通の出汁茶漬けだと熱くて食べられないが、ご飯や塩鮭が温かくとも出汁は冷蔵庫で冷やされていた。おかげで両者が混ざり合って丁度良い温度になっている。

 うにゃうにゃと言いながら美味しそうに食べるリディの姿に皆が想わず笑顔になる。ぴこぴこと耳や尻尾が動いているのは、それだけ美味しいからだろう。そんなリディの姿を堪能した後に、他の面々も冷やし出汁茶漬けに手を付ける。

 炊飯器から出したばかりのご飯は軟らかく、焼きたての塩鮭のほぐし身もふんわりしている。対照的に鮭の皮はパリパリに仕上げたので、その食感が楽しい。冷やした出汁は、昆布と鰹節で作ってあるもので、醤油と塩で薄味が付けられている。イメージとしてはすまし汁のお茶漬けみたいな感じだろう。塩鮭の塩分がほどよいアクセントになっていた。

 何より、塩鮭の旨味が素晴らしかった。出汁に浮かぶ薄ピンクの脂を見るだけでも、食欲がそそられる。肉厚の身はジューシーで、噛めば噛むほど旨味が広がるのだ。塩と鮭の旨味だけでここまで美味しいのは素晴らしいと言えた。


「焼いて食べることはありますが、このような食し方は初めてです」

「僕の故郷はライスが主食なので、こういう風に食べることが多いんです」

「そうですか」


 感心したようなフィーアに対して、悠利はにこにこと笑った。この辺りはパン食がメインなので、お茶漬けという食べ方は珍しいのだろう。だがしかし、美味しければ何も問題はないのだ。出汁茶漬けは美味しいので問題ありません。


「若様、何してるんですか……」

「うにゃぁ……」

「駄目ですよ、ちゃんと頂いたんですから」

「え?どうかしたの、エトルくん?」

「あ、いえ、若様が……」


 茶碗を手にしたリディが、ぐいぐいとそれを向かいに座っているカミールに押し付けているのだ。ぐいぐいと。さながらそれは、お代わりをお願いしているように見えた。


「……まだ足りないから、お代わりを持ってきて欲しい、と」

「「…………」」


 困ったように呟いたエトルの言葉に、皆は沈黙した。

 昼食はちゃんと食べてきた筈なのに、茶碗三分の一のご飯の出汁茶漬けのお代わりを所望する子猫。どういう胃袋をしているのだろうか。確かに以前も、空きっ腹だったのかねこまんまを3杯お代わりしたけれど。

 お代わりーと言いたげにカミールに茶碗を押し付けているリディを、クレストとフィーアが宥めにかかっていた。そもそもが、この冷やし出汁茶漬けすら彼の我が儘で成立したイレギュラーなのである。これ以上食べてお腹を壊しても困る。


「食べ過ぎたらしんどくなるよ?」

「うにゃにゃー!」

「それに、これから一緒に晩ご飯作るのに、満腹になっても良いの?」

「うにゃ?」


 きょとんとしているリディに対して、悠利はにこにこと笑った。そう、本日のメインイベントはまだ始まってすらいなかったのだ。好奇心旺盛な子猫が遊びに来ると解っていた悠利は、彼と一緒に夕飯を作ろうと準備を整えていたのである。

 本当?と言いたげにお目付役であるクレストとフィーアの顔を伺うリディ。そこにエトルも加わって、三人はこっくりと頷いた。瞬間、リディの顔が輝いた。どうやら、夕方には宿に戻ると思っていたらしい。どっきり大成功だった。




 そんなこんなで、美味しい塩鮭の冷やし出汁茶漬けを堪能した一同は、休憩した後、少し早いけれど夕飯の下ごしらえに取りかかるのであった。




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